【TS】弱小国の王女に転生してしまいましたわ! 作:まさきたま(サンキューカッス)
「ジャルファ王子。申し訳ないですが、武器はお預かりさせていただきますわ」
「当然でしょう。どうぞ、お預けします」
それは、異様な光景だった。
「護衛も、追従していただく訳にはいきません」
「では、私一人で伺いましょう」
黒曜石の騎士甲冑を纏った王子が、ヤイバン王宮の廊下を闊歩していた。
その左右は、サリパの
「リシャリ姫。君は歩く姿も、美しく可憐だね」
「こ、光栄ですわ」
丸腰で護衛もいない廊下を、彼はずんずん進んでいく。
一言でも迂闊な発言があれば、斬り殺されてもおかしくない立場。
だというのにジャルファ王子は、怖いものなどなさげな様子だった。
「ジャルファ王子、入室して良いそうですわ」
「では、入らせてもらいましょう」
俺の仕事は、ジャルファ王子の出迎えまで。
彼が入室した後は、近くで傅いて侍るだけ。
「君の可愛らしいエスコートに、謝意を」
「……どうも」
ジャルファ王子は入室する間際、俺の手背にキスをしていった。
これから殺されるかもしれない謁見だというのに、どんな度胸をしてるのか。
「謁見の許可、ありがとうございますヤイバン王」
「ふん、入ってきおったか」
ジャルファ王子は真っすぐ、ヤイバン王の前に歩いた。
怯える様子も、警戒する様子もない。
「おお、やはり素晴らしい」
「……?」
「大国ヤイバンの王、いつかお会いしてみたいと思っていたのです。これは、思った通りの偉丈夫」
「何だ、貴様……?」
ヤイバン王は怒り心頭、ジャルファ王子を射殺さんばかりに睨みつける。
しかしジャルファ王子は、不敵な笑みを崩さない。
「初めまして、デケン帝国のジャルファと申します」
「デケンのガキが何の用だ」
「講和の交渉に伺いました」
ジャルファ王子の声色は、明るかった。
今にも殺されそうだという事実に、気付いていないのか。
「講和交渉、ね。その言葉の意味を理解しているか?」
「戦争を終えて、和平を結ぼうという意味でしょう」
「貴様らデケンが始めた侵略戦争ではないか」
「その過去は否定しません。責任は、受け止めるつもりです」
ヤイバン王は、ジャルファ王子の態度にイライラしていた。
息子を殺された恨みが、フツフツと湧き上がっているのかもしれない。
「デケン帝国との約束など、信用できん」
「信用して貰えなければ、話が進みません」
「では、どのようにして貴様は信頼を得る」
「自らの言動と、言葉で勝ち取ります」
ジャルファ王子の言葉の真意は分からない。
ドロリと濁った彼の瞳が、ヤイバン王の神経を逆撫でしていく。
「まもなく、デケン皇帝が逝去します」
「……ぬ?」
「その場合、私が後継者となる可能性が高い」
ジャルファは俺に告げた通りの説明を、ヤイバン王に行った。
しかし今の彼は瞳は濁り、真実を話しているのかは分からない。
「信用ならん。自国の皇帝の危篤を公表するなどあり得ん、嘘であろう」
「嘘などではありませんよ」
俺の目には、ジャルファ王子が嘘をついていないように見えた。
しかし俺の目も絶対ではない。
どこまでが真実なのか、正確に見通せなかった。
「私が信用ならないなら、そこの『裏切り者』に聞いてみてはどうです」
「裏切り者……?」
「デケン皇帝の恩を受けながら、サリパ方に寝返った恩知らずがいるでしょう」
ジャルファ王子は、陰に隠れていたセルッゾおじ様へ目をやった。
その冷たい視線を受け、おじ様はハァと溜息を零す。
「はて、何のことか分かりませぬが。ただ、デケン皇帝の危篤は事実でしょうな」
「……本当か!?」
「予らが独自に掴んだ情報と一致しております故。まさか、ジャルファ王子の口から裏が取れるとは思いませんでしたがのう」
デケン皇帝の危篤は、セルッゾおじ様も掴んでいた情報だった。
ラシリア姉上が言っていた『聞く価値のある情報』とは、このことらしい。
だとすれば、ジャルファ王子の話は真実味を帯びてくる。
「ヤイバンやアイギスランドへの侵略も、サリパへの裏切りも、全て私の父……現デケン皇帝の命令によるものです」
「お前……」
「そして約束しましょう。私が後継者となったら、二度と貴国らに攻め入りません」
ジャルファ王子は、ヤイバン方面軍やアイギスランド方面の指揮を任されている男。
そのことから、彼の皇帝位継承の序列はかなり高いと推測される。
「それで? 侵攻してこないのは勝手だが、戦況は我らが優勢だ。今、こちらが戦いを止めるメリットは?」
「戦況に見合った、領土割譲が妥当でしょうね」
そして本当に、ジャルファ王子が皇帝位を継ぐことができるなら……。
領土割譲を含めた交渉が、可能となる。
「貴国が今のペースで勝利し続けた場合、一年間で三領ほどをデケンの土地を占領することになる計算です」
「……」
「その三領の割譲が講和条件です。『一年間の勝利が確定する』のと『占領地が荒らされず手に入る』のは、大きなメリットでしょう」
それは誰が聞いても、美味しい話だった。
ヤイバンに隣接した領土を三つも、そのまま譲ってくれるというのだから。
一年分の戦費を節約できるうえに、復興資金がかからない。
「舐めるな。我らはたった一年間で、戦争をやめたりはせんぞ。これまでの恨みがあるから─────」
「やめますよ。だってもう貴国には、兵糧の備蓄がないでしょう」
「……」
「あちらこちらに兵を出して、国庫が持つわけがありません。貴国が戦えるのはあと一年が限度」
そのジャルファ王子の言葉は、的を射ていた。
実際、ヤイバンの財政は各地に軍を派遣している影響で火の車。
元より一年ほどで侵攻をやめ、守りに徹する方針に転換する予定だった。
「一年分の勝利の確約と、領地の無血譲渡。貴国にとってこれ以上の条件はないはずです」
「……ああ。その条件は確かに、文句をつけれん」
ジャルファ王子の提案には、乗る価値があった。
しかしヤイバン王は、首を縦に振らなかった。
「だがお前らが約束を守るなどと、確証が持てん」
「そこは信じてもらうしかないです」
講和条件は、納得できる内容を出してきた。
しかし問題なのは、デケン帝国の外交的信用が皆無であること。
「なので、選んでください」
「何をだ、デケンのガキ」
「
そこで信用を得る為、ジャルファ王子が張ったのは命だった。
次期のデケン皇帝になりうる男が、命を危険にさらして交渉を続けた。
「断言しましょう。私ほど親ヤイバン、親サリパ派の王子はいません」
「……それで?」
「この講和を拒否するなら、どうぞ私を処刑してください」
ジャルファ王子は、断るなら自分を処刑しろと言ってのけた。
優し気で柔和な笑みを浮かべながら、本気の口調で。
「私以外の後継者候補は、デイビッツ王子と言います。彼はサリパとヤイバンを滅ぼすと強弁しています」
「……貴様」
「彼が後を継ぐなら、私はどうせ処刑されるでしょう」
ああ、そうだ。ジャルファ王子は、こういう人種だ。
自分の命であっても躊躇わず、交渉の担保に乗せられる国益狂い。
「なら私がここで殺される方が、国内の意見が統一しやすい」
俺たちが講和を受けるなら、ジャルファ王子はそれを手柄として持ち帰り。
講和を拒否するなら、ヤイバン王を焚き付けて殺してもらう。
どちらに転んでも、国益になる。
「それと私は、デケン国内ではそれなりに人気を博しておりまして」
「……」
「なるべく残酷に殺してもらえる方が、兵士の結束が高まって助かります」
だからジャルファ王子は、護衛もつけずたった一人で乗り込んできた。
殺されても、国益。殺されずとも、国益。
自分の命を交渉の賭け金にする態度は、俺と鏡写しだった。
「……ジャルファとやら。貴様はワシら、ヤイバンと交渉に来たのだな?」
「ええ、国力を考えるならまずは貴国からでしょう」
そんなジャルファ王子を睨みつけること、数分。
やがてヤイバン王は勢いよく、立ち上がった。
「では、ヤイバン王たるワシの一存で返答しよう」
「お伺いします」
彼の目つきは、険しい。殺意すら、帯びている。
そしてヤイバン王は、静かに腰元の剣を抜き放った。
「お前の言葉が事実と、信用は出来ん」
「……」
「貰えるものは貰っておく。お前も覚悟の上で来たのだろう?」
……交渉は、決裂した。
ジャルファ王子を殺す、それがヤイバン王の下した返答。
「そこに立て、いざ返答をくれてやる」
「……それが、答えですが」
しかしジャルファ王子の表情は、まったく変わらない。
真剣なまなざしで、ヤイバン王を見つめるのみ。
「残念です。嘘は一つもなかったんですがね」
「であれば、デケン帝国の過去の行動を恨むんだな」
ヤイバン王は、白銀の剣を握りしめる。
ハンネも、国王も、ラシリアも、ヤイバン王の行動を制止する素振りがない。
「せめて、最期の望みはかなえてやろう。爪を剥ぎ、皮を削ぎ、苦痛と言う苦痛を味合わせてやる」
「ふむ」
「お前らが、ワシの息子を殺した方法と同じ処刑だ」
それは今までを思えば、当然の結論だった。
例え妥当で、かつ魅力的な条件が提示されたとしても……。
デケン王子からの交渉など、信用できる筈がない。
だから皆、ヤイバン王の判断に『無言で賛成』していた。
「そうですか」
その返答を聞いたジャルファ王子は、冷めた声になって。
「この男を連れていけ」
「では、ご自由にどうぞ」
そう言って、静かにその場で首を垂れた。
「……」
ジャルファ王子も、こうなることは分かっていたはず。
これが、彼の目論んだ未来なのか?
ヤイバン王の前に立てば、殺されるなど目に見えていたじゃないか。
「では、牢屋に連行いたします」
「おう。処刑までは、たっぷり拷問にかけろ」
分からない。あまりにも、状況が読めない。
ジャルファ王子が殺されることも、デケンの狙い通りなのか?
それとも講和を結ぶつもりでやってきて、失敗しただけ?
俺の思考が渦巻き、迷走を始めた刹那─────
金属音と共に。
一本の剣が、俺の喉先で止まった。
「リシャリ様ッ!!」
剣撃の音を近くした刹那、俺の目前に黒銀の刃が迫っていた。
騎士団長の慌てた声が、俺とジャルファに割って入った。
「リシャリ様には指一本触れさせん!」
「……暗殺も、失敗ですか」
いつのまにかジャルファ王子が剣を抜き、俺に斬りかかったのだ。
しかし刀身が首筋の皮に届く直前、パウリックに防がれていた。
─────俺は今、殺されかけた。
「リシャリ姫を道連れに出来れば、理想だったんですが」
「総員、剣を構え! あの邪悪な王子を捕らえろ!」
ジャルファ王子の周囲を、物々しい兵士たちが取り囲む。
パウリックに睨まれ、兵士に囲まれ、ジャルファ王子は絶体絶命。
「貴様! 剣など持ちこませなかったはず……」
「デケンの魔導具に、剣を小型化させるものがあるのですよ」
ヘラヘラ、とジャルファ王子は笑って剣を振った。
その黒剣はパウリックの一閃に耐えられなかったようで、刀身にひびが入っていた。
「不意打ちで斬りかかるなど言語道断!」
「
「なんたる卑怯! ジャルファを許すな!」
そんなジャルファの瞳には、僅かな諦観と。
何かに対する失望が、色濃く浮かんでいる。
「やはり、命はかくも安っぽい」
やがて、彼の口からそんな呟きが零れ落ちた。
「何があったのですか、ジャルファ王子」
気付けば、俺は。
一歩、ジャルファ王子に足を踏み出していた。
「危険です、リシャリ様。お下がりくだされ」
「ありがとう、パウリック」
何か、まずいことが起きている気がする。
見逃してはいけない、致命的な見落としがある気がする。
「ヤイバン王、彼とお話をさせて頂きたいですわ」
「……リシャリ姫? 何を言い出すのだ」
ジャルファ王子を殺せれば、我々にとって利益は大きい。
しかし、そんな戦果など些細になりそうなほど、致命的な何か。
「ジャルファ王子。貴方はここに、何をしに来たのです」
そんな、俺からの問いに。
ジャルファ王子は、柔和な笑みを浮かべてこう答えた。
「─────数か月前、君がしたことをしようと思ったんですよ」
「は?」
彼の眼は濁ったまま、俺を見つめる。
数か月前に、俺がしようとしたこと?
「十年以上も殺し合い続けた怨敵と、和解せざるを得なくなりました」
「何を、仰っているんですの」
「実際、やってみて思いましたよ。信用を得ることが難しい、話も聞いてもらえない」
ジャルファ王子は笑みを浮かべたまま、剣を床に突き立てる。
その行動は、彼らしからぬ自暴自棄さがあった。
「こんな交渉、どうやって纏めたんですか貴女は」
「え、あー……」
「ふふふ、やっぱり君は恐ろしい」
つまりジャルファ王子は何か策があってきたわけではなくて。
俺と同じく、決死の覚悟で講和しようと乗り込んできたってこと?
「もう良いです。祖国への義理立てで、
「え、あの」
「誓いは果たせず、何もなせず。私の器は、その程度だったらしい」
その言葉が、演技ではないことは一目瞭然だった。
彼はもう、何もかもを諦めている。
「私は何のために生まれたんでしょうか。病弱な母を死に追いやり、育ての乳母を斬り伏せて、実の兄の心臓を抉って」
「ジャルファ王子?」
「それほどの罪を背負っているのに、私の命はこんなに軽い」
ひとりごちるジャルファ王子の心臓に、パウリックの細剣が狙いを定め。
色めき立った衛兵たちが、王や貴族を守って前に出た。
「ああ。どうかデケンの未来に、栄光あれ」
「あっ」
ジャルファ王子は、剣を自らの首筋に当てた。
このまま、死ぬ気だ。
「……今行きます、母さん」
「止めろ、自害させるな─────」
兵士たちが慌てて、ジャルファに飛び掛かろうとする。
しかし彼は虚空を見つめ、自分の首へと刃を振り上げていた。
「もう諦めるんですの、ジャルファ王子」
「……ん?」
俺は首筋に添えられた王子の刃を、掌で掴んだ。
刺すような痛みと共に指が切れ、ポタリと滴る血液。
同時に、王子の見開かれた瞳が俺の顔を捉えた。
「まだ交渉の余地はあるでしょう?」
「リシャリ姫?」
ここでジャルファを殺しては駄目だ。
まだ俺はこの男の輪郭をとらえきっていない。
きっと大切な何かを、見落としている。
「私なら、諦めずに交渉を続けますわよ」
「……」
ジャルファ王子の輪郭は、本性はどこにある?
野心に燃える、自信過剰で不遜な漢か。
腹黒く知恵の働く、ジケイ兄上のような黒幕か。
そんな風に見えはするが。
「そこで諦めているから、ジャルファ様は『その程度』なのですわ」
「……あ?」
軽く挑発してみると、ジャルファ王子は俺を睨んだ。
自死する間際、仮面を捨て去った彼の瞳に見えたその『輪郭』は。
「言ってくれますね、リシャリ姫」
正義を信じる裏表のなさと、思い通りにならない苛立ち。
それは思春期前の男児のような─────無垢さと、幼稚性だった。
「ここで諦めるから、
「おー」
彼は首筋から剣を離し、再び立ち上がると。
その黒剣を俺に向けて、挑発的な目を向けた。
「貴女に何が分かるって言うんですか、リシャリ姫?」
ああ、なるほど。
俺はこの