「──都合が良かったんです」
正真正銘最後の最後、ありとあらゆる方法で道を塞いで、ようやく観念したように身を投げ出し、絞り出すような声で告げた彼の本音は、確かに誰にも聞かせられないような内容であった。
「都合が良かった。ナギサ様の立場も。美しい容姿も。愛おしい精神も。そんな彼女が私を慕ってくれる事実も。何もかもが私にとって都合が良かった」
犯行を自供する被告のように、罪を告白する罪人のように。弱々しく語る彼に、不覚にも精神が高揚してしまう。ここまでしないといけなかった。つまりはこの姿を見ることが出来るのは私だけなのだ──そう思うと、イケないことだと分かっていても、優越感に近い不思議な感情が芽生えてくる。
「私は、
人形。彼と長く接していると、たまに思い出したかのようにそのワードが出てくる。普段は大好きなキャラクターという以上に崇めている様子すら見受けられるのに、ふと気が抜けた瞬間に人形だと吐き捨てる。都合の良い存在──根幹にあったその理由。私のこともそう思えて、だから手を出すことは憚られた。私を、ヒトを、人形と同列に扱うわけにはいかないから。
「超絶可愛い。めっちゃ綺麗。その上こんな私にも優しくて、しかも明らかに好意まで寄せている。好き──そう自覚するのに、時間は殆ど有しなかった。彼女と結ばれることが出来たなら、これまでの苦悩が全て報われるのだと。私はそう信じていた」
でも。
彼は続ける。不穏な単語。直前の言葉に反証する接続詞。それでも、それにもかかわらず──つまりはそれでは良くなかった。それを単なる幸運とは受け止めることが出来なかったのだ、彼は。
「
自分を誤魔化すために続けた演技。自分が女の子だと思い込んできた。ナギサ様の存在が私にとって都合が良いから、
呆れてしまう。結論そのものは私の方でも予想していた一つではあるが、少しは他人のことを信じられなかったのだろうか。いや、それが不可能な環境だったからここまで拗れたのか。それにしたって確かに婉曲な表現だった自覚はあるにせよ、あれだけ私が愛を返せだのそれっぽいことを散々言っていたのだからもっと信頼して欲しかった。
「返す言葉も御座いません……どうやらミカさんの仰ったように、私はただのお馬鹿さんだったみたいです」
「“みたい”じゃなくて“そのもの”じゃないですか自惚れないで下さい。あとこういう場で他の女の名前を出すのはマナー違反ですよ」
ぐふぅ。と分かりやすく呻く彼。この手の反応は演技なのかそうではないのか分かりにくいが、まあ流石にこの期に及んで隠す意味も薄いので素の反応なのだろう。それはそれとしてちょっとイラッとしたので彼の頭をぺちぺちと叩く。
「はぁ……箱入りと聞くとポジティブにも思えますが、純粋培養というのは時に難儀ですね。まさか初めて接した同世代の殿方がこんなにも特殊で、しかもあっさりと絆されてしまうとは……」
「面目ありません……」
「謝られてはますます立つ背がありません。それでも私は貴方を選びました。その意味は分かりますか?」
はい。と、今度はしっかりと答える彼。不安なところは多々あるが、それは今後いくらでも矯正する機会はあるだろう。
夫を好きなように染め上げるのは、妻の特権であると同時に醍醐味だとか……桐藤の家は女流家系。父親は完全に尻に敷かれ、お母様の趣味は悪いと内心毒付いていた時期もあったが──なるほど。今ならお母様とも笑顔で語り合えそうだ。
「………ふふふ」
曰く、人は禁忌とされている行為を、却って強く欲する傾向にあるという。
何もかもが嘘というヴェールに包まれた彼。そんな人物に秘められた“禁忌”とは、果たしてどのような味わいなのか。釣り上がる唇を隠せない私は、本質的には彼と同類なのかもしれないと、ぐったり無抵抗で倒れ込む彼の姿を見て、私は改めてそう思った。
☆☆☆
その後のことについて、少しだけ語ろうと思う。
直前になってシスターフッドと救護騎士団のクーデター騒ぎ(※単なる誤解でした)というちょっとした騒動にこそ遭遇したものの、トリニティ謝肉祭そのものにあっては特に大きなトラブルもなく、無事に全行程を消化することが出来たと見て良いだろう。
我々補習授業部が手掛けたエデン条約編(仮)については、残念ながら上位入賞するには至らなかった。やはり題材がニッチ過ぎたのと、謝肉祭の雰囲気に合わない重苦しさが要因だろう。
ただ、基本的に表舞台には出ないティーパーティー全員が参加する(結局あの後ナギサ様も参加することになった)劇ということもあり注目度はかなり高く、また内容の評価自体はとても高かったようで、特に外部からやって来たクロノスを始めとする各種メディアなんかは、やはりあのミサイルがどういう経緯で撃ち込まれたのか気になっていた者も多かったらしく、しばらくはワイドショーの一画を担う羽目になったりもした。
でもあんなに頑張ったのに鏡の部屋以下は流石にちょっと納得いかない。まあ場違いというか“謝肉祭の出し物”としての評価基準から脱落してるような作品だったから何も言えないけど。多分もっと真面目な舞台だったらきっと評価されていたはず……多分。
ともあれそんな空気を読まない我々の演劇とは違い、コハルちゃん属する正義実現委員会の演劇『麻痺した森の姫』は、有名な作品ということもありかなり高い評価を集めていた。そもそも正実は人数が多いのと、本人は大道具だったので劇そのものにはあまり関われなかったそうだが、王子様役の先輩がカッコよかっただのツルギ委員長の意外な面に驚いただのと本人はとても満足そうだった。
ハナコちゃん達の占いの館やアズサちゃんのぬいぐるみカフェについても、客層が年頃の女性が大半を占めるというのもあってか、コハルちゃんと同じく揃って上位にランクインしていた。別にオープニングステージなんかとは違い上位入賞したからとそう大したものは贈られないわけだが、こういうのは気持ちが大事なのだ。記念品として貰ったお菓子を真空保存するとか言い出したアズサちゃんに関しては、気持ちは分かるが流石にやんわり止めておいた。
──え? 鏡の部屋??? 逆に聞こう。どうしてあんな手抜きが高い評価を得られると思ったのか。そりゃあ物珍しさで訪れる人数こそ割と多かったけど、目立つ演劇やらオープニングステージやらを差し置いてあれに高評価を入れる人がいたらちょっとその人の正気を疑う。遊園地じゃねーんだぞ。私が当番で受付している時、出口から出てきた女の子が一言『面白かったー』とかそれっぽいこと言ってくれたからもうそれで満足でしたよ。ええ。
そうそう。オープニングステージと言えば。演劇に感けて少し見ない間に、アイリちゃんは随分と晴れやかな表情をしていた。どうやらあちらにも何かドラマがあったらしい。力になれなかったことは残念であるが、所詮彼女の綴る物語において私なんて脇役も脇役だ。私は又聞きでしか知らないが、アイリちゃんから聞いていた通りに放課後スイーツ部は良き人たちの集まりであるらしい。いずれ私も彼女たちと向かい合って話してみたいものだ。
そして肝心のミカさんの評価については……曰く、『まあ改善はされたよ、改善は』とのこと。いや間違いなく対応はだいぶ柔らかくなったそうなのだが、なまじ本人に“悪いことをした”という自覚がある分、変に同情されると逆に申し訳なってくるらしい。
『監視していた正実の子が、「私も草むしり手伝いましょうか?」って言って来たときは本気で勘弁してくれと思った』とは本人の談。まあ色々あったとはいえ親友殺そうとしていたのは事実なわけですからね……。ちなみにセイア様はそんなミカさんの苦悩を見てちょっとだけ笑っていた。あの人って実は結構性格悪いよね。
最後に、我々の関係についてだが──
「ヒフミさん」
「は、はいっ……!」
「お聞きしましたよ………
たすけて。
意外というか、想像通りと評するべきか。案の定ナギサ様は、どうやらかなり嫉妬深い性質だったらしい。まあそれ自体は愛されてる実感が湧いてとても嬉しいのだが、流石にモモフレ繋がりのちょっとした会話くらいなら許して欲しい。
他にはハナコちゃんと会う旨を告げると露骨に不満そうにするし、そんな姿も可愛らしいのだが、せめて補習授業部の人たちとくらいは普通に交流させて欲しい。何だかんだ言っても私は補習授業部のみんなが大好きなんですよナギサ様!!
「ですからその人たちが一番信頼ならないと……!! どうもヒフミさんは、まだまだ桐藤の者としての自覚が足りないようですね……!!」
「な、ナギサ様!!?! どうしておもむろに鍵を閉めたんですかナギサ様!!?!? ちょっと待ってくださいそこ握るのホントに許してくださいナギサ様!!!!! あっ、駄目ですそれはいけませんナギサ様!!! スキンは挨拶だって母が!!! 最低限のマナーすら守れない男は最低だってナギサ様!!! ナギサ様ぁぁぁあああ!!!!!」
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今なお栄華を誇るトリニティ総合学園の生徒会であるティーパーティーには、とある伝説を打ち立てた一人の少女の存在が実しやかに語り継がれている。
ただし、その“伝説”が如何なる内容のモノであるのかは──その少女の無二の親友と謳われたとある生徒の真実のように、ここでは伏せておいた方が良いだろう。
これにて本作品は完結です。色々と酷い内容で本当に申し訳ありません。
それでは、お目汚し失礼しました。また機会があればいずれお会いしましょう。
……どうにかナギサ様の品格は守られたな、ヨシ!
ナギサ様視点に関しては、一応は既に書いてあるので新年のおみくじが大吉で気が向いたら投稿したいと思います。