亡霊たちの████アカデミア 作:炭火カルビ
今日は寒い
周りはポテポテ重ね着している。ヤクザも一般人もヒーローも、老若男女も関係ない。
例外の1つが
「
「見りゃわかるだろ。防寒着だ」
「それはわかるもん! あ、わかります、もん!」
「やりやすい喋り方で良い」
コートとカーディガンとフリース。それとヒートテック。薄手のワンピースの上へ、言われるがままに凍火は着ていく。
(たくさんだ……)
〈これくらい着ないと寒くないか?〉
きょろきょろ。
「凍火はこんなのなくて平気だよ! 強いもん!」
「俺が見てて寒い」
「でもね、凍火、暑いとか寒いとかわかんない」
「……わからない?」
「あ、えっと、個性のおかげです」
久遠は目を見開き、凍火にマフラーを巻く手を止めた。
「それ、大丈夫なのか?」
「お姉ちゃんもそれ
「そうか」
マフラーをぐるぐる巻きにされた。首が詰まって苦しい。
〈え、そうだったのか?〉
(そうだよ!)
〈言ってくれりゃ良かったのに!〉
(え、でも、凍火はこれが普通だから……)
「氷の個性のお姉ちゃんとお兄ちゃんも、寒いの強いから冬もあんまり着込まないもん」
『温度操作』という弱個性と、全身にある完全な熱耐性・冷耐性の凍火。
『半燃半冷』という強個性と、それぞれの個性の両親より少しずつ強い熱耐性・冷耐性の
凍火たち双子はそんな風に生まれて、凍火は人よりも快適と感じる温度の幅が広かった。
「もしかして、変、なんですか……?」
凍火はまだ幼稚園児だ。
冬にも半袖の子はいる。男子が圧倒的に多いけど。制服があるのも周りから浮かない意味では幸いした。
「ちょっと変わってるね」とは思われても、「変だからあっち行って」とまではない。
しかし、幼稚園という閉鎖的なコミュニティに属しているからこそ。
──「焦凍くんよくやすむよね。ずる休み?」
──「どうしてうんどうかいなのにお母さんきてないんだよ?」
──「なんでお兄ちゃん、お顔にヤケドしてるの?」
『変』であることは許されない。
自分に原因がないことでも。
「変じゃない」
「……本当?」
「本当だ」
俯く凍火の頭を撫でて、彼は優しく言う。
「暑いのも寒いのもねえってのはちょっと羨ましいな。……待てよ。おまえ、氷菓子とかはどう感じるんだ?」
「氷菓子……アイスとかですよね? 固まったジュースみたいだなって」
「冷たくておいしいとかは」
「ないです。あ、甘くておいしいはわかりますよ!」
凍火に耳当てを被せながら、久遠は尋ねた。
「もふもふで動きにくい……」
「脱ぐか? 年寄りからしちゃあ、平気なのはわかっても若い子が薄着なのは可哀想に見えてよ」
「大丈夫です!」
胸がむずむずする。これがポカポカ?
ちょっと邪魔だけど、でも取りたいとは思わなかった。
「
「どうした
「おい、
玄野の冷たい視線に、凍火は縮こまってしまう。
凍火の方が強いけど、居心地が悪いものは悪い。
「あ、忘れてた。ごめんなさい……」
「俺が凍火に用あって捕まえてたんだ。悪いか?」
「いいえ、
「この子に酷いことはしてねえだろうな?」
「訓練ですからまァ多少は。気になるなら見に来やすか?」
「ああ。途中から行く。治崎には黙ってろよ」
(なんで途中から?)
〈抜き打ちテストってことだろ〉
(抜き打ち?)
〈そこからかー……〉
玄野とは無言。
望と頭の中で喋って、凍火は目の前の白い針頭を追いかける。
「きょ、今日もよろしくお願いします!」
「
「はい!!」
「応援。
「もっと!!!」
可愛い!!!
凍火は猛烈にアンコールを要求する。
「応援。凪は公平性を帰すために言います」
「へ?」
「ふれーふれーちさきさまー、くろのさまー」
「……その気が抜ける言い方は何だ? 入中からそう教わったのか?」
「お父様はきえーと声を張り上げてました。凪は大声を出すと咽せるので」
「廻。このガキは訓練しないだろ? 邪魔だし、追い出さなくて良いのか?」
「…………こいつならいい。だが俺にも
「了解なのです!」
「おい、始めるぞ」
「え、はい!」
治崎の『分解』、個性関係なしの打撃、キック。
合間には玄野からの攻撃も挟まる。『クロノスタシス』の針が迫り、それを避けると治崎から攻撃を食らう。凍火は針を甘んじて受けた。
「あっ」
油断していた。治崎はてっきり、個性を使うため叩いてくるとばかり思っていた。実際は蹴り。予想だにしないところから衝撃を受ける。
凍火の軽い体は吹っ飛んだ。凪がひゅっと、声にならない悲鳴を息にして漏らすのが聞こえる。
けれど、痛みはない。蹴りを受けたお腹にも、壁に当たった背中にも。
『シェルター』と、その派生の『冷気装甲』。
蹴られたから吹っ飛ぶ。その物理法則は許しても、凍火へのダメージは通さない。よくわからないところで凍火を守ってくれる、頼れる個性だ。
「『装甲』があるから、相手の個性が当たっても余裕と思っているな?」
「よ、余裕とまでは思ってないです……」
「実際、廻より私の方が戦力として下だけど……私の個性も、かかって平気なものじゃないのはわかるな?」
「知ってます……」
「知ってるだけだろ。廻、一度体験させとくか?」
「いや、いい」
凍火はほっと息を吐いた。
動きが遅くなる個性『クロノスタシス』。正直あんまり驚異に思えないけど、針先は太くて絶対に痛い。だから嫌だ。
〈普通にやべえ個性だぞ凍火ちゃん〉
(そう?)
〈動けなくなってる間に拘束されたらアウト〉
(あっ……)
〈まっ、刺さらないから意味ねぇけど〉
望に言われて、『クロノスタシス』の怖さを想像。
結局どんな組織からかわからない追っ手に、『シェルター』に閉じ込められたまま攫われかけたのを思い出して身震いした。
無意識のうちに、玄野を見くびっていたのかもしれない。
「……おい、なんだその目」
「え? 目? ですか?」
「急に私に怯え出した」
「ええっと、お兄さんが『クロノスタシス』の怖さを教えてくれたから、怖くなっちゃって」
「疑問。お姉さま、玄野さまは何も仰ってないのですよ」
「凍火の中のお兄さんだよ。『実験』で、個性と一緒に人格? 魂? が着いてきて……凪はそういうのなかった?」
「回答、否定。追求、もっと詳しい情報が知りたいです。それは本当に生前の人格なのですか? 臓器移植による嗜好の変化程度よりも強くお姉さまに死人の人格が影響を与えているのですか? 生前の彼を元にお姉さまが無意識に再現したイマジナリーフレンドでは? 二重人格などの精神疾患の一種では?」
質問が多くて頭がこんがらがる。
〈失礼な! 幽霊か、個性に魂がくっついたのか、個性が俺の人格を高精度で模倣してんのかは知らねえが、俺は俺だよ!〉
「多分最初の……? わたしの知らないことも色々知ってるから……」
「例えば?」
「凍火の街の行ったことのないお店、お兄さんが通ってた中学校と小学校、先生やお友達との思い出、家族の人のお仕事、後は修学旅行とか……わたしの知らないことをたくさん」
「……お姉さまが、創作物から得た情報やうろ覚えのお店の情報から、無意識に彼の知識を構築したのでは」
「とりあえずお兄さんはお兄さんだよ。他のお姉さんだって、しっかりお話できるよ。お兄さんとお姉さんもよくお話してるし」
「そいつらの情報を詳しく教えろ」
治崎が感情の見えない瞳で言う。
「お話しできるのは、『肉体強化』のお兄さんと、『超器用』のお姉さんだけで……えっと、お兄さんの方はりゅーねん? した中3で、お姉さんは超天才美少女エンジニアの中1です!」
「何の何が何って?」
玄野が反射的に返した。
「お兄さんは個性の反動で2年寝たきりで、義務教育だから進級出来たけど、頭は中1の3年生って」
「個性の反動……」
「お姉さんは、超天才美少女エンジニアって」
「本当に何だそれ」
治崎は「個性の反動」という言葉を反駁するように考え込む様子を見せ、玄野は真面目な顔で突っ込んだ。
「だって、自分でよく言ってるもん。わたしに言われても……」
「自分で? よっぽど顔に自信があんだな」
「お姉さん、すっごく可愛いんですよ!」
金髪碧眼のお人形さんみたいなお顔を思い出して、凍火は微笑んだ。
「そうか。凪とどっちがだ?」
「え、うぇっ、意地悪言わないでください……な、め、な、凪です!」
「願望、即答して欲しかったのです」
「したもん」
「してません……。治崎さま」
「姉失格だな。これだから
「そこまで言えとは言ってません」
「何も言われてないが」
〈こ、コイツ……!〉
急な治崎の問いに迷って、何とか姉の威光を取り戻す。リソースのほとんどを『氷分身』の操作に回しているのもあり、
「お兄さん、『装甲』解くので『クロノスタシス』やってくれませんか?」
「良いのか?」
「凍火は頭悪いから、1回体験しないと怖さとか想像つかないので」
「“私”」
治崎がうんざりした声で指摘する。「わたしは頭悪いから!」とやけになって言い直し、玄野の反応を待った。
「まだですか? どこに刺します? 『装甲』とかなきゃなので、教えてほしいです」
「右の二の腕辺り」
凍火はふんと力を入れて、その部位の『冷気装甲』を消した。
治崎からの抜き打ちテストで不意打ちや、寝ている間に『分解』されたりした結果、今では『装甲』はあって当たり前。寝てる時だって保てる。
玄野の頭の針が伸びて、凍火を刺す。ところで、治崎専用地下室の扉が開いた。驚いたのか針が引っ込む。
「よう治崎、玄野」
「
「お前らが無茶な特訓させてねえか見に来たんだ」
「あの
「……そうか」
言い訳するように早口の玄野。
久遠の表情は凍火からはよく見えないけど、ちゃんと説明もしたんだから怒ってるということはないと思う。
「凍火、今日は何した?」
「あのね! 治崎さんと玄野さんと戦ったりしてね、攻撃が効かないからって当たって良いと思うなよーって言われたの」
敬語じゃないからか治崎が睨んでくる。
「それで、すね、凍火が油断してたのは本当だから、『クロノスタシス』をやってもらって、油断するとこうなるぞーってわかりたかったの、です」
「そうか。ちゃんと自分で考えて頼んだんだな?」
「はい!」
答えると、久遠が頭を撫でてきた。すりすりと手に擦り寄って、凍火は破顔する。治崎の視線が痛い。
「良い和菓子が取り寄せられたんだ。凍火、凪、良ければ一緒に食ってくれ」
「お菓子! 食べる、……ます!」
「……謝罪、まだお腹がいっぱいなのです」
「んじゃ、凪の分は残しとく」
凍火は尻尾を振る子犬みたいに久遠を見つめた。
「……俺はここを掃除してから上に行く」
「私もそうしやす」
「離脱、凪はお父さまのところに行きます。何も言わずに来たので、そろそろ心配して大泣きしてしまいますから」
「お父さん変わってるんだねぇ、ばいばい凪。あ、凍火もお掃除手伝います」
「あー……ちょっと邪魔、じゃなくて、……邪魔なんで、またの機会に」
「はい……」
「玄野テメェオブラートに包むなら最後までそうしろよ」
凪は勝手知れた様子で、凍火たちと違う道で地下通路を出て行った。
呆れた声で言い捨てて、久遠は凍火の手を引く。
母親と父親とはどうなのかは、凍火に記憶がないから比較できない。
「腕上げてて疲れないか?」
「楽しい」
「……? そうか」
久遠が気遣ってくれるのに噛み合わない返事をして、凍火は笑った。
◇◆◇
凍火は母の声を覚えていない。
焦凍の個性がわかってから彼に付きっきり。焦凍と他の兄弟は父親によって離されていたから、必然的に母親と関わる機会もなかった。
凍火は父との良い思い出がない。
怒鳴り声。炎。足音。存在。姿。
それらにたっぷり恐怖して生きてきた。焦凍の訓練を止めるように懇願する母親が殴られる光景を見ないように、冬美が目を塞いで、夏雄が耳を塞いでくれたのは覚えている。
「久遠さんは、お父さんなの?」
よく分からない質問が出た。
彼も父親みたいに怒鳴ることはある。大きな足音を鳴らすことも、個性を組員への折檻の一環で使うことも。
でも、父親が焦凍にやるみたいな怖さというか、執念深さがない。
怒る理由は「カタギの人間を脅かした」「麻薬を他の組員に勧めた」という、幼い凍火でも望お兄さんに説明してもらえば理解できることばかり。
「あのね、凍火のお父さんはよく分からないことで、凍火や凍火のお兄ちゃんをボコボコにするの。あっ、凍火がボコボコにされたのは3回だけだよ!」
久遠の表情が歪んだから回数を補足。
「兄貴の方は何回だ?」なんて、藪蛇になることは聞かれなかった。
「だから、“お父さん”とか、“ヒーロー”は悪い人ってね……幼稚園の子とかはわざわざ言わないだけで、世の中の“お父さん”は皆悪い人だって思ってたの」
凍火は遠い目になる。
世の中には個性婚でも円満な家族がいるのかも。
世の中には親がヒーローでも仲良しの家族がいるのかも。
世の中にはまともな、アニメやドラマみたいな優しいお父さんの方が多いのかも。
なら、どうして凍火たちはそれを手に入れられなかったの?
「何で、ヒーローのお父さんよりヤクザさんのお父さんの方が、優しいんだろう」
「俺は……」
頭を撫でる皺だらけの手。凍火はこれが、今や
「優しいお父さんなんかじゃねえよ。あいつに何もしてやれなかった」
「あいつ?」
「娘だ。ヤクザの家を嫌って、どこかの男とくっつくために出て行って……後は行方も知れねえ」
「探したりしないの?」
「んなことしても互いに嫌な気持ちになるだけだ。あいつも大人だ。自分で何とも出来なきゃ、
「お金がとってもたくさん必要とか、助けたらヒーローに捕まるってなっても、助けてあげるの?」
「……限度はある。俺も人間で、
凍火は自分に置き換えて考えてみる。
……うん、探されるのは確かに嫌だ。あの男が凍火にそこまでの関心があるかはともかく。
エンデヴァーは……どうだろう。凍火や冬美、夏雄が困ってて、金で解決できるならしてくれる
「……あいつもお前みたいな白い髪で、凪みたいに癖毛でうねうねしていた。朝、よく文句を言っていたな」
「文句? なんで?」
「寝癖直さねえとダメだからだ」
「よくわからない……」
凍火の髪は母親譲りのストレート。
ちょっとブラッシングすれば寝癖は直る。だから癖毛に困る人間のことは理解出来なかった。
「お前はまだガキだからなぁ」
「ふふん」
治崎や玄野が撫でてもらっているところは見たことがない。
こうしてたくさん撫でてもらえるのが子どもの特権なら、凍火はずっと子どもでいたい。
家族をいじめて苦しめて。みんなを騙して殺して。そんな大人になりたくないから。
「だから、まァ、俺も子育てに失敗して他所様の産んだガキでやり直そうとしてる悪い大人だ」
「凍火のお母さん、他所様なんて言われる人じゃないよ! 他所だけで良いの! あのねあのね、お化けみたいでね、しょう……お兄ちゃんをいじめたんだよ! 凍火とお話もしてくれないの!」
〈と、凍火ちゃん。親の悪口はその辺にしとこうぜ。な?〉
「なんで!?」
〈声に出てる……。
(お姉ちゃんたちを変な風にまとめないで!)
〈ごめん〉
興奮して母への悪口を捲し立てて、望に制されて、凍火は久遠の表情を恐る恐る伺った。
「凍火」
「なぁに?」
「てめぇのお袋さんの代わりにゃなれないが、……時間はあるし、俺で良けりゃたくさん話そう」
「良いの!?」
今だけは凍火だけを見てくれる。
凍火の話だけを聞いて、たくさん反応してくれる。
ずっとそうなら良いのに。
「何だかお姉ちゃんとお兄ちゃんみたい」
「お爺ちゃんみたい、じゃなくてか?」
「凍火、お爺ちゃんってよく知らないもん……。お父さんの方は凍火が生まれるたくさん前に死んでて、お母さんの方はダメな人」
「ダメな人?」
「お母さんを個性婚のために売ったから」
「……」
久遠はまた顔を顰めた。
冬美と夏雄以外の家族について話すたびに、彼はこの顔をする。
「その個性婚とかの話はお前、両親がわざわざ言ったのか?」
「えっとね……あれ? 誰だっけ……?」
〈あれ? 冬美ちゃんたちも多分、こんなこと話したりしないよな……? 一体誰から聞いたんだ?〉
父親とも母親とも、そんなに長く話す時間を取ってもらえたことがない。
「うん……でも、個性婚のこととか、凍火の個性が気持ち悪いとか、凍火は失敗作の泥棒とか、いっぱい聞いたような気がするのに……。誰だろう?」
「……そのまま忘れとけ」
とっても苦い物を噛んだような顔で久遠は言った。
凍火は彼に体重の全てを預け、頭を撫でる手に恍惚として、腑に落ちない気持ちを忘れることにした。
ずっとこうしていたい。
この人と、家族になりたい。
もしも、将来お嫁さんになるとしたら──。
〈歳が離れすぎだろ凍火ちゃん。無理だし変だよ〉
(…………うん)
望の言葉に、胸がギュッと痛くなった。
暑いとか寒いとか凍火視点の地の文で言わせないように気をつけています。
それと、治崎に凍火を名前で呼ばせないのも。大体「お前」「こいつ」「これ」みたいな呼び方です。
この辺ミスってたら伏線の確率よりもシンプルに誤字の確率の方が圧倒的に高いです。
誤字報告か、誤字が怪しかったら感想かメッセージで教えていただけると助かります。ここまでの話では多分大丈夫なはず。
オリキャラ・オリ個性等の設定まとめ
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欲しい(各章の最後に、その章でのまとめ)
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欲しい(最新話段階でのまとめを第1話)
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どちらでも良い
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