スーパーモモイストレート!! 作:空にかかる野正レイ、野正レインボー
使い損なえば 我が身を裂く
そう 捏造設定とは
刃に似ている
『3回の表、ミレニアム・アビドス連合チームの攻撃は、9番、セカンド、奥空さん。セカンド、奥空さん』
3回の表のミレニアム・アビドス連合チームの攻撃は9番打者のアヤネから。
「で、どういうことか説明してくれますか?」
重苦しい空気が漂うベンチ。
ノノミがセリカの隣に座った。
「……つまんない話よ」
俯いきながらセリカはポツポツと喋り始めた。
「中学の頃ね、2年生の頃の話なんだけど、私が先発で、初めての公式戦での登板で……それで全然ストライクが入らなくって……負けちゃって……」
グラウンドから飛んで来る野手の叫び声にかき消されそうなほど小さい声。されど、このベンチにいる面々に、しっかりとその声は聞こえていた。
「練習では大丈夫だったんだけどまたその次の試合も投げれなくって、それで3年生の時も絶対にもう治ったって思ったのに、ダメで……」
ぽつ、ぽつ、と地面に零れた。
顔を覆った両手から、声があふれる。
「(
イップスはスポーツ選手が時折ぶつかる壁のひとつだ。
運動中の不随意運動に障害をきたし、これまで通りのプレーができなくなる症状。
"もうミスはできない"
"今まで普通にできていたのに"。
"しっかりとやらないといけない"。
心に深く刻まれた失敗の経験は、ネガティブな思考ルーチンとなり、やがてその強迫観念が身体をも縛る。
『1番、ショート、砂狼さん』
先頭打者のアヤネがサードゴロに倒れて1アウト。二巡目に入った。
「セリカちゃん」
「…………アヤネちゃん」
ノノミと入れ替わるようにしてアヤネがセリカの隣に座った。
「アヤネちゃん、ごめんね……また私やっちゃって。また皆に迷惑かけちゃって……弱いとこばっかりで、わたし……!」
自責という名の負のスパイラル。
アヤネはそんなセリカの言葉にゆっくりと首を横に振った。
優しく、落ち着いて。だけど、この中の誰よりも感情の籠った声で語り掛ける。
「迷惑なんかじゃないよ。もう中学の時とは違う。
例え失敗しても、
セリカちゃん、皆を頼ることは迷惑になることじゃないんだよ」
「でも、でも……!
ボールも投げれないのに、バッティングもダメで。
捕るのも投げるのも何もかも全部できなくて!」
震える肩を抱いた。
お互いの身体がくっつく。
二人とも同じ身長のはずなのに、何でかアヤネの方が大きく見えた。
「中学の時は見てるだけだったけど、今回は私も一緒に戦うから……だからっ!」
「…………っ!」
透明な膜で区切られたかのような二人だけの世界。そこに他の者が立ち入るのは野暮というものだろう。
身体を寄せるアヤネを見ていたモモイに、これまでのアヤネの発言がフラッシュバックしてくる。
────全員野球って言いますか、みんなで力を合わせて勝利を掴んだみたいな
────もう中学の時とは違う
────今回は私も一緒に戦うから
モモイとアヤネはまだ知人程度の付き合いしかない。お互いの趣味も誕生日も好きな食べ物も知らない。
それでも察せられることはある。
伝わってくる思いというのはある。
快音を響かせてフルカウントから左中間へのヒットを放つシロコを見ながら、モモイは隣にいるミドリに向かって呟いた。
「独りじゃないなら、きっと大丈夫だよね」
「……そうだね、お姉ちゃん」
中継プレーの合間に瞬足を飛ばしてシロコは2塁へ。
続くノノミがレフトへのフェンス際の大きなフライ。あらかじめかなり深くに守っていたレフトの足が止まった。
「あ、タッチアップだねっ」
1回の攻撃でも見た光景だ。
フライが上がっている間、シロコは2塁ベースに足を付けてスタートの構え。捕球されたと同時に3塁に向かって走り出した。
レフトがショートに投げ、ショートが3塁に送球。タイミングは完全にセーフだ。
『セーフ!』
審判ロボットのジャッジを聞き流しながらモモイはユズに訊いた。
「そういえば外野っておんなじぐらいの飛距離の時でも自分一人でベースまで投げる時と、間に誰か挟んで投げる時があるよね。何で?」
「……急いでいる時は一人で投げる、だと思う」
普通のヒットの時は外野手は内野手と違って、急いで投げてもバッターをアウトにできないので、内野手が間に入ったり、ゆっくりと返球をしたりする。
だが、ランナーがいて一刻を争う状況ではそうはいかない。
中継プレー……間に誰かを挟めば、
「勿論、間に誰かを挟んで中継プレーをした方が安定する。今回の場合だと、急いで投げてもシロコさんがアウトにできそうになかったから中継プレーを選択したんだと思う。単純に外野手自身の肩力の問題もあるかもだけど……」
「なるほど」
2アウト3塁。
打席にはアリスが立っている。
「アリス~! かっとばせ~!」
「アリスのTPはマックスです!」
最初の打席は1球もストライクが来ずフォアボールだった。
第二打席。高めのストレートを振り抜いた。
破裂音を響かせ、打球はレフトへ。
今回もあらかじめ深く守っていたレフトだったが、先程とは別の意味で早々に足が止まる。
「なっ……!」
相手バッテリーの驚愕する顔がベンチからでも見て取れた。
『ホームラン!』
ダイヤモンドを飛び跳ねながらアリスが帰還。
2ランホームランで一打同点だ。
一足先にベンチに戻っていたシロコとノノミとハイタッチ。
「ナイスバッティングです☆」
「はい、ジャストミートです!」
流れでモモイとミドリ、ユズともハイタッチ。
ベンチが盛り上がる。
下を向いていたセリカの顔が上がる。
「ん!」
「あ……」
えいやっと出されたアリスの両手をセリカはぐしゃぐしゃの顔で見つめた。
鼻をすすった。
ゆっくりとセリカの両腕が持ち上がった。
震える両手が、アリスの両手と重なった。
「同点です!」
「……ッ!」
強く目元を擦った。
ぎゅっと口元が結ばれた。
そんなセリカを見てアヤネが立ち上がった。笑いながらセリカに手を伸ばす。
「セリカちゃん」
3番のアリスが打ち終わって、バッターボックスには4番のホシノ。5番のセリカはもう準備してネクストバッターサークスにいないといけない。
バッテを着け、ヘルメットを被る。
「(そうよ。野球は私一人でやってるわけじゃない)」
バットを掴んで、ツバを触った。
「セリカ!」
モモイの声に振り返る。
見るとモモイがぐっと拳を突き出していた。隣を見ると、ミドリとユズも強い眼差しでセリカを見ていた。
シロコとノノミに視線を向けた。笑顔が返ってくる。
アヤネは小さく頷いた。
「……ありがとう、皆!」
セリカは笑顔で拳を返した。
心から出た
「ん……」
ベンチからグラウンドへ一歩踏み出す。不意に差した光が眩しくて思わず目をつぶってしまう。
太陽を覆っていた雲はもう見当たらない。
いつの間にか空は、晴れ渡っていた。
『3回の裏───』
3回の裏。ミレニアム・アビドス連合チームの守備。
セリカは変わらずセンター。もう下は向いていない。
「(センターまで飛ばせばまたエラーする……センターまで……)」
センターのセリカの位置を打者はチラチラと確認している。ユズはそれを見てインコース寄りに座った。
相手チームの打者はまだモモイの速球に振り遅れている。ガンガン身体の近くに投げ込みたい。センターを狙っているなら確実にミートタイミングは遅れる。
「(モモイのスタミナもいつまで持つか分からない。まだ体力のある今のうちに"打てない"印象を刷り込んでおきたい)」
モモイが力いっぱいストレートを投げた。
狙い通りにインコース寄りに来た直球に打者は差し込まれた。セカンドフライで1アウトだ。
「よしっ」
しかし、続くバッターに四球を出してしまう。1アウトランナー1塁で、クリーンナップに入った。
「(3番バッター……確かこのチームの
ユズは毎打席、打者のことをよく観察していた。打席に入る前の仕草や顔、果てはネクストの時の様子まで。
今回もゆっくりと打席に入るバッターのことをよく観察する。
「(この主将がサインを送ってからセリカさんへの"揺さぶり"が始まってる。
何か仕掛けてくるかもしれない……気を付けないと)」
「はぁ、内野の次は外野に逃げんのかァ?」
「!」
打席で相手チームの主将がわざわざそう言った。誰に向けられた言葉かは説明するまでもない。
"逃げる"というワードにセリカの肩が少し跳ねた。
「今度は何から逃げるんだァ? 野球か? それとも痛々しい友情ごっこからかァ? ハハッ」
「こんにゃろ……!」
「お姉ちゃん、落ち着いて。安い挑発だよ!」
ニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべながら主将は構えた。
ミドリの言葉でモモイは失いかけていた冷静さを取り戻した。
「(そうだよね。
一息。
セットポジションに構えたモモイがホームに向かってボールを投げた。そのタイミングでファーストランナーがスタートを切った。
「
「!」
ランナーの動きに反応したのか、モモイのリリースポイントがズレる。モモイが投げた球はホームベースの上でワンバウンドして外れた。盗塁が成功してランナー2塁。
「(うぅ、リードが大きい)」
チラリと2塁を確認。ランナーのリードが大きい。牽制をすればほぼ確実にアウトにできる大きな距離だ。
「(投げたらアウトにできそうなんだけど……牽制なんてまだ習ってないよ!?)」
モモイはクイックモーションが遅い。これだけ大きなリードとユズの弱い肩力を考えると、三塁への盗塁……三盗もありえるだろう。
「モモイちゃん、バッター集中だよ~」
ホシノの言葉にこくりと頷いた。
「えいっ」
「ド真ん中ァ!」
真ん中に投げられたストレートが捉えられた。打球は綺麗にセンターへ。
ワンバウンドでセリカが打球をキャッチ。ランナーは三塁を蹴って本塁へ。
「セリカちゃん!」
「っ!」
中継に入ったホシノに投げようとしたセリカだったが、回した腕が肩の辺りで止まる。
イップスは不随意運動からなる障害だ。意識が変わっても治るものではない。
「下から!」
「! わかったわ!」
セリカが投げられないのを見て、ホシノが走って距離を詰める。
「ごめん、ホシノ先輩」
「いいよいいよ。
「あ……」
下からだったが中継のホシノまでボールを渡せた。
「さっきぐらいの距離まではおじさんが寄るから」
「私も頑張って走るからね、セリカちゃん!」
「先輩、アヤネちゃん……」
二遊間の言葉にセリカはツバを直して返答した。
赤くなった顔が見られたくなくて、目深に帽子を被る。
「でもモモイちゃんのストレートを綺麗にセンターまで運ばれましたね」
「ん、さっきのは棒球だった」
モモイは先程の投球の時、ランナーを気にしていた。
シロコがモモイにアドバイスを送る。
「下手にクイック意識しなくていいから。どれだけ走っても、どうせ
「うんっ、わかった」
盗塁されたことも一つ要因だろう。慣れないクイックでフォームが崩れていたようだ。
1アウトランナー1塁。
またしてもランナーは大きなリードを取っている。
「無視無視っ!」
『ストライク!』
ランナーが走って2塁へ。セカンドベースにすら入っていない。完全にランナーを無視した動きだ。
『ストライク!』
続く球でも盗塁。ランナー3塁。しかし、カウントは2ストライクで追い込んだ。
「三振に抑えてやるっ! ふんっ!」
ランナーが三塁にいるので、雰囲気だけのクイックすらもう必要ない。ゆっくりとしたフォームから満腔の力で投げたのは、アウトコースの直球。
『ファウル!』
「あまり舐めるなよ……1年ッ!」
これは1球ファウル。相手バッターは4番。モモイのストレートに若干振り遅れてはいるが、力負けはしていない。
続く2球はボール。
「おりゃっ!」
「ぬんっ!」
5球目。バッターが高めのストレートを打ち上げた。バットの上で打った打球は大きなフライ。
「センター!」
飛んだ先はセンター。
落下地点は定位置より前。風は吹いていない。
「(野球は代わったところによく飛ぶって言うけど……あれ本当だったのね)」
太陽が背中から照り付けている。
雲ひとつない晴天。眩しさにボールを見失うことはない。
「(ランナーは……タッチアップの構えね)」
着塁している3塁ランナーはこれ見よがしにタッチアップの構え。
普通はこの飛距離でタッチアップはしない。明らかにセリカをマークしたプレイだ。
「セリカちゃん!」
アヤネが走って寄って来るのが視界に映る。
トスで渡せる短い距離。
「(トスで渡すと確実に間に合わない……!
でも、ホームに投げて
またミスしたら…………!)」
中継プレーは、間に人が入る分だけタイムロスが生まれる。本来なら一人で投げられる距離。そしてタッチアップを刺せる距離が、中継プレーを挟めば"間に合わない"距離に変わる。
暖かいはずなのに、セリカの背中にゾクッとしたものが走った。
恐怖だ。
今度ミスをすれば本当に決定的な……
いや、なるだろう。そういう予感がセリカにはあった。
アヤネにトスをしてランナーを諦めるか、この先の野球人生がなくなるかもしれないリスクを取るか。
恐怖に競り勝つことができるのか。
「(大丈夫、今度こそ……今度こそ……ッ!
今できることをするだけ!)」
キッとホームを睨んだ。ユズが不安気な視線を送っているのが分かる。
集中する。
強張る。
固まる。
震える。
打球が落ちてくるまでのほんの少しの時間すら、今のセリカには永遠に感じられた。
「(丁寧にやればきっと大丈夫……!)」
ふと視界のピントがマウンドに合う。マウンドの上のモモイがやけに近く見える。
モモイはセリカを見ていた。打球は見ていない。真っ直ぐ力強い視線が、セリカの視線とぶつかった。
─────コントロール悪い奴が丁寧に投げようだなんておこがましいのよ
「あ、」
ついこの間の会話が、自分の言葉が、フラッシュバックする。
─────そういう時は思い切って腕をしっかり振って、身体を大きく使った方が案外ストライクになるものよ
「大きく、思いっ切り!」
打球をおでこの上でキャッチ。
ステップを踏みながら、左腕を伸ばした。
「走った!」
「タッチアップ!」
「
「セリカちゃん!」
ぎゅっとタメを作った身体。
深く前に踏み込んだ足。
大きく身体の後ろから回ってきた右腕は頭の上に。
左足に乗った全体重が、余すことなくボールに伝わる。
白球は線を描くようにホームへ向かった。
3塁ランナーを追い越す。
低い弾道で投げられた球は、ワンバウンドしてユズのミットへ収まった。
『アウト!』
帽子が、地面に落ちた。
「ふぇぇ~! 疲れたよ~~~~!!」
「お姉ちゃん、置いてかれちゃうよ」
「ファストトラベルは!? 秘伝要員はいないの!? 今から歩いて帰るなんて無理だよぉ」
試合が終わって撤収作業の最中。ベンチ裏の通路にモモイの泣き言が木霊した。
「ん、せっかくコールドで早く終わったから、もうひと踏ん張りしよう」
「そうだ! 列車は!? 確かハイランダーの電車が走ってたよねっ!?」
「
「うわぁああん! インフラ整備がレトロRPG並みだよ~~っ!」
結局、試合自体は7回のコールドゲームで終わった。
モモイが5回までを投げ、後の2回はシロコがリリーフ。打線も中軸の爆発力を遺憾なく発揮した。
「でも本当に試合って疲れるんですね」
アヤネの言葉にゲーム開発部の面々は深く頷いた。
だけど、ただ疲れただけでもない。
「アリスは楽しかったです!」
「うんっ、そうだね」
アリスの言葉にアビドスの面々も笑顔で頷いた。
きっとこの言葉に今日の全てが詰まっていただろう。
「にしてもセリカちゃんがイップスだったとはねぇ~」
「うっ! ほ、ホシノ先輩、それは……その……」
「いいよいいよ。別におじさんは隠してたことに怒ったりしてないからさ」
それにもう大丈夫なんでしょ、と続けたホシノにセリカは元気よく頷いた。イップスを克服したセリカは4回から一転、攻守に渡って大活躍。完全復活どころか覚醒して帰ってきた。
「モモイ!」
「うん? どうしたの、セリカ」
セリカがユニフォームの裾をぎゅっと握った。
「そ、その……」
指数関数的に赤くなっていく顔は、もう帽子の影でも隠せていない。ノノミとホシノが微笑ましそうにセリカを見守っていた。
「あ、あり……」
「あっ、ありがとうだねっ!!」
沈黙。
「…………」
「……………………」
「いやー、照れるなー。えへへへへへ。まぁ今回は頑張ったし……」
ミドリが溜め息を吐いた。
ユズの視線が苦笑するアヤネと鉢合う。
セリカのテンションがガクンと下がった。
「あんたに感謝しようとした私が馬鹿だったわ……」
「ひどいよ! 私は馬鹿じゃないよっ!」
「馬鹿の永久機関でも作ってんの!?」
「…………ど、どういうことっ!?」
「馬鹿の永久機関!!」
「どういうこと~~~~!!?」
モモイとセリカはまだまだ知り合いの域を出ない。
けれど、今日の試合を通じてちょっとばかり二人の距離は縮まった。
不確かな未来ばかりの現在で、それだけは確かな事実だ。
「うへへへ、"チーム"って感じだね~」
ミレニアム・アビドス連合チーム、アビドス杯。
初戦突破。
ブルアカ原作キャラ同士の対戦になったら100カノの野球回みたいな感じになると思います(適当)
Q 何で監督いないんですか? 先生を監督にすれば良くないですか?
A サインとか戦術とか駆け引きとか全部やっちゃうじゃん! あと申し訳程度の青春の悩みとかも解決しちゃうし! それに各チームに監督用にネームドキャラ+1するのは大変というか何と言うか……(言い訳)