──どうしてあの子を疑ってしまったのだろうと、今でも毎日のように夢を見る。
学校のことを社会に例える人がいるが、それは当たらずとも遠からずな喩えであると思う。
例えば成績。特に学生の身分であれば、成績の良し悪しは即ち分かりやすい優秀さの顕れとなる。親が金持ち、ゲームが上手い、節制が得意──等々。少なくとも学校という狭いコミュニティにおいて、不要な技能はとことんまで省かれる。最低限の常識。最低限の能力。最低限の人格──むしろ突出した人間こそ疎まれて、個性を潰し能力を均し、ただひたすらに平均的な人間を生み出そうとする。
それがいわゆる普通の人間だと、少なくとも私はそのように習った。ただ、そうであるなら普通とは何だろう。たかだか数十人のクラスにしても、その中で最上位最下位の成績が生まれる。ならば最上位の人間は優れた人であるのか。あるいは最下位の人は蔑むべきなのか。
結論から言うと、そんなものは誰にも分からない。“普通”なんて、半ば蔑みの意味も込めて他称されるものであり、少なくとも目指すべき目標では断じてない。
それでも、私は普通になりたかった。普通の女の子として、あるいは普通の男の子として、奇異に思われるのが嫌だった。だからそれなりに努力して、それなりに運動もして、それなりに遊んでそれなりに勉強もして。幸か不幸か、私の潜在能力はあくまで平凡の域を出なかった。どこまで行っても凡人で、人並みの努力で人並みの成果を出せる。そんなどこにでもいる人間。
かつて私は、『それが良い』と言った。けれど私は、『それで良い』と諦めた。僅かな違い。言葉遊び。しかし意味するところは真逆で。きっと自分でもよく分かっていない。
特別になりたいわけじゃなかった。特別なものなんて私にはなかった。私には何もない。私は何も得られない。私だけの特別。私の普通。私の何か。
求めてはいなかった。求めたくなった。過去と未来。真逆の私。ずっと求めていたモノ。私だけの特別。何かの代わりなんかじゃなくて、私だけの特別。
“変わったね”と誰かは言う。それは違う。“私”は何も変わっていない。ひとりぼっちの私。ずっと何かを渇望していた私。求める限り、私は私として此処に在る。
──別に“普通”が悪というわけじゃない。ただ、都合が悪かっただけだ。
☆☆☆
トリニティ総合学園は、このキヴォトスの中でも頂点を争うほど有名なマンモス校として知られる。
まず第一に敷地が広い。多分トリニティを知らない人がイメージするマンモス校の軽く4倍は広い。その尋常じゃないくらいあまりにも広い敷地は一つの国にも喩えられ、併合し強大となった学園のそれが、いわゆるキヴォトスにおける“自治区”の興りとされているとかなんとか。
「ごめんくださ〜い。ハナコちゃ──浦和ハナコさんはいますか〜?」
まあ、そのような歴史など、あくまで一生徒でしかない私には関係のない話。学園が広大であるが故に必然としてクラスがバラけていることに不満はあれど、アビドスのような零細の学園と比較して、どちらが優れているのかは語るまでもない。尤も、アビドスのみなさんはあの学園に拘る理由があるので利便性の一言で比較することはできないが、交友関係が広がると考えるとそれはそれで嬉しいものだ。
「ハナコさんですか? それなら先程旧校舎に向かうと仰ってましたけど……」
「おっと、入れ違いでしたか……教えて頂き有難うございますセリナちゃん」
なんだその格好可愛過ぎか????????
危うくそんな風に悶えたくなるほど愛らしい魔女っ子コスプレで姿を現したのは、救護騎士団エースで次期団長とも謳われる鷲見セリナちゃん。彼女と私との関係はそのまんま友達のクラスメイトと決して深い関係であるとは言わないが、彼女の人当たりの良さもあってか機会があればたまにこうしてお話しするくらいには交流がある。
しかしその格好──ハナコちゃんの話だと、彼女のクラスは占いの館をやるんだったか。既に衣装まで用意しているとなると、もう草案は固まったと見るべきか。うちのクラスなんて迷走に迷走を重ねて鏡の部屋なんて何だかよく分からない出し物が通りそうなくらいなのに。流石は救護騎士団、思い切りの良さはこの学校でも随一である。どうでもいいけど鏡の部屋って地味に予算が掛かると思うのだが、サラッと案が通りそうなあたりやっぱりお嬢様学校だなぁとは思う。
社交辞令と素直な気持ちを込めて、その服装が大変似合ってる旨を伝えると、セリナちゃんは恥ずかしそうに頬を掻いて、
「あ、ありがとうございます。私のような付け焼き刃が魔女の格好なんてと、実はちょっと不安だったりしたんですが、ヒフミさんにそう言って頂いて少し勇気が出ました」
お前くらい可愛ければ割と何を着ても似合うよ。流石にその発言は身も蓋も無さ過ぎるので自粛したものの、実際セリナちゃんは方向性は違えどハナコちゃんにも負けないレベルの美貌の持ち主だと思う。
というかこの学校美人多くない?????誰に聞いても頂点であるナギサ様を始めとして、ミカさんハナコちゃんアズサちゃんコハルちゃんアイリちゃんにセリナちゃんと、ここ最近会った人だけでも余裕でトップアイドル狙えそうなアイドルグループが3つは作れるぞ?????面接官さん嘘ですよね?????あの液晶画面に浮かんだ快い笑顔は偽りだったのですか?????ちなみに私の志望動機は全部偽りです。当然だよなぁ??
「あ、そうです! このまま単に入れ違いというのもアレですし、拙いですが、私の占いを受けてみますか?」
良い子ちゃんかよ。
善意100%で言ってるのがありありと分かるにこやかな笑顔。まあ救護騎士団に入ってる時点で良い子なのは確定だけど、単に友達を訪ねてきた知り合い程度にこの対応ってここが女子校じゃなかったら勘違い男子を量産しているぞ。勿論その第一号は私だ。
「それでは………むむむむ。整ってきましたよ……!!」
快く承諾すると、セリナちゃんはどこからか取り出した水晶玉を掲げ、難しそうな顔で唸り声を上げる。……いや、え? 確かに魔女っ子チックな服装だけど、手相とかそういうのじゃなくてそんなスピリチュアル的な占いなの……? それは流石に難易度が高いというか素人には不可能では……?
私の疑問などいざ知らず、セリナちゃんは何故か謎かけで定番の決め台詞(?)を告げると、閉じていた目をカッと見開いて、
「ヒフミさんは──今日、運命的な出会いをするでしょう!! 恋愛運マシマシです! あちらから素敵なラブパワーを感じます!!」
びしっと私の左後方40度くらいを指差し、セリナちゃんは力強く告げる。
「………」
しばらく続きを待って見るも、しかし続く言葉は無く、視界に広がるのは何処か自慢げなセリナちゃんだけ……え????? 終わり?????
あの、その……厚意でやって貰った分際でケチを付けるのもアレだが、びっくりするほど信憑性がない。はっきりと言ってしまえば“これ適当言ってるだけでは?”という感想。媒体が手相だったりなんか星座が絡んできたり、果てはバーナム効果を狙ったものですらない、全てが彼女の一存に因るものであるなら尚更。
それに運命的な出会いって──運命なんてもう知ってるし、出会いってことは新しい知り合いとかでしょう? だったらほとんど意味ないというか、それに彼女の視点から示唆する素敵な出会いとか即ち男性である可能性も……。
「──ありがとうございます。そんな出会いがあるのなら、それはとても楽しみです」
そんな思考はおくびにも出さず、彼女に負けないくらい柔らかな満面の笑顔で返答する私。やってて良かった日頃の演技。素の状態だとまず間違いなく微妙な表情を浮かべていた。ま、まあ? 考えようによっては貴重な男友達が出来る機会と考えたら──まあ欲しいかと言われると……うん。
しかし道を示されたからには乗らねばならぬ。いやそんな大層な考えでもないけど、まあ少し遠回りするくらいでざっくり旧校舎の方だから別にいいかなと指された方向に歩みを進める私。運命なんてそんな大袈裟な。大したことないに決まっている──内心でうっすら馬鹿にさえしていた私は、突如として信じられない光景を目の当たりにする。
ぱっちり開かれた美しい瞳。すらっとした艶かしいボディ。長い手足は芸術品を連想させるほど引き締まっていて、ぴょこんと生えた猫耳が情欲すらも掻き立てる。
(う、ウェーブキャットさん!???!?!!??!?!)
一体、誰がこのような神をも冒涜する残虐な行為を仕出かしたのか──道端に打ち捨てられていたボロボロのウェーブキャットさんのぬいぐるみ(昨年度冬発売1/4スケール定価¥2600税抜)との出会いは、確かに私にとって間違いなく運命とも言えるものだった。占いって凄い。それはそれとしてこの仕打ちをしたやつは絶対ぶっ殺してやる。
「今! お助け致します!!!!!」
色々な疑問をかなぐり捨てて、制服が汚れることも厭わず、慌てて窮地にあるウェーブキャットさんをお助けする。なんて酷い……ああ、こんなにも逞しい右手が取れかけて──どれほどの間をここで一人寂しく過ごされていたのか、占いを馬鹿にしていた己をこれほど悔やんだことはない。
「ん………?」
「あ──………」
近くのベンチに座り、手持ちのタオルで玉体を磨いたり、取れかけた右手を刺繍していたりするうちに、ふと顔を上げると、気付けばどこかで見覚えのある顔の美女が、何やらとんでもなくシックで可愛らしい衣装に身を包み、じっとこちらを見つめていたことに気付く。
「え、ええと……」
「あれ──もしかして、救護騎士団のミネ団長……?」
なんだその格好!????!??!?!!(二度目)
直前までセリナちゃんと会話していたからだろう。普段とはまるで雰囲気の違う衣装であっても、それを誰が身に付けているのかはすぐに分かった。しかし、理解出来たからこそ困惑をする私。だってそうだろう。ミネ団長と言えば普段は騎士団の名に恥じぬような、ある意味ではコスプレのような白衣の救護服にライオットシールドが特徴的な女傑だ。それが市井の女の子のような、いやもっと派手めでオシャレなゴシック服に身を包んでいるとか、想定外にも程がある。
「こ、これは、その……」
即座に正体を言い当てられて流石に怯んだのか、ミネ団長は普段の豪快さが嘘のようにたじたじと僅かに後ずさる。……改めて見るとこの人もこの人ですごい美人だな。普段と印象まるで違うけど超似合ってる。なんかのコスプレ、いや衣装?そういえばどこかアイドルっぽいと言えなくも──もしや例年のアイドルイベントの?(ここまで7秒くらい)
「──モモフレンズに、興味がお有りですか?」
「え??」
まあ何か事情があるのだろうと。服装については触れずに当たり障りない話題を振る。おいこらモモフレンズは一般的じゃないとかほざいた馬鹿は全員ぶん殴ってやるからな、じゃなくて。
「私はここ、トリニティ総合学園二年生の阿慈谷ヒフミと申します。趣味と言いますか、我が宿命としてモモフレンズをこよなく愛するこの学園の一生徒です」
「は、はあ……って、あじたにヒフミ……? もしや、貴女があの……?」
ちょっと待った。“あの”って何だ。そもそも名前を認知されているだけでもびっくりなのに、私が救護騎士団に対して何かしたか?????
「分かります……貴女もこの愛らしいウェーブキャットさんが、こんな奥まったところで人知れず打ち捨てられていたことに義憤を覚えるのでしょう──」
「い、いえ──そういうわけでは……」
「この子は身を清める必要があるのでお渡しできませんが──僅かにでも興味を惹かれたのであれば、これを」
バッグからウェーブキャットさんの缶バッジを一つ剥がしミネ団長に提示すると、厚意を無碍にするのも悪いと思ったのか、彼女はおずおずと近寄ってきてその缶バッジを恐る恐る受け取る。
「ええと……これは一体、何に使うものなのでしょうか……」
缶バッジをご存じでない!??!!?!?!
驚いてはみたものの、確かにミネ団長ってそういうの疎そう(偏見)だし、まあ知らない人は知らないか……何に使うのかって??? “可愛い”以外に理由が必要だとでも?????(真顔)
「お気に召さないようでしたら、今は持ち合わせがありませんが、一通りのグッズは揃えていると自負してますので、入手困難なグッズ等がありましたら、まずは私にご相談ください」
「え、ええ……」
「それでは、またの機会に!」
布教は積極的に。名前を知っていたなら不要かもしれないが、困惑しきりのミネ団長に連絡先を握らせて、私はウェーブキャットさんを労うべく旧校舎の部室へと向かう。
このなんて事のない出会い、ちょっとしたきっかけで知り合った彼女との交流が、後に大きな火種となることを、その時の私は知る由もなかった。
分かる人には分かるかもしれませんが、ここのヒフミくんは某エロゲの湊くんをイメージしてます。恩義によって恩人に誘惑されても手を出せない。割と性欲旺盛。意外とハイスペックと。まああちらはエロゲなので割とあっさり手を出したりするんですが。