斎藤家の愚息   作:熊田ラナムカ27

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21 孤高にはまだ早い

 

 

 

 

 舞台『東京ブレイド』稽古3日目。

 

 配られた台本と今日も私は睨めっこする。

 

 今回の舞台、私は立ち上がりが少し悪い。

 

 私の演じる『鞘姫』は原作でも出番が少ない。

 

 出番が少ないという事は分析が難しいという事。

 

『鞘姫』の心情を知る事が困難という事だ。

 

 欠けたピースを妄想で補っていくしかない。

 

 ……けど、そんなんじゃかなちゃんには勝てない。

 

「よっ。お疲れさん。調子どうだ?飲み物いるか?」

 

「真さん。そっちもお疲れ様です。それじゃあ1本」

 

「3日目ともなると流石にどの役者も迫力あるな。練習に熱が入り過ぎて差し入れを渡すのも一苦労だ。有馬の奴には邪魔すんなって言われちまったし」

 

(最後のは割といつも通りなんじゃ………)

 

 飲み物を受け取りながら私は内心そう思った。

 

 マネージャーという立場上、本来なら来なくてもいい立場なのに、真さんはほぼ毎回稽古場に来ている。

 

 しかも、全員分の差し入れを必ず持参で。

 

 これには関係者の多くが大喜び。

 

 一方かなちゃんはそれを冷めた目で見ていた。

 

 本人曰く真さんの常套手段らしい。

 

 こうやって媚を売るのかと私は思わず感心した。

 

 アクアくんには感心するなと言われたけど。

 

「ところでアクアの奴は何処行った?昨日散々言ったばっかだってのに、また一人で居るのか?」

 

「うん。あそこでいつも通り孤立してる。陰のオーラが凄いせいで他のみんなも関わりづらいみたい」

 

「コミュニケーションは仕事の基本だって言っただろ根暗馬鹿め。仕事中にぼっちスキル発動しやがって」

 

 頭を抱えながら真さんはアクアくんの方に行く。

 

 こんな光景は今に始まった事じゃない。

 

 一人で居ようとするアクアくんに真さんが絡んで、口喧嘩の後に陰のオーラを引っ込めるまでがセット。

 

 私が知る限り今ガチからずっとそうだ。

 

 実にブラコンをしてると思う。

 

 あとルビーちゃん関連でよく睨みも利かせている。

 

 こないだなんか鴨志田さんを稽古場裏に呼び出し、今直ぐクビになるか裁判沙汰になるかで脅していた。

 

 しつこく連絡先を聞いてきたらしい。

 

 社長と鏑木さんには既に連絡済みとのこと。

 

 シスコンについてもかなり拗らせてると思う。

 

 これに関してはアクアくんもだけど。

 

「黒川、お前なんか言ったか?」

 

「うんうん。別に何も」

 

「なら別に構わないが、実際どうする気だ?今のお前じゃ有馬には絶対に勝てない。この調子なら演れてあいつの引き立て役が精々だぞ」

 

「そんなに決めつけなくてもいいのに」

 

「怒るなら怒れよ……相手はクズなんだし」

 

「てめぇもはもっと大概だろ。この腰抜けめ」

 

「才能ある奴と真っ向から演り合うつもりはない」

 

 真さんの言葉に私はむくれた。

 

 当の本人はアクアくんに舌打ちをする。

 

 棘がある言い方だけど全て事実だ。

 

 分析が足りないのは勿論だけど今回の脚本につき、鞘姫(わたし)は状況を説明するだけの存在となっている。

 

 原作とあまりにキャラが違う。

 

 彼女の葛藤が無かったものになっている。

 

 これでは勝負以前の問題だ。

 

 アクアくんの『刀鬼』もその余波を受けている。

 

 姫川さんの『ブレイド』との見劣りが凄い。

 

 この様子だとそれだけじゃないみたいだけど。

 

「脚本について俺も言いたい事はそれなりにあるが、舞台全体で見たらこれが正しい。それに合わせるのが役者の仕事だ。何より今日あまの30倍はマシだ

 

「あれはまぁ………企画段階の時点でな」

 

「2人とも大変だったんだね………」

 

「よりにもよって初仕事だったからな」

 

「あんな仕事二度と御免だ」

 

 そう話す2人の目は死んでいた。

 

 あれでもかなりマシになった部類らしい。

 

 その過程でどれだけの苦労があったのか。

 

 私は思わず同情してしまった。

 

「こればっかりは俺も完全にお手上げだ。俺はマネージャーであって脚本家じゃない。新しい台本を書くなんて逆立ちしたって出来る訳ねぇからな」

 

「これも仕事だ。割り切るしかない」 

  

「一悶着があれば可能性も無くもないが」 

 

「そんな都合よく起きる訳ないだろ」 

 

「期待するだけ無駄か」 

 

 何か言いたげではあるものの2人は台本を見た。

 

 もしかしたらと思ったけど無理なものは無理だ。

 

 いくら2人にも出来ない事はある。

  

 けど、私はそれでも何処かで期待していた。

 

 あの時みたいにどうにかしてくれるって。

 

 高望みなのは自分でも理解してる。

 

 そうだとしても考えずにはいられなかった。

 

 時間は進み稽古4日目。

 

 今日は脚本家のGOAさんも来ていた。

 

 そんなGOAさんにアクアくんは懸命に質問に行く。

 

 しかし、結局のところ結果は同じ。

 

 金田一さんに窘められるだけだった。

 

「そう気を落とすな。分かってた事だろ」

 

「………うん。分かってる。どうしようもないよね」

 

 納得は出来てもやはり複雑だ。

 

 アクアくんと練習に戻ろうとすると扉が開く。

 

 雷田さんと一緒に訪問者が現れた。

 

 あれは確か原作者の鮫島アビ子先生だ。

 

 付き添いなのか今日あまの吉祥寺先生も居る。

 

「吉祥寺先生お久しぶりです!」

 

「有馬さん!打ち上げ以来ですね!」

 

「2人とも仲良さそうだね」

 

「有馬はドラマをそれなりに成功させた立役者だし、原作者からしたら大恩人みたいなもんなんだろ」

 

「アクアさんもまたお会い出来て嬉しいです」

 

「光栄です」

 

 2人と話す吉祥寺先生はとても上機嫌。

 

 一方でメルトくんへの対応はそれなり。

 

 ドラマを通して成長こそあれど主役にはほど遠く、先生にとって多少なり落胆があったのだろう。

 

 メルトくんは複雑そうな顔をした。

 

 真さんはアビ子先生に話し掛けに行く。

 

「どうも初めまして。苺プロダクションでマネージャーをしている、斎藤真です。鮫島先生。この度はお会い出来てとても光栄です」

 

「えっと……あの…その………」

 

「ごめんね。先生はイケメンと美女と目を合わせるとテンパっちゃうの。悪気はないんだけどね」

 

「いえいえ、気にしないで下さい。私も他人から自分がどう見られているか、仕事柄気にしなくてはいけないので気持ちは分かります。尤も、私のような一介のマネージャーなど先生には遠く及びませんが………」

 

「そんなっ、そんな事ありません。吉祥寺先生から話は聞いてますっ。今日あまのドラマが持ち直したのは斎藤さんのお陰だって。私っ、凄く感謝してるんです。先生のドラマを観れるものにしてくれて………」

 

「そう言って下さると私も苦労した甲斐がありました。大変恐縮ですがサインを貰ってもいいですか?」

 

「是非是非!」

 

 2人はいつの間にか意気投合していた。

 

 というか、一方的に真さんが落としていた。

 

 凄まじい人心掌握力だ。

 

「あのクズ……また哀れな被害者を………」

 

「絶対にやると思った」

 

「アビ子先生があんなに話すなんて………」

 

「勘違いしないで下さい。あいつはただのクズです」

 

「先生が思うような人間じゃありませんから」

 

 アクアくんとかなちゃんは全力で逆フォローした。

 

 しかし、吉祥寺先生に言葉は届いていない。

 

 残酷なまでにこっちも落とされている。

 

(なるほど。こういうやり方もアリなのか)

 

 相手の懐に飛び込むにもやり方は色々ある。

 

 褒められたやり方じゃないけどこれも一例だ。

 

 これはこれで勉強になる。

 

 私はこっそりメモをした。

 

 後々何かしらで役立つかもしれない。

 

 何はともあれ原作者が見守る中で練習が始まった。

 

 観客が居るせいか全員いつもより力が入っている。

 

 役者なんてそんなものだ。

 

 けれど、しばらくして何やら不穏な空気が漂った。

 

 GOAさんとアビ子先生が口論をしている。

 

「ちゃぶ台返しかしら」

 

「今日は稽古バラシだな。帰る」

 

 姫川さんは早々に引き上げる事を決めた。

 

 一方で真さんは黙ってその様子を眺めていた。

 

 けれど、何かする気なのは間違いない。

 

 だって、真さんの口元はあの時と同じ。

 

 ニヤリと妖しく弧を描いていたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

♦♦♦

 

 

 

 

 

 

 

 

(何たる僥倖!!何たる確変!!もう駄目だ!!笑いが止まらない!!今日はなんて素晴らしい日だ!!)

 

「あのクズ……絶対に碌な事を考えてない」

 

「人様の前でゲス顔を晒しやがって………」

 

 アクアと有馬は俺から距離を置いた。

 

 しかし、それでも俺は笑みを隠せない。

 

 突然のビッグチャンスに興奮していた。

 

 この騒動を納めれば俺の評価は爆上がり。

 

 原作者どころかトップ陣の心をも掴んだも同然。

 

 実績作りとしてはこれ以上申し分ない。

 

 何もしてないのに石油が湧いてきた気分だ。

 

 俺は高笑いを抑えるのに必死だった。

 

「まぁまぁ、鮫島先生。まずは落ち着いて下さい。話をするにしても冷静になってからです」

 

「さ、斎藤さん……それはそうですけど………」

 

「まずはハーブティーを一杯」

 

「あ、ありがとうございます………」

 

 俺の顔を見て鮫島先生は一先ず落ち着いた。

 

 俺の評判がまずは良くて助かった。

 

 吉祥寺先生に媚を売っといて正解だった。

 

 芸界を含めどの業界も世間というのは狭い。

 

 一人に媚を売るという事は百人に媚を売る事。

 

 情けは人の為ではなく全て自分の為。

 

 遺憾無くたっぷりと利用させてもらう。

 

「状況を整理しましょう。鮫島先生の怒りの原因はこの脚本。その内容に修正指示が通っていないからという認識で大丈夫でしょうか?」

 

「はい。製作者としてセンスが………」

 

「アビ子先生!聞かれた事だけ言えばいいから!」

 

 吉祥寺先生に鮫島先生は口元を押さえられる。

 

 やはり根本的な問題はそこだ。

 

 俺も薄々この脚本には疑問を感じていた。

 

 今日あまの時からずっとそうだ。

 

 原作者の意見があまりにも反映されていない。

 

 これでは不満が出ても当然だ。

 

「なるほど。ではGOAさん。その修正指示についてはきちんと伝わっていますか?内容次第では今からでも直せる部分はあるはずです」

 

「そうは言うけど……これでも何度かやり取りして最大限意図は汲んだつもりなんだ。ここからどう直せばいいのか………正直見当もつかない」

 

「やっぱりセンスが………」

 

「アビ子先生!あっち行きましょう!」

 

 GOAさんは面目なそうだった。

 

 あまりに不憫な役回りだ。

 

 改定作業(リライティング)というのはほぼ伝言ゲーム。

 

 多くの人間が仲介する性質から言葉が捻じ曲がり、伝え終わる頃には最初の言葉とはかけ離れている。

 

 それでも脚本家はその指示に従わざるを得ない。

 

 そして手柄は横取りされ、批判は受けるばかり。

 

 これではいい仕事も決して出来たものではない。

 

「もういいです。こうなったら脚本は私が書きます。じゃなきゃこの劇の許諾を取り上げます」

 

「いや、先生それやったら色々と………」

 

「違約金で何千万でしょ。良いですよ。構いません。私が出します。お金は持ってます」

 

「そんな………!」

 

 俺が考え込んでいると鮫島先生は強硬策に出た。

 

 未遂とはいえ吉祥寺先生の件もある。

 

 脚本家への信頼がほぼゼロなのだろう。

 

 だが、GOAさんを外すのは論外だ。

 

 あまりにもリスクが大き過ぎる。

 

「ならばこうしましょう。1週間………いいえ、3日でこの問題を解決してみせます。それが駄目だった場合はどうぞご自由に。その代わりに3日の猶予を約束して貰えないでしょうか?」

 

「3日ッ!?流石にそれは無理だって!!」

 

 雷田さんは悲鳴を上げた。

 

 総責任者としては堪ったものではない。

 

 だが、立場としては原作者の方が上だ。

 

 結局のところ原作者の意見に従わざるを得ない。

 

「わかりました。3日です。もう一度()()()()()を任せます。それで駄目ならどうしようもありません」

 

「あの、ちょっと………」

 

「必ずや最高の結果をご提供します」

 

「ねぇ、ちょっと………」

 

「今度こそ期待してもいいんですよね?」

 

「契約と約束は決して破りませんので」

 

 雷田さんは遂に声を無くした。

 

 アクアと有馬は手を合わせた。

 

 黒川というと何故か目を輝かせている。

 

 これについてはマジで意味わからん。

 

 というか、前にもこんな事あった気がする。

 

「どうすんだよ!数ヶ月掛けても解決しなかった問題を3日でどうにかなんて無理だ!責任問題になる!」

 

「うちのクズが本当にすいません」

 

「無駄にカッコつけやがって」

 

「あの手のタイプにはこれが一番いいんだよ」

 

「なるほど……なるほど………」

 

「黒川、手を止めろ。クズ関連はメモすんな」

 

 鮫島先生が帰って雷田さんは頭を抱えた。

 

 叫びたいのを必死に我慢してる。

 

 GOAさんはひたすらに辛そうな顔だ。

 

「やっぱり、僕を降ろして下さい。それが一番です。僕のせいで皆さんに迷惑を掛ける訳には………」

 

「いいえ、駄目です。それこそが今一番の愚策です。この舞台の脚本を書けるのはあなたしかいません」

 

「けど、僕はアビ子先生の期待を………」

 

「それが何ですか。所詮はド素人の意見です。鮫島先生は確かに天才です。実績も十分にある。しかし、それは漫画家としての話。脚本家としてはあなたに遠く及びません。そんな相手に()()()()()()()は任せられません。任せるとしたらあなたしかいないんです」

 

 GOAさんは俺の言葉に聞き入った。

 

 これは紛う事なき本音だ。

 

 いくら金でも鉄にはなれない。

 

 いくら鉄でも金にはなれない。

 

 漫画家は決して脚本家にはなれない。

 

 俺達は錬金術師でも魔法使いでもない。

 

 所詮はただの人間だ。

 

 人間一人が出来る事なんてたかが知れてる。

 

 実績がない人間なら尚更だ。

 

 勝ち目のない勝負を俺はやるつもりはない。

 

「………君の言う通りだ。舞台『東京ブレイド』の脚本はGOAくんにしか書けない。脚本方針も間違ってないと思っている。今回のも良い脚本だって胸を張って言えるよ。状況がこれ以上悪くなる事はないんだ。ここは寧ろ3日の猶予が出来たと思って喜ぼう」

 

「雷田さん……分かりました。必ず書いてみせます」

 

 GOAさんが頭を下げその日は解散となった。

 

 だが、修正箇所が分かないとどうしようもない。

 

 砂漠で一枚のコインを探すようなもの。

 

 本人はやる気だかそれでも限界はある。

  

 下手に手を出せばこれまでの二の舞だ。

 

「この先はノープランだし……一体どうするか」

 

「えっ、あんな大見得切っておいて!?」

 

「話の落とし所はともかくその過程がな」

 

「ハッタリだけは上手いからな。このクズは」

 

「褒めるなよ」「褒めてない」

 

 呑気な俺達の姿に黒川は呆気に取られた。

 

 アクアは溜息をついた。

 

 脚本が白紙に戻り翌日の稽古は休止になった。

 

 それに伴い今日の予定も全て白紙だ。

 

 つまりは俺の給料1日分の損失。

 

 実績作りの投資にしても損が大き過ぎる。

 

 貴重な無労働による賃金だってのに。

 

 成功させないと余計割に合わない。

 

「稽古中断は痛いなぁ……。今回の舞台はステージアラウンドだし、稽古期間多く取りたいんだけどなぁ」

 

「そういやそのステージアラウンドって何?」

 

「えっ!知らないで稽古してたの?それが分かってないとイメージ出来なくない!?」

 

「劇のステージなんて殆ど同じだろ」

 

「お前……それは役者としてどうなんだ」

 

「映画の方が好きだし舞台は好んで観ないからな」

 

 アクアの言葉に黒川を激しくむくれた。

 

 俺はというと大呆れした。

 

 仕事の情報を仕入れないなんて社会人失格だ。

 

 好み云々の前に仕事優先に決まってるだろ。

 

 俺ですらある程度は把握してるってのに。

 

「アクアくんの考えは古いみたいだね。この様子だとステアラで舞台観たことないんだ?ふーん?」

 

「なんだよ。別にいいだろ。場面転換の度にセット入れ替えてテンポ悪いし可動式のセットは安っぽい。劇特有の大げさな演技にいまいちノれない。同じ時間使うなら演出効かせられる映像の方を観………」

 

「これだからド素人は

 

「大体想像通りの答えだね

 

「あかねはともかくお前は黙れ。何か腹立つ」

 

 アクアは額に青筋を立てた。

 

 だが、腹立つ以前に全て事実だ。

 

 情報取集をしていないお前が悪い。

 

「せっかく時間出来たんだからちょっとデートしよ?()()()()()()()()()()()()()()()()()()だって教えてあげる」

 

 そう言って黒川はアクアを連れ出した。

 

 さらっとデートに誘うとは何とも抜け目ない。

 

 俺はあいつ等に置いてかれた。

 

 どちらにしろ藪蛇をする趣味は俺にはない。

 

 いくら盤外戦術をしようとあいつの勝手だ。

 

 稽古が中止になった以上今日の仕事はない。

 

 俺は家に帰る事に決め───

 

「黒川あかねの奴……私と同じことを考えるなんて。あと数秒早くラインを送っていれば………ッ!!」

 

「帰りたい……マジで家に帰りたい………」

 

「仕方ないでしょ!2人分取っちゃったんだから!」

 

「それならルビーでも誘ってろ!俺を巻き込むな!」

 

「私だってそうしたかったわよ!あんたみたいなクズ誘いたくなかったわよ!どうしようもなかったのよ!カップル割でなんかで取らなければ………ッ!!」

 

「新手の地獄を創造してんじゃねぇ………ッ!!」

 

 緊急の用事で呼び出され俺は劇場に来ていた。

 

 そして何故か有馬とデートをする羽目になった。

 

 アクアに断られた事による苦肉の策らしい。

 

 俺も有馬も互いに死んだ魚の目をしている。

 

 今直ぐ帰ってベットで寝たい。

 

 この事実を脳内から全て抹消したい。

 

 こんな性格世紀末の女とデートなんて嫌だ。

 

 人生初デートがこれとか拷問に他ならない。

 

 頼むから俺達を微笑ましい目で見るな………ッ!!

 

 心がジワジワと死んでいくのを感じる………ッ!!

 

 座席に座った頃には両方共死に体だった。

 

 アクア達を探す気力など何処にもない。

 

 この世界にも地獄というものは存在したらしい。

 

「死にたい。本当に死にたい。何でこんな目に………」

 

「死ぬなら今の仕事が終わってからだ。関係者全員に迷惑がかかる。あと家で死ぬと騒ぎになるから死ぬ場所は山か海にしろ。高確率で行方不明扱いになる」

 

「死に方も選べないとか世の中終わってるわね」  

 

「もっと酷いと文字通り死ぬまで働かされるがな」  

 

「何そのこの世の終わりみたいな死に方」

 

 有馬は俺の前世の死因にドン引きした。

 

 俺自身も思い返す度にドン引きしている。

 

 そう考えると苺プロダクションは素晴らしい。

 

 福利厚生はしっかりしているし休日もある。

 

 いつの日か必ず乗っ取ってやる。

 

「それにしても話には聞いていたが凄い人気だ。確かこれもGOAさんが脚本を担当したんだったな」

  

「最初は舞台化なんてナンセンスって批判も多かったらしいわよ。こっちほどじゃないけど原作者も脚本にそこそこ文句言ったらしいし。………けど、そういうのを乗り越えたからこその人気なんでしょうね」

 

「なら尚更に余計に降ろさせるわけにはいかねぇな。潰すにはあまりにも惜しい人材だ」

 

「あんたがそんな事を言うなんてね」

 

「俺は使える人間との繋がりが欲しいだけだ」

 

 舞台が始まるまでの数分間。

 

 俺と有馬の会話は結局仕事の話だった。

 

 カップルの会話にはとても似つかわしくない。

 

 だが、こっちのがよっぽど気楽だ。

 

「もしお前だったら鮫島先生をどうやって説得する?どうやってあの人を落とす?」

 

「何それ。私にアンタの真似事でもさせる気?」 

 

「例え話だ。即興演技だと思って答えてみろ」

 

 何よりこういう話をしやすい。

 

 こいつの言葉は意外にも馬鹿にならない。

 

 有馬はしばらく考え込む。

 

「………そうね。昨日見た感じあの人は自分を孤高の天才だと思ってる。けど、同じくらい理解者を求めてるようにも見えた。私だったらそこを攻めるかもね」

 

 有馬の目は何処か怪しく光った。

 

「理解者を求める天才か。悪くない答えだ」

 

 俺は有馬の答えに何度か頷いた。

 

 自分というものが芯にあるだけはある。

 

 そんでもってこいつも大概性格が悪い。

 

 今ので大体のプランは固まった。

 

 そう間もなくして公演が始まった。

 

 客席そのものが動き始める。

 

 劇場全体が熱気に飲まれていった。

 

「おやおや?君達も来てくれたんだ。奇遇だね」

 

「雷田さん。こんにちは」

 

「今日は楽しませて貰いました」

 

「それなら良かったよ。良い顔してるね」 

 

 公演を見終えて歩いていると雷田さんに会った。   

 

 この舞台の担当者らしく客の顔を見に来たらしい。

  

 その一方で顔色は何処か優れない。

 

「こんな所で仕事の話をするのもあれなんだけど……アビ子先生は譲る気はないらしい。今書き直してるやつが駄目なら自分で脚本を書くつもりだ」

 

「GOAさんを降ろす気満々って訳ですね」

 

「その時は勿論フォローはするけど本当にそれで上手く行くかどうか………」

 

 悩みの種は案の定それだった。

  

「安心してください。必ずや鮫島先生を説得します。その過程で雷田さんの協力も必要ですのでその時は」

 

「随分と自信満々だね。期待しちゃってもいいの?」

 

「全ては結果で証明してみせます」

 

 その代価としてたんまりと評価は貰うが。

 

「………君のあの時の言葉、結構胸に刺さったよ。GOAくんは優秀で演劇が心から好きな人なんだ。僕はそんな彼をあと少しで自分から降ろすところだった」

 

 雷田さんは自虐気味に笑った。

 

 雷田さんの行動は責任者として正しい。

 

 GOAさんを降ろすのも判断として間違ってない。

 

 だが、その判断は自分に嘘をつく事になる。

 

 良い舞台を作りたい自分を殺す事になる。

 

「絶対に舞台を成功させましょう。その為なら俺も汚れ役だろうと何でもします。良い仕事をしたいのは誰だって同じなはずですから」

 

 そんなのはあまりにも惜しい。

 

 鮫島先生は天才だがやはり間違ってる。

 

 こんな人達を差し置いて孤高ぶるなんて。

 

 諦めをつけるにはまだ早過ぎる。

  

「そういえばさっきアクアくん達とも会ったんだ。良い顔してたし仲良さそうだったよ。ちょっとおじゃまかもだったけどね。もしかして君達もデー───」

 

「断じて違います。これはただの仕事です」 

 

「演劇の参考にしようと思って来ました。真はただの付き添いです。あとアクア達はビジネスの関係らしいですよ。すぐ疎遠になったらファン受け悪いので」

 

「そ、そうなんだ。お、おじさん勘違いしちゃった」 

 

「「いえいえ。誰にだって勘違いはありますから」」

 

 だが、何があろうとこれだけは絶対に譲れない。

 

 こうでもしないと脳が事実を受け止められない。

 

 俺達の圧に雷田さんは冷や汗をかいた。

 

 こんな悲劇は二度と繰り返してはならない。

 

 俺と有馬の目はやはり死んでいた。

 

 

 

 

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