「おでん食べたい」
そう言ってキラキラした眼差しで見つめてくるタナカを前に、ヨシダはちょっと嫌そうな顔をした。
タナカはこう言い出すと何を言っても聞かないのだ。
おでんという献立に不満があるわけではないけれど、なんとなく言いなりになっているように思われるのが多少腹立たしい。
「……まぁ、いいけど。でも今日俺ロールキャベツの気分なんだよなぁ」
「じゃあおでんにロールキャベツ入れようぜ」
数瞬、ヨシダは考え込んだ。
ダシをたっぷり吸い込んだ、ほっくほくのロールキャベツの味を想像して、ヨシダは思わず口を手で覆った。
「は? 絶対美味い……」
「な、いいだろ? おでんしようぜ、おでん」
ヨシダはさっきまでの反発心などすっかり忘れたような顔をして、唾液を飲み込んだ。
今日もまた、夕食の献立が決まっていくのだった。
◾️◾️
「なぁなぁ、何買ってきた?」
「大根、こんにゃく、じゃがいも、厚揚げ、こんにゃく、あとトマトとロールキャベツ」
「えーっ、トマト入れんの?」
「大丈夫だって、絶対美味いからさ」
タナカの声に反論しながら、ヨシダは出来上がったおでんのつゆに具材をドバドバ入れていく。
ヨシダはトマトが大好きだった。何にでもトマトを入れる習性があるのだ。
ヨシダは火を極弱火にして、鍋が温まるのをじっくりまつ。
タナカは5分くらい鍋をジッと見ていたが、そのうち飽きたようでヨシダに話しかけ始めた。タナカは飽き性なのだ。
「暇〜。なんかいい話題ない?」
「……8−6=2。8+6=2。この時、8+9はいくらか」
「ええっまたナゾナゾ?」
ヨシダもタナカの飽き性を知っているので、話題作りのために色んな所からナゾナゾを仕入れたりして、会話をなるべく長く続けようと努力をしているのだが、その努力はタナカにはあんまり通じてない。タナカはナゾナゾにも飽きだすので。
話しているうちに50分が経過した。
「おっ。もう食えるかな?」
「どうせだし冷まして具材に味を染み込ませようぜ」
「え〜、腹減ったよぉ」
「飴玉でも舐めてろ」
タナカは文句を言いながらも、ミルクキャンディを舐め始めた。素直な男なので。
ヨシダはおでんが冷めた頃を見計らって、コンロの火を再びつけた。
出来上がるまで10分くらいなので、2人は無言でジッと鍋を見つめていた。ちょうど空腹が限界に達してきたのだ。
「……よし、もういいだろう」
2人は深皿のふちにからしをたっぷりつけて、鍋の蓋を開けた。
タナカは素早くこんにゃくを箸で掴み、大口をあげてがっぷり噛みちぎった。
「はふはふはふっ、うんめ〜。こんにゃくってなんでこんなに美味いの? 栄養殆どないのに」
「食感ってやっぱ大事なんだよな。俺食感で食べ物の好き嫌い決めてるわ」
タナカは全身から「私幸せです」とでもいうようなオーラを発しながら、全力でこんにゃくの味を堪能していた。
タナカは単純な男である。それだけに、美味いものを食えば全力で美味いものを食ったという顔をする。料理の作り甲斐のある男だった。
タナカの顔をみながら、ヨシダも鍋に手をつける。
「うん、美味い。じゃがいも入れたのは正解だったな。ヨシダ天才って言え」
「はいはいヨシダ天才天才大天才。じゃがいも入れてくれてありがと〜」
あったかいじゃがいもを飲み込めば、体の芯からじわ〜っと温かさが染み出してくる。この感覚が非常に気持ちが良い。
ヨシダは顔を綻ばせながら、今度はトマトに箸を伸ばした。
ぐつぐつのトマトを箸で割ると、マグマのように煮えたトマトの中身が顔を出す。
ヨシダは深皿を傾けて、おでんのつゆとともにトマトの汁を飲み込んだ。
「……はぁ、っ」
なんだか今日という1日が肯定されたような気分になって、ヨシダは思わずため息をついた。
「なぁ、おでんのつゆだけ会社に持っていこうぜ。魔法瓶に入れてさ」
「……!!!! て、天才か……?」
「タナカ天才って言え」
「タナカ天才天才大天才!!」
ヨシダは若干バカになって、タナカを褒めちぎった。
徐々に寒くなってきた、11月の半ばのことだった。