「童貞を捨てようと思っている」
第一部最終章の決戦から早数日、定期報告会にてリーダーたる男はそう述べた。集まった男達からは何も返ってはこない。
「童貞を」「2回も言わんでいい!」
「………あー、リーダー。シリアスな顔して何馬鹿なこと言ってんの?」
聞こえていないと思ったのか再度同じことを言おうとした
「……俺たちがこのチームを結成してようやくキヴォトスにも一時的にだが平穏が訪れた。辛い道のりだった。弾幕飛び交う戦場を駆け抜け、策謀渦巻く知能戦を掻い潜り、誰にも頼ることのできない孤独な逆境も見事生き延びてここまでたどり着いた。誰1人かける事なく生き延びたのは奇跡と言っていいだろう」
「「「「…………」」」」
徐に語り始めた
「故に、俺たちに安寧など許されていなかった。些細なミス一つで世界が崩壊する可能性を知っている俺たちは常に気を張り、世界を救う為がむしゃらに走り続けてきた」
反論はない。
「元々はブルアカが好きなオタクというだけだった俺達に出来ることなんてたかが知れていた。俺たちよりも何十倍も優秀な彼女達ですら解決できない問題を解決できたのは
反論はない。
「でも俺たちに出来ることをやろうと、来るべき時が来るまで彼女らが少しでも幸せになれるようにと俺たちは知恵と力を振り絞ってここまで来た訳だ」
反論はない。
「改めて言おう。『俺たちは頑張った』。他に誇れる程に。故に……
ちょっとぐらいご褒美でエッチなことしても良くね?」
「「「「最後で台無しだ馬鹿野郎!!!!」」」」
反論はある。
「なーにいい雰囲気醸し出しといて最後に大ボケかましてんの!そのままでいろよ!結構カッコよかったよ!?」
「だってさー、もう疲れたよ……ここ数ヶ月の息づく暇もない怒涛の急展開、次章がいつ始まるのか分からない緊張感、いつまで経っても慣れない女子との対話。もう俺の精神は擦り切れて限界超えてんだよ!!せっかく長い休みが出来たんだぜ?これを機に俺たちも自分のための時間を使おうぜ!」
先ほどまでの演説から一転、男子高校生のような立ち振る舞いをするリーダーを蔑みながら、話は続く。
「で、その結果がさっきのあのバカみてーな発言か。言っとくが生徒に手ぇ出したら極刑ものだぞ?明日の朝日は拝めないと思え?」
「リーダー頼むから
「当然
「ちょっと!その言い方だと
「落ち着けお前ら。話は最後まで聞け」
先ほどの空気から一転、騒がしくなったメンバー達をリーダーは落ち着かせ、話を続ける。
「当然生徒には手を出さん。そんな事はこのチームの基本理念に反する」
「じゃあどうやって童貞捨てるっつーんだよ?つーか今更だが、なんでんなしょうもねぇ事を俺らに言うんだよ?」
「風俗を作る」
「「「「…………は?」」」」
突然の事にメンバー達の目が開かれる。理解するのに時間を費やしている内に話は進む。
「生徒相手に童貞を捨てるのは禁忌だが、そういう店で童貞を捨てるのは至って普通の事だ。しかしキヴォトスにはそういう店は無い。ならば我々で極秘にそういった店を作り、そこで童貞を捨ててしまえば何も問題は無い!」
「…………ごめんリーダー、まだ理解が追いついてない。なんで童貞捨てたいって目的から風俗店作るって結果に至るの?」
「裏のマーケットまで調べ尽くしたが店が見つからなかったからだ。だから作る」
「もうそこまでリサーチしてたんですね……」
その圧倒的なまでの行動力にメンバーは呆れ果てる。こういうところが度々あるのがこの男なのだ。濃い付き合いで理解した気になっていたが、まだまだ浅かったようだ。
「じゃあなんでその風俗店を作るって目的が僕らを呼びかける理由になるんですか?1人で勝手に作ったらいいじゃないですか?」
「……自分の作った店に自分で来店するのも変だろ」
「なんでそこは一丁前に気にしてんだよ」
「シャラップ!アーンド、クワイェット!それにお前らにだってこの話、無関係ではないぞ?」
「どういう事?」
リーダーからの言い分にメンバー1人が疑問を抱く。その言葉も予想していたように澱みなくリーダーは続ける。
「…………お前らもぶっちゃけ、ムラムラしてるだろ」
「「「「…………」」」」
反論はない。
「全員が1店舗とはいかず、最低もう1店舗店を用意すれば全員童貞を卒業できるが?それどころか間違えて生徒に手を出す事故を未然に防ぐことも出来る。両者両得のプランだと思うんだがなー?」
「「「「…………」」」」
反論はない。
「最低1店舗とは言ったけど、多ければアリバイ工作や面倒な口裏合わせも減って楽かもなー。同僚と同じ店通ってるってそれだけでもちょっと萎えるから出来ることなら同じ店に通うってことは避けたいよなー」
「「「「…………」」」」
反論はない。
「さて、改めて……童貞を捨てようと思っている」
反論はない。
「ふー、今日の仕事終わり」
『今日も1日お疲れ様です先生!1人の業務もだいぶ慣れてきましたね♪』
シャーレの執務室にて、1人黙々と作業をする男が1人。彼は先生、名前はこの際どうでもいいだろう。夕焼けが眩しく照らす部屋の中でようやく彼は全ての仕事を終えたのか、落ち着いた表情で椅子にもたれかかっていた。
「にしても、
『滅多なこと言わないでください先生!平和に越したことはないんですから、ゆったりしましょう!』
「そうだね……よし!久々に生徒との予定もないし、アイツらと飲みにでも行こうかな?」
『いいですね!アロナも久しぶりにリーダーさん達に会いたいです!』
そう言いながら先生はカバンに書類などを仕舞い込みながら帰り支度を済ませる。普段はうるさいモモトークも今日は静かだ。久しぶりに普段世話になっている分のお礼も含めて、自分の奢りで彼らと飲みにいくのもいいかもしれない。そんなことを考えていた時だった。
ピンポーン
彼の頭を不意打ち気味にインターホンが貫いたのは。
『あれ?今日は特に生徒との予定は入ってなかったはずですけど?』
「そうだねー、最近はなくなったのに。まぁ特に気にしてないけどさ。はいはい今出るよー……ってアレ?」
突然の訪問者にアロナは困惑するが、先生は特に気にせずにドアを開ける。急な生徒の訪問は以前からよくあったことだし、今更文句を言うほど気にしてもいない。しかしドアを開けた先にいた来訪者に先生は面を食らう。
「こんな大所帯でどうしたの?しかも普段忙しいはずのみんなが」
「「「「「……………」」」」」」
そこにいたのは1人だけではなかった。ゲヘナ、トリニティ、ミレニアムの三大学園のトップだけにはとどまらず、その各学園の主勢力代表や、他学園のトップやそれに与する組織代表までが連なる集団訪問であった。おそらくこの場にいるメンバーだけでキヴォトスに関する全てのルールを決めることだって可能と言えるほどだ。
「先生、あの人達と知り合いよね?」
「……あの人たちって言うと、あいつら?」
生徒たちを代表してか、ビッグシスターこと調月リオが先生に尋ねる。
それは先ほど先生も話題にしていた彼らの事だった。
「その彼らについて聞きたいことがあるのだけれど」
「別にいいけど……」
「彼らの拠点……知ってるわよね?」
「……知らない」
「リオさん、少々焦りすぎです」
「……ずいぶん珍しい組み合わせだね、ナギサ」
本当は知っている。
だが、あの場所の所在地は絶対に生徒に教えないでくれと念を押されており、何より彼の直感が『ここで教えてはまずい』と訴えかけていた。鋭い彼女の眼光から目を逸らしていると横から桐藤ナギサが顔を出す。あまり見ない組み合わせにまたしても先生は目を丸くする。
「申し訳ありません先生、突然の訪問で。実は私達あの方達を探しておりまして。それも早急に。なので先生ならあの方達の居場所も知っているのではと思ってあの様な言葉になってしまって……そうですよね?リオさん?」
「……ごめんなさい」
「ああ、別に気にしてないから」
申し訳なさげに目を伏せるリオを宥めながら先生は一息つく。さっきから急な展開で少々落ち着く時間がないと冷静な判断ができそうにない。
「ですけど……嘘はつかないほうがいいですわよ先生?それに、先程の質問はリオさんだけでなくこの場にいる全員、並びにこちらに署名された全生徒の総意と受け取ってください」
「署名って……これ?」
だがしかし、そんな暇は彼になかった。
リオの横からナギサが一冊の書類を先生に渡す。リングファイルでまとめられたそれは、表紙に『シャーレ活動補助機関《ASSEMBLE》職員の緊急招集指令発令を求める署名』と書かれていた。
「緊急招集って、なんで急に……ってちょっと待って?!これキヴォトス主要機関メンバーのほとんど載ってない?!」
「いえ、そんなことはないですよ」
「あ、そうだよね。流石にそんな事」
「ほとんどではなく全てです」
「……はい?」
「あ、後現時点で今回の話を聞いた一部生徒の署名も作成中です。そちらはまだ進行中なので後日改めて」
先生は一瞬ナギサが言ったことが理解できなかった。
『ほとんどではなく全て』。
派閥、学年、自治体、思想、全てが異なるキヴォトスの主要機関の全てのメンバーの名前が載っているとナギサは言い切った。『流石にそんなことある訳……』と現実的な視点から否定しようとする理性と、『彼女の性格からそんな嘘はつかない』と理解している本能のせめぎ合いがファイルを捲る手を震わせる。
しかもナギサ曰く、一般生徒の署名も現在進行形で進んでいるらしい。
(何故シャーレに関する案件がシャーレ抜きでここまで
疑問はごもっとも。しかしそんな疑問は解消されず話は進んでいく。
「分かっていただけましたか?」
「分かりたくなかったけどね」
「では、今すぐ発令して頂いても?」
「いや、それは流石に……」
表情を崩さずにナギサは笑顔のまま先生に詰め寄る。
「先生、ここはおとなしく発令、ないしは拠点を教えた方がいいよ」
「え?どういう事、ヒナ?」
意外なところから声が上がる。それはゲヘナ学園の風紀委員会会長の空崎ヒナであった。普段ならこういった強引な相手を宥めることの多い印象の彼女にしては珍しい発言に先生の意識が彼女に向く。
「すでにゲヘナは有志が集まって捜索活動を開始してる。例を挙げると便利屋68、美食研究会、温泉開発部……捕まったら何されるかわからないよ。まぁあの人たちなら早々に捕まらないかもしれないけど、いつまで保つかわからないし。そうなる前にシャーレの方で正式に呼び掛けをしないともっと話は大きくなっていくよ」
「…………」
ヒナの言葉は、先生が思った以上に話が厄介な方に進んでいる事を理解させるのに十分だった。しかし普段から世話になっている彼等を何故か過去最高にピリついている彼女達に会わせるのはどうにもまずい予感がする。が。
「とりあえず拠点教えるから、その銃はしまってね?」
先生は澱みなく手元の手帳を取り出し、簡易的な地図を書いてページを破る。
「ありがとう。感謝するわ」
全員を代表してリオが拠点の居場所を書かれた紙を受け取った。リオがその場を去るとそれについて行くように他の生徒もその場をさる。やがて執務室には先ほどと同じ静寂が訪れる。
「……ふー、息が詰まったな」
『あのー、先生よかったんですか?教えちゃっても?』
「んー?ま、別にいいんじゃない?」
『え?』
全員が去ったのを確認した後、先生は芯が抜けたようにその場に倒れ込む。普段世話になっている彼らを売ってしまった事を特に気にしていない様子の先生を見かねたアロナの疑問にも、特に感情を見せるわけでもなく先生は間延びした雰囲気で答える。
「だってあの雰囲気の彼女達に責められた後で、俺責めるほどの体力残ってないでしょ」
『……』
大人は汚いものである。それはカイザーで学んだはずだった。
「さーて、飲み会は諦めて柴関ラーメンでも食べよ」
その日、複数名の男の慟哭がキヴォトス内に響いた。
それを先生は特に気にせずラーメンの替え玉を頼んでいたそうな。
調子が良ければ続くかも
リオ会長失踪中じゃねと思ったそこの方!
まぁ彼らが頑張った結果と納得してください