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『お前は生きろ。例え自分以外の全てを潰してでも、お前は生きろ』
まだ戦う事だって出来なかった幼い頃、自らの父親にそう言われた事を思い出す傭兵が居た。
全体的に黒い装備に身を包み、その上にフードがあるボロボロのポンチョを着た、如何にも傭兵、或いは軍人と言える様な格好をしている。
だが、その傭兵の頭には人間には有る筈のない大きな角があった。前頭部と側頭部大きく、しかし細く鋭く、黒く、そして捻れた禍々しい角だ。
其処は何処なのかも分からない砂漠だった。
砂嵐によって視界は全体的に悪く、遮られている。本来ならば歩く事だって難しい悪天候の中、傭兵は苦もなく歩いていた。
素顔を隠す様に顔面を覆う黒いフェイスマスクによって、傭兵は飛び回る砂粒を凌いでいた。
ざっ、ざっ、と踏み出す足を砂が掴む。それらを振り払い、傭兵は嵐の中を迷う事なく前へ前へと力強く進んでいく。
傭兵は仕事をこなす為、この砂漠に訪れていた。仕事の内容は至って単純。ある人物の殺害だ。たったそれだけの、酷く単純な仕事だ。
傭兵はサルカズだ。カズデルという、今や国の名前ですらない地域の名と化した無政府地帯出身の傭兵だ。
通称は『カズデルの傭兵』。今や荒廃した地域の名でしかないソレを背負い傭兵として活動している彼の名は、良くも悪くも世界に届いていた。
200年前、諸国とカズデルの間に戦争が起きた。カズデルが諸国に蹂躙され、サルカズという種族が世界各地に散り散りとなる切っ掛けとなる戦争だ。
傭兵はその戦争に身を投じ、長い間戦い続けた。
時には敵の攻撃によって血を流し、ナイフによって肉を裂かれ、銃弾によって腹を撃たれ、アーツによって苦しめられた事もあった。何度も何度も、圧倒的な数の利に押し潰されそうになりながら、されど傭兵は戦い続けた。
だが、得られた結果は勝利などという希望ではなく、自国の敗北だった。しかし傭兵にとって、それは心の何処かで分かっていた事だった。
カズデルは負ける。カズデルは滅ぶ。そんな事は、きっと既に分かり切っていたのだと。
カズデルの歴史は、常に破滅に満ちていた。
カズデルは常に其処に在り続けた訳ではない。寧ろ、カズデルは何度も破滅を繰り返し、その度に場所を変えて再び姿を形作り、そして破滅していった。
最初のカズデルは、ここから遠く東の方にある『クルビア』という国が今はある場所に元は存在していた。けれど、神民と先民によって最初のカズデルは滅んだ。
次のカズデルは、大陸の中心に築かれた。けれど、次は裏切りによって滅んだ。
さらに次のカズデルは、東へと移動した。けれど、またも裏切りによって滅んでしまった。
サルカズは、この世界―――テラにおいて最大の人種差別を行われている種族だ。
サルカズは
感染者という存在が、殆どの住人達から害としか見られないこのテラにおいて、感染者になり易いサルカズという種族そのものは、社会の敵として偏見の目で見られている。
故に、その出身国であるカズデルは何度も滅びた。迫害が続くサルカズが団結する事は他国にとっても脅威と成りうる。だから他国はカズデルを何度も滅ぼしたのだ。
……まぁ、
「……」
砂漠を歩き続けて約1時間。遂に傭兵は、目的の人物が居る場所が見える所まで辿り着いた。
辿り着いたその場所には、小さな基地が作られていた。基地とは言っても、テントを幾つか立てて其処に物資が幾つか置いてあるだけの簡易的なものだが。
懐から取り出した単眼の望遠鏡を取り出し、そこから覗く様にして基地を見渡す。
入口と思わしき場所には二人の見張り。二人共、クロスボウを構えて武装している。
中央のテントにも何人かの見張り。他の物資とは何処か違う、何か異質さの様なものを放つ箱の様なものが置かれている。
入口となる部分が閉じている為、中までは確認出来ないが、おそらくあの中央のテントの中に目標が居るのだろう。
取り出した望遠鏡を仕舞い込み、腰に巻いたベルトにぶら下げていた小さな筒―――グレネードを掴み取り、そのピンを抜いて即座に狙いを定める。
砂嵐は止まない。ここで投げても、風によって軌道が逸れる可能性は大いにある。だが、そんな事は傭兵とて理解している。その上で、彼はグレネードを投げようとしていた。
―――どくんっ、と心臓が大きく鼓動を打つ。
全身に稲妻が迸る。上げた足が砂を貫き、振り上げた腕がグレネードを力強く掴み、その足腰から腕までへの力の全てを伝播する。
ブォンッ! と、嵐による暴風すらものともせず、アーツによって己が五体を強化した傭兵が繰り出した豪速球は真っ直ぐに入口の方へと飛んでいき―――
見張りがそれを認識する間も爆発し、黒煙と焔によって混乱を解き放った。
「な、なんだ!?」
「敵襲、敵襲だ!」
「何処からだ!? 何処から情報が漏れた!?」
それなりに距離が離れている筈なのに、敵の声がよく耳に届く。
騒がしい声が幾つも重なるが傭兵は顔を歪める事もなく、ポンチョを翻し、砂の地面を蹴って疾走する。
「……」
混乱に乗じ、一瞬にして基地へと侵入する。突如の襲撃に敵は混乱している。
狼狽える者、警戒を強める者、周囲を探索する者。全員がバラバラで、統一が全く出来ていない。
砂嵐によって傭兵の姿は敵達には見えなかったらしい。あまりにも呆気なく侵入する事が出来た傭兵は、物資の物陰に隠れながら周囲を観察し、中央のテントまで向かっていく。
「っ、だ、だれ―――!?」
運悪く周囲を探索していた敵に見付かった。だが、何ら問題はない。仲間を呼ばれる前に処理すれば良い。
ポーチに入れた
短刀が空を裂き、敵は避ける事も出来ずその柔らかい喉に短刀が突き刺さる。動脈が貫かれ、ごぷっ……と口元から鮮血が零れ落ちる。
膝から崩れる様に倒れる敵。その髪を引っ掴む様にして引き摺り、傭兵は突き刺さった短刀の柄を握って力強く喉を斬り裂いた。
地面を彩る流血。ポンチョにも飛び散ったそれに目もくれず、傭兵は速度を早め、さっさとテントへと移動する。
『クソっ! 何故、此処がバレた!? 一体誰が情報を漏らしたんだ!』
『落ち着け、今はそんな事よりも逃げる準備だ! 俺達がコレを持って生き残れば、まだ可能性はある!』
『っ……あぁ、そうだな。コレを量産して流せば、都市の全員が
聞く耳を立てれば、そんな下らない会話が聞こえてくる。
これ以上は聞く価値もない。傭兵はそう判断し、テントの厚い布を短刀で呆気なく切り裂き、中へと侵入した。
「誰だっ!?」
「―――こいつ、は……」
パァン、と何かが破裂する。
言葉が紡がれる寸前で、一人のサルカズの男の頭が弾ける。傭兵の左手に握られた拳銃の銃口から、涎を垂らす様に硝煙が零れていた。
続いて、引き金を引く。灼熱の鉛がもう一人の男の胸を貫いて、斃す。
「な、ぜ……さるかずの、おま…え……が…………」
「……」
瞳から光を無くし、息絶える。
一瞥をくれて、すぐ傭兵は物言わぬ屍から目を外した。
「――――――こちら■■■■。依頼通り、サルカズの■■■■■■■と■■■■■を殺害した。依頼達成だ」
『――――――、―――――――――――――――』
「……そうか。お前がそう言うのならそうなんだろうな―――■■■■」
カズデルの傭兵
出身地であるカズデルの名前を背負った歴戦の傭兵。200年も前から傭兵として活動していた事から、サルカズでありながらその高い実力から他国から雇用される事もある。