斎藤家の愚息   作:熊田ラナムカ27

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2.5次元舞台編
20 新たな舞台の幕開け


 

 

 

 

 JIFが終わってからしばらく経った。

 

 あのネット記事のせいで変な注目を集めた俺達であったが、最終的にアクアのシスコンイメージを世間に浸透させる事でどうにかやり過ごした。

 

 あいつのシスコンっぷりは周知の事実であるし、親近感を持たせる事が出来たと考えればプラマイゼロ。

 

 結果的に苺プロダクションの全体の注目度が上昇して、事務所全体の仕事も増えたとなれば尚更だ。

 

 フリルには散々弄られたが既に終わった話。

 

 そう思わないとこっちはやってられない。

 

「第8回、打倒黒川あかねの会議をやってくわよ。金は払ったんだからさっさといつも通り意見出せ」

  

「帰りたい……マジで帰りたい………」

 

 俺は絶賛修羅場に巻き込まれていた。

 

 というか、ここしばらくずっと巻き込まれてる。

 

 全ては有馬があの恋愛相談に味を占めたせいだ。

 

 数月前の俺に右ストレートをぶち込みたい。

 

 こいつの図々しい性格を侮っていた。

 

 そろそろ胃痛を通り越して胃潰瘍が出来そうだ。

 

 相談料とこっちの負担が見合ってない。

 

 MEMちょの看病が無ければ即死だった。

 

「意見も何も学校でのアピールのやり方は散々教えてやったろ。例えそれが上手く行こうと行かまいと全てお前の責任だ。返金するからさっさと帰らせろ」

 

 俺が貰った金を返すなんて前代未聞だ。

 

 だが、そうでもしないと命に関わる。

 

 休日に強制連行されるのはもうウンザリだ。

 

 何より俺はカウンセラーになった覚えはない。

 

「あっそう。別にそれでもいいわよ。けど、そうなったら困るのはアンタよ。こないだ出来上がったMEMちょのキーホルダー………せっかく持って来たのに」

 

「なっ……しかもそれはデザイン違いの………」

 

「追加報酬であげるつもりだったのに……残念だわ」

 

「てめぇ毎度毎度足もと見やがって………!!」 

 

「アンタがいつもやってる事でしょ」 

 

 だが、それでも俺は逃げれなかった。

 

 目の前のMEMちょグッズからは逃げれなかった。

 

 有馬はキーホルダーをちらつかせながら笑う。

 

 B小町の最新情報からライブチケットの確保まで、御曹司たる俺の右に出るものはいない。

 

 だが、先行試作のグッズとなれば話は別。

 

 そういったグッズは本人達の手に渡る事はあれど、基本に市場には全く出回らない眉唾物の一品であり、俺でも手に入れる事が非常に困難な代物だ。

 

 色がまだ塗られてなかったり、実際に販売されるものとデザインが違ったりと、試作だからこその素晴らしさがあってコレクションしたくなってしまう。

 

 俺は有馬に完全に弱みを握られていた。

 

 推しを人質に取るなんて………最低にも程がある。

 

 俺の十八番をいつの間にか奪いやがって。

 

 今日も今日とて俺はブツを受け取る。

 

「そんなにアピールがしたいなら、次の仕事でいいとこ見せればいいだろ。それが一番手っ取り早いし効果的だ。黒川もどうせそのつもりだろうしな。キャスティング的にだいぶ不利ではあるが」

 

「鏑木P……絶対狙ってこの人選にしたわよね。今日あまの時から思ってたけど性格悪いわ」

 

「それについては激しく同感だ」

 

 直に始まる新たな大仕事。

 

 それは『東京ブレイド』の舞台化だ。

 

 東京ブレイドは累計5千万部を突破。

 

 アニメ映画も超絶大ヒット。

 

 幅広い年齢層で人気な漫画だ。

 

 そんな漫画の舞台化という事で、このご時世には珍しく舞台化にはかなりの予算が投じられ、劇団ララライを中心に外部からも多数の実力派を集めたのこと。

 

 苺プロダクションもその一つ。

 

 資料によるとアクアは『刀鬼』、黒川は『鞘姫』、有馬は『つるぎ』の役でのオファーらしい。

 

 ………だが、問題はその配役だ。

 

『東京ブレイド』はいくつかのチームが抗争を繰り広げ、いつしか互いに友情や、愛情を深めていく王道バトル漫画だ。

 

 よってラブコメ要素もそこそこある。

 

 アクアの演じる『刀鬼』はその筆頭であり、恋人である『鞘姫』と相棒キャラである『つるぎ』で、日夜カップリング論争が起きている。

 

 ………あとはもう言わなくてもいいだろう。

 

 有馬と黒川による………全面戦争の勃発だ。

 

 俺の胃痛が悪化したもう一つの原因はこれだ。

 

 余計な火種をこれ以上投下しないで欲しい。

 

 ただでさえララライの事で手一杯だというのに。

 

「黒川あかねの奴……これ見よがしに彼女アピールの投稿とデートしてる。ここから割と近くで。今直ぐにでも乱入しに行こうかしら」

 

「店に迷惑だからやめろ。被害を拡大するな」

 

「あんた黒川あかねの味方をする気?」

 

「苺プロダクションの評判を悪くしたくないだけだ。何度も言うが俺はどっちの味方もするつもりはない」

 

「コウモリ気取りのクズめ」

 

「自己中女に言われたくはない」

 

 有馬が店に行こうとするのを俺は全力で止めた。

 

 俺の名前が出ようものなら大変なことになる。

 

 黒川を敵に回したらヤバい事だけは確かだ。 

 

 上手くは言えないが俺の本能がそう言っている。 

 

 きっと修羅場どころの話ではない。

  

 考えただけで今にも胃痛が悪化しそうだ。

 

 いつか胃に穴が空くかもしれない。

 

 MEMちょグッズが無ければ即死だった。

 

「はぁ………今日も腹の調子が悪い」

 

「お前ここ最近ずっとそうだな。何かあったか?」

 

「うっせぇ。黙れ。てめぇは一度地獄に行け」

 

「こっちは心配してんのにいきなり暴言か」

 

「そんなクズほっときなさいよ」

 

 お前のせいでもあるだろクソが。

 

 女たらしと自己中女め。

 

 これが仕事でなかったら今直ぐ帰るところだ。

 

 今日は『東京ブレイド』スタッフ顔合わせ当日。

 

 俺とアクア、有馬の3人はスタジオに来ていた。

 

 ララライ所属の黒川は既に現地入りしている。

 

「あっ、メルト。久しぶり」

 

「有馬にアクア、それに真さん。今日あま以来だな。こっちこそ久しぶり」

 

「お前もこの公演に呼ばれてたんだな」

 

「そっちと同じで鏑木組枠で」

 

 廊下を歩いていると知り合いに会った。

 

 今日あまで共演した鳴嶋メルトだ。

 

 こいつも鏑木プロデューサーの推薦で来たらしい。

 

 人伝で演技の練習を続けているとは聞いていたが、前に共演した時より随分と顔つきが良くなっている。

 

 現場から逃げ出していた頃とは大違いだ。

 

「それで最近の調子はどうなんだ?仕事の方は順調か?愚痴を言いたきゃまた聞いてやってもいいぞ」

 

「そんな、悪いですよ。会って早々そんな話なんて」 

 

「で?実際のところは?」

 

「………実は、社長に怒られたばっかで」

 

「そうかそうか。それは災難だったな」

 

「うわっ、あのクズ。初っ端から知り合いに媚売ってる。獲物を見つけたらいつもコレだよ」

 

「メルトの奴……あいつの本性にまだ気づいてないのか。いくら何でも流石に哀れだ」

 

 だからこそ媚を売った甲斐があるというもの。

 

 いつの日かたんまりと稼がせてもらおう。

 

 アクアと有馬はメルトに憐みの目を向けた。

 

 やましい事など少しもしていない。

 

 投資価値がある奴との繋がりを作るのは当然だ。

 

 俺は心の中でニヤリとほくそ笑んだ。

 

 そんなこんなしていると集合場所に着いた。

 

 スタジオにはかなりの人間が集まっている。

 

「『キザミ』役を務めさせていただきます。『ソニックステージ』所属鳴嶋メルトです。よろしくお願いします」

 

「『つるぎ』役を務めさせていただきます。『苺プロ』所属有馬かなです」

 

「同じく『苺プロ』所属星野アクアです。『刀鬼』役を努めさせていただきます」

 

 アクア達はお辞儀をしつつ挨拶と自己紹介をした。

 

 俺は軽く距離を取ってその場から捌ける。

 

 共演者でもない一介のマネージャーの俺が前に出過ぎるというのは色々と不評を買う恐れがある。

 

 メルトはともかく他の鏑木組は特にそうだ。

 

 散々喧嘩を吹っ掛けた自覚はある。

 

 あまりいい噂を聞いていないに違いない。

 

 今回ばっかりは遠くから見てるしかないだろう。

 

 出来る事なら全員に媚を売りたいが。

 

「皆早いねー。まだ10分前なのに。揃ったみたいだから紹介始めちゃおっか。ボクの名前は雷田(らいだ)。この公演の総合責任者。で……こっちが演出家の(きん)ちゃんね」

 

金田一敏郎(きんだいちとしろう)だ。よろしく」

 

 その後は少し遅れてやって来た雷田さんによって着々と紹介が行われた。

 

 脚本家のGOA(ゴア)さん。

 

 2.5経験豊富な役者の鴨志田朔夜(かもしださくや)

 

 黒川をはじめとしたララライの役者達。

 

 そして最後に主演の俳優。

 

「起きろバカモンが!」

 

「って……。あぁサーセン。この芝居の主演の……役名なんだっけ。まぁ良いか。姫川大輝(ひめかわたいき)。よろ」

 

 劇団ララライの看板役者。

 

 帝国演劇賞、最優秀男優賞を受賞し、月9ドラマにも度々出演している姫川大輝。

 

 名立たる役者達の勢揃いだ。

 

 さてと。どうやって立ち回るか。

 

「すいませんね。無理言って練習を見させてもらって。うちの役者達が上手くやってるか心配なもので」

 

「別にいいよ。こっちも意見を聞きたいし。鏑木ちゃんから話聞いてるよ?中々に優秀な子だって」

 

「黒川の件でうちも世話になった。邪魔しない限りは俺も構わん。気の済むまで練習を見ていくといい」

 

「それではお言葉に甘えて」

 

 顔合わせを終え本読みが始まるタイミングで、俺は雷田さんに頼んで一先ず練習を見ていく事にした。

 

 どう動くにもまずは情報収集だ。

 

 特にララライの代表、金田一敏郎。

 

 話しによると鏑木プロデューサーの情報から、アクアはこの人物が真犯人に近づく鍵だと考えている。

 

 真相がどんなものであれアクアを止める為にも、俺はこの男について知っておく必要がある。

 

 それ相応のリスクを孕む事になったとしても。

 

「今回下手な子居ないねぇ。芸歴の長いララライの面々が演技できるのは当たり前として、メルトくんも今日あまの時の演技と比べてかなり上手くなってる。アクアくんも舞台初めてって聞いてたけど、周りが見えててソツがない」

 

「鏑木は他所(よそ)に人送る時は堅い人選するからな」

 

「僕の本命はやっぱ有馬ちゃんとあかねちゃんかな。同世代かつ同事務所、新旧若き天才対決ってのはどう考えてもアツいからね」 

 

「苺プロに入ってあかねは熱のこもった演技をするようになった。何かしらの刺激を受けたらしい。他の連中もそうなって欲しいもんだ」

 

「見た感じ有馬ちゃんがやや優勢かな。実は結構なファンなんだよね。この調子で負けないで欲しいなぁ」

 

 それは事情を知らないから出る感想だ。

 

 実際に起きているのは血みどろの戦争だ。

 

 台本によると今回の劇は『渋谷抗争編』を柱にシナリオが展開されており、有馬が演じる『つるぎ』が所属する『新宿クラスタ』の主人公サイド、黒川が演じる『鞘姫』やアクア演じる『刀鬼』が所属する『渋谷クラスタ』の敵側サイドの抗争が大筋のストーリだ。

 

 前提として2人は敵同士の役であり、共演は数シーンだけとはいえ壮絶な戦いが繰り広げられる。

 

 そんなものを今の2人にやらせたらどうなるか。

 

 結果なんて……目に見えている。

  

「役者のリアル事情と板の上がリンクしたからって調子乗んなよ。プロモ側が宣伝目的でチョイスしただけって事を忘れんな」

 

「そっちこそ言い掛かりで足引っ張らないで貰える?自分勝手にやるのは別にいいけど私の演技の邪魔したら承知しないから」

 

「おおっ……なんか尖ってんな」

 

「どっちも役に入り込み過ぎだ」

  

 絶対にあれを見習わないで欲しい。

 

 あんなのが増えたら世界の終わりだ。

 

 とりあえず両方とも見る目がないのは分かった。

 

 俺は胃薬とハーブティーを飲む。

 

「確かにあの2人はいい動きをする。だが、まだ分からんよ。うちには姫川が居るからな」

 

「金ちゃんの本命はやっぱそっち?」

 

「あんなんだが看板役者だからな」

 

 スタジオの空気が突然揺らぐ。

 

 姫川さんが立ち上がった。

 

 そして次の瞬間俺は幻視した。

 

 ブレイド(姫川)が剣を振るう姿を。

 

演技(けんか)なら俺も混ぜろ。俺の方が共演シーンが多いからな。言葉で言うよりもそっちの方が手っ取り早い」

 

 ブレイド(姫川)台本(かたな)を有馬に向けた。

 

 スタジオの空気がまたも揺らぐ。

 

 今度はつるぎ(有馬)が不敵に笑う姿を幻視した。

 

 2人は(ことば)を交えていく。

 

「何はともあれ期待は持てそうだ。今回の仕事を受けた甲斐があった。どいつもこいつも負けず嫌いだからな。あんなのを見せられて何も思わねぇワケない」

 

 金田一さんは何度か頷いた。

 

 全員が2人の演技に注目している。

 

「そういや君の本命は誰?聞いてなかったね」

 

「俺の意見ですか?素人意見になりますが」

 

「寧ろ率直な感想を頼む」

 

 金田一さんに言われ俺は全体を注視する。

 

「そうですね。第一の本命はやはり姫川さんと有馬でしょう。姫川さんの演技は言わずもがなですし、有馬は相手のクオリティが高いほどいい演技をする。この2人の完成度は約束されたも同然と言ってもいい」

  

「ふむふむ。まずは大穴と」

 

「妥当な感想だな」

 

 有馬の演技力は分かり切っている。

 

 姫川さんの演技力も想像以上だ。

 

 文句の付けようが殆どない。

 

 演技以外だと色々とヤバい気もするが。

 

「第二の本命については迷いましたが黒川です。黒川の分析力による演技は時間を掛けるほど良くなる。舞台の経験も申し分ない。ですが、逆に言えば役を分析出来なければそれまでです。それなりはやれるでしょうが、対応力や爆発力に欠ける。客の目を引くという意味では鴨志田さんに軍配が上がるかもしれません」

 

「へぇー、今度は意外な感想」

 

「確かにそこは黒川の課題だな。有馬が「適応型」なら黒川は「没入型」。ハマれば強いがそれまでが難点だ。特に今回の脚本と黒川の相性はあまり良くない。あいつの更なる真価が問われる事になるだろう」

 

 黒川には悪いがこのままだと勝ち目は一切無い。

 

 今のままなら間違いなく有馬の圧勝だ。

 

 あいつには大切なものが根本的に欠けている。

 

 天才と狂人は紙一重とはよく言ったものだ。

 

 あいつの演技はあまりにも自分というものがない。

 

「素人意見って割には全部的を得てるね。もしかして有馬ちゃんのマネージャー時代に勉強とかした?」

 

「知り合いに映画監督がいるので色々と」

 

「なるほど。それなら納得だ。人にも自分にも厳しい金ちゃんが頷くだけって珍しいからね」

 

「人を勝手に分析してんじゃねぇ」

 

 雷田さんは楽しそうに笑った。

 

 金田一さんは溜息をつく。

 

 これで現場のトップに気に入られたも同然。

 

 現場にも視察の名義でいつでも来れる。

 

 あとは突っ立てるだけで給料が貰えて媚も売れる、夢のようなフィーバータイムのスタートだ。

 

 自分だけ仕事が無いなんて素晴らしい

 

 これぞ合法的な給料泥棒のやり方だ。

 

「ならその逆は一体誰だ?足を引っ張る奴は?」

 

「えっ、ちょっと。流石にそれは………」

 

「連中は演技に集中してる。お前と俺以外聞く奴は居ねぇよ。そこまで分かってるならそれも知りたい」

 

 現場のトップとして雷田さんは止めた。

 

 しかし、金田一さんはこちらに視線を向ける。

 

 劇団の代表として俺を試している。

 

「………そうですね。見た限り該当者が2人ほど」

 

「2人か。そのまま続けろ」

 

「まずはメルト。単純に技量が他の役者と釣り合っていません。成長は認めますが今の技量だと精々出来てちょっと上手いだけの脇役。厳しい言葉かもしれませんが顔が良いだけの張りぼてです」

 

「確かに厳しい言葉だな」

 

「本人聞いたら泣くかもだよ………辛辣過ぎ」

 

 今度は金田一さんが楽しそうに笑った。

 

 雷田さんは激しく苦笑いだ。

 

 だが、決して否定しようとしない

 

 それが今のメルトの現状だ。

 

 がむしゃらに努力する奴は決して嫌いじゃないが、無意味な努力はただの時間の無駄。

 

 あいつが最低でもララライの役者達に並ぶ為には、少なくとも1年の時間と努力が必要だ。

 

 ソニックステージの社長のお叱りはご尤も。

 

 あいつは自分の強みを理解していない。

 

「アクアは更に深刻です。致命的な地雷になるかもしれない。あいつの問題点は一見問題ない所です」

 

「突然なぞなぞになったね」

 

「言いたい事は分からんでもない」

 

 アクアの問題点は黒川と似ている。

 

 あいつもまた演技に自分というものがない。

 

 それっぽい動きと言葉を並べてるだけだ。

 

 決定的に違うのは殆どミスをしていない所。

 

 いくら演技が自分に嘘をつき行う行為だとしても、そこには何かしら役者の熱が必ず乗る。

 

 それは台本には決して存在しない。

 

 だからこそ、その相違で役者はミスをする。

 

 練習を重ねたり演技自体の経験を増やしていけば、確かにその相違を理解してミスは無くせる。

 

 だが、アクアはその段階じゃない。

 

 感情演技が致命的なまでに出来ていない。

 

 演技というものに執着も情熱も何もない。

 

 空っぽな何かがそこにあるだけだ。

 

「まだ初日なので分かりませんが、今後の練習次第では役を変えた方がいいかもしれません。この演劇のもう一人の主役を任せるには今のままだと力不足です」 

 

「それは流石にやり過ぎじゃ………君の弟でしょ?」

 

「これでも甘くしているつもりです。場合によってはこの演劇そのものから降ろすべきです。他の皆さんの足を引っ張る訳にはいきませんから」

 

「おいおい………」

 

 雷田さんは嘘だろと言いたげだ。

 

 だが、俺は本気でそう思っている。

 

 かつて練習を見ていた五反田監督は言っていた。

 

 アクアは、演技を楽しんでいない。

 

 演技をしながら、苦しんでいると。

 

 あいつは……幸せになる事を諦めてしまっている。

 

 今も昔も……大切な何かが欠けたままなのだ。

 

「貴重な意見感謝する。だが、どうするかについては俺が決める事だ。それは分かってるな?」

 

「ええ、勿論。そこは金田一さんの裁量に任せます」

 

「事情は知らんがお前も苦労してるな」

 

「何時まで経っても手の掛かる奴ですから」 

 

 雷田さんは何か言いたげにこちらを見た。

 

 金田一さんは何を考えていたかは分からない。

 

 ただ黙ってアクアのことを見ていた。

 

 この仕事は有馬と黒川だけじゃない。

 

 きっとアクアにとっての分岐点でもある。

 

 その先に何があるかは誰にも分からない。

 

 それでも……俺は進み続けるだけだ。

 

 俺はあいつ等の練習を見続けた。

 

 その先にあるものを見極める為に。

 

 舞台の幕は上がりつつある。

 

 

 

 

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