斎藤家の愚息   作:熊田ラナムカ27

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23 理屈で語れない思い

 

 

 

 紆余曲折ありつつも脚本がようやく完成。

 

 それに伴い稽古も本格的に再開した。

 

 新たな脚本を見て役者達は思い思いの反応をする。

 

「うんうん。これなら『鞘姫』の解釈は私と合ってる!それどころか新しい一面も発見できる脚本で……ふふふ、これは考察のし甲斐があるなぁ」

 

「演技全振りの脚本……大コケするか大成功するかの二択ね。やれるもんならやってみろっていう……クズの無言の圧を何処となく感じるわ。何となく腹立つ」

 

「俺は特に問題はない。もともと物足りないと思っていた位だからな。こっちの方が演りやすい」

 

「私も私も!こっちの方が得意!」

 

「やっぱり演技は身体で語ってナンボデしょ!」

 

 どいつこいつも演技が好きな奴等ばかりだ。

 

 一方で元々余裕がなかったメルトは頭を抱えた。

 

 他ほどではないが説明台詞がゴリゴリと削られ、前の脚本と比べ『動き』が格段に増えている。

 

 演技における経験の差がここに来て表れている。

 

「マジかぁ。こんなん出来る気しねぇ……。本番まであと半月……間に合う気がしねぇよ………」

 

「これでもマシになったらしいけどな。元々予定してたやつだともっと無茶振りをする予定だったらしい」 

 

「そんなの絶対考えたくねぇ……。というか、アクアの方の脚本もだいぶキツいな。ここなんか姫川さんと真正面からやり合う前提の内容じゃん。お前にとっちゃこんなの朝飯前なんだろうけど」

 

「いや………どうだろうな。今回は断言は出来ない」

 

 俺はというと新しい脚本に何も感じていない。

 

 ただ淡々と現実を受け止めているだけ。

 

 冷静という言葉を超えて無感情に近かった。

 

 彼奴等と違って俺には演技に情熱はない。

 

 演技に対して真摯という訳でもない。

 

 俺にとって演じる事は復讐だ。

 

 それ以上でもそれ以下でもない。

 

 情熱の有無というのは顕著に現れる。

 

 良い作品を作ろうとすればするほど。

 

 この余りある差はあまりに大き過ぎた。

 

「ストップ。『刀鬼』。ここはお前の一番の見せ場だ。もっと本気で」

 

「すいません」

 

「物語のクライマックス。戦闘の最中重傷を負い倒れた『鞘姫』。絶望する『刀鬼』。だが、奇跡的に目覚めた『鞘姫』を目覚めた『鞘姫』を目にして『刀鬼』はどういう感情を抱く?」

 

「不安からの解放……強い喜びと希望……でしょうね」

 

「そうだ。お前は確かに原作通りの演技をしている……が、舞台はもっと強く感情を出さなければ客席には届かない。もっと感情を引き出せ。ここは感情演技のシーンだ」

 

 金田一さんの指摘は当たってる。

 

 今の俺の演技では他の奴等には届かない。

 

 原作のシーンを再現するだけでは足りない。

 

 姫川や有馬、あかねを超える事は出来ない。

 

 この業界での『評価』は手に入らない。

 

 そんな俺をあかねは心配そうにする。 

 

「アクアくんは舞台初挑戦だしバランス分からないよね。でも、ちょっとずつ合わせていけば大丈………」

 

「甘やかしちゃダメ。それだと何も変わらない」

 

 有馬は俺に対して厳しかった。

 

 こいつがどれだけ演技に真摯かは知ってる。

 

 劇を成功させる為なら自ら汚れ役もやる奴だ。

 

 舞台を成功させる為に言っているのだろう。

 

 こいつは昔からそういう奴だ。

 

「演技って結局人格出るのよね。アクアは普段から感情を表に出さない。だから演技にも感情が出てこないし感情演技も出来ない。どこかで見た見本通りに再現しかして来てない。これはアクアの性質の問題」

 

「分かったような事を言うんだね」

 

「そりゃそうよ??アクアとは付き合い長いし?そりゃもーちーっちゃい頃からの知り合いだし?実質幼なじみみたいな?最近知り合ったどこぞのビジネス彼女とは話が違うのよ」

 

「それ言い出したら真さんが一番付き合い長いよ

 

「グッ……認めたくない事実を言いやがって………」

 

「俺をダシに喧嘩すんな」

 

 有馬と黒川は互いを睨み合った。

 

 配役が敵同士だからとはいえこんなのばっかだ。

 

 四六時中隙を見つけては互いを牽制している。

  

 これをいつも止めている真はよくやっている。

 

 だが、今回は何故か止めようとしなかった。

 

 何かを考え込むのに集中している。

 

 いつものヘラヘラとした顔じゃない。

 

 その表情からは何も読み取る事が出来ない。

 

 ある意味あいつも感情演技が得意だ。

 

「今の俺が力不足なのは自分でも分かってる。このままじゃ駄目って事も。有馬の言ってる事は正しい」

 

「アクアくん………」

 

「分かってるなら別にいいのよ……こっちも色々と言い過ぎたし。その代わりと言っちゃあれだけど……何か私に聞きたい事とかある?」

 

「じゃあ有馬はどうやって泣き演技をしてる?」

 

「んー……感情泣きとか体泣き手法は色々とあるけど……子役の世界でよく使われてるのは………」

 

 ほんの軽い気持ちで聞いただけだった。

 

 有馬も深く考えず何処か得意げに言った。

 

 それが引き金になるとは誰も思わなかった。

 

 ───アクアくん。もしお母さんが死んじゃったらどうする?

 

 俺の見る世界がモノクロに変わった。

 

 心臓を冷たい手で握られたかのように跳ねた。

 

 あの時の光景が脳裏を過る。

 

 これまで色んな記憶が脳裏を巡る。

 

 そして最後にアイツが現れた。

 

 黒く歪んだ姿をした何かが。

 

『楽しんでるんじゃねぇよ。忘れるな。お前は救えなかった。お前にそんな権利は───』

 

 声が聞こえた直後に目の前で大きな音が鳴った。

 

 俺の意識は一度真っ白になった。

 

 それと同時に何かの姿と声は消えた。

 

 気がづくと世界は元通り色づいていた。

 

 顔を上げてみるとそこには真が居た。

 

「今は何も考えるな。今は何も思考するな。ここは耐えろ」

 

 俺にだけ聞こえる声で真は言った。

 

 大きな音の正体は真が強く手を叩いた音だった。

 

 俺は一度言われた通りにする。

 

「ア、アクア、大丈夫!?急に顔色が………」

 

「しっかりして!意識はある!?」

 

「俺の仕事に夜遅くまで付き合っていたからその疲れが出たんだろう。これ以上の練習は無理そうだな」

 

「じゃあ一緒に休憩室に───」

 

「いいや、来るな。俺一人でこいつを連れて行く。こいつの体調管理は共犯者(マネージャー)である俺の仕事だ。お前のやるべき事じゃない。アクアがこの調子なので、今日のところは早めに上がらせてもらいます」

 

「………わかった。他の奴等は練習を再開しろ」

 

 俺の様子の変化に周囲はざわついていた。

 

 だが、金田一さんの一言で練習に戻って行く。

 

 有馬も心配そうにしながら練習に戻って行った。

 

 真に冷たく断られたあかねは少し震えていた。

 

 俺は真に連れられて休憩室に向かった。

 

 休憩室に入って直ぐに真は部屋の鍵を閉める。

 

「………ここなら誰も来ない。思う存分好きなだけ吐き出せ。薬と水は置いておく。落ち着いたら飲め」

 

 薬と水を机に置いて真は部屋の隅に移動した。

 

 その言葉で溜め込んでいたものが遂に決壊した。

 

 ソファーに倒れ込んで細かく息をする。

 

 あの時の光景をゆっくりと抑え込んでいく。

  

 ずっと傍に居て欲しかった。

 

 ずっと傍に居たかった。

 

 けど、時は決して戻らない。

 

 アイが蘇る事は決してない。

 

 忘れる訳がない。忘れられる訳がない。

 

 鼻を突く錆びた金物のような血の匂いが、少しずつ冷たくなっていく手の感覚が、頭から離れない。

 

 幸せになる権利なんて俺にはない。

 

「アイ……ごめん。何も出来なくてごめん………ッ」

 

 俺はアイを救う事が……出来なかったんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

♦♦♦

 

 

 

 

 

 

 

 

 アクアくんと真さんが去ってしばらく経った。

 

 練習に戻ったはいいものの今一つ集中できない。

 

 アクアくんの様子は普通じゃなかった。

 

(パニック発作によるものだよね………)

 

 アクアくんの状態は何となく知っている。

 

 アイさんについて調べる過程で知る事になった。

 

 完治したものかと思ってたけどそうじゃなかった。

 

 アクアくんの心の傷は治り切っていない。

 

 症状がある程度治まっただけで完治していない。

 

 周りが慌てる中で真さんだけは冷静だった。

 

 真さんはアクアくんの状態を知っていた。

 

 その上でアクアくんの何かと向き合っていた。

 

 アクアくんは何を抱え込んでいるのだろう。

 

 何がアクアくんを苦しめているのだろう。

 

 アクアくんの力になりたい。

 

 アクアくんを支えて上げたい。

 

 アクアくんを抱きしめて上げたい。

 

 そんな思いで胸が張り裂けそうだった。

 

「もっと集中しなさい。演技に迷いが出てる」

 

「か、かなちゃん……ごめん………」

 

「気持ちは分かるけどね。私もあんなの初めて見た」

 

 かなちゃんは言葉とは裏腹感情を押し殺していた。

 

 自分がアクアくんを傷つけたと思っているらしい。

 

 けど、それはただの思い込みだ。

 

 あれは決して避けようがなかった。

 

 かなちゃんが偶然引き金を引いただけで、もしかしたら私が引き金を引いていたかもしれない。

 

 そう考えたら酷くゾッとした。

 

 私達はひたすらに練習を続けた。

 

 自分の思いを振り払うかのように。

 

 そして共演シーンの練習が終わった。

 

 邪魔にならないよう外側に捌けた。

 

 私の視線は自然と出口に向けられる。

 

「……行きたいなら早く行きなさいよ。練習の邪魔。アンタには彼女っていう便利な設定あるんだから」

 

「アクアくんには真さんがついてるし………」 

 

「あのクズに言われたくらいでもう諦めるの?それとも私に同情でもしてる気?彼女設定持ちってのは随分と余裕があるわね。羨ましいったらありゃしない」 

 

「別にそんなんじゃ───」 

 

 私はそこで言葉を詰まらせた。

 

 かなちゃんの顔は色んな感情で入り乱れていた。

 

 泣きたいのを必死に我慢しているようにも見えた。

 

「アンタなんかにアクアを任せたくないわよ。行けるもんなら私が行きたいわよ。……でも、私じゃ駄目なのよ。私が今行ったら……アクアをまた傷つけるかもしれない。アンタじゃなきゃ……駄目なのよ」

 

 その言葉に私は思わず何も言えなかった。

 

 立ち止まっている自分が恥ずかしくなった。

 

 真さんに拒絶されて大切なことを忘れていた。

 

 私は踵を返えて出口の方に向かう。

 

「……本当にごめん。あと……ありがとう」

 

「……お礼を言われる筋合なんてない。私はいつでもアンタの寝首を掻ける時を狙ってる。アクアだって諦めたつもりはない。ただ……幼なじみが心配なだけ」

 

 スタジオを出る直前にそんな声がした。

 

 最後に見たかなちゃんの顔は強がっていた。

 

 私が知り得ない一面を見た気がした。

 

「昔からずっと………素直じゃないよね」

 

 かなちゃんは私と同じでアクアくんが好きだ。

 

 それと同時に幸せになって欲しいとも思ってる。

 

 その為なら自分だって躊躇わず傷つける。

 

 それにも関わらず自分を曲げようとしない。

 

 あちこち矛盾しているのに何処か真っ直ぐだ。

 

 改めて手強い相手だと感じた。

 

 廊下を小走りで移動しているとアクアくんが居た。

 

 真さんが肩を貸すほどぐったりしている。

 

 もっと早くに来るべきだった。

 

「アクアくんどうしたの!?顔色がさっきより………」

 

「あかね……どうして来た?練習は……どうした?」 

 

「アクアくんが心配だっから頼んで抜けて来た」 

 

「俺のことは気にするな………疲れてるだけだ」

 

 とてもじゃないけどそうは見えなかった。

 

 意識があるのかすらとても怪しい。

 

 視点が定まらずぼんやりとしている。

 

「さっきタクシーを呼んだ。アクアは知り合いの家に一先ず預ける。一晩寝かせておけば元に戻るはずだ」

 

「どうして知り合いの家?自分の家じゃ駄目なの?」 

 

「………ルビーに心配を掛けたくないらしい」 

 

 アクアくんを外のベンチに座らせ真さんは言った。

 

 やっぱり何かを隠そうとしている。

 

 私をおそらく巻き込まないようにしている。

 

「なら、私もそこに行く。私も一緒に連れて行って」

 

「俺一人でいい。来るなと言ったはずだ。2度もしつこく言わせるな。お前はお前のやるべき事をしろ」 

 

「アクアの傍に居る事が私のやるべき事だよ」 

 

「理解できてないようだからハッキリと言ってやる。正直に言って邪魔なんだよ。目障りなんだよ。所詮は誰かを演じることでしか自分を形作れない癖に。今度はこいつの理解者気取りでもする気か?笑わせてくれるな。空っぽなお前にこいつの一体何が分かる?

  

 真さんの言葉はついさっきより冷たく鋭かった。

 

 私のことを完全に拒絶しようとしていた。

 

 その瞳に光は一切宿っていない。

 

 どんな嘘でもこの瞳の前では通用しない気がした。

 

 ………真さんの言う通りだ。

 

 私は傷つきやすくて、どうしようもなく弱い。

 

 かなちゃんのように強い自分がある訳でもない。

 

 真さんのように真っ直ぐ向き合える訳でもない。

 

 他人の心の機微に気づくことができない。

 

 誰かに嫌われることが怖い。

 

 誰かに捨てられてしまうのが怖い。

 

 ………でも、それでも私は決めた。

 

「そんなの関係ない。理解者になれなくてもいい。アクアくんは私を助けてくれた。ずっと傍に居て欲しいって言ってくれた。あの言葉を嘘にしたくないだけ

 

 きっといつか振り向かせてみせるって。

 

 それが出来なかったとしても傍に居るって。

 

「………そうかよ。それがお前の選択か」

 

 真さんの声がいつもの優しい声に戻った。

 

 その瞳はいつもの瞳に戻っていた。

 

 しばらくするとタクシーが目の前にやって来た。

 

「その選択に後悔がないなら乗れ。僅かでも後悔があるなら帰れ。ただし、どちらも後戻りは出来ない。尤も今のお前なら聞くまでもないかもしれないがな」 

 

 真さんはアクアを連れてタクシーに乗った。

 

 私もまたタクシーに乗り込んだ。

 

 3人を乗せてタクシーは走り出す。

 

 アクアくんはいつの間にか寝ていた。

 

 よっぽど疲労していたらしい。

 

「………さっきは悪かった。あんな事を言って」

 

 不意に横からそんな声がした。

 

 真さんが気まずそうに目を逸らしていた。

 

 ついさっきまであんなに怖かったのに。

 

 そのギャップで私は思わず小さく笑った。

 

「別にいいよ。本当のことだし自覚もしてる」

 

「そうだとしても言っちゃいけないことを言った。分かった上でそれを言った。これ以上なく質が悪い」 

 

「真さんも誰かに謝ることあるんだね」 

 

「俺をなんだと思ってんだ。罪悪感の一つぐらい感じる時もある。結構八つ当たり気味だったし」 

 

 真さんは視線を遠くに反らした。

 

 きっと誰も知り得ない真さんの一面だ。

 

 人の感情なんて理解しきれない。

 

 表面上は読み取れても中身までは分からない。

 

 データをいくら集めても分析には歪みが生じる。

 

 プロファイリングにも限界はあるのかもしれない。

 

 自分の生き方を変えるつもりはないけど。

 

「俺はこいつのパパじゃねーんだけどな。ったく……無理だけはするなって言ったそばからこれか」 

 

「薬はもう飲ませた。今は寝かせておくしかない」

 

「社長への連絡は?」

 

「もう済ませた。あとはあっちがどうにかする」

 

 タクシーが向かった先は五反田監督の家だった。

 

 慣れたようにアクアくんを布団に寝かせていく。

 

「ごめんなさい。突然押し掛けてしまって」

 

「いや良い。あいつの事情を知ってるのは俺と社長、毒舌マネの3人ぐらいだ。別に初めての事じゃない」

 

「前にもこういう事あったんですか?」

 

「アクアから君の事は多少聞いてる。アクアとの関係性もな。俺は良いと思うが……話してもいいのか?」

 

「ああ、好きにしろ。こいつも覚悟は出来てる」

 

 真さんの言葉に私は頷いた。

 

 五反田監督は煙草を一本吸った。

 

 煙が部屋全体に広がっていく。

 

「こいつは昔……まぁ酷い事件に巻き込まれてな。昔の事を思い出すとこうなるんだ。最近だと症状もある程度は落ち着いてたが」

 

「PTSD……心的外傷のフラッシュバックですか?」

 

「んだ。長い事カウンセリングは受けてはいるんだが完治しない。医者曰く治す決め手に欠けてるんだとよ。薬もただの気休めだ」

 

「事件の時から……ずっと………」

 

「まぁそりゃ忘れられねぇよな。俺ですら多少は引きずってる。あれからもう14年か。時間ってのは……過ぎるのが早いもんだな」

 

 五反田監督はまるで本当のお父さんの様だった。

 

 アクアくんを心配して力になりなたい。

 

 でも、どうやっても力になれない。

 

 そんな悔しさと寂しさが言葉に滲み出ていた。

 

 五反田監督は仕事で自分の部屋に戻った。

 

 部屋に居るのは私と真さんだけだ。

 

「アクアくんの母親って………」

 

「ああ、そうだ。ヒントは十分だったもんな」

 

「星野アイ………14年前に亡くなったアイドル」

 

 私が前に考えた考察が形になった。

 

 いつもの考察が当たった事への喜びはなかった。

 

 ただ、ひたすらに悲しかった。

 

 真さんはこれとずっと向き合っていたんだ。

 

 アクアくんはこの苦しみと戦っていたんだ。

 

「アクアくんが芸能界にいる理由って………」

 

「真犯人を見つける為だ。俺はそれに協力してきた」

 

「どうしてアクアくんを止めてあげなかったの!?今までずっとアクアくんの傍に居たのに!!」

 

 私の思考は悲しみで滅茶苦茶だった。

 

 協力した理由だって頭では分かってる。

 

 止められなかった理由だって分かってる。

 

 それなのに声を荒げずにはいられなかった。

 

「俺だってやれるだけはした。だが、あいつは止まらなかった。あいつは………犯人と同じくらい自分を憎んでる。犯人も自分も殺してやりたいと思ってる。仮に復讐が成功したとしても……絶対幸せになれない

 

「悪いのは犯人でしょ!?アクアくんじゃない!!」

 

「人の感情ってのは理屈じゃない。頭では理解できても心は正直だ。いくら抑え込もうとしてもいつかは必ず爆発する。怒りや恨みの感情ってのは特にな」

 

「アクアくんに協力してたのは………」

 

「共犯者なんて名乗ってやらないと、あいつは自分が一人だと思い込むところだった。一人ってのは死ぬのと同じくらい苦しい。体はともかく心が壊れていく」

 

 私の目からは涙が止まらなかった。

 

 きっと神様はアクアくんが嫌いなんだ。

 

 アクアくんの進む道には悲しみしかない。

 

 どの道を選ぼうと最後には必ず破滅する。

 

「そんなの……悲し過ぎるよ………ッ!!」

 

 私は思わず泣き叫んだ。 

 

 悔しくて、悔しくて、悔しくてたまらない。

 

 アクアくんは私を助けてくれたのに。

 

 そんな彼は運命に弄ばれている。

 

 誰よりも幸せになって欲しいのに。

 

 そんな彼は幸せになる事が出来ない。

 

「俺はあの日約束した。あの日からずっと俺は探し続けた。あいつが幸せになれる選択肢を。あいつを止める方法を。お前の協力があればそれを実行できる」

 

 真さんの瞳はまた光を失っていた。

 

 けど、今度は怖さを感じなかった。

 

 どうしてかも、約束が何かも分からない。

 

 でも、今は決して迷わない。

 

「具体的にどうするの?」

 

「大して難しい話じゃない。あいつの怒りも恨みも全部まとめて吐き出させるだけだ。欠片も残らないくらい徹底的に。お前にはそれを全て受け止めてもらう」

 

「全てを……受け止める………」

 

「お前はあいつがどれだけ苦しんでいても手を出しちゃいけない。目の前で苦しむアクアを見てるだけで何も出来ない。地獄なんて生ぬるい苦しい役回りだ」

 

「わかった。やってみせるよ」

 

「覚悟は出来ているんだろうな?」

 

 真さんは改めて質問した。

 

 そんなの考えるまでもない。

 

 もう答えは決まり切っている。

 

「アクアくんの為なら、どこへでも堕ちていくよ」

 

 こうして私は悪魔(かみごろし)と契約を交わした。

 

 私の瞳は白く星のように輝いていた。

 

 アイさんの模倣なんかじゃない。

 

 本当の輝きを私は手に入れた。

 

 

 

 

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