亡霊たちの████アカデミア 作:炭火カルビ
「ジェントル……お願いよ、あなたは私の人生の光なの……あなたを無くしたら生きていけないわ……!」
ラブラバはしくしくと泣いた。
氷のドームのおかげで、忌々しくも彼女だけは安全だ。
でも、愛する人が傷付けられる姿を見て、平気でいられるわけがない。
何度も氷のドームを叩いた手がジンジン痛む。右手に至っては青痣が出来ていた。
叩くのがダメなら掘ってやる。その試みは爪が傷付くだけで終わった。欠け、割れ、剥がれかけた爪は、ラブラバに痛みを常に与える。
でもこんな痛みなんか、無力感に比べればどうでも良かった。
それに、ジェントルが今感じている痛みに比べれば、こんなの針でチクっとした程度。騒ぐほどじゃない。
「ジェントル……お願い……!」
強い思いに呼応して、個性が発動する。
個性『愛』。
愛の深さに応じて、愛する者の身体能力を上げる個性。
ラブラバ本人もジェントルも、そういう個性くらいの認識で、使ったことはほとんどない。
普通の学生生活では使わない個性。ジェントルと共にいるようになってからも、彼の実力でそこらのヒーローから逃げおおせるから使ったことがない。
もちろん、個性の詳細について知るに至る出来事はある。
幼稚園の時、好きな男の子に個性を使ってしまった。運動会のリレーの練習中だった。
男の子はそれを本来の実力と思って調子に乗ってしまい、個性の使われていない本番ではこっ酷く負けた。
後になっても、『あれは私の個性だったの』と言い出せず、男の子がその件で幼稚園卒業までバカにされるところを見ているしかなかった。人生2番目、いや、3番目に苦い思い出。
だから、ラブラバはこれまで個性を使うのに躊躇していた。
ジェントルもそれを汲んで、使えと言うことはなかった。
ジェントルが高潔な人だと、ラブラバは知っている。
力をひけらかすこと──はちょっとあるかもしれないけど、あの男の子のように自分の力と勘違いすることも、かつて告白した子のようにラブラバを笑うこともない。ラブラバを強化パーツとして利用するなんてことも、ありえない。
ならば、躊躇う理由は1つもなかった。
祈っているだけではいけない。
神様なんかにジェントルの命運は託さない。
◇◆◇
体中を漲る力を感じた。
でも、今の自分では。ジェントルは呆然と立ち尽くす。目が霞む。体が寒さで震える。活力が湧いて来ようとも、それらの事実は変わらない。
「ジェントル! 前に話した私の個性よ! お願い、私と一緒に、明日もティータイムを楽しみましょう!」
「……ラブラバ。だが……」
遠くなった耳でも、愛しい少女の声ははっきり聞き取れた。
日常。ティータイムを明日も楽しむ自分たちの姿が、ジェントルには想像できない。
出血で赤い水溜まりが出来た。いっそ笑ってしまいたくなるほどの量だ。
まともに受けていないヒーロー科の授業を思い出さなくてもわかる。命にかかわる量。
凍てつく空気がジェントルの体力を削る。
もういい。
「あなたがいないと、私は幸せになれないの! フロストゲイル! あなたがこの人を殺したら、私はすぐ舌を噛み切って死んでやるわ!」
「…………」
フロストゲイルは困った様子だ。
ジェントルは考える。ラブラバを置いて死ねない。彼女は幸せになるべき少女だ。
そして、フロストゲイルを置いても死ねない。ここでジェントルが死ねば、彼女は殺人者になる。
すでにフロストゲイルが人を殺したことがあるだなんて関係ない。罪は1つでも少ない方が良い。
ああ、そうだ。
自分はなぜ偉大な人間になって、歴史に名を刻もうと考え始めたのだろう。
唐突に思考が変わる。冷たい、真ん中からかち割れそうに冷えた頭が、オーバーヒート寸前に思考を回す。
きっと、高校受験で今の頭の回転があれば、遥かに良い学校に入れただろう。
『ヒーローになって教科書に名を刻む偉大な男になる』。
これはいつからだったか?
高校に入った時だ。教科書を買い、春休みの暇つぶしに読んだ。理系科目は苦手だから、楽しく読めたのは文系科目。特に目をひいたのは、近代歴史のコラム。
途中途中にあるコラムの内容は、ほぼ全てがオールマイト。本文だって、事件や事故、災害で彼が大勢の人を救ったことを取り上げては、客観的な文でも分かるほど褒め称えていた。
自分もこうなりたい。そう思わせるには十分な魔力。
思えば、有名になりたいという思いはずっと昔からあった気がする。中学生や小学生の頃には。
その前……その前は何だったか。
ただ単純に、ヒーローになりたいだった。
名誉が欲しいから? 違う。
ただ、誰かを救う姿に憧れたから。
ジェントルは元来、誰かを助けようと思考より早く行動に移せる人間だ。
それで人助けのはずが犯罪になり、高校は中退したし、家庭は崩壊したし、少年院行きにもなった。
脳に染み付くほどの後悔と、まともな道を歩く同級生への嫉妬。
でもそれは、今、誰かを救うために動くのを躊躇う理由にならなかった。
救いたいのはこちらを攻撃して来る、致命傷一直線の負傷を与えた子ども。我ながらおかしい話だが、憎しみも怒りもフロストゲイルへは沸かない。
強いて言うなら、彼女をこうした周りの大人たちを叱りたい。まあジェントルだって、子どもに胸を張れる立派な大人ではないのだが。
前科もある。後遺症が残るであろう怪我もしている。何より年齢がネックだ。
今更職業ヒーローにはなれずとも、たった1人の子どもを救うことくらいならきっと、今のジェントルになら出来る。
何より、聡明で愛らしいラブラバが全てを捧げる相手なのだ。そのジェントルが成さなければ、愛しい彼女の見る目がないことになってしまうじゃないか。
ジェントルは覚悟を決めた。
最後のその瞬間まで、戦い続ける。幸い、彼の個性ならフロストゲイルを拘束することは十分出来る。
……氷で破られるかもしれないことは、今は考えないでおく。
フロストゲイルを救う。
押し付けでも構わない。これで死ぬのは──正直嫌ってどころじゃないし、のたうち回って泣き叫びたいくらいには怖いが、ラブラバが一生自分を覚えて──いや、もしジェントルが死んだなら、早くこんなおじさんを忘れて幸せになってほしい。
今度は高校生の頃のような失敗はしない。
何たって、
「何か変わった……?」
「変わったのなら……それは私の心だな!」
血で固まった衣服を、傷口からペリペリ剥がす。肉まで持っていかれるかのような苦痛に、思わず顔を顰めた。
夏場。体育終わりの学生がするように、服の下に空気を通す。
氷柱で内側から開けられた穴から、空気が染みて痛い。ジェントルの額に脂汗が浮かぶ。
……
ジェントルは指を傷口に突っ込んだ。痛い。熱く、苦しく、全ての感触が不快。
自傷行為が目的ではない。体内の空気に触り、弾性を付与することで、フロストゲイルの氷柱による体内への攻撃を防ぐこと。それが目的。
やはりそう上手くはいかない。元より解除のタイミングすら自分の意思で決められない個性。
腹が猛烈に張り、体内から押される圧迫感で苦痛が増す。傷口への刺激で、水鉄砲のように血が吹いた。
服に弾性を付与する。
傷口に押し付けて、血で無理やりくっつけた。少しは血が出にくくなったはずだし、傷口への衝撃も和らぐはず。
「
相棒の声はやけにくぐもっていた。
ドーム越しに見ると、氷で猿轡のようなものが付けられている。ラブラバへの狼藉に怒りが沸くが、これを向けるべきは暴力を振るうのに抵抗ない環境に置いた、フロストゲイルの周りの大人であるべきだ。
「……お腹、一体何したの……?」
「さあ、何だろうな!?」
声を張り上げるのも限界だった。
固まった空気に阻まれ、氷柱はジェントルの体を貫通しないで済んでいる。
だが、それだけ。
腸でも子宮でもないそこには、余剰な物質を受け入れる余裕はない。体内から押し広げられる苦痛が増しただけ。歪に氷柱型に膨れ上がったシルエットは、実に無様だ。
「フロストゲイル! これで君の攻撃は無意味だ! 私と話をしよう!」
「…………やだって言ったら?」
「それまで私はここを動かないし、君への拘束も解かない。そうだな……2人でお縄につくか!」
「…………ハァ、何がしたいの」
「話がしたい!」
「強くて可哀想な子どもの
「君という1人の小さな女の子と!」
声を張り上げるごとに苦しさは増す。
でも、
店内の冷気が収まり、ラブラバとバイトを閉じ込める氷のドームが消えた。
「……っ、ラブラバ!」
「ジェントル! こんな、酷い……ごめんなさい、私、全く助けになれなかった」
「いや、君の『愛』があるから、君がいるからこそ、私は生きていられるんだ」
ラブラバに駆け寄ること。彼女を抱きしめること。
それだけの行為が出来るのが、酷く尊く思える。
「ねえ」
ラブラバよりも幼い声。
振り向くと、まだ小学校に通っているかも怪しい少女がいた。
肩まで伸びた
氷の鎧を解いたフロストゲイルをジェントルは初めて見る。
あまりにも細く、華奢な体。全身で何かを必死に隠すような表情。
それを見て、純粋に痛ましいと。
助けてあげたいと感じた。
そんなジェントルを裏切るように、フロストゲイルは悪寒を纏った声で告げる。
「悪いけど──あなたは他の
おかしな形の氷の輪っか。違う。高速回転する氷柱。
その先端はジェントルとラブラバを囲むように。一切の隙間もなく、夥しさと悍ましさを感じるほど、執念的に構えられていた。
◇◆◇
気持ち悪い。胸の辺りがムズムズする。痒い。眩しい。
たっぷりの不快感の中、
分厚く貼り重ねた大人への“悪”のレッテルは、交戦するうちに剥がれつつあったから。
最初、子どもを利用する大人と思っていたジェントル。どこからどう見ても劣勢なのに、子どもを見捨てはしない。
もしかしたら相当強く、珍しい個性なのかも。
もしかしたらとっても利用価値のある子なのかも。
──もしかしたら、ただ純粋にあの子が大事なだけなのかも。
目を逸らしたい。眺めていたい。
耳を塞ぎたい。声を聞きたい。
早く忘れたい。ずっと覚えておきたい。
頭がおかしくなりそうだった。
子どもは守らないといけないのに、どうしてラブラバまでも殺そうとしているのか、凍火にだってわからない。
嫉妬かもしれない。わたしにはそんなに思ってくれる人はいない。
違う。お姉ちゃんがいる。お兄ちゃんも。
──果たして、
違う。
先生や
彼らの特別は
……
所詮、凍火は大勢いる
(
〈凍火ちゃん、あんまり思い出さなくて良い〉
凍火を姉として慕い、そして凍火も、彼女を妹だと愛した。
誰かにとっての唯一にはなれていたのに、凍火はそれをとっくに失った。
今すぐに膝から崩れ落ちたくなる気持ちを無理やり奮い立たせる。
大丈夫。先生に従っていれば、まだやり直せる。そうじゃないといけない。
大人は先生たちみたいな例外を除いて悪人なのに。こんな何の肩書きもないおかしな人が、その例外であって良いはずないのに。どうして、どうして。
どうして、無責任な
〈多分彼の動きが途中から良くなったの、それがあの合法ロリ巨乳ちゃんの個性でしょうね〉
〈人にキモいあだ名付けるなよ……〉
〈ねえねえセンパイっ、ロリってなぁに?〉
〈…………彩葉ちゃんや……凍火ちゃんみたいな子……〉
(ちっちゃい女の子だね! じゃあ、凍火もロリ? が好きってこと?)
〈……………………。………………そうだなっ〉
望の返事に凄く時間がかかった。〈凍火ちゃんには汚い言葉を覚えさせちゃいけねえのに……〉と嘆いている。
能天気、毎日暇そうで羨ましいことだ。
八つ当たり。わかってる。
ラブラバをお姫様抱っこするジェントルは、まるで父親にも良き恋人にも見えた。
ああ、ほら。また凍火の得られなかったものを見せつけてくる。
「ジェントリー……サンドイッチ!!!」
「はわわ……、凄いわジェントル! 私、生まれてから1番ときめいちゃった!」
右手と左手。空気に触れ、出来たのは2つの見えざる膜。
周囲を隙間なく囲む氷柱には、残念だが足りていない。
「見ろ! フロストゲイル!」
「これが私たちの愛の力!」
「将来、歴史に名を刻む男の──君を助けるヒーローの、勇姿を!」
ジェントルが構えた手のところではない箇所で、氷柱がなぜか跳ね返る。跳ね返った氷柱が、他の物の軌道を変え、全てジェントルたちに当たらない。
この戦いの中で、弾性を付与した空気の塊。それらが消されずに残っていた。
凍火は気にしていなかった──というより、役目を終えたら削除していると思い込んでいた。
よく目を凝らせば薄く霜らしきものが張っているのはわかったのに。
「ここまで……計算して……!」
〈わたくしにも及ぶ計算能力です!〉
〈それ高いの? 低いの?〉
「あ、あわわ……いや、別に、そういう訳では、」
「どこから計画通りだったの? わたしを、誰の指示で捕まえようとしてるの?」
フロストゲイルに対するメタ張り。
氷も『毒』も通用しない。凍火の持つ二強の個性がだ。
狭い店内はジェントル自身の機動力を削ぐけれど、空中からの一方攻撃という一手を塞がれたのは凍火も。
さらに、子どもの協力者。
「何だか凄い勘違いをされていないかね?」
「ジェントル! もちろん私は計算じゃないの分かっているわよ」
「ラブラバ……!」
「あれは──ジェントルの天運よ! 神様がついにあなたを見つけたのよ。ここまで時間がかかりすぎていたから、やっと目が見えるようになったのかも」
「ラブラバ?」
凍火は悲しくなった。
正しいことをする綺麗な人は、こうやって何かが守ってくれるのなら。
間違ったことをする汚い人は、世界から不幸を望まれているとでも言うの?
──望お兄さんたち、凪、そして、冬美お姉ちゃんたち、
凍火はこれまで出会った不幸な子どもを思い出した。みんな凍火と違う。悪いことなんて1つもしていない。
あるいは、不幸な人はみんな、何か間違ったことをしたから?
ならどうして、クラスのいじめっ子は毎日あんなに楽しそうなの?
放心状態の彼女を、巨大な空気の膜が圧し潰す。
「失礼! 拘束させてもらうよ」
「…………ねえ、」
「うん? すまない、何か言ったかね?」
「……何も。あなたの聞き違いだよ」
わたしたちはどうしたら幸せになれるの?
答えのない意地悪な問いを投げかけてやろうとして、やめた。何だかあんまりにも凍火は惨めだ。
両手は空気の膜の下。自由に動かせない。
両足はバタバタするくらいは出来る。後ろに来たジェントルたちを、蹴るくらいの余裕はある。
前と同じ方法で塞がれるかもしれないけど、『毒』や『氷結』の個性攻撃を試す価値はまだある。
〈殺したいなら『温度操作』が最適じゃねえか? ほら、オールマイトにしたみてえにさ〉
〈何てこと言うんですか望さん!?〉
〈個性差別は悪ー……!〉
男の低い怒鳴り声がする。
まだ高い声の男の子が何かを喚く。
女の子と、女の人の悲鳴。
炎が凍火を焼き尽くす。炎が凍火を削る。炎が凍火を溶かして減らし、炎が凍火を否定する。
思い出してはいけないパンドラの箱。
『温度操作』を他人を傷つけるために使ったあの記憶が、望のせいで浮かび上がる。
全身に力が入らなくなった。唾を飲み込むことすら怠い。仮に拘束がなくてもきっと、凍火はもう動けなかったのだろう。
「私たちは誰からの指示でも動いていない! だが、1つ要求がある!」
「何?」
「さっきから言っている通りさ! 話をしよう!」
「何の?」
「何でも!」
凍火は怪訝な顔を隠しもしない。
眉間に皺を寄せ、今にも舌打ちしそうな雰囲気で、露骨に不機嫌な声。
そのどれにも気を損ねた様子なく、ジェントルはしゃがみ──というか寝そべって、凍火と目線を合わせた。
ジェントルの言葉に心が揺らいだ。とっくのとうにガッタガタに揺らぎまくっていた天秤が、決定的に傾いた。
凍火はそんな自分に驚いて、同時に恥じた。
ただ話がしたい、だなんて。
実の親にすら言われたことがないのに。
いや、そう言ってくれた人はただ1人だけいた。
たくさん話そうと言ってくれた、娘にならないかと言ってくれた彼とは、凍火がオール・フォー・ワンの元に下ったからもう一緒に居られない。
彼とジェントルを同一視するのすら不快で、心地よい。
〈……ヒーローたちが来るまでの時間稼ぎか?〉
〈え? でもあの人たち携帯触ったりしてなかったよ?〉
〈あのお二人と、ついでにバイトさんが通報していなくても、外から誰かがするでしょう。店全部凍りついているんですから〉
望は変なことを心配しているけど、それはないと凍火にな言える。
あくまで本能的に感じただけだから、わざわざ彼らには言わないけど。
でも、芽愛の言ったように誰かが通報したとしたら。
このコンビニにはふらっと入った。フェアの抹茶スイーツを買うのだと話した覚えもない。
オールマイトの時は、先生から頼まれた仕事。向こうも凍火がどこにいるという目算はついていただろう。
今、拘束された状態でヒーローが来て、捕まったら。果たしてまた黒霧さんは助けてくれるのだろうか?
特に有名なヒーローでも
……凪を取り戻す個性を先生が得たとして、優先順位を下げられないか?
凍火の大切は、もしかしたら2度と──。
「ぅ、あ、ぁ……!」
「泣っ……!? ラブラバ、ティッシュを!」
「任せて! そうだわジェントル、戦いも終わったもの。ティータイムにしましょう? こんなのしかないけど」
どこにでも売っているペットボトルの紅茶を指さして、ラブラバは言う。
「ここ、紙コップもあるわね。ティッシュと、紙コップと、とりあえず紅茶全部……一本ずつは無事なのがあって良かった。それに、ないよりはマシよね」
買い物カゴいっぱいに入れて、ラブラバはよたよた歩きで戻ってくる。転ばないか心配だ。
「フロストゲイル、ミルクティーとレモンティーどっちが良い? あ、アップルティーやハーブティーもある」
「1番、美味しいやつ」
「私のおすすめはレモンティー! このブランドのミルクティーは嫌に喉に絡む感じがして後味が悪い」
「ジェントル、ペットボトルの紅茶なんて飲んでたっけ?」
「ちょっと昔に……」
「ジェントル……せめてこれも飲んでちょうだい。焼け石に水だけど……」
ジェントルは鉄分のドリンクをラブラバから受け取っていた。
渡されたレモンティーを飲む。普通においしい。オール・フォー・ワンと飲む紅茶より甘ったるくて下品な味だけど、何だか違う美味しさがある。
ラブラバは商品のスウェットを何の躊躇いもなく開ける。文房具コーナーから持ってきたらしい新品のハサミで、布地を切り始めた。
「ら、ラブラバ? 何を……?」
「このお店、包帯とかはないけど、清潔な布だから問題ないはず。やらないよりはきっとマシよ!」
細長い布に生まれ変わったスウェットを使い、ラブラバはジェントルの怪我の処置をした。
消毒液をかけられるたびに、ジェントルがめちゃくちゃに顔を歪める。
「ラブラバ……その手は……」
「脱出のために頑張ってたらこうなっちゃった。絆創膏巻いとくわ」
「だが、痛いだろう……!?」
「あなたの方が痛いでしょう!? もう、私のことなんて気にしないで!」
手の青あざと剥がれかけた爪に乱暴な処置をして、ラブラバはジェントルの手当てに戻った。
「っ……くぅっ、ありがとうラブラバ」
「どういたしまして! ……やっぱり痛いのよね? 大丈夫?」
「君の手当のおかげで……痛みは引いたよ。それより、せっかくの、ティータイムだ。フロストゲイルに、お茶を飲ませてあげてほしい」
「……あんな子に? あなたを傷つけた相手なのよ?」
「君が用意した……美味しい紅茶を、飲ませてあげて、ゆっくり話でもすれば、きっと分かり合えるはずさ。……後腕上げるのがきついから、私にも頼む」
「ええ! もちろん!」
ジェントルはさっきまでより途切れ途切れの口調だ。
手当てされて気が緩んだ結果、疲労がずっしり来たのだろう。
ラブラバはトテトテ歩いて、凍火の方に来る。
その目の中には、酷く軽蔑らしきものを宿していた。マズい。殺される。レモンティーで溺死する。
「はい、口開けて。もうちょっと上向ける?」
「……ん」
「お利口さんね!」
蓋を開けるのに軽く苦労した後、凍火の口に突っ込む。
さっき伺えた感情とは真逆に、凍火の咽せにくい、飲みやすい角度を探してくれた。
「もういらないってなったら、手を──あ、ここからじゃ見えないわね……目をぎゅっと閉じて頂戴」
「ん」
美味しいけどもうお腹がたぷたぷ。目を閉じる。
意地悪することなく、ラブラバはペットボトルを回収した。いっそ不気味なほど大人しい。
「……何が、話したいの?」
「そう、だな……、まずは自己紹介から」
よく通るジェントルの声が、何だか掠れて聞き取りづらい。
止血するまでの出血量が危なかったのかも。救急車を呼ぶべき?
「私の名は、ジェントル・クリミナル! ……ごほんごほっ、世界に、名を、刻む男!」
「私はラブラバ! 彼の偉業の手助けをする女よ!」
「そう。……わたしはフロストゲイル」
本名は聞かれなかった。
彼らも名乗らないから答える義理はない。少し気が楽だ。
サブタイトル『飛田弾柔郎:オリジン』と迷いました。
さすがに『轟凍火:オリジン』より前はなぁと思い没。
拘束系個性には凍火は弱いです。峰田や瀬呂が天敵。
多分本編中では接触しませんが、凍火を触った場合、物間の『コピー』の判定がどうなるのか迷ってます。
仮に11個全部コピーされたらヤバい。『超器用』は他の個性の熟練度を無条件で引き上げるみたいな設定もあるのでなおさらヤバいです。