斎藤家の愚息   作:熊田ラナムカ27

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26 衝突する信念

 

 

 

 

 匁に敗北して倒れるキザミ。

 

 それを守るように私とブレイドは現れた。

 

 刀を眼前に構え威勢よく匁に啖呵を切る。

 

「よくも私の身内を痛めつけくれたわね!1兆倍にして返してあげる!」

 

 メルトはここまでよく演り切った。

 

 鴨志田さんに勝てないにしろ一泡吹かせた。

 

 あそこまで演れるとは思ってなかった。

 

 アイツのことを大根とはもう言えない。

 

 その演技に私達も応える必要がある。

 

「これ以上先に攻め入ると言うなら、我々渋谷クラスタも黙っては………」

 

 匁が啖呵に応えようとするがここでアクシデント。

 

 効果音とセリフが被ってしまった。

  

 これには鴨志田さんも何処か不満気だ。

 

 同じセリフ繰り返し言うのはテンポが悪い。

 

 けど、ここに居るのは年齢=芸歴の役者だ。

 

 このぐらいのアクシデントは慣れている。

 

 ここで必要なワードは『渋谷クラスタ』。

 

 そのワードを下に台詞を再構築。

 

 それをつるぎが言いそうな内容に落とし込む。

 

「ごちゃごちゃうるさいわね!只の肉塊になればその口も静かになるのかしら!?渋谷クラスタなんて知った事じゃない!全員切り倒して私達がこの國を盗る!この剣でね!」

 

 原作での『つるぎ』ならきっとこう言うだろう。

 

 急なアドリブに対して匁は不適に笑った。

 

 どうやら私の『受け』はお気に召したらしい。

 

「流石に2対1は分が悪いですね。また日を改めてお会いしましょう」

 

「こらぁ!逃げるなボケナス!このタルタルチキン!」

 

 捨て台詞を言い残して匁は撤退した。

 

 これで違和感なく台本に合流出来た。

 

 次の場面は渋谷クラスタ本拠地のシーン。 

 

 いよいよ敵の親玉である刀鬼と鞘姫のお出ましだ。

 

 私達は舞台裏からその様子を伺う。

 

「休憩中にしては穏やかじゃないな。気になるか」

 

「そりゃあね。ようやく宿敵の登場だし」

 

 私と姫川さんが話していると足音が響いた。

 

 アクア演じる『刀鬼』が静かに出てきた。

 

 その冷たい表情は凍てつく氷を思わせる。

 

「新宿クラスタ。厄介な奴等みたいだな」

 

「何も考えていないバカの集まりですよ。『盟刀』の契約者を全員倒せればそれで良いと思ってる。どうします?あいつ等攻めてきますよ」

 

「俺は鞘姫の懐刀だ。持ち主の指示に従うだけ」

 

 さながら自分は意思のない道具という訳だ。

 

 それだけ鞘姫に対する深い信頼が読み取れる。

 

「君に意見を求めたのが間違いでしたね。少しは人間味というものを持ったらどうですか。『鞘姫』様……今こそどうかご決断を」

 

 舞台中央が照らされて鞘姫が現れた。

 

 座っているだけなのに既に重厚感がある。

 

「刀を抜けば………血が流れる」

 

 鞘姫の表情は悲しみと憂いを見てる側に物語る。

 

「ですが、戦わねば守れぬものもあるでしょう」

 

 その一方で動きからは葛藤と決意が伝わってくる。

  

 二律背反の思いを全身で表現していた。

 

 この演技を見ればその思想に察しが付く。

 

 そんな説得力が隅々まで現れている。

 

「ならば刀を抜きましょう。合戦です。この身朽ち果てるまで戦いましょう。それが私達の行く道です」

 

 台詞なしで役の心情を伝える。

 

 それこそが役者達にとっての一つの到達点。

 

 その事を黒川あかねは自らで証明した。

 

 彼女の配下達が一斉に声を上げる。

 

 そこにある声は演技によるものだけじゃない。

 

 その姿に魅了された役者本人の声も混じっている。

 

「今の演技………見たわよね」

 

「ああ、わかってる。ほんの僅かだがアドリブが混じってた。いつもの黒川ならまず有り得ない。役だけじゃなく自分の感情も演技に乗せてる」

 

「アイツが自分から台本を破るなんて」

 

 今までの黒川あかねの演技には自我がなかった。

 

 良く言えば役に対してとても忠実。

 

 悪く言えば他人になりすましてるだけ。

 

 いくら高水準でも想像を超えてこない。

 

 けど、今回はこちらの想像を遥かに超えてきた。

 

 あの演技には明らかに自我があった。

 

 他人の殻を捨て自分だけで演技をしていた。

 

 あれが練習の時に感じていた違和感の正体だ。

 

「気を引き締めろ。そうしないと全部持ってかれる」

 

 姫川さんは既にブレイドを演じていた。

 

 それだけ黒川あかねを脅威に感じていた。

 

 あんな強い演技には『受け』が常套手段。

 

 一歩引く事でその存在感をより強調出来る。

 

「上等じゃない。楽しくなってきた」

 

 そんな状況で私は思わず笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

♦♦♦

 

 

 

 

 

 

 

 

 シーンは正しくハイライト。

 

 新宿クラスタと渋谷クラスタの軍勢が激突。

 

 配下達が刀を一斉に抜き、匁と刀鬼も戦いに出る。

 

 戦いは苛烈を極め互いの血が流れる。

 

 その様子を私は一人見守っていた。

 

 そんな折に一人の女が目の前に現れる。

 

 どうやら一人で此処に辿り着いたらしい。

 

「親玉はアンタね!さっさと刀を抜きなさい!」

 

「貴方には………これで十分です」

 

「舐めて……くれて!!」

 

 新宿クラスタの剣士は激昂する。

 

 これこそが待ち望んだ戦いの舞台。

 

 つるぎと鞘姫の一騎打ちだ。

 

 負けないよ。かなちゃん。

 

 私はあなたが居たからここに居る。

 

 昔の事なんて貴方は覚えても居ないんだろう。

 

 それでも私は待ち続けた。

 

 ずーーーっと、ずっと、何年も。

 

 私はこの時を待っていた。

 

「それでも剣士の端くれか!何故刀を抜かない!?」

 

「私は貴方より強い。わざわざ抜く理由がない。怪我をしないうちに早く引き下がってはどうです?」

 

「もう勝ったつもりか!?減らず口を!!」

 

 つるぎの怒涛の攻撃を私は往なし続ける。

 

 最低限のカウンターだけで自ら攻撃しない。

 

 出来る事なら誰にも傷ついて欲しくない。

 

 敵である新宿クラスタの剣士であっても。

 

 原作で『鞘姫』は最後まで葛藤していた。

 

 私はそれを忠実に再現する。

 

「貴方は何故力を求める?國盗りの力で何をする?」

 

 あの時のライブを忘れた日はないよ。

 

 家に帰った後で思わず泣いちゃったんだ。

 

 私が大好きだったかなちゃんにまた会えて。

 

 苺プロに入ってからずっと考えてた。

 

 どうしてあんな顔をするようになったか。

 

 今ならちょっとだけ分かるよ。

 

 大切な人が出来たからだよね?

 

「私は私の信じたアイツの道を切り開く!アイツが進む王道を行くだけだ!それ以上の理由なんてない!」

 

 私も大切な人が出来たんだ。

 

 自分の全てを捧げても良い人が。

 

 それは間違ってるって怒られちゃったけどね。

 

 理解者になるだけじゃ駄目だって。

 

 その本質を見ないと駄目だって。

 

「そうですか。私達の行く道は………やはり交わらない。どちらかが果てるまで戦いが終わる事はない」

 

 誰かに嫌われることが怖かった。

 

 誰かに捨てられてしまうのが怖かった。

 

 だから、誰かの殻を被って自分を守り続けた。

 

 誰かの理解者になろうとした。

 

 人の心は今でもよく分からない。

 

 いくら中を覗いてみても見えるものが違う。

 

 けどね。最近ほんの少しだけ気づいたんだ。

 

 みんな何か怖いものを抱えてるんだって。

 

 そんな怖さと戦って生きてるんだって。

 

 そのお陰で私も出来るようになったんだよ?

 

「ならば、もう全てを終わりにしましょう」

 

 周りを食べちゃう様な()()の演技。

 

 私は刀を抜きつるぎに斬り掛かる。

 

 つるぎの反撃を全て往なしカウンターを入れる。

 

 私の演じる『鞘姫』は原作であまり出番がない。

 

 それ故にキャラ分析の素材も少ない。

 

 けれど、その代わりに考察を一番深められた。

 

 台本に頼らない演技を組み立てられた。

 

 彼女は葛藤を抱いた優しい子だ。

 

 だからこそ、守る為なら残酷にもなれる。

 

 原作で異様に強かったのもそれが理由だ。

 

 アクアくんも似た考察をしていた。

 

 その考察が正しいかどうかは分からない。

 

 欠けたピースがまだあるかもしれない。

 

 なら、その欠けたピースは私が補う。

 

 私が『鞘姫』になるんじゃない。

 

『鞘姫』を私そのものにする。

 

 これが私の一番目立つ戦い方だ。

 

 だから、一緒にぶつかってきてよ。

 

 今度こそ貴方を受け止められるから。

 

 私の突きがつるぎの顔を掠める。

 

「それがアンタの本気?随分と隠してたわね」

 

 私の攻撃を前につるぎは口から血を流した。

 

 実力差はあまりにも明確で勝てる要素なんてない。

 

 そんな状況を貴方はひっくり返すんでしょう?

 

 早く一緒に演技をしよ───

 

「私なんかじゃ敵わない。勝ち目なんてないかもね」

 

 急なアドリブで私に動揺が走った。

 

 つるぎが攻撃を止め防御に回った。

 

 全体の流れとしては間違ってない。

 

 鞘姫の猛攻につるぎは1度追い詰められる。

 

『受け』としては完璧な演技だ。

 

 けど、何で急にそんな演技したの………?

 

 違うよ………そうじゃない。

 

 私はかなちゃんと真正面から演りたかった。

 

 ………そんな演技をさせるつもりはなかった。

 

 私はトドメを刺そうと斬撃を放つ。

 

「……でもね。引き下がる訳にはいかないのよ」

 

 そんな斬撃をつるぎは正面から受け止めた。

 

 こんなのは原作でも台本でもなかった。

 

 連続でアドリブを演った!?

 

 またしても動揺が身体に走る。

 

 その隙にジリジリと鍔迫り合いで押し込まれる。

 

 私はこの時ようやく気付いた。

 

 あれは『受け』の演技じゃない。

 

 アドリブにアドリブを繋げる為の『溜め』だ。

 

「私はずっと独りだった。ずっと独りで戦ってきた。そんな私にも……ようやく仲間が出来た。ここで尻尾巻いて逃げたら彼奴等に顔向け出来ないのよ!!

 

 つるぎの反撃シーンに綺麗に繋がった。

 

 私は鍔迫り合いに負けて吹き飛ばされる。

 

 そうだ。演技に夢中ですっかり忘れていた。

 

 今のかなちゃんは昔のかなちゃんじゃない。

 

 役者であると同時にアイドルの主役(センター)だ。

 

 

 

 

  

 

 

 

♦♦♦

 

 

 

 

 

 

 

 

「よしっ!いい感じ!それじゃあもう1曲!」

 

「ちょっと待て。一回休憩入れさせろ」

 

「えぇー、今凄くいいところだったのに。先輩って意外と体力ない人?仮にも役者やって人なのに?」

  

「体力じゃなくてキャパシティーの問題!一気に10個も20個もフリ付きの曲を覚えられる訳あるか!」

 

「まぁかれこれ3時間ぶっ通しだしね」

 

「私は全然余裕なんだけどな。全部アイの曲だし」

 

「私をドルオタ基準で考えんな」

 

 B小町の活動が本格的に始まってから数日。

 

 私はダンスのフリ入れに難儀していた。

 

 ダンスなんて殆どやった事がない。

 

 ピーマン体操に関してはノーカンだ。

 

 あんなの数にも入らないし入れたくもない。

 

 とにかくドルオタ2人に置いてかれるばかりだ。

 

 やる気を出したはいいが焦りばかり積もる。

 

「何でこんなに沢山覚えなきゃいけないのよ。ステージの上で踊るにしても全部踊れる訳でもないのに」

 

「ロマンだからだよ!カッコいいじゃん!」

 

「アンコールにも備えないとだからね」

 

「だとしても数はもうちょい減らせるでしょ。振り付けにしたってある程度はシンプルに出来そうだし」

 

「先輩って現実主義者だよね。つまんない」

 

「それはアイドルとして色々とどうかと」

 

 そんでもってドルオタの考えは分からん。

 

 ロマンやカッコよさにやけに拘る。

 

 私も多少アドリブはするけどここまでじゃない。

 

 あとルビーはダンスじゃなくて口の利き方を学べ。

 

「何でかって言われたら難しいけどさ。アイドルって夢を売る仕事じゃん。そんな仕事をするんだったらこっちも楽しんでやらないとなんだよ」

 

「上手く歌って踊れればそれで十分なんじゃ───」

 

「駄目だよ!アイドルはみんなを元気にするお仕事なの!みんなを元気にするには私達が笑顔じゃなきゃ!その為には楽しむのが一番!一番!」

 

「よく言った!それでこそアイドル志望!」

 

 ルビーとMEMちょは謎にドヤ顔だ。

 

 言いたい事は分かるけどドヤ顔すんな。

 

 その顔されると絶妙に腹立つ。

 

「要は自分とファンの期待を超える為って事でしょ。そんな演技が出来たら実際好評だし自分も嬉しいし」

 

「少しは分かってきたね。こっちの世界にようこそ」

 

「じゃあ先輩も早速ドルオタに………」

 

「多少納得はしたけどドルオタにはならないから。役者としての目線からほんの少し共感しただけ」

 

「正攻法はやっぱり駄目か。ならば無理矢理………」

 

「ルビーちゃん。押し付けは駄目だよ」

 

 ルビーはMEMちょに取り押さえられた。

 

 人間あんな風にはなりたくない。

 

 それから練習を続けて一つ気付いた。

 

 アイドルと役者の仕事は少し似ている。

 

 その違いは想像を超えるか期待を超えるか。

 

 その2つはとても似ているけどまるで違う。

 

 前者が自分にとって最適なものを作ることならば、後者は自分にすら予想出来ないものを作ること。

 

 どちらが上とかそういう話じゃない。

 

 2つ揃えば今までにない演技ができるという話だ。

 

 現に私の演技は『受け』から『攻め』に転じた。

 

(アンタ良い演技するようになったわね。私にとっておきを出させるなんて。お望み通り容赦はしない。アンタの期待も想像も簡単に飛び超えてあげる)

 

 刀を構えて私は笑みを浮かべる。

 

 とても楽しそうな提案をした礼だ。

 

 アンタとは白黒つけたいとは思っていた。

 

 私より目立とうだなんて許さない。

 

 この舞台における主役は私だ。

 

 ほら。私の演技を見たかったんでしょ?

 

 それならもっと私を見て。

  

「さぁ、ここから本番よ!!」

 

 再度距離を詰めて鞘姫に切り掛かる。

 

 鞘姫の太刀筋は確かにつるぎは凌駕している。

 

 けれど、彼女は元々前線に立つ人間じゃない。

 

 常に前線に居続けるつるぎとはそこが明確に違う。

 

 決意はともかく執念の年季が違う。

 

 全身に掠り傷を負いながらもそれでも突っ込む。

 

 一撃でも与えようと刀を何度も振るう。

 

 私は徹底して『攻め』の演技を続けた。

 

 鞘姫が『攻め』の演技に転ずる事を許さない。

 

 劣勢だった戦いは徐々に拮抗。

 

 次第につるぎ優勢へと傾いていく。

 

 アンタは確かに昔のアンタじゃない。

 

 他人になりすましていただけのアンタじゃない。

 

 その一点だけは確かに認めてあげる。

 

 でも、認めてやるのはたったそれだけ。

 

「私に勝とうだなんて百年早い!!」

 

 役者としての戦いは一先ず決着を迎えた。

 

 つるぎの刃が遂に鞘姫に届いた。

 

 掠り傷ではあるものの鞘姫は動揺する。

 

 それと同時に体を大きくふらつかせた。

 

 鞘姫は戦いが始まってから『傷移しの鞘』の力で渋谷クラスタの剣士達の傷を自らに肩代わりし続けた。

 

 私との戦いで痛みを抑えられなくなったらしい。

 

 苦悶の表情を浮かべながら鞘姫は城内に撤退。

 

 その後を追い駆けて私は城内に入った。

 

 そこで場面は変わりキザミと匁が現れる。

 

 次はこの2人のリベンジマッチだ。

 

 私は自然な形で舞台裏に移動する。

 

 堪えていた笑いをもう抑えられない。

 

「勝った!私の勝ち!正に圧勝!まぁ当然よね!」

 

「アドリブ連発しやがって。黒川には同情する」

 

「だってあっちが吹っ掛けてきた勝負だし!いくら苦労しようとあっちの責任!私の勝ちで終わったし!」

 

「お前マジで悪ィな」

 

 姫川さんがドン引きするが知った事じゃない。

 

 勝てば官軍負ければ賊軍。

 

 つまり私が正義で完全無敵の勝者だ。

 

 この事実は何があろうと決して変わらない。

 

「お前のとこの事務所はどうなってんだよ。役者は負けず嫌いばっかだけどお前のとこはその気が特に強い。虫も殺せなかった黒川も我が強くなってるし」

 

「何言ってんのよ。黒川あかねは昔から我が強かったわよ。今の方が質悪いし。あとその件に関して私は一切何もしてないから。諸悪の根源はどうせクズ」

 

「まるで悪の親玉みたいな言い方だな」

 

「そっちの方が良かったわよ。合法的に殴れるし」

 

「お前等の中で斎藤マネはどんな扱いなんだよ」

 

 姫川さんはおもむろに遠くを見上げた。

 

 発言の節々にオッサン臭さを感じる。

 

 実は中身が三十路だと言われても多分納得する。

 

 真の扱いについては考えるまでもなくクズだ。

 

 それ以外の答えなんてある訳がない。

 

「お前等が自分が主役って演技をするなら俺もギアを上げる。ここのシーンアドリブ入れるから合わせろ」

  

「私が合わせるんじゃない。アンタが私に合わせるの。何よりとっておきを隠し持ってる奴がまだいる」

 

「星野アクアか。期待してもいいのか?」

 

「ええ、勿論。引っ掻き回すのが得意な奴だから」

 

 キザミと匁の戦いに決着が遂についた。

 

 それと入れ代わりで私達は舞台に行く。

 

 刀鬼と鞘姫、ブレイドとつるぎによる2対2の戦い。

 

 この公演における最終決戦だ。

 

 手傷を負った鞘姫を庇うように刀鬼は対峙する。

 

 それに対してブレイドは勇ましく刀を構える。

 

 それぞれが良い対比構造を生み出している。

 

「さぁ語ろうぜ。俺達の刃でよ」

 

「鞘姫、下がっていろ。こいつ等は俺が倒す」

 

「貴方だけには背負わせない。私も最後まで戦う」

 

「ここが年貢の納め時!覚悟しなさい!」

 

 戦闘狂である私が真っ先に切り掛かる。

 

 しかし、その攻撃は刀鬼に危うげもなく捌れた。

 

 ブレイドが間髪入れず攻撃するがこれも防がれた。

 

 私達に出来た隙を鞘姫は見逃さない。

 

 負傷者とは思えない剣捌きで攻撃を仕掛けてくる。

 

 私達は後ろに飛び退いてそれをどうにか躱した。

 

「まるで矛と盾だな。攻めようにも攻められない」

 

「ごめんなさい。切り損ねた」

 

「問題ない。貴方には指一本触れさせない」

 

 刀鬼はブレイドを睨みつけた。

 

 その一方で私にはこれっぽちも目もくれない。

 

 初撃の時点でもしやとは思ったがやはりそうだ。

 

「何のつもりよ!?私に手加減するなんて!!」

 

「お前は俺には勝てない。鞘姫を傷つけた罰はいつか受けてもらうが命までは取らん。女は戦場から去れ」

 

 私のことを眼中すら置いていない。

 

「何よ女って!ナメないで!!」

 

「男は女を命を賭けて守るものだ。命を賭けて死に合うのは男だけで良い。それの何が間違っている?」

 

 いくら攻撃しても刀鬼は反撃しない。

 

 冷たい氷の様な演技を際立たせ続ける。

 

 アンタも演技が上手くなったわね。

 

 なら、なんでそんな顔してるの?

 

 ほら、楽しみましょうよ。

 

 アンタも演りたい演技をやりなさいよ。

 

 一体何を最後まで隠しているの?

 

「つるぎ良くやった!そこだ!!」

 

「チッ………くそっ!」

 

 私の演技に割り込んで姫川さんがアドリブをした。

 

 まるで炎の様な熱い演技だ。

 

 ブレイドの大振りの一撃が刀鬼を揺らす。

 

 鉄壁の防御が遂に崩れた。

 

 私は攻撃を更に叩き込んで体制を崩す。

 

「ブレイド!今よ!!」

 

 この攻撃が当たれば致命傷は免れない。

 

 ブレイドの刃が刀鬼目掛けて吸い込まれていく。

 

 もはやこれまでと刀鬼は目を閉じた。

 

 けれど、その斬撃が刀鬼に届く事はない。

 

「ひ……め………?」

 

 その身を挺して鞘姫が刀鬼を庇ったのだ。

 

 大量の鮮血が舞い鞘姫はその場に倒れた。

 

 震える刀鬼が肩を揺らすがピクリとも動かない。

 

 敵も味方もその光景を前に動けない。

 

「刀を抜け。女を斬られて黙って引き下がるのか」

 

 それでもブレイドは刀を抜いた。

 

 彼なりの不器用な慈悲なのだろう。

 

 ブレイドの言葉は刀鬼に届かない。

 

「もういい。俺は鞘姫の為に戦っていた。鞘姫を守れなかった今となっては戦う理由が無い」

 

「それだけか?あるんじゃねぇのか?お前の中にも……人並みの感情ってやつがよ」

 

 刀鬼は糸が切れたようにそれでも動かない。

 

 まるで親を失い帰る場所がない子供だ。

 

「すまない。俺がもっと強ければ……俺が……感情なんて捨てていたら……人を切るだけの道具だったら」

 

 刀鬼はそう小さく言うと静かに刀を抜く。

 

 これ自体は脚本通りの流れに違いない。

 

 けど、そこに込められている感情はなに?

 

 なんて姿だ。あまりに美しく、恐ろしい。

 

「さらばです……主よ。さらばです……もう会うことはないでしょう。私が行く道は……地獄への道です

 

 そこにあるのは静かな嘆きと、溢れかえる愛。

 

 彼の表情は氷の如く冷たい魔性の顔。

 

 この世の混沌と絶望がそこには宿っている。

 

 観客も演者も彼の姿に震え上がる。

 

 凝縮された負の感情に逃げ出したくなる。

 

「地獄になんか行かせねぇ。全部受け止めてやる」

 

 それでもブレイドは退かなかった。

 

 姫川さんはアクアの演技から逃げなかった。

 

 

 

 

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