斎藤家の愚息   作:熊田ラナムカ27

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14 俺にとってあなたは

 

 

 

 

 黒川がアイの真似をすると発言した時、俺は即座にそんな事は不可能だろうと思った。

 

 真も似た意見で多少似れば御の字だと言っていた。

 

 アイと同じ目を宿すなんて誰にも出来ない。

 

 あれは天性のものだ。

 

「黒川あかね大変だったわね。大丈夫そう?」

 

「ああ、なんとか持ち直した」

 

「あ~あ……まさかあいつが苺プロに移籍して来るなんてなんて。商売敵が最も近い場所に………」

 

 有馬は今までになく嫌そうな顔をした。

 

 負のオーラがあちこちから出かかっている。

 

 黒川と過去に何かあったらしい。

 

「お前が誰かを商売敵なんて明確に言うなんて珍しいな。仮にも元天才子役で今はアイドルに専念しているがそこそこ売れている役者だっていうのに。まるで黒川のことを認めてるみたいだ」

 

はぁ!?誰があいつの事なんか………そうね。多少は………認めてる。………認めざるを得ない。目の上のたんこぶってやつよ。ちょっとは堕ちてこいとも思ってる。いわゆるシャーデンフロイデってヤツよ」

 

「黒川あかねに有馬かなが?」

 

「そりゃそうでしょ」

 

 さも当たり前のように有馬は言った。

 

 誰かを認める事なんて滅多にない。

 

 そんな有馬が黒川にライバル意識?

 

「あー……あんた演劇興味ないんだっけ。劇団ララライの黒川あかねって言えば、天才役者として界隈では有名でしょうが。真から聞いてないの?」

 

 そんな話は全く聞いていない。

 

 俺が知っているものだと思ったのだろう。

 

 あいつは変なところで抜けている。

 

 けれど、一つ納得がいった事がある。

 

「社長が黒川を勧誘した時に……どおりであいつ尋常じゃないレベルのゲス顔をこっそり浮かべてた訳だ。鬼畜外道クズの権化め」 

 

「あいつが善意で誰かを勧誘する訳ないでしょ。社長はともかくあいつの方は純度100%の下心に決まってるじゃない。どっかでリタイアすれば良かったのに」

 

「激しく同感だ」

 

 クズの高笑いが聞こえてくるかのようだった。

 

 とりあえず一発殴りたくなった。

 

 有馬は既に殺る気満々だ。

 

 数分後。クズは有馬に蹴りを入れられた。

 

 俺はクズに肘打ちを入れた。

 

 クズはその事で激しく文句を言った。

 

 俺達はそれを無視した。

  

「本日よりあかねちゃん復帰になります」

 

「皆さんご迷惑おかけして申し訳ありませんでした。頑張りでお返ししたいと思っています。宜しくお願いします!」

 

 宣言通り黒川は今ガチの撮影に戻って来た。

 

 真面目なのはいつも通りだがリラックスしている。

 

 アイの真似というのはどれ程のものなのか。

 

 じっくりと見せてもらおう。

 

「それではカメラ回し始めまーす」

 

 ディレクターの声に合わせて撮影が始まる。

 

「行くぞ」

 

「ええ。そうだね、アクア」

 

 初めの一言から明らかに違った。

 

 明確に黒川のものではない。

 

 真が画面外で目を見開いた。

 

 俺は思わず背後を見る。

 

「ふぁっ……眠いんだよね。収録早すぎてさー。あっもうカメラは回ってる?てへっ☆!」

 

 有馬の言葉が脳裏をよぎる。

 

『一流の役者しか居ないと言われる劇団ララライ。黒川あかねはそこの若きエース。徹底した役作り、与えられた役への深い考察と洞察。それらを完璧に演じ切る天性のセンス。リアリティショー映えする性格じゃなかったみたいだけど、役者としては『天才』と呼ぶしかない』

  

 俺達の想像を彼女は遥かに超えた。

 

 彼女は紛れもない天才だった。

 

 そこにいたのは黒川あかねじゃない。

 

 俺達の知る、星野アイそのものだった。

 

「ア……あかね?」

 

「アクアどうしたの?幽霊とか見たような顔して」

 

「お前が来たことに驚いてんだよ。ずっとお前のことを心配してたからな。勿論俺も。よっ久しぶり」

 

「そっか。嬉しいなぁ。それとおひさー」

 

 どうにか持ち直した真が俺の代わりに動いた。

 

 落ち着けとアイコンタクトで言っている。

  

 そうだ。今は撮影中だ。

 

 驚いている場合じゃない。

 

「あかねおかえり!」

 

「皆待たせてごめんね」

 

「ほんとだよ。待ってたぞぉ」

 

「また楽しくやろうね」

 

 俺が冷静さを取り戻そうとしている一方で、黒川はMEMちょと鷲見に囲まれてスキンシップを受けた。

 

 ノブユキとケンゴもこちらにやって来る。

 

「なんか元気そうで良かったけど……もう大丈夫なのか?」

 

「えっ何が?」

 

 黒川の言葉に周りが静まり返る。

 

「何がって………そりゃ」

 

「あー結構盛大に燃えちゃったからね!もしかしてその話?やっちゃったなぁとは思うけどあれくらいよくある話でしょ!私は全然!」

 

 アイがこの場にいたらこうすると言うかのように、今までと打って変わって黒川は明るく振舞った。

 

 キャストも、スタッフも、カメラマンも。

 

 その不思議な魅力に圧倒される。

 

 視線を向けざるを得ない不思議な引力。

 

 アイのようなカリスマ性が今の黒川にはあった。

 

 冷静さを取り戻した俺はより気を引き締める。

 

「大丈夫な訳ないだろ。いくら何でもお気楽過ぎる。雰囲気で誤魔化そうとしたって無駄だ」

 

「えー、本当に大丈夫なのに。心配性だな」

 

「そんなんじゃ………」

 

「聞いたよあの動画。何日も徹夜して作ってくれたって。嬉しかったな。ありがとアクア」

 

「…………うん」

 

 しかし、それでも為す術が無かった。

 

 気を引き締めても素直に頷くしかなかった。

 

 今の黒川に俺は弱い。

 

「おい。反応見たか?いくら何でも弱過ぎるよな?」

 

「即落ち2コマだったよね。向かって行った瞬間負けたよ」

 

「もしかしたら私がああなってたかも。おっかな」

 

 そこの3人はマジで黙れ。

 

「あかねがなんか変なのはもう分かったけど、アクアもなんか変じゃない?」

 

「ん~~~?言われてみれば」

 

「こうなったら確かめるぞ」

 

「「了解(ラジャー)」」

 

 しかも碌でもない事を始めやがった。

 

 それも全員ウキウキ顔で。

 

「ねぇアクたん。そこのポーチ取って」

 

「今考え事してる。自分で取って」

 

「お前の飲み物を俺にも少し飲ませろ」

 

「何でお前にそんな事を────」

 

「それ位いいじゃん。やってあげなよ」

 

「うん」

 

 しまった。またやってしまった。

 

 クズの頼みまで……やってしまった。

 

 新たな玩具を見つけた子供の目に3人はなる。

 

「ほら!やっぱりあかねにだけなんか素直!!マジでアクたんああいう感じが好きなんだ」

 

「あかねきっかり仕上げてきたからなあ」

 

「いつも絶対に聞かない俺の頼みまでやっちゃったもんな。これってもしかしなくてもあれなのでは?」

 

 黙れ。マジで黙れ。本当に黙れ。

 

 こっちを楽しそうに見やがって。

 

 とりあえず後でクズは蹴る。

 

「好きなんか~?ほらほら」

 

「こういうあかねが好きなんか~?」

 

「言っちゃいなよ~。ハッキリ言っちゃいなよ~」

 

「やめろ。特に最後。マジでやめ………」

 

「あっ、これガチじゃん」

 

「そうかそうか。逃がさねーぞ。今からアクアから根掘り葉掘り色々と聞いて来る。お前は廊下に連行だ。あかねの方は2人に頼んだ。お互い戦果を期待する」

 

「「任された!」」

 

 マジでこいつ等痛い目を見ろ。

 

 クズは10回以上死ね。

 

 俺は言葉通り廊下に連行された。

 

 カメラを離れて屋外まで連れて行かれる。

 

 俺はそのタイミングで蹴りを入れた。

 

 クズはその場で悶絶する。

 

「てめぇ何すんだ!?強めに蹴りやがって!振り払うにしても加減しろ馬鹿!慰謝料請求してやる!!」

  

「やりたかったら勝手にやれ。その時は俺も有馬も黙ってない。というかお前の自業自得だろ」

 

 これっぽっちも謝る気はない。

 

「黒川があそこまでとは思ってなかった。あれは正しくアイの生き写しだった。これもお前の想定内か?」 

 

 俺はいつもの口調で真に聞いた。

 

 こんな所に連れ出した理由はそれしかない。

 

 少し考えた素振りを真は見せる。

 

「………いいや。完全に想定外だ。天才だってのは知っていたが、あそこまで何かを演じるのに長けているとは思わなかった。つくづく引き込む事が出来て運が良かった。あいつだけは敵に回したくない」

 

 はっきりと真は断言した。

 

 こいつがこんな事を言うなんて余程の事だ。

 

 芸能界には才能が集まる。

 

 黒川には誰かをトレースして演じる才能がある。

 

 そのトレースは相手の思考パターンの域にも及び、行動や人格すらも再現できる可能性が高い。

 

 黒川あかねは苺プロに移籍した。

 

 しかし、その関係はあくまで仕事上の付き合い。

 

 番組が終わったら今ほど関わる事はないだろう。

 

 だけど、黒川あかねは使える。

 

 ここで手放す訳には────

 

「黒川を利用しようって考えているなら止めておけ。あいつはお前の手に余る。そもそもお前はそんな器用な方じゃないだろ。後々絶対に面倒になる。共犯者は2人もいらない」

 

 俺を思考を読んだかのように真は言った。

 

 こいつも芸能界で食い込める程度には才能持ちだ。

 

「だが……あいつが再現したアイの目を見たろ?俺もお前も絶対に再現できないと確信していたあの目を……黒川は再現した。利用しない手は────」

 

「誰かを騙すのは結構だが間違えちゃいけない線引きがある。これはその線の外だ。線を超えた瞬間お前は犯人と同じかそれ以下の外道になる」

 

 ────外道に堕ちる覚悟はあるのか?

 

 これで2回目だ。

 

 あの日……俺と真が共犯関係になった時と同じだ。

 

 普段のおちゃらけた声とは全く違う、全てを拒絶したような冷たい声を真は俺に向けた。

 

 その顔に表情は一切ない。

 

 何処までも虚ろな闇だけがその瞳に宿っていた。

 

 底知れない恐怖を俺は感じる。

 

「俺達の目的は真犯人への復讐だ。だが、その為にそんな外道と同じ場所に堕ちてやる必要はない。嘘は時として誰かを幸せにする。誰かを幻想に導き時として希望を魅せる。だがな。吐いちゃいけない嘘の先にあるのは混沌と絶望だ。人を呪わば穴二つ。嘘で呪わば穴無限。その嘘に関わった者達の人生を狂わせ、全て例外なく破滅に導き縊り殺す。お前は真犯人を殺す為に黒川あかね/星野アイを自分の手で殺すのか?

 

「違う!俺はそんな事を思ってない!考えてもない!あいつには……幸せでいて欲しい。あいつには……笑っていて欲しい。生きていて欲しい………ッ」

 

「なら、このやり方は間違ってる。前にも言ったろ。過去を捨てる必要はないが、自分の今よりそれを優先するな。亡霊になるな。生者であり続けろ。生者が進む道は変わりゆく今だけだ。亡霊が進む変わる事のない過去の道じゃない。自分を見失うな。俺達は亡霊じゃない。俺達は生きているだろ

 

 真は俺の頭を軽く叩いた。

 

 その瞳はいつもの目に戻っていた。

 

 ようやく呼吸を行う事が出来た。

 

 首筋から汗がしたたり落ちる。

 

 ………俺はようやく冷静になった。

 

「………悪かった。あんな事を言って。もう二度あんな事は言わない。もう二度……あんな事は考えない」

 

「分かったならいい。俺も黒川を見てアイを思い出した。あんなもの見ちまったら仕方ない」

 

「ありがとう……止めてくれて」

 

「それが共犯者(おれ)の役目だ」

  

 俺と真はしばらく何も話さなかった。

 

 けれど、それが心地良かった。

 

 心臓の音が強く鳴り響いている。

 

 俺はまだ………確かに生きている。

 

「そもそもこのやり方だと俺が社長になれない。黒川がいくら優秀だろうが稼ごうが、お前がトップに立たなきゃ意味ねーんだよ。ここまで来て俺の勝ち組人生計画を阻もうとするとはどういうつもりだ」

 

 しばらく経って俺が落ち着いた頃。

 

 割と真面目な顔で真はそんな事を言い出した。

  

 ………マジで思い出せない。

 

「何の話だ。そんな計画そもそもあったか?」

 

「忘れてんじゃねぇよ!?グラサンを社長の座から窓際部署に追いやり、ミヤコをそこそこのポジションに置き、俺が事務所の社長に成り代わる計画の事だ!!俺が何の為に共犯者やってると思ってる!?ここまで来て契約を不履行にする気かゴラァ!!」

 

「そんな契約をした覚えはない。というかそれかよ。お前を社長にするのはいいとして、壱護社長を窓際部署に置くのは止めておけ。お前を止める奴がいないとかマジで終わってる。事務所の為にも名誉会長あたりのポジションにしとけ」

 

「何でだよ。そんな事をしたら俺がやる事に口を出される上に余計な出費が増える。そんでもって俺の取り分が減る。グラサンには呑気にソリティアでもさせておくのがお似合いなんだよバーカ」

  

 ゲス顔を浮かべて真は語った。

 

 俺はそれを可哀想なものを見る目で見た。

 

 こいつはやっぱりクズだ。

 

 頼りにはなるが尊敬出来ないししたくない。

  

 少しでも見直した俺が間違っていた。

 

 というか、見直すこと自体が間違っている。

 

「それはそうと実際のところお前は黒川をどう思ってんだよ?少なくともある程度の好意を持ってるってのは見てれば分かる。ここに連れて来たもう一つの理由はそれを聞く為だ。友人として好きってのはなしな」

 

 俺が思わず溜息をついていると思い出したように、真はニヤけながらそんな事を聞いてきた。

 

 本当にこいつは碌な事をしない。

 

「お前……まだそれを引っ張るのか。前にも言ったろ。お前と同じで俺は番組が終わるまで安全圏でやり過ごす。それ以下でもそれ以上でもない」

 

「確かに付き合うとなるとそれそれで面倒くさい。番組が終わってしばらくは世間の目もあって直ぐ別れる事は出来ないし、同じ事務所のタレント同士が付き合うとなると周りにもそれなりに気を使わせる」

 

「だからあいつと付き合うなんて────」 

 

「だがな。選択が出来るってのは最大の幸福の一つだ。だからこそ選択に迷いはあっても後悔はあっちゃいけない。それは本当にお前にとって後悔のない選択なのか?それを一回よく考えてから結論を出せ。俺は共犯者だからな。多少の面倒事はどうにかしてやる。それとも心に決めた相手がもういるのか?」

 

「そんな奴はいない」

 

「女たらしめ。あいつには同情する」 

 

 何故か真は溜息をついた。

 

 真は一人で校舎に戻って行く。

 

 残された俺は青空を見上げた。

 

 こんな空を見ていると「僕」だった頃を思い出す。

 

「心に決めた相手か。もしも僕が僕のままだったら迷わず答えたんだけどな。だが、ここにいるのは俺だ。でも確かに僕もいる。じゃあ一体どうすればいい?」

 

 その問いを返す相手は誰もいない。

 

 撮影が終わって家に帰っても、夜が明けても。

 

 その答えは結局出なかった。

 

 無性に気分転換をしたくなった。

 

 その為の道具を鞄に詰める。

 

 俺はその日学校をサボる事を決めた。

 

 途中で会った有馬を巻き込むように誘って。

 

「は~っ!マジあり得なくない!?学校サボって遊びに行くとかマジ不良じゃん!あり得ない!マジさいあく!」

 

「そんなに言うならやっぱやめとく?」

 

「そうは言ってない。なんだかあんたが思い詰めた顔してるからちゃんと見てあげなきゃっていう先輩心?心が天使よね私」

 

 それはまずない。

 

 クズが更生して聖人になる程度にはない。

 

 仮にも1年程度の付き合いだから知っているが、有馬の性格は決して良いものではない。

 

 何故かテンションが高いので口に出さなかったが。

 

「で、どこ行く?ディズニー?東京タワー?」

 

「学校サボってそんな張り切った遊び提案する度胸がヤベえな」

 

「だって制服でサボったら周りの視線気になるでしょ。着替えに帰るのも時間のロスだし!あの辺制服の人多いし丁度いいかなって思って………!」

 

「悪いが何するかはもう決めてる。その為の道具も家から持って来た」

 

「やる気十分ね!何するの!?」

 

「キャッチボール」

 

 俺は鞄から自前のボールを出して見せた。

 

 分かりやすく有馬はテンションを落とした。

 

 言わなかった俺も悪いが期待したそっちも悪い。

 

 俺達は近所の公園に移動した。

 

「やっぱあんた変わってる」

 

「そうか?」

 

「そうよ!うら若き男女が学校という牢獄から抜け出して何をするかと思えば、公園で呑気にキャッチボールだもん!しかも私物のグローブとボールで!そんなにキャッチボール好きなの?」

 

「気分転換したい時にやる程度には」

 

 この気分転換のやり方を進めたのは俺の担当医だ。

 

 大の野球好きで俺がカウンセリングに行く度に、野球の話を熱心にして看護師に怒られている。

 

「私野球なんてやった事………あっ」

 

「いいよ。これぐらいならどうにか取れる」

 

「本当に手馴れてるわね。誰かとよくやるの……?」

 

「真とルビーを誘って偶に」

 

「知らなかった………」

 

 そうは言ってもやるのは本当に久しぶりだ。

 

 ルビーの受験対策で1年はまともにやっていない。

 

 ちなみにルビーはボールを投げるのが下手だ。

 

 俺と真が毎回必死になってボールを取っている。

 

 有馬の球なんて可愛いものだ。

 

「私みたいな下手っぴじゃなくてその2人のどっちかを誘えば良かったんじゃない……?それか『今ガチ』の人とか………仲良いんでしょ?」

 

「真はああ見えて真面目だからな。仕事が絡まない時は基本学校をサボらない。ルビーに関しては妹に学校サボらせる兄が居る訳ないだろ

 

「シスコンきも………」

 

 俺の言葉に有馬は軽く引いた。

 

「『今ガチ』の奴等も悪くはないけど、一応仕事って言うかそういう気安い関係でもないし」

 

「そうなんだ」

 

「嘘をついたり打算で動く事ばっかで、何の打算もなく無駄な会話出来る人間ってのは俺の周りにはあんま居ない。その点有馬相手なら気を使わなくていいし」

 

「使えやコラ」

 

 そう言いつつ、有馬はボールをキャッチした。

 

 初めてやったにしては筋が良い。

 

「んーでもま。そういう相手に選んでくれたってのは、悪い気はしないかな」

 

 心底嬉しそうに有馬は笑って言った。

 

 こう言ってくれると俺も助かる。

 

 有馬はこっちにまたボールを投げた。

 

「『今ガチ』そろそろ収録大詰め?」

 

「ああ」

 

「一番人気はゆき?でも最近黒川あかねも調子良いみたいだし。実際の所あんたは誰狙いなの?」

 

「あくまで仕事だからそういうのはない………って考えてたけど悩んでる。どんな答えを出すか」

 

「えっ!?その相手誰!?まさか黒川あかね!?」

 

「まだ何も言ってないだろ。まぁそれもあるけど」

 

 有馬は途端に複雑そうな顔をした。

 

 黒川との仲はどうやら悪いらしい。

 

 番組後の顔合わせが心配になってきた。

 

「まぁ……そうなる空気なのは分かってたわよ。最終回で少なくとも一組がくっつくのは定番だし。じゃあ何に悩んでんのよ」

 

 鬱憤晴らしに有馬は強い球を投げる。

 

「正直よく分からないんだ。俺なんかが恋愛なんてしていいのか。俺なんかに資格はあるのか」

 

「何よそれ」

 

「考えれば考えるほど分からなくなる」

 

 俺は有馬のボールをキャッチした。

 

 いつか「星野アクア」は消えるのかもしれない。

 

 それとも「雨宮五郎」が消えるのかもしれない。

 

 身体が成長して行くに連れて、精神の方が身体と環境に適合していく。

 

「雨宮五郎」と「星野アクア」の境目が無くなっていくのを感じる。

 

 もしそうなったら、どちらでもある俺はどうなる?

 

 何も残らないのか?どちらかが残るのか?

 

 別の何かが残るのか?何より俺は一体誰だ?

 

 そんな事ばかりが頭をよぎって答えが出ない。

 

 思考が曇り続けて仕方がない。

 

「一体どうすればいいんだろうな」

 

 俺は自分の頭上にボールを投げた。

 

 そんな事をしても答えは出ないのに。

 

「前から思ってたけど……あんたやっぱり中二病よね。それも重度の。そういうの早く卒業しなさいよ……イタイから。頭の病院行く?

 

 割と真面目に話したのに有馬はドン引きした。

 

 ムカついたので俺は強めにボールを投げた。

 

 有馬のグローブど真ん中にボールは吸い込まれる。

 

「きゃあ!何すんのよ!?ビックリするじゃない!」

 

「お前が変な事を言うのが悪い。誰が中二病だ」

 

「事実でしょ!私と再会した時から症状悪化してるし!私が善意で言ってやったのに……それを蔑ろにするとは何事だ!!」

 

 お返しとばかりに剛速球を有馬は投げた。

 

 やっぱり初心者とは思えない筋の良さだ。

 

「要するに恋愛初心者だからビビってるんでしょ。自分が相手を傷つけたらどうしようって。考え過ぎでしょ。資格どうこうなんて私にだって分からないし」

 

 有馬の俺のボールをキャッチする。

 

「けど、これだけは分かる。あんたと一緒にもし居られたら………その誰かはきっと幸せ者よ。浮かれちゃうぐらいね。だって私……こうやってキャッチボールをしているのが楽しいもの。それは相手があんただから。アクアと初めてやるから楽しいの。あんたはあんたでしょ?あんたのやりたいようにやりなさいよ。そうすればどうにかなるはずだから」

 

 有馬は優しく微笑んでこっちを見た。

 

 その微笑みは太陽のように眩しく輝いている。

 

 その姿に俺は一瞬見惚れた。

 

「でも、これでどうにかなったら、それはそれはで困るのよね。黒川あかねの手助けをした事になるし。けど、あんな顔した知り合いをほっとける訳ないし………相手はアクアだし。惚れた故の悩み?いいや、あいつに惚れてなんかない。黒川あかねとくっつこうが、くっつかまいが………私には関係ない。そうよ。関係ないのよ。あいつの手助けをするのが腹立つだけで。アクアが黒川とカップルに……カップルになろうが…………」

 

「有馬?」

 

「ああ、もう、うっさい!!」

 

 そう思ったのも束の間。

 

 小さな声で何やらブツブツ呟き出したかと思えば、有馬はあらぬ方向に突然ボールを投げた。

 

 俺でも取れない角度と速さで飛んでいき、俺達が居る場所とは真反対の場所にボールは転がった。

 

 やらかしたと叫んで有馬はボールを取りに行く。

 

 自分でも気付かないうちに笑みが浮かんだ。

 

「………有馬には感謝しないとな」

 

 覚めるように曇っていた思考が晴れた気がした。

 

 自分の気持ちに整理がついた。

 

 有馬と別れて家に帰った後。

 

 真の問いについて俺はもう一度考えた。

 

 黒川あかねとは俺にとって何か。

 

 星野アイとは俺にとって何か。

 

 今度はあっさりと答えが出た。

 

 しばらく経って今ガチ最終回の撮影日。

 

 男側が相手を指名して告白をする事になった。

 

 先陣を切ったのはノブユキ。

 

 赤い薔薇の花束を持って正面から鷲見に告白した。

 

 あいつらしい見事なストレートっぷりだ。

 

 けれど鷲見はその告白を複雑そうに断った。

 

 番組外でも仲良かったから少し意外だ。

 

 ノブユキは大きく肩を落として後ろに下がった。

 

 次に出たのはギータを手にしたケンゴ。

 

 相手はまさかのMEMだ。

 

 自分の思いを歌にして来たらしい。

 

 それに対抗するように出たのは真。

 

「あなたの事を兄弟を持つ姉として、ユーチューバーとして、友人として、一人の女性として俺はとても好きです。この思いをどうか受け取って欲しい」

 

 意外にもノブユキと同じで正面突破で来た。

 

 赤い薔薇の花束をMEMに渡す。

 

 一見するとノブユキと同じであまりに正々堂々。

 

 しかし……あまりに本数が多い。

 

 ノブユキの倍以上の本数で101本あるとのこと。

 

 ケンゴの曲が霞む勢いで周りがざわめいた。

 

 そして俺はある事に気がつく。

 

(告白なんてものは全て茶番で……大々的に自分の財力と推しに対する本気度を自慢する為にこの場を利用しやがったよあのクズ。しかも、あいつの本性を知ってる奴等を除いて視聴者達は純粋に思いを伝えているだけだと絶対に騙される。色んな意味で最低最悪だ)

 

 俺は一人で頭を抱えた。

 

 こんな事を誰かに言える訳がない。

 

 ほぼ空気になったケンゴに激しく同情する。

 

 最終的に2人の告白は断られた。

 

 これは初めから分かっていたので驚きはしない。

 

 ただしケンゴの方は可愛くごめんと断られた一方、クズの方はMEMが顔を赤らめてしばらくの間悩み、お互いを思って泣く泣く諦めたような感じだった。

 

 本心は分からないが激しく胸キュンしたらしい。

 

 そんなMEMをクズが思い続けると発言した事で、ケンゴの実質的完全敗北感が凄まじいものとなった。

 

 控えの全員がとりあえず背中を叩いた。

 

 ケンゴはしばらく真っ白になった。

 

 最後に残ったのは俺と黒川。

 

 海沿いのベンチに黒川が座る。

 

「ずっと俺にとって黒川が何なのか考えた。ただ友達なのかそれ以外の感情を向ける相手なのか。けど、答えなんて出なかった」

 

「アクアくん………」

 

 心臓が激しく鼓動する。

 

「でも、これだけは分かった。俺にとって……()()()はずっと幸せで居て欲しい相手だ。ずっと笑顔で居て欲しい相手だ。ずっと守り続けたい相手だ。こんな俺だけど………お願いします」

 

 ────ずっと俺の傍に居てください。

 

 俺はあかねを抱きしめた。

 

 顔を赤らめながらあかねは俺を抱きしめ返す。

 

 ああ、やったと言えた。

 

 あかね/アイに対する思いを。

 

 誰でもない()の言葉を。

 

 これは絶対嘘じゃない。

 

 一筋の涙が零れ落ちた。

 

 俺とあかねは番組カップルになった。

  

 

 

 

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