阿慈谷ヒフミ男の娘概念   作:融合好き

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vs白洲アズサ

 

 

 

私の母親が、世間一般からは“毒親”と評されることを、私はとある漫画作品を経て知った。

 

『貴女はちゃんと勉強して、良い学校に通うのよ。私なんて──』

 

それは貧乏な少女が困窮に負けず、キラキラとしたアイドルを目指す青春の物語。

 

ふとしたきっかけでアイドルになることを決意した少女は、アイドル育成校で得たたくさんの友達と一緒に、助け合い共に栄光への橋を駆け上がる。その姿に夢中になって佳境まで読み進めたその時、少女──つまりは主人公が抱える“心の闇”として放たれた、あまりにも聞き覚えのある言葉の羅列。

 

母親の代わり。母親の人形。少女の夢は母親が過去に夢想した虚構に過ぎず、人生そのものが母親に弄ばれた都合の良い駒。思わぬところでその事実を突き付けられた少女はショックを受けるものの、しかしそれまでに築き上げた友情を糧にそれを乗り越えて──そんな、今を思えばありがちなお話。

 

本来であれば、友誼と共に湧き上がるカタルシスに身を任せて、感動で咽び泣くのが正しい反応なのかもしれない。けれど私は何も思わなかった。何かを思うでもなく、どういうことだとただただひたすらに疑問符を浮かべたのを覚えている。

 

私にとっての母親とは、いつもいつでもどんなに忙しい時にも、常に私を導いてくれる誰より頼もしい存在だった。それはまあ過保護だなぁと感じることも多々あったけど、それでもしきりに可愛い服や、たくさんのアクセサリーなんかで私を飾り立てて笑う彼女の姿が私は大好きだった。

 

『勉強はきっちりと。あとから苦労するのは自分なんだから』

『あなたは頑張ればもっとやれるはずでしょ?』

()()()()()()()()()()()()、こういう時はもっとしっかり着飾るのよ』

 

おどろおどろしいフォントを伴い、悪魔と化した少女の母親は告げる。けれど発言の全てが既視感に満ち溢れていて、つまりは世間一般からは、私の母親はこのように見えている。半ば呆然としていたからか、その事実はスッと私の奥深くまで浸透し、加えてどこかでその事実を受け入れてしまっている自分が居て、それがたまらなく嫌だった。

 

よそはよそ。うちはうち。そんなありきたりな言葉で済ませたくはなくて。けれど私にはどうすることも出来なくて。そして、自覚したあとも大好きな母を嫌いになんてなれるはずもなくて、

 

「──ええ。貴方の事情は理解しているつもりです。ヒフミさんがこの学園に相応しい優等生であるのは周知の事実。そうでなくても大切な友人が困り果てているのなら、手を貸すことが人情というもの。貴方がそれに負い目を感じているのなら、いつか貴方が私に()をお返しするその時を、私は心からお待ちしていますよ」

 

優雅に告げる少女は、この広大な学園にも見劣らない存在感を醸し出していた。所作の一つ一つが隙がなく洗練されていて、その姿を写真に収めればもはやそれだけで芸術作品として完成されるほど。

 

先に述べた家庭の事情から、美容に多少の覚えはある私をして思わず感嘆の声が漏れ出るレベルの美少女──桐藤ナギサは、いつもの如くこちらへの好意をまるで隠さない態度で、そんな台詞を囁くように嘯いた。

 

「あ、あはは……」

 

──本当、ナギサ様の冗談は心臓に悪い。性別まで曝け出した上でこの発言であるのなら、油断をするとうっかり自惚れて暴走してしまいそうになる。

 

けれどそんな真似は出来ない。大恩ある御仁。こんな私を「友人」と公言してくれる彼女の信頼に報いるためにも、間違っても彼女に下劣な感情を向けるわけにはいかない。

 

たかが一年。されど一年。しかし間違いなく、これまでの人生において最も永く感じた時間。当然ながら、決して容易いと言える日々ではなく、そも如何に広大で自由度の高い学園とはいえ、女子校に()()をぶち込もうなんてあまりにも無茶が過ぎると思う。

 

まあ尤も、ナギサ様の協力ありきとはいえ、何だかんだと無事に一年を乗り越えた私が言うのもアレなのだが。

 

「──ふふ。しかし、こうして戸惑う姿を見ていると、改めてとても()()だとは到底思えませんね。骨格こそ服飾や派手なグッズで誤魔化しているようですが、咄嗟の反応も所作が染み付いていらっしゃるようで」

 

それは幼少期からずっとそうでしたからね。日頃の柔軟や姿見の前でのチェックはもはや慣れたものです。あとフリフリな改造制服はともかくペロロ様シリーズに関して言えば割と素です。肯定的に思って頂けたようなら申し訳ありません。

 

苦笑いする私に、少女は微笑みを崩さず優雅に紅茶を啜る。不意に髪がふわりと視界いっぱいに広がり、心地良い香りが漂って来るようで。

 

(──ああもう、すっごく可愛いなぁちくしょう)

 

これでもかと徹底的に、幼少期からそれはもう必死に取り繕った自慢(?)の女装。しかし悲しいことにそれでも心はしっかりと男の子な私。にっこりと笑う彼女の視線を受けて、ただそれだけで魔羅がそれはもう面白いくらい気軽に怒張してしまう。

 

これまでにも見惚れるような美人とは知り合った。逆に憧れるような男子だって居た。あの子が可愛い。あの人はカッコいい。こんな厄介な事情さえ無ければ男女問わずに付き合ってみたいと思う人はたくさんいた。

 

けど、それでも。こんなにも私の心を揺さぶる、これほどまでに情欲を掻き立てられる女性との遭遇は初めての経験だった。一目惚れ──とも少し違う。私が彼女に好感を抱くキッカケはもっと実利的で俗物的なモノだ。

 

(──でも)

 

何にせよ、だ。この状況、これはもう押し倒しても良いんじゃなかろうか。そもそもからして、まあ間違っても私の事情を外部に漏らさないためだとはいえ、異性を自室に招いてお茶会とか恋人にしか許されない距離感なんじゃなかろうか。ならばむしろ押し倒さない方が失礼まであるのでは? そして、そんな最低な手段であってもそれで彼女が私のモノになるというなら──さもありなん。

 

「それはそうとヒフミさん。もう間も無く常より懸念していたプール開きの時期となりますが──」

「は、はいっ!」

 

まるで機先を制すように、あるいは単にタイミングが噛み合っただけか。慌てて姿勢を正して居直る私にナギサ様はくすくすと笑うと、

 

「ヒフミさんは本当に可愛らしいですね」

「──………」

 

は????? 可愛いのはお前なんだが?????????

 

──……あぶないあぶない。ナギサ様があまりに迂闊な事を言うからこちらも危うく襲い掛かるところだった。このような体たらくではペロロ様の信徒としての自覚が足りない。ペロロ様のように紳士に。ニコライさんのように聡明で。ペロロ博士の如き理知的に動かなくては、いつまでも私は道化のままでしかない。

 

「……………」

 

正直、どうしてここまでしてくれるんだろうというか、私の何が彼女の琴線に触れたのかは分からない。それはアリを観察するように、やはりこの学園全体を統べる立場ともなれば、巣の端で無様な挙動をする私のような道化は愉快に感じるのだろうか。

 

並び立ちたい──とは言わない。けれど今の状態からは脱したいと言うか、せめて愛玩動物的な扱いから抜け出したい。ぶっちゃけ男として見て欲しいと願ってる。……自ら望んで女装している分際で、だ。

 

「その、ナギサ様……」

 

いっそ振り切ってしまえば楽になるというのに、それさえも私には出来なくて。

 

私には出来ない。私には相応しく無い。彼女の純白の羽を、私のような薄汚い欲望で汚すことなんて出来っこ無い。それは即ちペロロ様のボディに汚泥をぶち撒けるかの如き所業──ペロロ様なら割とアリなのでは?とほんのちょっぴり思ったがそうではなく、少なくとも現状のままでは、私にはどうすることも、

 

『ヒフミは女の子なんだから』

 

──嗚呼。なるほど、確かに毒親だ。後になってこうして重く伸し掛かって来るのか、この言葉が。

 

いつか笑い飛ばした言葉。かつて理解出来なかった言葉。なるほどどうして、これは中々に堪える。大好きなのに、愛しているのに。なのにそんな今更のように、その教えが鬱陶しくて堪らない。

 

「どうかしましたか?」

「いえ……」

 

少女は笑う。ともすれば吐息すら届きそうな近さ。たかが一年。されど一年。手を伸ばせば届く距離。しかしその空間が永遠にも思える。

 

女の子として愛されて、けれど男の子として認められたくて。女として見られたいのに男らしさを渇望する。

 

(──私は、何がしたいんだろう)

 

ペロロ様は何も語らない。頼れる人なんているはずもない。だって、

 

──男でも女でもない私が、誰かに寄り掛かろうとするだなんて、それは決して許されないことだから。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

とは言ったものの。如何に最高権力者の協力があろうとも、無数の視線が蔓延る学園で共同生活を送るともなれば──特に親しい友達に対して、いつまでも隠し通せるようなレベルの秘密ではないわけで。

 

「ヒフミ」

「は、はいっ……!」

「そろそろ覚悟は決まったと思う──私もあの後、ハナコから改めて男女のアレコレについて学んだ。生憎と私にその手の経験は無いが……体術の一環として寝技なら最低限修めている」

 

たすけて。

 

じりじりと距離を詰めて来るアズサちゃんから目を逸らさないように間隔を空け、机を盾に窓から逃亡を図る。ひょんな事から──具体的には彼女がシャワー中に乱入してきたことによってあっさり性別がバレてしまってからは、こうして事ある毎に貞操を狙われるようになってしまった。

 

いや、好意自体はとても嬉しいのだ。それまで騙していたことや、性別の相違も全部引っ括めて、身を引く私を押し倒し、それでも私を友達だと言って退けた彼女の姿には、溢れる涙を抑えることが出来なかった。その上で慕ってくれるのも、私のことを好きだと言ってくれることも、それはもう本当に、とてもとても嬉しくて堪らない。

 

でも。

 

「世には()()()なる関係もあると聞く──それがヒフミとより深い繋がりを築けるのなら、私はヒフミとそうなりたい」

「っ……!!」

 

──てめ、浦和ぁ!!!!! お前あれだけアズサちゃんに変なこと吹き込むなって言っただろうが!!!!!

 

こ、殺す、絶対に殺してやる……!! まずい、このままではなし崩し的に同級生を孕ませた変態鬼畜女子高生パパになってしまう……!! 変態はこの際事実だから甘んじて受け入れるとして、ハナコちゃんにも騙されるような純真なアズサちゃんを、私のような変態鬼畜女子高生(?)で穢すわけにはいかない!!!

 

「ヒフミ──!」

「アズサちゃん──!」

 

一瞬の交錯の後、迫り来るアズサちゃんを躱して両手を交差させ、窓を割って外へ飛び出す。補習授業部の教室は2階。この程度の高さからの落下であれば、キヴォトスの民に傷跡を残す事はない。

 

「甘いぞ、ヒフミ!!」

 

しかし、それはアズサちゃんにも言えること。逃走経路に戸惑ったとしても、そこは伊達に戦闘訓練を重ねてはいない。無様に大地を転がる私とは違い着地も完璧にこなしたアズサちゃんが、稼いだ僅かな距離をぐんぐんと詰めて来る。

 

(どう──どうする、どうしたら……!?!)

 

本当に何を浦和(あのバカ)に吹き込まれたのかは知らないが、今日のアズサちゃんは本気度がケタ違いだ。衆人環視の中であろうと()()を敢行しそうな凄みがある。つまり、中央広場の方に逃げるのは下策──なら!

 

「ペロロ様、申し訳ありません!!」

 

常より背負っているペロロ様のバッグを前方上空に高く放り投げ、ARで肩部付近を撃ち抜く。散らばった荷物の中から目的のブツを空中で掴み、ぐるんと後方へ翻り床に転がす。

 

「対策その①、()()()()()()()()()()()──」

 

スキンシップは性別バレの第一歩。乳房の有無。身体が硬い。骨格の違い。くびれが無い。陰茎を有する──だけどそもそも、触れられなければそれを確かめる術は限られる。

 

「煙幕……!?」

 

撃ち抜いた煙幕弾より生じる黒煙に紛れて、私はトリニティからの脱出を図る。この一日がよもや私とアズサちゃんの一年にも渡る壮絶な闘いの幕開けになろうとは、その時の私は想像すら出来ていなかった。






TSネタに挑戦してたら何故かこんなのが出来た。多分続かない。
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