亡霊たちの████アカデミア   作:炭火カルビ

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約9000字。少し長めです。




6.ターニングポイント

 

 凍火(とうか)は小学校にいた。何も特別な目的はない。普通に授業を受けるだけ。

 普通じゃないのは周りの雰囲気。割れ物を扱うようなそれ。

 

 『大人はみんな悪人じゃないし、子どもはみんな善人じゃないもの』。

 ラブラバの言葉が、脳みそに接着剤でつけたみたいに離れてくれない。

 

 前の席にいるのは『空気砲』のいじめっ子。

 子ども(凍火)をいじめる子ども。まごうことない悪。

 

 思い出すのは今まで凍火を助けようとしてくれた大人。

 久遠(くおん)。オールマイト。ジェントル。

 

 そして、実際に助けてくれた大人。

 ──オール・フォー・ワン。

 

 おかしい。

 “助けようとした”より“助けてくれた”の方が偉いはずなのに、オール・フォー・ワンは1人だけ彼らと違う気がする。

 こちらを見る目。話す声。何か、何か言い表せないものが違う。

 違うダメだ考えるな。あの人は凍火に美味しいお菓子や“仕事”の報酬を惜しみなくくれて色んな話を教えてくれてけして綺麗ではないこの世界の真実の姿を教えてくれた。誰よりも優しい人だ。

 だって、そうじゃないと、(なぎ)は──。

 

 考えている内に全ての授業が終わった。

 どの問題も、国語の音読も、凍火だけは当てられることがない。

 

 ストレスによる一時的な発声障害。

 凍火に付いた病名はそれ。姉兄(両親)と焦凍くんはあの家にあるストレスをよく知っているから、悲しそうにしても騒ぎ立てることはない。

 家のことをよく知らない学校の先生は「困ったことがあったら言ってね」と、ジェントルと違って全く頼れないありがたい言葉をくれた。

 

 声が出せないついでに、物も上手く飲み込めない。

 咳やくしゃみも上手く出来ない。

 

 〈偽物……! 悪者の家……!〉

 〈あー、彩葉(いろは)ちゃん。あんまり人の家にそう言うのやめような?〉

 (わたしは別にいいよ)

 

 家の敷地に入ると、飽きもせず訓練の音。

 炎の音。凍火はこれが大嫌い。

 逃げるみたいに庭を駆けて、家の中に入った。

 

 凍火のストレスが明らかにこれなのは分かるはずなのに、エンデヴァーは直視しない。ムカつく。

 まあ、実際にはストレスが原因で声が出ないわけじゃないんだけど。

 

 宿題を終わらせて、布団を被ってネットサーフィンをする。

 

 〈目が悪くなるよ〉

 (大丈夫だよ)

 〈もう〉

 

 凍火は彩葉の心配を無視した。

 

 通知がメッセージの受信を知らせる。

 

 『ラブラバよ!』

 『今日のジェントル!』

 

 ラブラバとジェントルの後ろ姿の写真が送られた。

 この前彼女からプレゼントされた、やけに眼力の鋭い猫のスタンプで返事する。

 

 『偉い人があなたとの交戦でジェントルを見初めてくれたの! 本当はもっと早く、もっと大勢がそうするべきだけど、見る目があるのは確かよね』

 『それで、社会人向けヒーロー学校への裏口入学(って言うと言い方悪いかしら?)をおすすめされたのだけど、高潔なジェントルは断ったわ! まずは自分の力でチャレンジしたいのですって! 素敵よ!』

 『入試に向けて猛勉強中! カッコいいジェントル!』

 

 古典的な『絶対合格』と書かれた鉢巻を巻いたジェントルの写真だ。目にぼかしを入れてある。

 横には集中のためだろうか? 馬鹿みたいな量の紅茶。

 

 『わたしが、憎くないの?』

 

 凍火が聞くと、ラブラバはカラッと返した。

 

 『もちろん憎いわ。私の大好きな人をあんなに痛め付けたんだもの。当然でしょ?』

 『でも、他ならぬジェントルがあなたを許して、助けたいと思っているなら、それは私があなたを虐める理由にはならない』

 『せいぜいジェントルの華々しいヒーロー街道を見て、自分が捕まる日が近付くのにブルブル怯えてなさい!』

 

 子どもを守り、大人を殺す。

 子どもを私利私欲で害し、見殺しにした。

 久遠(くおん)、オール・フォー・ワン、黒霧(くろきり)、ジェントル。凍火を絆す大人はたくさんいて、それを快く感じた以上、すでに大人全体への憎しみも失せつつある。

 

 ──そもそも、凍火のこの信念はいつ生まれたんだっけ?

 『実験』より前から、大人は子どもを虐めるものだから、子どもを守らないといけないという意識があった。どうしてだろう?

 

 覚えていないことを思い出そうとしてもどうにもならない。

 凍火はすぱっと諦めた。

 

 〈あんなことがあったんだから、大人を憎むのも不思議じゃなくないか?〉

 〈しかも凍火ちゃんのお父さんは偽物だからね……〉

 〈脇も臭いですからね。前『氷分身』ですれ違った時、わたくし、息止めてました〉

 (凍火もよくそうする)

 〈可哀想だな……〉

 

 外部記憶装置(望たち)も心当たりがなさそう。

 

 『うん、あの人がヒーローになるの、楽しみにしてる』

 

 凍火はメッセージを送った。

 彼以外のヒーローに捕まってしまったら、いっそ死ぬのも良いかもしれない。凪の元に行く理由が出来る。

 微笑んで、凍火は会話のキャッチボールをラブラバと楽しんだ。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 声が出なくなって、いじめっ子に目立つ絡み方をされることはなくなった。

 焦凍(しょうと)くんやクラスの子が必死に庇ってくれる。

 でも、焦凍くん以外にありがたいとかは思わない。

 

 こうなる前からお兄ちゃんは凍火を助けてくれた。ヒーローを夢見る資格があるのは彼だけだ。

 それに、他の子と違ってお兄ちゃんは、凍火を助ける自分に酔っている風でもない。

 

 〈……お兄ちゃん? 名前で呼んでなかったっけ?〉

 (筆談だと簡単な語彙しか使えないから、心が引っ張られちゃった)

 

 「凍火ちゃん、次音楽の授業だけど大丈夫?」

 

 焦凍の問いに、凍火は首肯した。

 音楽の授業で歌の時間はずっと暇だ。焦凍はそれを気にしてくれているらしい。

 

 「苦しかったら保健室行こうね。僕も着いてくから」

 

 凍火は首を横に振った。大丈夫だ。

 ちょっと素っ気なかったかも。でも、あんまり筆談にノートを使いすぎたくない。幸い、焦凍は機嫌を損ねた様子なく、凍火の荷物も持って音楽室までの道を歩いてくれた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 今日はエンデヴァーの帰りが早いかもしれない。

 “かもしれない”でも、凍火たち兄妹にとっては一大事。何せ、お話して帰りが遅くなりました、を許してくれる相手ではない。まあ凍火は話せないけど。

 

 別に凍火は炎も効かないし、殴られようが『冷気装甲』のおかげで無傷に出来る。普段の生活では不自然だから使わないだけで。

 でもそんなこと知らない焦凍は、妹にまで父が危害を加えないよう、過剰なくらい急いで走って帰って行った。

 

 凍火も早歩きで帰る。通学路の半分くらいまで来たところだった。

 

 ランドセルを引っ張られてつんのめる。

 肩紐が食い込んで少し痛い。「きゃっ」という声すら出なかった。

 

 『火弾』の男の子と『空気砲』の男の子。

 パチパチと火花を指先で散らし、ポンポンと空気砲を鳴らす。

 

 「今日はウザい兄貴いねえから、ゆっくり出来るな」

 「俺の母ちゃん言ってたぞ! お前ん()のお母さんはおかしいから病院にいるって。お前もおかしいから声出なくなったんだろ!」

 

 〈『空気砲』くん、悪だね。殺す?〉

 〈彩葉(いろは)ちゃん!〉

 

 「声が出ないお前が、(ヴィラン)にソーグーしたら行けないと思って一緒に帰ってやってんだから感謝しろよ」

 

 頼んでない。

 

 他にも、

 

 「エンデヴァー、今年のカミハンキ? の(ヴィラン)っぽいヒーローランキング8位だって!」

 

 だの、

 

 「お前の兄貴も火傷怖いから(ヴィラン)っぽい」

 

 だの! あれはあの女()のせいで、お兄ちゃんに責任はないのに!

 返事も出来ない凍火の何が面白いのか、彼らは聞き飽きたからかいを続けた。

 

 〈しゅくせー対象だ! 凍火ちゃん、殺そっ!〉

 〈そ、そんな良い笑顔で言っていいことではありませんが……〉

 (……相手は子どもだから)

 〈子どもでも悪い子はいるって、ラブラバお姉さんも言ってたでしょ〉

 (……クラスから死んだ子出て、あの人から焦凍くんへの監視が強くなると可哀想だから)

 〈あっ……! なら、殺さなかったら良いんだよね?〉

 

 以前なら〈いじめは悪! でもやり返すのも悪!〉とか言っただろうになあ。

 凍火は彼女の変容を少し怖く感じた。いずれ、自分もああなるのだろうか。

 

 〈『思考誘導』使おうよ! (あかり)クンの!〉

 (もう使ったの)

 〈はにゃ?〉

 〈使って、これですか? オールマイトレベルに意思が強いと?〉

 〈キモ〉〈怖いぃ……〉

 

 『思考誘導』。

 その人の選択肢にあるのなら、どんな行動も取らせることの出来る個性。

 裏返せば、その人の発想自体にないのならさせたい行動を取らせることを出来ない。

 

 オールマイトには凍火──フロストゲイルを助けないという選択肢がなかった。

 このいじめっ子たち、特に『火弾』の方には、凍火をいじめないという選択肢がない。

 

 どちらにしても気持ち悪いし怖いし気色悪い。

 

 「おい、聞いてんのかよ!」

 

 ぶちぃっ。

 髪がいくつか、音を立てて抜けた。毛根から持ってかれたと思う。ヒリヒリする。

 

 今日は何だか、いつもよりスキンシップ──というほど可愛くないけど──が多くて鬱陶しい。

 

 「……!」

 「なんだこれ!?」

 「(ヴィラン)か!? てめえ、仲間呼んだのか!?」

 

 黒いモヤが現れた。髪の毛がまた引っ張られて痛い。

 いじめっ子は不安そうだけど、凍火の心は逆に安らぐ。

 

 見慣れたモヤ。入り慣れたモヤ。黒霧さんの体。

 まるで親を見つけた迷子のように、凍火の顔に笑みが浮かんだ。

 

 「…………」

 「お前、何見てんの? ……こいつ、何笑って」

 

 『火弾』の子の視線も、『空気砲』の訝しそうな声も関係ない。

 

 「ふぅん、そいつらが俺のお姉ちゃん虐めてるやつか。……姉貴、何だその顔。言いたいことあるから言えよ」

 「どうぞ。こちらに書いてください」

 『お姉ちゃんって呼んでくれた! 嬉しい!』

 

 黒霧から渡されたメモに書くと、(とむら)は嫌そうに首筋を掻いた。

 

 『ワープゲート』から出てきたのは血色の悪い手、毛量の多い癖毛の水色髪、“手”で隠れた顔から覗くギョロリとした目。

 見間違えるわけもなく、弔だ。凍火はテンションを上げて彼に抱きついた。偉い。褒めてあげなくっちゃ。

 

 「……ひっ! な、なんで……」

 「ぇ、まさか、本当に(ヴィラン)……」

 

 全身に付いた手と不気味なくらい痩せた体、おまけに不恰好な猫背の弔。

 夜を固めたみたいな黒いモヤモヤの黒霧。

 

 2人を見て、腰を抜かしたいじめっ子たちは失礼にもこう言った。事実だけど。

 

 「なあお姉ちゃん」

 『お姉ちゃんって呼べて偉いね! ごほうびに何でもしてあげるよ!』

 「凍火! 何言ってんだ、逃げろ!」

 

 『火弾』が馴れ馴れしく言った。

 逃げる必要はない。こいつに名前を呼ばれたくもない。

 

 凍火は『氷結』を使い、彼と、ついでに『空気砲』の足を凍らす。

 

 「あいつらがさ、よくお姉ちゃんが愚痴ってる奴ら?」

 〈コイツ意図して姉貴からお姉ちゃんに使い分けてんな〉

 〈え、待ってください、まさか……〉

 〈芽愛(めあ)センパイ、どうせしゅくせー対象だから良くない?〉

 

 凍火は首肯した。

 

 「ふぅん」

 

 弔はにったりと口角を上げる。

 

 「じゃあさ、こいつら壊しても良いよな?」

 〈全力で断るべきです! さすがに罪と罰が釣り合ってなさすぎる……〉

 「お姉ちゃん。あ、お前、“お姉さま”って呼べとか言ってきたこともあったよな。お姉さま?」

 

 凍火はしばし思考を停止させた。

 

 ──『提案。彼らを壊しましょう、お姉さま』

 

 あの子の声が弔に重なる。

 

 『もちろん!』

 

 凪からの提案を、凍火が断る理由はない。

 最期の約束すら守れなかったのだから。この程度のことで埋め合わせになるのならいくらでも。

  

 「だってよ。余計なちょっかいかけなきゃ良かったのになぁ!」

 「ひ、ま、待って……俺、何もして、な、」

 「ははは! 教えてやるからよーく聞け。何にもしなくても(ヴィラン)は襲ってくるものなんだよ」

 

 弔の哄笑の後、彼の手が『空気砲』に突き出される。

 

 「うわあああ!!!」

 

 『空気砲』の指が弔に向けられた。

 大事な妹に──あれ、弟だったか? とにかく大事な子に向けられたそれを、凍火は見逃さない。手を凍らせて、唯一の攻撃手段をダメにする。ついでに『火弾』の手もそうした。

 

 「ありがとな、お姉ちゃん」

 『弔がお礼!?』

 「お前もぶっ壊すぞ。──あ、そうだ」

 

 弔は手を引っ込める。

 彼の個性を知らないはずだけど、何か悪いことが起きるのだけは分かるのだろう。『空気砲』は安堵した様子で異臭を放った。

 

 (臭い、よね?)

 〈お股濡れてるよ! 汚いんだー〉

 〈……。さすがに、あんな小さい子には〉

 〈別にあいつらどうなっても良いだろ。お前も良く思ってなかったし〉

 〈……〉

 

 彩葉がきゃっきゃっと笑った。

 弔はそれには言及せず、ただ聞きたいことだけを聞く。

 

 「なんでこいつのこと虐めてんの?」

 『? どうしてそんなこと聞くの?』

 「壊したら聞けないだろ。それくらいはわかる。お前がまた同じ理由で虐められたら可哀想っていう、俺の思いやりだよ」

 『弔に思いやり?』

 「死柄木(しがらき)弔に……?」

 「……」

 

 これまで無言を貫いていたものの、思わずといった様子で黒霧まで呟く。

 弔は心底不愉快そうに首筋を掻いた。

 

 「こ、こいつが! こいつが虐め始めたから、だからおれもやろうと思って!」

 「ふーん。そっちの、オレンジの髪のは?」

 

 『空気砲』は助かったと言いたげに息を吐く。

 そんなことで? 凍火は酷く軽蔑した目で睨んだ。

 

 「そんなに睨むと目の周りの筋肉が疲れます。あなたがそんなことする必要ありませんよ」

 

 黒霧に言われて、睨むのを止める。すると、怒りの代わりに哀れみが湧いてきた。

 

 「そ、そいつの……凍火のことが好き、だから」

 「は?」

 

 多分、声が出たら弔とハモっていた。

 それくらい訳のわからない回答。

 

 「気、引きたくて、で、強いところ、見せれば、と、思って、から……」

 「強いところ見せたくてそいつ虐めるか? 意味わかんねえ……表の社会だとそれが普通だったりする?」

 『違うよ。その子がとてもおかしいの』

 「あー、もう良いわ。じゃあな」

 

 弔が『空気砲』を壊す。体の表面が塵になり、器を失った中の血が広がる。

 

 『火弾』は歯をカタカタ鳴らし、目に涙を浮かばせる。

 

 「や、やめ……、待って、ちが、おれ、とうかのこと、す、好きで──」

 

 凍火はとびきりの侮蔑を込めて彼を見た。

 

 好き?

 凍火が姉兄(両親)と向け合い、()と向け合う尊い感情と同じ?

 

 どんな思い上がりだ。凍火は彼の腹を蹴り上げる。

 

 「フロストゲイル。およしください。足が痛むでしょう」

 

 痛くないけど、黒霧が言うなら止めよう。

 

 「なあ、何か最後に言ってやりたいことある?」

 『書くのめんどうだから、ないよ』

 「ふーん」

 『ページとペンがムダ。それより弔たちとのお話に使う』

 「……あっそう」

 

 『火弾』は最後、絶望に目を見開く。

 弔は面白そうに笑い、彼の顔面を鷲掴み。ゆっくり1分弱かけて、全身が塵になった。

 

 「なあ、あんたの名前、凍火ちゃんって言うんだ。何で名乗ってくれなかったんだよ」

 『ごめんね』 

 「謝れとは言ってないだろ」

 

 先生に言われて、だと完全にオール・フォー・ワンを悪者にしている。

 エンデヴァーの本名は過去の雄英体育祭で知られている。だから、(とどろき)凍火と馬鹿正直に名乗ると、ヒーロー嫌いの弔にヒーローの子どもだと余計な先入観を与えてしまう。

 オール・フォー・ワンからはこれだけ。

 

 エンデヴァーとの繋がりの名字を名乗らなければ、いや、ある程度関係を築いた今ならヒーローの子どもとバレても……。

 

 『凍火(とうか)だよ、改めてよろしくね、弔』

 「……まあよろしく。凍火ちゃん」

 『凍火お姉ちゃん』

 「凍火ちゃん」

 『なんで?』

 

 黒霧の『ワープゲート』で第二の実家に帰りながら、凍火はしくしくと項垂れる。

 

 後ろではまだ、成れの果ての塵が風に吹かれていたけれど、それに気を留める者はどこにもいなかった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 社会人ヒーロー学校なんて考えてもなかった。入学要件を調べて、場合によっては今更だが受験勉強がいるか。

 学費のためにしばらくフリーターをして、ラブラバには普通の生活に戻ってもらおう。

 

 そんなジェントルの考えは、ほとんど無意味に終わった。

 ラブラバと共に適当な問題集を買った帰り。ボロアパートには相応しくない高級スーツを着た男が、ジェントルの部屋の前に立っていた。

 

 「あの……そこは私の部屋ですが、何かご用ですか?」

 「飛田(とびた)弾柔朗(だんじゅうろう)さんですね。(わたくし)、ヒーロー公安委員会委員長の願野(がんの)後嗣(あとつぐ)と申します」

 「こ、公安委員会委員長!? ジェントル、本当だとしたらとんでもない大物よ!?」

 「あなたに話がありまして。あまり大勢に聞かれたい話ではないので、部屋に通していただけると」

 「は、はい……!」

 

 過去の軽犯罪程度でこんな大物がやって来ないだろう。

 フロストゲイルを連れ帰ったことがバレたか。ジェントルは身を引き締める。

 

 「この度は……委員会を代表して感謝を」

 「感謝?」

 「私は問題を起こした委員長の後釜。貧乏クジを押し付けられたに過ぎない、そう固くならないでください」

 

 去年のニュース。ヒーローが(ヴィラン)に頼んで事件を起こしてもらっていたという、腹立たしいものを思い出す。

 ヒーロー公安委員会委員長が、強個性の子どもを誘拐していたというニュースも。

 前者の責任をとって当時の委員長は辞職。後者の記者会見にも姿を現さず、ただ謝罪の文書だけで後釜に全てを任せる姿勢には多くの国民からの怒りを買った。

 その後釜が彼か。言われてみれば確かに、ニュースなどで見覚えのある顔だ。

 

 「(ヴィラン)・フロストゲイルに対抗するため、民間人なのにも関わらず果敢に戦ったあなたへの、感謝ですよ」

 「ちょ、ちょっと待ってくれ! 私は民間人ではなく(ヴィラン)! そう、(ヴィラン)同士の争いであって……」

 「そもそも、民間人なら個性を使うのは違法でしょう? いや、(ヴィラン)でもだけど……中学生(わたし)でもわかるわ」

 

 願野はジェントルの問いにまず答えた。

 

 「ああ。もしかして、自分は軽犯罪を繰り返し、それを動画サイトにアップロードしている(ヴィラン)という主張を?」

 「わかっているなら──」

 「飛田(とびた)弾柔郎(だんじゅうろう)の行った違法行為は、なかったことになりました」

 「な、なかったこと?」

 「ええ。動画もアカウントも、すでにこの世のどこにも残っておりません。高校生の頃、あなたの行った犯罪も、すでに記録から消されています」

 

 頭が混乱する。

 それをして何がしたい?

 

 それに、私の活動が、努力が、……(ヴィラン)の犯罪が、こんなに簡単に消されて良いのか?

 

 「あなたの行動への恩賜とでも思ってください。こちら、ほんの僅かですが、細やかなお礼です」

 「ゼロが多い!!」

 「ジェジェジェ、ジェントル……これゼロがいくつあるの……?」

 「いち、十、百、千、……、うわー!?」

 「ジェントルー!?」

 「続けても?」

 

 願野が書き込んだ小切手の莫大な金額。

 ジェントルとラブラバは2人して震えた。僅かながらどころか、生活水準を変えなければ10年は余裕だ。もっと暮らせるかもしれない。

 

 「こ、こんなに……一体何のつもりで……」

 「だから言ったでしょう。勇敢な()()()()への感謝、それに、(ヴィラン)犯罪の被害は慰謝料が出ないことがほとんどですから。その代わりとでも思ってください」

 「いや、しかし……こんなに受け取るわけには……」

 「それに」

 

 その3文字がやけに荘厳に思えた。

 今後の言葉を少しも聞き漏らしてはいけない。

 

 「これは有望な人材のスカウトです。学費は私が出します。推薦状も書きますから、どこのヒーロー専門学校にもねじ込めるはず。無論、成績や卒業試験には何も関与はしませんが」

 「あの、まさか……」

 「卒業後、ヒーロー免許を取得出来た場合。公安直属のヒーローになることを考えてください」

 「公安直属……?」

 「例えば、世間に情報が漏れると混乱を引き起こす(ヴィラン)。病を操る個性や精神に干渉する個性などが分かりやすいでしょうか? このような表のヒーローに任せられない案件を任せる、裏のヒーローがいます」

 「……裏の」

 「彼らは下手したらオールマイト以上に重要な存在。飛田弾柔郎……いや、ジェントル・クリミナル。早めに回答をくれることを願っています。まずは学校に行くかどうかだけで良い。公安のことは、在学中にでもゆっくり考えてみてください」

 「行く! 行かせてほしい! 私をもう一度ヒーローに……あの夢を追いかけて、約束を叶えさせてくれ!」

 

 願野は「そうですか」と微笑んだ。

 ラブラバの歓喜の声が、病室を包む。

 

 「だが、あなたの力は借りたくない」

 「……ほう。なぜと、お聞きしても?」

 「私のことを調べたならご存知でしょう。恥ずかしながら、私の通っていた高校のレベルはそこまで高くありません」

 「そんなことを気にされて? 成績の改竄くらいいくらでも……」

 「いやいやいやいや!! 私は無理に良いところへ捩じ込まれても、きっと着いていけない!」

 

 自分は何を断言しているのだろう。ジェントルは恥ずかしくなった。

 心なしか、願野の視線も冷たい。

 

 「私が入るということは、枠が1つ減るということでしょう!」

 「特別枠を作らせます」

 「いや、他の学生に申し訳ない。だから、まずは自分で努力して……そこから、立ち行かなくなってからあなたの助けをお借りしたい。……その、都合の良いことばかり言っているのは、わかっていますが……」

 

 おずおずと尋ねると、願野は「良いですよ」と返す。

 

 「ただし、今から5年以内だけです。それだけあれば、受験対策も自分の身の丈に合うと考える学校への入学も、それより上のレベルでやって行けるか考えるのにも十分でしょう」

 「5年……。十分すぎます。必ず成果をあげて、ヒーローになってみせますとも! 楽しみに待っていてください!」

 「楽な方に流れない姿、素敵よジェントル!」

 

 その後、連絡先の交換をして願野は帰った。

 

 今後のことを考える。

 動画投稿者ジェントル・クリミナルとしての活動は、やめざるを得ないだろう。これまでの歴史が消えてしまったのは嘆かわしいが、それはこれから真っ当なヒーローとして作り上げていけば良い。

 心の奥底では、やっぱりそこまで割り切れないけど。

 

 ラブラバには普通の生活に戻って、幸せに──。

 いや、それが本人の幸せじゃなければ、ジェントルの押し付けることではない。

 

 ヒーローになる。その決意は変わらない。今度こそ、何があっても道を外れたくはない。

 フロストゲイルを捕まえる(救う)ため。より多くの人を救うため。

 ヒーローとして、どれだけ小さくても、歴史に名を残すため。

 

 公安ヒーローになるかどうかは、もう少し勉強してから考えれば良い。

 大丈夫。ある程度稼げるヒーローになれれば、そしてあまり手を付けなければ、願野から支援してもらった金くらいすぐに返せる。

 

 ジェントルはほんの少しの不安と、それを遥かに上回る希望の道へ歩き出した。

 

 

 




凍火の中のイマジナリー悪霊凪(と凍火)のイメソンは『ずうっといっしょ!』、生前の凪単体は『トキノスナ』です。オリキャラのイメソンを考えるのは楽しいですが、必然的にネタバレに繋がってしまいます。

凍火の体ですが、唾は頑張ってほぼ無意識に飲み込めるようになりました。正常に咳込むのに時間がかかります。声は出ません。固形物は飲み込めないので、おかゆやゼリー飲料で済ませています。

声が出なくなったと知った時の家族やAFOたちの反応はまた今度。
3章本編はこれで終わりです。いつも通り本筋に関係あるようなないようなおまけ数話投稿予定です。
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