斎藤家の愚息   作:熊田ラナムカ27

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3 たかが媚売りされど媚売り

 

 

 

 あの邂逅から1年。

 

 アクアとルビーは立ったり、喋ったりしても怪しまれない程度にまで大きくなり、俺は幼稚園に通い始めた。

 

 前世では小学生になるまで施設を出た事がなかったから中々に新鮮で、そこそこ楽しく他の園児達と混ざって幼稚園での生活をエンジョイしている。

 

 幼稚園の下見を兼ね、ミヤコに連れられて共に授業参観に来たアクアとルビーは、他の園児達と遊ぶ俺の姿にいつものクズキャラじゃないと引かれたが、俺にだって空気を読むぐらいの良心はある。

 

 いつもの言動をすれば他の園児を簡単に泣かせる事は百も承知だし、それでミヤコかグラサンが頻繁に呼び出されたとなれば、必然的に家の空気は悪くなり、俺の立場も悪くなってしまう。

 

 そうなれば俺が現在目論んでいる、株式会社苺プロダクション乗っ取り計画にも支障が出かねない。

 

 具体的なプランはまだ考えていないが、あのグラサンをいつか社長の座から窓際部署に追いやり、ミヤコをそこそこのポジションに置き、俺が事務所の社長に成り代わる事で圧倒的勝ち組としての人生をスタートする。

 

 前世のような死に方はもうしたくないし、どうせ三大義務で働くことになるならば、頂点を座を分捕って悠々自適な生活を送った方が良いに決まっている。

 

 この壮大な計画を達成する日まで、俺はいくらだって本性を隠す覚悟があるのだ。

 

 なお、この話を聞いたアクアとルビーは、より一層引いて俺から物理的に距離を取っていた。

 

 全くもって解せない。

 

 特にルビーに至っては、人の事を絶対に言えないというのに。

 

「ママァ!ママァ!よしよししてぇ!」

 

「ちょっと、アクアさん。ルビーさん、前にも増して推しをママ呼ばわりしてるヤバいファンになっているんですけど。多方面的にヤバい方向にワープ進化してますけど、どうやって収拾を付けるつもりで?」

 

「そんなものはここ半年で諦めた。お前のクズっぷりを直すくらいには不可能だ。お前もさっさと割り切れ」

 

「割り切れるか。あと俺のクズとしての誇りをあんなものと一緒にするな。あれと俺では月とスッポンだ」

 

「どっちも似たようなものだろ」

 

「はー、極楽浄土ー♡」

 

 俺達が小声で話している間、ルビーはいつも通りキモかった。

 

 一方のアイはというと着実に仕事を増やしつつあり、モデルにラジオのアシスタントと幅広い分野で活躍し、それによって苺プロダクションの懐事情も暖かくなりつつあった。

 

 そして今日はその集大成とも言える、アイにとって初のドラマ出演の日。

 

 アイと車を運転するミヤコ、アクアとルビーに双子のお目付け役の俺。

 

 苺プロダクションが弱小事務所を抜け出し、更に事業拡大が出来るか否かが決まる大事な日という事もあり、現場に双子なんかを連れていきたくなっかたのだがゴリ押され、結局5人で仕事に行く事になった。

 

 アクアとルビーに接触する為に母さんと呼んでからというもの、ミヤコは母さんやママといった言葉にとても弱くなっており、今回は双子に上目遣いでママと言われた事で陥落したらしい。

 

 あの日の事を俺はほんの少しだけ後悔した。

 

「いい、二人とも。どうしてもって言うから連れてきたけど………現場でアイさんの事をママなんて絶対呼んじゃだめだからね」

 

「お前等には1年前のミニライブという前科があるんだからな。前みたいに本能で動いたとか言ったら叩き出すぞ」

 

「叩き出すは言い過ぎかもだけど………とにかく私の子供で真の弟と妹っていう設定を忘れないでね」

 

「はいはい、ママ、ママ。なでなでして。あと馬鹿兄貴。全員分の飲み物買って来て」

 

「ママ、お小遣い頂戴。クズお兄ちゃん。私はコーラがいい」

 

「よし、お前等車の外に出ろ。そんでもって今直ぐ路上に置き去りにしてやる」

 

「3人共仲いいねー」

 

「「「仲良くない」」」

 

 どうしてグラサンやミヤコ、アイは俺達の事を仲が良いと思っているのだろう?

 

 前にその事について3人で討論した事はあるが、その真相については謎のままだ。

 

 最終的にその討論は、何故俺がアイドルに興味ないのかという話題にシフトチェンジしたので、もう二度とやる事はないと思う。

 

「苺プロのアイです。本日はよろしくお願いします」

 

 現場に到着したアイはスタッフや関係者に挨拶して回り、しばらくすると今日撮影するドラマの監督が出てきた。

 

 確か名前は五反田泰志。

 

 数々の映画をノミネートしている知る人ぞ知る名監督であり、低予算のものでありながらどれも臨場感があるもので有名。

 

 個人的な情報だと現在三十路の独身。

 

 顔がそこそこ強面な以外はとても親近感を感じた。

 

「なんか怖いね。真のゲス顔と比べたらずっとマシだけど」

 

「顔がな。真のゲス顔は普通の人間のと比べるものじゃないけど」

 

「お前等本当に叩き出してやろうか?」

 

 サラッと失礼な双子を睨んでいると、五反田監督がこちらに目を向けた。

 

 もういっそ俺ごとで構わないから、即刻この双子を現場から追い出して欲しい。

 

「この子供は?」

 

「あっ、この子達は私の子で」

 

「マネージャーが子連れで現場ねぇ。働き方改革ってやつか?時代だなぁ。まぁ現場に犬連れてくる人も居るしな」

 

(そんな働き方改革がある訳ないだろ。改革するならもっと別のところを改革しろ。残業時間とか。サボり魔の後輩と糞上司を即クビにするとか)

 

 前世での恨み言をどうにか飲み込み、撮影の準備をするアイとは別で俺達はスタッフルームに移動した。

 

 しかし、そこから先はかなり疲れた。

 

 子供という事でスタッフや出演者に可愛がってもらったのはよいものの、それが30分以上も続くとなると話は別だ。

 

 早々に順応したルビーはともかくとして、アクアも俺と同じような感じで共に部屋を抜け出した。

 

 精神年齢三十路間近に、あの空気感は辛すぎる。

 

 もう少し放っておいて欲しい。

 

「よくルビーは素直にかわい子ぶれるな。俺には到底羞恥心が勝って無理だ」

 

「何言ってんだ。未だアイに対してマザコンを拗らせてる奴に羞恥心がある訳ないだろ。俺達とあいつは別種の人間だ」

 

「何を言ってるんだ?俺達の母親であるアイとあの子達は別に決まってるだろ?」

 

「間違えた。別種なのはお前もだった」

 

 そんな会話をしていると、現場の方から五反田監督がこちらに歩いてきた。

 

 明らかに俺達をうざったらしく見ている。

 

 訳も分からぬ幼児と赤子が好き放題ウロウロしているなんて、全体のトップである監督からすればうざったらしいに決まっている。

 

 このままでは苺プロの沽券に関わる。

 

 だが、こんなこともあろうかと準備は万端だ。

 

「ん、マネージャーのとこのガキじゃねーか。居るのは構わねぇが泣き出して収録を止めたら────」

 

「いえいえいえ、滅相もありません!私共がこの通り年端も行かぬ若造ではあります事はご尤もです!このような私共を心広く現場に迎えてくれた五反田監督を始め関係者の皆々様への感謝はあれど、決して粗相などで皆様の貴重な時間を奪うつもりはありません!そうだろ、アクア?」

 

「も、勿論です。現場の進行を妨げないのは最低限のルールと認識しております。弊社のアイを今後とも何卒ご贔屓に…………」

 

「滅茶苦茶喋るな!この赤子と幼児!!何処で覚えたそんな言葉!?」

 

「ユーチューブで少々。それとこちらはせめてものお気持ちです。後で皆々様で召し上がってもらえると嬉しい限りです」

 

「差し入れまで持って来たのか!?すげぇな!!何処で仕入れてきた!?」

 

「ネットショッピングです」

 

 まさかの赤子と幼児に媚を売られるとは到底思わず、五反田監督は驚きつつも激しく上機嫌になった。

 

 ブラック企業とはいえ、仮にも俺は10年以上社会人としてのスキルを高め続けてきた。

 

 年がそう変わらない相手への媚売りから、20歳は年が離れた相手への媚売りに、還暦間近の相手への媚売りまで。

 

 媚売りに関してなら俺の右に出る者はいない。

  

 取引先の好みや趣味を予めリサーチし、その機嫌を取ることなど容易いのだ。

 

 隣で適当に合わせていたアクアがドン引きしているが、そんなものは些細な事。

 

 長い物には大人しく巻かれろ。

 

 売れる媚は売れる時に売るに限るのだ。

 

「早熟な子役は結構見るが、ここまでのは初めて見た。お前達も演技とかするのか?」

 

「残念ながらそこまで。自分はどちらかと言うと、マネージャーの方に興味がありまして」

 

「僕も今のところ……演技とかそういうのは………」

 

「なんだ、幼児の方は脈ナシか。けど、そっちの赤子の方はなんだかんだ興味ありそうだな。画面としておもしれぇ。何かに使いたい」

 

「こちら苺プロダクションの名刺です。アクアが正式にうちの事務所に入った暁には、是非仕事の連絡を」

 

「おっ、流石マネージャー志望。用意がいいな。じゃあお返しに俺の名刺だ。1本連絡貰えれば考えてやるよ」 

 

「それはどうもどうも」

 

「おいおい、勝手に話しを進めるなよ。俺は別にそんな………。それに仕事を振るなら僕じゃなくてアイの方に………」 

 

 俺と五反田監督がワイワイと話していると、アクアが口を挟んでアイの仕事の話をした。

 

 ……馬鹿め。それは完全な悪手だ。

 

 ついさっきまでの穏やかな雰囲気は消え去り、五反田監督は真剣な表情になった。

 

 こうなった相手に媚売りはもう通じない。

 

「あー、あのアイドルな。運が良ければ生き残るだろ」 

 

 逆に言ってしまえば運がなければ生き残れない。

 

 現状ドラマ監督として五反田監督がアイに下した評価は、非常に厳しいものだった。

  

「顔は抜群に良いのに運?」

 

「いいか。役者ってのは3つある」

 

 五反田監督の説明を要約すると役者達は看板役者、実力派、新人役者に分けられ、ドラマ初出演のアイは新人役者に分類される。

 

 ほぼ不動の地位にいる看板役者と実力派は置いておくとして、何も実績がない新人役者達の業界全体での競争率は非常に高く、生き残る為には客か現場、このどちらかに好かれるしかないのだという。

 

 俺なりに分かりやすく言うのであれば、会社内での出世争いを激化させたようなものか。

 

 恐ろしいったらありゃしない。

 

「だから俺はもう少し監督に媚を売って、自然な流れで苺プロダクション全体の仕事の話に持ち込みたかったんだよ。アイの演技が未知数な以上、全体のトップである監督に好かれる方が、生き残る為により確実だからな」

 

「妙に媚を売るなと思っていたが……そんな事を考えてたのか。けど、なんで……お前がそんな事を?」

 

「決まってるだろ。アイに仕事が回れば苺プロダクションに仕事が回ったも同然。アイの仕事ぶりが評価されれば、苺プロダクションの評判も自ずと上がる。そしてそれ相応の利益が回り巡って俺に回るからだ」

 

「要するに自分の為か。少しでも期待した俺が馬鹿だったよ」

 

「俺は自分至上主義でね」

 

 わざわざグラサンに媚を売って、差し入れを手に入れたのも無駄になったまではいかないが、これでアイの自力を信じるしかなくなった。

 

 アイの今後の仕事に繋がるかもしれなかった機会の1つを潰したとアクアは少し落ち込むが、事前に打ち合わせをしなかった俺も俺だ。

 

 この約3年で社会人としてのブランクが生じ、不測の事態に対するプランを考えるという発想が出てこなかった。

 

 仕方のない事ではあるが弛んでしまっている。

 

「内緒話はそれくらいにして静かにしろ。撮影が始まる。お前達には悪いが、この世界は誰か一人でも生き残れりゃ大成功な世界。あとはアイに何かしら一流としての才能があることを祈っておくんだな」 

 

 俺達が話している間、律儀にもそれを少し遠くで見守っていた五反田監督は言った。

 

 顔がそこそこ強面なだけで、根はなんだかんだ結構優しいのかもしれない。

 

「別に祈る必要はないよ。だってアイはアイドルとして既に一流だから」

 

「いや……アイドルとして一流でも仕方ないだろ」

 

「見てればわかるよ」 

 

「監督、準備できました」 

 

「カット74アクション!」

 

 自信満々なアクアを不思議そうに五反田監督が見つつも、アイが登場するシーンの撮影が始まった。

 

 たった数秒の何気ない場面なのにも関わらず、スタジオ全体がアイに目を奪われるのを感じた。

 

(なるほど。確かにアクアの言う通りアイはもう既に一流だ。MVの撮影で慣れているってのもあるんだろうが、興味ないはずの俺ですら見ていて可愛いと感じる)

 

 だが何があろうと絶対に、今思った事はアクアとルビーには言わない。

 

 あの2人に言ったら最後、ドヤ顔をした上で念入りな布教活動をしかねないからだ。

 

 そんな事は御免蒙る。

 

「演技は並みだが………いやに目を引く」

 

「でしょ。さっきアイがこんな事言ってた。ステージの上だとどの角度からも……皆に可愛くしなきゃいけない。けど、ここではたった一人(カメラ)に可愛く思ってもらえればいいって」

 

「口で言うのは容易いがそれを実戦。それも撮影初回で出来る奴はそういねーけどな」

 

「MV感覚かよ………時代だなぁ」

 

「滅茶苦茶出来良いから絶対見た方が良いよ!なんなら────」

 

「初対面かつ現場のトップ相手に布教活動しようとすんじゃねぇ。監督に代わって俺が締め出すぞ」

 

「俺は別に構わんのだが………お前口悪いな」

 

 その後は問題なく撮影は進み、1ヶ月が経過した。

 

 アイが初出演のドラマ放送日だ。

 

 しかし、アイが登場していたのはほんのワンシーンで、とてもではないが視聴者の印象に残るものとは思えなかった。

 

「あぁ……苺プロダクション弱小脱却の夢が………。やっぱり媚売りが足りなかったか………」

 

 自宅でドラマを見ていた俺は、ミヤコとグラサンがいなくなったタイミングで大きくへこみ、テレビの前のソファーでふて寝した。

 

 俺の勝ち組人生計画が……瞬く間に遠のいていく………。

 

 そんな折に電話が鳴った。

 

『もしもし真か。お前もドラマ見ただろ。少し相談が────』

 

「てめぇと話す事はない。さっさと失せろ。あの日の駄目だったところを俺なりに考えてみたが、最終的にお前が五反田監督に布教活動をしようとした事が決定打だと結論付けた。俺の勝ち組人生計画までの道を阻んだ事を少しでも悪いと思うのなら、電話を切って早く寝ろ」

 

『あれは悪かったよ。けど、お前の勝ち組人生どうこうは知った事じゃない』

 

「上等だ表出ろ。そして家から締め出されろ」

 

『アイがそんな事する訳ないだろ。それより、ついさっき五反田監督に電話したんだけど────』

 

 居ても立っても居られず、俺が貰った名刺の予備を使って五反田監督に電話したところ、監督はアクアに事情を丁寧に説明してくれたらしい。

 

 アイの撮影したシーンの仕上がりは良かったものの、それ故に制作会社の意向に合わなかったそうだ。

 

 主演の女優は「可愛すぎる演技派女優」として売り出し中であり、それにも関わらず同じ画面にアイがいたらイメージ戦略的に大問題。

 

 芸能界は花があるイメージをつい持ってしまうものの、上の顔色を常に伺わなければならず、いくら良いものを作っても簡単にボツされてしまうところは、普通の会社とあまり変わらないらしい。

 

 だからこそ、五反田監督はある提案をしてきた。

 

「映画にアイを出す代わりにお前が出演する事が条件。随分とぼったくられたらしいな。それでも元社会人かよ」

 

『俺は営業系の仕事をやってなかったんだ。お前と同じ事をやれって言われても困る』

 

「で、どうするんだよ?出るのか?いや、出るしかないか」

 

 この様子だと既に引き受けてしまったに違いない。

 

『アイの為だからな。仕方ない。正式な連絡は後で行くと思うが、その前に社長とミヤコさんにはお前からある程度話しておいてくれ』

 

「面倒くさいが……仕事だからな。わかった。代わりにあの監督からはそれなりのギャラを頂く事にする」

 

『ほどほどにしておけよ。冗談抜きで』

 

 勿論ほどほどにするさ。

 

 監督の懐事情がそれなりに痛む程度で。

 

 ぼったくられた分は相応にぼったくらせて貰う。

 

 それから更に数ヶ月が経ち、件の映画の撮影日。

 

 アクアが仕事を持って来たという事でグラサンは当初目を回していたが、アイの映画出演を聞いて直ぐにGoサインを出した。

 

 ただし、今回のアイの出演がアクアの引き換え(バーターというらしい)という事を俺は念入りに伝え、アイを今後安売りしない為にも相応のギャラを要求するべきだとも伝えた。

 

 結果、五反田監督はギャラについての交渉でそれなりに苦笑いしていたので、俺はある程度胸がすく気持ちになった。

  

 あのグラサンも偶には役に立つ。

 

 斯くして、苺プロ所属の子役、アクアは芸能界に足を踏み入れた。

 

「ママぁぁぁ!!ママぁぁぁぁ!!ママのどこがえりだい!!なんでママいないの!!」

 

「うっせぇ!!黙れ!!落ち着け!!迷惑だから静かにしろ!!お前は本物のガキか!?」

 

「ママぁぁぁ!!」

 

 そしてその片割れのルビーは足を踏み入れるどころか、足を後ろを向きにして子供に逆戻りしていた。

 

 こいつが同じ転生者だとは思えなくなってきた。

 

「アイとは撮影日が違うんだよ。真の言う通り迷惑だからせめて声量落とせ」

 

「早く帰ってバブりたい!!ママの胸でオギャりたいよぉー!!私をオギャバブランドに返してー!!」

 

 うん。こいつは絶対転生者じゃない。

 

 前世の記憶があるだけのただのガキだ。

 

 というか、オギャバブランドってなに?

 

 俺がかなり辛辣な目で暴れるルビーを見ていると、控室の扉が勢いよく開いた。

 

 怒った様子の赤い髪の少女が入ってくる。

 

「ここはプロの現場なんだけど!遊びに来ているなら帰りなさい!」

 

 なるほど。完全にご尤もな意見だった。

 

 アクアはともかくして、ルビーを即座に帰す事を俺も推奨したい。

 

 この少女は確か……アクアの共演者の………。

 

「有馬かなさんですね。お会い出来てとても光栄です。ご活躍についてはよく聞いております」

 

「…………あ。この子あれじゃない?えっと、なんだっけ?重曹を────」

 

「10秒で泣ける天才子役ですね!!あっちの子供については気にしないで下さい!!私共のおまけで付いて来ただけなので!!」

 

「誰がおまけよ!?」

 

 事実だろ。お前はもう喋るな。

 

 ルビーは俺を後ろからバレないように蹴り、アクアはまた媚売りしていると引いていた。

 

 ただの媚売りだと気づいていないのか、当の本人である有馬かなはあからさまに機嫌を良くする。

 

「へぇー。騒がしいからそうは思わなかったけど、あんたは案外分かってるじゃない。サイン上げてもいいわよ。けど、聞いていたのより年上っぽいわね」

 

「私はマネージャー志望というか……お目付け役です。今回一緒に共演させて貰うのは弟なので」

 

「アクアです。どうも」

 

「なんだ、そっちか。残念ね。その様子だとお兄さんかその知り合い人のコネで入った子みたいだし」

 

 使えるコネは使った方が良いと思うのだが、売れてるといっても子供には分からないらしい。

 

「あなたと同じコネのアイドルの子も、こないだ監督が撮ったドラマで全然出番なくてパッとしてなかったわ。どうせカットしなきゃいけないほどへったくそな演技したんでしょ。媚び売るのだけは上手みたいだけど!」

 

 本物の媚売りというのはそれ自体に気づかせないようになってから一流だ。

 

 現に俺はお前に十分なほどの媚を売っている。

 

 それとそろそろ煽るのは止めた方がいい。

 

 後ろのアクアとルビーのオーラが色々とヤバい。

 

「精々私とお兄さんの顔に泥を塗らないようにするのね!撮影の邪魔をしたら承知しないわよ!ADさん、かなのかばんもって!」

 

 騒ぐだけ騒いで満足したのか、有馬かなは忙しそうなADに鞄を持たせると行ってしまった。

 

 つくづく面倒くさいと思いながら後ろを振り向くと、案の定面倒くさい事になっていた。

 

 双子の殺意はほぼマックスだ。

 

「お兄ちゃん」

 

「分かってる相手はガキだ……殺しはしない………。アイを貶した上にクズのコネで来たと勘違いしたんだ………ただでは置かない」

 

「少し煽られたくらいでキレてんじゃねーよ。そのくらい受け流せって」

 

「「黙れクズ」」

 

 やはり、こいつ等が転生者だとは到底思えない。

 

 子供の戯言と割り切るくらいすればいいのに。

 

「そういえばお兄ちゃんはどんな役なの?」

 

「村の入口で出会う気味の悪い子供だってよ」

 

「あー、確かにお兄ちゃん気味が悪いもんね。気持ち悪さなら真の方が上だと思うけど」

 

「やかましい。俺はそもそも演技に興味ない」

 

「結構才能あると思うんだけどな」

 

 お前も大概だろと言いそうになるが、それを喉元で押し留める。

 

 ここで余計なこと言うとまたルビーが騒ぎ出しかねない。

 

 控室からとある山道に移動してカメラの前に有馬かなとアクアが並んで立ち、俺とルビー、そしてミヤコはそれを少し遠くで見学した。

 

 先にセリフを喋るのは有馬かな。

 

「ようこそおきゃくさん。かんげいします………」

 

 流石に天才子役と持て囃されるだけはある。

 

 素人目からしても演技が上手い。

 

 だが、今回ばかりは相手が悪い。

 

(台本を読んだ限り監督がアクアに求めているのは、おそらく見た目と中身が一致していない矛盾した演技。そして俺やルビーがそうであるように、アクアには前世の記憶とバックボーンがある)

 

 自分の意志も曖昧な子供にバックボーンを求めるなんて難しい話だが、アクアにはそれが生まれつき備わっている。

 

 子供には本来あるはずのないものが。

 

「この村に民宿は一つしかありません。一度、チェックインしてから村を探索すると良いでしょう」

 

 だから、最初からアクアは()()()()()()()()()()

 

 いつも通りにしている()()()()()

 

 嘘だらけの演技(せかい)において、真実は演技(せかい)そのものを否定した。

 

 勝ち目なんてあるはずがなかった。

 

(それを分かった上で有馬かなを()()()に使ったあたり………監督は十分なほど芸能界の人間だ。やっぱ、話の矛先をアクアに向けておいて正解だったな)

 

「カット!OKだ!」

 

「凄いね君。お姉さんぞくってきちゃった」

 

「そうですか?良かった」

 

 少し鳥肌が立っている様子の女優を見て、俺はアクアよりも監督の方が恐ろしく感じた。

 

 こうなる事が分かった上で、アクアに仕事をやらせたのだから。

 

「良くないわ。監督、取り直して」

 

「ん?いや問題なかったから」

 

「問題大ありよ!今のかな………!あの子より全然だめだった………!やだ!もういっかい!!お願いだから!!次はもっと上手にやるから!!」

 

 そしてその役割をやらされた有馬かなは泣き出し、監督の服を掴んで取り直しを要求した。

 

 プライドが高い奴ほど崩れた時に脆いというが、有馬かなはその典型例だった。

 

「ジュースなんか持って何処行くの真?また誰かに媚売りに行く気?」

 

「まぁそんなところだ。ミヤコに一言言っておいてくれ。直ぐに戻る」

 

「ほんと、あんた媚売るの好きね。あんな奴、そっとしておけばいいのに」

 

「俺の勝ち組人生計画の役に将来立つかもしれないからな。伝手は持っておくと案外役に立つ」

 

 差し入れのジュースを一本拝借すると、俺はベンチに座ってまだ泣いていた有馬かなのところに行った。

 

 一向に俺に気づいていなかったのでジュースを差し出すと、有馬かなは一丁前にこちらを睨んだ。

 

 まるで雨でずぶ濡れになった野良猫だ。

 

「………お兄さん。なによ……笑いに来たの?」

 

「そんなんじゃない。撮影の終わった出演者の方々に飲み物を配ってるだけだ。かなさんもよければ一本」

 

 有馬かなの様子を見て、俺は敢えて口調を崩す。

 

 今はこっちの方が話しやすいだろう。

 

「………いらない。かな………あいつに負けたし」

 

「今回の事は気にすんな。今回のアクアは演技をしているようで、演技なんて全くしてないからな。神経を尖らせる演技と自然体じゃ勝負にならない。ズルをしたようなもんだ」

 

「だとしても……勝ちたかった。もっと負けないくらい………演技したかった!」

 

「なら、次やる時は負けないように頑張らなきゃな。これ、うちの事務所の名刺だ。また勝負したいっていうのなら連絡しろ。アクア次第だが勝負の準備をしてやる」

 

 飲み物と一緒に名刺を手渡すと、俺は有馬かなの頭を軽く叩いた。

 

 あんなにも叩きのめされても、まだ立ち上がるガッツがあるのだ。

 

 案外大物になるかもしれない。

 

 意外な掘り出し物を手に入れたと、俺は心の中でほくそ笑んだ。

 

「あの現場で一番の食わせ物だったのは………もしかするとお前かもな。お前………ロリコンだったのか」

 

「それはグラサンであって俺じゃない。そもそも俺の好みはスレンダーかつ身長と胸がそこそこある女であって────」

  

具体的な性癖は聞いていない。俺が言いたいのはお前に演技の才能があるんじゃないかって事だ。出来る事なら俺の代わりに監督の期待に応えて欲しい」

 

 帰りの車に戻る途中、アクアは俺にそんな事を言った。

 

 ルビーにも言ったが俺は演技なんてものにこれっぽちも興味ない。

 

 何故なら演技はアイドルと同様、相手に嘘をつくだけではなく、()()()()()()()()()仕事だからだ。

 

 前世で俺は文字通り死ぬほど自分に嘘を言い、嘘を吐いて吐いて吐き続けて、その末に死んだ。

 

 相手に対して嘘は言う事はあっても、自分に対してだけはもう嘘はつきたくない。

 

「誰がやるか。大人しくお前が役者になれ」

 

 もう一度死ぬ事になったとしても、あんな死に方は二度と御免だ。

 

 

 

 

 

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