亡霊たちの████アカデミア 作:炭火カルビ
しおりの話数に少しズレがあるかもです。
人肌。通常は36℃前後。
この個性社会。例外は多数あるが、大勢の認識としてはそう。
触り続けると手が痛くなってくるそれが、彼の知っている唯一だ。
◇◆◇
ある日、
「っと、フロストゲイルだよ! よろしくね!」
アホ丸出しの笑顔。
自殺志願者ですと言いたげに、握手のつもりか手を差し出す。
弔の個性を聞いていないのか?
あるいは、先生はこいつが『崩壊』しても良いと思っているのか?
弔は彼女の手を握る。癖で4本指を最初に付けた。少し遅れて人差し指を下ろす。
「……?」
壊れない。
一度手を離し、五指を付けた。両手で手を握り、10本指を付けた。
ゲームのリセマラみたいに繰り返す。壊れない。
「あの」、「えっと」と喚く声より、このギミックを暴く方が大事。
そいつはしばらく、同じ家で過ごすらしかった。
部屋は別にあるし、世話は黒霧がしてくれるはず。構ってもくれるだろう。もちろん弔が優先だが。
なのに、年下の女が好む風貌でもない弔に、やけに付き纏った。
「ねえねえっ、このおっきいの倒したら勝ちなの?」
「…………」
「あ、もう終わっちゃった……早いんだね!」
初戦の時は強かったボス。強い武器のドロップのため討伐を繰り返す今や、ただの作業。
今回も落ちなかった。1日1回の対戦回数制限があるのが鬱陶しい。前にゲーム機本体の時間を動かしたら、ペナルティで1ヶ月も再戦不可能になったし。もちろんゲーム機は壊した。
「わたしのお家、こういうのないから、何だか見ているだけでも面白いの」
「そうかよ」
ゲームがない?
よほど貧乏なのか、山奥にでも住んでいたのか。
とにかく、『わたしにもやらせて!』と言われるよりはずっとマシだ。
弔にとってそれは、ちょっと邪魔だけどいてもいいか、ぐらいの存在になった。
『
『待ってよ
自称姉と話していると、誰かの呼び声を思い出す。
どんな声か、いつのことかも、その誰かの見た目すらもハッキリ思い出せないけど。
ただ、かつて。誰かに似たように手を引かれたことを思い出して。酷く不快になる。皮膚の下に虫が這い回るように全身が痒い。
「弔、大丈夫? 痒いの……? 冷やそうか?」
「ん、とっととやれ」
「寒かったら言ってね。えいっ! あっ、そうだ、こうしたら落ち着くかも」
ソファーで隣に座る姉が「おいでー」と呼び掛ける。これ以上どう寄れと言うのか。
「わたしのお膝に頭乗せて」
「は? ……良いけど、『重いぃ』とか泣き言言うなよ」
「言わないもん!」
言った通りにしてやる。
細く、肉付きの悪い膝枕はグラグラしていて寝心地が悪い。頭の重みで折れそうだ。クッションを挟むべきか本気で悩む。
頭を、小さな手が往復し始めた。
弔の頭の“手”が邪魔なのだろう。手付きが少しおぼつかない。
これを跳ね除けず享受する自分に、弔は一番驚いた。
「むふふ、お姉ちゃんがこうやってしてくれたんだ。どう? 落ち着く?」
「……まあまあ」
「そっかぁ! あのね、黒霧さんが弔は苛々すると痒くなるって言ってたから……」
「どうでもいい。アイツ、勝手にそんなこと言うなよな。ハァ……それやめろ」
「あっ……」
頭を撫でる手を捕まえる。
その手を握っても壊れない。指を絡めると、姉は恥ずかしそうに早口になった。
「も、もしかして、わたしのお姉ちゃんパワーがすっごく強くなった? なーんだ、トマト食べなくても立派なお姉ちゃんになれるんじゃん。お姉ちゃんも黒霧さんも嘘つき」
戯言は放置する。
『転弧、痒いの大丈夫? 何のアレルギーかわかんないの、やだね……』
握りしめた手に誰かの声を思い出して、また嫌な気分になった。
◇◆◇
姉は
彼女の持つ信念も、正義のヴィジランテと持て囃す世間も気に入らない。
そもそも姉はヒーローを何人も殺している。
悪党を殺した、というのだけが取り上げられているが、なぜ善人は殺さないと思えるのか。なぜ自分は善人だと思えるのか。困っている人がいても、どうせヒーロー任せにする癖に。
そんなやつばかりの社会に、何だか気分が悪くなってきた。
姉も姉だ。
年下の癖に姉を自称する。気に入らない。
『崩壊』で壊れない。気に入らない。
何か目の奥にキラキラした──それさえあれば何もいらないというものを持っている。気に入らない。
彼女といて、心地よいとか、安心するとか、そんな風に思わされるのが気に入らない。大嫌いだ。
そもそも“姉”という存在が薄っすらと気に入らない。
眠る姉は涎を垂らしている。
その顔に人差し指、中指、薬指、小指と乗せた。最後、親指を乗せる。
分かっていたが、壊れない。
五指を乗せ直す。何度しても同じことだ。
『冷気装甲』がある限り、『崩壊』は通用しない。『冷気装甲』は寝ていても維持されているらしい。
それを裏付けるように弔の手は冷えて痛むし、涎は薄っすら凍っている。
「……あ」
思い付いた。
これを壊す方法。
弔は彼女の首を締める。
「……あ?」
ある程度力を込めると、それ以上締まらなくなった。
規則正しい呼吸音が、安らかに聞こえる。
弔は彼女の鼻を摘む。同じだ。何かに阻まれて、息を止めることができない。
なら。
鼻と口を塞ぐ。子どもの小さなパーツ2つは、手1つで簡単に覆えた。
姉の顔が苦しさで赤らんだ。1分続けると呼吸をしようと口と鼻から必死に異音を出し、2分が経つと四肢をめちゃくちゃに動かしてもがく。
「……っ、……っー!!」
「痛っ、何しやがるコイツ!」
良い感じに蹴りが弔の鳩尾に入った。興が削がれてやる気をなくす。
そのまま弔はついさっき殺そうとした姉の横で眠る。姉は眠ったまま、荒い息を徐々に整わせた。
◇◆◇
昨夜のことがバレたらしい。先生に呼び出された。
さすがにばつが悪いから構える。でも、想像していたようなお説教は飛んで来ない。
「彼女はね、可哀想な子なんだよ」
「可哀想……?」
この個性社会、探さなくても可哀想な人間なんかいくらでも見るだろう。
それこそ特筆するべきことでもないはずだ。
「
「で?」
「一般人には言うまでもなく戻れない。さて、弔はフロストゲイルが何だと思う?」
「ヒーローでも
「ニュースでもそう定義しているね。でも、
「ああ言う奴らは下手したらヒーローより自分を正義と思っているから……殺人したのが報道されているアイツは、ま、自分の功績のための踏み台で手を組む相手じゃない」
「そういうことさ! よくわかっているね!」
胸が満たされる。
先生もアイツが中途半端なやつだと思っていたんだ。
「だからね、弔。お兄ちゃんとしてあの子に優しくしてあげてほしい」
「アイツは自分が姉貴って言ってる」
「小さい子にはよくあることだよ」
先生は苦笑した。5歳も差があって、年下が姉を自称する。さすがに先生もおかしいと思うらしい。
「可哀想な子だから優しくしろ? 俺、あんたがそう言うと思わなかったよ」
「もちろんそんな下らない理由ではないよ。フロストゲイルは僕が君に与えた、重要な駒だ。幸い君への忠誠心もある。言うこと全部は聞いてくれないみたいだけど……弔のしていたゲームにも、そんなのがあっただろう?」
「プレイヤーレベルがキャラのレベルより低いと、指示を受け付けない時があるやつ?」
「そうさ。あれ、なかなか現実的で僕は好きだよ」
「俺は嫌い」
つまり、先生は姉の
苛ついて、自然と首元に手が行く。
「彼女は被害者だ。トップヒーローたちの──ヒーロー社会の被害者。今後弔が僕の後継者として動くにおいて、切り札になる存在」
「オールマイトがガキだとわかってあいつ殴ったこと言ってるのか?」
「まさか。たったそれだけじゃないよ、彼らの余罪は」
先生は面白そうに笑った。弔は掻きむしりながら話を聞く。
「フロストゲイルに何をしても良い。何をさせても。それら全てが弔の自由さ!」
「でも、あいつ壊しちゃダメなんだろ。先生ならあの変なバリアくらい、簡単に破れないの?」
「残念だが……僕でも出来なかった」
「先生でも出来ないのか……」
先生に感じていた全能感が少し、ほんの少しばかり薄れて、弔は落胆した。
「もちろん、不可能だから殺すなというわけではない。フロストゲイルは僕にとって福音をもたらしてくれるからね」
「福音?」
「ああ、彼女のおかげでデザイナーベイビー作成技術や、非常に面白い個性について知れた。何年かぶりに好奇心を刺激されたとも」
「デザイナーベイビーって、あれか? ゲームとかにある」
「そうさ。その内遺伝子情報さえあれば素体が無くとも脳無の作成が出来る……かもしれない。黒霧の量産が出来たら良いんだけどね」
「チートじゃねえか」
「だろう? でも、不完全な技術だし、ドクターは脳無研究やフロストゲイルの体の研究を優先したいらしい」
無理矢理やらせりゃいいじゃないか。その言葉を弔は飲み込む。何度か会ったことのある、あの小柄で弱そうな老人を先生が尊重する意味がわからない。
「ドクターで思い出した! フロストゲイルのおかげで、非常に良い友達と巡り会えたんだ」
「友達? よっぽどの金持ちとでも知り合えたのか?」
「違うよ弔。それに、ただ裕福なだけの友人ならいくらでもいる」
「ヒーローとか警察とかの……偉いやつ?」
「少し掠ったね。1つの組織のトップ。彼と仲良く出来れば、僕はその組織を傀儡に出来る」
「そんな上手いこと行くのかよ」
「他の者ならともかく、“彼”ならね。ただ1つのためなら何でも犠牲にできる。あれはそういう家系だよ」
「……?」
「
「よく分からねえけど……嫌いなやつの大事な物を壊すのがスカッとするのは分かるよ」
「だろう?」
昔話が早めに終わって、弔は少し安心した。
若者とは呼べないながら、まだまだ活動出来る歳に見える先生だが、実年齢は見た目の倍以上。
クドウとか、あの女とやらについて詳しく話すとどれだけ長話になるだろうか。
「後は……そうだな、見ていて楽しい」
「あいつを?」
確かに弔より活動的。表情もコロコロ変わるし、愛嬌もある。見た目も良いだろう。
でも先生がそんな風に言うとは思わなかった。
「違う違う。彼女の容姿が整っているからとか、そういう意味ではないよ」
「そうか」
少し安心。
父親代わりの人が年下をそういう目で見ているかもしれないのは、普通にキツい。
「もちろんフロストゲイルを確保するために動いたのは否定しない。でもね、僕はそれ以外、何もしていないんだ」
「……?」
「僕がしたことはブローカーを通じた彼女との接触、そして、ヒーローへの信頼を木っ端微塵に打ち砕くための清白でないヒーローを調べる依頼だけ」
「してるじゃねえか」
「でも、たったこれだけだよ」
先生は一息置いて続ける。
「家庭環境が悪いのも、兄の忘却も『実験』に巻き込まれたことも、妹の死も、僕の新しい友達との接触も、何も関与していない。それなのにああなるのは見ていて面白くてね。弔、年寄りの娯楽だと思って、彼女を壊すのは見逃してくれないかな?」
「先生がそう言うなら……」
弔は消極的に返事した。
本当に分からないけど、自由に動くあいつを見ているのは楽しいらしい。
ここに住まわせず、たまの滞在で許しているのもそれが理由だろう。
「なあ、先生」
「どうしたんだい? 弔」
話題を変えて少し話して、お開きムードになった。
弔は帰る前に、最大の疑問を尋ねる。
「あいつに優しくしろって言ったよな?」
「そうだね。ほら、彼女は君の優秀な駒になるはずだし……黒霧みたいな者でなければ、飴は必要だ」
「優しくってどうやってやるの?」
先生は一瞬、驚いた表情を浮かべる。
「君のしたいままにすれば良い。僕や黒霧の真似でも、ゲームか何かを参考にしても構わないよ」
「……わかった」
答えてくれないのが一番困る。
内心苛つきながら、考える。
黒霧の真似──は出来るわけない。下手しなくてもお笑い種だ。先生を真似るには色々能力が足りていないことを、弔は自覚している。
「最後にこれだけ聞きたいんだけどさ、何か最近……変な声を思い出すんだ」
「変な声? どんなのだい?」
「上手く言えないけど……まるでアイツみたいな、……家族みたいなのだと、思う」
「フロストゲイルのような、か。弔、それは気のせいさ」
「気のせい?」
「もしも君を思いやり慈しみ、守ろうとしてくれる家族がいたのなら、きっと僕と出会うようなことにはなっていないよ」
そうだろうな。弔は素直に受け入れる。
優しい母も守ってくれるような父も、こっちを思いやってくれるような兄弟も、弔にはいない。
ボロボロで彷徨っていた子どもが、先生以外の誰にも助けられなかった。
それだけが全てだ。
◇◆◇
先生との話を終えて、子どもらしい時間──弔からすると早い時間に入浴。
『冷気装甲』を常に保つ姉の体は、風呂の中でもひんやりする。弔は薄い体に体重を預けた。
「重い……」
「我慢しろ」
先生は優しくしてやれと言ったが、これくらいならノーカンだろう。
重さで潰す方向なら、コイツのチートバリアも破れるか?
ふと、そんな攻略法が頭をよぎった。
「リンスする?」
「絶対やだ」
「した方が髪の毛綺麗になるよ」
「どうでもいい。早く風呂から出させろ」
このやり取りは毎回。
なぜ髪にこだわるのかわからないし意味不明。
体を洗っている間に馴染ませるから時間はかからない、というのが姉の主張。流す時間がかかるだろうというのが弔の反論だ。
これを受け入れるのが“優しい”なのか?
疑問に思い、結局、いつも通りに反発した。
体を洗い終わり風呂から出る。拭くのも薬を塗るのもドライヤーも姉任せ。
「死柄木弔。本日もフロストゲイルに全てお任せしたのですか?」
「コイツがやりたいって言った。やらせてやった。何か悪いか?」
「いえ」
大人しく下がった割に黒霧は何か言いたげにした。ムカつく。
入浴後のゲームをし、日が変わる少し前に眠くなった。そのままソファで横になる。
「弔、お布団で寝ようよ」
「どうせ黒霧が動かすだろ」
「でも、そこで寝るとまた背中痛くなるよ。ただでさえ姿勢悪いのに……
「誰だよチサキさん」
じゃあなんでお前は生きてるんだよ。
思いながら弔は緩慢な仕草で立ち上がる。少し眩暈がした。そのまま一歩、また一歩ゆっくり歩く。
「トイレ?」
「ベッドで寝る」
「……! やれば出来るじゃ、あ、えっと、バカにしてはないよ!」
「……」
無言で彼女の手を引き寝室へ。
「ふぁぁ……おやすみ……」
「…………。おやすみ」
抱き枕にされるのに抵抗せず、弔は眠りについた。
朝、いつもより少しすっきりした目覚め。
「おい、どけ、起きろ、何しやがる」
「うん……うん……」
寝惚けた姉は、何を勘違いしたのか弔を抱き締めてそのまま頭を撫で始めた。
「大丈夫だよ。お姉ちゃんがいるからねぇ」
姉の手が
「何にも嫌なこと、ないよ」
「どんな姿になっても、大好きだからねぇ」
胸に何か
体中がゾワゾワする。いつもの痒みとは違う気がして、弔はその理由を考えた。
「えへへ、お姉ちゃんが守るからね。
「は?」
顔をわざわざ見る必要はないほど、喜色満面の声だった。
欲しいゲームソフトをあげると言われて、目の前で別の子どもへのプレゼントにされたようだ。
困惑と屈辱と怒りが胸の中で渦を巻く。
痒みが強まる。
あらゆる不快を表すワードで心をいっぱいにして、弔は彼女を突き飛ばして離れた。
弔に与えられたものだったはずだ。抱擁も、声も、手も全て。
「きゃっ! びっくりしたぁ……もう朝?」
「見ればわかるだろ」
「この部屋窓ないからわかんないよ」
「時計見ろよ」
「寝起きに時計読めないよ!」
「……。いい、こっち見てろ」
「えー? 弔の顔見ても時間わかんないよー?」
その日から、姉と話す時、顔に付けた“手”は外すようにした。
◇◆◇
「なあ、黒霧。アイツ、いつ学校から帰るの?」
「フロストゲイルですか? 学校から真っ直ぐ来るなら、15時頃にはこちらへいらっしゃるかと」
「そうじゃない。学校から家に帰る時間を聞いてるんだ」
黒霧は「下校時間ですね」と確認する。
話が一発で通じないのが鬱陶しい。
「そうですね……帰りの会の後少し支度して、14時40分には学校を出ている、と以前本人から」
「そうか。お前、あいつの通ってる学校知ってる?」
「いえ。学区からしてここだろうという推測は出来ていますが」
「あー……ならそれでいい」
「フロストゲイルの小学校に、何かご用が?」
「ん、あいつを助けてやる」
「助けて……?」
姉の大好きな妹。
所詮そいつは死人だ。これからの時間を積み重ねることも、新しく何かを築くことも出来ない。
先生にしてもらったように、
そうして、弔にあって妹にはないものを増やしていけば。
寝起きだろうと2人を間違えることはないだろう。