斎藤家の愚息   作:熊田ラナムカ27

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 ※注意
 
 この小説を読んでくれている皆々様、まずは本当にありがとうございます。
 
 しかし、ここからは少し辛いお話です。
 
 何度も言いますように、この小説を書くにあたってこういったストーリにする事は当初から決めており、この小説がこの小説である為にこの流れは変えられませんでした。
 
 どうかそこをご考慮出来る方のみ、この先を読んでもらえるととても幸いです。 
 
 それでは、本編をどうぞ。
 
 


31 待ち焦がれた願い

 

 

 

「えーっ………こんなところまで撮るんですか?」

 

「アイドルのMVは踊りパートとドラマパートに分けて撮ることが多いでしょ?メインは全体のダンスの映像で尺を稼ぐけど、ちょくちょく個々の可愛さを切り取ったカットを挿入しなきゃいけないって訳さ」

 

「だからって食事シーンは恥ずかしいですよ」

 

「そう言わず自然体で自然体で」

 

 B小町のMV撮影は順調に進んだ。

 

 動画投稿で撮影慣れしてたのが功を奏した。

 

 全部が全部初めてだけど苦に感じない。

 

 夢に一歩一歩近づいていると実感出来る。

 

 先生と再会する日が楽しみになってくる。

 

「ふむふむ。中々にいい感じ。次はかなちゃんの番。このカメラを大好きな人と思って振り返って」

 

 私の撮影が終わり先輩に声を掛かった。

 

 一人で飲み物を飲んでいた先輩の足が止まる。

 

 そこからしばらくして先輩は振り返った。

 

 その頬が赤く染まり瞳の奥が輝いている。

 

「へぇ………良いカオ」

 

 アネモネさんの口からそんな言葉が零れた。

 

 私もまるっきり似たような感想だった。

 

 演技じゃない本物の好意を強く感じた。

 

「かなちゃん、好きな人いるんだ?」

 

「ぐっ………いや、それは、その………」

 

 しかし、そんな顔も長続きしなかった。

 

 先輩は急に吐血して千鳥足になった

 

 フラフラと彷徨って机に突っ伏す。

 

 いつもの事ながら泣きそうになっている。

 

「もしかして、その好きな人って………」

 

「まぁ………うん。色々あったんだよ………」

 

「そっか………悪いこと聞いちゃったね」

 

「いいんです………過去の事なので………」

 

 MEMちょとアネモネさんは生暖かい目をした。

 

 先輩は力の無い声を出して項垂れた。

 

 よく分かんないけど………多分フラれたんだろう。

 

 それもこっぴどくやられたに違いない。

 

 一体誰がこんな事をしたんだろう?

 

 そもそもそんな相手周りに居たっけ?

 

 アクアを除外するとしたら消去法で真?

 

 いくら何でも………流石にそれはないか。

 

 仮にそうだとしたら趣味が悪すぎる。

 

「えーっと、その………とりあえずドンマイ」

 

「憐れむな!いつも通りにしろ!虚しくなるわ!」

 

「今の結構良かったよ。もう一度ツッコミ行ける?」

 

「こんな時にギャグパート撮るな!私は芸人か!」

 

「こんなに早く立ち直るなんて………成長したね」

 

「何処が成長!?これっぽちも嬉しくないわ!!」

 

 とにもかくにも撮影は順調に進んだ。

 

 例のギャグパートはかなりの好評だった。

 

 その事で先輩はグチグチ言ったけど放置した。

 

 あんな顔するよりはマシだと全員が割り切った。

 

 あの場に居た全員がある意味で大人だった。

 

「それにしてもスタッフ多いよね」

 

「カメラマンに助手が2人位付いてて照明に3人。美術や衣装、メイク諸々。此処に居ない制作PMとか監督も含めたらざっと10とか20は居るわ」

 

「それって汚い話………幾ら掛かったんだろう」

 

「安く見積もっても500万以上じゃない?」

 

「ひえっ!うちのチャンネル収益の何倍!?」

 

「そこは計算しないで。悲しくなるから」

 

 外での撮影を終えて次はスタジオ。

 

 準備を待っている間そんな話になった。

 

 某守銭奴じゃなくても目を回す額だ。

 

「結局アイドルは搾取されてると言っても、お金が掛かるところはガッツリ掛かるからね。気前よくこんな額を出してくれた社長達には感謝しないと」

 

「わーいっ!社長とミヤコさん大好き!」

 

「どっかの誰かさんのせいで………その社長が目を回したばっかりだけどね。私もほんの少し怒られたし」

 

「怖い話ね。一体誰の話かしら?」

 

「アンタよアンタ………いきなり経費で10万って………」

 

 呆れたようにミヤコさんは溜息をついた。

 

 どうにかしてくれる辺りはやっぱり優しい。

 

 ママの無茶振りに応えていただけはある。 

 

 私もアクアも真もミヤコさんには頭が上がらない。

 

 せめてもの愛情表現で勢いよく抱きついた。

 

 この人も間違いなく私にとってのママだ。

 

「おう。お疲れ。やってるみたいだな」

 

「アクたんおかえりー」

 

 時刻はもう夕方を少し過ぎた頃。

 

 お兄ちゃん達が観光から帰ってきた。

 

 真の姿はまだ見えない。

 

「どの辺まで進んだ?」

 

「ルビーとかなちゃんのドラマパートはあらかた終わってこれからダンスパートを撮る感じ」

 

「MEMちょはまだ撮ってないのか?」

 

「うん。後回し」「なんで?」

 

「ははは!未成年者は深夜22時以降の労働が禁止されてるからねぇ!ちっとも未成年じゃない私はド深夜でも労働できちゃうんだよぉ!18歳以上だからね!」

 

「………聞いて悪かった。とりあえず少し落ち着け」

 

 帰って早々お兄ちゃんは地雷を踏んだ。

 

 MEMちょは狂ったように笑い近くを彷徨った。

 

 純粋に不憫だと思わずにはいられない。

 

「………何なのよ。衣装に不満でもあるの?」

 

「全然ダメ。ちょっとこっち来て」

 

「なによ……これは皆で話し合った上で───」

 

「そうじゃない。リボンがだらしないって言いたいの。見え張ってウエスト細く見せたいのかもしれないけど、ベルト締めすぎてしわになってる。ホコリだってついてる。衣装さんが困るからあんまり歩き回らないで。帽子はもっと浅く被って背筋を伸ばす」

 

「何よ………これで良いワケ?」

 

「別に………及第点じゃない?」

 

 一方あかねちゃんは先輩の衣装を整えていた。

 

 顔を少し赤らめて目がキラキラしている。

 

 これには先輩も何も出来ずタジタジだ。

 

 どうもあの様子には既視感しかない。

 

「もしかして………あかねちゃんって………」

 

元ファンの反転アンチだ。俺も最近気づいた」

 

私達(ドルオタ)と似た様子だと思ったら通りで………」

 

「解釈違い………一番面倒なやつだ」

 

 本日二度目の生暖かい目を私はした。

  

 お兄ちゃんと気が合う理由も分かった気がする。

 

 類は友を呼ぶとはよく言ったものだ。

 

 面倒というか重いというか何というか。

 

「あれっ?そういえば真は?一緒じゃないの?」

 

「彼奴は俺達と別行動してた。彼奴の姿を最後に見たのは駅で別れた時だ。そういや姿が見えないな」

 

「そろそろ暗くなる時間なのに………おかしいな」

 

 周囲を軽く見渡しても真の姿はない。

 

 どうやらまだ帰って来ていないらしい。

 

 いつものなら既に帰っていてもいい時間だ。

 

 何かトラブルにでもあったのかもしれない。

 

「真が居なくて撮影が不安か?」

 

「そんな訳ないじゃん。珍しいなって思っただけ」

 

「俺の方から連絡してみる。お前は撮影に集中しろ」

 

「あの馬鹿………何処で道草食ってるんだか」

 

 私はそう言いつつカメラの前に戻った。

 

 遅い時はいつも連絡するのに今日はしない。

 

 推しの撮影があるのに応援しに来ない。

 

 マメな真の性格的にどれもまず有り得ない。

 

 そのせいかほんの少しだけど胸騒ぎがした。

 

 何処からか感じる視線のこともあって。

 

 

 

 

 

 

 

 

♦♦♦

 

 

 

 

 

 

 

「邪神の野郎……マジで死ね。どうしてこうなった」

 

 何度目か分からない呪詛を俺は思わず呟いた。

 

 こんな状況になったら誰だってこうなる。

 

 あの騒動でバスの最終便を逃してから3時間。

 

 俺は帰る手段を失い山道を徒歩で下っていた。

 

 タクシーを呼ぼうにもスマホは充電切れ。

 

 民家もコンビニも街頭も一向に見えてこない。

 

 普段どれだけ文明に囲まれていたかを思い知った。

 

 野宿すら心の何処かで覚悟していた。

 

「だが、それもこれで終わりだ。人間やれば大抵の事は出来るもんなんだよ。この勝負………俺の勝ちだ」

 

 辿り着いた病院の前で俺はそう呟いた。

 

 この病院が山の目立つ場所にあって良かった。

 

 お陰で迷わず此処まで来ることが出来た。

 

 文明社会万歳と心の奥底から叫びたい。

 

 人を救うのは邪神ではなくやはり文明だ。

  

 誰が何と言おうと俺は心の中でそう思う。

 

『こんな遅くまで何やってた。あと一歩で警察に連絡するところだったぞ。一応聞くけど生きてるよな?』

 

「勝手に俺を殺してんじゃねぇ。どうにか生きてる』

 

『それならいいけど………今何処に居る?」

 

「山奥の病院の待合室だ。スマホの充電が切れたから電話を借りてる。鍵が閉まってなくて助かった」

 

 受付は終わっていたものの病院は開いていた。

 

 俺は中の看護師に事情を話して電話を借りた。

 

 周囲はすっかり暗くなり22時まであと少し。

 

 予想通りスタジオのミヤコは大騒ぎしていた。

 

 旅行先で遭難事件なんて洒落にもならない。

 

 宿に着いた後の説教を考えると頭が痛くなる。

 

「俺が居ない間………特に何も起きてないよな?」

 

『お前の失踪騒ぎ以外はな。至って平和そのものだ』

 

「本当か?本当に何も起きていないんだよな?」

 

『だから起きてないって。流石にしつこいぞ』

 

 電話の向こうでアクアが溜息をついた。

 

 何をしているんだと思わず自問自答した。

 

 クソガキの言葉に振り回されている。

 

(予言なんて所詮デタラメだ。彼奴は俺を嘲笑いたいだけだ。俺は何をやってるんだ。一度冷静になれ)

 

 俺は一先ず頭の中で素数を軽く数えた。

 

 知り合いに聞いたやり方だが効果があった。

 

 動揺していた心がある程度まで冷静になった。

 

 何事もとりあえず試してみるものだ。

 

「何も起きていないのならそれでいい。変なことを言って悪かった。少し色々あったせいで動揺していた」

 

『まぁそれならいいけど………気をつけて帰れよ』

 

「そろそろ電話を切るぞ。戸締りはしっかり───」

 

『このクソカラス待て!!焼き鳥にしてやる!!』

 

 俺が電話を切ろうとするとルビーの声がした。

 

 電話の向こうで何やら叫んでいるのが聞こえた。

 

 冷静になった心が再びざわめくのを感じる。

 

「ちょっと待て!!今のは何だ!?何があった!!」

 

『いきなり大声出すな。あかねがビックリしてたぞ。ルビーが部屋の鍵をカラスに奪われただけだ』

 

「何だと!?ルビーとあかねは今何処に居る!?」

 

『カラスを追って山の方に行ったみたいだが───』

 

 俺は電話をほっぽり出して病院の外に出た。

 

 山の方を見るとカラスがそこで騒いでいた。

 

 直感的にあそこに何かがあると分かった。

 

 胸騒ぎが一気に加速していくのを感じる。

 

「ふざけるなよ………そういう事か………ッ!!」

 

 俺は荷物も持たずその方角に走り出した。

 

 看護師が俺を止めようとしたが無視した。

 

 ルビー達より早く辿り着くべきだと思った。

 

 何があるのか分からないが嫌な予感がした。

 

 しかし、不幸にも時刻は真夜中だった。

 

 道が見え辛く歩くだけでも非常に困難。

 

 土地勘がないのも災いして今にも迷いそうだ。

 

 病院に辿り着く過程で既に体力も消耗している。

 

 あっという間に息が出来なくなった。

 

 焦りと疲れで頭がどうにかなりそうになる。

 

「それでも………彼奴等だけは………ッ!!」

 

 フラッシュバックする光景を振り払った。

 

 自らに襲い掛かる恐怖を見なかった事にした。

 

 邪神の言葉を深く考えないようにした。

 

 とにかく山道を全力で走り続けた。

 

「これは一体………祠……なのか………?」

 

 カラスが集まっている終着点に俺は辿り着いた。

 

 息を整えつつもその周辺を軽く調べた。

 

 どうやら祠の裏側に空間があるらしい。

 

 カラスの鳴き声に誘われ裏側の空間を探る。

 

「な………何だ………これは…………」

 

 そんな言葉が俺の口から思わず飛び出た。

 

 冷静なんて言葉が彼方向こうへと消える。

 

 嫌悪感と拒絶反応が同時に襲い掛かった。

 

 その直後に祠の向こうから足音が聞こえた。

 

 邪神の高笑いが聞こえてくるかのようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

♦♦♦

 

 

 

 

 

 

 

 私は本来撮影を終え宿に戻ってるはずだった。

 

 あかねちゃんと部屋でUNOをするつもりだった。

 

 お兄ちゃんとの恋愛事情を聞き出すつもりだった。

 

 そのはずだったのに………どうしてこうなった。

 

「くっそー挑発してるな!絶対捕まえてやる!」

 

「おとなしく宿の人に謝ろ?迷子になっちゃうよ」

 

「大丈夫!この辺なら多少は土地勘あるし!」

 

 こんな真夜中に私達はカラスを追い駆けていた。

 

 理由は言わずもがな鍵を奪われたからだ。

 

 アイドルのやる事じゃないけど仕方ない。

 

 ここまで来たら取り返す以上に意地だ。

 

 木の枝を掻き分けて私達は森の中を進む。

 

「そういえばルビーちゃんここ産まれだっけ?」

 

「まぁね。もしかしてアクアから聞いた?」

 

「丘の上の病院で産まれたって聞いたよ。明日にでも行きたいって言ってた。思い入れのある場所だって」

 

「あの場所は私達にとって大事な場所だからね」

 

 しばらくカラスを追っているとそんな話になった。

 

 カラスがゆっくり飛んでいたのもあるだろう。

 

 いつの間にか危機感より楽しさが勝った。

 

 呑気にお喋りをしながら山道を進んで行く。

 

「あかねちゃんも『B小町』入らない?」

 

「いやー、それはちょっと………得意分野以外は本当に駄目だからさ。恋リアの時も大変だったし………」

 

「あはは………なるほどね」

 

 私は曖昧に笑って言葉を濁し誤魔化した。

 

 今言った言葉だけが理由じゃないのだろう。

 

 先輩がB小町に居るのも理由の一つのはずだ。

 

 あの時のあかねちゃんの目は少し怖かった。

 

 敢えて言わないし敢えて聞かないけど。

 

「逆にルビーちゃんは役者に興味は無いの?」

 

「実は………ちょっとある」

 

「そうなんだ!私でよかったら教えるよ!」

 

「えーうれしー!教えて教えて!」

 

 あかねちゃんは楽しそうに笑った。

 

 直ぐにでも役者の勉強もしたいと思った。

 

 けど、そう思ったのもほんの一瞬だ。

 

 何度か頷いて自分の気持ちを確かめる。

 

「でも、まずはアイドルを一本やり切ってからかな。役者を本当にやるかどうかはその後に決めるよ」

 

「ルビーちゃんは本当にアイドルが好きなんだね」

 

「そりゃそうだよ!いつかドームでライブをやって!皆が知ってるアイドルになって!それで………」

 

 私はそこで言葉を一度区切った。

 

 その時を想像して思わずにやけてしまった。

 

 勢いよく話したせいで無償に恋バナしたい。

 

 あかねちゃんになら言っていいかもしれない。

 

「あかねちゃんは年の差って幾つまでイケる……?」

 

「ええっ?好きな人いるの?しかも年上?」

 

「みんなには秘密………お兄ちゃんにも内緒だよ」

 

 そんな事を考えてついつい言ってしまった。

 

 あかねちゃんは頬を赤らめつつ真剣な顔になった。

 

 思い切ってお姉ちゃんに話してよかった。

 

「大事なのは精神年齢だから………10位はイケるんじゃないかな?それで相手はどんな人?優しい人?」

 

「すっごく優しい人!私がずーっと1人だった時にずっと側に居てくれていつも励ましてくれたんだ。せんせが居なかったら………頑張って生きようだなんて思わなかった。アイドルになろうなんて思わなかった。私にとって生きる意味をくれた………大切な人」

 

 せんせと過ごした日々を忘れた日はない。

 

 せんせとの約束は今世でも生きている。

 

 せんせとの会える日を私は願い続けている。

 

 自然に頬が緩んで笑みが零れていった。

 

 この願いが叶うならいくらでも頑張れる。

 

「今は何処に居るか分からないんだけどね。突然職場から消えて消息不明になっちゃったみたいで」

  

「そ、そうなんだ………本当にそんな人でいいの?」

 

「どうせ大方女性トラブルでとんずらこいただけだもん。いつも思わせぶりだから罰が当たったんだよ」

 

「ルビーちゃんの好きな人………女たらしなんだね」

 

「私が何度好き!結婚しよ!って言ってものらりくらり躱してばっかりなの!真剣に言ってるのに!」

 

 けど、それはそれとして不満はある。

  

 女たらしの癖だけは直して欲しい。

 

 昔を思い出して少し腹が立った。

 

 隠してはいたけどずっとそうだった。

 

「だけど、それでもいいの」

 

 私はおもむろに夜空を見上げた。

 

 あの頃と同じで綺麗な星空だ。

 

 何だか泣きたくなってしまう。

  

「もう一度、会えるなら………」

 

 今世の私は約束通り16歳になった。

 

 今なら真面目に考えてくれてもいいはずだ。

 

 そんな言葉が思わず口から零れた。

 

 何時叶うかも分からないというのに。

 

「それだけ好きなら………私は応援するよ。好きって気持ちに……少し位の年の差なんて関係ないもんね」

 

「そうだよね!?ちょっと位関係ないよね!」

 

「それに正直なところ他人事には思えないんだよね。好きな人が………根っからの女たらしだって部分で」

 

「それは………うん。うちの兄が……本当にごめん」

 

「人間ってさ………惚れた相手にとことん弱いよね」

 

 私とあかねちゃんは互いに苦笑いした。

 

 アクアは昔からそういうところがある。

 

 私と真が面倒事になる度にどうにかしてきた。

 

 中学校で告白の行列を作った事だってある。

 

 あの光景には流石の私もフォロー出来なかった。

 

 真はしばらくゴミを見る目でアクアを見ていた。

 

 せんせとアクアはそう考えると少し似ている。

 

「あそこの祠。さっきのカラスが居る」

 

 それから更に歩いて私達はカラスを追い詰めた。

 

 崖の下にある祠を根城にしているらしい。

 

 何羽ものカラスがこちらを見つめている。

 

「祠の裏に空間が………ここを巣にして───」

 

「お前等ここで何をしている。早く宿に帰るんだ」

 

「うわっ!?ビックリした!!どうして此処に!?」

 

 祠の裏側から真がひょっこり出てきた。

 

 あまりに驚き過ぎて尻餅をつきそうになった。

 

 真の目は光を失いその手は静かに震えていた。

 

 表情は能面のように堅く固まっている。

 

「俺が此処にいる理由なんていい。いいから早く」

 

「けど、鍵を奪ったカラスがあの中に───」

  

「いいから帰るんだ。俺の言うことを聞け」

 

「真さん………どうしたの?何か様子が───」

 

「お前も一緒に来るんだ。とにかく今は───」

 

 真が手を引っ張ろうとしたその時だった。

 

 一羽のカラスが祠の向こうから出てきた。

 

 そのカラスは名札を口に咥えていた。

 

 私はそのカラスから目を離せなかった。

 

 だって名札にはキーホルダーが入っていた。

 

 あのキーホルダーはよく覚えている。

 

 カラスは名札を地面に落とすと飛んでいった。

  

 真はそれを覆い隠すように私の腕を掴んだ。

 

 全身の血の気が引いて冷たい声が出る。

 

「………その手を放して。祠にあるものを見せて」

 

「ここには何もない。あれは誰かの落とし物だ」

 

「ルビーちゃん………真さんの言う通りに───」

 

「お願いだから放して!!行かせてよ!!」

 

「グッ………くそっ!!行くんじゃない!!」 

 

 私は真を無理矢理振り払って祠の向こうに行った。

 

 真は私を止めようと追いかけて来た。

 

 あかねちゃんはスマホを取り出している。

 

 警察に通報しようとしているのかもしれない。

 

 けれど、そんな事はあまりに些細なことだった。

 

 落ちていた名札を拾って直ぐに手が震え出した。

 

 祠の裏にあったものを見て言葉を失くした。

 

 全身の力が抜けて立ち上がる事が出来なかった。

 

「せん………せ…………?どう……して…………?」

 

 そこにあったのは白骨化した人間の死体だった。

 

 見覚えのある眼鏡と白衣を身に着けていた。

 

 それが現実だと理解するまで時間は掛からない。

 

「違う。違うよ。だってせんせは………」

 

「黒川が警察を呼んだ。肩を貸すから立つんだ」

 

「嫌だ。此処に居る。一人にするなんて酷いよ」

 

「ここには何もない。ここにあるのは過去だけだ」

 

 私の瞳から光が消えていくのがわかった。

 

 自分の感情を抑えきれなくなるのを感じた。

 

 音を立てて何もかもが崩れて消えていく。

 

「何でぇ………何でなの………せんせ………ッ!!」

 

『雨宮吾郎』と名札には書かれていた。

 

 私があげたキーホルダーが入っていた。

 

 これだけでもう全てを理解してしまった。

 

 もう涙を堪える事は出来なかった。

 

 そんな私を真は祠から無理矢理引きずり出した。

 

 再び振り払おうとしても放してくれない。

 

 今度は強く掴んで放すまいとしていた。

 

 その腕の中で延々と泣き続けるしかなかった。

 

 持ち焦がれ続けた願いはようやく叶った。

 

 けれど、そこにはもう何も残ってなかった。

 

 そこにあったのは前世の残骸だけだった。

 

 温かった世界が冷え切っていく。

 

 夢も希望も全て消えて過去(みれん)だけが残っていく。

 

 

 

 

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