【TS】弱小国の王女に転生してしまいましたわ! 作:まさきたま(サンキューカッス)
「では、帰りましょうリシャリ様」
「ええ」
こうして、長かったアイギスランドでの生活も終わりを迎えた。
俺の誘拐から始まった騒動も、ようやく一段落。
「名残惜しいですが、お別れですわハンネ様」
「こちらこそ。リシャリ姫と出会えたことは、余にとっても幸福だった」
ハンネともう少し仲良く生活していたかったが、そう言う訳にも行かない。
サリパは戦争の真っただ中、今すぐにでも帰らねばならないだろう。
タケルがいれば、旅路に襲われる心配はない。
「では恐縮ではございますが、リシャリ様を抱きかかえさせていただきます」
「あら」
彼はそう言うと、照れながら両腕で俺を抱きかかえた。
いわゆる『お姫様抱っこ』である。
「この体勢で走らせていただきます。苦しく感じられましたら、お申し付けください」
「何だか、照れますわね」
ハンネが驚いたような、羨ましいような顔で俺とタケルを見つめた。
面食らったが、よく考えればこれは仕方がない。
俺とルリちゃんを運ぶには、どちらかが前で抱っこされる必要がある。
「わかりました。よろしくお願いいたしますわ、タケル」
「お任せください」
……タケルに抱えられて走ってもらうのは初めてだ。
この怪物に抱えられて走ったら、きっと新幹線に乗ったような景色が見えるに違いない。
不謹慎ではあるが、ちょっとだけワクワクしてきた。
「ルリは、悪いけど僕の背中にしがみ付いてください」
さらば、アイギスランド。
さらば、ハンネ女王にフロリネフ。
これからは盟友として、ともにデケン帝国を打倒しよう─────
「ぜったいに、ノー」
しかし、ルリちゃんはタケルから逃げるように一歩引いて。
不満げな顔で、腕でバッテンを作っていた。
「……あの、ルリちゃん?」
「いやだ。ぜったいにいや」
「ルリ、申し訳ないけどリシャリ様を背中にするわけには」
タケルが説得するが、彼女はブンブンと首を振る。
冗談やノリで断っているのではなく、本気の雰囲気だ。
「ルリちゃん、どうして嫌なのですか?」
ルリちゃんは理由なくゴネる子ではない。
なぜ彼女が、こうも頑なに嫌がるのか聞いてみると、
「かくじつに、ふりおとされてしぬ。なんならリシャリもしぬ」
「えぇ……」
そういうことらしかった。
『リシャリ様が苦しんでいるかもしれない。急がないと』
『わかった』
ベルカからアイギスランド行きを命じられた、タケルとルリ。
タケルは申し訳なさそうに、ルリちゃんをお姫様抱っこした。
『大丈夫、恥ずかしくはない?』
『わるいきぶんではない』
タケルは童顔ながら、サリパで一番の戦士だ。
そんな男にお姫様抱っこをされて、ルリも悪い気分ではない。
『これでベルカも、あせってくれれば』
最近ベルカが、
ちょっとだけ、当てつけのような気持ちも入っていたのかもしれない。
『じゃあ行くよ』
『れっつごー』
ルリちゃんはタケルのお姫様抱っこを受け入れた。
そしてタケルは全力で、アイギスランドの方角へ駆け出したのだが─────
『おろろろろっ!! おろろろ……!!』
その日の晩。
ルリは激しい嘔吐と頭痛にうなされた。
『……大丈夫?』
『からだが……バキバキ……』
タケルが一歩大地を蹴るたびに、真横から全身を殴られたような衝撃に襲われるのだ。
おかげでルリちゃんはタケルに命を乞う暇もなく、数歩で失神してしまっていた。
そして彼女は一日中、無抵抗に前後上下に強烈な
『しぬ……しぬ……』
『はあ、本当は夜通し走りたかったんだけどな』
ルリちゃんが意識を取り戻したのは、夜になってから。
しかし一日中、揺すられ続けたルリちゃんは瀕死状態。
食べ物など胃が受け付けず、宿屋でダウンしてしまった。
『ごめん……ルリの負担を考えていなかった』
『……ぁー』
『これから毎晩、夜は休憩にしよう』
そのルリのぐったり具合を見て、さすがのタケルも反省したらしく。
夜はルリのため、休憩するというルールが設定された。
それだけ気を使ってもらってなお、
『おろろっろろろろろ!!』
『大丈夫、背中擦るよ』
『このさいこぱす男……』
タケルが数歩駆け出すと、その加重でルリは失神してしまう。
そして晩になると宿を取り、吐き続ける日々が続いた。
だから、ルリは決意したのだ。
「にどとタケルに、運んでもらわぬ」
「だから、ぜったいにノー!!」
と、いうことだそうだ。
「ルリが毎日吐いてたの、乗り物酔いじゃなかったの?」
「そんななまやさしいモノじゃない」
ルリちゃんは、小柄ではあるがそこそこ腕が立つ。
騎乗も習得していて、自警団の兵士と打ち合える程度には鍛えている。
そんな彼女がグロッキーになるなら、
「りしゃりが運ばれたら、夜にはつめたくなってる」
「ひぇ……」
ベルカに誘拐された時、馬の尻に殴打され死にかけたのだ。
冗談抜きで、タケルに運ばれたら死にそうだな。
「それなら、サリパから使節団が来るのを待ってはどうか」
「ハンネ様?」
「ジケイ王子が正式なお迎えを手配している。来月には来るだろう」
そんなルリちゃんとタケルの問答に、ハンネが口を挟んできた。
ジケイ兄上も、俺の迎えを手配してくれてるんだっけ。
「それまでリシャリ姫と家臣殿の世話は、余が引き受けよう」
「えっと、だけど」
タケルはちょっと困った顔で、俺とハンネ女王を見比べていた。
確かに、その方が俺の身は安全ではあるが……。
「僕はなるべく早く戦線に復帰するよう、ベルカさんに言われていて」
そんなにゆっくりしていると、タケルのサリパ帰還が遅くなる。
彼にはなるべく早く、戦線に復帰して貰わねばならない。
「ふむ、ではこれでどうだろう」
タケルも、早く帰ってサリパを守りたいと思っているらしい。
しかしハンネは落ち着いて、不安そうなタケルを諭した。
「リシャリ姫の護衛を使節団に引き継いで、タケル殿は一人で走って帰る。さすれば夜休憩も不要で、日数の短縮にもなろう」
「……リシャリ様の護衛を使節団に任せるということですか」
確かに話を聞く限り、タケルに運ばれるなら夜は休憩する必要がありそうだ。
タケルが一人で走って帰った方が、日数の短縮にはなるだろう。
「他の人に護衛を任せるのは不安か?」
「いえ、その」
「リシャリ姫の出迎えは、復帰したパウリック殿と聞いているが」
「師匠がお迎えですか!」
そして、ジケイが用意した俺の迎えはパウリックらしい。
彼は怪我明けなので前線に行かず、俺の迎えになったのだとか。
「師匠であれば安心です。では護衛を引き継ぐとしましょう」
「そうすると良い」
「ふぅぅぅ……。よかった」
その言葉を聞いた瞬間、ルリは大きく安堵の息を吐いた。
よほど、タケルに運ばれたのがトラウマになっているようだ。
「では、二人とも余の邸宅に来てくれ。歓待の準備をさせよう」
「お世話になります」
「なに、我々としても君が滞在してくれる方が助かる」
ハンネは不敵に笑うと、侍女に手を上げ合図を送った。
すると侍女は、すぐさまタケルたちの前に跪いた。
「この二人を部屋に案内してくれ。晩餐も用意しておくように」
「御意」
こうして俺たちは、パウリックが着くまで再び、ハンネの世話になるのだった。
「─────それは間違いないのですね?」
一方デケン軍のアイギスランド方面、司令部。
総指揮官に抜擢されたジャルファ王子は、アガロンからの報告を聞いていた。
「サリパ軍にいるはずのタケルが、こちらに姿を見せたと」
「ああ、まぎれもなくあの男だった」
彼の前に立つアガロンは、鎧も槍も砕かれた落ち武者の様相だ。
ふむ、とジャルファ王子は手で口元を覆った。
「レジン元帥から、タケルは釘付けにしていると連絡を受けていましたが」
「間違いなくヤツだった。レジンのオッサンが騙されてたんじゃねーの」
「……ままなりませんね」
考え事をする時に、口元を覆うのはジャルファの癖だった。
彼は唇の動きから、感情を読まれるのを嫌った。
「サリパは秘密裏にアイギスランドと同盟を結んでいて、我々はまんまと誘い出されたというわけですか」
「おそらくな」
アイギスランド軍のフロリネフは、厄介な敵ではあった。
しかしその特性上、アガロン将軍が先陣を切れば楽に倒せるはずだった。
「……ふむ、ふむ」
デケン軍の手の内を呼んだような、サリパの動き。
その厄介すぎるサリパの手管の裏に、
「それで、アイギスランドに何故かリシャリ姫もいたと?」
「ああ。おそらく、ヤツが外交使者だったんだろ」
「本当に痛烈ですね、リシャリ姫は」
ジャルファが生まれて初めて『気に入ってしまった』女性。
リシャリ・サリパールが関わっていることは明白だった。
「まったく油断しました。リシャリ姫はそういう人ですか」
「ジャルファ王子?」
「少し抜けているけど愛嬌がある、素直で真面目な女の子。心を包み込むような、温かみもある」
ジャルファ王子は口元を隠したまま、独り言のようにそう呟いた。
ほんの僅かな時間だけど、共に楽しい時間を過ごした姫を思い浮かべた。
「そんな風に思い込まされていました。彼女の危険度を、修正しなければ」
「あのアワアワしたお姫さんが、そんなに危険なのか?」
「はい、今の我々の苦境は彼女によるもの。リシャリ・サリパールの首の価値を、サリパ王と同等に設定します」
取ってきた敵の首の価値が、そのまま戦功となる。
当たり前だが雑兵よりも、敵将の首の方が価値が高い。
そして基本、敵国の王の首というのは『最高の手柄』なのだが、
「アガロンも、リシャリ姫の手配書を配下に回しておいてください」
「あ、ああ。分かった」
ジャルファ王子の判断で、リシャリ姫の首の価値が国王クラスに格上げされた。
リシャリの存在をそれだけ、危険とみなしたのである。
「で、どうする。俺じゃ、タケルはどうしようもないぞ」
「無論、考えはありますとも」
そのアガロンの問いに、ジャルファは口元を覆い隠したまま。
次の一手を、アガロンに告げた。
「アガロン、暫く無理をしてもらうことになりますが良いですか」
「……ヘイヘイ、俺に何をご所望で?」
「負け戦をしてもらおうと思います」
アガロンはその言葉に、耳を疑った。
ジャルファ王子の表情は、掌に隠されてよく読めない。
「負け戦って、つまりアレか? 撤退を偽装して、敵を釣り出す作戦みたいな」
「いえ、普通に負けてもらいます」
「……何考えてんだ?」
しかしアガロンは、何故かジャルファ王子の声色が明るく聞こえた。
そう、アガロンから見えてはいないが。
「そしてたっぷり、レジン元帥に恩を売りましょう」
「はあ。はぁ?」
ジャルファ王子が手で覆い隠した、その口元は。
─────好機が来たとばかり、楽し気に歪んでいた。
これにて3章は終了です。
更新再開まで、しばしお待ちください。