【TS】弱小国の王女に転生してしまいましたわ!   作:まさきたま(サンキューカッス)

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90話「君は本当に、白々しくて意地悪だね」

 

 デケン帝国のジャルファ王子、来る。

 

 その報せを聞いた俺たちは、大混乱だった。

 

「本当にジャルファ王子が、来るのですか?」

「ジャルファ王子って、アイギスランド戦線の指揮官だろう」

「……影武者じゃないか? まさか本人ではあるまい」

 

 アイギスランド侵攻を指揮している、デケン皇帝の実子。

 

 俺たちにとって、にっくき大敵。

 

 そんなジャルファ王子が、この場に来るというのだから。

 

「本人がここに来る、話をしたいと使者は述べています」

「殺してくれ、と言っているようなものだ」

 

 国王(ちちうえ)は困惑し、ハンネ女王は怒りに顔を歪めた。

 

 中でも、ひときわ感情を露わにしたのがヤイバン王であった。

 

「良い度胸だ。本人が来るならば、望み通り叩き殺してやろう!!」

「ヤイバン王?」

「磔にして、いかに許しを乞うても嬲り殺してやる!」

 

 何せヤイバン王には、デケン軍に息子を処刑された過去がある。

 

 報復として処刑しようと息巻くのも、無理はないだろう。

 

「落ち着きなされ、ヤイバン王。短絡的が過ぎますぞ」

「話を聞いてからでも、いいのではないでしょうか」

「だが……っ!」

 

 怒り千万なヤイバン王を、姉上と父上がなんとか宥めた。

 

 俺も、敵の意図が分からない以上、短絡的に動くべきではないと思う。

 

「丸腰にして一人で謁見させれば、危険はありますまい」

「だが、だが!」

「どんな舐めた口を利くか、確認は致しましょう」

 

 周囲の諫めを聞いて、ヤイバン王は数秒ほど唸った。

 

 怒りに飲まれても、さすがに王。

 

「息子を殺した連中の話など……!」

「敵の狙いは、御身にジャルファ王子を殺させることかもしれませんよ」

「むぅぅ……、いや。……そうだな、聞いてやるか」

 

 怒りで歯を噛みならしつつ、ヤイバン王は目を瞑って座りなおした。

 

 そして武器を没収、護衛もなしという条件で『話だけは聞く』ことになった。

 

「意図くらいは、確かめねばならんからのう」

「賢明です、ヤイバン王」

 

 ヤイバンが、デケンに深い恨みを持っていることは周知の事実。

 

 だというのに敵は、わざわざジャルファ王子の身柄を差し出してきたのだ。

 

 彼を殺させることでデケンに利益がある、と考えた方が自然である。

 

「デケンの使者に、会ってやると返事を」

「承りました」

 

 そんな訳で俺たちは、ジャルファ王子の謁見を受け入れることになった。

 

 出迎えるのはヤイバン王に加え、国王(ちちうえ)やハンネ女王、ラシリア姉上など。

 

 護衛として、パウリックやフロリネフも随伴する。

 

「してサリパの。ジャルファ王子とはどんな男かわかるか?」

「中々に底が見えない男でした。ウチの娘、リシャリが親しくしていたはずですが」

「ふむ、ではリシャリ姫。お主から見た、ジャルファの評価を聞きたい」

 

 そのジャルファ王子の人物について、俺に話が振られた。

 

 ジャルファ王子がどんな人物か、それは……。

 

「……すみません。私にも、測りきれない人でした」

「リシャリ姫ですら、輪郭がつかめぬ男か」

 

 俺から見ても、正直よくわからない。

 

 善人か悪人か、そもそも真意はどこにあるのか。

 

「彼は感情と理性を、完全に切り分けていました」

「ふぅむ」

「生まれて以来ずっと、心を殺し続けなければああはならないかと思いますわ」

 

 ああも考えが読めない男は、不気味だ。

 

 笑顔の裏でどんなあくどい考えを持っているのか、想像もつかない。

 

「ただおそらく……」

「む?」

「根っこは幼稚な男性な気がしますわ」

 

 だけど、それはきっとジャルファ王子の育った環境が原因だと思う。

 

 彼が、甲殻鳥(アーマーバード)を語っていた時の瞳の輝きは……。

 

 嘘じゃない、と思った。

 

「よし、リシャリ姫。君にヤツの出迎えを任せたい」

「私、ですか」

「ジャルファめも、面識がある相手の方が油断を引き出しやすかろう」

 

 そこまで告げると、ヤイバン王は真面目な顔になり。

 

 俺に、ジャルファ王子の出迎え役をするよう頼んできた。

 

「気が進まぬなら、他の者を出すが」

「いえ」

 

 そのヤイバン王の要請を聞き、ちょっとだけ怖かったが……。

 

 俺は、

 

「無論、受けさせていただきますわ」

 

 そう、即答した。

 

 

 

 

 

 

 出迎える俺の護衛として、フロリネフとパウリックをつけること。

 

 それが、国王(ちちうえ)の出した条件だった。

 

 そんな訳で俺は、王宮の外までジャルファ王子を出迎えに行く役目を負った。

 

「リシャリ姫、どうしてアンタは出迎え役を買ったんだ? 貧乏くじだろ」

「ええ、貧乏くじでしょうね」

 

 護衛をお願いしに行くと、フロリネフはそう言って怪訝な顔をした。

 

 何をしてくるかわからない相手を出迎え、案内する。

 

 そんなことをわざわざ、一国の姫がする必要はない。

 

「個人的なリベンジですわ」

「リベンジ?」

 

 だが、俺にはジャルファ王子と話す理由があった。

 

 それは先日、彼を出迎えた時の苦い思い出。

 

「以前にお会いした時は、さんざんに躱されましたから」

「……あん?」

「ジャルファ王子の輪郭を掴まないと、負けた気分ですの」

 

 彼は徹底的に、俺の観察を避けて見せた。

 

 心を隠し、優しい王子を演じ続けた。

 

 その裏で、サリパを侵攻しろと命じられ即座に応じる『冷徹さ』を隠し持って。

 

「よく分からんけど分かったぜ、姫。アンタも戦士ってことだな」

「はぁ……」

 

 ジャルファ王子に対抗心を燃やしていると、フロリネフはにんまりと笑った。

 

 そして、

 

「アンタは私が守ってやるよ。デケンのクズに指一本触れさせん」

「ありがとうございます、よろしくお願いいたします」

「任せとけ」

 

 何やら、彼女に気に入られるスイッチを踏んだらしい。

 

 フロリネフは機嫌よさそうに、俺の肩をドンと叩いた。

 

 骨が折れるかと思った。

 

 

 

 

 

 

 半月後、ジャルファ王子がやって来た。

 

 ヤイバン首都の遠方に、数十人規模の小さなデケンの使節団が姿を見せた。

 

 すぐさまヤイバン軍が出動し、その使節団を囲って門へと連行した。

 

「……君は」

 

 いつか見た黒曜石の騎士団の中心に、ジャルファ王子はいた。

 

 禍々しい黒甲冑を身に着けた彼は、ヤイバン王宮の門におとなしく連行されていた。

 

「まさか、君なのか。リシャリ姫」

「不肖ながら、ジャルファ王子のお迎えに上がりましたわ」

 

 ジャルファ王子は、門の外で立っていた俺と目が合って、数秒ほど硬直した。

 

 ギョっとしたが、何とか取り繕った。そんな様子だった。

 

「ふぅ、なるほど。そう言うことですか、リシャリ姫」

「どういうことでございましょう?」

「君は本当に、白々しくて意地悪だね」

 

 ジャルファ王子に動揺が見て取れたのは、一瞬だけ。

 

 彼はすぐ、いつもの冷静な仮面を被りなおして立ち直った。

 

「久しぶりだね、麗しきリシャリ姫」

「はい。お久しぶりですわ、ジャルファ様」

 

 彼の声を聞いただけで、作った笑顔が凍り付く。

 

 黒づくめのマントに、黒曜石があしらわれた鎧。

 

 金髪で甘いマスク、子供のように無邪気な表情の王子様。

 

「あえて伺いましょう、リシャリ姫。どうして貴女がここに?」

「言わずとも、ジャルファ様なら分かっておりましょう」

 

 ジャルファ王子は余裕たっぷりの笑みを浮かべ。

 

 威圧的に、俺の顔を見下ろした。

 

「いや、分からないな。なぜわざわざ、君を私の前に差し出すんだ?」

「分かりませんか?」

 

 ジャルファ王子はそのまま、俺に右手を差し出した。

 

 俺は笑顔でその手を受け取り、ゆるりと引いてエスコートする。

 

「鉱山の金糸雀(カナリア)、と言えばわかりやすいでしょうか?」

「おやおや、損な役回りをさせられているね」

 

 ジャルファ王子の手は、ゾっとするほど冷たくて。

 

 血が通っていないんじゃないかという、錯覚すら覚えた。

 

「では改めて、ジャルファ様」

「ええ、リシャリ姫」

 

 ……油断することはできない。

 

 ジャルファ王子は、サリパを裏切って侵略した敵。

 

「デケンの王子であるジャルファ様が、ここを訪ねた理由をお聞かせいただけますか」

「もちろん」

 

 俺からのそう問われ、ジャルファ王子は流暢に返事をした。

 

 最初から、返す言葉を決まっていたかのように。

 

「デケン帝国は戦争継続を望みません。講和の手続きをしたいと考えました」

「……貴国から侵攻しておいて、不利になれば刃を収めてほしいと?」

「おっしゃる通りです。情けない話とは承知していますとも」

 

 ジャルファ王子が訪ねてきた要件は、講和交渉らしい。

 

 現状、サリパ・ヤイバン連合軍は優勢に戦争を進めているらしい。

 

 なので、納得できる話ではある。

 

 ─────だが、

 

「ジャルファ王子。デケン帝国の所業を、知っておりますわね」

「ええ」

「貴国は一方的に同盟を破棄し、サリパに攻め込みました」

 

 ヤイバン王の言葉を借りるなら、外交とは信頼で成り立つもの。

 

 そして、デケン帝国の過去の所業を考えると……。

 

「貴国との講和など、信頼に値すると思いまして?」

「これは手厳しいですね」

 

 やっぱり講和ナシ! と約束を破って攻め込んでくる。

 

 そんな未来が、容易に想像がついてしまう。

 

「ええ、仰る通り」

「申し訳ないですが、貴国の信用など皆無ですわ」

 

 普通に考えて、講和交渉が成り立つはずがない。

 

 デケン帝国の外交的信用は、皆無と言って差し支えない。

 

「サリパ国王も見ていましたね、デケン皇帝がサリパ攻めを命じるところを」

「……ええ。私も父から、聞きましたわ」

「今回のサリパ攻めは、私の父……デケン皇帝の気まぐれでした」

 

 じゃあ、ジャルファ王子がここに来た理由は何だ?

 

 講和を餌に、謀略の種を撒きに来たのか?

 

「気まぐれなら、何をしてもいいと?」

「そんなことを言う気はありません」

 

 精神を整え、集中し。五感の全てを動員して、観察をした。

 

 俺は今日、この男の本心を見極める。ジャルファ王子の真意を暴く。

 

 それが対人能力しか取り柄のない俺にできる、唯一の貢献だ。

 

「……ふふ」

「えっ」

 

 仮面の裏の真意を、暴く。

 

 そんなつもりでジャルファ王子の瞳を、まっすぐ覗いたその瞬間。

 

「裏はありませんとも、本心からの講和ですよ」

 

 ジャルファ王子は既に、仮面を外していた(・・・・・・・・)

 

 嘘も偽りもないと、本心から俺に言っている。

 

 ─────その事実を、隠す気配すらない。

 

「いいことを教えてあげましょう、リシャリ姫。デケン皇帝はまもなく逝去します」

「……ッ!」

「おそらく、年内でしょう」

 

 俺には分かる、嘘じゃない。

 

 仮面を被っていないジャルファ王子が、俺に微笑んでいる。

 

「そして私は、跡取りとして最も有力な候補の一人」

「ジャルファ王子……貴方は、何を言って」

「私が皇帝の後を継げば、もう二度と侵攻は行いません」

 

 皇帝の死が事実であれば、トップシークレットのはずだ。

 

 しかしこの男の言葉には、嘘の気配がまったくない。

 

 その宣言を聞いた瞬間、俺は臓腑まで凍り付いた。

 

「そしてもう一つ。私ほど、貴方たち同盟に好意的な王子はいません」

「ジャルファ、王子。貴方は」

「私以外が皇帝を継いだら、地獄が待っていると思ってください」

 

 ─────やられた。利用された。

 

 この男、俺が人物観察に長けていると知っているからか……。

 

 あえて仮面を脱ぎ捨て、俺に『嘘の交渉ではない』と提示しやがった。

 

 俺の観察眼を、信用稼ぎに利用するために。

 

「……さて、リシャリ姫。私に謁見を許して頂けますか」

 

 気付けば、ヤツは再び仮面を被りなおしていた。

 

 ニコニコと優し気で、甘い笑顔を俺に向けている。

 

 しかし先ほどのように、心の奥底を読ませる迂闊さはない。

 

 講和交渉が嘘ではないと示せれば充分、ってことだろう。

 

「う、ぅ」

「どうしましたか、リシャリ姫?」

 

 駄目だ。俺の目には、演技しているように見えなかった。

 

 だがジャルファほど心を隠すのが上手いなら、嘘と言うのもあり得るのかもしれない。

 

 俺は─────また、この男の掌で踊らされている。

 

「わかり、ましたわ。ご案内いたします」

「よろしくね」

 

 彼が零した笑みに、ゾクリと背筋が凍り付く。

 

 やはりこの男は、底が知れない。

 

 

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