亡霊たちの████アカデミア 作:炭火カルビ
あれが欲しい。魔王の胸の内に欲望が顔を出す。
“
轟家だけじゃない。轟
近親婚と個性婚。そんな家庭の子どもはどんな歪みを持って生まれて来てくれるのだろうと、ワクワクしていたのだ。
負の感情を持った器が、彼には必要だったから。
まだ話せてもいないけど、お眠りくんの“彼”は期待通り良い憎しみを持っていそうだ。
他の子どもたちはみんな、ある意味歪んでいるけど、真っ直ぐすぎる。魔王の望む物じゃない。
個性は良いが、他から奪ったもので十分代用できる。
“彼”と、次女・轟
髪の色からもしや最高傑作かと期待されていたのが、ただの『温度操作』とは! 個性婚の賜物とも氷叢の末裔とも思えない、なんてつまらない個性なんだ。
個性を知った時、思わず嘆いてしまった。個性コンプレックスがあれば付け入る隙になる。あの家ではヒーローへの好意なんて芽生えないだろうし、ヒーローへの嫌がらせにはなるか。
それだけで本来なら済んでいた感情。
個性発現より少し前には、赤白だった髪が白一色に。
青緑とグレーのオッドアイが、青緑だけに。
額の傷跡を隠すため伸ばした前髪。
母親に似た華奢な体格。個性を使うと体調を崩すか弱い体質。
彼女はそれを気にしているようだけど、そのままで良いだろう。
「
白髪のボブヘアはもう少し長ければ。
青緑の目はもう少し緑が強ければ。
真ん丸の目がもう少しだけ細ければ。
優しげな瞳にもう少し強い意思があれば。
いくつかを矯正すれば、いや、しなくとも。
幼少期、彼だけの所有物であった愚かで可愛い弟を、そのまま女の子にしたような容姿をしていた。
故に、彼女に着目して監視を続けた。
外見以外には何も目を惹くものはない。体が弱く、なのに人より正義感が強く、でも父に殴られれば主張を止める程度のもの。
他にやることがあれば目を離すくらいの優先度。『実験』も、そんな時に起こったことだ。
ドクターに問えば、失敗確実。
「せめてその発想をオール・フォー・ワンのために活かしてくれたら」と愚痴っていた。
とにかく、研究者たちは管轄のヒーローはもちろん、オール・フォー・ワンをもってしても予見出来ないほど、上手く被験体の確保を進めていた。
後発の実験は、ヒーロー公安委員会の物以外は全て潰したが。
理由は単純だ。個性を後天的にどうこうできるのは、自分だけで十分。ドクター以外が科学で『オール・フォー・ワン』を再現するなど気に入らない。
公安を見逃したのは、ヒーロー社会に更なる歪みを作ってくれるから。
度々家から抜け出す凍火と、フロストゲイル──『実験』の生き残りを結びつけることは難しくなかった。
裏社会からの追っ手が多い彼女を『助けて』あげようとしたのに。
「まさかヤクザなんていう生きた化石に先を越されるとはね」
何代か前の組長を見逃してやった恩を忘れたか。
都合が良い。彼女が手中に落ちざるをえないシチュエーションを作れる。
僕の器にするには憎しみが足りない。
そういう風に
なら、いっそのこと。
計画に一切の不穏要素はない。このまま待てばいい。
まるでクリスマスイブの子どものように、その時を魔王は待った。
◇◆◇
さらに2ヶ月が経ち、凍火は治崎のスパルタ教育で強くなった。
『シェルター』については、冷気や毒として肌に纏うので終わり。
後は、『色塗り』のため絵を学んだり、『思考誘導』のため心理学を齧ったり。シンプルに勉学をさせられたり。
『色塗り』での変装のため、真面目な顔をした
個性以外だと体術もだ。『
「今日の仕事、お前にも手伝ってもらう」
「またお金借りたのに返さない人相手ですか?」
凍火は治崎に連れられて、『思考誘導』の訓練のため債権者を使うことがあった。
「早くお金を返さないとなあ」、「この人の紹介してくれた仕事で一生懸命働こう」と思わせる。
最も、初めからその選択肢がない人間や、意思の固い人間には効かない。一度、取り立て人をぶん殴るしか考えていない人を相手にした時、危うく酷い目に遭うところだった。
玄関で揉めたりしてヒーローに目を付けられる心配もない。仕事が早く終わると、下っ端のみんなからも凍火の個性は評判だ。
「似たようなもんだ。場合によっては『思考誘導』を使ってもらう」
「はい!」
債権者のところに行く時、普段は車で行くから駐車場に出ようとして、襟首を掴まれた。
「何するんですかぁ!?」
「そっちじゃねぇ」
「口で言ってくれれば良いじゃないですか!」
それが今の凍火の容姿。
治崎と
最初は嫌そうにしていた入中だが、今では周りがドン引くほど愛娘を溺愛しているらしい。
対して凍火にはそのような後ろ盾がなく、その容姿からゲスい欲望を抱く者が現れた。
彼は久遠によって粛正されたが、
髪と目は単純に色を変えて。目元の形を変えるのは化粧と同じ原理で影を描いて。
元の容姿との相違点を増やすため、銀髪の
まだ若い彼の弱みになりうる存在だが、そもそも治崎にはそのような情は存在しないので問題ない。
「大体、兄さんはいつもわたしへの扱いが雑です!」
「触るのも汚いし当たり前だろ。
「スペアじゃない方はなんなんですか!?」
〈凍火ちゃん、ツッコミどころそこじゃねえぞ〉
「凪だ」
「むぅ……だから思いやりのかけらもなさそうなのに、凪にお菓子やおもちゃ買ってくれてるんですね」
「おもちゃは買ってない。アイツが欲しがるのは学芸書だ。妹のことも把握してないのか?」
「言葉のあやです!」
こうやって、彼を兄さんと呼んでおけば、周りが勝手に誤解してくれる。
凍火を触った手袋を清潔なものに付け替えながら早歩きする治崎を小走りで追いかけて、そのまま外へ。
すれ違いざま、刺すような視線を感じた。
不審に思ったけど、凍火の隣にいる兄役は世間から見れば
無言のまま縦に並んで歩く。
帰ると「偵察した分だけ時間の無駄だった」とボヤき、治崎は足早に洗面所に向かった。手を洗わないと分解されるかもしれない。凍火もそれに従う。
「お姉さま、お帰りなさい」
「おかえり! 今日の仕事はどうだった!? 正直おりゃあ、お前に手伝わせるのには反対なんだが」
「凪、ミミちゃん、ただいま。うん、今日の人も弱そうだったよ。でもなんか、目が怖かったかも」
「推測、借金取り相手ですからね。心配、襲われたりしないように気をつけて」
目を揺らして、凪は呟いた。
「大丈夫大丈夫! 治崎はそんなヘマしねえよ!」
「最悪ヒーローも警察が来ても、お姉ちゃんがやっつけるから安心して!」
「不安です」
「えっ!?」
もしかして凍火の強さ、信用されてない……!?
そりゃあ目の前で治崎に負けたけど、あれは実質ノーカンだもん。
「凪……凍火のこと好き?」
「回答。凪はお姉さまを好ましく思っています」
「……治崎さんより弱いし凪より頭悪いけど好き?」
「回答。個人の能力は良し悪しに関係ありません」
「面倒臭い女と上手い対応する彼氏みてえになってら」
凍火は泣いて縋る勢いで凪にしなだれかかる。
「重そうだろ」とミミちゃんに跳ね除けられた。
「仲良く遊んでるな、……なんで凍火はそんな体勢なんだ?」
「ひゃっ!?」
畳の上に寝転がり。乱れた髪と服。
凍火は飛び上がって、まず服を整えた。
「あー……凍火と話がある。凪、ちょっと借りるぞ。遊んでるところ悪ぃな」
「否定。凪はミミちゃんと遊びますので、お姉さまがいなくなることへの不都合はありません」
「えっ、凍火とそのぬいぐるみ、どっちが大事なの!?」
「……思考、どっちも好きです」
「はっきりして!」
「……思考、……保留、……うぅ、凪には選べません!」
「キエエエエ!! クソガキが変な質問でうちの凪ちゃんを泣かせやがって!!」
「ぬいぐるみが凍火に意見しない!」
思うところがありそうな視線を向けて、久遠は着いてくるよう促す。
「治崎は最近どうだ? なかなか見てやれなくてすまない。酷いことはされてねえか?」
「大丈夫です! 色々教えてくれてるよ! 戦い方だけじゃなくて本とかね、これ読むと良いぞって紹介してくれます!」
「へぇ……どんなのを? また個性病気論みたいな偏った思想のやつか? 嫌なら俺に言えよ」
「個性終末論? っていうすごーく難しいやつ。難しいけどやじゃないよ」
「そうか……」
渋い顔をされた。
ファンタジー小説みたいで面白いのにな。
後は、まあ。父の理想の個性への妄執を考えると、あながち間違いでもないのかもと思ったり。
「あの、わたしと凪に良くしてくれて、本当にありがとうございます」
「凪については中途半端な保護はいけないと思ったからだ。お前のやり方に異論を唱えたなら、俺が思う良いやり方をしないといけないだろ」
「あはは……氷の残飯とか言われたの、ちょっとショックでした……。実際、路地裏で暮らさせるよりはこっちの方が全然良いですけど」
「お前に関しちゃ治崎のやったことの罪滅ぼしに近い。だから礼なんざ不要だ」
「でも……」
「それに」と久遠が制する。
「誰にでもここまでする訳じゃねぇ。お前たちに良くしているのは、……」
「のは?」
「……。アイツ……娘に似ているからだ」
「ああ、前に聞いた出てった人ですっけ」
「出て行ったというか……
凍火ならそんなこと言わないのに。
神様は不公平だ。
「アイツを追い出したのを後悔してはないが、ガキの頃、
懐かしむような口調だった。
この人の子どもに生まれられたのに、何で出てくようなことを。凍火だって幼稚園で、「エンデヴァーの娘のくせに雑魚個性」とか言われて虐められてるのに。
(それくらい我慢しなよ。あの人と違って良いお父さんだもん)
〈凍火ちゃん、それはダメだぜ。どっちが辛いとかは無いんだ〉
(でも……)
〈そしたらもっと辛い人の前では、何にも言えなくなるだろ〉
死んで凍火に閉じ込められている望たちは、世界有数の可哀想な人だ。言葉の意味はわかるけど、受け入れがたい。望お兄さんたちはもっと文句を言う権利があるのに。
「凍火、どうした?」
「何でもないよ、です」
「敬語が苦手なら、使わなくても良いぞ」
「大丈夫です! じゃないと治崎さんにまたバカにされるもん。慣れとかないと」
「そうか」
微笑ましいものを見るように久遠は笑う。
「なあ、お前はまだフロストゲイルとして、
「うん。しばらくはやってないけど……でも、いつ『実験』みたいなことがまたあるかわかんないし、凍火は凍火たちみたいな子どもを守りたいの」
「それはヴィランじゃなく、10年くれぇ我慢して、普通にヒーロー免許を取るんじゃダメなのか?」
「久遠さんは、10年間困ってる子を見過ごせって言うの?」
「そうか、そうだよなぁ、ダメに決まってるよな」
「それに、……こんな失敗作がヒーロー科受験したりしたら、お父さんが許してくれない」
「凍火、こんだけ聞いてくれ。親に間違いがあっても、子どもに失敗も成功もないんだ」
あるよ。
あなたは優しいからわからないと思うけど、凍火も夏兄も冬姉もみんな、世間一般的には良い子でも、お父さんにとっては生まれて来たことが悪い子だよ。
言いたいけど、そんな暗いことを久遠の耳に入れたくなかった。彼の中の凍火を、これ以上ひねくれ者にしたくない。
「凍火……? 泣いてるのか?」
「久しぶりに、よくわかんないけど、なんか……」
皺のある、少し乾燥した手。
けして手触りの良くない手が、何よりも優しく頭を撫でる。
生まれて来たことが間違いだった。
使うと体調を壊す変な個性のせいで、姉と兄の時間を浪費させた。
初めて出来たお友達を見殺して生きる恥知らず。
ヒーローやお医者さんになりたかったお友達の個性を悪事に使う馬鹿。
生き残ったことも間違いだった。
自虐を垂れ流す声を聞き、一区切りごとに否定しながら久遠は凍火を抱き締める。
「あの、服、汚れて、」
「それくらいいい。ずっと泣けなかったろ? 今日くらい思う存分泣け。あ、でも1つ、俺から道徳の話だ」
「うん……」
「女子供に手出しするな。麻薬はやるな売るな。体を売るな。本当はヤクザなら最後2つは推進するべきなんだろうがな」
「体を売るって、何? 殴られ屋……?」
「大人になったら、わか……っても意味ねえか」
言いにくそうにして、久遠は子ども向けに意味を説明する。
「例えば……裸を見せろとか、触らせろとか言われても承諾すんなってことだ。自分の体を大切にしろ」
「うん、でも凍火の体は、もう訳わかんない薬を……」
「そうだな。もう起こったことは仕方がない。今後はないようにすれば良いさ」
久遠の手が凍火の頭を往復する。
暖かい。気持ちいい。
「んぅ、すぅ……」
「ん? 寝たか……布団で寝ないと体痛めるぞ」
大好き。
家がもし、冬姉と夏兄がいない地獄なら、凪と一緒にここに一生いれるのにな。
◇◆◇
「お! 姉! さ! ま!」
「うひゃっ!? うるさ、何、どうしたの」
凪が馬乗りになって体を揺らす。何これ、どうしたの? 久遠さんとの話は夢?
「お爺さまとお話ししてたらおねむになったと聞きました。泣いていたようでしたので、凪が添い寝してあげました!」
「そうなんだ。……うん、良く寝れたよ。ありがとう。もう夜……?」
「否定。お姉さまは1時間くらいしか眠ってませんよ」
まだ外は明るい。というか、一番暑くて明るい時間だ。
「うーん……眠いけど、これ以上寝たら生活リズムが……」
「提案。お顔を洗って、凪とお散歩しましょう」
「目ぇ覚めそうだね。そうしよ」
「ミミちゃんから野良猫ちゃんの集まる場所を聞きました! お姉さまは猫と犬、どちらが好きですか?」
「凪!」
「むぅ……凪はどちらが、と聞きました」
「ごめんね」
ふざけすぎた。
凪はむくれて、「おねーさまより猫ちゃんが好きです」とぶーたれる。
「早く行きましょう」
「うんっ」「おうっ」
凪は片手でミミちゃんと、もう片方で凍火と手を繋いだ。ぬいぐるみのはずなのに自立歩行するミミちゃんはすごい。
一見何の変哲もない空き地に行くと、瞬く間に猫がやって来た。後から来た子と輪になってニャーニャー会議。
「触らなくていいの?」
「肯定。野良は汚いので、治崎さまに怒られます」
「ちゃんと手洗えば大丈夫じゃない?」
「にゃんにゃん言ってるのを見るのが楽しいのです」
素人に言い聞かせるみたいに凪は語った。
猫が解散したので凍火たちも帰る。
「キミたち、ちょっと良いかな?」
「……?」
「なんですか?」
幽霊みたいな男の人。
手足は凪と同じくガリガリ。黄ばんだTシャツと白に近い青のジーパンは着古されていた。臭い。
本能的に嫌悪感を覚えながらも、とりあえず凪の手を握る。
「あの……弱そうなヤクザのとこの子だろ……? あのさ、うひひっ、
「チッ」
ミミちゃんが舌打ちをした。
どうしよう。人がいないとはいえ、こんな真昼の街中で個性を使っていいの?
迷う。それが命取りになった。
「なあ、俺、俺さ、今大変なんだよ……何で
凍火たちは誰ひとり笑ってなんかいない。男が凪の肩を掴む。
恐怖に息を漏らす凪が逃げようとして、男は慌てるように掴む力を強くした。
「ぁぎゃああぁぁぁぁぁ!!!」
ポキッ、と。いっそ軽快なくらいに、何かが折れる音。
産声を思わせる悲鳴が耳を劈く。
「違う! 俺はただ掴んだだけで……ああ、きっと
男は一言も謝らない。
目の前で子どもが怯え、痛がっているのに、不安を和らげるとか救急車を呼ぶとかもない。
「なあ、テメェ」
「ミミちゃん?」
ぬいぐるみがずいっと迫る。
「俺の大事な娘に何してやがるんだ、あぁん!?」
「っ! わたしの大切な妹に何したの!?」
ミミちゃんが、筋肉質な大男に変化する。
それには驚かず、彼の言葉が響いた。
妹の父に少し遅れて、凍火は『氷結』で凪の肩を冷やすと、続けて氷のメリケンサックで彼を思いっきりぶん殴った。
生まれて来たのが詰みの子
オリキャラ・オリ個性等の設定まとめ
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欲しい(各章の最後に、その章でのまとめ)
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欲しい(最新話段階でのまとめを第1話)
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どちらでも良い
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いらない