亡霊たちの████アカデミア 作:炭火カルビ
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ジェントルにはフロストゲイルが理解できない。
彼は特別に憧れる凡人。
そうレベルの高くない高校で留年し、仮免すら取れず、問題を起こして退学した。迷惑動画投稿者兼フリーター。
軽犯罪の前科もいくつか。それら全てが特別になるべく足掻いた失敗の結果だ。
フロストゲイルは特別だった。
特別に強い個性を持ち、特別に目を惹くバックボーンを持ち、特別に唯一無二の立場を持つ。
ジェントルは知らないが、ただの
トップヒーローの娘。殉職率の高く子どもを残さない──残せない者も多くいるヒーロー業界で、それがどれほどの特別か。
近親婚を短いサイクルで繰り返した家系。氷叢に生まれた子どもの個性は同年代より強い。『個性』は世代を増すごとに強くなるのだから当然だ。
欲しくもない特別をたくさん持って生まれた凍火。
焦がれた特別を、大人になっても得られないジェントル。
故に、凍火はジェントルを理解出来ず、ジェントルも凍火を理解することはない。
◇◆◇
元々ジェントルの知識は信憑性に乏しいニュース番組内での考察、それとインターネットの情報くらい。
ヒーローに助けられず、被害者から加害者になった強大な個性を持つ悲劇の少女。
フロストゲイルを一言で表すとこう。氷の鎧で容姿は隠れ、男の子でもまだ高い声の子もいる年齢。
だから性別は定かではないはずだが、“悲劇の少年”より“悲劇の少女”の方が聞こえがいいからそれが広まった。
ヒーローに助けられなかった。故にヒーローの手を掴まない。掴みたくない。
そこはわかる。でもジェントルは、ならばヒーロー以外の助けは受け入れてくれるだろうと思っていた。
一種の慢心。
ラブラバという理解者にして相棒を得た今なら、追い風が吹いていると。万事上手くいくと。
氷の弾丸。フロストゲイルの攻撃手段としては有名だ。
戦闘になるとは思っていなかったが、対策は考えていた。
「よし、上手く行った!」
触った物に弾性を持たせる個性、『
今回の──というか、ジェントルが個性を使うメインは空気に対して。
跳ね返った弾丸をフロストゲイルは避けようともしない。
「ジェントリー……リバウンド!」
決まった。ジェントルはカメラ目線のキメ顔をしようとして、カメラを探した。ラブラバと共に氷のドームの中だ。
「さすがだわジェントル!」
氷のドームの向こうから、ラブラバのくぐもった声。
これのおかげで彼女(とついでに不真面目なバイト)は守られている。自分だけの安全を考えれば良いのは正直助かる。が、フロストゲイルの意図が分からない。
次の瞬間、気まぐれにドームの内部が凍らされてもおかしくない。ジェントルは気を引き締めた。
跳ね返った弾丸は、フロストゲイルの氷の鎧に阻まれ、鎧に取り込まれる。
「待ってくれ、話し合おう! なぜ君はヒーローの助けを──いや、人からの助けを拒むのだね!?」
「はぁ……当たり前でしょ……。ヒーローは助けてくれなかった。あの人たちは何かを犠牲にしないと、何も助けられない生き物なの」
「なら、それ以外は!? 警察や……そうじゃなくても助けてくれる大人はいただろう?」
「お巡りさんはわたしを交番から追い出したよ。そんなことあるわけないって。他に助けてくれた大人はいたけど……、……」
フロストゲイルはそこで押し黙った。
いたけど、どうしたのだろう。
仲違いした? 裏切られた? 会えなくなった?
ジェントルは考えながら、内に湧く達成感に脳を震わせた。
フロストゲイルとまともに会話が通じた! 話せさえ出来れば、きっとどうにかなる!
あまりにも安直な発想であった。
「多分、どうして今自分の助けを嫌がったのか、とか思っているんだよね?」
「……! ああ」
「おまえが
フロストゲイルの猛攻。
氷の弾丸が
どうやら相性は良いらしい。ジェントルは内心安心したが、それにはまだ早い。
ジェントルが弾丸を跳ね返すのに指向性はなく。
今たまたまフロストゲイルが守っているバイトやラブラバがどうなるか、慢心は出来ない。
氷のドームは鎧と同じく、ただの氷ではない最強の防御。
氷の弾丸の素材もそれらと同じなら。
最強の防御と最強の防御がかち当たって、ドームの側が必ず勝つとは言えなかった。
霰が降り注ぐ。霰が止む。降り注ぐ、止む、降り注ぐ、止む。
フロストゲイルは飽きずにその攻撃を繰り返す。それ以外を知らないのかもしれないし、思いつかないのかもしれない。あるいは、単に1番楽なのかも。
ジェントルにとっては好都合だった。
手を上げる決めポーズ。
一見、彼のいつものカッコつけた動き。カメラに映らない今は無意味。だが現代の義賊に相応しい動きとして、ジェントルはこれに拘る。
頭上の空気に触れて、弾性を付与。空気のクッションが出来上がり、フロストゲイルの氷の弾丸を跳ね返す。
その行動はルーティン化しつつあり、動きのキレは無くなりつつあった。
無駄に大袈裟な動きはジェントルの体力を削った。尤もそれは微々たるもの。最大の要因は冷凍庫のように冷え切ったコンビニ内。耳が千切れそうで、涎や涙を流そうものなら即凍りかねない。そこにいるだけで体力を削る。
こんなに寒いとラブラバは震えているだろう。早く暖めてあげたい。
「…………その個性、何?」
「さあ! 何だろうな!?」
「そのポーズまでが、個性の発動条件?」
ジェントルが優っている点は体格と年齢、それと個性がバレていないところ。
体格が有利なのはフロストゲイルの氷の鎧でほぼ意味がなく。
年齢による経験値の差や発想の差は、戦闘経験の密度でフロストゲイルには劣る。
情報網を張り巡らせ共有するヒーローたちと違い、フロストゲイルはジェントルの個性を把握していない。
だから、個性の詳細がバレないよう、わざと非合理な動きで空気のクッションを作る。
──というわけではなく、ただのカッコつけにすぎない。
しかし、それは個性の発動条件の誤認へと繋がった。
そんな自分の幸運に気付くこともなく、ジェントルは最も愛しい女性を氷の檻の中から取り戻す機会を──フロストゲイルの隙を伺った。
◇◆◇
『氷結』×『シェルター』×『超器用』。
3つの個性を存分に使ったそれは、『シェルター』のどんな攻撃も通さない性質だけを氷に与える。
氷の鎧、氷の弾丸、氷のドーム。全てがやりたい放題に、物理的な破壊も炎で溶かすことも許さない。……オールマイトの攻撃以外は。
しかし今回、凍火は弾丸を溶けない氷にしなかった。
あの
防御力は凄いけど、『シェルター』には劣る。
謎のポーズを取らないといけないのも減点。
総合評価はあんまり。
凍火の降らせ続ける弾丸の雨が、幾千も降り注ぐ。
コンビニの床はすでに穴まみれ。食品とガラスが散乱し、ペットボトルの穴からいくつもの液体が流れていった。
そんな中で、ラブラバとバイトの少女のいる氷のドーム2つだけが、まるで別世界のように綺麗だ。
(
〈えっ、うん! あんなに小さい子を騙して、あのバイトのお姉さんを脅してお金を取ろうとする悪だよ!〉
凍火は意図して彩葉に聞いた。
期待通りの回答が欲しいから、望でも芽愛でもなく彩葉。
〈小さい子って言ってもー! 生前のわたくしや
これで10回目くらいだろうか?
凍火は再び、氷の弾丸を降らせた。
これで終わりにすべく、今度はきちんと溶けない氷で。
「ジェントリー……! リバウンド!」
〈ちょっと声掠れてきてますね。あらあら〉
〈……!〉
〈待て! あ、そういうことか!?〉
溶けない氷、壊れない氷。
それが跳ね返された動揺で、凍火の動きが少し鈍る。
幸い、『
氷の弾丸を吸収してくれたから、『氷甲』と弾丸、勝つのはどっちか? なんて心配はいらなかった。
〈あー……なるほど。俺はわかったけどなー、
〈……なるほど。ええ、わかりましたよ、弾丸で彼を破れない理由〉
〈なら言ってよ。凍火ちゃん分かってないよ多分〉
〈でもこういうのって後から言った方は『お前分かってないんじゃね?』みたいに思われちゃうだろ〉
〈むー……己のプライドを優先する悪!〉
(2人同時に言いなよ……)
凍火が呆れて言うと、2人ははっとした。
〈お前のせいで俺の最年長としての威厳が!〉
〈んなもの最初からありませんよ。ねー?〉
〈ねー〉(ねー)
〈あら可愛い。大体喧嘩売ってきたのはそっちです。はい、せーのっで言いますよ。せーの〉
細かな表現こそ違うが、2人の結論は同じ。
『シェルター』は攻撃を無効化する効果があり、それを付与した氷もまたそう。
裏返せば、攻撃以外は無効化出来ない。
〈あのお髭の方の跳ね返す個性は対象外ということです〉
〈ほら、俺と凍火ちゃんだけだった頃、誘拐されかけそうになったじゃねえか。あれと一緒〉
〈その話わたくし知りませんけど。早急に共有しておくべき話題では?〉
〈凍火ちゃん、大丈夫だった?〉
(うん、怪我してないし、ちょっと怖かっただけだよ)
なるほど。
つまりは拘束と同じで、跳ね返すという現象それ自体は攻撃ではないから遮断されないということか。
溶けない氷はどんな攻撃も通さない。
炎で溶かされることもなければ、撃ち返されることも、威力が減衰することもない。
オールマイトという唯一にして最大の例外を除けば。
ダメだ。あの光がトラウマになっている。凍火は思わず震えた。
……さすがに有名でもない野良
『毒』すら効くのを想像出来ないオールマイトに比べれば、確実な始末が出来る分可愛いものだ。
求めるのは確実な始末。
使うのは『毒』。
研究所の虐殺でも重宝した、吸った相手にけして生存を許さない個性。
凍火は気体の『毒』を広げた。
禍々しく、毒々しい紫色。『色塗り』で誤魔化すことも出来るけど、逃げ場のなさを強調出来るから紫のまま。
明らかに有害のガスが蔓延していればきっと、彼も逃げ出すはず。
〈──待って!〉
(どうしたの芽愛お姉さん)
〈氷のドームに閉じ込めたお二方は、大丈夫なのですか?〉
(毒は通さないから大丈夫だよ)
〈そうですか……良かったです〉
ジェントルは辺りに蔓延した紫の空気に狼狽える。
「ラブラバ!」
「ジェントル! 私のことなんて良いのよ! 自分のことに集中して!」
「は?」
氷のドームを触り、毒ガスを反発する壁にした。続けてハンカチで鼻と口を覆う。
あれにも個性を使い、毒ガスを跳ね返すようにしているのだろう。
だが、毛穴や眼球からも多少入るから、ここで粘り続ければ自然とジェントルは毒で死ぬ。
「……」
凍火は強く手を握りしめた。
痛みで頭を冷静に、と思ったけど。『氷甲』の
いてはならない。ヒーローならともかく、子どもを助ける大人の
あれ? でも、凍火を助けてくれたのはみんな
──なぜヒーローに助けられなかったの?
それは、
なぜヒーローが信用出来ないの?
それは、先生からお仕事を任された時に醜悪な人たちを見たから。
名誉を求めるばかりで、
──本当に?
いたでしょう。
凍火は自分を嘲笑う。
憎い光、オールマイト。
なら、なぜオールマイトの手を掴めなかったの?
……気持ち悪かったから。
なぜ?
〈凍火ちゃん! あいつが何か仕込んでる! 攻撃は受けねえが、ぼうっとしてる場合じゃない!〉
(……え? あっ、うん!)
望に言ってもらえて何とか気を取りなおす。
これ以上はダメ。考えてはいけない。
毒が効くのを待ち続ける。冗談じゃない。
あれは早いところ排除しないと!
どうしよう?
遠距離攻撃はダメだ。跳ね返される。
となると、近距離攻撃か。凍火は格闘が出来るわけでもない。近くに行って、氷のナイフでも作ってぶっ刺そうか。高濃度の液体の『毒』を直接浴びせて、肉をグズグズにしてやっても良いかも。
足。氷のブーツの裏側に、スケート靴のような刃物を作った。材質はもちろん氷。
ジェントルへ続く道を氷で舗装。後はただ滑るだけ。
〈かっこいい……! ねえっ、必殺技の名前付けよう!〉
〈ただの移動だぜ?〉
〈それでも欲しいの!〉
(……今度、溶けない氷とかの名前付けよっか)
〈やったぁ! ありがとう凍火ちゃん! 良いの考えるね!〉
凍火や彩葉たちの会話に、タイムロスはほとんどない。噛んでも言葉に詰まっても、多少の文字数の違いもだ。
なんたって、脳内で直接会話出来るのだから。
……それでなぜ噛むのかは、かなり疑問だけど。
とにかく、話し終わる頃にはもうジェントルの目前。
「え……」
「……はぁ、よし! 上手くいっ──ゴホンッ! 計画通りだ! ジェントリートランポリン! かーらーのー、ジェントリーリバウンド!」
凍火が次に踏み込むところに空気の膜。
足を取られて転げると、凍火は周囲を膜に覆われていた。
「ぐっ、……!」
弾性のある空気は、氷のナイフでも部分的に降らせた弾丸でも壊れない。どころか、跳ね返されてしまう。
「さあ! フロストゲイル。ここで観念して……私が強盗でないことを認めたまえ!」
「仮に、強盗じゃないにしても……
「ぐっ! それは……正当防衛、いや、過剰防衛か? しかし……。……待ってくれ、我々には対話が足りない!」
「あなたと話すことなんか……いや、いいよ。しよっか。ほら、何話したいの?」
「え!? なら──」
ジェントルは目を輝かせて何かを言おうとした。
声を出す前に後ろを振り向く。
仕込んでいた氷の弾丸に気付かれたか。
この後のことを考えると拘束されたのは痛いけど、でも一部の攻撃手段を封じられたくらいならいくらでもやりようがあった。
〈あの人の個性、わかりましたか?〉
(わかった!)
〈せーので行きましょうか。ふふっ、せーのっ〉
〈触れた物に弾性を付与する個性、です〉
(触った空気をぷよぷよにする個性!)
〈……? 芽愛センパイ、なんで急に男の人が出てきたの?〉
〈男性は関係ありませんが……〉
〈え、個性の使い手があの女の子って話か? なんでゲームが出てきた?〉
〈……。後でゆっくり説明しますね〉
(望お兄さんと彩葉お姉さんのばかー!)
凍火からしたら、どうして男の人やゲームが出てきたの? だ。
もしかして、ジェントルとの交戦中2人とも寝ていたのだろうか。そうかもしれない。そうだろう。
触った空気を柔らかい塊にする個性。ぷよぷよで、何でも跳ね返せる。
ここが狭いコンビニでさえなければ、固めた空気は足場にも出来ただろう。ヒーローでも数少ない、空中戦が出来る相手に本領発揮をさせなかった幸運に感謝。
空気の塊で凍火は拘束されているし、氷の弾丸は跳ね返された。ここまでを、望と彩葉も理解したらしい。
〈なら、風船割るみたいにいけないの? こう、中の空気がプシューって抜ける感じで〉
(いけないの! これ、すっごくぷよぷよだから、ナイフが入らないし、弾丸もダメ……)
〈もう少し弾力がなければわたくし好みの感触なんですけれどね〉
それくらい言われる前に試している。
凍火は彩葉の言葉に機嫌を悪くした。
〈あいつを気絶させれば、個性も解けるんじゃねえか?〉
〈となると、この空気の膜で防げない攻撃ですね〉
(ええと……前にエンデヴァーにやったみたいな……)
〈だと殺しちゃうだろ? あいつはエンデヴァーほど頑丈そうじゃねえぞ?〉
〈何のこと?〉
彩葉の問いに、凍火は単刀直入に行動で答える。
(こうするの!)
「……! ぐはっ……! これ、は、いったい……」
体の内部に氷柱を作り、外へ貫通。
ジェントルの腹と口から夥しいほどの血が流れた。
気絶させるには過剰。
でも、これで良い。
これ以上こいつと対峙していたら、凍火はどうにかなってしまう。
だから、一刻も早く──
「ジェントルー!! あなた、やめなさい! この卑怯者! 私たちをここから出して! ジェントル、死なないで!」
悲痛な叫び。
でも、凍火は彼女をジェントルに利用されている可哀想な子だと思っているから、特に心に響かない。
このコンビニの中。手当て出来る道具は消毒液と絆創膏程度。
あそこまでの大出血は処置出来ない。絆創膏や服で、いくら抑えても無意味だろう。
死ぬのを見届ければこれ以上の追撃は必要ないか。
凍火は拘束から逃れる方に意識を集中させた。
一応3章は凍火の精神回復回です。誰が何と言おうとそうです。
4話以降かなりジェントルの痛々しい描写が増えます。ご注意ください。