【TS】弱小国の王女に転生してしまいましたわ! 作:まさきたま(サンキューカッス)
ヤイバンへ向かう道中は、平穏そのものだった。
敵の襲撃もなければ、窮屈な馬車に揺られて体が固まることもない。
ハンネ女王の計らいで、海路で旅ができたからだ。
「我らアイギスランドが誇る戦艦『炎獄』だ。この船に勝てる軍船など、この世に存在しまい」
「……ええ、見事なものですわ」
行きは倉庫の檻に閉じ込められていたので分からなかったが、炎獄は巨大な軍艦だった。
俺やパウリックは個室を貰ったし、サリパ使節団も全員ベッドが与えられた。
この船の収容人数は四百人ほどで、前後左右に五門の砲台を備える化け物戦艦だ。
木造戦艦としては、ハンネの言う通り世界最高峰だと思う。
「聞けばサリパは、海軍戦力に乏しいらしいな」
「ええ。たしかに、ウチの弱みですわ」
「安心するといい。これからは、我らアイギスランドがサリパの海を守ろうではないか」
「頼りにしておりますわ!」
そんなハンネの言葉に、俺は笑顔で返事した。
ジュウギの蒸気船はこの船と余裕で戦えると思うが、国家機密なので話すわけにはいかない。
「ただ、サリパも妙な戦艦を持っているとは聞いているがな」
「ギクっ」
「ああ、無理に聞き出す気はない。ゆくゆく、我が国と技術交換しようではないか」
ハンネはそう言って、意味深な顔で俺を見た。
どうやら蒸気船の噂くらいは、耳に入っていたようだ。
サリパにも間諜を放っているのかな?
「その辺は……兄上に任せますわ」
「もちろん、リシャリ姫に実権がないのは承知している」
ただあの蒸気船がどれほどかまでは、調査できていないらしい。
ルゥルゥ姉上が言うには数百年後の技術らしいので、間諜では推し量れないのだろう。
「これからは仲良くしていこう、というだけだ」
「それはもちろん、喜んでですわ」
だが、サリパに海戦に精通した兵士がいないのは事実。
石炭の採掘ラインは確立しておらず、蒸気船も四隻しかないことを考えれば、アイギスランドとの連携は必須だろう。
……ハンネが蒸気船の詳細を聞いたら、目玉が飛び出るんじゃなかろうか。
「ここが、ヤイバンか。趣のある国だな」
「何とも言えぬ風情を感じますわ」
俺たちがヤイバンにたどり着いたのは、二週間後のことだった。
ヤイバンは国内に港を持たない。アイギスランド勢力圏の港で降りて、そこからは陸路だった。
「サリパ使節団、並びにアイギスランド使節団です」
「お通りください、王の許可は得ています。それと、こちらを渡すようにと」
「王宮への招待状ですか。分かりました、すぐに伺いますわ」
事前に話を通したからか、首都の門番に止められることはなかった。
それどころか、ヤイバン王は俺宛に招待状を用意してくれていた。
書かれた内容は『ヤイバンに着いたならすぐ顔を見せるように』だった。
俺たちがヤイバンに到着した日の夕方。
ヤイバン王は早くも、俺との面会に応じてくれた。
「お久しゅうございます、ヤイバン王」
「おう、戻ったかリシャリ姫」
王宮の扉をくぐると、見覚えのあるヤイバン貴族たちが立ち並んでいた。
だがその数は少なめで、およそ十人にも満たなかった。
とくにレヴィグダードやレヴィなど、武官らしき人の姿が見えない。
「恥ずかしながら、虜囚の辱めを脱して戻ってまいりました」
「リシャリ姫、再会できて何よりである」
今はデケンとの戦争中だ、きっと武官は前線なのだろう。
俺は彼らにスカートの裾をつまんで一礼し、そして傅いた。
「わざわざ顔を見せに来てくれて嬉しいぞ」
「ヤイバン王への謁見せず、祖国に帰れませんわ」
俺がヤイバン王に謝意を告げるのは、当然と言えた。
彼は俺のために、数万の兵士を動員してくれたわけだからな。
「この度はヤイバン王のご厚意に感謝いたします」
「盟約に従ったまでだ。こちらこそ、リシャリ姫を守れず申し訳なかった」
心からの感謝をこめて、俺はヤイバン王にまず感謝を伝えた。
信頼には礼儀で返す、それが外交の基本だ。
補償的な話は国に帰ってから、ジケイ兄上と相談しよう。
「して、リシャリ姫。手紙によると紹介したいものがいるそうだが」
「ええ。新たに、我らと友誼を結びたい方がいるそうです」
「ふむ、ふむ」
そして今日は、もう一つの本題がある。
アイギスランド女王ハンネの紹介だ。
「どうか、入室の許可をいただけないでしょうか」
「許可する。入られい!」
一応、前もって手紙で紹介する旨を伝えてはいるが……。
ヤイバン王の反応はどうだろうか。
「アイギスランド女王、ハンネ様が入室されます」
「よし」
ヤイバン王の声に応じ、王宮の扉が開かれた。
奥から姿を見せたのは、白銀の髪を揺らす少女王。
「彼女こそアイギスランドを統べる方、ハンネ女王ですわ」
「お初にお目にかかる、ヤイバン王。余がハンネ・ヴィ・リトリオーラである」
アイギスランドの女王、ハンネ・ヴィ・リトリオーラ。
俺より背が低い、未だ十三歳の女の子。
そんな彼女と対面したヤイバン王の反応は……。
「……ずいぶんと、若いな」
「仰る通り、余はまだ年若い」
意外そうな、困惑したような。
そんな表情だった。
「先日、十三歳になったばかり。我が国でも貴国でも、成人とは言えない」
「……」
ヤイバン王宮のど真ん中、俺の隣にハンネは一人で立っている。
無論フロリネフは、ヤイバンの王宮に入ることを許されていない(当然である)。
「だが余は、アイギスランドを背負い立っている」
「む」
ハンネの人形のような繊細な外見に、ヤイバン王は困っていた。
まさか俺よりちっこいのが出てくるとは、想像していなかったのだろう。
「余はアイギスランドの王族だ。父も母も、叔父も叔母も、兄も姉も、みなデケン軍に殺された。今、生きている王族は余のみである」
「む、むむ」
「ヤイバンを軽視し、小娘を使者に立てたわけではないと理解していただきたい」
俺には分かる、ヤイバン王は当てが外れていた。
今回のフロリネフの無礼は、腹に据えかねる者だった。
ヤイバン王はこの場で、ハンネを散々に詰りたかったはずだ。
「あー、苦労したようだなハンネ女王」
「ご理解いただき感謝する」
しかし、俺とともに現れたのは
一族を皆殺しにされ、一人で国を背負う立場にある彼女は……。
大人に威圧的に囲まれ、唇を噛みしめて凛と立っていた。
「使者の無礼な振る舞いで、迷惑をかけた。アイギスランド王として謝罪する」
「……」
「だが、身勝手ではあるが。フロリネフは国防の要と言える臣下なのだ」
ハンネは大人から、庇護欲をそそってしまう外見と境遇だ。
彼女を詰ってしまえば、弱い者いじめに見える構図。
だからヤイバン王は、苦虫を待み潰した顔になったのだ。
「どうか、フロリネフの命はご容赦願いたい」
「だ、だがなぁ」
「無論、代償は用意しよう」
ハンネはそう言うと、スルっと自らの髪を手で纏めた。
そしてヤイバン王に背を向け祈るように屈み、首筋を差し出した。
「今まで家族以外に、この銀髪を弄らせたことはない」
「……むむぅ」
「父母より受け継いだアイギスランド王家の証たる、我が白銀の長髪を差し上げる」
ハンネは相当な覚悟を決めて、謁見に臨んだらしい。
この世界においても、女性にとって髪とはすなわち命だ。
一国の女王が出向いて、謝罪として髪を差し出すなど聞いたことがない。
「ん~~……」
刃物を持った相手に、首筋を差し出しているのだ。
誠意の示し方とすれば最上級であろう。
「ふぅ、分かった。近う寄れ、ハンネ女王」
「ありがとう」
そんな彼女を見たヤイバン王は、一瞬だけ迷った後。
腰元から剣を抜いて、ハンネの下へと歩み寄った。
「本当はもっと、色々言ってやるつもりだったんだがのう」
そしてムンズと、ハンネの髪を一束だけ掴むと。
チョイと端の方だけを、剣で切り落としてしまった。
「これで済ませてやる。その髪は父母の形見だろう、もっと大事にせい」
「……ヤイバン王」
「ああ、くそ。お前のこと、ちょっと気に入ってしもうたわ」
彼の手にあるのは、僅かな銀髪のみ。
ヤイバン王はそれを掴み、高らかに宣言をした。
「この通り、アイギスランドの女王は髪を差し出した。ワシらはこれで、手打ちにしようと思う」
「おお、それでいいと思う」
「後はサリパに筋を通せ、ハンネ。ワシらからこれ以上言うことはない」
そう言って、ヤイバン王は笑った。
この懐の深さ、器のでかさがヤイバン王の持ち味だな。
「感謝する」
「おう」
ハンネが上手いことやってくれたので、俺も安堵の息を吐いた。
ヤイバンとアイギスランドの関係が壊れたら、板挟みのサリパも苦労するのだ。
やはりハンネは少女ながらに、王の器を持っているらしい。
「してハンネよ。聞けば、まだワシらに頼みたいことがあるそうだな?」
「ああ。先の無礼を手打ちにしてもらって早々だが」
そしていよいよ、本題。
アイギスランドだけでなく、サリパとヤイバンの未来に関わる議題。
「改めてヤイバン並びにサリパと、対デケン軍事同盟を打診したい」
「おう」
「それにつき、三国会談の場を設けていただきたいのだ」
もともとフロリネフが持ってきていた、対デケン三国同盟。
その三国会談の企画を、ハンネは申し出た。
「前回のようなふざけた条件ではないなら、聞いてやらんでもない」
「恐れ入る」
ヤイバン側としても、アイギスランドとの共闘は悪い話ではない。
フロリネフの行動がダメすぎただけで、ヤイバン王はむしろ乗り気なくらいだった。
「して、条件は? 具体的には我らにどんなメリットがある?」
「詳しくは、会談の席で話すつもりだが。……海はお嫌いか、ヤイバン王?」
そして今回、ハンネが持ってきた条件はちゃんとした内容だった。
それは長年、ヤイバンが欲してやまなかったもの。
「我が国の勢力下にある港を一つ、無条件で貴国に譲り渡そう」
「ほう!」
現在アイギスランドが占領している、ヤイバンに最寄りの港町。
そこの領有権を、無条件で譲るというものだった。
「……面白いな」
「貴国には海軍がないだろう、海戦のサポートも我らに任せてくれ」
ヤイバンは内陸国だ。
交易拠点になる港町の譲渡は、まさに極上の交渉条件だった。
「ただアイギスランドに、陸から軍事支援を求めるが」
「なるほど、港を譲るから兵を出せと。その内容であれば、乗ってやってもいい」
アイギスランドは海軍が強い一方、陸戦は苦手な部類だ。
デケンと戦うにあたって、ヤイバンの陸軍兵力を頼らざるを得ない。
その代わり港を譲渡し、その警備のために海軍戦力を売りつける。
それはどちらにとっても利益の大きい、魅力的な提案であった。
「ヤイバン王、どうか三国会談の設定にご協力を」
「良いだろう。そういう、まともな交渉であれば大歓迎だ」
この話を聞いた直後、ヤイバン王の機嫌はとてもよくなった。
もとよりアイギスランドとの同盟には前向きだったのだ。
こんな極上の条件を出されては、飛びつかない方がおかしい。
「ではハンネ女王、少し滞在できるか?」
「滞在、とは?」
「実は来週、サリパ国王がヤイバンに来訪する予定があってな」
「おお!」
ヤイバン王からそう告げられて、ハンネの瞳が輝いた。
なんと偶然にも、もうすぐ父上がヤイバンへ来訪する予定らしい。
「そこで三国会談を、打診してみようではないか」
「ぜ、ぜひ! よろしくお願いしたい」
「おお、任せておけ」
それを聞いたハンネは、顔をほころばせて喜んだ。偶然もあったものだ。
……にしても
戦争の真っ最中だろうに、何の用なのだろう。
「リシャリ姫も滞在していくといい。父親との再会は早い方が良かろう」
「ご厚意に感謝いたしますわ。では、私もお世話になりましょう」
だがまぁ、父上がヤイバンに来るなら合流する方がいいだろう。
サリパに帰るにしろ、人数は多い方がいい。
「ようし、では二人を部屋に案内せよ。供の者も部屋も用意するのだ」
「了解です、我らが王」
そういうわけでハンネの謁見は大成功に終わり。
俺とハンネは、ヤイバンの客人となったのであった。
「君のお陰で、話を纏めることが出来た。ありがとうリシャリ姫」
謁見を終えた後、ハンネは俺を見上げてそう言った。
「私は何もしていませんわ。ハンネ様の誠実さが伝わったのでしょう」
「いや。君がいなければ、余はここに来ることが出来なかった」
取り繕って見えたが、ハンネは緊張していたらしい。
表情に出さなかっただけで、冷や汗がびっしょりだった。
「ありがとう、リシャリ姫」
「いえ、そんな」
彼女はまだまだ、王として足りない部分が多い。
しかし成長すればきっと、良い女王になるだろう。
「来週、君の父上に挨拶することになるようだ。サリパ国王とは、どんな人物だろうか」
「あー、そうですわね」
そんなハンネから、
うーむ、娘としての偏見が入ってしまうが……。
「人柄を端的に表すなら『冷酷無比な激情家』、でしょうか?」
「……冷酷無比な激情家?」
「国益に対するドライさを、激情で包み隠している男ですわ」
臣下目線で見ると、
愛娘ラシリアですら見捨て、存在を消すくらいに。
ただ身内のために激高したりするし、情動はかなり強い方だと思う。
「相反する属性に思えるが……」
「多少、ワザとやってると思いますわ」
冷酷な判断を行いつつ、激情家な部分を見せ人でなしとは思われない。
『冷徹な王』と『激情家な王』のメリット良い所取りをしているワケだ。
「普段はノンデリ糞親父なのですけど、器の底が見えないんですよねぇ」
「ひ、酷い言い様だね」
「事実ですわ。
戦術家としてサリオ兄上、内政はジケイ兄上、学問はルゥルゥ姉上、外交は俺。
その四人がかりの職務を、たった一人でこなしてきた変態だ。
それくらい何でも出来る人なので、あり得る話である。
「私から言うのも変ですが、ハンネ様も油断されないよう」
「あ、ああ。留意しておくよ」
「大変なお役目でしょうけど……」
たった一代でサリパを纏め上げた功績は伊達ではない。
我が親ながら、恐ろしい存在ではあるのだ。
「それを言うならリシャリ姫の方こそだ。大変な役目だろうが、頑張ってほしい」
「……はい?」
と、俺なりにハンネ女王へエールを送ったところ。
彼女は何故か、俺にエールを送り返してきた。
「では、来週はよろしく頼む」
「はぁ。よ、よろしくお願いしますわ」
……ハンネは俺に、何を宜しくと言っているのだろう。
もしかして俺も、三国会談に参加すると思われたのだろうか。
だとすれば申し訳ないが、俺は三国会談にはほぼノータッチだ。
サリパの全権限を持つ
俺は
あるいは
三国会談に参加することすら、許してもらえないかもしれない。
だとすれば俺は部屋で控え、雪精と戯れるだけである。
「……ふぅですわ」
いやぁ、
難しいことは父に任せ、俺は顔を繋ぐ役目に徹するのみ。
いやぁ、気楽なもんだ。俺に難しい仕事が回ってくることはないだろう─────
この時は、そう思い込んでいた。
「えー。あー、では定刻になりましたわ」
しかし、現実は非情である。
「それでは只今よりヤイバン・サリパ・アイギスランド三国の首脳会談を執り行います」
俺は完全に、失念をしていた。
三国の君主が会談をする場合、『司会』が必要になることを。
「ではまずは、挨拶から。主催国であるヤイバン王から、お言葉を頂きたく」
「うむ」
その司会に適任なのは、三国の君主に面識がある人だ。
サリパ、ヤイバン、アイギスランドの君主が『この人なら』と信頼する人。
「では我が領地にお集まり頂き、このように会談に応じて頂いたこと、心から感謝する」
サリパ王の実娘で、はっきり口が利けるのは俺。
ヤイバン王が同盟を組むに当たり、信用してくれたのは俺。
さらにハンネを連れてきて、ヤイバン王に紹介したのは俺。
そして現状、三国の君主それぞれと面識があるのは俺一人。
「そして司会を引き受けてくれてありがとう、リシャリ姫。緊張せず臨むが良い」
「お気遣い、感謝いたしますわ」
─────じゃあ、司会は俺になるじゃんね!!!