演技をすると人格が不安定になる、という話をどこかで聞いたことがある。
まあそれはその通りと言うべきか、よく考えなくても本来の人格を隠すということは、つまり時には自分がやりたくもないことをやるというわけで、それでストレスが溜まらないという方が理不尽な話ではあるだろう。
人間関係を重視するこの社会において、みんな大なり小なり何かしらの演技をしている。本当は早く帰って寝たい。実はあの人はあまり好きじゃない。あるいはあの人は好きだけどたまに理解できない難しい話をする──なんて事のないそんな不満が重なって、けれど露出させることも出来なくて、そのまま思考の渦に飲み込まれていく。
『ペロロ様。お許しくださいペロロ様。ヒフミは、ヒフミはナギサ様を──』
人形に人格を見立てる。というやり方は、私にとって天啓とも言えた。ものを言わぬ人形であれば、どんな不満でも黙って受け止めてくれる。如何なる不浄であろうとも、その全てを無言で肯定してくれる。男女の性差について学んで、それでも女の子として有ろうとして、けれど本能に抗えなかった私を、
私の交友関係が拡大するにつれて、私の収集癖はどんどんと悪化していった。優しいペロロ様。厳しいペロロ様。カッコいいペロロ様に美しいペロロ様。誰にも知られない本当の私。誰も知らない要らない私には、ペロロ様しか本当の友達はいない。だから、少しでも多く。私になんて負けないくらいにたくさん。
私の演技が自然になっていったのもこの頃からだ。中学に上がった頃には、私は既に心身ともに女の子になっていった。不埒な欲望をぜんぶ本当の私に押し付けて、仲の良い友達とスイーツを貪りながらクラスのユウキ君がヒロシ君がカッコいいよねと談笑する。
(本当の私なんて、要らない──)
陰茎を切り落とそう。そう考えたことは一度や二度では済まない。誰かに不純な気持ちが湧くたびに、ペロロ様にその欲望をぶつけてきた。私は違う。私はそうじゃない。私が好きなのはペロロ様だから。だから友達を襲いたいだなんて、そんなの本当の私じゃない。
ペロロ様。お助けくださいペロロ様。お許しくださいペロロ様どうか。ペロロ様。ペロロ様──
人形は何も言わない。人形は何も語らない。当然だ。そもそも人形とはそういうものだからだ。どんなにペロロ様を増やしても。どれほどのペロロ様に囲まれても。本当の私を求める人なんて、世界の何処にもいるはずがなくて──
『──ふふふ。それが男性としての貴方なのですね。ヒフミさんがああも貶すのでどのような醜悪な本性かと思えば……私はそちらも好ましく思いますよ、ヒフミ君?』
あっ好き……!!!!!!お嫁さんにしたい……!!!!!!!!!!
その日。一部に謎の穴が空いているペロロ様グッズにナギサ様の写真が貼られたキメラが多数爆誕した。
☆☆☆
「おおおおこれがマスタードーナツ限定ペロロ様チョコミントバージョン……!!!! ほ、本当に頂いても良いんですか??!?」
「う、うん。私はもう持ってるし、ヨシミちゃん──あっ友達は別に要らないからって」
ペロロ様が大きなドーナツを浮き輪のようにして戯れる素晴らしい偶像を抱えてくるくると回る。え? お前のペロロ様好きは代償行為なんじゃないかって? いやいや確かにそれもありますがそれはそれとしてペロロ様は大好きですよ。
私も伊達に数多のキャラクターの中からペロロ様を選んだわけじゃない。『ペロロ様で1000回は抜いた』と断言できるこの男ヒフミ。今でもペロロ様を愛する気持ちに嘘偽りはありませんとも。……まあオーバーリアクションは多少の演技も入ってはいますが。
正直な話、私の嗜好の話を抜きにしても、“特定のキャラクターが好き”というのは個性の後付けには非常に都合が良いように思う。あらゆる行動の動機やきっかけにもなるし、時にこうして友達との繋がりの補強にもなり得る。まあ私としても別に無理してこのキャラクター性を保っているとかではなく単に素ではあるが、役に立つなぁと感じたことは一度や二度ではない。ペロロ様は都合の良い御方です。
「ほぉぉ……お化け屋敷喫茶ですか──良いですね。私の時はお化け屋敷も何もない、正直何の面白みもない普通の喫茶店でしたので」
ひとまずお礼と情報収集も兼ねて共に近くの喫茶店で軽くお話する。彼女は私の本性を知らないので、ある意味では遠慮なく話せる貴重な人材の一人だ。そうでなくとも可愛い後輩とのお茶会などと実に心が躍る。その手の遠慮をしてたら逆にバレるリスクが増えるから仕方ないんだ。可愛い後輩とお茶会ヤッターとか思ってるわけじゃないんだ可愛いヤッター。私は単純な人間です。
そんな私の内心などいざ知らず、アイリちゃんは紅茶にチョコミントパフェという食い合わせが良いのか悪いのかよく分からない組み合わせのスイーツを摘みながら告げる。
「ヒフミちゃんは……まだ決まっていないんだっけ? まあうちのクラスも草案の段階だし、これからいくらでも変わりそうだけど」
「そうですね。ですが正直、今年はクラスの出し物を凝るよりも、部活の方で力を入れたいと考えていて──」
別に隠すつもりもないので素直な気持ちを告げると、何故かアイリちゃんは意外そうな顔をして、
「部活──というと、あの例の?」
「ですね。補習授業部……まあ響きこそあれですが、中身は別に大したことはないので……」
より正確には“今は”大したことがない、というのが実態ではある。が、半端に説明しても単に誤解を招くだけなのでここは適当にお茶を濁す。ティーパーティーの面子すらロクに把握してない彼女たち一般生徒にゲヘナとの確執とかトリニティの政争とか告げてもちんぷんかんぷんだろうし。
「聞いたところによると、今年は正実が演劇。ハナコちゃんは占いの館。そして私とアズサちゃんは未確定ですが鏡の部屋にぬいぐるみカフェとのことで。他にも今年はスポンサーとしてあのベロニカが付くとか、例年通りのアイドルイベントに加えて端の方でアートギャラリーが開かれるとか──」
「……いつも思ってるけど、ヒフミちゃんってそういうの何処で調べてるの? まだ何処も草案の段階なのに……」
んん? いやまあ普通に……ナギサ様経由の情報が多いから普通じゃなかったわ。あの人って普段からそういう仕事ばっかりしてるから、どうしても話題がその手の話に偏っちゃうんですよね……。
「ナギサ様……と言うとティーパーティーの? 私はあんまり知らないけど……そっか、ヒフミちゃんと仲が良いんだ……」
「……????」
これも別に隠すことでも無いので素直に情報の経路について語ると(流石に日常的に夜会をしていることは言わない)、何故かアイリちゃんはやや顔を曇らせてそのように呟く。な、何かダメなところとかあっただろうか……アレかな、ティーパーティーの人にたまにいるナギサ様は天上人だから友達は要らないとかそういう思想の──あんまり知らない人を相手に流石にそれはないか。まあ私がナギサ様の友達として相応しくないのはその通りだけど。
「………」
困ったな。何が原因なのかさっぱりだけど、こころなしかパフェを食べるペースが落ちたような気がするし、私の迂闊な発言で可愛い後輩を曇らせるなんて申し訳ない。何か──何かあっただろうか。彼女が喜びそうな話題……ええと。謝肉祭……スイーツ部……あっ、
「──そ、そうです! 今年はオープニングライブの賞品として、かの“フレデリカ・セムラ”が贈呈されるとか……」
「……………」
ちょっと強引にでも興味を惹けそうな話題を提供してみるも、依然として彼女の顔は曇ったまま。あれ? これは対応をミスったかな……? い、いくらスイーツ部とは言っても、流石に死人が出たような逸話の甘味は求めていなかったか──え? もしかしてこれで今後彼女と気まずくなるとかある??? 超絶可愛い美少女後輩とこうしてお茶会できなくなるとか致命どころか人生の損失なんだけど??????
戦々恐々とする私であったが、どうやら流石に杞憂であったらしく、彼女は未だ悩んでいる様子ではあったものの、一転して軽く微笑みを浮かべると、
「ふふっ。確かにヒフミちゃんはその人と仲が良いかもしれないけど──今のヒフミちゃんは、私が独り占めしても良いんだよね?」
は????? 可愛いかよ???????
いやまあ流石にお世辞の類かと思うのだが、私の取り合いで嫉妬とかお世辞にしても泣きそうなくらい嬉しいんだけど。良いのか????私ってば単純だからそんなに好感度上げると遠慮なく奢っちゃうぞ????ホントすぐさま惚れちゃって大好きになるぞ?????
実際、ナギサ様がいなかったら普通に惚れちゃいそうなくらいクリティカルな言葉だった。唐突にそのような甘言で私を誑かすとは、放課後スイーツ部の名は伊達ではないらしい。
──それはそれとして、だ。
「……何か悩みがあるのでしたら、いくらでも相談に乗りますよ」
「────」
今度は私がクリティカルの言葉だったらしく、スプーンに乗せたアイスがポトリと器の中に落ちる。
「ッ──どうして……」
どうしても何も、わからいでか。こちとら伊達や酔狂で日頃から演技しているわけじゃない。彼女が普段から何かを思い悩んでることくらい分かるし、そりゃあ私とアイリちゃんはそこまで深い付き合いというわけではないけれど、是非ともその悩みを解決したいと思うくらいには彼女を大切に思っている。
しばらく無言で佇むアイリちゃんだったが、やがて紅茶を一口飲んで唇を湿らせると、
「……ごめんね。今は私もまだよく分かってないの。でも──」
「その時は呼んでくださいね。絶対、ですよ?」
対策その②、なるべく人には親切に。転ばぬ先の杖、情けは人の為ならず──これはバレた前提の話ではあるが、アズサちゃんやハナコちゃん達の時のように、その人と交流を深めれば深めるだけ、いざという時に拒絶されないかもしれない……まあ例によって例の如く、殆どが自分の都合に因るものだ。だから遠慮せずに頼りなさいな。こう見えて交流関係だけは割と広いんですよ私。
少し語気を強めて、身を乗り出して“絶対”とまで強調する。この子は普段から遠慮しがちだけどそれ故に友誼を重んじるから、こうまで言っておけば溺れる直前の藁くらいには気に留めてくれるだろう。多分きっとメイビー。
じっ、とアイリちゃんの綺麗な瞳を覗き込んでいると、不意に彼女がくすくすとどこか既視感のある笑みを浮かべて、
「じゃあ、その時は頼りにしてますね。先輩♡」
「ッ……!!?!」
危うく口に含んだお茶を吹き出しそうになるのを堪える。それは卑怯というか、この短時間でどれだけ私の好感度を上げるつもりだ小悪魔ちゃんめ。こちとら収集癖のせいであまり金銭的な余裕はないというのに。これじゃあ次も奢るの確定になっちゃうじゃないか。まあそんなんで良いならいくらでも貢ぎますけどねええ。可愛いは正義。つまりペロロ様は神。Q.E.D. 証明終了。
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頂いたペロロ様を大事に抱えながら、今日のことについて想いを馳せる。謝肉祭のアイデア作りという意味では一切の進捗は無かったものの、それでも実に有意義な一日であった。素直な後輩美少女からしか得られない栄養はあると思います。きょうはなんにもないすばらしい一日だった。
「ヒフミ。見つけたぞ」
素晴らしい……一日……だったなぁ──
ペロロ様を抱えながら逃げられる気がしなかったので、迫り来るアズサちゃんをどうにかこうにか口八丁で騙くらかして、先程会計を済ませた喫茶店にUターンして今度は真面目に謝肉祭の出し物について真剣に話し合う。
ここ最近は暴走気味なアズサちゃんではあるが、その根は真面目すぎるほど真面目な人間だ。より優先するべき事項はきっちりとしているし、誰かの頼みは基本断らない。それに付け込む私もどうかとは思うが、私も私でアズサちゃん大好きだから二人きりの時全裸で迫られたりしたら絶対私が暴走する。私は単純なのだ。
「そういえばヒフミ。さっきハナコがヒフミに何か話があると言っていた。ただ、特に急ぎというわけではないらしい」
「おお。昨日の今日でもうですか。流石はハナコちゃん。頭の回転では敵いませんね」
元より補習授業部での出し物。後の会議は全員が揃った時にした方がいいだろうと適当に言い訳を並べて、アズサちゃんが何か疑問に思わないうちにその場を後にする。
ここ最近は特に慌ただしい一日が続くが、それも悪くないと感じる自分がいる。それがどうしてなのかは自分でもよく分かっていないけど、そんな心地良い倦怠感に身を委ねながら、私は帰路に就くのだった。
余談ではあるが、ナギサ様もナギサ様で色々と試行錯誤したのか、その日も継続して行われた抱擁は何故か昨日の5割増しくらいで力強かった気がする。そのせいでまた私は翌日に遅刻ギリギリで登校することになるのだが、それはまた別の話である。
おかしいな……ヒフミ君がまともに見える……この作品はテンション壊れたヒフミが慌てふためく深夜テンションで書いたギャグ作品のはず……。
どうやってもえっちな方向に繋げられなかった非力な私を許してくれ…。