亡霊たちの████アカデミア   作:炭火カルビ

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1章 目を逸らす
1.フロストゲイル


 

 嫌なことから逃げることは、果たして悪いことなのか?

 

 例えば、苦手な人をそれとなく避ける。

 例えば、苦手な食べ物をこっそり残す。

 例えば、苦手な科目の勉強を後回し。

 例えば、体育の持久走や水泳を仮病でサボったり。

 

 誰でもしたことだろう。

 ほんのりと罪悪感が残れど、悪とみなされる行為ではない。

 

 燃えゆく息子を見ない。死に行く妹を見ない。結局は自分の選択。

 代償に得た時間を有意義に使えたのなら、せめてそれを慰みにするしかない。

 選択の結果が積み重なり、凍火(とうか)に牙を剥く。あるいは、その事実すら見なければ良いかもしれない。

 

 これは凍火が居場所を手に入れ、亡くすまでの話だ。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 「ここも、ぜんぶつぶした……」

 〈データの破壊も十全に終わりましたね〉

 〈見せしめに何人か磔にして凍らせとくか〉

 

 未だホテル生活は続いているため、凍火は夜中に活動している。

 昼間寝ているので、兄姉(両親)からは「まだ調子が悪いの?」と心配される。少し後ろめたい。

 

 あの後、運良く別の追っ手を見つけた。弱かった。

 

 ブラフの『色塗り』で空気を紫にして、『毒』が体内に回ると騙して質問。どこから雇われたのか聞き出すと、彼を雇う研究所へ。

 出来るだけ静かに壊滅し、ヒーローと警察が来るまでの時間で研究所のパソコンからデータを漁り、最終的には芽愛(めあ)のハッキング技術まで使った。

 そこから芋蔓式に成功作(凍火)を狙う組織を洗い出し、同様の『実験』が行われていた──または行おうとしている形跡がある場合には優先的に襲撃。

 

 子供は保護できたりできなかったりだ。ヒーローや警察に押しつけたり(凍火も捕まりそうだったけど逃げた)、(ヴィラン)と怖がられ逃げられたり。

 保護するべき子供が、みんな使い潰されていたり。

 といっても、すでに『実験』を行ったところはせいぜい片手に収まる程度だ。

 エンデヴァー事務所も『実験』に気付いたらしく、昨日、襲撃をかけたときに鉢合わせてしまった。

 

 別の研究所からかっぱらってきたパソコンを使い、凍火たちに関する情報の書かれたデータを、芽愛から教わった技術で復元不可能に。ハッキングに使ったパソコンも物理的に壊したらおしまい。

 ヒーローから逃走して、逃げる途中(ヴィラン)がいたらぶちのめして。

 研究員の何人かのお腹を開いて見せしめにして。

 

 『氷結』で最後の仕上げ。『シェルター』の特性を付加した氷は溶けずにそのままの状態を保つ。

 人身売買、人体実験、違法薬物製造および取引、その過程での(ヴィラン)への資金融通。

 (のぞむ)と芽愛に助言されながら、ひらがな混じりで文字を掘った氷板に、凍火は殺した彼らの罪状を残した。

 

 『またしてもお手柄! “氷の天使”による摘発です!』

 「……」

 

 朝、テレビの音で目覚める。

 寝たのは2時間くらい。頭も痛いし機嫌も悪いし食欲もない。

 音量を下げたい。凍火はリモコンを探した。

 

 「焦凍(しょうと)くん、リモコンかして」

 「これ見たい」

 「音小っちゃくしてほしいだけなの。あたまいたくて」

 

 テレビは氷の天使を──凍火を褒め称えている。

 ええと、何だっけ。

 (ヴィラン)に襲われかけた人を助けたり(大人だったから見捨てようと思ったけど、その前に「日曜は子どもと遊園地に行くから無理」と電話していたから)、高校生くらいのお姉さんが無理矢理お洋服を脱がされそうになってるのを男の人を倒して止めたりした。

 研究所襲撃も相まって、気付いたら、女子どもに優しく悪人に厳しいヴィジランテ『氷の天使』が出来ていた。

 

 「この人、(ヴィラン)なんだよね? こんなにほめていーの?」

 「(ヴィラン)じゃなくてヴィジランテ!」

 「(ヴィラン)じゃないの?」

 

 やたらと呼称にこだわる焦凍に言い放って、姉兄(両親)に訊く。

 

 「うーん、どうだろ。良いことをしてても個性を外で使うのは犯罪だから、本当は褒めちゃいけないよな」

 「そうだよね。でも人助けしてるのは確かだし……保護してもらってきちんとヒーロー免許、取ればいいのに」

 

 ニュースはそのままエンデヴァーの非難に移った。

 『氷の天使』が彼らが保護し損ねた子どもであること、活動区域内で(ヴィラン)の好き勝手を許してしまっているのを(あげつら)う。

 

 「すごい氷使いなんだって! 凍火ちゃん!」

 「あたまいたいから凍火ねんねする」

 「凍火ちゃん……」

 

 確かに凍火は姉兄(両親)にとっては天使だけど、『氷の天使』は恥ずかしい。違う名前を付けてもらうか、名乗るかしないと。

 

 〈(ちょう)(ひょう)(ごく)魔神(まじん)とかどう?〉

 〈は? ありえませんダサいです。アイス……フロスト……フローズン……グラシア……うーん〉

 (へんなのじゃなきゃ何でもいーよ!)

 〈俺のは?〉

 (へんだよ!)

 

 がーんと口で言って落ち込む望を尻目に、凍火は眠った。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 研究所への襲撃はお休み。今日は保護した子の面倒を見る日だ。

 基本的にヒーロー事務所や警察署に放り込み、無事に家に帰れたのを確認したらそれきり。でも、1人例外がいる。

 

 「おまたせ。(なぎ)

 「報告。凪は本日もここから動きませんでした」

 

 (くるぶし)まである茶髪の長い巻き毛に赤い目。凍火と同じ年頃の少女。

 骨に皮が張り付いたような手足と、パサパサに乾いた髪と肌が、愛らしい顔立ちを帳消しにしている。

 

 「ごはんだよ」

 「感謝」

 

 調子が悪いと言って少しずつ残しておいたご飯を渡す。

 お弁当箱は家だし、食器をホテルから盗むわけにいかない。本を買ってきてもらった時の袋で凍らせたおかずを包んだから、酷い見た目になっている。

 もちろん渡したのは『温度操作』で解凍し、湯気が立ったものだ。

 

 「報告。胃袋の容量が超過」

 「うん、ごちそうさまだね」

 

 食の細い凪が残してしまった分を凍らせた。

 ご飯を持って来れなかった時のための予備だ。

 

 悪人を倒して貰った──正しくは身ぐるみを剥いで奪った──お金で買ったドライシャンプーとボディーシートで凪の身なりを整える。

 着てきた服と交換して、凪の汚れた服を回収した。同じデザインだから、冬美(ふゆみ)たちに疑問を抱かれることは多分ない。家族が寝ているうちに、洗濯用の籠にまとめておけば大丈夫。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 彼女との出会いは、およそ1週間前、3つ目の研究所を破壊した時に遡る。

 1つ目はまだ実験を行う前で、子どもは凍火が参加したもの同様、あまり厳重に管理されていなかった。だから「事件に巻き込まれずに済んで良かったね」で終わった。

 また悪い大人が目を付けるかもしれないから、ここらで一応1番サイドキックの質が良く、人数も多いエンデヴァー事務所に放り込んどいたのが彼らだ。いくらあの人でも、パトロールの強化くらいしてくれるはず。

 

 2つ目は失敗した『実験』で、助けるべき子どもが既に全員使い潰されていた。

 悪い人は皆殺し。

 ご遺体は冷やして腐らないようにして、最寄りの交番にはみんな入らなさそうだったから、大きなエンデヴァー事務所に手紙を書いて「ここに人体実験で亡くなった子どもの遺体があるから回収しろ」と押し付けた。

 ニュースにはなってなかったけど、日を開けて確認したら無くなってたから大丈夫なはず。

 

 そして、3つ目。

 ここでも既に『実験』が行われていて。

 9人の子どもを犠牲に、個性が僅かばかり強化された子どもが1人生き残った。

 

 「ほかの子は?」

 「回答。既に全員生命活動を停止したと当個体は存じております」

 〈何だこの子。ロボットかなんか?〉

 「あなたは……人間?」

 「回答。当個体はホモ・サピエンスで間違いございません」

 

 変わった話し方の女の子。

 凍火は彼女から、いくつかの非人道的な事実を聞いた。

 望み通りの個性や知能を持つ人間を作るための試験管ベイビーとして生まれたこと。そのため戸籍がないこと。次代の研究員にするため、寝落ちしそうになると爪と肉の間に酸を垂らすような教育虐待を受けたこと。

 

 〈勉強なんて楽しいと思わないと覚えられないのに、お馬鹿さんの考えた教育ですね〉

 〈クソどもが〉

 

 「……。名前と個性をおしえて!」

 「当個体の個体識別名は“試験個体7号”です。個性は『吸音』……でしたが、『実験』を経て『隔離』に変化」

 「ええと、」

 

 さすがに名前くらいないとダメだよね。どうしよう。7号だからナナちゃん、ナナミちゃん? 番号から取ると可哀想かな?

 凍火は受け入れてもらえるか不安になりながら口にする。

 

 「あなたの名前は……凪、とかどうかな?」

 「定義。当個体の個性識別名は凪です」

 「あの、いやならゆってね」

 「否定。不快感はありません」

 「あ、わすれてた。凍火は凍火だよ! よろしくね!」

 「入力。個体名凍火をお姉さまと定義」

 「へ? お、お姉ちゃん?」

 「同じ薬品(羊水)から生まれた、この世でたった2人の『実験』の生き残りですから。その定義が正しいかと」

 「……うん、うん! 凍火が凪のお姉ちゃんだよ!」

 

 後ろから追ってくる気配を感じる。足元を凍らせて対処した。

 

 「どうしよ……ヒーローかけいさつにあずけて」

 「……提案。凪はお姉さまといたいです」

 「でも、凍火に出来ることなんかそんなにないよ」

 「嫌悪。ヒーローも警察も助けたい時にいる助けやすい人しか助けてくれません」

 「……。そう、だよね。なら、しかたないよね」

 

 また気配を感じる。異変に気付いたヒーローが来たらしい。

 エンデヴァーの声がした。『シェルター』の特性を付与した溶けない氷で、ヒーローたちの足と地面をお友達にしておく。

 そのまま動く歩道を作って、犠牲になった子どもたちを安らかにさせてある場所まで、ヒーローご一行のご案内。

 彼らが子どもを連れて帰れるように『氷結』は解除。

 何人かはこっちに来るだろうから、追いかけられる前に逃げなきゃ。

 全部壊しきったから用はない。凍火は凪を抱えて空を飛んで逃げ出す。軽い。

 

 「凪、かおを見られるとこまるから、ごめんね」

 「少し冷たいですが、問題はありません。謝罪は不要です」

 

 凪にも氷の装甲を作る。地上でヒーローと警察が騒いでいるのを尻目に、2人は逃げ出した。

 

 

 

 これが先週のこと。

 以来、路地裏の一部を占領して、氷の小屋を作り、そこに凪を住ませている。ヒーローや警察、その他良からぬことを考える者は来ない。

 凪の個性は元々、範囲内の音を周囲から切り離す『吸音』だった。『実験』で薬を投与されたことにより、『隔離』に変化。周囲の認識から範囲内の人物(ひともの)を切り離すものに成長させられた。

 

 「…………」

 

 この生活が長く続かないことはわかっている。

 でも、凍火は。

 初めてお姉ちゃんと呼んでくれた子を、自分が名付けた妹を、どんな理屈があっても手放したくなかった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 2度寝プラスお昼寝6時間。2食しっかり食べて、軽くストレッチもしてコンディションは完璧。

 

 (ここをこわせば、ハッキングしてわかったところはさいごだね)

 〈ですね。制圧には『毒』と『氷結』さえあれば十分です〉

 

 「やはり、来ると思っていたぞ。氷の(ヴィラン)!」

 

 待ち構えていたのはヒーローだった。見覚えがあるエンデヴァー事務所の人。

 

 「……『氷の天使』ってよばないの?」

 「(ヴィラン)が天使だなんて笑わせる!」

 「だよね」

 

 良かった。凍火の感性間違ってなかった。

 安堵しながら、芽愛に良い(ヴィラン)ネームが出来ていないか尋ねる。

 

 〈はい! いくつか候補があります。フロストゲイル、グラシア、アイスゲイン、他にも……〉

 (もーいいよ。ありがとーね)

 〈どれにしますか!?〉

 

 「そのよびかた、やめさせてね。わたしのことは、『フロストゲイル』とでもよんで」

 「フロストゲイル……!!」

 

 〈よっしゃー!! わたくしの案が採用されましたよー!! クソ雑魚センスの望さんはどう思います?〉

 〈ハイセンスの望さんは7文字は長いと思います〉

 

 「ふっ」

 「貴様……!」

 

 息を飲むサイドキックと、はしゃぐ2人の差が面白くて思わず笑ってしまった。中途半端に我慢しようとしたから、サイドキックの反応を鼻で笑ったみたいになる。

 

 「ここで何がされてたか、されようとしてたか、知った?」

 「ああ」

 「なら、ここの人たちが生きてちゃダメってわかるよね? どこにやったの?」

 「今は警察署で話を聞いている。罪状によって、適切な罰が与えられるだろう」

 「むざいの人はいるの?」

 「ああ。何にも知らない警備員や研究員はそうなると思う」

 「ふーん……」

 

 納得いかない。

 でも、刑務所に侵入なんて出来ない。そもそもどこ?

 調べたら場所出てくるかな。考えて、凍火は研究所だけでも壊そうとする。

 

 「他には何か?」

 「なんにも。ヒーローが(ヴィラン)とおはなししてていーの?」

 「良いんだ。だって」

 

 ──これが作戦なんだから。

 

 言うと、眩い豪炎が左右から凍火を襲った。

 まともに『ヘルフレイム』を喰らう。まともな(ヴィラン)なら炭一直線。

 

 「やったか!?」

 「やられてないよー」

 

 現れたのはエンデヴァー。

 『シェルター』と体質のおかげもあって無事だけど、炎は生理的に嫌だ。

 無傷で済むにしても、エンデヴァーとの正面戦闘も嫌。シンプルに怖い。

 

 「なんか、にげてばっかりだなぁ」

 「なら大人しく捕まったらどうだ!?」

 「いやだよ!」

 

 足を引っ掛けられて転びそうになる。

 これが、『氷甲(ひょうこう)』の欠点の1つ。

 

 『シェルター』の攻撃を通さない特性を付与した氷のスーツ・靴・ヘルメット一式。それらを名付けて『氷甲』は、一切の外部攻撃を通さない。

 打撃、斬撃、銃撃、炎、氷、電気、毒、エクセトラ。

 全てが『氷甲』──『シェルター』の前では無力。

 それだけだ。

 

 足を引っ掛けられて転んでも痛くはない。でも、転ぶという結果には辿り着く。

 その後、打撃とみなされない優しい手付きで拘束されたとして。『氷甲』はそこまで凍火を守ってくれない。

 

 そこが『氷甲』と『シェルター』の欠点で、一度凍火が踏みそうになった失敗でもある。

 

 『氷羽』を生やす。エンデヴァーが溶かそうと焔を撃つ。溶けない。

 

 「子どもだからといって、手加減してもらえると思うなよ(ヴィラン)が!!」

 「てかげん? してくれてたの? さっきの炎、ころす気かと思ったよ!」

 

 声を低く意識する。

 お父さんとこんなに長く喋るの初めてだ。

 

 エンデヴァーは『氷甲』に──溶けない氷にムキになったように攻撃を繰り返す。

 遠距離からの猛火。炎を纏ったパンチ。烈火が凍火を包み、全ては虚しく終わる。

 

 火が消え、現れるのは無傷の白い影。

 

 「火はきかないってわかってるけど……こわいのはこわいんだよ?」

 

 エンデヴァーは歯軋りする。人に怖い思いさせて何なの? 凍火は顔を顰めた。これ以上付き合う義理もない。

 氷のドリルで壁をぶっ壊して、『氷羽』でヒーローの視認範囲外にレッツゴー。

 

 「じゃあね! バイバイ! ちゃんとあの人たち、シケーにしといてね!」

 

 一方的に言い放つ。返事は炎の噴射だった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 治崎(ちさき)(かい)は敬愛する組長(オヤジ)と共に、静岡県に来ていた。

 雄英高校(病人の隔離病練)があり、多数の英雄症候群患者の集まる忌み地。しかも、No.2ヒーロー・エンデヴァーの活動区域。

 こんなところに来ないといけなかったのは、()()ウチより立場が上の組織との取引で指示されたから。

 

 縮小しつつあるヤクザ組織を見下す相手にストレスを溜めて、取引場所へ向かう。

 

 「嬢ちゃん……まだ5つくらいか? こんなところでどうした? 親御さんは?」

 

 近くにおかしな気配を感じる。

 そう進言した治崎を信じてくれた組長(オヤジ)は、気配の源に目線を合わせて話す。

 

 痩身、手入れのなってない長い髪と乾燥した肌とこれまた長い爪。それだけなら典型的な浮浪児。

 不審なのは、石鹸の匂いがして衣服は清潔なところ。髪に脂っぽさはなく、肌にも汚れはない。少し汗臭いが、真夏なのを考えれば許容範囲。

 近くには氷で出来た、溶ける気配のない屋根。凍った残飯。氷の便器らしきものまである。

 

 「回答。不在。両親の存在を凪は認識した経験がありません」

 「……なら、俺らと一緒に来ねえか?」

 「保留。質問の意図が不明です」

 「何てこっちゃねえ。ただボロボロで、表に馴染めなさそうなガキを俺がほっとけないだけだ」

 「確認。思考。裏社会の人間と推測」

 「おお、その通りだ。お前賢いな」

 「否定。お前ではなく凪です。自慢。凪はお姉さまにいただいた名前をひけらかします」

 「お姉さま? 凪、お前姉ちゃんいるのか? ソイツぁどこにいる?」

 「回答。凪は存じ上げません。お姉さまはお昼はお家に帰り、夜には凪に食事と清潔な衣服を与えてくれます」

 

 組長が顔を歪めた。

 まともな仕事かは別にして「昼には働きに行き」ならわかる。姉は普通に暮らし、妹は路上暮らし?

 

 「両親からは……姉ちゃんの方が可愛がられてんのか」

 「回答。両親の定義によります。凪とお姉さま共通の研究者(りょうしん)ですと、成功作のお姉さまと失敗作の凪なので」

 「何が失敗作だ……! 子どもを何だと思って……!」

 「重ねて回答。『実験』の失敗作と成功作です。凪たちは実験体です」

 

 脈絡なく『実験』とだけ呼称される場合。最近は『人工複数個性保持者実験』を示す。

 裏社会で話題の──といっても、都市伝説程度に話されていることだ。

 何たって、実験手順が雑すぎる。

 個性の出力や身体能力が上がる薬を服用させまくって、生き残った子ども1人に、死んだ子供の死体を食わせる。食べるのではなく輸血や臓器移植のパターンもあった。

 まあ乱暴極まりない手順だ。治崎も初めて聞いた時は鼻で笑ってしまった。

 

 本当に『実験』の成功作なら、連れて帰る価値はあるが。

 

 「……さすがにこんな見た目のガキ、放っちゃおけねえよ。俺らが信用できないのなら、ヒーローか警察にでも」

 「それは嫌っ!! 理由、ずっと助けてくれませんでした。今更信じられません」

 「そうか……」

 

 凪を見捨てて、どこかの公衆電話で俺たちに足のつかないように警察かヒーローに伝えて押し付ける。

 それがスマートな解決策に思えるけど、優しく偉大な組長は違うらしい。

 

 「…………夜になったらまた来る」

 「凪は意図を掴めませんがとりあえず了承します」

 

 

 

 取引を終えて、日が沈んだ頃に再び凪のいた路地裏へ。

 組長手ずからコンビニ弁当とおにぎりを温めて持っていった。

 

 「感謝、湿っていない暖かい食事は初めてです」

 

 しばらく口の中で放置し、ひとまず問題がないと確認すると凪は飲み込んだ。

 

 「姉貴はいつ来るんだ?」

 「回答。そろそろかと。時計がないので、統計はとれてませんが」

 「……っ!」

 

 ふと、周囲が寒くなった。まるで南極にいるような。

 真夏の今は夜だって少し暑いのに。

 毛穴が縮こまりすぎて寒いを通り越して痛い。

 

 治崎は即座に戦力を数える。

 ヒーローへの弱みを無くすため、今はチャカ()などの武器を持っていない。対象に触れたらどうとでもなるが、遠距離戦では不利だ。

 他にいるのはお歳もあり直接的な攻撃力には乏しい組長(オヤジ)。連絡したら10分ほどで来れるだろうと、玄野たちに位置情報だけのメールを送る。

 

 「おまえたち」

 

 白い氷の装甲を纏い、背には氷の羽根を生やした最近話題の(ヴィラン)・フロストゲイル。

 

 「わたしたちの妹に何してるの!!?」

 

 上空から(あられ)のような氷弾を飛ばして、治崎たちを威嚇した。

 




合計10話くらいで一章は終わります。まだちょっとプロローグ感がある話です。
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