公演初日まで残り僅か。
私達の練習場所もスタジオから劇場に移った。
本番に近い稽古と共に細かい調整が行われていく。
「今のとこはもっと強く踏め。遠い席の客からしたら小さい演技なんてあってないようなもの。使う演技を即座に取捨選択していかないと何も伝わらない」
「言われなくても分かってる。最初の『ブレイド』と『つるぎ』の戦いは舞台における掴み。私達がコケたら総崩れになる。次の演技からは外さない」
「分かってるならいい。さっさと掛かってこい」
「つくづく上から目線ね。私をあんま舐めんな」
私は刀を手に『ブレイド』に切り掛かる。
その空気は極限まで張り詰めている。
何も戦っているのは私達だけじゃない。
「すんません!今のとこもう一回お願いします!」
「おっし!わかった!どっからでも来い!」
「じゃあ行きます!」
メルトが頭を下げ幾数回目の切り合いに挑む。
その纏う空気は『キザミ』に近づいている。
まだ完璧ではないようだけど筋を掴んだらしい。
それに何かを狙ってかタイミングを計っている。
その一方でアクアとあかねは妙に静かだ。
軽く練習したかと思えば直ぐに話し込む。
こっちも何やら企んでいる。
ここからだと内容が聞こえないのが惜しい。
「黒川との口喧嘩が収まってからこれで約1週間。一体どういう心境の変化だ?演技にも力は入ってるし」
「急にどうしたのよ。別に何だっていいでしょ」
「座長として口喧嘩が無くなった自体は良い変化なんだけどな。それはそうといきなり過ぎて気味が悪い。仲直りしたって訳でもないっぽいし」
「何でアイツと仲直りしなきゃいけないのよ。そもそもアイツに謝ることなんてこれっぽいもないし」
「いいや、あるだろ。この前の暴露未遂事件」
「あんな使い方するって知ってたら教えなかった」
練習の合間での休憩時間。
いつも通り新宿クラスタの面々で集まっていると、姫川さんはふとそんな事を言い出した。
メルトは思い出したかのように苦笑いする。
私はそっぽを向いて聞こえないふりをした。
あれは本当に惜しかった。
あと一歩であかねの昔の記事を暴露出来たのに、クズに雑誌を取り上げられて全て暴露出来なかった。
そのせいで話はあかねに有耶無耶にされて終わり、トドメとばかりに雑誌はゴミ箱に捨てられた。
つくづく余計な事しかしない忌々しい奴だ。
アイツの悔しそうな顔をあと少しで見れたのに。
「まぁ理由は色々あるけど、倒さなきゃいけない相手が増えたせいで単に突っかかる余裕がないだけ。今凄くムカついてるから。舐めた真似しやがって」
私の脳裏にあの日の光景がよぎる。
あの日の演技が忘れられない。
あの日の亡霊のような気配が頭から離れない。
もう一人の『匁』の姿を忘れた日はない。
私は隠そうともせず舌打ちをする。
あんな演技が出来るなんて知らなかった。
「えっ、何?喧嘩でも売られた?一体誰に?」
「話す必要なんてない。これに関しては私の戦い」
「戦いって………これまた大袈裟な」
「その様子だと舞台外の事か。もしやフラれ───」
「姫川さん何か言った?何も言ってないわよね?」
「鳴嶋助けて。有馬滅茶苦茶怖い」
「アンタ一応年上でしょ!?俺を盾にすんな!!」
姫川さんはメルトの後ろに隠れた。
この人の根っこは駄目人間に違いない。
演技が出来る奴はどいつもこいつも欠けている。
馬鹿な男共を置いて私は稽古に戻った。
こんな事をしてる時間はない。
「あら。今は一人?アクアは一緒じゃないの?」
「アクアくんは休憩中。相手なら私がやるよ?」
「あっ、そう。じゃあ遠慮なく」
私と『鞘姫』は共に切り結ぶ。
あかねの演技は私と対極だ。
この演技からは自分が正しいという圧を感じる。
実際、黒川あかねは天才と呼ばれ評価真っ盛り。
一方で私はようやく役者として復活した段階。
しかも、あかねの演技は今前までと何かが違う。
アクアとの関係性も何かが変わっている。
そっちの戦いはもう決まったとでも言うように。
こいつもほんとーにムカつく。
「調子良いみたいだね。本番が楽しみだよ」
「完膚なきまでに叩きのめして上げる」
何があろうと私の知った事じゃない。
私は私の演技であいつ等を倒す。
自分が正しいだなんて言わせてやらない。
舞台に上がらなかった事を後悔させてやる。
「有馬、このあと稽古付き合ってくんね?」
「勿論。私から言おうと思ってたところ」
誰だろうと絶対に負けない。
そうして日々は流れ、公演初日の日はやってくる。
そこに居る人間達のプライドと信念を乗せて。
舞台『東京ブレイド』の公演初日。
劇場の前は多くの観客で賑わっていた。
俺とMEMちょは今ガチメンバーと合流する。
「MEMちょに真くん。おひさー!」
「ゆきちゃん!あとその他共!」
「その他共言うな」
「事実だろ。細かいこと気にすんな。禿げるぞ」
「やばっ。その毒舌っぷりとか懐かし過ぎ」
3人共相変わらず元気そうだ。
鷲見と熊野に関しては前と比べ距離が近い。
喧嘩せず仲良くやってるらしい。
「なになに。そっちは上手くいっての~?」
「まぁまぁかなぁ」
「はい、嘘発見。どう見てもラブラブだろ」
「マコたん、二人がつけてるブレスレット同じだよね?明らかな匂わせだよね?やってんねぇ!」
「ちがっ、これは………!」
「芸能マネージャーの目を誤魔化せると思うな」
だが、炎上に対する意識がどちらも非常に低い。
「俺は敢えて言わなかったけどさ、なんでタレントと付き合ってる女って綱渡りしたがるんだろうな………」
「芸能人だって恋すれば只のアホな女の子だからね………舞い上がってるんじゃない?」
「た……たまたまだから!」
「はい、またまた嘘。このバッグに付いてるお揃いのキーホルダーはなんだ?これを偶然というのか?」
「スマン………バッグ取られた」
「有罪!ギルティ!」
「いやぁ!見ないで!!」
鷲見は俺からバッグを奪った。
どうせこんな事だろうと思った。
某自己中女のせいで直ぐに察しがついた。
俺の周りは恋愛になるとやたら頭お花畑になる。
胃痛の種をこれ以上増やさないで欲しい。
「それSNSに上げちゃ駄目だからね。集合写真とか気をつけて。ネット民の特定力はおっかないから」
「はい……すいませんでした」
「ほらほら。洗いざらい吐け」
「一体何処まで進んだ?吐いた方が楽だぞ」
「やめろって。黙秘する」
俺達は気の済むまで熊野と鷲見を揶揄った。
この雰囲気も本当に久しぶりだ。
そんなこんなで俺達は劇場に入った。
入って直ぐの席を見るとルビーが居た。
その隣にはミヤコとグラサンも居る。
別行動ではあるがこの3人も一緒に来ていた。
「おっ、お前等久しぶりだな。元気してたか?」
「社長にミヤコさん………お久しぶりです」
「こっちもオフだからタメ口でいいのに」
「あっ、アクアの妹だ。どもども」
「今ガチに出てた人達だ。どうもです」
「アクアくんと真くんの身内勢揃いだ」
「これじゃあまるで授業参観だね」
そう見られたくなかったこその別行動だ。
グラサンとミヤコはともかくルビーは面倒だ。
アクア、アクアと煩いに決まってる。
身内といえば五反田監督の姿もある。
意外なことにアクアが招待したらしい。
それと鮫島先生と吉祥寺先生、GOAさん。
おまけに鏑木プロデューサーまで居る。
媚を売れないのがつくづく惜しいと思った。
俺はMEMちょ達と客席に座る。
(出来る限りの仕込みと準備はした。黒川という協力者もいる。あとはアクアがどんな選択をするかだ)
劇場全体が暗くなり一本の刀が照らされる。
『東京ブレイド』は21本の刀を巡る戦いの物語。
その物語は一振りの太刀から始まる。
「なんだ、これ。光って………」
主人公の『ブレイド』は1本の刀を手にした。
それを見計らうかのように一人の女が現れる。
「ウチは剣主の一人「つるぎ」様だ!その『盟刀』を捨てて逃げるか私と戦うか選びな!」
つるぎは刀を構え獰猛な笑みを浮かべた。
おそらくは根っからの戦闘狂なのだろう。
戦いたいとばかりにウズウズしている。
その言葉にブレイドは刀を構えて言葉を返す。
「コイツは俺の刀だ」
それ以上の言葉は2人に要らなかった。
つるぎは軽快に跳ねまわりブレイドに切り掛かる。
刀同士がぶつかる音が劇場に響く。
しかし、その力の差は目に見えて歴然。
そもそもブレイドは刀を持ったばかりの素人。
それに対してつるぎは歴戦の戦士。
容赦ない攻めでブレイドは追い詰められていく。
「一体何なんだよ!『盟刀』って!?」
「貴様!何も知らないのか?死ぬ前に教えてやる!」
つるぎは余裕綽々ばかりにと語った。
極東の地に散らばりし21本の『盟刀』。
それは手にした者に強大な力を与える。
そしてその力の神髄にあるのは『國盗り』。
21本全ての『盟刀』に最強と認められた者には、国すらも手に入れられる程の力が与えられるという。
「この日本を盗めるほどの力ね。良いじゃん。王様になってみたかったんだよね俺」
その言葉に応えるように突風が吹き荒れた。
つるぎは堪らず後ろに退いた。
その瞬間、ブレイドの刀が再び鈍く光る。
「………お前、風丸って言うのか」
つるぎの顔から余裕が消えた。
『盟刀』風丸がブレイドを認めたからだ。
辺りの雷雲がブレイドに集まっていく。
「ふざけるな!もう勝ったつもりか!」
それでもつるぎは向かって行く。
彼女のプライドが引く事を許さなかった。
その斬撃は空を切り音を鳴らす。
つるぎの殺意が客席まで届く。
だが、その攻撃は全て届かない。
ブレイドが刀を振るい雷鳴が轟く。
「俺が最強になってこの國の王になる!」
『一ノ刃・疾風迅雷!!』
ブレイドの斬撃はつるぎを吹き飛ばした。
つるぎは派手に転がり刀が手から離れた。
俺は声を出さず少しだけ笑ってしまった。
ブレイドは刀を眉間に突き付ける。
「やめてけれ!おら、まだ死にたくねぇだ!」
「なら、俺の方が強いと認めるか?」
「屈服する!アンタの方が強いだぁ!」
つい先ほどまでの態度は何処へやら。
つるぎは泣いて命乞いをした。
随分と泣き演技が様になっている。
俺はまたも声を出さず小さく笑った。
「最強になるには『盟刀』の持ち主を全部倒せばいいんだな?上等だ!この國の王座は俺のものだ!」
「なら、私も付いて行っていく。アンタに付いて行けば強い奴と出会えるはずだからな」
「俺が王になったらどうする?」
「アンタの下で大臣にでもなるさ」
「決まりだな!付いて来い!」
「この「つるぎ」が王道を切り開いてやるさ!」
ここまでが第一幕のお話。
劇場が一度暗転してスクリーンが輝く。
流石は姫川さんの演技だ。
決め台詞が全く臭く感じない。
東京ブレイドの世界にもう引き込まれた。
他の観客も第二幕を既に楽しみにしている。
有馬はまぁいつも通りだろう。
強いて言えば命乞いのシーンがとても良かった。
見ていて胸がとてもスカッとした。
これをあと数週間やると思うと心が躍る。
(そういやメルトの奴はどうなったんだろうな)
映し出される草原を見ながらふと思った。
俺がせっかく仕込んでやったんだ。
それ相応に演ってもらわないと困る。
そうでもないと採算が取れない。
(まぁ、それもいずれ分かるか)
俺は吉祥寺先生の方を見た。
あの人がアイツを一番厳しく見ている。
それと同時に一番期待している。
成長の有無は彼女が判断してくれるだろう。
何も期待しているのは俺だけじゃない。
『オマエソンナカオシテテタノシイノ?』
『ヒトリニサセネーヨ』
「ひでぇ演技………」
その言葉を何度言ったか分からない。
今日あまを見返す度に思った。
あのドラマが最終的にそれなりの結果を残せた理由は俺が主人公を演じたからじゃない。
アクアと有馬、真さんが居たからだ。
あれからずっと走り続けた。
追い付く為、追い越す為に走った。
それで少しは追い付けたかと思った。
けど、現実はそうは甘くない。
アクア達以外にも前を走る奴等は居た。
「お前さぁ、もうちょっとマトモな演技してくんね?これじゃあ練習にもならないんだけど」
「すんません。もっと練習します」
「そんなの当たり前だろ。ちゃらちゃらモデルやりながら片手間にドラマやって、今度はコネで舞台のお仕事。なぁ自分が一番下手なの自覚してる?お前が作品の質落としてんだけど」
鴨志田さんにはそんな事を何度も言われた。
実際その通りで何も言い返せない。
この舞台に立ってる奴等には殆ど実績がある。
俺にはまだそんなものは一つも無い。
実力もないのにただイキってるだけ。
アクアと演った時からずっと分かってる。
「だからって、立ち止まってられるか」
俺は尚も走り続けた。
我武者羅にとにかく走った。
泥臭くてカッコ悪いだけかもしれない。
けど、それでも走り続けた。
俺の為に練習に付き合ってくれる人が居る。
「アンタ……意外と体力あるのね」
「レッスンの講師が……役者はまず体力って」
「そういや今日あまの時から走ってたっけ」
「俺に出来るのはこれくらいだから」
俺の為に体を張ってくれる人が居る。
「難しい話はよく分かんないですけど分かりました。演技って………やっぱ楽しいっすね」
「………そうかよ。それなら良かったな」
俺の為に頭を貸してくれる奴が居る。
「良いんじゃねぇの。ヘタだと思われても」
「いいや、良くねぇだろ。失敗出来ねぇし」
「別に突き放したつもりはない。そのヘタさを上手く活用すれば良いだけだ。客にナメられてるのは客が油断してるって事でもある。これはエンタメの基本だ」
俺はとことん縁に恵まれてる。
お陰で走り続けられた。
そいつ等の期待は裏切れない。
「お前!裏切ったのか!?」
「僕は、初めから鞘姫率いる新宿クラスタの鬼。どうしても戦わなきゃだめなんですか?」
それに理由はそれだけじゃない。
俺はあの演技に魅了された。
あんな演技をしたいと思った。
「親から無理やり剣を与えられ、こんな戦いに巻き込まれて。僕は戦いたくない………ッ」
鴨志田さん。アンタは一個だけ間違ってる。
アンタは確かに凄い役者だ。
俺なんか勝負にならないと思ってる。
「あぁ……あぁぁ………消えろよ………ッ!!」
けどさぁ、俺だって勝負出来るものぐらいある。
俺は演技が好きだ。俺は演技が楽しい。
これだけは誰にだって負けない。
「負けねぇぞこらぁああぁ!!」
この思いだけはアンタにも負けない。
体力を使い尽くす勢いで刀を振る。
こうでもしないと『キザミ』の強者感は出ない。
原作でのアイツはそれくらい必死だった。
そんな攻撃も避けて匁は的確に攻撃してくる。
練習では見せてなかったのにもう対応した。
畜生。アドリブも慣れてるって訳だ。
「ごめんなさい!早く負けを認めて下さい!」
「うっせぇよ!誰がそんなもん認めるか!」
匁のペースにキザミが飲まれていく。
それはシナリオだけの話じゃない。
俺のペースが鴨志田さんに乱されている。
さっきのアドリブへの意趣返しだろう。
まともに演りあって勝ち目は無い。
「もう……これで終わりです!」
匁の刃が眼前に迫る。
刀は手から離れ防御は出来ない。
この攻撃は避けられない。
そう思わず錯覚しそうになる。
けどな。こっちは恐ろしい演技は見慣れてる。
今更になってビビって堪るか。
俺は軽く宙を回転して斬撃を躱す。
そしてそのまま背後の自らの刀を蹴り上げた。
匁もこれには意表を突かれて反応出来ない。
アンタのその顔を見る為のとっておきだ。
大道芸かもしれねぇがやり口は選ばない。
俺も『キザミ』も気持ちは一つだ。
情けなくて、みっともなくて、悔しい。
それでも誰かの期待に応えたい。
自分の夢を死んでも諦めたくない。
「ああああああ!!おぅれは誰にも負けねぇ!!」
カッコ悪くてしみったれてる。
みっともなく足掻いて負ける。
そんなの俺の日常茶飯事だ。
『キザミ』の気持ちは直ぐに分かった。
………でも、それだけじゃお前も悔しいよな。
たった1分間の時間だけでいい。
シナリオが変わらなくてもいい。
その代わり演技だけは絶対に勝つ。
鴨志田さんを必ず負かす。
その為に全てを賭けてきた。
俺は刀を振るって雄叫びを上げる。
「よくやったわ。あとは私達に任せなさい!」
それから俺の出番はあっという間に終わった。
鴨志田さんを負かす事は結局出来なかった。
どうにか舞台裏に行くので背一杯な俺とは違って、鴨志田さんには飲み物を飲むだけの余裕がある。
演技歴10年は流石に伊達じゃない。
「そんなになってまで俺に勝ちたかったのかよ」
「………はい。勝てませんでしたけど」
「妙な大道芸に頼ってるようじゃ俺に勝つなんて十年早い。肝心の感情演技だって粗削りだったしな。急に相談も無くアドリブ入れてくるし」
「………あれが精一杯だったんで」
俺は用意された椅子に座り込んだ。
しばらくの間は動ける気がしない。
真さんが疲れてたのも納得だ。
こんなの日常的にやるもんじゃない。
「でも、中々に楽しかったぜ。やるじゃんか!ゲネん時と全然ちげーな!次もこの調子で頼むぜ」
「………うっす。次は勝ちます」
「言ってくれんな!次も俺が勝つけど!」
けど、凄く楽しかった。
どうしようもないくらいワクワクした。
ようやく彼奴等の後ろ姿が見えた気がする。
「お疲れ様。良い演技だった」
「おう、アクア。ありがとよ」
俺はアクアからタオルを受け取った。
期待に応えられて少し安心した。
これでやっとスタートラインに立てた。
今はまだ後ろ姿が見えただけかもしれない。
それでもいつかお前に追いついてやる。