斎藤家の愚息   作:熊田ラナムカ27

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プライベート編
28 届くことのない言葉


 

 

 

 私が公演を見に行ってからしばらく経った。

 

 舞台『東京ブレイド』はあと少しで千秋楽。

 

 スケージュールにある程度の余裕が生まれ始めたからか、お兄ちゃんは真剣な顔でスマホを触っていた。

 

 何度も頭を捻って悩ましそうにしている。

 

「お兄ちゃんどうしたの?何か悩んでるの?」

 

「………ちょっとな。隠す事でもないけど」

 

「じゃあ聞いてもいい?一体どんなこと?」

 

「だからってわざわざ教える理由も───」

 

「舞台が千秋楽を迎えてお互い落ち着いたらデートする約束を黒川としたらしい。カッコつけたいからプラン考えてんだろ。こいつから誘った初デートだし」

 

「お兄ちゃんからデートに誘った!?」

 

「勝手に全部言ってんじゃねぇよ」

 

 お兄ちゃんは溜息をつきながらスマホを見せた。

 

 画面には高そうなお店の名前が幾つか載っている。

 

 今までお仕事以外でデートなんかしなかったのに。

 

 一体どんな心境の変化があったんだろう。

 

 私は思わず画面を3度見して繰り返し再確認した。

  

「も、もしかして………クズに脅された?」

 

「別に脅されてない。俺が勝手にやってるだけだ」

 

「俺は人の恋路の応援も邪魔もしない」

 

「仮にあかねに手を出したら即刻海に沈める」

 

「ヤクザかよ。割とマジな目でこっち見んな」

 

 まるで信じられないけどこれは現実のようだ。

 

 真は本当にこの件に関わっていないらしい。

 

 そういえば2人の距離は最近やたら近かった。

 

 私が知らないだけで2人の間で何かあったのかも。

 

 あとロリ先輩がいきなり吐血するようになって、そんな先輩を真とMEMちょが介抱するようになった。

 

 これに関しては多分関係ないだろうけど。

 

「そっか。真剣に付き合う気になったんだね」

 

「あかねには色々と世話になったからな。恩返しの意味もある。せっかくだから楽しませてやらないと」

  

「それはそうとこんなお店よく知ってたね」

 

「芸能事務所社長の所で生まれ育ってるわけだし」

 

「何言ってんだ。俺達と条件全く同じだろ。女たらしめ。これまでもこんな感じで転がしてきたのか?」

 

「一度だってしてねーよ。変な勘違いすんな」

 

 私と真は互いに顔を見合わせた。

 

 どうせ今世ではという意味に違いない。

 

 アクアは根っからのクズ男女の敵だ。

 

(でも、あんな優しい顔………久しぶりに見た)

 

 ママが死んでからアクアは常に張り詰めていた。

 

 いつの間にか居なくなってしまいそうだった。

 

 けど、最近は憑き物が落ちたみたいに明るい。

 

 社長はあの公演の後に一人で泣いていた。

 

 何処か安心したかのような涙だった。

 

 五反田監督も似たような感じだった。

 

 これは勝手な憶測だけど真が全てに絡んでいる。

 

 お兄ちゃん以上に何を考えているか分からない。

 

 近くに居ると思ったらずっと遠くに居る。

 

 まるで幽霊みたいに掴み所がない奴だ。

 

 何か裏で企んでいても不思議じゃない。

 

(まぁそれでも………アクアが笑顔ならいっか)

 

 しかし、それも所詮は些細な事に過ぎない。

 

 真が何か企んでいるのはいつもの事だ。

 

 そんな事よりアクアの笑顔の方が大事だ。

 

 あれからようやく立ち直る事が出来たんだ。

 

 家族として妹として喜ぶべき事に違いない。

 

 ママに報告する事がまた一つ増えた。

 

 いつかはお兄ちゃんとも一緒に行きたいと思う。

  

「ユーチューブの登録者が2万人行きそうです」

 

 そんな一幕がありつつ夜が明けて次の日。

 

 先輩が事務所に帰ってくるとMEMちょは言った。

 

 先輩以外は飲み会に行ったり帰ったりバラバラだ。

 

 自慢げにしてるけど私達の反応は薄い。

 

「あー、ふぅーん。まだそん位かぁ………」

 

「もっともっと頑張らないとだね………」

 

 ぴえヨンの登録者数の足元にも及ばない。

 

 登録者100万人までの道のりはまだまだ遠い。

 

 約半年はやってるけど現実は厳しいばかりだ。

 

 お菓子を食べながら私達は溜息をつく。

 

 

「もっと私を褒めてぇ!?」

 

 

 そんな私達にMEMちょの不満は爆発した。

 

 いきなりの大声に私達は目を回した。

 

 年長者だけあってかなりの迫力がある。

 

 まさかここまで言われるとは思わなかった。

 

「2万人だよ!?撮影も編集も全部ウチでやって!!あの手この手でチャンネル伸ばしてきた私をもっと褒めてぇ!?もっと喜んでよぉ!!」

 

「えっ………だって、たったの2万人でしょ?」

  

「その2万がどれだけ凄いか!!君達こそ知っとかなきゃ駄目でしょ!!アクたんやマコたん!!あかねですら知ってたよ!!しっかり褒めてくれたよ!!」

 

 MEMちょの剣幕は凄まじいものだった。

 

 年長者だけあって迫力が半端ないし怖い。

 

 先輩ですら圧に負けて後退りしている。

 

「いい!?ユーチューブには国内だけで30万チャンネルあると言われてる。そのうち75%が登録者千人以下!収益ゼロのチャンネルが大半を占めてる!わずか数%の頂点がその富を独占する中世も真っ青な搾取社会なの!!」

 

 そんな具体的な数字を言われても分からない。

 

 私が生きてるのは現代であって中世じゃない。

 

「一方登録者2万人のウチは上位10%に食い込んでる!!これだけでどれだけ凄いことか理解して!!そんなことも分からず登録者100万人とか抜かすなぁキッズ共!!」

 

 難しい話は分からないけど凄い事なのは分かった。

 

 それ以外の事は正直ちんぷんかんぷんだ。

 

 とりあえず怒ったMEMちょは凄く怖かった。

 

 普段怒らない人が一番怖いというのは本当だった。

 

 これでこの場に真が居たら余計ヤバかっただろう。

 

 ガチファンを敵に回したら本当にヤバい。

 

「でも、今月の収益10数万円とかでしょ?事務所の取り分引いて……動画編集者の給料払って……メンバー人数分で割ったらもうお小遣い程度じゃない。バイトとかしてた方がマシなんじゃ………?」

 

 一方で先輩は難しい話をある程度理解していた。

 

 いつもながら仕事になると極めて冷静だ。

 

 普段のツッコミキャラは息を潜めている。

  

 痛いところを突かれてMEMちょは小さく呻いた。

 

「まぁ現状はそう……。売れるまではこの状態が続くと思う。当面『B小町ch』の財政状況はよろしくない。打てる手は打たなければならない。そこで……」

 

 MEMちょは人差し指をピンと立てる。

 

「ルームツアー動画を撮ります!!」

 

「ルームツアー動画!?」

 

「うわっ、出た。私生活の切り売り代表例」

 

 先輩はこの発案に露骨に嫌そうな顔をした。

 

 ルームツアー動画と言えばあれだ。

 

 自分の部屋を紹介したり自慢するやつ。

 

「えー絶対イヤ!自分の部屋をネットに晒すとかどういう趣味してるの?いくら動画がネタ切れとは言え私生活の切り売りを始めたら終わりよ!私は反対!」

 

 先輩は全力で駄々を捏ねた。

 

 無駄にプロ意識が高い先輩との相性最悪だ。

 

 けれど、MEMちょは全く慌てない。

 

「私生活を一部とはいえネットに晒すのは確かに嫌だよね。でも、これにはちゃんとメリットがあるの」

 

「再生数稼ぎとかはナシだからね。それで視聴者が増えても何の意味もない。私を説得できると───」

 

「ルームツアー動画を撮ると………部屋の私物が全て経費で落ちるんだ。何買ってもやりたい放題だよ」

 

「マジで?すぐにやろ?」

 

 金の力で先輩を即座に落とした。

 

 手のひら返しの速度があまりに凄まじい。

 

 そんなこんなで私のアイドル生活は続いていく。

 

 ちなみに先輩は10万のバッグを新たに購入した。

 

 使える経費限度額ギリギリのラインだ。

  

 私とMEMちょは社長にとても申し訳なく思った。

 

 こうして社長の胃痛はまたしても悪化していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

♦♦♦

 

 

 

 

 

 

 

「何ッ!?経費で10万を落としたッ!?一体誰がそんな事をやった!?俺は何の相談も受けてないぞ!?」

 

 釣り堀の外でグラサンの怒鳴り声が響いた。

 

 原因は考えるまでもなくあのルームツアー動画だ。

 

 MEMちょがマンネリ対策で提案したらしい、

 

『はーい♥こちらChl●eの新作バッグになりまーす♥これは大体10万位しましたー♥』

 

 そして犯人は完全自己中独走女こと有馬だ。

 

 こんな馬鹿なことをする奴は彼奴しかいない。

 

 幼少期から多額の金に触れてきたからだろう。

 

 前々から思っていたが金銭感覚がバグっている。

 

 ここまで経営者泣かせのタレントもそうはいない。

 

「話と経緯はわかった。帰り次第こっちで処理する。ただし、有馬とMEMちょには厳重注意を頼む」

 

 グラサンは電話を切るや否や情けない声を上げた。

 

 どうにもならない事実をようやく理解したらしい。

 

 金額からして経費ギリギリなところも質が悪い。

 

 これでは自腹を切らせようにも切らせられない。

 

 どうせ浪費される金なら俺が全額貰いたかった。

 

 無労働で手に入る金ほどありがたいものはない。

 

「どうしてウチは手の掛かる奴ばかりなんだ」 

 

「グラサンも大変だな。息子として心から同情する」

 

「お前もその筆頭だろ。他人事だと思いやがって」

 

 グラサンはため息混じりに糸を垂らした。

 

 あれだけ騒いだというのに釣り堀は静かだ。

 

 都心から離れた立地というのはこれだから便利だ。

 

 内緒話をするのにこれ以上の場所はない。

 

 釣り糸とウキがピクリと動いた。

 

 俺は竿を上げて食い付いた魚を引き寄せた。

 

 釣れた魚のサイズはそこそこ大きい。

 

「DNA鑑定の件は結局どうだった。お前の事だからアクアにも秘密でやってたんだろ。何かわかったか?」

 

「さぁな。そんな趣味が悪いことはそもそもしない」

 

「誤魔化すな。鑑定結果が昨日届いていたはずだ」

 

 今度はグラサンが自分の竿を上げた。

 

 糸の先には2匹の魚が食いついている。

 

 社長というだけあって流石に耳が早い。

 

「今回の鑑定の結果は当たりだ。姫川さんとアクアのDNAが一致した。2人は異母兄弟という事になる」

 

「姫川大輝の年齢は20歳。事件が起きた時の年齢は6歳。犯人の線は薄そうだが父親の方は怪しいな」

 

「それなんだが………そっちの方は当てが外れた。姫川さんの父親はとっくに死んでいる。飲みの席で名前を聞き出して、じっくりと調べたから間違いない」

 

「名前だけでそんな確証が持てるもんか?………いや、待てよ。確か姫川って………姫川愛梨と同じ苗字だな。そうなると………あの心中事件の夫の方か!」

 

 俺は自分のスマホで姫川愛梨と打ち込んだ

 

 すると画面には幾つかの事件記事が上がった。

 

 その一つをタップすると詳細と写真が見れた。

 

 姫川愛梨と上原清十郎が死んだと書いてある。

 

「だが、これで全てが終わった訳じゃない。この事件はアイとドーム公演の打ち合わせをしてた時に起きた。上原清十郎が犯人ならアイを殺せる訳がない」

 

「ああ、そうだ。時系列的にありえない。真犯人は上原清十郎じゃない。そしてこれは俺の仮説だが………この事件は真犯人に仕組まれたものかもしれない」

 

「姫川大輝は姫川愛梨と真犯人の子供。上原の事件の動機はその事実を知ったからだろう。DNAが一致した事にはそれで説明がつく。だが、どうしてそんな事を仕組む必要がある?アイの事件との関係は?」

 

「それ自体の関係はおそらくない。一番重要なのは奴が殺人教唆を行った可能性だ。最低でもアイの引っ越し先を関係者から聞き出したにも関わらず奴は尻尾を一切出さなかった。俺達が思ってる以上に臆病で狡猾な可能性が高い。つくづく面倒で醜悪な相手だ」

 

 グラサンの竿を握る手に力が入った。

 

 水面が揺れて幾つもの波紋が広がる。

 

 近くに寄っていた魚達が逃げてしまった。

 

 俺は竿を引き上げて少し遠くに投げる。

 

「アクアはこれを知っているのか?知らせたのか?」

 

「知らせる訳ねぇだろ。彼奴は何一つ知らない」

 

「そうやってお前は………また一人で抱え込む気か」

 

「今更だろ。こんなの重荷の一つにすら入らない」

 

 揺れていた水面が次第に静かになった。

 

 魚達が垂らしていた針に再び寄って来る。

 

「勘違いすんな。俺はグラサン達と違って犯人には全く興味がない。アイとの約束を守れればそれでいい」

 

「アイとの約束………お前は毎回それだな」

 

「どんな約束したかは教えてやんねぇぞ。所詮はただの口約束だしな。話すまでもない下らない内容だ」

 

 俺は釣り上げた魚をバケツの中に入れた。

 

 ここまで早いペースで釣れたのは初めてだ。

 

 この調子なら新記録を狙えるかもしれない。

 

「お前やミヤコは強いな。俺よりずっと社長に向いてるよ。お前達を置いて……俺は復讐に走ろうとした」

 

 グラサンは竿を引き上げた。

 

 針の先の餌は食われて何も残ってない。

 

 新しい餌も付けずに針に触れる。

 

「俺にとってアイはもう一人の子供だった。手は掛かったし苦労もしたが………それでも大切な娘だった」

 

 グラサンの手が再び震え出した。

 

 その表情はサングラスに隠れて見えない。

 

 針を持ったまま静かに固まっている。

 

「だから、俺は許せなかった。犯人の奴をこの手で殺してやろうと思った。今でも殺してやりたいと思ってる。俺は彼奴を絶対に許さないし………憎み続ける」

 

 グラサンの手の震えが更に激しくなった。

 

 しかし、その震えは一瞬のものだった。

 

 深いため息をついて餌を付け始める。

 

「けどな。こうも思ったよ。俺の子供はアイだけじゃない。アイにとって弟みたいなもんだったお前を置いていったら……きっと怒られちまうって思ったんだ」

 

 新たな餌付きの針が垂らされる。

 

 水面は数回程揺れて静かになった。

 

 波紋の一つも広がっていない。

 

「本当に情けない話だよな。ミヤコとの約束だって破るところだった。結局のところ怖かったんだ。自分が自分でなくなるのが。俺はまるで父親しっか───」

 

 俺は唐突にグラサンを蹴り飛ばした。

 

 釣り堀に落ち掛けてグラサンは悲鳴を上げる。

 

 自分語りがとにかく長いし詰まらない。

 

 目標だった数の魚を釣り終えてしまった。

 

 ここが釣り堀じゃなかったらとっくに寝てる。

 

「てめぇ何すんだ!?落ちるところだったぞ!!」

 

「自分語りするからだ。そのまま顔でも洗ってろ」

 

「茶化すな!!俺はお前達を置いて───」

 

 俺は即座に水入りバケツを投げつけた。

 

 それを躱せずグラサンは全身ずぶ濡れになった。

 

 せっかくの一張羅もこれ完全にお釈迦だ。

 

「俺の中じゃその話は終わってる。アンタはどんな経緯があるにしろ帰ってきた。ミヤコとのケジメも既に付けた。それで十分だろ。引きずってんじゃねぇ」

 

「お前にとっては確かにそうかもしれないが───」

 

「話のわからねぇ奴だな!ミヤコが居たら殴られてるぞ!てめぇは社長室でふんぞり返って雑務やっとけばいいんだよ!難しいこと考えてんじゃねぇよ馬鹿!」

 

「誰が馬鹿だ!?父親に対する敬意はないのか!?」

 

「グラサン掛け機に敬意なんて持てる訳ねぇだろ!」

 

「この野郎!!人間扱いを遂に止め出したな!!」

 

 俺とグラサンはしばらく激しい口論をした。

 

 正直何を言ったかは全然覚えていない。

 

 無性に腹が立ってムカついた事だけは覚えている。

 

 ひっくり返った椅子を戻して俺達は深々と座った。

 

 こんなに疲れるならキレるんじゃなかった。

 

「父さんには感謝してる。俺をここまで育ててもらった。詳しく理由も言ってないのに犯人捜しに協力もしてもらってる。返し切れないくらいの貸しがある」

 

「父親として………俺は当然の事をしているだけだ」

 

「俺にとっては………それだけで十分過ぎるんだよ」

 

 前世の俺は人を愛した事も愛された事もない。

 

 物心ついた頃から死ぬ瞬間まで常にそうだった。

 

 ずっと孤独で一人きりで戦うしかなかった。

 

 そんな俺に壱護(とうさん)ミヤコ(かあさん)は愛をくれた。

 

 斎藤真として生きる事で俺は生者になれた。

 

 空っぽだった心が空っぽじゃなくなった。

 

 誰かを愛せるとは今でも思っていない。

 

 いくら期待しても期待はいつかは裏切られる。

 

 誰かを信じることは裏切られる事の始まりだ。

 

 だから、俺は自分にもう嘘はつかない。

 

 壱護(とうさん)ミヤコ(かあさん)に貰った命を失いたくないから。 

 

「今日は久しぶりの休みだからな。他にも行くところがある。代金は迷惑料としてグラサンが払っとけ」

 

「他に行くところ?話はまだ終わって───」

 

「俺の中じゃもう終わった。タクシーも呼んでる」

 

 俺は釣った魚を菓子に交換すると釣り堀を出た。

 

 少し多い気もするがほんの誤差だろう。

 

 グラサンの声が後ろで聞こえるが無視する。

 

 呼んでいおいたタクシーに荷物を詰め込む。

 

「待てッ!!待てよッ!!話は終わってないッ!!」

 

 そんな俺をグラサンは呼び止めた。

 

 ここまで走ってきたせいで息切れを起こしている。

 

 ずぶ濡れの服だってまだ乾いていない。

 

「芸能界は嘘で満ちてる!嘘を吐くのも才能だ!だがな!それだけじゃ駄目なんだ!嘘をつく為の真実も必要なんだ!お前はやり方が分からないだけでいつか誰かを愛せる!一人で全部抱え込まなくていいんだ!」

 

 グラサンの言葉は鬼気迫るものがあった。

 

 その言葉には憂いと後悔が混じっていた。

 

 俺はその言葉を聞かなかった事にした。

 

 荷物の詰め込みが終わりタクシーは走り出す。

 

 しばらく走り続けると目的地が見えた。

 

 幾つもの墓石の間を歩いて先に進む。

 

 辿り着いた墓石には星野の名前が刻まれていた。

 

 ルビーが供えたであろう花が置かれている。

 

 その横に菓子を供えて俺は手を合わせる。

 

「俺達の父さんは今日も騒がしかったよ。どうして母さんが惚れたのか不思議なくらいだ。小っ恥ずかしい事を恥ずかしげもなく言ったからだったりしてな」

 

 その言葉が返ってくる事はない。

 

「アクアはようやく前に進んだよ。彼奴にも大切な人が出来た。ルビーはまぁいつも通りだな。いつも通り馬鹿やって大笑いしてるよ。最近アイに似てきた」

 

 言葉を続けてもやはり何も返ってこない。

 

 見上げる空が少しずつ赤くなっていく。

 

 カラスの鳴き声が夜の訪れを思わせる。

 

 ここで立ち止まっている事は出来ない。

 

「彼奴等の未来は俺が守る。その為なら悪魔にだってなってやる。誰かを愛する事が出来ないままで構わない。俺はこの道をひたすらに進み続けるだけだ」

 

 最後の言葉を吐くと俺は立ち上がった。

 

 これまで進んできた道は決して振り返らない。

 

 どんなに後悔しても過去は戻らない。

 

 戦わなければ守りたいものも守れない。

 

 カラスの鳴き声を無視して俺は歩き続けた。

 

 誰であろうと俺の家族は傷つけさせない。

 

 

 

 

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