どうしてあの子を疑ってしまったのだろうと、今でも毎日のように夢を見る。
それはあの子が私を見限る夢。至極当然の権利として、私を詰り罵倒し石を投げつけ唾を吐き捨てる──そんな光景。
解像度もリアリティも何もかもが荒いその光景が、誰をも信頼しない私の本質を表しているような気がしてならない。理性ではなく本能として、お前は誰のことも信じない薄情な人間なのだと突き付けられているようで──
「ドキュメンタリー?」
どことなく疲れた様子のハナコちゃんが切り出した提案は、およそ文化祭のイメージに沿わないような、私たちがまるで予想だにしていなかったものだった。
ドキュメンタリー。“ドキュメンタリー番組”のように、クロノススクールの報道なんかでたまに聞く言葉だ。不良に立ち向かうヴァルキューレ警察学校の密着取材をしたり、それこそトリニティの内情について詳しく紹介したりと、言葉の意味自体はパッと出てこないけれど、そういった趣の番組で取り扱われたりする単語。
ただ、それを文化祭の出し物にするとは一体どういうことだろう。疑問符を浮かべる私に、ハナコちゃんは眠そうな眼をぐりぐりと擦りながら補足する。
「今なお記憶に新しいエデン条約を巡る一連の騒動──しかしその実情について、残念ながら未だ一般生徒には知れ渡っていないのが現実です。ミカさんの審問会の記録を漁れば細かな経緯を調べることは十分に可能ですが、そもそもが近寄り難いティーパーティーの幹部構成員を相手に、わざわざそこまでする生徒が存在しないのもまた事実。特にミカさんは騒動の最中に呼ばれた『魔女』や『裏切り者』といった悪名ばかりが先行し、どうして彼女がそのような凶行に至ったのか、動機を鑑みず過剰に不当な扱いを受けているように思います」
つらつらと語られる言葉は澱み無く、この提案が一朝一夕で培われたものではないことがありありと伺える。それはおそらく彼女がこの案をずっと前から、それこそエデン条約の顛末がおおよそ定まった頃あたりからずっと温めてきたのではないかと考えられるほどに。
「故にこそ、事の発端であり全ての内情を知る私たち補習授業部が、エデン条約に纏わる数々の
ばん!と分厚い紙束を教壇に叩き付けて力説するハナコちゃん。それほど声は張り上げていないはずなのに、有無を言わさない迫力を感じる。
──エデン条約の裏側。確かに私たちは裏の事情なんかの諸々を知ってはいるのだが、それを誰かに伝えようなどとは考えたこともなかった。けれどハナコちゃんはそうじゃなかった。おそらくはずっと負い目のようなものを感じていた。成り行きとはいえティーパーティーに反旗を翻し襲撃したこともある。
巡り巡って塞翁が馬、結果オーライ、結果が良ければ全てが良しでは心情として納得できない。それはきっと、彼女が誰よりも優し過ぎるからこその──誰よりも他者を気遣える子だからこそ、我慢が出来ずに飛び出してきた、いわゆるひとつの
「それで、ハナコ。我々はまず何を手伝えば良い?」
ここまで言わせて、反対意見などあろうはずはない。アイコンタクトをする必要さえもなく、まずは一番積極的なアズサちゃんが一歩前に進んで問い掛ける。まだ了承も得ていないのに“我々”と称するのはおかしい。なんて無粋な突っ込みを入れる人などここにはいない。それがどんなに困難であったとしても、仲間の期待には必ず応えるのが補習授業部で培ってきた絆だ。
え? そんな絆が危うく崩壊しかけたヒフミ男の子事件???……嫌な、事件だったね(目逸らし)
アズサちゃんの言葉に、少しだけ面食らった様子のハナコちゃんだったものの、私たちが協力的だと分かると、すぐにいつもの余裕ある笑みを浮かべて、
「面子が圧倒的に不足しています。流石に数十人単位で人員が必要とまでは言いませんが、せめて最低でも8人は欲しいです。その上でなるべく補習授業部のメンバーは変更したくないので、そのうち半数にはいわゆる“悪役”を引き受けてもらわないといけません」
おおっと流石にハードル高いな……いや、それでも限界まで削っているのか。なにせエデン条約の再現となるとどれだけ削っても4陣営分の人員は欲しい。その上で補習授業部は削らないとなると、本当にカツカツ、更に内容をバンバンカットする前提でシナリオを組んでいるのだろう。
「……それが暫定のシナリオですよね? ちょっと読ませて頂いても?」
まずは確認をと教壇に置かれた紙束を手に取り、軽く50枚はありそうな膨大な原稿をトントンと纏める。一枚目にデカデカと書かれているのは『エデン条約編(仮)』という文字。結構な量だけどこれで半分以下しか持ってきてないってマ??? そもそもハナコちゃんに文才があったことも驚きだけど、まさか本当にトリニティ発足からやるわけでもあるまいし、どんな内容になってるのやら。
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キヴォトスに於ける三大校と謳われ、現在も栄華を誇るトリニティ総合学園。
しかしその影には、かつて学園を巡る戦いで淘汰され、忘れ去られたとある学園の姿があった。
今はその名を知る生徒も多いことだろう──学園の名を『アリウス分校』。そう、かつてエデン条約調印式において、あの惨事を引き起こすこととなったとある生徒の所属する学園である──
百合園セイア(以下、セイア)「エデン条約。それはかつて連邦生徒会長が推し進めていた、ゲヘナとトリニティ間での平和条約に他ならない」
白洲アズサ(以下、アズサ)「………」(無言で首肯。照明は向けない。シルエットが辛うじて見える程度に)
セイア「どうして彼女がこの条約に『エデン』の名を付けたのか、それは興味が尽きないことだが───今はお客さんの相手をしようか。さて、君は──私を殺しに来たんだね?」
アズサ「──ああ」
冷たい声が木霊する。誰もいないはずのセーフハウス。けれど少女は半ば確信と共にそう告げる。闇夜に生じるその声は刺客らしく冷徹なモノではあったが、この状況で何のアクションも起こそうとしない少女に対して、僅かながらの困惑が見られた。
セイア「アリウス分校、だったか。かつての怨讐、にしては些か手が込んでいる。手引きした存在、君をここに寄越した下手人の存在も気になるところではあるが──」
アズサ「……逃走は」
セイア「無駄だろう? 君は私のごく僅かな信頼する者だけが知るはずのこのセーフハウスにやって来た。仮に私が今の状況を脱しても、この場所が君に知られている時点で逃げ場などないよ。それなら──少し、話をしないかい?」
アズサ「話……?」
まるで市井で世間話でもするかのような、あまりに気軽な提案が飛び出す。刺客と標的。狙う者に狙われる者。しかし会話の主導権は間違いなく標的の少女にあり、少なくともその瞬間に限っては、彼女こそがこの空間の支配者であると言えた。
(暗転)
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「……おおう」
まだ冒頭も冒頭の書き出しだけだが、この時点でかなり気合いを入れて書かれてるのが分かる。というか劇の台本なんだからてっきり台本形式なのかと思ったらがっつり地の文まで記載されてるよ。流石に台本だからか登場人物がわかりやすいようにあちこち注訳が入ってるけど、それらを全て除いて加筆修正すれば、そのまま小説として売れそうなレベルでクオリティが高い。マジでいつから書いてたんだろうこれ。並大抵の労力じゃないぞホントに。
尤も、序盤も序盤からいきなり“殺す”だの穏やかでない単語が飛び出したり、陰謀、計略、策謀が飛び交い全体的に内容が重苦しいので、「これ謝肉祭でやっていいことかな?」とは何度も思ったものの、かと言って別の機会があるかと聞かれると、少なくともミカさんが卒業するまでに設けるのは確かに不可能な気がする。
単純に読み物としてクオリティも高く、私自身には文才もないため「はえーすっごい」と関心しながら読み進めていた私だが、視点が本格的に補習授業部──つまりは私たちの描写に差し掛かるに連れて、徐々にその表情が真顔になっていく。
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ヒフミ「アズサちゃん……!!」
溢れる涙を堪えきれず、滲む視界で闇夜に染まる橋をいつまでも眺め続ける。背後をテカテカと照らす文明の光。誘うように、迎えるように。一歩を踏み出せずにいる少女は、まるで互いの世界を隔てるかのようで。
崩れ落ちる少女の視界には、既に彼女が友人と告げた人の姿はない。自身が築き上げたはずの友情。それすらも偽りだったのか。寂寥感に縛られた少女を、しかし街の明かりは無言で照らし続けていた。
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人物描写が完璧過ぎん???????
なんか当たり前のように書かれているこの場面。ここって当然ハナコちゃんはその場にいなかったし、何なら本人には「アズサちゃんを説得したけど駄目でした」くらいのことしか伝えた覚えがないんですけど????? 流石にセイア様の小難しい言い回しなんかは本人から直接聞いたんだろうけど、それにしたってどんな頭していたらこんな風にそれぞれの視点の人物トレースが出来るんだ。あのざっくりとした説明だけでここまで繊細に描写されると普通に怖いんだが???????
内心で慄きながら読み終わった台本を一番近くにいたアズサちゃんに渡すと、しばらくしてアズサちゃんは「流石だな、ハナコ」と簡潔な感想を告げる。ねえ大丈夫????そんな軽く流して本当に大丈夫?????
(学園始まって以来の才媛──)
かつて彼女に与えられたという称号。正直なところ、多少の誇張混じりだと思っていた。けれど実際、彼女の聡明さは翳りを生むこともなく、私が思い付く限りのありとあらゆる分野に深く精通している。
それこそ、件のエデン条約での佳境も、その頭脳で混乱する学園を纏め導いたと聞く。その根底を支えていたのは、この台本からも窺える、他者の人格をトレース出来るほどに並外れた洞察力なのだろうか。
(……ん?)
あれ? じゃあもしかしなくても、私がハナコちゃんを割と頻繁にえっちな目で見ていることも、ハナコちゃんには気付かれてる……???
「………。………」
まあ、いっかぁ!!
ちょっと触れてはならない領域まで考えが及んだが、意図して思考を放棄しそれ以上を考えないようにする。あーナギサさましゅきしゅきだいしゅき。
何はともあれ、わざわざこれだけの労力を割いてミカさんたちの名誉回復に努めようとする彼女のことだ。如何に並外れた能力があっても、それで他者を貶めようなどとは考えもしないだろう。だからここは素直に“ハナコちゃんすごい”と思えばそれで良い。余計なこと考えるな消されるぞ。まあこれは流石に冗談だけど。
そんなこんなで方針が決まった私たちは、「人員について一人心当たりがある」と告げて何処かへ向かったアズサちゃんを除いた3人で、まずは気兼ねなく罪を押し付けられる黒幕を作るべく、仕入れた赤い画用紙やら布やらを片手に色々と試行錯誤し悪戦苦闘するのだった。……お前本人役でも出るんだから全裸にボディペイントはやめろ浦和ァ!!!
ちなみに余談ではあるが、コハルちゃんは終始話に付いていけずに困惑しきりでした。コハルちゃんは可愛いなぁ。そのままの君でいて(迫真)
☆☆☆
すりすり。すりすり。すりすり。すりすり。
衣擦れの音が一定の間隔で木霊する。熱の入り混じった吐息が首元にかかり、触れては水滴となり汗と共に身体へと流れていく。
既に4日目ともなると、もはや互いに建前さえも半ば放棄していた。いつものようにお茶会をして、そしてどちらともなくソファに移動し密着する。もう明らかに誘惑しているし、生殺しどころか脳に毎秒オーバーキルを叩き込まれているような状況だが、それでも手を出せないでいる私は、普通に振る舞っているつもりでも、やはりどこか致命的なところが壊れているんだろう。
それはそうとそのすりすりするのホント何なの?????これもう絶対に私を使って自慰してますよね?????時々びくんと震えるのマジ愛おし過ぎて狂いそう。あとしれっとどさくさに股間を触ろうとしないでください色々な意味で死んでしまいます。
(好き……)
声は出ない。たった一言。どんな言葉でも。どれほど不器用でも。たった二つの音を発するだけで全ての望みが叶うのに、しかしどうしてもそれが出来ない。
回した腕に力を込める。伝えたい思いを。伝えられない情熱を。届けたい愛を。鼓動に乗せて少しでも与えるために。
馬鹿な私。愚かな私。不器用な私。けれどそんな私を見兼ねてか、ナギサ様はほんの一瞬、自嘲するように吐息を漏らして、
「答えを急ぐ必要はありません。だって、私は貴方を裏切って──」
「違います!!」
半ば反射的に。彼女の言葉を遮るために、殆ど無意識に飛び出した反論──そうだ、違う。違うのだ。私は、どうして私は、私は。
「違う、違うんです。私、私は、
支離滅裂に。言い訳のように。涙と共に溢れ出す言葉は、しかし他でもない私には理解することが出来ない。けれどそんな私を、ナギサ様はいつまでもいつまでも。その大きな羽で包み込むように、ずっと優しく抱き留めてくれた。
え? エデン条約編をまともに描写する自信が無い? 逆に考えるんだ。「まともに描写しなければ良い」と。
全部が無理なら劇中劇という形にすれば良いじゃない。というわけで変則的ですがエデン条約編にも触れていきます。