亡霊たちの████アカデミア 作:炭火カルビ
困惑の内に、妙な冷静さが残っていた。
今の氷柱はただの氷。『シェルター』の攻撃無効化を付けていなかった。
だから、簡単にナガンの弾丸で砕かれる。
(うっかりさんだった……)
〈あらあら。そんなところも可愛いですよ〉
付与し直したものをもう一度。
飛ばす前に銃声。
『冷気装甲』があるから効かない。
〈あ?〉
〈あれ? こっちじゃないね?〉
それは今回に限り正解。
だって、ナガンが狙った相手は公安委員長。
弾丸はまっすぐ公安委員長の胸を貫いて、遺言の1つも許さない。
彼女の行動の意図が、凍火には全く掴めなかった。
「ナガンお姉さん? 凍火、『幻覚』とかの個性ないよ」
「それが上司だと分かって殺したよ」
「え? あの……お姉さんがやらなくても、凍火の攻撃で死んでたよ」
「かもな。でも、もう我慢出来なかった」
「我慢?」
凍火が聞くと、ナガンは爆発したように叫んだ。
「ヒーローへの信頼を守るため、平和のために人を殺すのなんか無駄だった!」
「カウカウさんのこと?」
「ああ! あんな事件が起きたのはアイツに免許を与えた公安委員会のせいだ!」
「…………そうなの?」
「防げなかったのは、公安の情報網がクソだったからだ! クソみてえなヤツが、クソみてえな欲望満たすために、見逃すのを許したんだ! はは……今までそれを信じて、散々なことをやって来たのに……信じられなくなっちまった」
ナガンは疲れた様子で続ける。口を塞がれた
「あんな……子どもをあんな姿にして、何が日本の永遠の平和だよ……テメェが上に突っ立ってたいだけだろ」
公安委員会の遺体に向かい言い捨てる。
「私はあんなのに協力させられて……人を殺さなくて良くなったって喜んでたのか……」
ナガンは自嘲的に笑った。
凍火はどう反応すれば良いのかわからなくなった。
打って変わって、ナガンは普通の、出会った時の同じようなお姉さんの顔で尋ねる。
「ねえ、凍火ちゃん。私がソイツやっちゃって……凍火ちゃんは“先生”とやらに怒られない?」
「えっ……
「大丈夫ですよ、フロストゲイル。実験が成功していたならともかく、この結果。彼もきっと落胆していますし、どの道処分する予定だったでしょう」
「良かったー……」
凍火は本気で安心した。
怒ったオール・フォー・ワンは絶対怖いだろう。想像もしたくない。
「凍火はこの子たち病院に送って帰るよ。ナガンさんはどうする? 一緒に来る?」
「……私は、少しやることがある」
「そうなの?」
「凍火ちゃんは今日のこと、何も気にせずに帰りな」
「分かった……」
オール・フォー・ワンに一言連絡。
子どもたちの保護を快諾してもらえたから、『ワープゲート』でドクターが運営しているらしい孤児院へ飛ばしてもらう。
大人は違う場所へ飛ばしたらしいけど、どこなのか凍火にはわからなかった。
「帰りましょう、フロストゲイル」
「う、うん。黒霧さん、疲れてない?」
「大丈夫ですとも。
〈そういや、そんなこともあったなぁ〉
〈ええと、心配してくれてるのかな?〉
「凍火お姉ちゃんは強いから大丈夫って言わないとね!」
「フロストゲイル。年上の子の姉を名乗るならトマトくらい──」
「無理なの。やだ。凍火頑張ってピーマン克服したよ。トマトはいいでしょ?」
「ケチャップは食べれるのになぜ……?」
「それとこれとは違うもん。ケチャップは甘いよ」
「甘い品種のトマトも……」
「や」
まるで普通の親子のように話しながら『ワープゲート』に消える2人を、ナガンの虚ろな瞳だけが見ていた。
◇◆◇
ナガンは公安委員長の遺体を地下から運ぶ。
偽装工場の1階へ。これからどうしようか。
凍火ちゃんの手を汚させずに済んだ。
そんな救いすらない。
殺人現場を見ても普通の子どものように振る舞えてしまう。黒霧に甘えられる、壊れ切った感性の子ども。
どうしてあんな風になった?
ヒーローや警察が役立たずだから。公安が轟家の闇が漏れないよう隠蔽したから。
警察に自首するか?
思ったところで、スマホが通知を知らせた。メールに数枚の写真の添付。
「マジかよ」
思わず笑ってしまう。
この偽装工場の長ったらしい地下階段の先。あの悍ましい部屋に続く扉を潜る人間が写っている。全部別人で、全員顔見知り。
全員が公安職員。
漫画にでも出て来そうなやけに気取った近未来的なデザインの扉。ナガンがさっき通ったのと、ここまで見た目が被るものはそうそうないだろう。
『私に何をしてほしいんだ?』
『君がしたいままにしろ』
今からする行動は彼の掌の上。馬鹿な人間が踊るだけ。それくらい分かっている。
──何のために? 贖罪。
──誰のための? 自分。
根本的に、あの管に繋がれた子どもたちのための贖罪ではない。
公安委員長と一緒に悪事──彼らからすると、永遠の平和とやらのためなのかもしれないが──を企んでいた者を皆殺しにする、
彼らに騙されて、願野曰く、私欲を満たすための殺人や対抗派閥の力を削ぐための殺人なんかをさせられた自分の鬱憤を晴らすため。
燃え上がる怒りと無力感をぶつける八つ当たりにすぎない。
その日。
ナガンはほんの1時間もかからずに写真に写っていた公安職員を殺し尽くした。
願野による位置情報のサポートもあった。
彼らの死は、『有用な個性を持つ子どもを誘拐した一部公安職員が潰し合いをした結果』とされ、報道。
責任を取って公安委員長を辞任する旨の文書が公開されたが、公安委員長本人は体調不良を理由に決して顔を出すことはなかった。
納得いかないマスコミや、誘拐された子どもの親族がヒーロー公安委員会に詰め寄るも、残っているのは悪事について知らない潔白の職員だけ。
そして、次の公安委員長には──。
◇◆◇
「
ソファーを弾ませて凍火は驚いた。隣でゲームをしている
「誰だよそいつ」
「凍火の中のお兄さんだよ!」
「……前から思ってたけど、頭大丈夫か?」
「大丈夫だもん!」
〈むー……この人きらーい〉
〈何となく弔くんの血縁の女性は絶対美人な気はしますので、わたくしは好きですよ。弔くんに娘が出来たら、ちょっと触らせてくださいね〉
〈キモキモキモ……あ、くそ親父が話し出した〉
弔は一言だけ言って沈黙。ゲームのボタンをポチポチする音が響くのみ。
でも、凍火の中ではみんなが賑やかだ。
『今回の不祥事について、月並みな言葉ではありますが大変申し訳ないとしか、
深くお辞儀した願野に、記者からたくさんのブーイング。
「……ちょっと気持ち悪い……かも」
「何で? 吐くなよ」
「カメラのパシャパシャがやだ……」
「見ずに音だけ聞いてればいいだろ。バカだな」
「バカじゃないもん! もう九九全部言えるよ!」
「割り算は?」
弔は嘲るように言う。
割り算って初耳だけど、そんな素直に反応しては姉の威厳がなくなる。凍火は望たちに助けを求めた。
(お姉さん……お兄さぁん)
〈えっと、割り算はね……うんと、数字があるでしょ? 屋根みたいなのを付けてあげてね──〉
〈口で説明するのは面倒ですね。画像データと思考プロセスを送ります〉
〈そんなこと出来たのか!? いちいち言葉にするより断然便利じゃねえか!〉
割り算の“全て”が凍火の脳内に入る。
本来存在しない情報が思考を圧迫し、芽愛の思想が脳を汚染した。
無性に人の体に触りたい!
〈男の子でもあそこは女の子なんですよね〉という
「弔ー……」
「黒霧ィ! コイツトイレに連れてけ!」
ソファーに座ったまま抱きついて、顔をズリズリ下げる。最終的には凍火の頭に弔のお腹と膝をくっつけた、膝枕のような状態になった。
吐きそうだと勘違いされて、黒霧を呼ばれてしまった。
「袋をお持ちしました。フロストゲイル、ベッドで寝転がった方がよろしいのでは」
「大丈夫……ちょっとクラクラするだけ……」
「ならば良かったです。お渡しするので、万が一の時はお使いください」
「おい、とっととコイツ回収しろよ……重たくてゲームが……ん」
「やめてよー」
「黒霧、何『ワープゲート』広げてんだ」
「あなたが仰った通り、フロストゲイルを回収しようと……」
「頭がコントローラー置くのに結構良いんだ。取ろうとするな」
「……わかりました。フロストゲイル、『先生』から以前保護した子どもの経過観察に付き合えとご命令です。ご都合がよろしい時で結構ですので、近日中に予定を入れられるようにしてください」
「うん、ありがと!」
「保護……?」
弔は首を傾げたけど、すぐにゲームへ戻った。
ゲーム置き場にされた凍火は動けない。視界は弔の黒いシャツでいっぱい。カメラのシャッター光からは逃れられたけど、ちょっと、こう、薄っすら独特な臭い。
後で無理矢理でもお風呂に放り込もうと決心。
『次の公安委員長には、
(願野って……)
〈親父が? 何で? こんな表舞台に立つの、凄い嫌がる人だぞ?〉
〈でも、都合が良いのでは? 公安の情報網や権力をわたくしたちに使わせてくれるかも〉
望と同じピンクの瞳を爛々と煌めかせ、願野は堂々とした佇まいで宣言した。
「あっ、ナガンお姉さん病気だって」
「は? ヒーローなら良いだろ。オールマイトに
「凍火に言われても……早く治ると良いなぁ」
〈………………そうだな〉
次のニュースはレディ・ナガンの療養による、無期限活動停止。
インタビューされたファンが悲しみのコメントを述べる姿が映し出された。
◇◆◇
インテリアは一流ホテルのよう。小説とジャンル豊かな雑誌が本棚を埋め尽くす。テレビはナガンの収入でも簡単には買えない大きさ。
ここが牢獄──まして、タルタロスの地下深くだと思う者はいないだろう。
「レディ・ナガン。済まないな。後少し巡り合わせが違っていれば、君を私の懐銃として運用したかったが。暴発してしまった以上、直るまではな」
残念そうな声色を作り、されど表情は変えずに男が言う。
どうやら自分は、あそこで前委員長を殺していなければ、まだ公安の道具として扱われていたらしい。
「殺人犯を捕まえたにしちゃ、随分厚遇だな」
「せめてもの罪滅ぼしと思ってくれ」
囚人が当然受けるべきボディチェックすら適当。指先すらナガンに触れることなく、一瞬見てOK。
女だろうと坊主頭にさせられるが、それすら無かった。
髪を使う個性にも関わらず、彼女の頭には長く、豊かな髪が残っている。
囚人にしては華美な部屋着。有名ブランドのものらしいけど、モコモコしていて自分には少し可愛すぎないか?
おまけに最もおかしいのは。
「看守とかはいないの?」
「看守はいないしカメラもない。3食の支給か、そのボタンで呼び出される以外に君のプライバシーを侵害する者はいない」
「私が、アンタを撃ち殺すとは思わないの?」
「君にそれは出来ないだろう。それに、この特別個性由来物質強化ガラスではいくらレディ・ナガンでも不可能さ」
開きっぱなしの雑誌を示して、ぶっきらぼうに言う。
「アンタが公安委員長になるとは思わなかった。てっきりあの女かと」
「彼女にはもうしばらく副委員長の座に甘んじてもらうことにした」
「結局、どうしてこんな扱いするんだ。そっちのだと、私は体調不良で休んだことになってるし」
ゴシップ雑誌の表紙。
騒ぎ立てられるべき
なんて平和なんだろう。ナガンはぼんやり思った。
「殺人犯扱いすると君が復帰出来ないだろう。願野家の権力が効く範囲で良かったよ」
「意味わかんねえよ」
まさかここで休んで英気を養えとでも?
冗談じゃない。
「……あの子、凍火ちゃんは?」
「フロストゲイル嬢か。前委員長に囚われていた者は彼女が……正確には彼女の後ろ盾が保護してくれたそうだ。検体の延命も出来ているらしい」
「延命は良かった、けど……本当に保護なの?」
「
「……そう」
渡された雑誌と、テレビ番組。
フロストゲイルはちょくちょく登場するけど、ヴィジランテ的な活動ばかり。元気でやっているのだけは確認できた。
「あんたも、『実験』みたいなことするのか?」
「それは私の目的達成には繋がらない」
「……そう」
少し安心した。
ナガンは悍ましい『実験』手順を思い出す。
異形型を必ず1人含め、10人の検体を用意。
トリガーやブースター。個性を強化する未認可薬物をこれでもかと投与。
適量でも亡くなる者が後を絶たない薬物だ。そんなことをしたら、命の重さは綿未満。
大体はここで10人全員が亡くなり、『実験』は失敗に終わる。
薬物耐性の個性や、頑丈な個性の持ち主が交ざっていて、生き残りが出来てしまった場合。
巨大ミキサーのような機械で亡くなった検体の遺体を粉々に、ぐちゃぐちゃに、骨も肉も筋肉も臓器も全部ごちゃ混ぜに。
そうして乱暴に作った個性因子の塊を、生き残りに投与する。
大体は拒絶反応で亡くなるが、それを無理矢理生かしたのが『遮光』と『停止』の彼らだろう。
「目的って、なんなんだよ」
スマホ、パソコン、その他人との交流が出来るもの。
それらだけはナガンに与えられないことになっている。3食の支給もロボットだ。
それ以外は何でも与えられた。ネットに繋がなければゲームも遊べる。絵や文をしたためるためだけならノートパソコンもくれるらしい。
困らせるつもりで言った海外の限定コスメすらある。
でも話す相手は願野だけ。コイツのことは嫌いだが、人との交流をしないと気が狂う。
この点だけは他の囚人の方がマシだろうとナガンは思った。
「君の考えるほど薄暗いことではない。
「…………」
表情を歪めたナガンに気付き、願野は取り繕うように続けた。
「もしも望が嫌がるなら、手間はかかるが別の方法を考える」
「まともな神経をしていたら嫌がるだろうね」
ナガンが毒付くと、彼はよくわからなさそうな顔をした。子どもみたいな顔でムカつく。
「もう一度、息子を取り戻し、泣いている
「アンタ……あの子のこと、良い個性の道具くらいに思ってないみたいに言ってなかった?」
「前委員長は敵対派閥から上手く力を削ぐため、職員本人やその家族も、上手く理由を付けて君に始末を指示していたな。そのような環境と分かっていて、家族への愛を公言出来るとでも?」
ナガンは押し黙る。
環境の一端には、肯定も否定も何も出来なかった。
「ま、1番手っ取り早い手段は人格を取り出す個性持ちを探すことだな。これは轟凍火嬢のためでもある」
「そんな都合の良いヤツ、いるの?」
これから、凍火は小学校を卒業し、中学校に入り。
今の二重生活が上手くいくなら、表向きには普通の生活を送るはずだ。
自分の中に四六時中、血縁でもなんでもない少年がいる。第二次性徴が始まり、人並みに恋愛やお洒落を楽しむ頃には、邪魔に思うだろう。
その点はナガンも願野と同意見。
「いないかもな。だからフロストゲイル嬢を介して、オール・フォー・ワンとの接触を望んでいる。単体の個性では出来ずとも、複数の物を組み合わせれば単純な足し算以上に出来ることが増える。他でもない、フロストゲイル嬢が実証したことだ」
「でも、そのオール・フォー・ワンって……」
「個性黎明期。あの暗黒時代に君臨した魔王。法整備やヒーロー台頭に伴った治安向上により、今は影に隠れているが、それでも影響力は計り知れない」
ナガンも前委員長に言われて調べたことがある。
今更説明されなくても、オール・フォー・ワンの恐ろしさはわかっていた。
「全国民の個性届けを見て漁ったが、都合良く人格を移動させるような個性は無かった。ランダムシャッフルならあったがな。だが、個性届けを出せないような浮浪児が、これから個性を発現させる子どもが、産まれてくる赤子が、私の求める個性を持っているかもしれない」
「……かもね」
「だろう? その時、魔王に息子を取り出してもらうためなら、私はこの地位を使ってなんでもするさ」
ヒーロー公安委員会委員長が、
ヒーローへ誤った情報を伝えることも、上手いこと因縁をつけたり冤罪をかけたりして資格を剥奪するのも、良個性の国民を差し出すのもやりたい放題。
まして、コイツは警察や政治家を排出する家系で。タルタロスにだって融通が利く。
かつての暗黒時代の再来。
それを理解して、ナガンの中の子どもが言う。
まだそうなると決まったわけじゃない。オール・フォー・ワンとの接触すらしていない。平和的に全て終わるかもしれない。
そうなったとして、きっとオールマイトが何とかしてくれる。
大人の部分はそれを嘲笑して、諦念を口にした。
いくら高待遇でも、ナガンは自由にここから出られない。願野から見てナガンが、“運用に足る”まで回復してしまえば娑婆に出され、また歯車生活が始まる。
そう。どうしようもないのだ。
「
「だろうな。それでもこの夢さえ叶えば構わない」
ナガンも願野も、そして凍火本人すら預かり知らぬ情報。
本物の望はすでに死んでいて、今凍火の中で思考し話す存在は、個性因子に付随した生前の人格。いわばコピーのようなもの。
臓器移植を受けた患者に、ドナーの嗜好がうつる。そのレベルを極限まで上げた現象に過ぎない。
息子が戻ることはありえない。
けして叶わない夢を見て、男の目は少年のように光った。
前面に出した割にはナガンの扱いそれほど良くなくて申し訳ないです。
2章でメイン張る予定だったオリキャラを消した影響の皺寄せがちょくちょく来てる。それと勝手に生えてきた願野父とかいうやつのせい。
ちなみに望父は「ナガンには悪いことしたな〜」「息子帰って来ないかな〜」とはマジで思っています。全ての出力がことごとくズレてるだけで。
人の感情を読み取れないタイプの人間なので、ナガンが公安前委員長を撃ってなければ、「まだ公安の銃として使えるね!」とナガンの“運用”を続けていました。
オリキャラ・オリ個性等の設定まとめ
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欲しい(各章の最後に、その章でのまとめ)
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欲しい(最新話段階でのまとめを第1話)
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どちらでも良い
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いらない