亡霊たちの████アカデミア   作:炭火カルビ

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お姉さま。どうして約束、守ってくれなかったのですか。


9.再会のために、バイバイ

 

 「やっとお目覚めかい」

 

 ここは……?

 凍火(とうか)はぼんやりと意識を起こす。

 最後の記憶にある出来事を思い出し、半覚醒状態から一気に目覚めた。

 今の凍火は本当に生きているの? (のぞむ)お兄さんや芽愛(めあ)お姉さんみたいじゃない?

 

 「随分眠っていたね。熱も出ている。調子が悪いのなら、もう少し休んでいくといい」

 

 どこか機嫌よさそうにオール・フォー・ワンは提案した。

 見ると、不似合いにお盆を持っている。お盆の上にはお粥とすりりんごと白湯。何度も食べたことのある病人食だ。

 

 「!? 凍火の個性……よかった、全部ある……」

 「おいおい、そんな露骨な態度しないでくれよ。本当に悪かった。悪気はないんだ。ただ良い個性と思ったら欲しくなってしまうだけで……確認して、あんまりな個性は返そうと思っていたんだぜ?」

 「…………そうですか」

 

 〈悪気なしで悪事する方が問題だろーが! このクソ男!! ええ!?〉

 

 聞こえないのに(のぞむ)がオール・フォー・ワンに向けて汚い言葉を垂れ流す。

 

 「今更だけど、(とどろき)凍火ちゃんで合っているね?」

 「もちろん凍火ですよっ」

 

 何言ってるの? と思いながら、凍火は返した。

 

 「いやぁ、君が何度か目覚めた時には願野(がんの)望くんが対応していたからね」

 

 (そうなの?)

 〈ああ。勝手に体動かしてごめんな。また変なことされるかもしれねえと思って〉

 (ううん、大丈夫。お兄さん、ありがとーね!)

 

 「うん? 黙り込んで、まだ調子が悪いのかい? それとも、彼と話し中かな?」

 「もうお話は終わりました! ……ひゃっ」

 「ああ、転んでしまって可哀想に。無理に起き上がったりするからだ」

 

 オール・フォー・ワンは不気味なくらい優しい手付きで、凍火をベッドに戻した。

 

 「もう何日も寝ているんだ。お腹が空いたろ? 僕はここで見ているから、きちんと食べなさい」

 「出て行ってくれませんか?」

 「悪いがそれは出来ない」

 

 やけに凝視されながら食事をする。

 『毒』の付随的な耐性により、凍火に毒は効かないから、一応安心して飲み込むことが出来た。

 おかゆもりんごも普通においしい。空っぽの胃に食べ物が詰められて、中から満たされる満足感。

 

 〈凍火ちゃん、気絶する前のこと、思い出せるか?〉

 (多分……)

 〈凍火ちゃんは個性を奪われそうになった時、俺の『肉体強化』を使ったんだ〉

 (何を強化したの?)

 〈個性因子と肉体の結び付き、みたいなもの。あんまり難しく考えないでくれ。個性の持ち主の俺もわからないし、多分クソ治崎(ちさき)とか頭の良い人もわからないだろ〉

 (うん……)

 〈それで、代償で気絶して……多分1週間くらい寝てた。ちょくちょく目覚めて俺が体動かしてたけど、凍火ちゃんの意識が出てくるのは今日が初めて〉

 (1週間!?)

 

 なら(なぎ)との約束は。

 ……いい。また余裕のある日に1日中一緒にいてあげれば済む話だ。

 

 〈変なことはしてないし、されてない。それは安心してくれ〉

 (うん……。芽愛お姉さんは?)

 〈アイツが戻って来てないってことは、『氷分身』はちゃんと動いてる。冬美(ふゆみ)ちゃんも夏雄(なつお)くんも心配してないよ〉

 (良かった……)

 

 「ごちそうさまでした」

 「全部食べれたんだね、良いことだ。そうだ、これはささやかな物だけど、お詫びの品だよ」

 「……ありがとうございます」

 

 綺麗に包装された箱を開ける。

 中身は最新機種のスマートフォンだ。意図がわからずに首を傾げた。

 

 「今後連絡を取る上で、携帯の1つもないと困るだろう」

 「……また会うかどうかは、わたしからの質問に答えてもらわないと決められません」

 「そういえば困っていることがあったんだっけ。僕で良ければ助けになるよ。その代わり、君にも僕が困っている時に協力してもらう」

 「……妹のこと、なんですけれど──」

 

 凍火は拙く、泣き出しそうになりながら語る。

 

 イカれた研究所で作られた、デザインベイビー。

 優れた研究員になるべく教育を施されながら、『実験』のための被験体として使われた子。

 フロストゲイルが研究所を潰して回った時に運良く保護し、紆余曲折あり死穢八斎會(しえはっさいかい)に身を寄せていて。

 生まれる過程で仕込まれた通常より極端に早い老化により、寿命をマッハですり減らしていること。

 

 「あの子を治す個性は、ありますか?」

 「僕からも質問だよ。君が差し出せるものは何だい? ボランティアじゃないんだ。きちんと対価は払ってもらわないと」

 

 例えば。

 無個性の子どもに個性をほしいと懇願してきた夫婦は、将来彼を手伝う確約を。

 まだ昔、都市部でも異形型差別が激しかった頃。個性を奪ってほしいと泣きついて来た男からは、永遠の忠誠を。

 

 「全部、です」

 「うん?」

 「死ねって言われること以外なら、分身だけでもお家に帰してくれるなら、何でもします! だから、凪を助けてください!」

 

 土下座しようか迷い、纏わりつく倦怠感で正座すら出来なかった。

 寝転んだ体勢のまま、不真面目な生徒のように頭だけを下げれるだけ下げる。

 

 「ああ、本当に見上げた姉妹愛だ! でもすまないねぇ、ぬか喜びさせるつもりはなかったんだが、妹さんを治す……あるいは病状の進行を止める個性は持っていないんだ」

 「そんな……」

 「けれど個性ではなくとも、僕の友達の中には、最悪の場合からもどうにか出来るお医者さんがいてね」

 「死んだ後ってことですか?」

 〈死者蘇生? そんなこと出来るわけ……〉

 「そうとも! 察しが良いね。そうだな……黒霧(くろきり)は覚えているかな?」

 「覚えてます。モヤモヤの人……」

 

 「モヤモヤの人か」と、オール・フォー・ワンは笑った。

 

 「彼は元々、男子高校生の遺体を素材に蘇生させようとしたんだ」

 「させようとした? 生きてるじゃないですか」

 「人格、外見、個性、記憶。全てが生前の彼とは異なるからね。親や親友でも、その男子高校生とはわからないさ」

 

 それは別人なのでは?

 凍火の疑念を、オール・フォー・ワンの言葉が振り払う。

 

 「でも、それは関係ないだろう? 君は妹が老婆になろうとも愛することができている! なら、姿が黒霧のようなモヤに変わろうと、記憶と性格と個性が変わろうと、何も変わりなんてしないはずだ」

 

 そうだ。

 確かに凍火は凪の加齢が目立ってから逃げてしまっていた。でもそれは、けして彼女を嫌いに思ったわけではない。

 もちろん、老婆の凪を見ることは耐え難い苦しみがあった。彼女を醜いと思ったんじゃなくて、あの子に迫る寿命を見たくなかったから。

 

 姿が変わる。黒霧さんみたいになるなら愛嬌のあることじゃないか。

 記憶がなくなる。また思い出を作れば良い。

 個性が変わる。危険な個性でも『シェルター』があれば、制御できるまでどうにかしてあげられる。

 性格が変わる。それでもきっと、良い子に変わりはない。

 

 〈凍火ちゃん……〉

 

 消えるような声で「やめとけ」と望が言う。

 強く言わないのは、彼の理念である死者が生者の選択に口出ししないことを守っているのだろう。

 賛成でも反対でももっとしてくれたら楽なのにな。

 

 「はい。あの子が何になっても、凍火の気持ちは変わりません」

 

 「見事だ」とオール・フォー・ワンは高らかに笑う。

 人によっては邪悪に思えるそれは、今の凍火には心を晴らすファンファーレのように感じられた。

 

 「さて、蘇生のためには材料となる死体が必要でね、 久遠(くおん)誠治(せいじ)たちに火葬されてしまう前に、妹さんの遺体を確保して持って来ると良い」

 「どこに、ですか?」

 「さっきプレゼントしたこれに、黒霧の連絡先がある。おっと、僕に繋がっていないのは許してくれ。敵が多い立場でね」

 「それは良いですけど……今日みたいにワープで連れて来てくれるんですね」

 「今日じゃなくて先週だけどね」

 

 オール・フォー・ワンはお茶目に言った。

 

 「本当に個性を奪おうとしたことは申し訳なく思っているんだ。だから、僕から提案がある」

 「……何です?」

 「君が僕のお手伝いをしてくれるなら、僕がこの先死者蘇生が出来る個性を手に入れた時、優先的に入中(いりなか)凪に使ってあげるよ」

 「……。本当に?」

 「ああ! 本当だとも! 安心してくれ」

 「っ、ありがとうございます!! 本当に、感謝してます!! あの、お手伝いって、何をすれば……」

 「個性の研究。それと、強い個性の者を探す手伝いさ」

 「研究って、何するの……するんですか?」

 「治崎(かい)にされたことよりは、痛くも苦しくもないとだけ」

 

 うっかり敬語を忘れた凍火に嫌な顔1つしないで、オール・フォー・ワンは答えた。

 

 「……げほっ、ごほっ。うぅ……、何で知ってるんですか?」

 「死穢八斎會にいる僕の友達が、色々教えてくれたんだ。まだしんどいんだろう? 良ければしばらく休んでいきなさい。大丈夫、何も請求しないし、僕が信用出来ないなら黒霧に君の世話を頼むよ」

 「なら、まだ動けないので、お世話になります。……すみません」

 「好きで調子が悪くなったわけじゃないんだ。謝らなくて良いとも。それに、強い感情を持った個性因子が肉体を動かすという、良い実例を見れた。君に自覚はないだろうが、良い勉強をさせてもらったよ」

 「はぁ……?」

 

 望が歯噛みする。

 それは凍火の中だけで響いて、消えた。

 

 『凍火ちゃんがわざと風邪ひいてないこと、お姉ちゃんきちんとわかってるよ。お姉ちゃんと夏は凍火ちゃんが好きだからお世話してるの。謝らなくて良いんだよ』

 冬美(ふゆみ)の言葉を思い出す。

 オール・フォー・ワンさんにも、体の弱い弟か妹がいたのだろうか。子どもや孫かもしれない。

 

 「……疲れた」

 「僕はこれで。僕がいると願野望くんも君も気が休まらないだろうから、これからの世話は黒霧に任せるよ。遠慮しないでゆっくり休んでいてくれ」

 

 凍火の一人言に、オール・フォー・ワンは面白そうな笑みを浮かべ出て行く。

 

 「……」

 

 すぐに黒霧が来ると言うこともなく、1人の時間が出来た。

 氷の壁をベッドの周りに作る。ワープ能力の前では無意味だろうが、ないよりは気持ち的にマシだ。

 凪、待っててね。大丈夫。お姉ちゃんがいっぱいオール・フォー・ワンさんのお手伝いして、あなたの体を治してみせるから。

 まだ生きているのにこんなこと誓うのはおかしいけれど、あなたを、生き返らせてみせるから。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 凍火が再び姿を消して10日ほど。

 久遠は貧乏ゆすりをして、部下に捜索させている凍火の行方が見つかるのを待つ。

 

 雄英に攻め込んで捕まったりしていないか。

 オール・フォー・ワンに接触していたりしていないか。

 

 それだけが不安だった。

 特に後者。オール・フォー・ワンについては、父からも祖父からも、彼らの側近からも口うるさく言われている。

 関わればケツの毛まで毟られる。破滅の道しか待っていない。人を不幸にする天才。等等。

 大事な娘に、誰がそんな男と関わってほしいと思うのか。

 

 「ただいま……久遠さん、あのね、聞いて!」

 「……」

 

 子どもらしい顔と口調で話しかける凍火の腕を、手荒く引っ張る。

 

 「どうしたの? 怖い顔して……」

 「今まで何してやがった」

 

 溢れ出る感情を抑えようとすると、低く暗い声が出た。

 余計な問答は時間の無駄だ。久遠は凍火の手を引っ張り、靴も脱がせずに廊下を走る。凍火が何か言っているが、それすら煩わしい。

 

 「………………」

 

 襖を乱暴に開けた。部屋に入る一歩が荒々しいのが自分でもわかった。

 命の灯火を燃やし尽くしつつある少女は、目線だけを僅かに動かす。

 

 「お姉さま(おえぇはま)……?」

 「凪……?」

 

 凍火は怪訝な顔をした。

 凪はこんな、ふざけた話し方をする子だった?

 

 「……ついに歯まで抜けちまってな、ああいう風にしか話せねえんだ」

 「え、あ、ごめんなさい」

 

 入中の説明に、反射的に謝る。

 困惑を出来るだけ表に出さないようにして、凍火は正座して、凪と視線を合わせた。

 

 「どうして(ろうして)……?」

 

 それが最後だった。

 凪の発した最後の言葉で、最期の行動だった。

 瞼が重力に負けて下がる。飲み込もうとしていた唾が口の端から垂れた。呼吸に伴う僅かな腹部の動きが無くなる。

 

 「凪っ!!」

 

 久遠が手首を包み込み、次に治崎にも同じようにさせる。

 一度の『分解』と『再構築』の後、治崎は無言で頭を振った。

 

 「あの子の代わりに俺が言うがよ」

 「やめろ入中!」

 「どうしてもっと早く来てくれなかったんだ?」

 

 久遠の制止を振り切って、入中は凍火の胸倉を掴んだ。

 

 「この半年、あの子と親子をやってきた! お人形を拾うみたいにして、ああなったら捨てたお前よりずっと家族だった! なあ! どうして、……畜生っ!」

 

 男の人の啜り泣く声を初めて聞いた。凍火は久遠にしばらくここにいるようにと言われ、入中に──誰にも会わないように息を潜めて、何も考えずにただ存在していた。

 目まぐるしく周りが動く。

 テレビの向こうを見るようにぼうっとして、凍火はまるで置物だった。 

 

 凪の居場所はお布団からお花がたくさんの棺になって、いつ撮ったのか凍火は知らない写真が、まだ髪が茶色かった頃の位牌があって。

 いつの間にか黒いワンピースを着せられて、線香臭い部屋にいた。禿げた人が、訳のわからない平坦な歌を歌う。

 

 〈ハゲじゃなくて坊主だし、歌じゃなくてお経だよ〉

 

 いつもより優しめの口調で望が教えてくれたけど、どうでも良かった。

 参列者の中には久遠と治崎、玄野(くろの)に入中。後は何度か話したことのある死穢八斎會の組員が数人。凪の見た目を決して馬鹿にしなかった人たちだけ。久遠は焼香のやり方を教えてくれた。入中は目が合うと気まずそうに逸らして。

 

 「……コイツも、まだ小さかったな」

 

 一言だけモゴモゴ言って、それきりだ。

 

 凪を喪ってからずっと続く茫然自失の間に、お葬式は終わった。えっと、お通夜だっけ。どっちだろう。

 久遠から受けた説明もわからない。

 フラフラと、フラフラと、凍火は、ただ、朦朧とする頭が命じるまま、凪に近づいて、

 

 〈待て、凍火ちゃん、何をするつもりだ〉

 (凪も、凍火になってもらうの!)

 

 やめろ、と望がたくさん言った。

 口だけの癖にうるさい。

 

 ──まだ閉められる前の棺に近づいた。

 ──いつか入中をからかった組員が、「最期のお別れをしっかりするんだぞ」と凍火の肩を掴んで言って。

 ──次に血相を変えて叫んだ。

 

 耳を劈くような怒声と罵声と悲鳴。

 誰かからの個性攻撃。

 

 凍火には何が起こっているのか分からなかった。

 

 口の中に広がる鉄の味。

 齧ったそれは思ったより表面が粉っぽくて不味い。口から凪が滴って、スカートに落ちた。下着が見えるのも気にしないで、凍火は血を啜る。

 

 「やめろ!! やめろ、やめろ!!! この悪魔っ、人食いの化け物、お前を子どもだと──人だと思うんじゃ無かった!!」

 

 入中が殴りかかる。

 凪を傷つけた薬中の男にしたみたいに。あれよりも敵意を持って。

 

 なんで?

 

 『冷気装甲』のおかげで痛くも何ともないけど、凍火は怖くなって下を向いた。

 凪と目が合った。あの子は血色の悪い子だから、お顔にある赤いパーツは目だけ。そのはずだから、これは目だ。

 野生動物に噛みちぎられたような、外から口の中が見える真っ赤な傷じゃなくて、目じゃないといけないんだ。

 

 「返せ! 凪の可愛い顔を返せよ!!」

 

 たくさん怒鳴って、嘆いて、殴って、蹴って、叩いて。

 その全てが凍火に、『冷気装甲』に通用しないと知ると、入中はまるで、幼稚園の泣き虫な女の子みたいにした。

 凍火は他人事のように感じていた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 孫のように思っていた子の遺体を、『オーバーホール』で直させて、凍火を葬儀場から隔離する。

 「アイツは今殺すべきです。じゃねえと、何かヤバい気がする」と訴える入中を退け、久遠は凍火の──もう1人の今日でお別れの子どもの元へ向かう。

 

 ──個性による嗜好の変質。

 

 多くの(ヴィラン)が語り、ただの言い訳と一蹴される物。久遠はそれに近い何かを凍火に感じていた。

 『温度操作』、『肉体強化』……、全ての凍火の個性を思い出しても人肉嗜好になるようなものは見えて来ない。

 けれど、イカれた子どもだと烙印を押す前に、なぜやったのか話を聞く必要がある。凍火は思い込みが激しいが話せばわかる子だ。初めて会った時もそうだった。

 

 「ぁ、久遠さん…………凍火、何をして、いや、凪を、食べて……、え……? あ、そうだ。凪を、生き返らせようと思って……」

 「……どういうことだ」

 「『実験』のことは凪から聞いたんですよね?」

 

 薬品と恐らくは死体の血肉を摂取させられ、凍火には他の子どもの個性が宿った。生前の人格を持つ個性が。

 まさか……。

 

 「凪の死体を食って、テメェの中で凪を生き返らせるって? バカ言え」

 

 冒涜的で傲慢な考えに、頭がクラクラしてくる。

 1度奇跡を得た。だから2度目もと思ってしまった。考えだけなら納得出来る。そうだった。いくら賢そうに振る舞おうが、強かろうが、コイツはまだたったの5歳だ。

 

 「凍火、化け物なんかじゃないですよね? 悪魔なんかじゃないですよね? 凪といたかったんです。ずっと。だから食べようとしたんです。望お兄さんたちみたいになってほしくて。でも、あんなにお顔をぐしゃぐしゃにするつもりじゃなくて、でも、あれ、凍火のせいで……? あ、そうだ。凍火が悪いんだ。そっか、凍火が『成功』したから、凪もあんな目になって、……こんなに辛いなら会わなきゃ良かった。凪を妹にしなきゃ」

 「それは違う!」

 

 たとえどれだけ苦しくてもそこだけは否定しちゃいけない。久遠は声を荒げた。

 

 「お前は化け物でも悪魔でもない、ただの人間だ。お前の大好きな姉貴と兄貴の妹で、大嫌いなヒーローの親父の子どもで、凪の姉ちゃんだ。……そして、俺の……」

 

 その先は言葉にならなかった。

 凍火は組員じゃない。血縁じゃない。凪のように、盃を交わした息子の子どもにしたわけでもない。確かに身内なのに、指す言葉がない。

 それに、今から切り捨てる子どもだ。

 

 「……オール・フォー・ワン、さん、に、」

 

 頭を金槌で殴られたような衝撃。

 受け入れ難い言葉が聞こえた。俺は関わるなって言ったろ。なぜ、どうして、いつの間に。

 

 「凪を治す方法を聞いたんです」

 「どうだって?」

 「無いって」

 

 久遠は落胆すらしなかった。

 ただ、これでこの子が悪名高い男にこれ以上関わる理由は無くなったと喜ぶ。

 

 凍火は下を向いて震えていた。声が震えている。何に? 恐怖と歓喜に。

 

 「オール・フォー・ワンさんが、治す方法はないけど、死んだ人を生き返らせれるって! そのためには死体がいるって言ってたんです! お願いします! この後凪を焼かないで! ……凪を、ください」

 「……アイツと何を話した? 何をされたんだ!?」

 

 この子はこんな場面で笑う子だったか?

 困惑している間に凍火は悍ましい話を始める。

 記憶も性格も個性も人格も違う。それは凪を素体にして作っただけの別人だろう。

 黒霧とかいうのだって。「親元に帰す」という発想すらなく、便利な個性だから手元に置いてあるんじゃないか。

 

 「せめて静かに眠らせてやってくれ……。まともな人生すら取られて、死後の安寧まで凪から奪うのか?」

 「そんなつもりじゃ……」

 「それと一緒だ!!」

 

 凍火の目が大きく見開き、涙の膜が出来る。今にもポロポロ落ちそうだ。

 

 「凍火、悪い。お前がウチと関わったのは、俺らヤクザが凪に悪さをしないか見張るためだったな?」

 「……はい」

 「ならもう関わる理由はねえな?」

 「……そう、ですね」

 「なあ、お前、家族と縁切って俺の娘にならないか?」

 「え?」

 

 久遠は自分の言葉に1番驚いた。

 

 ずっと家で寝たきりの、目に見えて可哀想な凪。

 それから逃げたようにしか見えない、妹が倒れた途端姿を消した凍火。

 

 組員は──特に、行き場のない子どもを保護するような人格の持ち主に忠誠を誓う者たちは、凍火に批判的だった。遺体損壊の後、彼らが目の前の子を悪し様に罵った光景は、凍火に非があるとわかっていてもあまり思い出したくない。

 彼らから凍火を守るためにも、これからの人生、明るい日向を歩いてもらうためにも、今日を仕切りに凍火との関係を切る気でいた。

 少し傷付くようなことをわざと言って、失望してもらうことだって考えていたのに。これじゃ、全てパーだ。

 

 「ごめんなさい。嬉しいです、凄く嬉しいけど、ダメです。お姉ちゃんとお兄ちゃんが悲しむから」

 「そうか。そうだよな」

 「凍火は、出て行った方が良いんですよね」

 「ああ……」

 「もう、外で会っても話しちゃダメなんですね」

 「すまない」

 

 久遠は理由を説明した。

 

 「もうこれから(ヴィラン)と関わるな。もちろんオール・フォー・ワンなんかともだ。人生を食い潰されるだけだぞ。……子どもを助けたいと思う気持ちがまだあるなら、ヒーローや、警察や、後はそうだな……医者や看護師、保育士やら学校の先生も立派に子どもを救う仕事だ。それを目指せ。もうフロストゲイルとして犯罪なんざするな」

 「…………はい」

 

 凍火の涙を拭い、頭を撫でて言い聞かせた。

 

 入中たちと鉢合わせないよう注意して、凍火を屋敷から追い出す。

 凪の墓は教えない。骨を食って、『吸音』()が凍火の中に発現する可能性がある以上、教えられない。

 交通費には少し多いだけの金を渡す。最後の別れには呆気ないやり取りをして、凍火を見送った。

 

 これからフロストゲイルのニュースを見ないことを祈って、出来たらヒーローと警察以外の職に就いてくれることを望んだ。

 祈りはすぐに裏切られ、望みは終に叶わなかったが。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 特急列車に乗って、途中の駅でバスに乗り換え。

 乗り場がたくさんあるから間違えないように気をつけて、家から少し離れた停留所で降りる。

 

 凍火は無意識にこれらを行うことが出来た。

 家に帰りたくない。

 死穢八斎會は、凍火のもう1つの家で逃げ場だった。

 近所にいると、エンデヴァーの弱個性の娘という評価が常に纏わりつく。

 家にいると、焦凍(しょうと)くんの泣き声がするけど、凍火は自分が大事だから助けてあげられない。

 

 「そんな暗い顔をして、一体どうしたんだい?」

 「……久遠さんたちと、もう会えないんです。凍火が悪い子だから」

 

 オール・フォー・ワン。

 待ち構えたかのように、廃れたバス停に佇んでいた。しかし凍火はその不自然さに気付く余裕がない。

 

 「凪が、死んじゃって……、火葬は凍火の知らないところでするから、黒霧さんみたいにしてもらえない」

 「そうかい、それは残念だったね。大丈夫。科学も個性も日々進歩している。骨からだけでも人を生き返らせる個性が今後現れないと、誰が言い切れるんだい?」

 「……見つけたら、本当に凪を治してくれるの?」

 「もちろん、直してあげるさ」

 

 2人は当然のように、個性の持ち主が治さない──オール・フォー・ワンが奪う前提で話をした。

 凍火は心が弱っている。それに、優しく心を撫でるような久遠のものとは違う、広大に凍火という存在を包むようなオール・フォー・ワンのカリスマから、違和感なんてなかった。

 

 「……久遠さんも、凪が生き返ったら考え直してくれるよね」

 「ああ、きっとそうさ」

 

 久遠の気持ちを無視した言葉に、オール・フォー・ワンは無責任に賛同する。

 子どもを安心させるための笑みは、この時ばかりは軽薄さが混じっていた。

 

 「その姿で帰ると、お兄さんたちが心配するだろう」

 「どんな姿?」

 「やつれてるし、かなり痩せている。彼らは分身の元気な君を見慣れているんだ。急にどうしたの? と思われてしまうよ」

 

 でも、凍火に死穢八斎會以外で身を寄せるところなんて。

 

 「大丈夫だよ。僕が来た」

 「ぁ……」

 「僕の元でしばらく心身を休めると良い。そうだな……君と歳の近い子もいるんだけど、少し難しい子でね、個性の研究を手伝う他に、彼の面倒も見てあげてほしい」

 「何歳の子、ですか?」

 「確か……君より5歳年上だ」

 「結構お兄さんだ……」

 「何なら入中凪がしていたように、()を“兄さん”と呼べるくらい仲良くしてやってくれ」

 

 難しい子か。凪は大人しい子だった。

 年上なのもあって少し怖いけど、凪と違って逆に良いのかも。

 

 「そのお兄さんの名前は?」

 

 凍火はオール・フォー・ワンの手を取り、彼が導くまま歩く。

 

 「──死柄木(しがらき)(とむら)

 「変わった名前……」

 

 思わず呟くと、オール・フォー・ワンは笑う。

 夕焼けが作る影。オール・フォー・ワンのそれが、凍火の影を飲み込んでいた。

 影はしばらく蠢いて、黒い霧の中へ消えた。

 

 

 




まだ6割くらいしか出来ていないので、次の章はもうしばらくかかります。章全体が書けた後に毎日投稿する予定です。
2章はナガンと凍火のおねロリです。

凪のお葬式に参列してくれた組員は久遠を慕う任侠者たち。
もしも組長を寝たきりにさせ、組長のお孫さんで人体実験を行い、それで出来たヤバい薬物を流通させるような人がいれば、例え殺されようとも全力で反対する人たちです。そんなヤツいないと思いますけど。

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