斎藤家の愚息   作:熊田ラナムカ27

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24 嵐の前の静けさ

 

 

 

 目を覚ますとそこは五反田監督の家だった。

 

 タクシーに乗った辺りで寝てしまったらしい。

 

 目だけを動かすと真が椅子に座っていた。

 

 長い時間を思ってた以上に寝ていたようだ。

 

 真は俺が起きた事に気づくと椅子から立ち上がる。

 

「ようやく起きたか。目覚めの気分はどうだ?」

 

「あまり良くはない。お前の顔を見たせいでな」

 

「それだけ口が利ければ問題はないな。ならさっさと起きろ。黒川の料理がそろそろ出来上がる時間だ」

 

「あかねが料理を?そもそもここに居るのか?」

 

「お前の看病をする為にな。そんでもってお前に栄養のあるものを食べさせたいって聞かなくてな」

 

「2人とも。ご飯できたよー」

 

 俺が困惑していると下から声がした。

 

 聞き間違えでなければあかねの声に違いない。

 

 リビングに行くとそこには料理が用意されていた。

 

 キッチンを見てみるとエプロン姿のあかねが居る。

 

 あかねが本当に全て用意したらしい。

  

「おいしいわねえ!」

 

「うまい。うまい。肉汁もたっぷりだ」

 

「テキパキ手際も良いし普段からやってるのか?」

 

「えへへ。お母さんと一緒に料理教室通ったりしてて……家でも時々手伝いをしてて………」

 

 俺もとりあえず料理に箸をつけることにした。

 

 ほのかに湯気が漂っている味噌汁を飲む。

 

 温かくて何処か落ち着く味だ。

 

「味はどう?不味くなかった?」

 

「美味しいよ。それに温まる。料理上手なんだな」

 

「そっか!良かった!その味噌汁我が家の味なの!」

 

「黒川に胃袋を掴まれてら」

 

 真は隣でニヤニヤ笑った。

 

 今直ぐ睨んでやりたいがそうも出来ない。

 

 あかねが目の前でニコニコしてる。

 

 流石にこの空気を壊す事は出来ない。

 

「アクアくん!この子は放しちゃ駄目よ!おいしいご飯を食べられるのは幸せな事なんだからねぇ!」

 

「じゃあこっちも。はい。あーん」

 

「調子乗って俺を子供扱いすんな」

 

「実際ガキだろ。大人しくされるがままにされとけ」

 

「それ言ったらお前もガキだろ」

 

「残念ながら俺は18で成人済みだ」

 

「殆ど誤差みたいなもんだろ」

 

 真はニヤニヤと冷奴を口にする。

 

 こいつが成人したのは先週のことだ。

 

 いくら何でも流石に腹が立つ。

 

 しかし、文句を言う事は出来なかった。

 

 目を輝かせたあかねに料理を差し出されたからだ。

 

 仕方なく差し出された料理を口にする。

 

「どう?美味しい?」

 

「………うん。うまい」

 

 あかねはまたニコニコと笑った。

 

 こんな顔が見れるなら悪くはないのかもしれない。

 

 それはそれとしてクズは後でしめる。

 

 そう思いながら料理を飲み込んだ。

  

「アクアくんは五反田監督のお弟子さんなんだ」

 

「まぁ結局こうして役者の仕事取ってんだから、俺は役者一本でやっとけば良いと思うんだがな。そこの毒舌マネがそれだと稼ぎが少ないってうるさくてな」

 

「監督は採算やらに無頓着過ぎるんだよ。物事を動かすには大抵金が一番手っ取り早い。いくら持っておいて損はない。何より俺の取り分が増えるからな」

 

「最後のがお前の本音だろ」

 

「お前は本当に守銭奴だな」

 

 五反田監督はドン引きした。

 

 クズのこういうところは昔から変わってない。

 

 それどころか年々悪化してる。

 

 あかねはまたもメモしようとした。

 

 クズ関連は本当にやめて欲しい。

 

「あかねはどれだけあの事を知ってる?どれだけ踏み込んでる?俺達のやる事に巻き込む訳には………」

 

「あの様子じゃこれっぽっちも知らねーよ。お前のことを心配してるだけだろ。ちょっとばかし考え過ぎだ」

 

「………本当だろうな?」

 

「心配せずとも目利きには自信がある」

 

「………それならいいが」

 

 食事終えあかねは監督の部屋に行った。

 

 俺が出た昔の作品を見たいらしい。

 

 一方俺達はあかねについてリビングで話していた。

 

 何かがあってからでは遅すぎる。

 

 傷つくのは俺だけでいい。

 

 あかねには未来がある。

 

 あいつの未来まで失いたくない。

 

 そんな事があったら俺は今度こそ耐えられない。

 

 そんな恐怖が俺に襲いかかってくる。

 

「お前はアンバランスだな。自分と誰かの命の価値が逆転してる。その感覚は俺には一生理解できない」

 

「お前だって………誰かを思うぐらいあるだろ」

 

「あるにはある。だが、最後には自分を優先する。自分か誰かの片方が死ぬなら自分が生き残る道を選ぶ。何処まで行っても俺は自分の為にしか生きられない」

 

「………寂しい奴だな」

 

「自覚はしてる。俺はお前のようにはなれない」

 

 真は窓の向こう側を見つめた。

 

 その背中は大きいのに何処か小さい。

 

 今思えば俺はずっと真の背中を追ってきた。

 

 あいつの足跡を辿ってここまで来た。

 

 けど、先頭を行くあいつは常に一人きりだ。

 

 誰かに手を差し出す事はあってもその逆はない。

 

 手の差し出し方も頼り方も知らないかのように。

 

「自分語りをしちまったな。恥ずかしいったらありゃしない。どうやらお邪魔虫っぽいしここは退散だ」

 

 真はふと扉の方を指差した。

 

 俺が振り返ると扉の向こうであかねが控えていた。

 

 あかねは気まずそうに視線を逸らす。

 

「べ、別に、そんなんじゃ………」

 

「俺は誰かの恋路の邪魔する気もないが応援をする気もないんでね。恋愛したいなら勝手にやってろ」

 

「あんなこと言ったのに………真さんの意地悪」

 

「お前次第とも言ったろ。これ以上手は貸さない」

 

 手をひらひらとさせて真は出て行った。

 

 あかねは真の言葉にむくれた。

 

 俺以上に本音を言おうとしない奴だ。

 

 いつもこうやって煙に巻かれる。

 

「何時から居たんだ?」

 

「ついさっき。真さんが自分語りし始めた辺りで」

 

「俺が寝てた時に何か言われたのか?」

 

「ちょっと………恋愛相談をね」

 

 あかねは軽く微笑んだ。

 

 あいつが恋愛相談をやるなんて意外だ。

 

 どうせ、何か対価を要求したに違いない。

 

「昔のアクアくんが出た映画観たよ。可愛かった」

 

「自分に才能があるって勘違いして酷い目見た作品だ。俺の黒歴史みたいなもんだ。酷い演技だったろ」

 

「酷い演技かは別にして私は才能あると思うけど」

 

「お世辞なんて言わなくていい」

 

「お世辞じゃないよ。本当のこと」

 

 あかねはしつこく言った。

 

 俺はその言葉を軽く流した。

 

「アクアくんはどうして演技やってるの?」

 

「別に何だって良いだろ」

 

「良くないよ。大事な事だよ。スターになりたいから?お金の為?特別な存在になりたいから?」

 

「あかねはどうなんだよ」

 

「楽しいからやってる」

 

 役者が演技をやる理由なんて大抵そんな感じだ。

 

 でも、俺の理由はあかね達とは違う。

 

 俺の理由は黒く歪んでいる。

 

 そんな純粋な理由で演技をやってる訳じゃない。

 

「俺がどうして役者をやるかなんて、言っても理解して貰えないし、言うつもりもない」

 

「またそうやって。アクアくんは人とのコミュニケーションが大事って言う割に、自分自身は凄く閉じてるよね。そう言うところじゃないんですかぁ?」

 

 あかねは何の気もなしにそう言った。

 

 それが出来たらどれだけ楽か。

 

 深く演技に関わらなければ楽しまずに済む。

 

 深く人と関わらなければ夢を見ずに済む。

 

 夢を見て楽しもうとする度にあいつが現れる。

 

 俺はずっと苦しみ続けないといけない。

 

「だったら、もし、俺の目的が人を殺す事だったらどうする?芸能界の上に目的の人間が居て………そいつを殺す為に上に行きたい。そう言ったらどうする?

 

 俺には幸せになる権利はない。

 

「何も変わらないよ。私はずっとアクアくんの傍に居る。病める時も健やかなる時もアクアくんと一緒に居る。アクアくんを愛してその帰りをずっと待ってる」

 

 そんな俺の言葉をあかねは受け止めた。

 

 否定する訳でも肯定する訳でもない。

 

 その瞳はアイのものとよく似ている。

 

 けど、何かが決定的に違う。

 

 白く優しく俺のことを見つめていた。

 

「それ……結婚式で言う言葉だろ。重すぎないか?」

 

「そうかもね。けど、君が初めに言ったんだよ?ずっと傍に居て欲しいって。その言葉は嘘じゃないって」

 

「………俺なんか愛しても碌な事にならないぞ」

 

「それでもいいの。勝手に誓った事だから。おばあちゃんになるまでにはアクアくんの返事が欲しいけど」

 

「とてもじゃないがマトモじゃない」

 

「私の事マトモだと思ってくれてたんだ」

 

 あかねは少しも譲ろうとしなかった。

 

 こんなにも我が強い奴だっただろうか。

 

 その背中は少し大きくなっていた。

 

「私、有馬かなに勝ちたい。姫川さんにも勝ちたい。あの二人には何があっても絶対に負けたくない。でも、姫川・有馬コンビは強すぎる。私一人じゃどうしようもない。負けたら悔しくて絶対に泣く

 

 あかねは分かりやすく悔しそうにした。

 

 目を離せないというか見守りたいというか。

 

 何というか少し変な気分だ。

 

 この体が高校生なのもあるかもしれない。

 

「仕方ないから協力する。カノジョを泣かせないのはカレシの責務だからな。俺もあいつ等には勝ちたい」

 

「ふふふ、ありがと。初めての共同作業だね」

 

「だから一々重いって。わざとやってるだろ」

 

 俺は小さく溜息をついた。

 

 そんな俺をあかねはまた優しく笑った。

 

 いつか幸せになれる日が来るのだろうか?

 

 あかねと笑い合える日が来るのだろうか?

 

 叶う事のない夢を何故か幻視した。

 

「姫川と有馬に勝つ方法ね。俺に普通聞くか?」

 

「あの2人には正攻法だけじゃ勝てない。不意を突く奇策も必要だ。仮にもマネージャーなら協力しろ」

 

「レッスン料としていくら出す?」 

 

「出せねーよ。タダで教えろ」

 

 家に帰って直ぐに俺は真の部屋に行った。

 

 明日から監督に感情演技を叩き込んでもらうつもりだが、それだけだとどうしても不安要素が残る。

 

 あいつ等に勝つには万全を期して挑む必要がある。

 

 使えるものは全て使う必要がある。

 

 例え悪魔(まこと)の手を借りる事になったとしても。

 

「随分とマシな顔をはするようになったな。いいだろう。特別にタダで教えてやる。俺にはもう必要ないとっておきだ。ただし、後戻りしようなんて思うなよ」

 

 真の瞳は底なしの闇を映し出した。

 

 その闇と正面から向き合う。

 

 何があろうとあの2人には絶対に勝つ。

 

 何があろうとあかねは絶対に泣かせない。

 

 復讐心とは別の何が俺を突き動かした。

 

 何もかもを飲み込んでしまう勢いで。

 

 

 

 

 

 

 

 

♦♦♦

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの2人最近距離近くない?まさか何かあった?」

 

「俺が知る訳ねぇだろ。出歯亀する趣味はない」

 

「まさか……一夜の過ち………ッ!?」

 

「それだけは絶対にない。仮にあったらマジで困る」

 

 有馬は目を白黒させて震え出した。

 

 いくら何でもそれは洒落にならない。

 

 その場合はアクアをとりあえず一発殴る。

 

 そんでもってルビーの前に突き出す。

  

 あれから数日が経った。

 

 アクアの体調は表向き回復した。

 

 ここ数日は問題なく稽古をしている。

 

 一つ変化があったとすれば黒川との距離感だろう。

 

 役回り以上に一緒に居る事が増えた。

 

 きっかけについては言わずもがなだ。

 

 俺はあれ以降空気を読んでほぼ同行していないが、監督のところで共に練習をしているのも大きい。

 

 一方で有馬はそれを芳しく思ってない。

 

「どうしてわざわざアクアの看病を黒川に譲った?お前らしくもない。自分で行けば良かっただろ」

 

「今になってそれ聞く?もう終わったことでしょ」

 

「だからこそだ。もっとやり方はあった」 

 

 何処か責めるように俺は言った。

 

 無意識のうちに入れ込んでいたらしい。

 

 アクアを心配したとしても他にやりようはあった。

 

 黒川にみすみすチャンスを与える必要はなかった。

 

 敵に塩を送る事だと有馬も分かっていたはずだ。

 

 あの選択はとてもじゃないが合理的じゃない。

 

「私だってどうかしてたとは思うわよ。今でもあの事は少し後悔してる。もっと良いやり方はきっとあった。………でも、怖かったのよ。ああでもしないと、アクアがずっと遠くに行っちゃいそうな気がして堪らなかった。………凄く苦しそうだったから」

 

 有馬は吐き出すように語った。

 

 アクアの危うさを少なからず感じたらしい。

 

 その上で自分が傷つく道を自ら選んだのだという。

 

 器用なのか不器用なのか本当に分からない奴だ。

 

 ある意味で馬鹿とも言える。

 

 ………とんでもない程のお人好しだ。

 

「恋ってのは面倒だな。余計な悩みばかり増える」 

 

「アンタだっていつか分かるわよ。この悩みは」 

 

「分かる時なんか来ねーよ。俺は一生独り身でいい」 

 

「アンタを貰う奴なんて余程の物好きだろうしね」 

 

「うっせぇよ。その筆頭が何言ってんだ」 

 

 俺と有馬は互いに溜息をついた。

 

 一つが上手く行けば一つが上手くいかない。

 

 みんながみんな幸せになれる訳じゃない。

 

 世の中ままならないことばかりだ。

 

 しばらく歩いているとメルトの姿があった。

 

 出口の前で誰かと話している。

 

 どうも聞き覚えしかない声だ。

 

「ルビー、お前何やってんだ。寿まで引き連れて」

 

「げっ、出た。うちの最有力問題児」

 

「最有力馬鹿にだけは言われたくない」

 

「初っ端からどっちも口悪いなぁ」

 

「有馬に真さん。そっちはもう終わり?」

 

「今から帰ろうと思ってたとこ」

 

 そこに居たのはやはりルビーだった。

 

 どういう訳か寿まで居る。

 

 大方止めようとして巻き込まれたに違いない。

 

「アクアならもう居ねぇぞ。黒川と先に帰った」

 

「え!?また!?ここ最近ずっとそうじゃん!!」

 

「公演まであと2週間でそろそろ追い込みの時期。アクアはあんたみたいに暇じゃないの。どうせ今日も遅くまで五反田監督のところで演技の練習よ」

 

「だから言ったやん。帰りが遅いからって心配し過ぎやって。練習のことは真さんから聞いてたんやろ?」

 

「でも、クズの言う事は信用できないし………」

 

「まぁこいつの話を信用する方が無理な話よね」

 

「真さんの身内からの評価ボロボロだな………」

 

 メルトは激しく苦笑いした。

 

 俺はこいつ等の評価など求めていない。

 

 いくら何を言われようと無傷に等しい。

 

 俺が気にするのは世間体の評価だけだ。

 

「ルビーの奴がすまなかったな。そこそこ迷惑をかけた。迷惑料じゃないがまた今度飯奢ってやる」

 

「えっ、いいですよ。別に大したことしてないし」

 

「ここはとりあえず貰っておきなさい。ケチな守銭奴のこいつが誰に飯を奢るなんて滅多にない事だし」

 

「それなら………折角だから焼肉で」

 

「別に構わねぇが結構ガッツリ行くな」

 

 俺と有馬はメルトに付き合いスタジオに残った。

 

 ルビーと寿はトイレだけ借りると直ぐに帰った。

 

 アクア居ないならルビーは此処に要はないし、寿は事務所関係で元々来たがってた雰囲気ではなかった。

 

 当然の帰結と言えばそれまでだろう。

 

 あとルビーを見て鴨志田さんが悲鳴を上げた。

 

 B小町メンバーのラインについてしつこく聞かれ、俺がそこそこキレて鴨志田さんを脅した日の次の日、アクアは尋常じゃない勢いで鴨志田さんを詰めた。

 

 その一件が軽くトラウマになったのだろう。

 

 あの時のアクアの顔は鬼気迫っていた。

 

 周囲はあいつのシスコンぶりに引いていた。

 

 同情はするが特にフォローはしない。

 

 懲りず寿とラインを交換しようとしたらしいし。

 

「俺の演技なんだけどどう思う?正直な感想でいい」

 

「どう思うって下手の一択でしょ。その他大勢の脇役ならまだしも主役級の演技には全然届いてない。このままなら鴨志田さんの足引っ張って終わりね

 

「お、おう………本当に正直だな」

 

「すまんな。こいつ性格も口も終わってんだ」

 

「アンタよりは遥かにマシよ」

 

 メルトはかなり複雑そうな顔をした。

 

 元凶の有馬はこれっぽちも罪悪感を感じていない。

 

 純粋悪とはこういう奴を指すのだろう。

 

 ただし、言ってる事は何一つ間違ってない。

 

 あんなんだが鴨志田さんの演技力は実際高い。

 

 普段の性格とは真逆の『匁』の心情を理解し、原作での動きを完璧に再現するには相当なセンスがいる。

 

 そしてそのセンスに溺れず実績を確実に積み上げ、実力派と言われるまでの道のりは生半可ではない。

 

 あの人も芸能界で生き残ってきた化物の一人だ。

 

 鏑木プロデューサーが推す理由にも納得しかない。

 

 女好きな面に関してはノーコメントだったが。

 

「基礎的な部分は今日あまの時からだいぶ良くなってる。お前は焦らずそのまま演ればいいと思うけどな。一度筋を掴めたらあとはこっちのもんだ」

 

「焦らずって………あと2週間しかないんですよ!?悠長にやって今度こそ作品が駄目になったら………」

 

 今回の配役はメルトには合ってない。

 

 その段階に進むには早過ぎる。

 

 鏑木プロデューサーもかなり人が悪い。

 

 どうせ試練を与えただけのつもりなのだろう。

 

 気持ちは分からないでもないが。

 

「せっかくだから練習に付き合ってやる。一番の見せ場の『匁』との対決シーンだ。俺が『匁』を演じる」

 

「えっ、真さん演技できるんですか?」

 

「何それ。私も知らない」

 

「柄じゃないけどな。これでもアクアや有馬の演技は散々見てるし、ある程度は知り合いに教えてもらってる。期待せず気晴らしと思って好きに演れ。これで何か掴めたら儲けもんだ」

 

「まぁ、そういうことなら」

 

「アンタの演技なんて初めて見るわね」

 

 俺だってまた何かを演じるとは思わなかった。

 

 何だかんだで感化されてしまっている。

 

 何かを演じる感覚は本当に久しぶりだ。

 

「じゃあ早速演技はじめ!」

 

 有馬の掛け声でスイッチが入った。

 

 台本を刀代わりに構えを取った。

 

 そして最後に()()を被る。

 

「どうしても戦わなきゃだめなんですか?親から無理やり剣を与えられ、こんな戦いに巻き込まれて。僕は戦いたくない………ッ」

 

 今の()は『斎藤真』じゃない。

 

 ()は渋谷クラスタの『匁』だ。

 

「逃げて下さい……そうしたら戦わずに済む。お願いです……早く逃げて。居なくなって………ッ」

 

 目の前の『キザミ』が怖い。

 

 同じくらい暴れだしそうな自分が怖い。

 

 何もかもが恐ろしくて堪らない。

 

「あぁ……あぁぁ………消えろよ………ッ!!」

 

 僕は『キザミ』に切りかかった。

 

 この恐怖を無くすには敵を殺すしかない。

 

『キザミ』は僕の斬撃を避けた。

 

 動きが少し鈍いようだが知った事じゃない。

 

 一人きりになれるのならどうだっていい。

 

『キザミ』の頭に向かって再度斬撃を放つ。

 

「ま………負けねぇぞこらぁああぁ!!」

 

 その斬撃を『キザミ』は受け止めた。

 

 刀越しに彼の信念が伝わってくる。

 

 僕は一度後ろに引いて彼の斬撃をやり過ごす。

 

 ───お前の出番はここで終わりだ。早く代われ。

 

 僕の頭の中で別の誰かの声がした。

 

 被っていた仮面が外れたような感覚がした。

 

『匁』の人格が()に塗りつぶされて元に戻る。

 

 脱力感が遅れて全身を襲った。

 

 膝をつき細く息をして呼吸を整える。

 

「ま、真さん!大丈夫ですか!?」 

 

 メルトは俺と違って余裕がありそうだ。

 

 やっぱり慣れないことはするもんじゃない。

 

 本職の役者のようには体力が持たない。

 

 疲れで相手の顔色を伺う事すら出来ない。

 

「………俺のことはいい。それより何か掴めたか?」 

 

「『キザミ』の役に………入り込めた気がします」 

 

「そうだ………その感覚だ。それが演技における筋だ。何かを演じようとすれば必ず演じる役の人格が自分の中に入り込む。その声に耳を傾けろ。そうすればその声がどうすれば良いか導いてくれる。他の細かい動きと演出のやり方はアクア辺りに聞け」 

 

「難しい話はよく分かんないですけど分かりました。演技って………やっぱ楽しいっすね」 

 

「………そうかよ。それなら良かったな」

 

 メルトは心底楽しそうに笑った。

 

 これなら後はどうにかなるだろう。

 

 実際にどうなるかは本番までのお楽しみだ。

 

 俺はスタジオの壁に寄りかかった。

 

 引き続き息を整えていると飲み物が手渡される。

 

 顔を上げるとそこには有馬が居た。

 

「あそこまで出来るとは思ってなかった。本当に教えてもらっただけ?もしかして昔は役者やってた?」

 

「やってねぇよ。全部お前等の見様見真似だ」

 

「嘘よ。私だって一人の役者。その演技が付け焼き刃かどうかなんて一目で分かる。あの演技は明らかに相当な数を演らないと無理。正直に答えて」 

 

 有馬の目は真剣な相貌そのものだった。

 

 役者としてのプライドに火が付いたらしい。

 

 柄でもない事なんて本当にやるもんじゃない。

 

「俺の知り合いに四六時中何かを演じ続けた馬鹿がいたんだよ。そいつから無理矢理教え込まれただけだ。俺自身が覚えたくて覚えた訳じゃない」 

 

「その様子だと………五反田監督じゃなさそうね」 

 

「そいつはもう死んでる。碌な死に方じゃなかった」 

 

「アンタがそこまで言うなら………よっぽどね」

 

「あんな死に方は死んでも御免だ」

 

 有馬は何か言いたげだったが引き下がった。

 

 これ以上聞いても無駄だと思ったのだろう。

 

 そいつが俺の前世とは夢にも思うまい。

 

 あんな風にはなりたくないもんだ。

 

「今日のことは誰にも話すなよ。面倒になる」 

 

「何でよ。あんなに演れるなら誇ったっていいじゃない。役者になれるだけの素質がアンタにはある」 

 

「何度も言わせるな。何かを演じるのは柄じゃない。今の仕事が一番性に合ってる。もう二度とやらん」 

 

「もしかして私に負けるのが怖いの?」 

 

「あー、怖い、怖い。怖過ぎて絶対勝負したくない。そんな目に見えた手は俺には通用しない」 

 

「何よそれ。アンタのこと……増々嫌いになったわ」 

 

「俺は始めからお前が嫌いだよ」 

 

 俺と有馬は互いに顔を背けた。

 

 コイツがどう思おうと知った事じゃない。

 

 俺は自分に嘘をつくような事はしない。

 

 あれは演技の枠を超えたその先にある狂気だ。

 

 使い方を誤れば自分をも滅ぼし縊り殺す。

 

「練習の調子はどうだ?仕上がってるか?」

 

「ああ、良くなってる。あとは本番次第だ」 

 

 アクアはそれを受け継ぎつつある。

 

 そうするしか道はなかった。

 

 つくづく世の中ままならないことばかりだ。

 

 こんな選択しか与えられないなんて。

 

 舞台本番まで残るは数日。

 

 あとは俺のようにならないことを祈るしかない。

 

 

 

   

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