スーパーモモイストレート!! 作:空にかかる野正レイ、野正レインボー
そこで彼が目にしたのは、原作という島を縦横無尽に開拓し、考えうる限りの
小鳥遊ホシノ、改め"T"。
奥空アヤネ、改め"O"。
黒見セリカ、改め"K"。
十六夜ノノミ、改め"I"。
オリジナル主人公、改め"O"。
後に彼女らはこう呼ばれる───"
「ん、まずはストレートを覚えようか」
練習試合の翌日。ゲーム開発部とアビドス合同チームの練習初日。
まだまだ初心者であるモモイ達には足りないものが多すぎる。
モモイにはシロコ。
ミドリにはアヤネ。
アリスにはセリカ。
ユズにはノノミ。
それぞれアビドス側が一人ずつコーチとして付いて野球の基礎知識や技能を教えている。
モモイは同じポジションのシロコから投手の基本を学んでいた。
「ストレートって今投げているやつじゃないの?」
「それもストレートの一種ではある。でも、"キレイ"じゃない」
百聞は一見に如かず。
シロコはモモイにボールを投げるように指示した。投球モーションに入り、リリース直前でシロコがストップをかける。モモイは今にも投げようかという姿勢で固まった。
「今、どういう風にボールを握ってる?」
「えぇっと……」
握り方。
そういえば意識していなかったな、とモモイは右手を確認した。
「なんて言えば良いのかな。こう、全部の指でぎゅっとしてるよ」
「鷲掴み、だね」
「ワシヅカミ……」
「ん、とりあえず今度は私のを見てみて」
シロコはモモイからボールを受け取って、自身の握りを見せた。
「どう?」
「鷲掴みじゃない」
「それだけ?」
「それだけって言われても……」
シロコは人差し指と中指をボール上部、親指でボール下部を握っている。オーソドックスな握り方だ。鷲掴みではない。
しかし、解答はそれだけでは不十分だったようだ。
モモイは思考する。
「(バッティングの時は力積だった。基本的には物理だ。きっと投げる方も力学的に考えれば良いはず)」
集中する。
音が消える。
思考が加速する。
「(そもそもボールを投げるってどういうことだろう?
……そうか、回転だ。
腕を押し出すようにして投げる人はいない。
腕を振って、手首のスナップを効かせて、ボールに回転を加えるんだ。
指に縫い目が引っ掛かって……縫い目?)」
モモイはもう一度シロコの握るボールを見た。
今度は指ではなく、ボールの方を注視して。
「縫い目に指が掛かっている。そうでしょ?」
モモイの回答にシロコは満足気に頷いた。
「これがストレートの基本、"フォーシーム"」
フォーシーム。
基本的に回転数の多いストレートほど良いストレートになる。
回転数を上げるために縫い目にしっかり指が掛かるように握るのがこのフォーシームだ。
縫い目に交差した人差し指と中指が強い
もっともシンプルかつ、もっとも力強い球種。
それこそが、
「そうか。今まで握りも回転もバラバラだったから、コントロールが上手くいかなかったんだ」
握りも回転もバラバラだということは、再現性が低いということ。
当然、ストライク投球もしにくい。
「とりあえずこれを意識して投げてみて」
「うん」
シロコが距離を取った。
距離はピッタリ60フィート6インチ。
18.84m……マウンドからキャッチャーまでの距離だ。
「(縫い目が横向きで、指に垂直になるように……)」
ボールを目でしっかり確認してから投球姿勢に入った。
「ふんっ!」
「!」
リリースされた白球は、糸を引くようにまっすぐ進む。
そして、シロコの頭上を通り越していった。
「……あれ」
ボールを拾って戻って来たシロコは顎に手を当てた。
「しっかりとしたバックスピン。ナイスボールだった」
「今まで以上に
「なるほど。実際に投げる時はマウンドの高低差分もあるからだね」
モモイ は フォーシーム を おほ"えた ! ▽
「よ~し、じゃあフリーバッティングいこっか~」
バッティング練習の時間だ。
ホシノの掛け声に合わせてセリカとアヤネがネットを運んできた。
「バッティングピッチャーは……」
ピッチャー、と言われてモモイがビクッと震えた。しかし、ホシノの視線の向かう先はシロコ。安心して胸を撫で下ろした。
「モモイちゃんで」
「なんでぇっ!?」
フェイントだった。
格付けチェックに敗北し、膝から崩れ落ちるモモイ。
ちなみに精神だけでなく、これまでの練習によって肉体的にも大分疲れている。
「そもそもバッティングピッチャーって何するのかも知らないし……」
「普通に投げるだけですよ」
バッティングピッチャーは、
もっとも本来はバッターの練習になるような球を投げないといけないのだが、ストレート一本かつコントロールも良くないモモイにはそんな意識は不要だった。
普通のピッチングと違う点を挙げるとするなら、ピッチャーの前にネットが置いてあることだろうか。バッターからの打球でピッチャーが怪我をしないようにするためだ。
「とりあえず普通に投げれば良いの?」
「ん」
ゲーム開発部の方のバッティングを見たいとのことで最初のバッターはミドリ。
「そういえばミドリだけ打つ向きが逆だな……」
ミドリは左打ちだった。右打者は三塁側、左打者は一塁側のバッターボックスに立つ。つまり、右バッターと身体の向きを逆向きにして打つのが左バッターだ。ミドリはモモイと逆の方を無意識の内に選んだのかもしれない。
右打者を相手にするのと、左打者を相手にするのは全く違う。
例を挙げてみれば、右打者にとって
「ふしっ!」
「えいっ!」
「おりゃ!」
「うにゅ!」
「へりゃ!」
「ぬんっ!」
上から空振り、ボール、ボール、空振り、ボール、ボールである。
「全くストライク入らない!」
「全く当たらない……!」
練習にすらなっていない惨状にセリカが溜息を吐いた。
「疲れてんのはわかるけどフォームが適当すぎるでしょ」
疲労。
それは投手にとってもっとも多く立ちはだかる敵のひとつだ。
スタミナがなくなればピッチングに関する全てのパフォーマンスは劣化してしまう。あまり運動をやらない層には伝わりにくいが、球を投げるというのはとても疲れる行為なのだ。素人や普段運動していない人なら、キャッチボールを5~10分もすれば疲労を感じ始めるだろう。
肉体的にも精神的にもタフでなければ、投手は務まらない。
インドア派のモモイには現状、ピッチャーをやれるだけの持久力はない。
「動きが小さくなってるわ」
「でも丁寧に投げないと……」
セリカはモモイの言葉に首を振った。
「コントロール悪い奴が丁寧に投げようだなんておこがましいのよ」
「おこがましい!?」
「そういう時は思い切って腕をしっかり振って、身体を大きく使った方が案外ストライクになるものよ」
「へぇ~。セリカ、ありがとうっ!」
「べ、別にあんたのためにアドバイスしたわけじゃないわよ! これじゃ練習にならないから言っただけだから! 勘違いしないで!」
「アリス、分かりました! これが"ツンデレ"というやつですね!」
アリスの追撃に照れていたセリカの顔が更に真っ赤になった。
ミドリもユズもアビドスの天然記念物を興味津々の目で見つめていた。
「ん、まぁ
「し、シロコ先輩!?」
「セリカのアドバイスは正しい。
疲れて手投げになればなるほど、力んでリリースポイントが安定しなくなる」
力が入っていないリラックスした状態の方がボールを離しやすいから、と続けた。
「身体を大きく、腕をしっかり振ることを意識して……投げるっ!」
モモイが投げたボールは今度はしっかりストライクゾーンへ。
ミドリも今度こそはと集中してバットを振った。
「当たった!」
ようやくミドリのバットにボールが当たった。
三塁側のネットに引っかかるファウルだ。
「……交代しよっか」
次に打席に入ったのはユズ。
小さく縮こまった構えでボールを待っている。
「いくよっ!」
若干指に引っかかった球は、偶然にも外角低めへ。完璧なコースだ。
「(……遅い)」
ぺちっ。
軽く当てただけのようなスイングがボールを叩いた。
しかし打球速度は意外と速く、向かう先は一二塁間。
「う~ん……ヒット?」
「上手いセカンドなら取れるわよ」
二球目。
真ん中少し低めの球をすくい上げて二塁ベースの後ろに落ちた。
「今度のは流石に捕れるわね」
「私の方見ないでよセリカちゃん」
三球目。
インハイのブラッシュボール。
四球目は低めに外れてボール。
「ん、反応しない」
「選球眼良いですね」
五球目のインサイドのボールは三遊間へのゴロ。
六球目の真ん中のボールには当てただけのバッティング。
モモイの顔前でネットにライナーが突き刺さった。
「この前の試合の時から思ってましたけど、ユズちゃんはバッティングも良いですね☆」
「そうなんですか? 私には当ててるだけにしか見えないけど……」
「その通りです。ちゃんと
「えっ……!?」
続く7、8、9、10球目もストライクのボールは全て芯でミート。
バッティングを終えて戻って来たユズにアヤネが近寄る。
「芯に当てるの上手いですね。何かスポーツとかをやっていたり……?」
「げ、ゲームはよく、やってたから……音ゲーとかQTEとかも、苦手じゃない、からかも……」
ユズは超一流のゲーマーだ。
その腕前を支えているのは大量のゲーム経験と反射速度、そして頭脳。
秀才の集うミレニアムにおいてもトップクラスである高い演算能力。
フレーム単位の操作すらも必要とされる超越的な反射と反応。
その全ては野球においても遺憾なく発揮されている。
「球の来る位置と時間は大体演算できるから、そこに合わせて、グローブとかバットとかを
アヤネが絶句した。
それができれば誰も苦労はしない。しかし、出来てしまうのがこの花岡ユズという少女だった。
「次はアリスの番ですね!」
「いくよっ!」
アリスが打席に入った。
スラリと力の抜けた構えは神主打法を彷彿とさせる。
快音を響かせて胸元に飛び込んだボールをすくい上げた。
「おぉ~、ホームランだね~」
「飛びすぎでしょ……外野フライの弾道よ」
やはり何度見てもアリスのパワーは異次元の領域だ。
その後も続く球を全てスタンドイン。ライナー性だろうとフライの弾道だろうと100mを越える飛距離を叩き出した。
「なんてパワー……」
「ボール球もお構いなしね」
「ヘッドだろうと根っこだろうとスタンドまで持ってってる」
得意気に戻って来たアリスと対照的にモモイは不満そうな表情で戻って来た。
「はぁ……はぁ……何か打たれてばっかりな気がする……!」
「ん、それは当然。疲れてるから」
昨日のミレニアム野球部との練習試合でも三振を取れたのは最初だけだった。後半の4、5回は1つしか三振も取れていない。結果的にはアウトになったが、ラストバッターにはヒットを打たれている。
「まずは体力を付けないとピッチャーはやれない」
「なるほど……」
「じゃあ最後にグラウンドを軽く3周して終わろっか」
練習最後の走り込みがモモイ達を襲う。
完全に練習が終わった気分でいたモモイは、背後からナイフで刺されたかのような気分になった。
「さ、さんしゅう……?」
「ん、少なくてごめん。でも最初だから」
「え、何? 死を宣告されてる? グッバイ現世なんだけど」
いつもは5周してるから、と続けたシロコの言葉にモモイは、
「も、もう無理~~~!!」
背中から倒れることで答えた。
「スーパーモモイストレートッ!!」
「は?」
「どうだっ!」
ユズがモモイに返球しながら答える。
「普通のストレート」
「うぅ~! 今度こそ行ったと思ったのにっ!」
打席に立つミドリが呆れて溜め息を吐いた。
今日何度目かのやり取りにもう飽き飽きしていた。
「もうやめようよ。"必殺技"なんて無理だよ」
「いいや、やるよっ! 絶対に必殺技はあった方が良いって! ね、アリス?」
「はい、アリスもそう思います!」
アビドスのグラウンドの片隅。
予定の集合時間よりも早く来たモモイらは、ここで秘密の特訓をしていた。
その内容とは、ズバリ必殺技の習得。
モモイは必殺技を編み出そうとしていた。
必殺技。ウィニングショット。いわゆる、決め球。
そういう球があった方が面白いと思い立って練習しているのだった。
「でも本当に今の状態は何か物足りないんだよね」
軽く手首をプラプラさせながらモモイは思案する。
アビドスの皆からはフォーシームを覚えた今のモモイのストレートはかなり良いらしい。だけど、本人は今一つ成長を実感できていないのだった。勿論、フォーシームを覚えた後の方がストレートの球威は上がっているのは理解しているのだが。
「お姉ちゃんも私達も、必殺技以前に覚えるべきことはいっぱいあるでしょ」
「まぁ、それはそうなんだけどさぁー」
例えば、バントの処理やカバーリングなどのフィールディング。他にも牽制やクイック、ウエストや中継プレーも習得しなければならない。バッティングに関しても選球眼の上達やスイングスピードの向上など。さらに根本的なところで言えば野球のルール事態もあまり把握していないので、勉強をする必要がある。
「やっぱり対戦形式で経験値上昇させるしかないかー……ミドリ!」
「私じゃ練習にすらならないよ」
「じゃあ、おじさんが相手になろっか~?」
「!」
飛んで来た声に声に振り返る。独特な歪んだ声の主は間違えようもない。アビドス唯一の3年生、小鳥遊ホシノだ。
「お、おはようございます……早い、ですね……」
「うへへ~それはこっちの台詞ってやつだよ」
モモイ達は今日、この必殺技の特訓を行うためにアビドスのグラウンドに予定よりも早い時刻に来ているのだった。アリスが時計を確認するもまだ集合開始時間までは45分もある。
ホシノがヘルメットを被って右打席に入った。準備が完了したようだ。
「どうぞ~」
「(本気で行くよ、モモイ……!)」
こくりと頷いた。
まだ変化球のひとつもなく、コントロールも大雑把なモモイにサインなんぞ必要はない。しかし、何事も雰囲気は大切である。「かっこよさそうだから」のひとつでモモイとユズの間にはサインが生まれていた。モモイは形から入るタイプだった。
「うりゃ!」
「よっと」
真ん中高めのストレートが軽くバットに当たる。打球はピッチャーの真正面にワンバウンドして返って来た。
「ホームランだねぇ」
「ええっ!?」
ホームランというのに納得はできなかったが、確かに若干真ん中よりではあった。コーナーに制球できていない。もう少し厳しいコースでなければ打たれてしまうだろう。
「もういっちょ!」
「よいしょっと」
今度は内角低め。偶然にもストライクゾーンの隅っこだ。
この球もホシノは軽くバットを当てた。ワンバウンドして返って来た打球をモモイは捕球しながら、ホシノをキッと見た。
「今のは良かったよ」
「よし!」
よぅし、じゃあちょっと本気で勝負してみよっか。と言ってホシノはバットを肩に乗せた。
勝負、となると負けたくはない。それに対戦形式の方がEXPを稼げるのは、ゲーマーにとって常識だ。
「えいやっ!」
ワインドアップから放られた球はコーナーを意識したボール。先程と同じ感覚で投げたのが良かったか。球はインコースの厳しいところに向かった。
「う~ん、ちょっと
ホシノは左足を身体の後ろの方へ少しズラして踏み出した。オープンスタンスだ。最短距離で振り下ろされたバットが、モモイのストレートを叩いた。
「さ、サードの頭……」
結果は語るまでもないだろう。
自信のあった球だったが、簡単にヒットコースに運ばれてしまった。
「うへへ~まぁ、そんなに気にすることはないよ。おじさんは3年生だからねぇ」
そう言うとホシノは「倉庫開けてくるね」とその場を去っていった。
たった1球。されど1球。
それは彼我の実力差をモモイ達に理解させるのには十分すぎる1球だった。
「す、凄いんだねホシノ先輩って」
「アリス知ってます。あれは"ランカー"ですね!」
「ランキングはやってないんじゃないかな」
その時モモイはユズが黙っていることに気が付いた。
モモイの視線を受けたユズが呟いた。
「多分、ホシノ先輩は……」
恐る恐るユズがその言葉の続きを言った。
「
「開会式この世から消そう!」
「声が大きいよお姉ちゃん……」
とうとうアビドス
大会の初日と言えば開会式である。
開会式を終えたモモイは、開会式への怒りを爆発させていた。
「だってスキップ機能未実装のノベルゲーだよ? さもなくばセーブデータがひとつしかないくせにマルチエンドのゲームとか。ユーザーレビューで☆1確定だよこんなの! サークライ早く修正して?」
「白黒思考が過ぎるよ……」
開会式、とは。
文字通り大会などの開会の合図に行われる式のことである。
クソ暑い中、えっせほいせと歩いて特に意味もなく照り返し激しいグラウンドの上に棒立ちさせられる地獄。プール前の冷たいシャワーが地獄のシャワーと呼ばれるが、開会式の苦痛はその比ではない。
あまりユーザーからの評判が良くない割に、必ず行わなければいけない必須イベントであるというのもまた何とも言えない。
「ほら、もうすぐ試合始まっちゃうよ」
ミレニアム・アビドス連合チームの初試合は大会4日目。
今日は開会式だけ出て、その後は開幕戦を見学して解散の予定だ。
「えっと、対戦するのは……」
バックスクリーンを見たモモイが首を振った。
「……どっちも知らない高校だなぁ」
「それも当然です」
アヤネの声が後ろから飛んで来た。
モモイが「何で?」と振り返る。
「この大会は、他の大会に参加できないチームも参加できる大会ですから」
カイザーグループが主催するアビドス杯は参加資格が緩い大会だ。
そのため、他の全国区の大きな大会に参加できないチームが数多く参加している。
「まぁぶっちゃけると治安が悪い大会なのよ」
セリカが遠い目をして呟いた。その語り口から、過去に何かあったのだろうことが伺えた。
「ウチみたいに人数が足りないとかじゃないのに、大会に参加できないってのには、それ相応の理由があるってこと」
大会の出場資格を失うのは、基本的に部員の誰かが問題行為を起こした時だ。
確かにそう言われると今から戦う選手達も何となくガラが悪い生徒の様に見えてくる。
モモイは影響されやすいタイプだった。
「……あれ、あの人達」
「ユズ、どうかしましたか?」
こちら側である三塁側ベンチを見下ろしていたユズが何かを見付けたようだ。アリスもユズと同じところを覗き込む。
あ、とアリスが声を漏らした。
「あの時の三振チームです!」
何と先日、理不尽な野球を仕掛けてきた不良生徒らがそこにいた。
アリスの声に反応して振り返った。
「あっ、てめぇらオラァッ!」
「あの時の素人詐欺連中じゃんよ!」
ベンチから飛んで来る怒声のファウルフライにミドリは顔を顰めた。
シロコがミドリに訊いた。
「ん? 知り合い?」
「できれば初めましてでありたかったです……」
しかし、残念なことに人と人の出会いはなかったことにはならないのだ。
怒声のファウルボールは更に続いた。
「おいおいおい~! アビドスかよ~!」
「最悪ぽよ! 戦力補強なんて卑怯ぽよ!」
「がるる……!」
わーきゃーと叫ぶ生徒達に対して、モモイはライオンの物真似をして威嚇した。意味不明であった。
声に釣られたのか他の選手や観客の注目も集まっている。
「あびど……? どこの弱小だ?」
「アビドスって言うと……ほら、あの貧弱なチームだよ」
「あぁ、あの"ゆうしょー!"の……!」
観客席にいる人達がひそひそと話しだしている。
周りの音は否応なしに聞こえる。聞こえる音は同じ言葉としてどうしても情報として処理されてしまう。
「(ネガティブな感情だ)」
インターネット上で絵描きアカウントをブン回しているミドリは、その言葉端からネガティブな感情を感じ取った。
顔をしかめる。
「結局試合すらできなかったけどな!」
「あれだろ? 『貸してくれませんか!?』ってやつ」
「うわぁ、似てる~!」
「人数も足りないのにどうやって勝つつもりだったんだよ」
害意でも、敵意でも、悪意でもない。きっと悪人ではない。
ただ、笑っているだけだ。その嗤いが含む攻撃力を、ネットで年中様々な煽りとデマとレスバを観察しているミドリは正しく感じていた。
心なしかアビドスの2年生勢の表情も暗いように見えた。
「ぁ、あの───」
他人だったならスルーできた。インターネット上だったならひっそりと逃げられた。自分だったなら、我慢できた。
ほとんど知り合いの関係性を出ていないけれど、ミドリは"アビドスが嗤われている"現状に我慢ならなかった。でも、ほとんど知り合い程度の関係性。身体を突き動かす程の激情はなく、黙っているのは理性が納得しない。
何かを言おうとしたミドリだったが、ホシノが発言を遮るように立ち上がった。
「試合前だよ」
一瞬にして声は止まった。
そのホシノの呟きは、決して大きな声ではなかった。それなのに、全員の耳にその言葉は届いていた。
「帰ろっか」
「え、帰るって……」
試合を見学していくのではないのか。
モモイの困惑を口にする間もなく、ホシノは立ち上がって鞄を背負った。
本当に帰るつもりのようだ。
「見る価値もない」
足早に応援席から出て行ったホシノの顔をモモイは見ることができなかった。
「ん? もしかして怒って───」
「お、お姉ちゃん!」
帰りの道中。
やけに静かな空気にいたたまれなくなったのか、モモイは横にいたアヤネに話しかけた。
「アヤネは何で野球始めたの?」
「野球を始めた理由……ですか」
当然だがモモイは野球はおろか、スポーツをやっていた経験すらない。
スポーツをやる人の気持ち、というのは分からない。キャラクターの動機付けの参考のために、モモイはアビドスの面々に野球を始めた動機を訊いてみようと思っていた。
「去年のアビドス杯を見て、かっこいいなって思ったからです」
昨年度の大会。当然、その時のアヤネは中学三年生。進路に迷う時期の真っ最中だ。
「その時のアビドスって人数もギリギリで」
今もですけど、とアヤネは付け加えた。
「それでも諦めずに活動を続けて、何とか9人揃えて大会に参加したんです」
モモイはふんわりとスポーツゲームのパブリックイメージで話を理解した。人数も少ない弱小チームを舞台にしたゲームもプレイしたことがある。
「全員野球って言いますか、みんなで力を合わせて勝利を掴んだみたいな」
全員野球。人数ギリギリのチームが魅せる劇的な試合は、地方大会の序盤で度々みられる光景だ。
去年のアビドスは人数ギリギリの9人での出場。最終的に2回戦敗退で終わってしまったが、1回戦の逆転ゲームはアヤネの心を動かす程のものだったという。
「ここで野球をやりたいって……先輩方と一緒に戦いたい、優勝したいって、そう思ったんです」
野球において決して忘れてはいけない大切なことがある。
それは"戦意"だ。
勝ちたい。
戦いたい。
負けたくない。
その原初の感情は野球選手全員の命題だ。
「ありがとうございます」
「えっ、急に何?」
アヤネが笑った。
「モモイさん達が来てくれなかったら、最後の大会に出場することができませんでした。だから……」
「良いってそんなこと。こっちだってこっちの事情で参加させてもらってるわけだし」
「それでも、です。ありがとうございます、モモイさん」
助けて、助けられて。
ありがとうにありがとうで応えて。
そうやって人は繋がっていく。
アヤネは人との縁を決して疎かにしない。
人と人との繋がりの大切さを知っている。
理性と打算と善性の両立。それが奥空アヤネの強さだった。
「モモイで良いよ。同い年だし」
「はい、モモイちゃん!」
「モモイ様で!」
「それは嫌です」
アヤネは理性的だった。
続いてモモイが話を訊きに行ったのはセリカだった。
「アヤネちゃんから聞いたのね」
セリカは「聞いてしまったんなら仕方ないか」と前置き、話し始めた。
「私ね、シロコ先輩にボコボコにされて……」
「ちょっと待って知らない話来たんだけど」
「それで投手から野手転向したの」
「あ、このまま続く感じ」
少しのすれ違い成分を感じつつ、モモイはセリカの言葉に耳を傾けた。
「私だって、自分がノーコンなことぐらい自覚してるわよ!」
「わっ、情緒もノーコンじゃん」
ノーコン。
ノーコントロール。
然して制球力の低い者へ使われる言葉である。
悲しいことにアビドスにおいては主にセリカを指す言葉である。
「『黒見はノーコンだからフクザツなこと考えなくていいよね。ノーコンプレックスで』って言葉の意味を考えなかった夜は無いわ……」
「いや悪口の癖」
「結局わからなかったから本人に聞きに行ったんだけど」
「ノーコンプレックス!」
セリカの語りはエンドレスだった。
「その時よ。私がそのせいで全財産とチタニウムメガネフレーム製造機を失ったのは……」
「いつの何の何の話!?」
「こうしてアヤネちゃんと出会ったってわけ」
「え、イベントいくつか飛ばした? 未読過ぎるんだけど!?」
たまらずモモイがストップをかける。しかし、セリカは「何の話って……野球の話だけど」とツインテールを揺らすばかり。モモイは諦めた。適度な諦めもゲーマーの必須スキルだ。
「シロコ先輩は今でも時間を割いてピッチャーのコーチングをしてくれる。
ホシノ先輩には自分でも自覚できてなかったバッティングの良さを見出してもらった。
ノノミ先輩からは守備だけじゃなくて、勉強とかまで含めて色々とよくしてもらってる」
「求めてた話なんだけど急ハンドル過ぎて頭が付いていかない……!」
正直なところ、モモイとセリカは互いに第一印象がそんなに良くなかった。ファーストインプレッションはハーフスイングだった。
モモイはセリカのことを「何かキレやすそうで怖い」と思っていたし、セリカは未だに素人であるモモイがマウンドを任されそうになってることに納得が行っていない。
そしてそれは今も変わらず。まだお互いに互いがどんな人間かなんてわからない。
好きな食べ物も、趣味のことも、通っていた中学校の名前だって知らない。
まだモモイとセリカの関係は知り合いの域を出ていないのだ。
気まずい沈黙が流れることもあるし、率先して話そうとは思わない。
でも、一緒に試合をした。
モモイはグラウンドの上で一生懸命戦うセリカの姿を知った。
セリカはグラウンドの上で一生懸命戦うモモイの姿を知った。
共に過ごした時間はごくわずか。
されどその短い時間は、互いに互いを信頼するのには十分すぎる程の時間だった。
「先輩後輩ってだけでこんなに良くしてくれてるのよ。私ができることはきっと、『私なら大丈夫です』『先輩達のおかげで強くなれました』ってそう伝えること」
セリカのヘイローが光った。
「1年にも満たない付き合いだけど、それでも私は本当に先輩達には感謝している。だから、優勝したいって気持ちは……大会で勝ちたいって私の気持ちは本気」
歳月は、重い。
重ねた時間は、重い。
その重さは、積み上げていない者とは比べ物にならないほど強い想いに転じる。
だけれども、重ねた年月だけが全てではない。
想いの強さは、結局のところ想いの強さでしか量れないのだ。
「……セリカは」
「?」
「セリカは強いんだね」
モモイはそこにセリカの強さを見た。
人生エンジョイ勢のモモイにも、絶対に譲れないものはある。
本気の思いの強さを、モモイは知っている。
「今できることをするだけで、今できることをしてるだけよ。
何もしないことだけは最悪だから」
今できることをする。
それは「アイデアが降りて来なーい!」と言うだけ言って、一切作業が始まらないことが常のモモイには耳が痛い言葉だった。
「本気、か」
モモイにも本気の思いで動いた経験がある。
ゲーム開発部が廃部になりかけたとき。
アリスを助けるために奔走したとき。
締め切りに追われているとき。
だから、分かる。
分かってしまう。
"こんな気持ちでいて良いのか"、と。
心のどこかで囁かれる問い。
それへの答えも、心のどこかで、分かってしまっていた。
『これよりミレニアム・アビドス連合チームと───』
ミレニアム・アビドス連合チームの初戦は午前の試合。そのためか、そこまで暑さは感じなかった。
だが、応援席から突き刺さる視線と、だだっ広い球場が。
土と天然芝の独特な匂いが。
試合を形作る全ての雰囲気が、モモイの全身を熱くしていた。
こんな時に限って、心臓の音がうるさい。
震える右手で帽子を取って一礼した。
「礼っ!」
とうとうアビドス杯が始まった。ミレニアム・アビドス連合チームにとっては、大事な初戦だ。
試合開始の合図に会場のざわめきが一層大きくなる。
しかし場の喧騒に反して、ベンチに向かう黒見セリカの顔は暗かった。
「……セリカちゃん?」
「っ! 何でもない……!」
「何でもって……そんなあからさまに俯いて───」
「何でも!」
「!」
「何とも、ないから……」
アヤネが伸ばした腕が空中で行き場を失って彷徨った。
ベンチ前の地面に、日陰が伸びる。
気付けばいつの間にか、灰色の雲が太陽を隠していた。
『プレイ!』
初戦が、始まった。
試合用ユニフォームとか、スパイクとか、試合で使える公式(硬式)用のグローブとかはノノミのマネーパワーでゴリ押されました。