亡霊たちの████アカデミア 作:炭火カルビ
彼女を嫌いになったんじゃない。日に日に死に近づいて行く姿を見たくなかった。
同じくらいの歳、同じ性別。2人とも異形型ではない。なのに、腕一つ比べても違いは歴然。
ハリのある凍火の肌。弛み皺だらけの凪の肌。普通の子どもくらいに丈夫な凍火の骨。ぶつけるとすぐヒビの入る凪の骨。重い物も頑張れば持てる凍火。箸くらいしか余裕で持てない凪。
唯一同じなのは白色の産毛だけ。ただし凍火のは生来の、凪のは老化によるもので、やはり艶が違う気がする。
自分が隣に行くと、余計にそれらが目立ってしまう。なら、いない方がいい。短慮な言い訳。
見たくない、なら見なければ良い。
子どもらしい安直な解決策だ。
「お姉ちゃんっ!」
「凍火ちゃん! ごめんね、委員会が長引いちゃって……」
幼稚園のお迎えに中学校帰りの姉が来た。
ホテル暮らしより前の日常と同じだ。
凍火は
その裏で、アルバイトを始めた。
さすがに
働く対価は裏の仕事にしてはほんの少しのお金と、オール・フォー・ワンとの話の延期権。それと、定期的に番号を変える義爛の連絡先を知る権利だ。
凍火は結局、
凪の近くにいないのに。彼女の状態を知る方法がないのに。本当の本当にどうしようもなくなる時まで会うのを延期、だなんて馬鹿げている。
オール・フォー・ワンは気の長い人らしく、それなりに快く延期を受け入れてくれているそうだ。
ホテル生活が終わり、建て直した家は新鮮だ。セキュリティ対策は抜群。凍火という
初めに凍火を、ひいては
何たって、フロストゲイルは黒髪の少女なのだから。白髪と赤髪しかいない轟家に、なぜ目を付けたの? と、馬鹿にさえされているのだ。
「ただいまー。お父さん、またやってる……。凍火ちゃん、今日もグルっと回ってお家に入ろうね」
「……うんっ!」
道場の方から、
影すら気取られないように遠回りして家に入る。
ホテル生活で、轟家の子どもたちは知ってしまった。
普通の兄弟の距離感を。お互いの好みを。子どもらしい遊びを。弟とビデオを見る楽しさを。
全て知らなきゃ良かった。だったら、
また凍火のせいだ。
「…………」
道場を、エンデヴァーを睨みつける。
なんでお前が久遠さんじゃないの。
なんでお前と凪の状態が逆じゃないの。
理不尽なのはわかっているけど、もうどうしようも出来なかった。
焦凍にも理不尽な怒り。
痛いんだろうけど叫べるんだから元気じゃん、と思い慌てて考え直す。
あの子はあの子で辛い。辛いことを比べちゃいけないって、
〈凍火ちゃん、そろそろ死穢八斎會に行きませんか?〉
(芽愛お姉さん……でも……)
〈凪ちゃんを助けたのです。その終わりまで見届けないといけません。どんなに辛くとも、苦しくとも、私たちにはその義務があります〉
〈終わりなんて言うなよ!!〉
〈天才工学美少女を内に宿す儚げ虚弱白髪美幼女と、それに比類する医学の天才が散々やっても無理だったのに、超天才が現れるとでも?〉
〈そもそもお前何もしてねえだろ〉
(……そうだね。そろそろ帰らないと)
『氷分身』に、芽愛の魂を注ぎ込む。
〈うっひょ待っててください冬美っぱい!!〉
〈キモ……〉
(牌? 凍火いっつも、最初に裏ドラ全部見せてもらってるよ! 一個前のやつポンもさせてもらってる! 凍火麻雀強いんだよ!)
〈知ってる。
苦笑い混じりに望が呟く。本当はルール違反みたいだけど、凍火は
2個前に捨てた牌もチーさせてもらうし、条件満たしてなくても
凪の目がまだ見えたころは、あの子ともしていた。
凪は真面目だから、「お姉さま点数計算が違います」「お姉さま鳴いたら立直できません」「お姉さま、さっきから凪たちの欲しいのわざと捨ててます?」「疑問。お姉さまが
「行ってくるね。芽愛お姉さん、『凍火』をよろしく」
「冬美の可愛い虚弱美少女妹を演じ切ります。わたくしは天才なのですから」
〈人の姉を呼び捨てにすんな〉
凍火の体で、凍火自身は出来ないウインクを芽愛がする。
真似をしてみた。両目を閉じて失敗した。
「んぎょっ、ぎゃわっ、ぎゃわいいっ!!!」
〈怖……そういうタイプのモンスターじゃん〉
「芽愛お姉さんが白目剥いちゃった……どうしよ」
〈ほっとけほっとけ〉
◇◆◇
「……お邪魔します」
『色塗り』で黒髪金目治崎似和風美少女に変装し、ただいまと迷ってこう言った。
「やっと帰って来たか。これ以上来なかったら迎えを寄越そうと思ってたところだ」
「ごめんなさい。あの、ヒーローの父親の、携帯とか見て、わかったことがあるの」
「なんだ? そんなことより早く凪に会ってやってくれないか」
久遠は疲れを隠せ切れていない顔だ。
彼は凪を孫みたいに可愛がっているから、現状に酷く胸を痛めているのだろう。
「雄英高校を襲いましょう。最高の治癒ヒーロー、リカバリーガールがいる」
「馬鹿いうんじゃない。ヒーローが何人いると思っているんだ。それに、雄英バリアだってある。うちみたいな弱小組織じゃ、あの婆さんのところに行くまでに捕まるのがオチだ」
「なら、凍火だけでも……」
「やめとけ。お前、リカバリーガールの個性について、詳しいことは知らないのか?」
「チューすると怪我も病気も治る」
「ああ。相手の体力を使って、だ。……今の凪に体力はあるか? 寝たきりの老人並みしかないぞ」
なら誘拐しても無理だ。
良い案だと思ったのに。凍火は膝から崩れ落ちそうになる。
「凍火、お前は何もしなくて良い。ただ凪の側にいてやれ」
「……はい」
襖を開ける。わざとらしくゆっくりと、音を立ててあの子の体が痛まないようにして。
目の前には小柄な老人がいた。骨格と目の大きさなどの、細かいところだけが子どもだ。
日光に当たってもいないのに増えたシミが目に付く。反射的に反らしそうになった目を、力を入れて正面に引き戻した。
「ごめんね、凪」
「お姉さま……ごめんなさい、大きな声で、お願いします」
「っ!! ごめんね!!」
気が利かないお姉ちゃんでごめんなさいと、お腹に力を入れて声を張り上げる。
2週間? 3週間? それとも、もう1月になった?どれほど逃げ続けていたのだろう。もっと早く帰ってあげれば良かった。
前はここまで酷くなかった。なのに、今の凪は何も出来ない。
目は霞んで、耳は常に詰まったようになって。鼻も悪く、指先が震えるから物は持てなくて、骨もさらにもろく、筋肉も少なくなった。
──覚悟が決まった。
全身を捌かれる痛みなら慣れている。治崎兄さん、ありがとう。
何があっても大丈夫。久遠さんたちに嫌われても、望と芽愛は凍火の味方でいてくれる。
痛いことも恥ずかしいことも、死後に魂まで穢されようとも、もう久遠さんに会えなくても、この子のためなら良い。
「懇願。お姉さま、明日、1日一緒にいてください……。なんだか最近とっても眠くって、起きれないかもしれないけど……」
「……ううん、そんなことどうでもいいよ!! 一緒にたくさんお喋りしよう!!」
凪の頭を膝に乗せて、少し撫でると、「寝心地が悪いです……」と言いながら気持ちよさそうにした。
妹が熟睡したのを確認して、凍火はローテーションで使い分けている公衆電話まで急ぐ。
「義爛さん。……ううん、お仕事じゃない。オール・フォー・ワンって人とのお話、今から頼める? うん、今から。……、わかった。前に会った場所にいる。それでわかる?」
義爛は驚いた様子で明日を提案したけど、ダメだ。
だって、オール・フォー・ワンと接したことを久遠に明日までは隠し通して、絶縁の前に元気になった凪と1日楽しく遊ぶんだから。
「ここに居てくれたか。今から、良いってよ。な?
「ええ、少し驚きましたが、子どもの言うこと。ちょうど予定もありませんでしたから、彼もそれほど不愉快ではないそうでして」
「結局、会うまでめちゃくちゃ伸ばしてもらったがな。ま、その分嬢ちゃん、しっかり働いてくれたから俺からは文句はねえよ」
「あの、あなたは……?」
待っていると、義爛がバーテンダーのようなかっこいい服を着た人(?)を連れて来た。
異形差別じゃないけど、夜に立っていると風景と同化していて少し怖い。
「失礼。あなたがフロストゲイル──轟凍火で間違いないですね?」
「はい」
「私の名は黒霧。
「死柄木? 誰? ……ですか?」
「今は知らなくていいことです。オール・フォー・ワンとの話の結果次第」
急に知らない名前が出て来たし、はぐらかされた。
「それでは、私の個性で今から彼の元へ行きます」
「俺はここでおさらばだ。黒霧さん、今回の代金は?」
「相変わらずがめつい方だ……。こちらです」
「おう、確認した。次の取引でもよろしくお願いしますぜ」
「ええと……義爛さん、ありがとうございます。お礼に、えっと……困ったことがあったら何でもします!」
「おいおい、
「でも、迷惑かけたし……」
「黒霧さん、俺は何か聞いたっけな?」
「いいえ。私には轟凍火はお礼を言ったとしか」
「だよな? ああ、それと──」
ぺこりと頭を下げる凍火を、霧が包む。
待って、義爛さん何か言い始めてたんだけど。
凍火の気持ちも待たないで、霧が晴れると風景が変わった。
「よく来てくれたね。轟凍火。いや、フロストゲイルと呼んだ方が良いのかな?」
「……お好きな方で大丈夫です。初めまして、えーと……オール・フォー・ワンさん?」
「ああ。“さん”はいらないよ。僕の名前、長いだろ? 君が舌を噛んでしまうといけないからね」
彼と会い、初めて感じたのは安心。
低く穏やかでゆったり喋る落ち着く声。合間に混ぜるハンドジェスチャー。冬美や夏雄、久遠、それに今は凪とも──凍火の大好きな人と同じ白髪。治崎に教養をつけろと読まされた本にあった、ギリシャ彫刻みたいな美貌。
「じゃあ、なしで……。あの、オール・フォー・ワンさん、あっ、今の“さん”はなかったことにしてもらって……よろしくお願いします」
「緊張しているのかい? ほら、立っていると疲れるだろう。そこに座りなさい。黒霧、何か飲み物でも用意してやってくれ。紅茶とジュースどちらがいい?」
「ええと……りんごジュースで」
「かしこまりました」
黒霧は頷いてどこかに消えた。
ジュースは子供っぽいから、紅茶の方が良かったかも。何だか自分の発言が恥ずかしくなった。
「こちらを」
「は、はい! ありがとうございます……」
りんごジュースを飲む。いつも飲んでるのより美味しい。凪にも飲ませてあげたい。
「あの、それで、オール・フォー・ワンさん、じゃなくて……えっと、とにかくお話って……?」
「呼びにくいようなら“先生”とでも呼んでくれ。あるいは、治崎
ジョークに対し笑って良いのか迷い、困り笑いのような顔になった。
「はい。それじゃあ……先生で」
賢そうだし、大学とかの先生なのかな? それとも塾?
凍火はぼんやりとそんな印象を受けた。きっと人気があるんだろうな。
「兄さんの名前が出て思い出したんですけど、実は個性で変装してて……失礼でしたよね。すぐ解きます!」
黒髪から白髪へ。
金目から青緑の目へ。
切れ長の目から丸い目に。
『色塗り』が解除されていくのを見て、オール・フォー・ワンは「ほぅ」と声を出す。
「やはり似ているね」
「似て……?」
「こっちの話さ。まず、『実験』のことは大変だったね。それ以降も。実の父親に敵対されて、ヒーローが追いかけて来て、本当に大変だっただろ?」
「それほどじゃ、なかった、です」
「そうかい。大変ではなくとも、辛かっただろう、怖かっただろう、悲しかっただろう。だから『僕が来た』って助けてあげたかったんだが、別の親切な人が先に助けてくれたようだね。代わりと言っちゃなんだが、巧妙に隠れていた、君が潰し損ねた組織は潰しておいてあげたよ」
「あ、ありがとうございます……?」
今日初対面の、何も知らない人の言葉なのに、彼が凍火を労う言葉が心によく響いてしまう。
凍火の存在によって死穢八斎會の手を煩わせていたなら、治崎と
なるほど、しばらく平穏に生きれたのは彼のおかげか。凍火は心の底から感謝した。
「表の世界まで……国までは手が出せなくてねぇ、それは本当に悪いと思っているよ」
「国? 待ってください、どういうことですか?」
「ヒーロー公安委員会。知ってるかい?」
「えっと……ヒーローのランキングとか作ってる……偉いところ……?」
「幼稚園児ならそのくらいの認識で良いかな。ああ、そうさ、ヒーロー関係の大元を纏める国の偉い組織さ。国を守るためなら、殺人だってする。そんな怖い直属ヒーローがいてね。おっとすまない。話が変わってしまう」
〈…………〉
「いえ……。あの、そこが関係あるんですか?」
「関係あるとも! 自分たちに不都合な事実を知った民間人やマスコミ。彼らを使い『実験』と同じようなことをしたのだから!」
「なんで、日本の偉い人がそんなこと」
「個性が複数ある強さは、君もよくわかっているだろう? 生きていられると不都合、でも、個性だけは有益なら。公安の犬の中で個性だけでも生き続けてもらえばいい」
〈そりゃ、あそこなら知ったらやるよな〉
つまり、直属ヒーローをさらに強くするため?
凍火はよくわからなかった。だって、あの『実験』と同じなら、誰を生き残らせるかなんて選べないし、生き残った1人以外は死んでしまうのに。
〈例えばさ、オールマイトが索敵も感知も治癒も出来たら強いだろ。戦わない偉い人の寿命を伸ばして、人の心を読んだり好感度を上げて政治しやすくしたら楽だろ〉
(そんなことのために人が死んでいいわけないよ)
〈そうだよな……〉
「……ヒーローは、エンデヴァーはこのことを知っているの?」
「いや、知らないとも。エンデヴァーだけじゃない。あのオールマイトすら、公安の薄暗い部分についてはほぼ知らない」
「なら……!」
「ヒーローに助けてもらおうとでも? エンデヴァーが君を捕まえようとしていたのは覚えているかい? 捕まったら、公安によって人体実験の餌食にでもさせられるか、弱みを握って汚れ仕事をさせられるということはわかったかな?」
「……何となく」
「それに、ヒーローは公安の指示には逆らえない。向こうは非常に上手く、自分たちこそが正義だと──彼らは本当にそう思っているのだろうけど、指示してヒーローを動かすからね」
“オールマイト”。
その単語が出てから、オール・フォー・ワンの気配が寒気のするものに変わった。
「つまり、何が言いたいのかっていうと、君を守れるのは死穢八斎會や僕たちのような、世間一般的には悪と定義される人間だけということだ」
「あの、オール……先生は悪い人なんですか?」
「そうだなぁ、人によっては神様のような良い人と言ってくれるが、人によっては生まれたことが間違いの悪と言ってくるね」
「……酷いですね」
「どうしてそんな風に……」
「それは僕の個性のせいさ」
「どんな個性なんですか?」
「オール・フォー・ワン。人から個性を奪い、与える力」
オール・フォー・ワンは堂々と、気品に溢れた姿で宣言する。
「こうやって、人に触れることで、個性を奪うことが出来る」
「え……?」
オール・フォー・ワンが凍火の頭に触れた。
待って、優しい人だと思ったのに、まさか──。
〈させねえ! 『肉体強化』を使え凍火ちゃん!!〉
個性を奪われない力がほしい。
望たちと離れ離れになりませんように。
凍火はこれ以上なく強く
凍火ちゃん、嫌なものから目を逸らすのはお父さん似。
ちなみに家族からは冷似と思われています。外見と、すぐ寝込むのと、凄惨なニュースで心を痛めて倒れた(嘘)ので。
多分詐欺とかで訴えられたら負けると思う。
次の話で一章は終わりです。
オリキャラ・オリ個性等の設定まとめ
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欲しい(各章の最後に、その章でのまとめ)
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欲しい(最新話段階でのまとめを第1話)
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どちらでも良い
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いらない