ソロプレイヤー、ナザリックに挑む   作:No_46

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感じ取る異変と猜疑心

 多くの亜人種が集まる闘技場のような建造物の中心、人の居ない広いスペースに強固な門から追い出された巨大な蛇(ジャイアント・パイソン)巨体の虎(グレーター・タイガー)と呼ばれている存在が相対している。

 

キシャーッ! 

 

グルァッ! 

 

 異なる種族の威嚇声が響くのは触れられないよう鋭い杭が組み込まれた塀に囲われた内から。

 食事を与えられていないのかお互いに飢え、目はギラギラと鋭く目の前のモンスターを睨みつけている。

 周囲に居る観客の体をビリビリと揺らすほどの鳴き声に観客は固唾を飲んでその決着を見守っていた。

 

 数秒のにらみ合いを終わらせたのは、ジャイアント・パイソンだ。

 

 ジャイアント・パイソンがその巨体を鞭のようにしならせ、グレーター・タイガーの喉元へと食らいついた。

 対するタイガーは、わずかにバックステップを踏むと同時に、掲げた前足を剛速で振り下ろす。

 豪爪が頭部を捉え、ギャリッと硬質な音が鳴り響いた。

 

 だが、強靭な鱗には浅い傷がついたのみ。それでも衝撃に怯んだ大蛇へ、タイガーは好機とばかりに追撃を仕掛ける。

 しかし跳躍したその腹部へ、丸太のような尻尾が直撃した。

 

ガァッ!? 

 

 弾き飛ばされたタイガーは背後の杭と塀へ叩きつけられ、苦悶のうめき声を漏らす。

 

 やれーッ! 

 

 殺せ! 

 

 迫力のある攻防に観客の熱量も上がったのか野次が飛ぶ。

 ふらつきながらも格好の好機にジャイアント・パイソンは突進。

 塀に組み込まれた杭によって起き上がる動作が遅れたタイガーはモロにその攻撃を受けてしまう。

 

グァッ! 

 

 二度目の杭が今度こそ体深くに突き刺さったことで目に見えて勢いが衰える。

 大蛇は弱った獲物を逃さない。

 背後の杭ごと身体を巻き込み、その腕や足を強引に縛り上げていく。自由なのは、牙を持つ頭部と尻尾だけだ。

 

ガアアッ! 

 

 悲鳴と共に、バキバキと太い骨の砕ける音が響く。

 タイガーは必死に尻尾を叩きつけた。だが、もはや鱗を撫でるほどの力しか残っていない。

 

 やがて全身がぐにゃりと歪み、抵抗が止む。

 さらけ出された喉元へ、大蛇の大顎が食らいついた。

 ゴキッ、という鈍い音。

 直後、グレーター・タイガーは糸が切れたように動かなくなり、静かになった。

 

 戦いを終えゆっくりとタイガーを丸飲みしていくジャイアント・パイソンに、観客たちは大きく歓声をあげる。

 

 勝利の特権である食事を終えたジャイアント・パイソン、その眼前に降り立ったのは統一されている全身鎧(フルプレート)を着た兵士3人組。

 

 追い立てるように囲い、それぞれが持つ剣で抵抗を抑え込みながらも、彼らは慣れた様子でジャイアント・パイソンを檻まで押し込んだ。

 

「あ~あ、負けちまったよ」

 

「チクショウ、あと3勝で10連勝目前だったんだがなぁ。

 折角の金がパーだ」

 

「馬鹿か、その連戦記録はハゲ猿が半分だろ。

 あの程度の実力だったら普通ここまで来れねぇよ」

 

 好き勝手に語るのはカウンター席に居る亜人種、牛と豚、馬の特徴を持つ3人組だ。

 それぞれカウンター側に体を預け戦いを見ていたが次の試合まで時間があるのかカウンター側に向き直る。

 

「次は……ああハゲ猿と森林大長虫(フォレストジャイアントワーム)か」

 

 壁に貼り付けてある試合表を確認したオーク(豚鬼)が呟くと、馬人(ホールナー)の耳がピクッと動く。

 

「そういや毛なし猿も耳長猿も言葉が通じるようになったってな。

 マジなのか?」

 

「それで言うなら石喰猿(ストーンイーター)人蜘蛛(スパイダン)の連中もだ。

 言語が理解できても相いれない種族はいたが、言語の統一で更なる発展は約束されている。

 原因は未だ調査中らしいものの……竜王さまのお力だろう」

 

 馬人の疑問に答えたのは牛頭人(ミノタウロス)、手に持つ酒を揺らしながらガッハッハッと豪快に笑う。

 

「お陰でうちの商会は新たな販路が開拓できると部下も上から下まで大忙しよ! 

 竜王様さまだ」

 

「するってぇと、この町だけじゃないっつーことか」

 

「らしいな、今後の猿狩りも言葉が分かるようになってやり易くなるだろうし、この闘技場でも親子で戦わせたら面白いんじゃねぇかって話もあるぜ?」

 

 馬人とオークがそう口にすると同時、門が開け放たれ土気色をした巨大な虫が現れた。

 ミミズの頭に円状の牙を備えたような口が地面に潜ろうと牙を立てるも、長年踏みしめられ固められた地面は少し削られるだけで潜ることはできない。

 

 諦め、周囲を触覚で感知し始めるワームをよそに、周囲ではざわめきが広がっていた。

 

「まだか?」

 

「ハゲ猿相手に手間取ってんのかよ」

 

 そんな文句が誰からともなく出ている。

 しかし人間種が出る予定だったのだろう門の向こう側では慌ただしい足音が聞こえるのみで、何が起きたのかを推察することは難しかった。

 

「戦わせる前に死んじまったんだろ」

 

「数だけは居るんだから早く出せ!」

 

 コン、と誰かが持っていたコップを投げ捨てたのを皮切りに、ヒートアップした観衆は次々と物を投げ捨てる。

 

 だからだろうか、ヒートアップした民衆は誰一人気付かなかった。

 建物が崩れるような轟音に。

 

ゴオッ! 

 

 室内である筈の闘技場に暴風にも似た何かが駆け抜ける。

 激流じみたそれは障害物すら貫通し、届かなかった場所はどこにもない。

 

 高レベルの亜人でさえ、目に捉えられたのは赤い軌跡のみ。

 

 次の瞬間には建物ごと、すべてがずるりと傾いた。

 

 

 ***

 

 

 踏みしめた木片がパキッと音を鳴らし砕ける。

 食事時で火を扱っていたのだろう崩れた家屋から煙が上がり、数分前は人々の営みを感じられた町並みは、瓦礫の山と化していた。

 

 その瓦礫の頂点、鋭く切断された木片の先端を中心に煙が湧きだす。

 空気より重く、鼻が曲がるほどの悪臭を放つ不浄な青い霧、しかし誰一人としてその異変に気付く者は居ない。

 目を凝らせばその煙にはいつのまにか、人影が現れていた。

 霧が晴れ表れたのは青みがかった、絶えず鋭角を形成する粘液を纏う女。

 その片腕には雑に複数人もの人間が気絶しながら抱えられていた。

 何人も人を抱えた存在が現れたというのに、まるで無機物すらも現れたことに気づかぬが如く、足場となった瓦礫は軋む音一つ上げない。

 

「おー大分派手にやったな……

 ヒト居るかもってわかってんのか?」

 

 独り言を口にしながら彼女が黒い装いコートの内ポケットに手を突っ込み取り出したのは何の変哲もないナイフに見える。

 しかし擦り合わせるように指を動かせば、まるでトランプカードの様にナイフが複数に広がった。

 彼女は広げたナイフを周囲を見渡しもせず投げる。

 

 ヒュッ! っという軽い風切り音に反しその全てが隠れている亜人種の頭部を貫き、更に壁にしている瓦礫すら回避して亜人種へと到達していた。

 

 彼女は投げた手のひらを開き、確認するように握りしめた。

 その瞬間、投げたはずのナイフはいつの間にか手に握られており、どこか満足げな様子でナイフ投げが追加される。

 ナイフを投げる腕がようやく止まったのは数十本を超えたころだろうか。

 

「やっぱ遠距離は地味だよなぁ、この武器」

 

 遂に出た長文ネキの言葉を聞く者は、既に周囲にはいなかった。

 

(雑魚戦用に回収のレアデータクリスタル組み込んでてよかったな。

 無かったら毎回手で回収しなきゃだった。

 しかし……こんな不安定な瓦礫の上に立ってナイフ投げてるのに百発百中、俺こんな身体能力高くなかったぞ? 

 何人も人抱えてるのに全く重さ感じないで、何年も動きが染みついたみたいに音もなく歩けるし)

 

 俺は複数人を抱えながら不安定な瓦礫の山を歩いていても体勢を崩す兆しすらない驚異的な身体能力を得た事実に驚きながらも、まるでただ歩くように瓦礫の頂点を通り過ぎる。

 

(ワープもゲーム時代は海や沼とかのフィールドは転移できないってだけのワープスキルかと思ってたけど、こっちだと転移ってより通り過ぎる感覚なんだよな。

 ゲーム時代と違って通れるマークは出ないけど感覚で分かるし、やっぱりフレーバーテキスト通りの性能に代わってると見たほうが良いか? 

 別に結果見ればワープだし間違ってはないんだが、通り過ぎるってなら……)

 

 そんな俺は通り過ぎるようなワープからある考えに思い至る。

 

 一旦気絶している人間をゆっくりと地面に下ろした長文ネキは通り抜ける先を亜人種の居るすぐ横へと変更しナイフを突き出したままにして走る。

 

「……ッな!?」

 

 ──―ゾブッ! 

 

 いきなり現れた俺に驚愕した熊に似る亜人種の首を走った勢いのまま横なぎに切断、流れるように再度ワープに入る。

 連続して転移した先はまた別の亜人種、相手から突っ込んできていると考えてもあまりに容易く、周囲の亜人の殲滅は完了した。

 

 蒼い霧を経由し未だ気絶している人間を抱え直した長文ネキは目線を上げる。

 

 その先に居るのは、ゾンビネキ(ナヅキ)だ。

 

 走り回るそのスピードは以前ならば目に捕らえることも難しかっただろうに、今の己は容易くその全容を認識できている。

 紅い軌跡を一瞬残し、建物ごと亜人を切り刻んでいる彼女に、俺は少しの違和感を覚え頭をかしげた。

 

「ゾンビネキ……あんなスキル持ってたか?」

 

 そう、視界に映る彼女のスキルは俺が見たどの範囲攻撃スキルとも似通っているが明確に違う。

 複数の建物をまとめて切り刻めるほどの範囲を誇ってはいたが、既知であるゾンビネキのスキルに紅いエフェクトはついていなかったはずだ。

 

「そういや、吸血残滴のサブ効果で攻撃威力伸ばしてたな、血のエフェクトが乗る【溢血】状態だっけか? 

 若しくはこっちに来て新しくスキルの活用方法見つけた可能性もあるし。

 ……てか笑いすぎだろ……」

 

 ゾンビネキの顔が引きつるほどの口角の上がりようと狂笑、そして切り飛ばした肉を口に加え食べている様子に少し引きながらも理由は自らの変化からあたりはつく。

 

(ずっと感覚なしだったからはっちゃけた可能性にプラスして、まぁフレーバーだろうな。

 元から欲望系スキルいくつか持ってたし、死乃淵渡のスキル【飢渇止不】は欲望系デバフ上昇効果あるし。

 確か、パンデミック・キャリアーも

【腐りゆく己の肉体を補うためか、愚鈍な自らの肉体を限界まで急かし、生者を追い続けた結果、遂には生者と見違えるまで進化したアンデッド。

 見境なく周囲を襲うゾンビとは違い、その肉体には数多の病原体が潜んでおり、抗いがたい屍の欲求すらも抑え人の生活に紛れ込む。

 病原体を自在に操ることで獲物となる生者の活力を奪い、あたたかな血肉を貪る為に。

 しかし、死者の器が生者へ戻ることは決してない。

 いくら取り繕い、飢えを鎮めれど、欲望は永遠に続く】

 だっけか? 

 スキルの擬態屍體にも消費増加系付いてたし。

 ……ッ!)

 

 ゾンビネキのフレーバーを思い出す思考に割り込んだ、感知系スキルの警鐘。

 

 低レベルの人を抱えているこの状態では身代わりや回避スキルを使っても助かるのは自身だけ。

 即座に次元断層(ワールド・ディスロケーション)を発動する。

 

 瞬間、ギャリギャリッ! と削り取らんとする異音が鳴り響いた。

 

「あーあ、使っちまったよ」

 

 視界に映るは縦横無尽にばら撒かれた赤い斬撃。

 気楽な口調に反し斬撃の一つ一つはワールドチャンピオンのステータスとワールドアイテムを組み合わせた高威力なものだ。

 

 しかし長文ネキが零したのは自らのスキルを使ってしまったことに対する後悔のみ。

 

 長年共にユグドラシルをプレイし、ナヅキを含める多くのプレイヤースキルを見てきた経験と、ワールドチャンピオンのスキルに対する自信がそこにはあった。

 相手の居場所が分かっている状況で流れ弾にダメージを受けることはない。

 とはいえだ。

 

「流石にはっちゃけ過ぎだし、止めるか。

 絶対コレ後でなんか言われるだろ……」

 

 脳裏によぎるのは先ほど約束したブルースとの口約束。

 ゾンビネキ(ナヅキ)が流されやすいとはいえ軽率すぎだ。

 

「俺も交渉事苦手だし……

 集会主、いやこういうときはお嬢様か……

 居れば良いんだが」

 

 斬撃の一部を止めたとは言え、その痕跡は都市を丸々飲み込むほどに広がっている。

 長文ネキがぼやくと同時、姿は一瞬で立ち消えた。

 

 

 ***

 

 伸ばした腕の握られた刃に、立ち向かおうとし両断された亜人種が何も理解できず真っ二つに分かたれた。

 その断面へと、鬱血したような黒紫色の舌を長く這わせ、口の中に濃厚な血や脂、脳汁の味わいが広がる。

 

 興奮は一度高みに到達したことで、ある程度の落ち着きを取り戻していた。

 一つの欲望が収まれば、次に顔を出すのは別の欲望。

 

 老いた者の血は灰汁や苦味が強く、乾いている。

 対して若い者の血肉はその老いによって濁っていない肉体特有の味と瑞々しさを持っている。

 

 逃げ遅れた若い亜人の背を、生きたまま刀で丁寧に表皮と骨を取り除く。

 倒れこむ亜人の真っ赤な背中へ手を入れ、切り出した肉を口に頬張る。

 口の中に広がった味は、先ほどまで生きていたことを証明するように血が溢れ、口の中で痙攣というスパイスをもたらす。

 下処理もされてない生肉というのに私の口は抵抗なく嚙み潰し、更にあふれ出した血を嚥下した。

 

(こうして食ってると亜人より人間のほうが食いにくくなる分厚い毛皮とかないし、食べやすそうではあるんだよなぁ。

 パット見全員ガリガリだから食いでは無さそうだけど……また思考がゾンビに寄ってる、自制自制)

 

 思考の片隅でそんなことを思いつつ、吸血残滴の広範囲化とスキル【独閃】で邪魔な建物ごと切り刻む。

 口でのスキル発動が無くなり使い勝手が良くなったスキル群、また吸血残滴自体の仕様も少し変化していた。

 

 ユグドラシル時代はダメージを与えると【溢血】状態に入り威力上昇、発声コマンド【溢血】で更にダメージと攻撃範囲が広がるものだったが、この世界では血を吸わせることで溢血状態に突入し、発動も意識するだけで発声コマンドも不要、吸血にも上限があるようには見えない。

 更にたまり過ぎたら吸血残滴の零れ落ちる血を啜り、蓄えられ濃厚に凝縮された味わいを楽しむ。

 そうしたことで吸った血液の量が減り、ある程度の範囲コントロールも効くようになっていた。

 

(美味いモン飲みながら使い勝手も良くできるなんて、便利すぎて逆に怖いな……

 身体も十全に動かせるし、異世界最高か?)

 

 瓦礫に変えられた建物、破片すらも無意識で避けつつ私は鼻を鳴らす。

 香ってくるのは吸血残滴に染み付いた血と周囲に倒れる亜人たちの内臓、そして崩落で舞い上がった土ぼこりの匂い。

 

 生存者は居なさそうだ。

 

 せっかくの獲物がなくなり、少し残念に思っていれば、遠方に見えたのは亜人の集団。

 ちょうど逃げ出すために合流していたのかかなりの人数が見える。

 

 内臓が溢れ血の海となっているこちらを確認したのか蜘蛛の子を散らすように逃げ出していく。

 

 私は笑みを深めた。

 丁度いい、この身体を思いっきり使ってみたかったところだと。

 

 ドンッという重苦しい地響きと共にひび割れた石畳。

 

 ひと息に踏み込めば一瞬で、逃げ遅れた狼の亜人に肉薄する。

 

 何が起きたかも理解していない表情のまま、私の貫手が心臓を掴み抉り取った。

 

 脈打つ心臓にそのまま齧り付く。

 

(あ~弾力があってうめぇ~

 心臓だから肉汁みたい血が溢れるし、果物ってこんな感じか? 

 肉汁溢れる肉も果実も今の私なら食べられるって思うと感慨深い)

 

 食べきった手を舌で舐め上げ、逃げる亜人の元へ。

 

「選り取り見取り、バイキングかな?」

 

 吸血残滴に血を吸わせ、時には私は切り飛ばした様々な部位の肉片を味わっていく。

 

 冒険者の装備をした若い蛇身人の、コリコリと弾力のあるタン()

 仕立てられた豪勢な服を着ている馬人の、肉肉しく発達したモモ(太もも)

 瓦礫を登り逃げようとした山羊人の、野性味溢れる濃厚な旨味が詰まった分厚いハラミ(横隔膜)

 身を屈め隠れようとした小さな鉄鼠人の、血を豊富に含んだねっとりと甘いレバー(肝臓)

 泥まみれの粗末な鱗鎧を纏った蜥蜴人が、身を守ろうとして輪切りにされた靭やかな尾。

 衛兵として向かってきた豚鬼の、巨大な肋骨を持ち手としたジャンクな脂の旨味が滴るスペアリブ。

 命乞いをしようと跪いた魔現人(マギーロス)の、クリーミーな脳味噌。

 

 目についた亜人を片っ端から食べていけば、いつしか周囲には食い散らかされた残骸のみ、知識のみで知っている味を実感できた私は心地よい満腹感に満たされていた。

 

 しかし

 

「なんか足んねぇんだよなぁ〜

 ま、腹ごなしにはよかったか」

 

 どこか満たされない感覚、もちろん食事はうまいし肉体的な満腹感もある、何故か物足りなさを感じるが、既にある程度食欲が満たされたことで、別の欲望が顔を出した。

 

(あ~またムラムラしてきた……

 気持ちいいから別に良いんだけど、でももう近くに亜人居ねえし、あ)

 

 思い付き、目の前に掲げたのは食事の際、思う存分に血を吸った、吸血残滴。

 滴り落ちる血は1滴とはとても言えないほどだ。

 

 今までに無いほど蓄えられている吸血残滴、これならば。

 

(適当に使っても周りの亜人ぶった切れるでしょ! 

 広範囲だし……絶刀乱麻と溢血で)

 

 納刀し、ゆっくり柄を握り直す。

 吸血残滴のスキル【溢血】の発動を意識し……

 

「【稀術:絶刀乱麻】」

 

 滴り落ちる血が止まって見えるほどのスピード。

 空を幾度も刀が撫で、拡大、分裂を行いながら紅い軌跡を残し、昇っていく、その姿はまるで蕾のようで。

 

 ────納刀。

 

 瞬間、花開くように、紅い斬撃が放たれた。

 

 ズバンッ! 

 と音が一つに聞こえたのは勘違いではない。

 始まる地点ではあまりに多く重なりすぎていた斬撃がほぼ同時に広がったのだから。それも、一瞬で。

 

 感覚で、数え切れないほどの生者がその身を撫で斬りにされたと理解する。

 

 背筋がブルリと震えたのは快感か、それとも残っていた良心か。

 

「フヒッヒヒヒ……」

 

 思わず零れた笑い。

 

 視界に広がる破壊の跡は、ユグドラシル時代の攻撃範囲からは比べ物にならないほど広がり、街を飲み込んでいる。

 紅い軌跡は斬撃に取り残され、空に溶けてゆく。

 

「お兄ちゃん……!」

 

 そんな時だ、私の耳へ仄かに届いたのは幼い少女のものだろう声。

 

【極致:怪出死没】を発動し発声元へと向かうと、そこにいたのはへたり込む羽虫人(ゲタナー)の少女、そして私の斬撃に当たってしまったのだろう男の羽虫人(ゲタナー)

 少女の方は20cmにも満たないその体躯のおかげで生き延びたようだ。

 

 背後に降り立った私に気づかず、兄へと語りかけるその姿は憐憫を誘うが、私はそれを見ても全く心は揺れ動かない。

 

(そういや虫食とかあったよな)

 

「おにい、キャッ」

 

 そんな考えと同時、私は羽虫人(ゲタナー)の少女を掴み取り、大きく口を開けた。

 

「えっ?」

 

 そんな疑問の声を上げながら、羽虫人(ゲタナー)が口に収まりかけたその時。

 

「いや流石にそれ(虫食)はドン引き」

 

 ガチッと歯が音を鳴らす。

 

 いつの間にかすぐ横にいた長文ネキ、その手には私が持っていたはずの羽虫人(ゲタナー)が収められていた。

 

(もう人間の避難終わったのか? 

 ならなんで……って)

 

 自らの欲望に身を任せた、その結果を振り返り自覚した瞬間、あそこまで高まっていた欲望の勢いに急ブレーキがかかる。

 

(やらかした〜! 

 そりゃ人間だった奴がいきなり亜人種殺して肉食ってるの見たらドン引きだし止めるわな!!! 

 いや、でも最初は止めてこなかったのは……あっさっきの大規模破壊! 

 絶対巻き込まれてたよね!? 

 やべぇ……なんて言えば……)

 

 気まずい無言の時間が続き、やっと私は口を開いた。

 

「あの……ほんまゴメン」

 

「その謝り方絶対あいつらにするなよ」

 

 

 ***

 

 

 美しく飾り立てられ、丁寧に並べられた食事、出来立ての様な瞬間で時間が止まっているテーブル。

 その周りにはかくも美しい美女たちが座り、しかし誰一人その食事に手を付けてはいなかった。

 

「やっぱりダメだね、各都市に置いてあった子供(寄生子機)たちの反応もない。

 12時丁度に起きた魔法の不具合は直っているけど、スキルの使用不可は継続しているという線も考えられるけど、新しく生み出した子とは問題なく会話できるんだよね」

 

 額に縫い傷のある黒髪の女性が手のひらにツルリとした質感の触手を乗せながら目を細める。

 

「私のゲートも、既存の場所へは開けないみたい。

 ただ視覚内での転移は問題なく発動できるわよ。

 ……いきなり全て使用できるようになったというのも怪しいけどね。

 やっぱりナヅキ様が仰られていた別世界への転移が起きたと見て良さそうだわ」

 

「紫が無理なら確定ね。

 そもそも疑うわけないけど。

 でも目の前にお酒があるのに生殺しなんて酷いったらないわよ!」

 

 小さなワープゲートを開き範囲を確認する紫色の中華風の衣装の女性。

 それに答えるのは赤と白の巫女服の少女。

 

「やっぱり周囲の探索はするべきだと思うぜオレ様は。

 周りの状況も分かっていないってのにナヅキ様を呼べるか、あの時みたいなことはゴメンだね」

 

 大きなリボンとミニスカートを履いた金髪の少女が、苦虫を噛み潰したような顔で意見を出す。

 

「何をそんな悩んでるのよ。

 魔法が使えるようになったならさっさとナヅキ様を呼んで食事を始めれば良いじゃない」

 

「テメーはバカか? いやバカだったな。

 なんの為に俺たちが作られたと思ってんだ。

 これが罠で逆にナヅキ様を呼び寄せる罠だったらどーすんだよ。

 あの時の二の舞だけはごめんだろ」

 

「そーそー、あの気持ち悪い連中が二度と好き勝手できないようにボクたちは作られたんだよ? 

 ナヅキ様がボクたちを必要にするなら【伝言(メッセージ)】で連絡がくるってッ」

 

「ナヅキ様がふらっといなくなるのはいつものことなの……

 それに、ナヅキ様は此処にいる誰よりも強いんだよぉ? 

 特に、一人の時は、だから心配するほうが不敬ですぅ」

 

「でもよぉ、いくらなんでも待たせすぎじゃねぇか? 

 ナヅキ様が言ってた転移にしたって魔法が使えなかったりとかはなかったし、結局何が起きてんだ……」

 

「は、はぁー!? 

 あたしがバカですって!? 

 リルトット! アンタだって目の前の食事によだれダラダラじゃないの! 

 その口元のほうがバカみたいよ!」

 

 白の装いで隣り合って並ぶ、個性的な5人組は思い思いに口を挟み、次第に口論のようになっている。

 

「ようやくあの子の宿願が叶ったのじゃ、喜びに我を忘れることも有ろうよ。

 しかし……妾は早う甘やかしたくて堪らぬわ。

 ずっと、母としての役割を果たせなかったからのう……」

 

 そんな騒がしい少女たちを無視して、黒いセーラ服とタイツが特徴的な黒髪の美少女がため息交じりに願った。

 

「全くナヅキ様は何やってんですかねぇ。

 折角知識通りにうんえい? とやらからの制限が取っ払われたんです。

 ワタクシを愛で、愛し、愛情を注ぎに顔すら見せないなんて、薄情になったもんですよ。

 本来ならすぐに、脇目も振らず! ワタクシを手に取りいつもの称賛と愛と情欲に塗れたセリフと共に! 忌々しい制約がなくなったことを猿どもとは違う尊く美しい神聖な身体で楽しんでやがったでしょうに。

 ナヅキ様の性格上そもそも離れるなんてまずあり得やがりませんしぃぃぃ? 

 大方また面倒な状況になってんでしょう。

 翼は何か聞いてねーんですか」

 

 金髪に異様に長いもみあげをそろえた、紫の下着姿の少女はテーブルに肩ひじを立てながら料理を再度フォークでいじくり回す。

 その視線は鋭く、空いた席の隣に座る眼鏡三つ編みの少女へと向けられていた。

 

「最初はアインズ・ウール・ゴウンの子たちの方に顔見せに行ってあげて、その後は物色。

 最後に愚かしくも強大で、盟友でもある連合への別れ以外は、用事は何もなかったはずなんだけどね。

 それにナヅキ様が消えたのは12時前、話とは食い違ってるのが、気になるけど……」

 

 そんな騒がしくなり始めた食堂で、赤が混じった白髪に着物姿の女性が口を開いた。

 

「ナヅキ様は、アインズ・ウール・ゴウンのようにお隠れになられたのだろうか?」

 

 瞬間、周りの音が消える。

 その場にいる全員が、殺気すら籠る激情を瞳に乗せ、その発言をした女性を見つめていた。

 

 そんな重苦しい沈黙を破ったのはロシア帽と白い装いが特徴的な少女。

 

「裏梅、あり得ないことを口に出すな。

 我が主人(マイマスター)が我らにどれだけ手をかけてくれていたか、忘れたか。

 見捨てる訳無かろう……

 ……とはいえ、りあるとやらは聞いている限り大分差異がある、我らが主人の選ばれたことだと言うならば「あり得ない」

 

 遮るように口を開いたのはカペラからの視線にも動揺していなかった眼鏡の少女。

 しかしその瞳は大きく揺れていた。

 

「ナヅキ様があんなところに帰るなんてあり得ない、まして自分の意思でだなんて、絶対に。

 私は知っている、あの人がどれほどこの機会を待ち侘びていたか、あの瞬間にすべてをかけていたか。

 どれだけ苦悩し、持っていた物も得たものも何もかもを削り落として辿り着こうとしていた今を。

 全てを知っている訳でもないのに、あまり分かったふうな口を利くんじゃないニャ」

 

 堪えきれなかったのか最後の一瞬別人のように、髪がほどけ白に変色、爪が伸び、猫耳が生えた姿は人外のそれ、しかしすぐに元へと戻った。

 

「……すまん、余計な事を言った」

 

「ああ……そうだな、我が主人が見捨てる訳がない、醜く脆弱で愚かな正義を振り回す、あの連中とは違うのだから」

 

 その言葉で、殺気すらこもっていた彼女たちの空気は弛緩する。

 

 口に出さなかっただけで、周りの全員が見捨てる訳はないと目で、表情で語っていた。

 

「ああ、ナヅキ様、早く、会いたいよ」

 

 思わず口から出てしまった三つ編みの少女の言葉は、この場にいる彼女たち全員の内心を代弁するものだった。




はい…誠に申し訳ありません…
生活環境の変化などでゴタゴタしてました…

あとキャラクターエミュレーションが難しい!
本当にこれで大丈夫か不安になる!
違和感あったらDMで教えてください!

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