阿慈谷ヒフミ男の娘概念   作:融合好き

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──人を殺すのに暴力は不要であると、私たちはきっと実体験として知っている。



vs錠前サオリ

 

 

「……日程が変わった。決行は明日の午前中だ」

「ま、待ってくれサオリ、明日は……」

「何か問題が?」

「……。……いや、了解した。準備を早めよう。時間も遅い、今日はこれで失礼する」

 

あからさまに何かを言いたげな視線。しかし少女は発言を堪え、足早にその場を去る。血が滲むほどに握りしめた拳の行き先は何処なのか。あるいはそれは自罰のためであるのか。少女が去った今となっては分からない。

 

当然ながら、如何に隠蔽を苦心しても、それほどの激情ともなれば、指揮官である彼女が何かしらの違和感を抱くのには十分過ぎた。

 

「行ったか。……あの様子、もしやトリニティの生徒たちに絆されたか?」

 

口調こそ疑問混じりではあったが、彼女は半ば確信をしていた。そも、多少なりとも影響を受けていなければ、あそこで言い淀むことなどあり得ない。つまり、どのような形であれ、少女は今の生活を崩すことを恐れている。

 

「……まあいい。アズサ、どれほど足掻こうと、お前は抜け出すことはできない。それをお前は知っている筈だ」

 

──Vanitas vanitatum et omnia vanitas.

 

最後に呟かれた言葉は、誰の言葉か。あるいは如何なる理念の元に生まれたのか。少なくとも今はまだ、言葉通りに何処までも虚しく響き渡るのだった。

 

────────────────────────────────

 

まさしく当時の場面をそのまま切り取ったような、さながら旧校舎の講堂がまるで廃屋の一角であるかの如き臨場感。鋭い視線は直接浴びていないというのに身体が思わず身構えるほどで、自然とため息が溢れてくる。

 

その舞台の主役とも言える、仰々しいヘルメットで顔を隠した女性は、一幕が終了したことを伝えると、意外にも素直にステージから降りてくる。

 

そして、流石に息苦しかったのだろう──ヘルメットを外して長い黒髪を靡かせ顔を露出させたその女性……錠前サオリは、先の演技が嘘のように、それこそアズサちゃんが彼女をここに連れて来た時と同じように、おそらくは自分がやっている事に疑問を感じて、ただただ困惑しきりの表情を浮かべていた。

 

「いやこの人ガチで本人ですよね!??!?!!!?!!」

 

今まで堪えていた特大の突っ込みを叫ぶと、近くにいたコハルちゃんがビクッと震える。あ、ごめんなさい……いやいやそうじゃなくてなんだこれなんだこれ。

 

「その可能性もありますねぇ……」

 

可能性とか何呑気なこと言ってんだこのえちえち星人め。犯すぞ????じゃなくて、

 

おいおいそりゃあピッタリの人材だよ当たり前じゃんね。100%純正の正規品だよ。一体どうやってここに連れて来たよ彼女を。彼女普通にトリニティでは指名手配犯ぞ???????

 

まあ風の噂でブラックマーケットを転々としているとかそういう話は聞いていたけども。正直アズサちゃんが心当たりがあるとか言いながら学園外に出た時点でちょっと嫌な予感はしていた。でもまさか本当に雇ったというのか、彼女を!!?!?

 

「違うぞヒフミ。彼女はサオリではなく、私がブラックマーケットで雇った『謎のヘルメット仮面』だ。数ある人材の中から、顔や体格が限りなく錠前サオリに酷似した彼女を、私が厳選し直々にスカウトした。尤も、髪や瞳については染料やカラコンで誤魔化すしかなかったが──完成度に関しては、ヒフミが今実感した通りだ」

 

絶対染めたりしてないよ。伊達に女装してねーんだよこちとらよ。おうこらその虚構のカラコン今すぐ外せよ目ん玉ごと。そうでなくても染料使ってるかどうかくらいこんだけ近くで見りゃ直ぐ分かるわ!!どこからどう見ても地毛だよそれ!!!──……まあ、アズサちゃんは分かっていて“そういうこと“にしておきたいんだろうけどさぁ……。

 

「あの、錠前……謎のヘルメット仮面さん」

「……なんだ」

「その、アズサちゃんとはどのような契約で……?」

「………。………本日からトリニティ総合学園謝肉祭当日までの間、短期のバイトという形式で雇われている。報酬は前金で20万。日曜は休日。一日活動する度に5万。成功報酬として40万だ」

 

えっ高……高くない?? 合計で軽く100万を超えるんだけど……雇い主がアズサちゃんじゃなかったらよほど劣悪な環境かあるいは詐欺を疑うレベルで羽振りが良い。アズサちゃんは一体どこからそんなお金を……いや、考えてみればアズサちゃんをこの学校に招いたのはあの聖園ミカさん、つまりはナギサ様と同じく超が付くレベルのお金持ちだ。

 

言われてみればこれまで彼女がお金に困った話を聞いたことがないし、アリウスの環境下、即ち半ば浮浪者も同然に育っていた割には身嗜みにも隙がない。以前にナギサ様から聞いた話では、かつてミカさんの集めていた小物やアクセサリーは一つ一つがウン十万もするような高級品なんだとか。お下がりとは言え、それらのお高い品々がアズサちゃんの羽には今も惜し気もなく飾られている。ミカさんもミカさんで身内には甘々だろうし、直々に招き入れた和解の象徴ともなれば大事にもするか。それが巡り巡って本人の資金制限に繋がってるのは自業自得なのかどうなのか。

 

むしろ、妙に依頼の羽振りが良いのは、アズサちゃんに自分だけが良い暮らしをしている負い目があればこそのモノなのかもしれない。言い方は悪いが『餞別』や『施し』的な……まあこちらが困っていたのは事実だし、当然ながらこの世で彼女以上に錠前サオリを演じられる人物なんて存在するはずがないから、互いに納得しているなら私に出来ることは──

 

(────)

 

いや、あるか。一つだけ。……余計なお世話かもしれないけど。

 

「その……宜しければいくつか信頼できる裏の伝手を紹介しましょうか? おそらくアズサちゃんが貴女を見付ける際にも使った筋なので、こちらを通せばそう悪いことにはならないと──」

「………何?」

 

対策その③、逃走先は複数確保しておく。そういうわけで予てよりブラックマーケットに通って得られた連絡先をいくつか彼女に握らせておく。信頼度はまあ、以前この連絡先を渡したアズサちゃんが、彼女をこうして連れて来れる程度にはあると言っておこうか。

 

正直なところ、こんな依頼にほいほいと釣られるとか、もしかしなくても彼女はブラックマーケットのノウハウや相場に疎い可能性が高い。別に良い暮らしをして欲しいとかそういうわけではないんだけど、それはそれとして落ちぶれたりするのもなんだかなぁとかそんな感じ。

 

まあ何だ。気紛れというか、大した理由はないと言ったらそう。なんだろう……同情? 正直自分でもよくわかっていない。そんなんばっかだな私。

 

「そう、か……いや、助かる。生憎と私は、未だこちらの流儀に不慣れな部分も多い……これでも追手には常に気を張っていたつもりだったが、ああもあっさり目の前にアズサが現れた時は流石に驚かされた」

 

最初こそ胡乱げな眼差しでこちらを見て来た彼女であるが、私の言葉が本気だと察してからは素直にその連絡先を懐に仕舞う。でもすみません。その連絡先はトリニティ独自のあれこれとかじゃなくて完全に私個人の伝手です。え? ならお前はどうしてそんな伝手を知ってるのかって??? 全てはペロロ様の導きです(適当)

 

「では、次は襲撃当日の動きからですね。まずは──」

 

まあ、そんなこんなで一悶着はあったものの。錠前サオリと言えば本気でトリニティ転覆を目論むレベルで真面目……真面目?な人物。更には控えめにも演技は上々で、どことなく彼女のアリウスにおける生活が伺えて少し悲しい。

 

とはいえ助かることには変わりなく、ハプニングの割には順調に舞台も進んでいたのだが──そこで当然の権利として、必然的にある問題が差し掛かることになる。

 

「この後は……」

 

ひとまずナギサ様の代わりとして、昨日私たちが作成したベアトさん(救急救命に使用する人形を赤い布で覆って造形を整えたモノ)を担ぎながらアズサちゃんは告げる。

 

そう、この後──つまりは我々がナギサ様を確保した後の話となると、どうしても避けられない問題として“ある人物”の存在を語らざるを得ない。

 

「確か……ああ、そうか。この時、アリウス(ウチ)の部下を連れて──」

 

ある人物──つまりはこのエデン条約における最重要人物。サオリさんの言葉通り、保護したナギサ様を再び奪還するために、アリウスの生徒複数人を引き連れて、他でもないこの旧校舎の講堂に()()が姿を表すことになる。

 

即ち、この『エデン条約編(仮)』における実質的な黒幕の一人、聖園ミカさん。エデン条約を題材とするならば、彼女のことを語らずにはいられない。そもそもハナコちゃんがこの演劇を始めた最大の理由こそが、エデン条約を経て地に落ちた彼女の評価を、どうにかして改善したいと願ったからこそなのだから。

 

「……なるほど。見ようによってはトリニティの汚点とも取れるエデン条約に纏わる演劇を何故──とは思っていたが、それには聖園ミカが関係していたのか」

 

もはや色々と隠す気も失せたらしいサオリさんがそう呟く。彼女も彼女で、ミカさんの現状には思うところがあるのだろうか。ミカさん曰く、復讐しに向かって、ついうっかり殺しちゃいそうだったとか言ってたし。……今更だけど、日々苦しい訓練をしていただろうアリウス分校の現場指揮官──つまりは頂点とも呼べる彼女を、そんな風にあっさりと降すミカさんは果たして何者なんだろうか。

 

結局、その日は該当の場面を省略し、それ以外の部分を順当に進めるだけに留まる。幸いと言っていいのか、ほぼノンフィクションであるが故に進捗状況自体はすこぶる良い。だから人材を探す時間そのものはあるにはあるのだが……まあ難しいだろう、色々と。

 

やっぱり当初の予定通り、一番容姿が似ているハナコちゃんに代理で出て貰うしか無いだろうか──などと舞台で一人考えていた私に、いつからそうしていたのか、てっきり既に他の面子と一緒に帰ったと思われたアズサちゃんがそこには居て、まるでそこが懺悔室の内部であるかのように、静かに彼女は語り出す。

 

「……実のところ、サオリを連れて来るかどうかはかなり悩んだ」

 

でしょうね。逆に即断即決だったらビビるわ。アズサちゃんなら必要とあればやりかねないのが恐ろしいところだけど。

 

「意外と言うか、彼女本人を見つけ出すのは手間と言うほどでもなかった。聞いた話だけど、今のサオリは他のスクワッドのメンバーとは離れ、自分探しのようなことをしているらしい。何でも、今では音楽に目覚めて、その機材集めに奔走しているとか──そんな彼女をこちらの都合で利用するのは憚られたけど、それでも機会があるならば私は、ずっと彼女に再び逢うことを望んでいた」

「………」

「──その気になれば、いつだって出来たんだ。昨日は偶然数時間で情報を得られたけど、それ以前からサオリがブラックマーケットを根城にしているという話はたびたび耳にしていた。昨日のような幸運を抜きにしても、おおよそ一週間もあれば、彼女を捕捉することは十分に可能だった筈なんだ」

 

でも、そうはしなかった。それは単に“踏ん切りが付かなかったから”とか、わざわざこうして語るということは、きっとそういう理由ではないのだろう。

 

「久しぶりに逢った彼女は……何というか、変わらなかった。いや、色々と変化はあった。さっき言った音楽のこともそうだし、何より態度が遥かに柔らかくなっていた。でも──彼女はそれでも、変わってはいなかった。取り繕うこともしなかった。何故なら、彼女にとっての私は、かつて裏切ったかどうかは無関係に、大切な家族の一員だったから」

「家族──」

 

 

『──ヒフミは女の子なんだから/お前は間違った存在だ』

 

 

「ッ………」

 

誇らしげに、自慢のように、どこか弾む声で語るアズサちゃんの姿を見て、どこかから幻聴が聞こえたような気がした。いや唐突過ぎて普通にきっついなぁこれ。忘れたいとかじゃ無いんだけどなんか惨めな気持ちになる。今はあんまり気にしてないつもりなのに、やっぱり内心では結構気にしてるとかなんだろうか。自分ではよく分かってないのが逆にヤバい気もする。

 

(ナギサ様──)

 

やっぱり私は、彼女に母親を求めているのだろうか。その割には性欲とかモリモリ湧くから厳密にはそうではないんだろうけど、私という存在の根底にあるのがあの母なのも間違いない。

 

(嫌いになったとか、そういうわけでもないんだけどなぁ……)

 

“家族だから”が、即ち信頼関係に繋がるとは限らない。けれど流石に、それを今のアズサちゃんに対して突きつけられるほど、私は非情な人間にはなれそうもなかった。






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