斎藤家の愚息   作:熊田ラナムカ27

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15 どうか誇れる選択を

 

 

 

「『今からガチ恋始めます』全収録終了です!」

 

『お疲れ様でした~!』

 

 最後の撮影が終わって数時間後。

 

 俺達は今ガチの打ち上げに参加していた。

 

 グラスをぶつけ合う音があちこちから響く。

 

 俺はノンアルカクテルを口に含んだ。

 

 酒の代わりと思って選んだものだが中々美味い。

 

「いや、思い返すと一瞬だったわ」

 

「色々あったけど本当に楽しかったね」

 

「あかねがそう言ってくれるのなら文句ねぇな」

 

 熊野が黒川の言葉に頷く。

 

「俺はもう二度と表舞台に立ちたくないとつくづく思ったけどな。楽しかったのも確かだがそれと同じくらいには肩が張った。やっぱ俺は裏方が性に合う」

 

「そういう真が一番暴れてたけどな」

 

「完全に前座にされた………」

 

「この顔であの告白とフォローは反則だよぉ………」

  

 森本は遠い目をして、MEMちょは再度赤面した。

 

 そんな苦情をこっちに言われても困る。

 

 俺は出来る最大限の好意の伝え方をしただけだ。

 

 推しの為に全力を尽くすのは当然の事だ。

 

 世間に俺の財力を見せつける為にも。

 

「というか、告白云々で言うなら俺よりアクアだろ。あの告白については色々と物申したい」

 

「確かに……それはそうだね」

 

「私も言いたい事が山ほどある」

 

 俺とMEMちょと鷲見は共にアクアを見た。

 

 アクアは露骨に目を逸らす。

 

 全員考えている事は同じらしい。

 

「てめぇ最後の最後にビビりやがって!!あそこでハグはねぇだろ!?キスしろよキス!!撮れ高的にも空気的にも明らかにキスする流れだったろ!!」

 

「最高のシチュエーションと最高の女の子の両方が揃ったんだよ!?あれでキスしないとか本当にどうかしてる!!見損なったよ!!」

 

「私達が何の為に番組終盤でそれっぽい雰囲気作りを頑張ったんだと思う!?君達のキスシーンを見る為だよ!!何よりあかねに失礼だよ!!」

 

「「「このヘタレ!!」」」

 

 俺達3人はそれはもうボロクソに言った。

 

 正直これでも物足りない。

 

 丸一日はじっくりと問い詰めたい。

 

 自覚があるのかアクアはだんまりを決め込んだ。

 

 本当にこいつは男なのか?

 

 (アクア)じゃなくて(マリン)なのか?

 

 どっちにしろヘタレには変わりないが。

 

「ま、まぁ………3人とも。そんなにアクアくんを怒らないであげて。私はあの告白が嬉しかったし、良かったと思うし────」

 

「いいや、黒川。お前は文句を言っていい。お前にはその権利がある」

 

「本心では不満たらたらなんでしょ?同情して嘘とか言わなくていいから」

 

「相手側にフォロー入れられるとか情けないよね」

 

「「間違いない」」

 

 鷲見の言葉に俺とMEMちょは深く頷いた。

 

 流石のアクアも顔を背けた。

 

 これに黒川は何とも言えない顔をする。

 

「それで実際のところどうするの?」

 

「本当に付き合うの?どうなるの?」

 

「どうすんだよヘタレ」

 

「誰がヘタレだ。その呼び方止めろ」

 

 事実なのだから仕方ないだろう。

 

 止めてやるつもりは一切ない。

 

「全部が本心だ。あの言葉に………嘘はない」

 

「ふむふむ。はぐらかすね」

 

「前向きだけど恥ずかしいと。素直じゃないね」

 

 それだけ言うとアクアは席を外した。

 

 今の言葉の真意は2人が考えているものではない。

 

 言葉と思いに嘘はなくても愛はいくらでも偽れる。

 

 アクアは黒川との関係性を、おそらく仕事の延長線上としてか考えていない。

 

 黒川を思いやり大切にする気ではいても、異性の関係になるつもりはないのだろう。

 

 アクアは黒川のみを見て告白をした訳ではなく、黒川にアイの幻影を重ねながら告白をした。 

 

 それが何よりの証拠だ。

 

「あかねちゃんはどうなの?そっちも前向き?」

 

「………分かんない。それに番組の流れ的にあれは受ける流れだったし……仕事もあるのに彼氏なんて………」

 

 黒川もその事に気づいているらしい。

 

「いやいや。芸能人とはいえ高校生にもなったら彼氏の一人や二人当然でしょ!」

 

「ゆきとかとっかえひっかえじゃないの?」

 

「私そんなイメージ?マジでリアルに本当に仕事第一でやってきたから今まで彼氏なんて一人もいないよ」

 

 これは素直に意外だった。

 

 普通に恋愛経験があると思っていた。

 

 というか、恋愛経験無しであれをやってたのか。

 

 それはそれで恐ろしい。

 

「こっから先は番組側が関与する事はない。付き合おうが別れようが自由だ。そんなに選択を迫ってやるな。本人達で決めるのが一番何だから」

 

「大人だね。これが兄の余裕ってやつか」

 

「あとやっぱりブラコンだね」

 

 そこの2人は一旦黙れ。

 

 俺はブラコンじゃねぇ。

 

 今の何処にブラコン要素があった。

 

「今回の件で全員改めて分かったはずだ。この芸能界は嘘と打算で満ち溢れている。どんな真実も簡単に塗りつぶされて嘘に書き換えられる。だが、自分にとって譲れない選択は絶対に譲っちゃいけない」

 

 俺は黒川の方を真っ直ぐ見た。

 

 本当に柄でもない事をしている。

 

「人生ってのは選択そのものだ。そんな人生の選択を誰かに委ねたらそれは人生じゃない。人生とは言えない全く別の虚ろな何かだ。どんな形にしたって、少なくともあいつは迷いながらも選択をした。それだけは………何があろう変わらない。だからお前等もよく考えて選択をしろ。あいつに負けねぇ為にもな。ヘタレに負けたんじゃ一生の恥だし」

 

「締めがそれかよ。いい話が全部台無しだ」

 

「真って時々年相応じゃないこと言うよな」

 

「一歩間違えばおっさんっぽい」

 

 実際中身はおっさんだ。

 

 前世含めたらとっくに五十路間近だ。

  

 酒が無性に飲みたくなってくる。

 

 自分がやった事も相まって。

 

 俺は溜息をついた。 

 

「うん。そうだね。アクアくんは選択をした。今度は私の番。きっといつか………振り向かせてみせる」

 

「おおっ、やる気になった!」  

 

「マコたんナイスアシスト!」

 

「何もしてねぇ。勝手にやる気になっただけだ」

 

 俺は応援も邪魔もしない主義だ。

 

 何より応援したらキレる奴がいる。

 

 それもとんでもなく身近に。

 

「話は変わるが熊野と鷲見は最近どうなんだ。番組じゃ断ったが付き合ってんだろ?何処まで行った?」

 

「な、何で知ってるの!?ノブ君話した!?」 

 

「は、話してない!誓ってもいい!」 

 

 熊野と鷲見は共に慌てた。

 

 カマかけたらやっぱりそういう関係か。

 

 この様子だと付き合いたてらしい。

 

「何その新情報。俺知らない」

 

「私も私も。一度断るとはテクニカルだね〜」

 

「私は……実は知ってた」 

 

「最後の被害者は俺達か………」 

 

「こうなるから隠したかったのに……」

 

 鷲見はMEMちょに弄られて赤面した。

 

 相手を揶揄うなら揶揄われる覚悟をするべきだ。

 

 それにしても今日は赤面する奴が多い。

 

「じゃあ逆に聞くけど真君とMEMちょは本当にお互い好きじゃないの!?カメラの目の前であんな甘ったるい空気作っておいて!!」

 

「確かに。何せ101本の薔薇だからな」 

 

「俺の事を前座扱いしたし」 

 

 この野郎。俺達に話を振って誤魔化しやがった。

 

 最後の最後までいい性格してやがる。

 

 森本は何時まで根に持ってんだ。

 

「俺は恋愛に対して一切興味がない。MEMちょは推しとしても女性としても魅力的だが、そもそもの問題だ。生憎悠々自適な独身生活が将来の目標でね」

 

「ファンの子と付き合うってのはちょっとね。マコたんは男女以前にマコたんっていう別の生物だし。何より性格が良いものとは言えないしね」

 

「褒めるなよ。照れるじゃねぇか」

 

「褒めてないよ。照れなくていいから」 

 

「あの距離感でお互い興味なしってマジ?」

 

「熟年夫婦の距離感だぞ」  

 

「2人とも枯れてるな」

 

 やかましい。ガキ共は黙ってろ。

 

 おっさんの気持ちが分かってたまるか。

 

 俺はカクテルを一気飲みした。

 

 何故かMEMちょは吐血した。

 

 その後戻って来たアクアが合流し、黒川と二人っきりになるのをこっそり野次馬したり、熊野と鷲見を揶揄っているうちに打ち上げは終わった。

 

 今日で番組が終わりなんだと改めて実感した。

 

 楽しい時間というのはあっという間に終わる。

 

「じゃあまたね!」

 

「お疲れ」

 

「気を付けてな!」

 

「2人共また明日ね」

 

 タクシーで帰る4人を見送り、俺とアクア、MEMちょの3人は駐車場までしばらく歩いた。

 

 俺とアクアはバイクで共に帰る。

 

 あと少しでMEMちょともお別れだ。

 

 そのせいかMEMちょは少し落ち込んでいる。

 

「寂しいな。私、この現場めちゃくちゃ好きだった」

  

「色々あったが楽しかったよな。アクアは勿論色んな奴をたんまりと揶揄えたわけだし。MEMちょの事も散々弄れたわけだし」

 

「加減しろ馬鹿」

 

「………でも、楽しかった」

 

「………そうだな」

 

 俺達3人はしばらく黙って歩く。

 

 何となく誰も話す気分じゃなかった。

 

 気付けば駐車場に着いていた。

 

「マコたん達ともここでお別れだね。でも、そんなに君達は寂しくないかなぁ?マコたんとアクたんは兄弟で、あかねはアクたんの彼氏で、全員苺プロ所属だもんね。いつでも会えるって考えたら羨ましいな。苺プロといえばB小町を生んだ事務所だし」

 

「ていうか詳しいよな。B小町は世代じゃないだろ」

 

「いやいや!B小町は皆の憧れだから!」

 

「そうだとしても今時知ってる奴は少ない。伝説のグループなんて言われてるがそれは業界の中だけ。アイドルでも目指さない限りは知る由もない」

 

 揶揄うつもりで言うとMEMちょは黙った。

 

 何かを言いたそうにしている。

 

「………うん。目指してたの。私元々アイドル志望だったんだぁ。でも、色々あって挫折しちゃって!今は元気にユーチューバーやってるってわけ!昔の話だからあんま気にしないで!」

 

 誤魔化すようにMEMちょは笑った。

 

 嘘だ。今も何処かで彼女は夢見てる。

 

 アイドルになって輝く事を夢見ている。

 

 そんな思いが何となく読み取れた。

 

 俺とアクアは顔を見合わせる。

 

「じゃあ来たら?苺プロに」

 

「新生『B小町』は現在メンバー募集中だ。MEMちょさえ良ければ何時でも来ればいい」

 

 当然のように俺達は言った。

 

 ファンってのは推しの涙に弱い。

 

 何より彼女にはそれを夢見るだけの才能がある。

 

 そんな才能を腐らせておくなんて勿体ない。

 

「B小町に私が………?あはは。そんな冗談………」

 

 再びMEMちょは笑って誤魔化そうとした。

 

 そんな彼女を俺達は黙って見つめた。

 

 しばらくするとMEMちょは祈るように手を握り、希望(ひかり)を見つけたかのように俺達を見た。

 

 ………俺の目に狂いはなかった。

 

「家に帰ったら詳しい業務内容と契約内容のデータを送る。それを見た上で来たいと思うのなら連絡しろ。もし来るなら喜んで歓迎する」

 

 俺の言葉にMEMちょは黙って頷いた。

 

 その瞳は未来だけを見ていた。

 

 後日。苺プロダクション社長室。

 

 MEMちょはその次の日にウチに来た。

 

 想像以上に判断が早かった。

 

「マジかよ。MEMちょさんがウチに?」

  

「黒川さんに続いてMEMちょさんまで………。………貴方達はスカウトマンとして雇うべきだったかもね」

 

「どうよ!俺の圧倒スカウト力!」

 

「大した事はしてないけどな」

 

 水を差すようにアクアが口を挟んだ。

 

 せっかく株を上げる機会だってのに。

 

「人気ユーチューバーにしてインフルエンサー『MEM』。ユーチューブチャンネル登録者数37万人。ティックトックフォロワー数638k。ネットでの知名度言うまでもない。個人事業主でFARMさんとは業務提携って形を取っている認識で大丈夫か?」

 

「はい。自分で自由に仕事を取って来て問題ない契約を取っています」

 

「その場合だと苺プロからMEMちょさんに「アイドル業務」を依頼する形になる。これなら事務所間で問題になる事はまずない。受け入れとしては問題なしだ。アイドルに興味あったとは少し意外だったが」

 

 グラサンの言葉にMEMちょはほんの少しだけ恥ずかしそうに目を逸らした。

 

 労力もなく推しが手に入るというのは素晴らしい。

 

 今日を新たな記念日にしよう。

 

「うちはネットタレントも多いから君のユーチューバーとしての活動も問題ない。寧ろこっちから頼む事があると思う。正に渡りに船だ。だが、君の履歴書を見て一つ聞いておかないといけない事がある」

 

「…………ッ!!」

 

「てめぇ俺の推しをビビらせてんじゃねぇぞゴラァ。泣かせようものならお前の本体ぶっ壊すぞ」

 

「誰の本体がサングラスだって!?仕方ないだろ!社長として聞かなきゃならないんだから!俺も悪かったがお前もお前で少しは口の利き方を考えろ!」

 

「嫌だね!誰がてめぇなんかに敬語使うか!」

 

 俺とグラサンは互いに睨み合う。

 

 例え父親でも推しを泣かせる奴は問答無用で敵だ。

 

 これで落とそうものならガチで壊す。

 

「マコたん、いいよ。隠してた事だから。………はい、そうです。年齢について………サバ読んでます」

 

「ああ、やっぱり。何となく察してたわ」

 

「分かりますか………」

 

「ええ。貴方大分骨格からして幼く見えるけど、私の目は誤魔化せないわよ」 

 

「通りで履歴書と公称が矛盾してる訳だ」

 

 ミヤコは気持ちは分かると頷いた。

 

 グラサンは納得の表情で履歴書を見た。

 

「ふふっ。別に怯えなくて良いわ。個人でやってる子が年齢いくつか若く言うなんてよくある事よ。このぐらいの嘘で落としはしないわ」

 

「そこのミヤコが年齢不詳の代表例だしな。俺もそういうのは気にしない。確認を取りたかっただけだから安心して欲しい。変な不安を煽って悪かった」

 

「本当ですか……?良かったです……」

 

 MEMちょは胸を撫で下ろした。

 

 本人にとって一番の不安材料だったのだろう。

 

 ちなみにミヤコの推定年齢は現在40越え。

 

 美魔女にも程があると年々戦々恐々している。

 

「で、本当はいくつなの?壱護は履歴書で知ってるけど私は見てないから。個人的に聞いておきたくって」

 

「あの……その………」

 

 MEMちょとミヤコは部屋の隅に移動した。

 

 聞かれるのが恥ずかしいらしい。

 

 MEMちょはミヤコに小さく耳打ちした。

 

 しばらくしてミヤコは突然真顔になる。

 

「ガッツリ盛ったわね!!相当肝が据わってなきゃ出来ないわよ!!しかも本当みたいだし!!」

 

「申し訳ございませんー!」

 

「えっ。実年齢25?盛ったなお前」

 

「イヤーッ!!見ないで!!」

 

 MEMちょは全力で履歴書を奪還した。

 

 まぁそのぐらいの年だと何となく察してた。

 

 話題の内容が古いと何回か思ったし。

 

 初めの投稿からを数年経ってる訳だし。 

 

「私は……昔からアイドルになるのが夢で。でも、うちは母子家庭で弟も2人いて────」

 

 MEMちょの口から過去が語られた。

 

 子供の頃からアイドルを夢見ていたMEMちょではあるが家系が厳しく、夢を追いかけるにはあまりに厳しい環境だった。

 

 それでも母親の応援もあって夢を追いかけ続け、オーディションにも応募して大手の最終審査まで残った事もあったという。

 

「けど、高校3年の時……ママが頑張りすぎて入院しちゃって。夢を追いかけるどころじゃなくなって────」

 

 母と弟達を見捨てられなかったMEMちょはオーディションを辞退し、高校を休学して働きに出た。

 

 バイトをしたりガールズバーで働いてお金を作り、弟達を大学に行かせ母親を元気にした。

 

 しかし、全てが片付いた時には23になっていた。

 

「この世界、20歳でババア扱いされる世界じゃん? どこのオーディションにも応募要項には『満20歳までの女子』ってあってさ。私が夢を追える環境が整った時には、私は夢を追える年齢じゃなくなってた」

 

 夢は見る事は出来ても追いかける事は難しい。

 

 才能以上に環境を揃える事は更に難しい。

 

 かつて欲したものを今更得るとは皮肉な話だ。

 

「行き場を失った情熱で配信とかやってたんだけど、その時まだ一応高校休学中でさ。現役JK(笑)みたいな感じでやってたら、なんかウケて、登録者数とかめちゃくちゃ増えちゃって!」

 

「俺が初めて見た動画がそんな感じだった。それでそのまま引っ込みもつかず2年が過ぎたと」

 

「はい、その通り………」

 

 そのままMEMちょは膝から崩れ落ちた。

 

 やっぱり駄目だと思っているに違いない。

 

 この場において本人()()は。

 

「君の母親はまだ元気なのか?弟達は?」

 

「ママは実家でのんびりやってます。弟達は大学に」

 

「凄いじゃないか。こいつ等の父親をやっているからどれだけ苦労したかは分かる。誰かを食わせて養っていく事は本当に大変だ。増して動けない母親の面倒を見て、2人も大学に行かせるなんてどれだけ大変か。君は自分を誇るべきだ」

 

「そ、そんな大層なものでは………」

 

「いいえ。大層な事よ。この社会で自分の家族を見捨てる人達がどれだけいると思う?貴女はその責任から決して逃げなかった。これは凄い事なの。一人の母親として断言したっていい」

 

 現に俺の前世の両親はその責任から逃げた。

 

 どんな事情があったかは知らないが、そのせいもあって俺はクソみたいな一生を送った。

 

 その日食う飯も無いから腹を空かして、周りが夢を語る中で自分は夢も語れず、暗い暗闇の中を一人で藻搔き希望(ひかり)を見る事はなかった。

 

 その苦しみを彼女は家族に背負わせなかった。

 

 選択を奪うような事をしなかった。

 

 一人の人間として彼女の事を尊敬する。

 

「何があろうと俺はMEMちょをB小町に入れたいと考えている。これはファンとしてではなく斎藤真としてだ。お前はどう思う?」

 

「考えるまでもないよ。私はMEMちょにB小町に入って欲しい。アイドルをやるのに年齢は関係ない!だって憧れは止められない!」

 

「ルビーちゃん………」

 

 ドアの前でスタンバっていたルビーは部屋に入り、その手をMEMちょに向かって伸ばした。

 

 本当に綺麗事ばっかりを言う奴だと思う。

 

 ………だが、偶には悪くない。

 

「実際に会えて本当に嬉しい!これから一緒に頑張っていこうね!そしてようこそ!『B小町』へ!」

 

 グラサンとミヤコはそれに微笑む。

 

 それ見たアクアは小さく笑った。

 

 涙ながらMEMちょはその手を取った。

 

 表舞台の人間達は……やっぱり俺には眩し過ぎる。

 

「そういや有馬は何処行った?お前と一緒に黒川との顔合わせをしてたはずだろ。一緒じゃないのか?」

 

「あー……ロリ先輩ね。実は………」

 

 グラサンの言葉にルビーは遠い目をした。

 

 しまったとアクアは顔に手を当てる。

 

 すると寒気が突然全員を襲った。

 

 よく分からんが、嫌な予感がする。

 

「今はアイドルやってるんだ。せっかくどん底から這い上がったのに役者辞めちゃったんだ。真さんの努力が全部水の泡だね」

 

「辞めてないから。勘違いすんな。何よりあんなクズの努力なんて知った事じゃないわよ。自分の事しか考えてない奴なんだから。そもそも私をアイドルに仕立て上げたのはあのクズだし」

 

「その真さんのお陰でここまで来たんでしょ?恩を返すのは当然でしょ?随分と恩知らずだね」

 

「まさかクズに恩を感じてるの?クズへの恩なんてあって無いようなものよ。番組で共演したのにそんな事も分かってないの?あんた人の見る目が無いわね」

 

 その予感は見事的中した。

 

 有馬と黒川は歩きながら互いを罵っていた。

 

 負のオーラを全開にして周囲を威圧しながら。

 

 俺は即座に理解した。

 

 こいつ等混ぜるな危険だと。

 

 涙も引っ込んでMEMちょはあわあわしだした。

 

「アクア、黒川はお前の彼女だ。どうにかしろ。ルビー、有馬はお前と同じ『B小町』のメンバーだ。そっちは任せた。俺はMEMちょを連れて逃げる」 

 

「嫌だ。私がMEMちょと一緒にいる」

 

「それを言ったらマネージャーのお前が最前線を張るべきだ。覚悟を決めろ。社長と一緒に特攻してこい」 

 

「ちょっと待て!?俺を巻き込むな!!」 

 

 最終的にグラサンを生贄にして事態は収まった。

 

 グラサンは胃薬を片手にしばらく寝込んだ。

 

 有馬と黒川以外の全員は手を合わせた。

 

「有馬。何で黒川とあんなに仲悪いんだ。仮にも同じ事務所でやってくんだから少しは────」

 

「うるさい。気安く話し掛けないで。アンタはあっちで黒川あかねとヨロシクやってなさいよ。あっ、アンタには無理か。スケコマシヘタレ三太夫だもんね」

 

「かなちゃん最低だね」

 

 一方アクアは不名誉なあだ名を有馬に付けられた。

 

 見事なまでに全部的中してるから俺は大爆笑した。

 

 黒川が居なくなったタイミングで俺は蹴られた。

 

 元はと言えば全部自業自得だというのに。

 

 こうして黒川が正式に苺プロダクションに移籍。 

 

 MEMちょがグループに加入。

 

 新生『B小町』が正式なスタートを迎えた。

 

 

 

 

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