【TS】弱小国の王女に転生してしまいましたわ! 作:まさきたま(サンキューカッス)
デケン帝国のジャルファ王子、来る。
その報せを聞いた俺たちは、大混乱だった。
「本当にジャルファ王子が、来るのですか?」
「ジャルファ王子って、アイギスランド戦線の指揮官だろう」
「……影武者じゃないか? まさか本人ではあるまい」
アイギスランド侵攻を指揮している、デケン皇帝の実子。
俺たちにとって、にっくき大敵。
そんなジャルファ王子が、この場に来るというのだから。
「本人がここに来る、話をしたいと使者は述べています」
「殺してくれ、と言っているようなものだ」
中でも、ひときわ感情を露わにしたのがヤイバン王であった。
「良い度胸だ。本人が来るならば、望み通り叩き殺してやろう!!」
「ヤイバン王?」
「磔にして、いかに許しを乞うても嬲り殺してやる!」
何せヤイバン王には、デケン軍に息子を処刑された過去がある。
報復として処刑しようと息巻くのも、無理はないだろう。
「落ち着きなされ、ヤイバン王。短絡的が過ぎますぞ」
「話を聞いてからでも、いいのではないでしょうか」
「だが……っ!」
怒り千万なヤイバン王を、姉上と父上がなんとか宥めた。
俺も、敵の意図が分からない以上、短絡的に動くべきではないと思う。
「丸腰にして一人で謁見させれば、危険はありますまい」
「だが、だが!」
「どんな舐めた口を利くか、確認は致しましょう」
周囲の諫めを聞いて、ヤイバン王は数秒ほど唸った。
怒りに飲まれても、さすがに王。
「息子を殺した連中の話など……!」
「敵の狙いは、御身にジャルファ王子を殺させることかもしれませんよ」
「むぅぅ……、いや。……そうだな、聞いてやるか」
怒りで歯を噛みならしつつ、ヤイバン王は目を瞑って座りなおした。
そして武器を没収、護衛もなしという条件で『話だけは聞く』ことになった。
「意図くらいは、確かめねばならんからのう」
「賢明です、ヤイバン王」
ヤイバンが、デケンに深い恨みを持っていることは周知の事実。
だというのに敵は、わざわざジャルファ王子の身柄を差し出してきたのだ。
彼を殺させることでデケンに利益がある、と考えた方が自然である。
「デケンの使者に、会ってやると返事を」
「承りました」
そんな訳で俺たちは、ジャルファ王子の謁見を受け入れることになった。
出迎えるのはヤイバン王に加え、
護衛として、パウリックやフロリネフも随伴する。
「してサリパの。ジャルファ王子とはどんな男かわかるか?」
「中々に底が見えない男でした。ウチの娘、リシャリが親しくしていたはずですが」
「ふむ、ではリシャリ姫。お主から見た、ジャルファの評価を聞きたい」
そのジャルファ王子の人物について、俺に話が振られた。
ジャルファ王子がどんな人物か、それは……。
「……すみません。私にも、測りきれない人でした」
「リシャリ姫ですら、輪郭がつかめぬ男か」
俺から見ても、正直よくわからない。
善人か悪人か、そもそも真意はどこにあるのか。
「彼は感情と理性を、完全に切り分けていました」
「ふぅむ」
「生まれて以来ずっと、心を殺し続けなければああはならないかと思いますわ」
ああも考えが読めない男は、不気味だ。
笑顔の裏でどんなあくどい考えを持っているのか、想像もつかない。
「ただおそらく……」
「む?」
「根っこは幼稚な男性な気がしますわ」
だけど、それはきっとジャルファ王子の育った環境が原因だと思う。
彼が、
嘘じゃない、と思った。
「よし、リシャリ姫。君にヤツの出迎えを任せたい」
「私、ですか」
「ジャルファめも、面識がある相手の方が油断を引き出しやすかろう」
そこまで告げると、ヤイバン王は真面目な顔になり。
俺に、ジャルファ王子の出迎え役をするよう頼んできた。
「気が進まぬなら、他の者を出すが」
「いえ」
そのヤイバン王の要請を聞き、ちょっとだけ怖かったが……。
俺は、
「無論、受けさせていただきますわ」
そう、即答した。
出迎える俺の護衛として、フロリネフとパウリックをつけること。
それが、
そんな訳で俺は、王宮の外までジャルファ王子を出迎えに行く役目を負った。
「リシャリ姫、どうしてアンタは出迎え役を買ったんだ? 貧乏くじだろ」
「ええ、貧乏くじでしょうね」
護衛をお願いしに行くと、フロリネフはそう言って怪訝な顔をした。
何をしてくるかわからない相手を出迎え、案内する。
そんなことをわざわざ、一国の姫がする必要はない。
「個人的なリベンジですわ」
「リベンジ?」
だが、俺にはジャルファ王子と話す理由があった。
それは先日、彼を出迎えた時の苦い思い出。
「以前にお会いした時は、さんざんに躱されましたから」
「……あん?」
「ジャルファ王子の輪郭を掴まないと、負けた気分ですの」
彼は徹底的に、俺の観察を避けて見せた。
心を隠し、優しい王子を演じ続けた。
その裏で、サリパを侵攻しろと命じられ即座に応じる『冷徹さ』を隠し持って。
「よく分からんけど分かったぜ、姫。アンタも戦士ってことだな」
「はぁ……」
ジャルファ王子に対抗心を燃やしていると、フロリネフはにんまりと笑った。
そして、
「アンタは私が守ってやるよ。デケンのクズに指一本触れさせん」
「ありがとうございます、よろしくお願いいたします」
「任せとけ」
何やら、彼女に気に入られるスイッチを踏んだらしい。
フロリネフは機嫌よさそうに、俺の肩をドンと叩いた。
骨が折れるかと思った。
半月後、ジャルファ王子がやって来た。
ヤイバン首都の遠方に、数十人規模の小さなデケンの使節団が姿を見せた。
すぐさまヤイバン軍が出動し、その使節団を囲って門へと連行した。
「……君は」
いつか見た黒曜石の騎士団の中心に、ジャルファ王子はいた。
禍々しい黒甲冑を身に着けた彼は、ヤイバン王宮の門におとなしく連行されていた。
「まさか、君なのか。リシャリ姫」
「不肖ながら、ジャルファ王子のお迎えに上がりましたわ」
ジャルファ王子は、門の外で立っていた俺と目が合って、数秒ほど硬直した。
ギョっとしたが、何とか取り繕った。そんな様子だった。
「ふぅ、なるほど。そう言うことですか、リシャリ姫」
「どういうことでございましょう?」
「君は本当に、白々しくて意地悪だね」
ジャルファ王子に動揺が見て取れたのは、一瞬だけ。
彼はすぐ、いつもの冷静な仮面を被りなおして立ち直った。
「久しぶりだね、麗しきリシャリ姫」
「はい。お久しぶりですわ、ジャルファ様」
彼の声を聞いただけで、作った笑顔が凍り付く。
黒づくめのマントに、黒曜石があしらわれた鎧。
金髪で甘いマスク、子供のように無邪気な表情の王子様。
「あえて伺いましょう、リシャリ姫。どうして貴女がここに?」
「言わずとも、ジャルファ様なら分かっておりましょう」
ジャルファ王子は余裕たっぷりの笑みを浮かべ。
威圧的に、俺の顔を見下ろした。
「いや、分からないな。なぜわざわざ、君を私の前に差し出すんだ?」
「分かりませんか?」
ジャルファ王子はそのまま、俺に右手を差し出した。
俺は笑顔でその手を受け取り、ゆるりと引いてエスコートする。
「鉱山の
「おやおや、損な役回りをさせられているね」
ジャルファ王子の手は、ゾっとするほど冷たくて。
血が通っていないんじゃないかという、錯覚すら覚えた。
「では改めて、ジャルファ様」
「ええ、リシャリ姫」
……油断することはできない。
ジャルファ王子は、サリパを裏切って侵略した敵。
「デケンの王子であるジャルファ様が、ここを訪ねた理由をお聞かせいただけますか」
「もちろん」
俺からのそう問われ、ジャルファ王子は流暢に返事をした。
最初から、返す言葉を決まっていたかのように。
「デケン帝国は戦争継続を望みません。講和の手続きをしたいと考えました」
「……貴国から侵攻しておいて、不利になれば刃を収めてほしいと?」
「おっしゃる通りです。情けない話とは承知していますとも」
ジャルファ王子が訪ねてきた要件は、講和交渉らしい。
現状、サリパ・ヤイバン連合軍は優勢に戦争を進めているらしい。
なので、納得できる話ではある。
─────だが、
「ジャルファ王子。デケン帝国の所業を、知っておりますわね」
「ええ」
「貴国は一方的に同盟を破棄し、サリパに攻め込みました」
ヤイバン王の言葉を借りるなら、外交とは信頼で成り立つもの。
そして、デケン帝国の過去の所業を考えると……。
「貴国との講和など、信頼に値すると思いまして?」
「これは手厳しいですね」
やっぱり講和ナシ! と約束を破って攻め込んでくる。
そんな未来が、容易に想像がついてしまう。
「ええ、仰る通り」
「申し訳ないですが、貴国の信用など皆無ですわ」
普通に考えて、講和交渉が成り立つはずがない。
デケン帝国の外交的信用は、皆無と言って差し支えない。
「サリパ国王も見ていましたね、デケン皇帝がサリパ攻めを命じるところを」
「……ええ。私も父から、聞きましたわ」
「今回のサリパ攻めは、私の父……デケン皇帝の気まぐれでした」
じゃあ、ジャルファ王子がここに来た理由は何だ?
講和を餌に、謀略の種を撒きに来たのか?
「気まぐれなら、何をしてもいいと?」
「そんなことを言う気はありません」
精神を整え、集中し。五感の全てを動員して、観察をした。
俺は今日、この男の本心を見極める。ジャルファ王子の真意を暴く。
それが対人能力しか取り柄のない俺にできる、唯一の貢献だ。
「……ふふ」
「えっ」
仮面の裏の真意を、暴く。
そんなつもりでジャルファ王子の瞳を、まっすぐ覗いたその瞬間。
「裏はありませんとも、本心からの講和ですよ」
ジャルファ王子は既に、
嘘も偽りもないと、本心から俺に言っている。
─────その事実を、隠す気配すらない。
「いいことを教えてあげましょう、リシャリ姫。デケン皇帝はまもなく逝去します」
「……ッ!」
「おそらく、年内でしょう」
俺には分かる、嘘じゃない。
仮面を被っていないジャルファ王子が、俺に微笑んでいる。
「そして私は、跡取りとして最も有力な候補の一人」
「ジャルファ王子……貴方は、何を言って」
「私が皇帝の後を継げば、もう二度と侵攻は行いません」
皇帝の死が事実であれば、トップシークレットのはずだ。
しかしこの男の言葉には、嘘の気配がまったくない。
その宣言を聞いた瞬間、俺は臓腑まで凍り付いた。
「そしてもう一つ。私ほど、貴方たち同盟に好意的な王子はいません」
「ジャルファ、王子。貴方は」
「私以外が皇帝を継いだら、地獄が待っていると思ってください」
─────やられた。利用された。
この男、俺が人物観察に長けていると知っているからか……。
あえて仮面を脱ぎ捨て、俺に『嘘の交渉ではない』と提示しやがった。
俺の観察眼を、信用稼ぎに利用するために。
「……さて、リシャリ姫。私に謁見を許して頂けますか」
気付けば、ヤツは再び仮面を被りなおしていた。
ニコニコと優し気で、甘い笑顔を俺に向けている。
しかし先ほどのように、心の奥底を読ませる迂闊さはない。
講和交渉が嘘ではないと示せれば充分、ってことだろう。
「う、ぅ」
「どうしましたか、リシャリ姫?」
駄目だ。俺の目には、演技しているように見えなかった。
だがジャルファほど心を隠すのが上手いなら、嘘と言うのもあり得るのかもしれない。
俺は─────また、この男の掌で踊らされている。
「わかり、ましたわ。ご案内いたします」
「よろしくね」
彼が零した笑みに、ゾクリと背筋が凍り付く。
やはりこの男は、底が知れない。