斎藤家の愚息   作:熊田ラナムカ27

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ファーストステージ編
16 人間関係って面倒臭い


 

 

 

 ある日の何でもない昼休み。

 

 私とみなみちゃん、フリルちゃんの3人は、いつものように教室に集まって駄弁っていた。

 

「あーあ。『今ガチ』終わってもうたな」

 

「イケメン美女だらけほんと目の保養だった。MEMちょの乙女ヅラも沢山見れたから大満足。今ならマサイ族並みに視力いいかも。流石は真君。気合いれて落としに掛かるとは分かってるね。しかも最後の最後で自分の事務所に引き込むとは……恐れ入った」

 

「フリルほんまそればっかやな。あの2人の関係は大人のほろ苦さがあって私も良かったとは思うけど」 

 

「私はMEMちょに激しく同情したよ。あんなクズに弄ばれるなんて哀れ以外の言葉がないもん。私なら迷わず記憶を全て抹消してる」

 

「ルビーはいつも通り辛辣やな」

 

 辛辣も何も全て本音だ。

 

 どうしてクズがネット上の『今ガチ』人気投票で、堂々の2位を獲ったのか未だに分からない。

 

 1位のゆきちゃんとの見劣りがあまりに酷い。

 

 フリルちゃん曰く、顔が良くて突き抜けたヒールキャラが人気出るのは何処の世界でも同じとのことだけど、これっぽちも納得いかない。

 

 ミヤコさん譲りの顔の良さは認めるけど。

 

「それはそうと一番気になるのは、やっぱりアクア兄さんとあかねちゃんとの関係やんな。あかねちゃんが電撃移籍したばっかりやし。兄の彼女が同じ事務所にいるってどういう気持ちなんー?」

 

「確かに。確かに。気になる。気になる」

 

 みなみちゃんの言葉にフリルちゃんが頷く。

 

「どういう気持ちって………」

 

 みなみちゃんの言葉に私は思わず遠い目をした。

 

 感情としては超複雑以外ない。

 

 けれど、気まずいとかそういうのではない。

 

 対岸の火事がこっちに飛び火してる気分だ。

 

『どうも初めまして。今日から正式に苺プロダクションに移籍してきた黒川あかねです。精一杯頑張るのでよろしくお願いします』

 

『わー本物の黒川あかねちゃんだー!『今ガチ』見てました!綺麗ー!かわいー!』

 

『そんな……私なんかよりルビーさんの方が何倍もカワイイですよ………』

 

『改めましてアクアの妹のルビーです。こちらこそよろしくお願いします。まず初めに聞きたいんですけど……兄と真にどんな弱みを握られたんですか?あのクズが何か言ってきたら……何時でも相談に乗ってください。全力でとっちめますから』

 

『大丈夫だよ。弱みなんて握られてないから。寧ろ私が2人に助けられてばっかりだから』

 

 私とあかねちゃんの顔合わせはまず良かった。

 

 そこそこ話も弾んで仲良くなれたと思う。

 

 けれど、ロリ先輩との顔合わせで問題は起きた。

 

『恋愛リアリティショーで私生活を切り売りして人気になった気分はどう?あんな醜態私だったら晒す事はなかったわ。だいぶ周りに迷惑をかけたみたいね』

 

『面白幼馴染キャラなんていうネタ方面で人気を取り戻した気分はどう?あんなキャラ付けをしなきゃいけないぐらい切羽詰まってるとは知らなかったよ。随分と大変だったんだね』 

 

『使えるものは全部使う。ただそうしただけよ。何より今はもうキャラ変済み。そもそもあのキャラで売り出す事になったのは全部真のせいだから。もし他に恥ずべき事があったとしても9割はクズのせいだから』 

 

『ピーマン体操とか出してた時もあったのに?』

 

『あれ持ち出すなら戦争だぞコラ』

 

 場が凍り付くとはああいうのを言うのだろう。

 

 あの光景を見た私は迷わず社長室に逃げた。

 

 近くにいたら巻き込まれると察したからだ。

 

 あの時の判断は間違っていなかったと思う。

 

 現に巻き込まれた社長は尊い犠牲になった。

 

 半強制的だったけど。

 

「まぁ何というか……人間関係って難しいよね。私には関係なくても自然と意識しちゃうんだもん。もっと簡単になればいいのに」

 

「よく分からんけど複雑そうやな」 

 

「どの業界でもそんなもんだよ。エゴイストばっかりの芸能界じゃ尚更。まぁ日常茶飯事だよね」

 

「トップスターが言うと説得力あるわ」 

 

 そんな説得力欲しくなかった。

 

 次があると考えるだけでヒヤヒヤする。

 

 とりあえず巻き込まないで欲しい。

 

「そっちの人間関係は知らないけど、アクア君は今回の事でモテそうだよね。知り合い目線てのもあるかもだけど超ドキドキした

 

「ここだけの話、普通科の方でかなり気になってる子がいるみたいやよ。芸能科でも何人か居るみたい」

 

「表向きは彼女持ちだし当面は静観するだろうけど」

 

 実際『今ガチ』の注目度はかなり高い。

 

 あかねちゃんとMEMちょが移籍、加入した事も相まって、苺プロ全体への期待と注目度も高まっているとミヤコさんが言っていた。

 

 私がいる『B小町』も決して例外ではない。

 

 でも、アクアのあかねに対する気持ちはきっと………そういうのじゃない。

 

 あかねちゃんもお仕事の関係だと言っていた。

 

 やっぱり人間関係って難しい。

 

 とりあえずアクアはクズ男女の敵だ。

 

「そういえば真さんは朝ちらっと見ただけで、それ以降は全然見てへんな。アクア兄さんと比べて陽キャでフリーだし、大人の色気があって受け止めてくれそうとかで、何人かが告白しようと探してたけど」

  

「元々モテモテだしね真君。顔が良くて深く接しない限りは人当たりも良いし。ある程度仲良くなった後はご察しなんだけど。彼って好感度に比例して相手の扱いが雑になってくから。ただし一部例外ありで」

 

「一部例外ってフリルのことやん」

 

「ほんと残念イケメンだよね」

 

 言われてみるとそういえば真の姿を見ていない。

 

 いつもアクアかクラスの友達と一緒にいるのに。

 

 ロリ先輩も今日は姿を見ていない気がする。

 

 まさか2人でサボりっているのだろうか?

 

「そんな訳ないか」

 

 仮に誰かと学校をサボることを決めたとしても、きっとお互い別の相手を選ぶに決まっている。

 

 毎日のように口喧嘩を繰り広げているのだ。

 

 この組み合わせは絶対に有り得ないだろう。

 

 私は直ぐに思考を打ち切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんでさっきから……くしゃみが妙に止まらないんだ。花粉が飛び回るような季節でもないってのに」 

 

「あんたの事が好きで堪らない哀れな被害者達が噂でもしてるんでしょ。こんな顔が良いだけの性格ゴミクズ以下の奴を惚れるだなんて悲劇よ。心底同情する」

 

「お前も大概性格終わってるけどな」

 

「性格の悪さは自覚してるけどあんた程じゃない」

 

 有馬はコーヒーを片手にそう言った。

 

 俺をほぼ無理矢理買い物に付き合わせた挙句、エグい量の荷物を持たせた奴が言うセリフではない。

 

 こっちは先輩で来年には受験を控えてるってのに。

 

 どうにかカフェ代は死守したが。

 

「お前の我儘に付き合ってやるほどこっちは暇じゃねーんだよ。ストレスなら自分でさっさと発散しろ。仕事にも支障をきたすようなマネしやがって」

 

「………何の事よ」

 

「ここまで来てしらばっくれるつもりか。俺に嘘が通用しない事は知ってんだろ。何よりこっちはお前専属のマネージャーを1年してたんだ。この程度の変化ぐらい一目で分かる」

 

「ほんと……察しの良い奴よね」

 

 何処か不満気に有馬は溜息をつく。

 

 黒川が苺プロダクションに来てからというもの、有馬は覇気がなく明らかに様子がおかしい。

 

 黒川との険悪な仲を差し引いてもだ。

 

 アイドル活動に消極的で極力自ら動こうとしない。

 

 他の2人を引き立てるような動きばかり。

 

 何に関しても否定的で言い訳ばかりを言う。

 

 はっきり言ってやる気が全く見えない。

  

 理由については何となく察しがつくが。

 

「このままだと暗黒時代逆戻りだな。今のお前は再会した頃と同じだ。随分とまぁ酷い顔をしてる」

 

「うっさいわよ。あんたには関係ないでしょ。今のあんたは私のマネージャーでも何でもないんだから」

 

「いいや、関係あるね。お前が所属してる『B小町』には俺の推しがいる。そんでもって俺はその活躍を楽しみにしている。お前なんかに足を引っ張られたら堪ったもんじゃねーんだよ」

 

「エゴイストめ」

 

「それはお互い様だろ」

 

 俺と有馬は無言で互いを睨んで威圧し合う。

 

 俺達が本気で喧嘩するといつもこれだ。

 

 静かに不毛な時間だけがひたすらに過ぎてゆく。

 

「………やめだ。時間の無駄だ。一円にもならない」

 

「………そうね。本当に無駄。周りの目もあるし」

 

 俺と有馬は共に溜息をついて矛を納める。

 

 これもまぁいつも通りだ。

 

 少し冷めたコーヒーを口に入れる。

 

「これだけは言っておく。お前がどうしようと勝手だが、自分の私情を仕事に持ち込むな。誰の得にもならない。もし続けるなら……俺は黙っちゃいない」

 

「言われなくても分かってる。私も少しどうかしてた。……ちょっと、冷静じゃなかった。自分らしくもない。それとなくルビー達には謝っておくわ」

 

「ああ、しっかり謝れ。それはそれとして減給な」

 

「専属マネージャーを降りたあんたにそんな権限はない。多少正しかったからってあんま調子に乗んな」

 

 ようやく有馬は俺に悪態をついた。

 

 これでしばらくは大丈夫だろう。

 

 つくづく手の掛かる面倒な奴だ。

 

「まぁ気持ちは痛いほど分かるけどな。自分にとっての恋敵が急に身近に現れたんじゃ取り乱すのも無理もない。そうだとしても露骨過ぎるが」

 

「ちょっと待って。一体何の話?」

 

「とぼけんなよ。俺に嘘は通用しないって言ったろ。お前にとっての恋の話だ。突然の三角関係とは苦労するな。俺は応援も邪魔もしねぇけど」

 

 何気なく揶揄うように言った。

 

 しかし、有馬はピンと来てなかった。

 

 というか、激しく動揺している。

 

 その姿に嘘偽りはない。

 

 ………冗談だと言って欲しい。

 

「えっ、何?まさかの無自覚?嘘だろ?無自覚であのムーブやってたのか?いくら何でも拗らせ過ぎだろ。お前ってほんと面倒くせぇな」

 

「わ、わ、私が、あ、あ、あ、アクアのこと好き!?な、な、な、何を、言ってるのよ!?」

 

「………アクアとは一言も言ってねぇだろ」

 

「ドン引いた目で私を見るな!!」

 

 そう言われても無理なものは無理だ。

 

 というか、最早怖いまである。

 

 そうか。これが未知に対する恐怖か。

 

 生まれて初めて知った。知りたくなかった。

 

「お前一回正座しろ。ここまでツンデレを拗らせると最早罪だ。全力で反省して悔い改めろ」

 

「わ、私はツンデレじゃな────」

 

「黙れ。お前に発言権はない」

 

「………なんか、すいませんでした」

 

 有馬は気まずそうに謝罪した。

 

 こんなんじゃ全く謝罪が足りない。

 

 俺の数々の配慮は一体何だったんだ。

 

「お前にとっての認識とアクアの現状について一回整理するぞ。最初に言っておく。俺は今冷静じゃない

 

「冷静になれよ。あんたそんな事やる柄じゃないだろ。あんたはクズだろ。………私が悪いんだけど」

 

 俺達はついさっき以上に深刻な顔で向き合う。

 

 ………何でこんな事やってんだろう。

 

 こんな馬鹿丸出しの恋愛相談を何故俺が?

 

 言い出しっぺだが帰りたい。凄く帰りたい

 

「まず大前提としてお前はアクアのことが好きだ。そうだな?そうだろうな。確認を取るまでもないな」

 

「確認取れや。私がアクアを何とも思ってない可能性もあるでしょ。………友達としか思ってないとか」

 

 こいつ、言っちゃいけないことを言いやがった。

 

 こっちが流れとはいえ嫌々恋愛相談やってんのに。

 

 そこがブレブレだと話が一生進まないってのに。

 

「こうなったら荒療治だ。覚悟しろ。一つ例え話だ。ある日。アクアと黒川が街中でデートをしたとする」

 

「例え話にしてはめっちゃ個人名出したな」

 

黙って聞け。そして2人は仲良しアピールをする為に仲睦まじそうな写真をインスタに上げた」

 

「………まぁ、それも仕事だし」

 

「だが、それでも2人が街中で遊んだ事は事実だ。お前はその写真を見た。また別の日に偶然その場所を訪れた。お前はそこで何を想像する?アクアとのデートを楽しむ黒川か?そんな黒川に微笑むアクアか?」

 

「そんなの気にする訳ないじゃない。勝手にやってろって感じ。思うところなんてある訳が────」

 

 有馬の言葉はそこで途切れた。

 

 仲良さそうな2人の姿を想像したに違いない。

 

 数秒程虚無顔で虚空を見上げる。

 

「なんでそんな事言うの……変なもの想像しちゃったじゃない。なんでだろう。演技してないのに涙が」

 

「だから危機感を持てって言ってんだ。実際にそんな光景を見たくなかったらな。プライドなんてドブに捨てろ。友達なんて言ってる場合じゃねぇんだよ」

 

「そっか。こうしてる間にも黒川あかねはアクアを惚れさせようするんだ。アクアはそれにデレデレするんだ。私はそれを画面越しで見てるしか────」

 

「例え話だからさっさと戻って来い」

 

 有馬は瞳に涙を浮かべて何か呟き出した。

 

 ようやく現状を理解したらしい。

 

 それはそうとあいつマジで女たらしクソ野郎だな。

 

 俺は追加で時計草(パッションフラワー)のハーブティーを注文する。

 

「あんたの言いたい事はわかったわ。アクアに対する私の気持ちも何となく分かった。どうすれば……黒川あかねを社会的にも物理的にも抹殺できると思う?

 

「抹殺すんな。気持ちに気づいた瞬間考え付くことがそれか。ハーブティーおかわりの要るか?」

 

「うん。おねがーい」

 

 有馬は美味しそうにハーブティーを飲んだ。

 

 話しは聞いていたが効果が凄まじい。

 

 あの有馬を素直にさせるなんて。

 

 しばらく事務所に常備しておこう。

 

「惚れたきっかけはどうせガキの頃の映画だろ?よくもまぁ長いこと片思い引っ張ったよな」

 

「今思えばそうだけど……うるさいわよ。仕方ないじゃない……一緒にいると心が安らぐし」

 

「うわっ、出た。典型的な惚れ文句」

 

「どこで間違えたんだろ………」

 

 考えるまでもなく理由は一つしかない。

 

「恋愛はスピード勝負。1分でも1秒でも遅れた時点で終わりだ。何にもしなかったら勝ち目なんてある訳がない。敗因上げるとすればこれしかねぇだろ」

 

「分かってる。どのみち過ぎた話よ。いくら考えても過去も現実も変わらない。……私は負けたんだから」

 

 有馬は虚ろな目でそう言った。

 

 拗らせ過ぎだ。面倒くせぇ。

 

 またしてもまぁ酷い顔をしてる

 

 手の掛かる………本当に面倒な奴だ

 

「諦めの悪さがお前の数少ない取り柄だろ。勝手に決めてんじゃねぇ。……1つ貸しだ。良いこと教えてやる。アクアは黒川を()()()()異性としては見ていない。あいつの黒川に向けている好意は家族に対して向けるものに近い。黒川が向けてる好意はまた別だが」

 

「………えっ?それ、ほんと……?」

 

「嘘言って何の得があんだよ」

 

 それを聞いた有馬は数秒程無言になる。

 

 しばらく経って希望(ひかり)を見つけたような顔をする。

 

 ………俺は応援も邪魔もしない主義だってのに。

 

 これは果たして……どっちなんだろうな。

 

「あとはお前と黒川次第だ。腐ったままでいるのなり、奮起するなり勝手にしろ。貸しはいつか返せ」

 

「………感謝はするけど、あんたはブレないわね。何時だってそう。これっぽっちも昔から変わらない」 

 

「自分至上主義者なもんでね」

 

 俺は俺だ。何処までいっても愚かな人間だ。

 

 誰に何を言われようとそれは変わらない。

 

 例えそれが自分自身だったとしてもだ。

 

 俺は齋藤真のままであり続ける。

 

「なら聞くけど……真は誰かを好きになったことはないの?本気で誰か愛したいって思ったりとか」

 

「俺に色恋沙汰を求めるのかよ………」

 

「ちょっと気になったのよ。あんた実際モテるし」

 

 それで嬉しいと思ったことは一度もない。

 

 俺はアクアみたいに女たらしになる趣味もない。

 

 断るのもはぐらかすのも面倒なだけだ。

 

「ねぇよ。一度たりだって。考えたこともない」

 

「あっ、そう。随分と枯れてるのね」 

 

「じゃあお前に答えられるのか?誰かを愛するってどういうことか。何をしたら愛したことになるか」 

 

「何よそれ。前にも似た質問された気がするけど」 

 

「答えなくていい。これっぽっちも期待してない」

 

 俺は冷めたコーヒーを飲み切った。

 

 さっき飲んだ時よりも苦く感じた。

 

 俺は前世において両親の顔を知らない。

 

 興味もないし知ろうとも思わない。

 

 けど、考えなかった訳じゃない。

 

 もしも普通の家庭で生きられたらどうしてたか。

 

 壱護(とうさん)ミヤコ(かあさん)にはそういう意味では感謝してる。

 

 俺を普通に育てて普通に愛してくれた。

 

 いつかその貸しは必ず返す。

 

 だが、それでもやっぱり分からない。

 

 誰かを愛するって、一体何なのか。

 

「口が滑っただけだ。気にすんな。お前はお前のことだけを考えていればそれでいい。俺は俺のやりたいようにして生きるだけだ」 

 

「あんたならそう言うと思ったわよ。これっぽちも本音を言おうとしないやつだもの。兄弟揃って拗らせてるわね。………本当に面倒臭い」 

 

「お前にだけは言われたくない」 

 

 コーヒ代わりに水を注いでそれを飲み干す。

 

 体が冷えて頭も自然と冷えた。

 

 こいつの恋愛相談をしたせいでおかしくなってた。

 

 我ながら下らないことを考えていた。

 

 答えなんてとっくに出てるというのに。

 

「そろそろ仕事の時間だ。事務所行くぞ。だか、まずは買った分の荷物を片付けてからだな。少し勿体ないがタクシー拾うか」

 

「タクシー代くらい経費で落とせばいいじゃない」 

 

「こんな個人的な理由で落とせるわけねぇだろ。経費って言葉を辞書で引き直せ。そんでもって相談料代わりにタクシー代はお前持ちな」 

 

「何で私が………いいわよ。偶にはいいわ。それくらい奢る金は子役時代に腐るほど稼いだし」 

 

 今直ぐにでもこいつを殴りたい。

 

 ナチュラルに金持ちアピールしやがって。

 

 そんなに金があるなら半分くらい俺に寄越せ。

 

 嫉妬ではない。これだけはハッキリしてる。

 

 俺達はタクシーを拾って有馬の家に寄り、買った分の荷物を降ろしてから事務所に向かった。

 

 割とな額だったのにマジで全部払いやがった。

 

 しかも何事もなかったかのように涼しい顔だ。

  

 よく分からないが無性に腹が立った。

 

「今日一日学校サボって何処行ってたんだ。普段は真面目なお前等がふらっといなくなるなんて珍しい」

 

 アクアは会って直ぐに不在の理由を尋ねてきた。

 

 誰のせいでサボることになったと思ってるんだ。

 

「大した理由じゃない。こいつが無理や────」 

 

「真が買い物に付き合えって急に言い出して、私を無理矢理連れて行ったのよ。告白を断るのが面倒だからって、私を身代わりにする気なのよ。このクズは」

 

「なるほど。いつも通りか」 

 

 有馬の返答にアクアは納得の表情になる。

  

 俺は足を踏まれて何も言えなかった。

 

 誤魔化す為とはいえ、なんで俺がこいつを身代わりとして選んだ事にならなきゃいけないんだ。

 

 身代わりにするにはあまりにも人選が終わってる。

 

 俺にだって相手を選ぶ権利があるはずだ。

 

 例えを上げるならフリルとかMEMちょとか。

 

 俺が思わず睨むと有馬は更に足を強く踏んだ。

 

 こんな奴の恋愛相談なんてするんじゃなかった。

 

「アクアくん。演技の練習やってるんだけど付き合ってもらっていい?ほんの少しだけでいいから」

 

「ああ、別に構わない。ここの部分だな」

 

 俺と有馬がそんな事をやっていると、別室で演技の練習をしていた黒川がこっちにやって来た。

 

 その内容はというと恋愛ファンタジーもの。

 

 次の舞台に向けた調整は勿論だが、それ以上に自分を異性として意識させる為のアプローチのつもりだ。

 

 やりたい事は分かるがここでやらないで欲しい。

 

「劇団ララライのエース様の演技も所詮はその程度?話の割には下手な演技。軽い練習とはいえ手を抜く役者がいるだなんて、ララライの名も落ちたものね」

 

 黒川のアプローチに気が付いたのだろう。

 

 そんな黒川を有馬はとことん煽った。

 

 どうやら腐る訳でもなくやる気になったらしい。

 

「アイドルやってるかなちゃんには関係ないでしょ。どうせ役者の道からは距離を置いたんだから」

 

「距離を置いただけで辞めたとは言ってないでしょ。今はアイドルも役者もどっちもやるってだけ。あんたみたいな要領の悪い天才()()()様には一生掛かっても出来ないだろうけど」

 

「そんな中途半端が通用する訳────」

 

「落ち着けあかね。練習中なんだから喧嘩しようとすんな。有馬も有馬であかねを煽るな」

 

「そこまで入念に煽ったんだ。人には散々言っておいて自分は口先だけってのは話にならない。ならお前はもっと上手くやれるんだろうな?」

 

「当然よ。じっくりと見てなさい」

 

 黒川と全く同じ部分を有馬は演技した。

 

 たった数セリフ。たった数秒程度の簡単なもの。

 

 しかし、その全ては黒川の演技を凌駕していた。

 

 豪語するだけの事はある。

 

「私はあなたの為だったら全てを捨てたっていい!あなたの為なら……全てを捧げる!全てを賭ける!だから……私の思いに応えて!!

 

 俺達は有馬の演技に圧倒された。

 

 世界観に呑み込まれるとはこの事だろう。  

 

 メンタルが少しでも崩れると、全てにおいてクオリティーが1段階も2段階も下がったり、例え下手だろうと相手に合わせようしてしまう悪癖があったりと、黒川あかねのような安定感のある演技にはあまりに程遠く、全てにおいて決して完璧とは言えない。

 

 だが、逆に言えばメンタルが安定して尚且つ、とことん自分勝手な演技をしたとき、有馬かなの演技は他の追従を決して許さないものとなる。

 

 俺はその姿を1年間見続けてきた。

 

 こればっかりは流石としか言えない。

 

 本人には絶対言ってやらないが。

 

「これでも中途半端って言える?これが今の私の演技よ。恋愛なんかにうつつを抜かして、舐めた演技をしてボロ負けした気分はどう?これは随分と傑作ね」

 

「………………ッ!!」

 

 悔しそうな黒川を有馬は煽りに煽った。

 

 マジでこいつの性根は腐り切ってる。

 

 流石の俺でもドン引きするレベルだ。

 

「もう少しやりたい気もするけどそろそろ行くわ。アイドルの方も手を抜く訳にはいかないもの。どっか誰かさんと違って」

 

「流石に言い過ぎだ。それぐらいにしとけ」

 

「アクア。あんたも精々精進しなさい。次一緒にやる時に見劣りしない為にもね。黒川あかねなんか目じゃないくらい、たっぷりと惚れさせてやるから覚悟しなさい。私を推しにするなら今のうちよ」

 

「分かったからさっさと行け」

  

 激しく上機嫌で有馬は出て行った。

 

 やる気が無い時との落差が激し過ぎる。

 

 まるで火薬庫みたいな奴だ。

 

 荒らすだけ荒らして行きやがって。

 

「まぁ、あれだ。有馬もなんか、その気らしい。俺はどうなろう知った事じゃないが、まぁ頑張れ。それはそうとあんま気にすんなよ。あいつ口悪いから」

 

 これで黒川のメンタルが駄目になったら面倒なので、俺は適当なフォローを入れて軽く励ました。

 

 本来はアクアの仕事だがあいつは今いない。

 

 鏑木プロデューサーと寿司食いに行きやがった。 

 

 どいつもこいつも勝手な奴ばっかりだ。

 

 黒川は真面目かつまともで助か────

 

「自信……?覚悟……?心境の変化……?昨日まではそんな様子なかったのに………こんなに変化が起きるもの?子役時代とは全然違う。けど、数年前までのサポート優先の演技とも違う。相手を引き立てながらもその一歩先で自分を見せつけるような演技。悔しいけど……私の演技を遥かに上回っていた。一体何があった?何が変化の要因?そうなるとやっぱりアクアくんだよね。そっか。かなちゃんもそうなんだ。ははっ、負けないぞ………」

  

「…………ッ!?!?」

 

 俺の言葉も聞こえないほど黒川は集中した様子で、目をガンギマリにさせて何か呟いていた。

 

 得体の知れない恐怖が全身を襲う。

 

 数歩程後退りして黒川から距離を置いた。

 

 今まで見てきた中で一番おっかないかもしれない。

 

 こいつが一番の爆弾だった。勘弁して欲しい。

 

「俺の平穏の日々は……一体何処に………」 

 

 アクアは女たらし。ルビーはお気楽馬鹿。

 

 有馬は完全自己中独走娘。黒川は色々ヤバい奴。

 

 俺の周りに……まともな人間はいないのか。

 

 急に腹部の辺りが痛み出した。

 

 胃薬とハーブティーが今直ぐ欲しい。

 

「有馬ちゃん……多分アクたん好きっぽいんだよね。けど、あかねもアクたんに……本気っぽいんだよね。私は一体……どっちを応援すれば………」

 

 休憩室で寝込んでいるとMEMちょが尋ねてきた。

 

 有馬が急にやる気を見せた事で察したらしい。

 

 俺と同じで腹部に手を当てていた。

 

 あまりのまともさに思わず涙が流れそうになった。

 

 俺にとっての推しは、やっぱりMEMちょだけだ。

 

 

 

 

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