斎藤家の愚息   作:熊田ラナムカ27

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18 大人になりたい子供

 

 

 

 

「あ゛ー、疲れた!もう一歩も動きたくないッ!」 

 

「有馬ちゃんと合流してからの練習量ヤバ過ぎだよね……。もはや倍どころの話じゃないよ………」 

 

「あんた等の元の体力が無さ過ぎるだけ。カオの良さにかまけて基礎を疎かにするからそうなるのよ」 

 

「返す言葉がございません………」

 

 強化合宿が始まってから約2週間。

 

 この生活にも流石に慣れた。

 

 練習後のこの風景も日常茶飯事だ。

 

 私達の生活は朝早くから始まる。

 

「ルビー、そろそろ起きなさい。早く起きないと余計に走らされるわよ。あんたが遅れたら私達まで巻き添え食うんだからさっさと布団から出る」 

 

「そうだよ。着替えもしなくっちゃ」

 

「うーん……あと10分だけ………」 

 

 日が出たばかりの時間帯に目を覚まして、体を軽く伸ばし、眠気が残る体をどうにか起こす。

 

 この時、MEMちょと2人掛かりで眠ったままのルビーを起こすのもセットだ。

 

 末っ子気質にも程がある。

 

 いつもはアクアが起こしているに違いない。

 

 いくらシスコンといっても甘やかし過ぎだ。

 

 そんなこんなで準備を済まして事務所前に行く。

 

 真は既にスタンバっていた。

 

「遅いぞお前等!3分の遅刻だ!ルビーてめぇ、また寝坊したな!?連帯責任で2キロ追加!ルビーは更に1キロ追加だ!全員駆け足!」

 

「ああ……やっぱり間に合わなかった」

 

「これで3日連続ね」

 

「このクズッ!3分くらい別にいいじゃん!」

 

「お前のせいだろ馬鹿!さっさと行ってこい!」

 

 早朝から口喧嘩を始める2人を尻目に、事務所周辺の道を駆け足で3キロほど回る。

 

 体全体を温めて残っていた眠気を完全に無くし、未だ起きていない脳をゆっくりと目覚めさせる。

 

 私からすればいつも通りであるものの、あまり運動をしてこなかった2人には朝からそこそこハードだ。

 

 よく数日である程度走れるようになったと思う。

 

「あ、あと、一体、ど、どれくらい?」

 

「あと1キロだ。無駄口を叩くな。口より足を動かせ。毎度毎度手間をかけさせやがって」

 

 ただしルビーはいい加減学習した方がいいと思う。

 

 全員走り終えて息を整え、水分補給をして、全員が事務所前に集合するとラジオ体操を数分。

 

 柔軟運動を数分すると続いては朝食の時間。

 

 ミヤコさんが腕をふるった料理が振舞われ、アクアを含めた5人で食卓を囲んで食べる。

 

 アクア達の母親というだけあって中々に美味しい。

 

 それはそうとやっぱり実年齢が気になるが。

 

「いつも通り上手い。そんでもってやっぱあっさり」

 

「カロリーとかを気にするとどうしてもな」 

 

「これをいつも食べれるって3人は幸せだね」

 

「先輩、これ食べて」 

 

「食べないから。私の分ならまだあるし。嫌いなものをこっちに押し付けんな。そのくらい自分で食べなさい。アクアに押し付けるのも無しだからね」 

 

 アクアは静かにドキッとする。

 

 ルビーの苦手なものをやはり貰おうとしていた。

 

 シスコンにも程がある。

  

 そんなこんなで朝食を済まし、配信の仕事で一旦家に帰るMEMちょと別れて私達は学校に行く。

 

 疲労による眠気と戦って授業を乗り越えつつ、合間時間で振り付けをスマホで確認してイメトレをする。

 

「MEMちょとも話してたんだけど2曲目のサビ前さ!上手側からぐるっと回って入れ替わったらカッコ良くない!?」

 

「あー、それ良いんじゃない?」

 

「ならここもアレンジを入れたらどうだ?それなら無理なく移動も出来るだろ」

 

「ナイスアイディア!採用で!」

 

「よくもまぁすらすらとそんな発想が出るもんだ」

 

 学年も学科もバラバラだというのに、合宿が始まってから4人で学校で一緒にいる事が増えた気がする。

 

 そこにフリルやみなみが混ざる事もあった。

 

 事務所的にこれは大丈夫なのだろうか?

 

 とりあえずアクアはみなみの胸を見過ぎだ。

 

 夕方になると事務所に戻ってトレーニングを再開。

 

 日に日に量が増えつつある体力トレーニングをした後に、ダンストレーニングと発声練習をする。

 

 真のクズっぷりが体力トレーニングで遺憾なく発揮されているのはまぁいいとして、ここでの問題はアクアの担当するダンストレーニングと発声練習に黒川あかねが当然のようにいる事だ。

 

 初めの方は3日に1回来るペースだったというのに、最近ではほぼ毎日のように入り浸っている。

 

 教え方が上手いのもあって殆ど外部顧問扱いだ。

 

 私の邪魔をよっぽどしたいらしい。

 

「アクア、ここの振り付けなんだけどちょっと聞いてもいい?ターンの部分なんだけど」 

 

「それなら右足をあと6センチ下げて、両腕をあと1センチ上げれば上手くいくと思うよ。姿勢も安定するから無理もないだろうし」 

 

「あんたじゃないから。私はアクアに意見を求めてるの。頼まれてもないのに出てこないで貰える?」 

 

「かなちゃんが知りたかったのは改善点でしょ?アクアくんはルビーちゃんに教えてて忙しそうだったから代わりに教えただけ。改善点が知れて良かったね」 

 

 こいつ………私の思惑を完全に見抜いてる。 

 

 どうやっても全面戦争はやっぱり避けられない。

 

 真は全力で顔を背けて見て見ぬふりをした。

 

 人を散々煽っておいて本当に頼りにならない。

 

 少しは味方してくれたっていいだろうに。

 

 一方MEMちょは腹部を何故か押さえていた。

 

 兎に角にもこんな感じの2週間を過ごし、私達の実力は着実に高まりつつあった。

 

 ダンススタジオでのリハーサルも問題なくこなし、最後までやり切った事からも明らかだ。

  

「何だかんだでどうにかなりそうね。最初の方はどうなるかと思ってたけど」

 

「みんな揃って頑張った成果だね。アクたん達も色々とやってくれたし」

 

「アクアはともかくあの2人は好き勝手やってただけだけどね。無茶な注文ばっかりするし」

 

「随分と辛辣だねー」

 

 そう言われても事実は事実だ。

 

 後方理解者面で頷いてる姿には妙に腹が立った。

 

 この2週間世話になったのも事実だけど。

  

「そういえば有馬ちゃんってアクたん達とはどれぐらいの付き合いなの?幼馴染とか?」

  

「何で急に」

 

「何というか4人って結構距離が近いからさ。何となくだけど少し気になって」

 

 練習の合間の休憩時間。

 

 MEMちょは何気なくそんな事を言った。

 

 どうやら興味本位らしい。

 

「そんな大層な関係じゃないわよ。昔撮った映画の時からの腐れ縁ってだけ。再会したのも私が苺プロに来た2年前とかそこら辺だし」

 

「意外だね。仲良さそうなのに」

 

「仲良くなんてないわよ!見てれば分かるでしょ!アクアはデリカシーと常識がない上にクールぶってるムッツリだし!ルビーは学習能力がないアホの子だし!真に至っては説明不要のクズ!あーあ、子供の頃はまだ可愛げがあったのに。何であんな風に育っちゃったんだろう。一度ガツンと言わなきゃ駄目かしらね!」

 

「あははは………」

 

 MEMちょは激しく苦笑いをした。

 

 苦笑いをしたくなるのも当然だ。

 

 考えただけで頭が痛くなってきた。

 

「でも、何だかんだで付き合いは長いんだね。苺プロに来た理由はマコたんにスカウトされたからだっけ」

 

「あいつの実績作りに利用されたのよ。我ながら分かりやすく口車に乗せられたものね。ほんと嫌になる」

 

 あの頃の自分の馬鹿さ加減も含めて。

 

 あの一件が無かったら気付く事すらなかった。

 

 私の口からは思わず溜息が零れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 あいつと再会したのはほんの2年前。

 

 中学卒業間近で本格的に仕事が減りつつあった頃。

 

 あの頃の私はひたすらに焦っていた。

 

 誰からも見向きされなくなる気がして、一人きりになってしまう気がして堪らなかった。

 

 だから藁にも縋る思いで声を掛けたのだろう。

 

 虚しさと無力感を振り払うかのように。

 

 どんな手を使ってでも這い上がる為に。

 

「最近見かけないと思ってたら干されてたのか。通りで俺なんかに声を掛けてる暇がある訳だ」

 

「干されてないから。あんま私を舐めんな。そりゃ子供時代と比べたらアレだけど………」

 

 再開して直後の真は思い返すと媚売りの姿勢全開で、子供の時と同じように本性を上手く隠していた。

 

 つくづく擬態能力が高い奴だと思う。

 

「そんな奴がアクアに今直ぐ会いたいってどういう要件だよ。………まさか、口説きに行くつもりか?」

 

「違うわ!何でそうなるのよ!積年の恨みを晴らしたいだけ!あの時の映画の貸しを返しにね!」

 

「何するかと思えばそれかよ。10年以上前の話を何時まで引きずってんだよ。根に持つなんてレベルじゃねぇ。そもそも今のアクアは役者をやってねぇし」

 

「えっ……そうなの?やってないんだ………」

 

 私の声のトーンが思わず一つ落ちる。

 

 ようやく見つけた光を見失った気分だった。

 

 ……けれど、それで食い下がる訳にはいかなった。

 

 あの時の私はとにかく必死だった。

 

「でも……それでも会いたいの!会って話をしたいの!どうしても駄目なの!?少しだけでいいの!お願いだから会わせてよ!あっ、お金が必要なら少しくらい────」 

 

「アホか!そんなもん受け取ったら下手すりゃ俺は一発クビだ!受け取れるか!さっさと仕舞え!簡単に万札を人前に出すな馬鹿!!」 

 

「それにしては随分と物欲しそうな目をしてるじゃない。なら今回はお気持ちという事で………」

 

「俺は悪代官か!!」 

 

 今思い返すと本当にどうかしていたと思う。

 

 あの守銭奴が金を受け取らないなんて余程の事だ。

 

 それほどまでに追い詰められていたのだろう。

 

 真は金欲を理性でねじ伏せると苦虫を百匹噛み潰したような顔をして、何かを考えるような仕草をした。

 

 しばらく考え込んだかと思うとスマホを取り出し、誰かに連絡すると深く溜息をついた。

 

 心底面倒臭そうな顔をしている。

 

「わかった。お望み通りアクアに会わせてやる。ただし、あいつも忙しいから今日は出直せ。いいな」

 

「何よ。急に話が分かるじゃない」 

 

「代わりに交換条件だ。単刀直入に言うと苺プロに所属して欲しい。有り体に言うとスカウトってやつだ」 

 

「………これマジな話?」

 

「大マジだ。何なら契約書とアピール資料もある」 

 

「何でそんなもの持ってるのよ」 

 

「本格的にマネージャー業を始めるからスカウトマンの真似事でもしようと思って」 

 

 いきなり胡散臭さが増した。

 

 そういえばマネージャー志望って言ってたっけ。

 

 ひとまず契約書の内容を一通り見る。

 

 しかし、それで胡散臭さが更に倍増した。

 

 思わず額に眉を寄せる。

 

「何の冗談よ。この契約書。私をアイドル候補生として苺プロに採用するって何のつもり?」

 

「よく見てみろ。それは苺プロのアイドル部門が将来的に復活した場合だ。つまり現状は普通に役者として扱うし、持ってくる仕事もそれ相応のものだ。心配せずともうちのアイドル部門が復活する可能性は1%にも満たないから安心しろ」

 

「安心できるか!ここの文面だけ明らかに不穏すぎるでしょ!しかも物凄く小さい字で書き込まれてあるし!あんたさてはこれが本命のつもり!?」 

 

「ワカラナイナー。ナンノコトカナー」 

 

「目を逸らすな!!」

 

 この時点で優しいお兄さんのイメージは消えた。

 

 私は無意識的にこいつが詐欺師であると直感した。

 

 その認識は現在においても変わっていない。

 

 それどころか悪化の一途を辿っている。

 

「まぁまぁ落ち着け。お前の懸念はあくまで仮定だ。他の内容もよく見てみろ。今のお前にとって喉から手が出る程の好条件のはずだ」

 

 真は私が手に持つアピール資料を指差した。

 

 私が即座に断る事が出来なかった理由はそれだ。

 

 苺プロは大手とは言えないものの、ネットタレントのマネジメントにおいては他の追従を許さない程の実力とコネクションを持っている。

 

 それを活用したネットCMを初めとした仕事の斡旋というのは魅力的だし、その仕事で実績を重ねていけばいつか自分で仕事を取ってこれるかもしれない。

 

「あんたが専属マネージャーになってイメージ戦略をするって………これって信用できるの?今からマネージャー業を始めるって言ってなかったけ」 

 

「まぁな。でも安心しろ。俺は仕事においては嘘をつかない。最高の結果をお前に約束する」 

 

 これについてはあまり信用できない。

 

 実績がないのもそうだが激しく胡散臭い。

 

 けど、真は肩書上苺プロの御曹司だ。

 

 手腕は未知数だが繋がりを持っていて損はない。

 

 見れば見るほど頷きたくなる契約内容だ。

 

 ………でも、どうしても頷き切れない。

 

「この契約が私にメリットがあるのはよく分かったわ。前向きに考えてもいいと思ってる。……けど、アイドル候補生って部分はやっぱりナシ。苺プロのアイドル部門が復活する可能性が1%にも満たないにしても、その1%のリスクがある限りはあまりに無謀過ぎる。第一……私はアイドルで売れる程可愛くないし」 

 

「お前がそんな事を言うなんて意外だな。昔のお前ならもっと自分に自信を持っていたはずだ」 

 

「大人になったのよ。今の私はもう天才子役じゃない。それ目当てで誘ったなら諦めて頂戴。絶対に後悔させる。こればっかりは……どうしようもないのよ」 

 

 飲んでいた飲み物が妙に冷たい。

 

 自分で自分を傷つけて馬鹿みたいだ。

 

 けど、これでいい。これが一番だ。

 

 変に期待されて落胆されるよりはよっぽど良い。

 

 どうせ失敗するなら期待されない方が気楽。

 

 こいつまで落ち目にさせる必要はない。

 

「大人になったか。俺に言わせればどっからどう見てもガキが大人ぶってるようにしか見えねぇけどな。見ないうちに随分と腑抜けになったらしいな」 

 

「………何ですって?」 

 

 そんな私のことを真は鼻で笑った。

 

 首元を思わず掴みに行きそうなった。

 

 私のことをなんにも知らないくせに。

 

 こいつは一体何様のつもりだ。

 

「気が変わった。どうやらこっちもお前を見定めなきゃいけないらしい。お前に投資価値があるかどうかな。俺は生憎と勝てる勝負しかするつもりはない」

 

「………ならどうする気?」

 

「1週間後。あるドラマの撮影がある。そのドラマのゲスト枠の席がまだ空席で五反田監督がその役者を探している。その席に俺がお前を推薦してやるよ」

 

「そんなこと出来るわけ───」 

 

「出来る。やり遂げる。それが俺の仕事だ。二度も言わせるな。最高の結果を約束する。ただし俺の仕事に応える奴がいなきゃ全部ご破算だがな。……まさかビビったか?せっかくのイメージアップの場とアクアに会う機会諦めるか?別にそれでもいいぞ。少なくとも俺に損はない。選択権はお前にある」 

 

 獰猛な笑みを真は浮かべた。

 

 悪魔との契約をしてる気分になった。

 

 性格の悪さが言葉の節々に滲み出ている。

 

 話としては久しぶりのそこそこ大きな仕事。

 

 断る道理など何処にもない。

 

 何よりもこの仕事を引き受けない限り、私はアクアに会う事が出来ないのだと何となく察した。

 

 選択権はあっても選択肢など何処にもない。

 

「あんた……私のことを脅してるつもり?」

 

「何のことやら。お前が勝手にそう思ってるだけだ」

 

「………人類史上、最低最悪のクズめ」

 

「褒めるなよ。照れるじゃねぇか」

 

 ただひたすら歯噛みする事しか出来なかった。

 

 私は騙されたのだとようやく理解した。

 

 人をここまで憎んだのは初めてだった。

 

「おー、有馬かな!見ないウチにデカくなったなオイ!毒舌マネから話を聞いた時は驚いたぞ!」 

 

「ご、ご無沙汰です。本当に話が通ってるんだ………」

 

「丁度役者が中々見つからなくて困っててな。実のところ今回の話はかなり助かった。そこそこ現場慣れしてかつ安いギャラで使える役者はどうしても限られる。こんな面倒な仕事をよく引き受けてくれた」 

 

(あの野郎……そんな風に私を売り込んだのか。後で絶対とっちめる。右ストレートでぶっ飛ばす)

 

 上機嫌な五反田監督をよそに私は殺意を滾らせる。

 

 ………けれど、同時に理解してしまった。

 

 今の自分が業界でどう思われているのか。

 

 自分が一体どんな立場に置かれているのか。

 

 まさかこれも計算のうち?

 

 そうだとしたら本当に性格が悪い。

 

 後ろのクズを思わず睨みたくなった。

 

「本番5秒前!」 

 

「カメラの準備よし!」

 

「カット31アクション!」

 

 簡単な読み合わせをした後に撮影が始まった。

 

 このドラマでの私の役は主要キャラの幼馴染。

 

 1話限りのゲスト枠として大きくスポットが当てられつつも、主要キャラの引き立てる動きが立ち回りが求められる主役であり脇役の立ち位置。

 

 確かにこれは面倒な仕事と言う他ない。

 

 求められる演技が矛盾しきっている。

 

 相手を引き立てつつ自分も目立つように動くだなんて、まるで今までの私の全てを否定するかのようだ。

 

 これも私に対するの当てつけ?

 

 あいつの性根は本当に腐り切っている。

 

「かなり疲れたような顔をしているな。芸歴数10年もその程度か。完全に見込み違いだったかもな」

 

 撮影が進んで残るはラストシーンの撮影のみ。

 

 私は用意された椅子に座り込んでいた。

 

 現場の空気は良く共演者の演技もそれなり。

 

 自分なり任された役も全う出来てる。

 

 それなのに……心は鉛のように重かった。

 

「理解者面して……私を不愉快にすればそれで満足?なんにも知らないくせに……何様のつもりよ?まさか神様にでもなったつもり?」

 

 ここが現場でなかったら本当に殴っていた。

 

 あの役は……正真正銘私そのもの。

 

 かつて持て囃され今は見向きもされない。

 

 役を演じながら私は自分を演じていた。

 

 否が応でも現実と向き合うしかなかった。

 

「あんなゴミみたいな存在になるつもりは毛頭ない。お前の理解者になるつもりもない。これは全てお前が選択した結果なんだよガキ。都合の良い(りそう)ばかりを見て真実(げんじつ)を見ようとしなかった結果だ。今のお前は大人なんて呼べる代物じゃないんだよ」

 

 その言葉は何処までも冷たかった。

 

 その瞳には虚ろな闇だけが宿っていた。

 

 反論しようにも反論できなかった。

 

 そんな気力すら湧いてこなかった。

 

「もういい。もう十分。アクアには……もう会えなくていい。この撮影が終わったら……芸能界を辞める。我ながら相応しい最後かもね」

 

「現実逃避の次は逃げか。お前本当にガキだな。昔のお前の方がよっぽど大人だった。自分が一体何をしたいのか自分でも分からないのか」

 

「ああ、そうよ!ただのガキよ!未練たらしく芸能界にしがみついて!生き残る事に必死になってそんな事を考える暇もなかったただのガキ!そんなに言うならあんたなら知ってるっていうの!?」

 

「知る訳ないだろ。俺はただの人間だ。人の心は読めない。知ってる相手がいるとしたらお前以外いる訳ないだろ。何度も言わせるな。選択権はお前にある。選択肢がないなら自分で作ってみせろ。それが大人だ。与えられるのを何時までも待ってんじゃねーよ」  

 

「ちょっと待って!!」 

 

 真は振り返りもせずにその場を立ち去った。

 

 私は一人きりで取り残された。

 

 ラストシーンの撮影が間もなく始まる。

 

 どうすればいい。どうしたらいい。

 

 今の私が良い演技なんて出来る気がしない。

 

 駄目だ。何をすればいいのか分からない。

 

 私は何の為に────

 

「本番5秒前。5、4、3────」

 

 そんな時、何処からか声が聞こえた。

 

 その声は昔聞いた声によく似ていた。

 

 カメラも忘れて後ろを振り返る。

 

 そこに居たのはアクアだった。

 

(どうして?どうしてあんたが此処に?どうして……こんな私を見ているの?どうして……見ていてくれるの?私はまだ何もしていないのに………)

 

 私の中の思考が全て真っ白になった。

 

 動揺。困惑。不安。それと少しの喜び。

 

 色んな感情が渦巻いて形を作っていく。

 

(あっ、そっか。私は誰かに見ていて欲しかったから。誰かに喜んで欲しかったから……演技をしていたんだ。どんな形でも私を見て喜んでもらえるならそれで良かった。それだけで……良かったんだ)

 

 アクアの後ろに真がいるのが見えた。

 

 あいつも私のことを真っ直ぐ見ていた。

 

 そうか。全てはあいつの手のひら上。

 

 まんまと口車に乗せられていた。

 

 ムカつくけどようやく気付いた。

 

 自分がこの世界で何をしたいかを。

 

(最悪だ。あんな奴に気付かされるなんて。あいつは最低最悪の詐欺師だ。人を煽りに煽って変にさせる。……いいわよ。癪に触るけど乗って上げる。どんな結果になったって……アンタ達のせいなんだから)

 

 カメラの前に私は歩みを進める。

 

 体が重りを外したかのように軽い。

 

 今なら何だって出来る気がする。

 

 その選択にもう迷いはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

「はーーー、いよいよだね!私達もアイドルデビューだよ!どうするどうする!?」

 

「うっさいわね。考えごとしてるんだから少し静かにして。良いから早く寝なさい」

 

 ジャパンアイドルフェスの前日。

 

 私が昔を振り返っているとルビーが騒ぎ出した。

 

 まるで遠足前夜の子供だ。

 

 数週間一緒にいてもこれだけは慣れない。

 

「睡眠の重要性を舐めるんじゃないわよ。徹夜のダメージは3日位引きずるし、魅力が3割程落ちるってどこかの大学の研究で出てる。みたいなことをDai●oが言ってたわよ」

 

「Dai●oが!?寝なきゃ!でも全然眠れない!楽しみすぎる!どーしよー!!」

 

 静かにさせるつもりが増々うるさくなった。

 

 本当に私の一個下なのだろうか。

 

 少なくとも私にはそうとは思えない。

 

「アンタはどうして楽しそうなの?怖くないの?」

 

「先輩。急にどうしたの?」

 

「別に。ただの独り言。明日がどうなるかなんて誰にも予想出来ない。私等みたいなコネ組は大ブーイングかもしれないし、そもそも客が居なさすぎて閑古鳥が鳴いてるかもしれない。どうしてそんなにもポジティブに居られるのか不思議で仕方ないのよ」

 

 これは紛うことなき本音だ。

 

 ほんの少しだけ羨ましいとすら思っている。

 

 どうやったって私には真似できない。

 

「んー?そうだね。ずっと憧れてたからかな」

 

「憧れ?」

 

「うん。憧れ」

 

 部屋から出られない生活。

 

 B小町との出会い。

 

 アイドルになったら推すと言った初恋の人。

 

 ルビーの口からはそんな過去が語られた。

 

 それにしても引き籠りだったとは意外だ。

 

 アクア達も苦労してたに違いない。

 

 クズはどうせ何もしていなかったんだろうけど。

 

 しばらくすると横から寝息が聞こえてきた。

 

 ルビーはいつの間にか眠ってしまったらしい。

 

「良いわね。推してくれる人が居てくれて。自分を見てくれる人が居るって………嬉しいものね。私はあんたみたいに純粋じゃなかったけど」

 

 ルビーの顔にかかる髪をそっと手で払った。

 

 私は部屋を出て階段を降りて行く。

 

 下の部屋に行くとアクアはまだ起きていた。

 

 私と同じで夜更かしをしていたらしい。

 

「有馬か。こんな遅くにどうした。眠れないのか?本番は明日だっていうのに考えごとか?」

 

「まぁそんなとこ。調度いいから少し付き合いなさい。真の奴は一緒じゃないの?」 

 

「あいつなら一旦家に帰った。何かを準備をする気でいるらしい。ここ1週間ずっとそうなんだ」 

 

 ホットミルクを用意しながらアクアは言った。

 

 いつも通り碌でもない事をしているに違いない。

 

「あれからもう2年か。案外早いものね」 

 

「あのドラマにお前が出演しているとは思わなかった。突然裏方をやれと言われて聞く暇もなかった」 

 

「………えっ、あれって偶然じゃなかったの?」 

 

「言っちゃ悪いが………全部あいつの仕込みだ」

 

 せっかくの思い出が汚された気分になった。

 

 全身から湧き出る殺意を抑えられない。

 

 とりあえず1発殴ることに決めた。

 

 そんな事を考えていると部屋の扉が開く。

 

「終わった。世界の半分は終わった。あの無脳プロデューサーマジで死ね。手始めに毛根全部絶滅しろ」

 

「急にどうした。いきなり情緒滅茶苦茶じゃない」

 

「一旦帰ったんじゃなかったのか?」 

 

「俺の推しであり親友のフリルが……明日のライブ行けなくなったって………。予定は空けてたのに……緊急の仕事で沖縄に……島流しにされたって………」 

 

 真は泣き崩れてソファーに倒れた。

 

 私とアクアはドン引きした目で馬鹿を見る。

 

 何事かと思えば下らないにも程がある。 

 

「俺達だって明日は早いんだ。倒れてないでさっさと立て。俺の肩貸してやるから部屋に行くぞ」 

 

「おう……悪いな………」 

 

「有馬もそれ飲んだら早く寝ろよ。ちゃんと寝ておかないと明日はキツイ。夜更かしも程々にな」 

 

「わかってるわよ。その馬鹿連れて早く行きなさい」 

 

「何で俺がこんな事を………」

 

 真を連れてアクアは部屋に戻った。

 

 誰も居なくなった部屋で私はホットミルクを飲む。

 

「兄弟揃って……ほんと浮気者なんだから」

 

 カップを片付けて私も部屋に戻った。

 

 その日の夜はよく眠ることが出来た。

 

 昔は来るのを拒んでいた朝ももう怖くない。

 

 いつかアンタ達の推しの子になる。

 

 その夢は今も変わらず輝き続けている。

 

 

 

 

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