「ここにいたか」
「あれ?一人?珍しいね」
時間は夜。キヴォトスのどこかの屋上にて二つの人影が立っていた。一人はこのキヴォトスにおいて最重要人物である「先生」ともう一人はその先生が所属するシャーレの活動補助機関のトップである「リーダー」その人であった。
「そのセリフそのままお前に返してやろう。普段から花の女子高生や中学生、挙げ句の果てには小学生かそれ以下の女子を侍らせているご身分のお前にいえた義理かね?」
「はは、名誉毀損も甚だしいね」
「それはすまなかったな。では慰謝料としてこのチューパッドをやろう。ついさっき夜食ついでに買ってきたやつだ」
「じゃあいただこうかな……あれ?一本だけしかないけど食べないの?」
「たまたま出会っただけだからな。一本しか買っていない。チューパッドなんぞ一本あれば十分だろ?」
「……じゃあお言葉に甘えようかな」
「「………………」」
しばらく無言の時間が続く。しかし双方に気まずさや後ろめたさの様なものは一切感じられない。さざなみの様な静かな時間が流れていた。
「……そういえば今日だったか」
「ああ、覚えててくれたんだ。忙しかったからもう忘れてるものだと思ったけど」
「アホか。あれだけの重要事項を忙しいの一言で忘れてしまえるほど愚かではない」
アイスが溶けてジュースになりかけた頃に、リーダーはふと先生に対しそう告げた。リーダーは先生の方を向かず、夜空の方をじっと見つめながら聞いてきた。それを気にすることなく先生はその問いに答える。
「そうだね……元の世界の妻と結婚した日になるよ」
「俗にいう結婚記念日……なんとも残酷な話だ」
「それでわざわざ元気づけに来てくれたの?」
「当たり前だろ」
少し揶揄い気味に聞いてきた先生に、リーダーは特に乱すことなく返した。その潔い返答に、先生もやや困惑する。
「ず、随分とあっさり認めるね」
「事実だからな。こうして気にしてきたと言うのに、わざわざ隠す理由もないだろ」
「……その潔さは本当に君の美点だねぇ」
「そうか?」
「そうだよ」
「そうか」
そんな何気ない会話に、先生の空気が少しばかり和やかになるのをリーダーは感じた。
初めて先生と出会った時のあの衝撃は今でも忘れる事はないだろう。
『えーっと、こちらの方?が……』
『本日からシャーレの活動補助をすることになった……あ、チーム名決めるの忘れてた……まあいいか、とにかくよろしく頼む。私の事はリーダーとでも呼んでくれ。事務的な付き合いだろうし、あまり深く知らなくても問題はないだろう』
『は、はあ……よろしくお願いします』
初めての出会いはサンクトゥムタワー制圧事件からすぐ。連邦生徒会からの呼び出しでサポートをすることが正式に決まったところからだ。タイミングが合わず代表者としてリーダー一人で先生に会う事になった。
異変に気付いたのはリーダーと先生が握手をしようとした時だった。
『ん?先生その指輪は?』
『え?あぁこれですか?……実は結婚していまして、妻と娘はまだ見つからず……』
『…………』
その一言でリーダーの中での計画が木っ端微塵に打ち砕かれた音を聞いた。
『そ、そうなのですか……それは大変でございますな!そちらの捜索なども、我々にお任せを!』
『……はい、頼りにしてます』
その握手はなんともぎこちないものだった。
それからの紆余曲折を経て、先生とリーダー達は今もキヴォトスに残っていた。
「まだ帰りたいか」
「……正直帰りたいと思った事は何度もあるよ」
先生はアイスを口から離し、ぼそりとつぶやく様に語った。
「この世界に恐怖を感じてる訳じゃない。どの生徒もみんないい子だ……けどやっぱり、会いたいなぁ」
最後の方ややや涙声で、掠れていた。リーダーは先生の方を見ない。ただ、じっと夜空を眺めるだけだった。
「……お前は優しすぎる」
リーダーはそうつぶやくだけだった。
感想で何度か指摘されていた点について、本編だといつ言及されるのか分からないのでここで消化しておきます。時系列とかは特に考えてないです