ホテルの近くに置かれたベンチ。
その周囲は雪が降り出しそうなほど寒い。
私とアクアは少し距離を取ってベンチに座る。
いつもなら隣に座るのに今夜はそうじゃない。
お互い近くに居る気分じゃなかった。
「大丈夫………じゃないよな。気分が悪くて当然だ」
「うん………ちょっとね。直接は……見てないけど」
ようやく話し始めても空気は重いままだ。
何を話したらいいか全然わからない。
私が通報してから直ぐに警察はやって来た。
祠の裏側にはテープが張られ大騒ぎになった。
私とルビーちゃん、真さんの3人警察署に出頭。
第一発見者として事情聴取を受ける事になった。
そのせいもあって時刻は夜の3時を回っている。
「私なんかより辛いのはあの2人だよ。真さんは最初にアレを見つけて……ルビーちゃんはアレを見て傷ついてた。あの場に居たのに………何も出来なかった」
「お前は悪くない。あの2人が悪い訳でもない」
「わかってるよ。だってアレは……誰かに殺されてああなってた。殺した人が……全部悪いに決まってる」
そう呟くようにどうにか言葉を紡いだ。
私だって頭ではわかってるし理解してる。
けれど、それでも私はあの場で見てしまった。
ルビーちゃんは警察が来るまで泣き続けていた。
大切な人を失った苦しみに苛まれていた。
真さんは何も話さずルビーちゃんの傍に居た。
自らの無力感を押し殺して耐え続けていた。
あの兄妹に私は手を差し伸べられなかった。
助けてもらったのに助けられなかった。
何もしてあげることが出来なかった。
「こんな事になってごめん。全部………俺のせいだ」
そんな私に対してアクアは何故か謝った。
その声は私と同じように少し震えていた。
何かを懺悔するかのような声に聞こえた。
「どうしてアクアが謝るの?悪くなんてないのに」
「例え直接的には関係なくても………俺のせいなんだ。俺が幸せを望んだから………罰が当たったんだ」
アクアの言葉の裏にある真意はわからない。
けれど、何かを後悔して激しく苦悩していた。
どうしてこんな事を言っているのか分からない。
雨宮吾郎とどんな関係があるのかも分からない。
それでもこれは駄目だと直感的に感じた。
自罰的になっているアクアを私は抱きしめる。
「アクアは……幸せになる為に生まれてきたんだよ。お願いだから……そんなことは二度と言わないで」
「俺はアレが此処の何処かにあることを知っていた。目を背け続けて……見ないフリをしていたんだ。それで誰かが傷つく事ぐらい……想像できたはずなのに」
「全部自分が悪いの?誰も悪くないって言った君がそれを言うの?そんなの間違ってる。抱え込まないで」
私もアクアもそれは酷い顔をしていた。
泣き出してしまうのを我慢していた。
何もかもが夢みたいに消えるのが怖い。
全てが嘘だったなんて思いたくない。
「この旅行もこの前のデートも楽しかった。きっとこれが普通の幸せなんだって思った。大切な人が傍に居る事がこんなにも幸せなんだって知ることが出来た」
私の腕から抜け出しアクアは立ち上がった。
そこにあった温もりが遠くに消えていく。
手を伸ばしてもその手が届くことはない。
「あかねの言葉は本当に嬉しかった。その言葉で多少は救われた。………けど、これはやっぱり俺が一人で向き合わうべき問題だ。こればっかりはあかねの力を借りちゃいけない。今だけは……一人にさせてくれ」
アクアはそう言うと一人で行ってしまった。
追い掛けることを許してくれなかった。
何もかもを一人で抱え込んでしまった。
そんな彼を引き止める事は出来なかった。
「どうしてみんな………幸せになれないんだろう」
そんな言葉が思わず口から溢れ出た。
あったはずの温もりはもう此処にはない。
何かが軋み出す音が遠くで聞こえる。
君の居ない世界は何処までも冷たい。
「もうこんな時間。まさか………MVの収録しに来てこんな目に遭うとはね」
私と真はミヤコさんに連れられ宿に戻った。
普段なら何か話すところだけど今夜は違う。
お互いに軽口を言う気分じゃなかった。
「今日はゆっくり休みなさい。収録を続けるかは朝決めればいいわ。ルビーを部屋まで連れていける?」
「ああ、問題ない。ルビーもそれでいいな?」
「うん。大丈夫。早く部屋に行こ」
ミヤコさんと別れ私達は階段を登った。
部屋に着くまでやはり何も喋らなかった。
ドアを開けるとそこには誰も居なかった。
あかねちゃんは何処かに行っていた。
私と真にとっては寧ろ好都合だった。
置かれていた布団と椅子にそれぞれ座る。
「アレはお前にとってなんだ?前世の関係者か?」
真は一言一言確かめるようにそう言った。
言葉を慎重に選んでいるのがわかった。
黒い感情がざわめいていくのを感じる。
「まぁ、そんなところ。詳しくは聞かないで」
「………そうかよ。これ以上の詮索はしない」
「逆に聞くけど………どうして真はあそこに居たの?せんせが居るって……知ってた訳じゃないよね?」
「そんな訳あるか。お前達と同じで……アレを見つけたのは偶然だ。これっぽちも……予想してなかった」
「………そっか。それなら良かった。安心した」
真の言葉にこれっぽちも嘘はなかった。
そうなんだろうと何となく理解した。
ほんの僅かに黒い感情が落ち着きをみせた。
これ以上の最悪が訪れることはなかった。
「どんな感情を持ったとしても俺はそれを否定しない。だが、早まった真似だけは決して考えるなよ」
「……うるさい。早く帰って。何も知らないクセに」
「雨宮五郎のことは確かに知らない。それでもアイのことは知っている。お前の笑顔をいつも望んでいた」
私の脳裏にママが向ける笑顔が蘇った。
それと同時にせんせの笑顔もまた蘇る。
どちらも忘れたくない私にとっての宝物だ。
どちらも失いたくなかった代えがたい物だ。
「じゃあ私は………一体どうすればいいの?」
真が出て行って直ぐに私は思わず苦悶した。
その問いを返してくれる相手は誰もいない。
白い感情と黒い感情が争いを始めた。
幾つもの過去が蘇っては消えていった。
何が正しくて悪いのか分からなくなった。
どうしようもない感情に潰されそうになる。
夜が明けても、キーホルダーを見つめても。
その答えが出ることは結局なかった。
「昨晩は………色々大変なことがあったみたいだね。気分が悪いとかあったら遠慮せず休んでね………」
スタジオに皆を集めアネモネさんはそう言った。
私一人に向かって言った言葉に違いない。
ミヤコさんが心配そうにこっちを見ている。
無理言って来たはいいけど我ながら酷い顔だ。
鏡を見なくてもメイクで誤魔化してもわかる。
アイドルには似つかわしくない暗い顔だ。
いつもみたいに振る舞うことが出来ない。
「今日はほぼほぼ外ロケみたいだねぇ」
「嫌いなのよね。MVの外ロケ。クソ寒い中季節感ガン無視の衣装着せられて歌ったり踊ったり………」
「あははは………おっかないねぇ」
とにもかくにも私達はとりあえず車に乗った。
移動中の先輩とMEMちょはいつも通りだった。
敢えてそうしているのだと直ぐにわかった。
MEMちょはともかく先輩はらしくない。
アクアとあかねちゃんも朝からそうだった。
表面上は仲良そうだけど気まずそうだった。
互いが互いに気を遣ってるようにも見えた。
それを見て思うところがあったのかもしれない。
「さてと。MEMちょの次はどっちが行く?」
「はいっ。誰も行かない方向で直ぐ帰りましょう」
「駄目です。スケージュール的に今日撮ります」
「こんな曇りの日に鬼か!!私達まで殺す気か!!」
「ごれでも………いぢおういぎでるげどね………」
今日の撮影場所は山中の綺麗な川辺だった。
夏にオススメの水遊びスポットだ。
ただし、今日は気温も相まって冬真っ盛り。
水温は一桁台で水遊び出来る環境じゃない。
覚悟を決めたMEMちょは早々に逝った。
撮り終えたと同時に甲高い悲鳴を上げた。
勇者であると共に哀れな犠牲者だった。
タオルを羽織ってガタガタと震えている。
「やっぱり………役者に戻れば良かったかも………」
「まぁまぁそう言わず。芸人としての根性で」
「その言い方マジでやめろ。せめて根性だけにしろ」
散々駄々を捏ねつつ先輩は最終的に逝った。
あんな事を言っていたが流石はプロ意識の塊。
撮影が始まるや否や人が変わり可愛さを魅せた。
不満も本音も何もかもを覆い隠してやり切った。
そんな先輩の姿に待機中の私も目を奪われる。
(2人とも綺麗だったな。アイドルって感じだった)
近くに居るはずなのに2人が遠くに感じた。
あの頃みたいにテレビで見たような感想が出た。
真っ暗な暗闇を彷徨っている気分になる。
瞳の奥の光が揺らいで弱まるの感じる。
(私にはもう………アイドルに対する未練がない。ママみたいに輝くだけなら………別の道もある。芸能界をもし辞めたとしても………せんせは私を咎めない)
どうせ一度あの病院で死んだ身だ。
死んだ人間が本来蘇ることはない。
自分は生まれ変われただけ幸運なはずだ。
みんなと幸せに生きる事が出来たら───
(せんせとママを殺した犯人が今でも生きていたら?私から大切な人達をまた奪おうとしていたら?)
水に触れていないのに全身が寒くなった。
息が出来なくなってしまいそうだった。
自分がどれだけ能天気だったかを思い知った。
失ってしまう恐怖を考えないようにしていた。
(許せない。何があろうと許すことなんて出来ない)
犯人が複数なのか単独なのかもわからない。
同じ相手が殺したかどうかもわからない。
でも、ママを殺した犯人の手掛かりならある。
引っ越した家の場所を知る人は限られてた。
知っているのは身内だけのはずだった。
普通の大学生が場所を知れる訳なかった。
情報提供でもしない限り不可能なはずだ。
真犯人が居るとしたらおそらく……私達の父親だ。
ママの交友関係的にきっと芸能界に居る。
(どんな手を使っても必ず見つけ出す。せんせを殺したのかどうか確かめてやる。何もかもを奪ってやる)
瞳の奥の光が消え代わりに虚ろが生まれた。
その虚ろから黒い光が溢れ出ていく。
水の冷たさも感じないほど心が冷たい。
これは全ての思いを踏みにじった私のエゴだ。
正しいか悪いかだったら悪いに決まってる。
それでも………何もせず奪われるよりマシだ。
今ある大切なものまで奪われるよりマシだ。
(見つけ出して絶対に………絶対に殺してやる)
天国に居るせんせとママには後で叱られよう。
何かもを道連れに喜んで地獄に堕ちよう。
自らのエゴで全て奪う悪になってやる。
俺は自らのスマホを片手に一つの映像を見ていた。
アネモネさんに無理を言い貰った仮案のMVだ。
仮案だけあって音楽はまだなく構成はバラバラ。
本人が渡すのを渋っていただけはある出来だ。
けれど、これを貰っておいてやはり正解だった。
自らの悪い予感が的中した事を確かめられた。
この目で確かめる事が出来てしまった。
「………そうかよ。お前はその道を選択したのか」
俺は柄にもなく弱気な気分で落胆の声を出した。
他の奴等が参拝に行ってるからこそ出せた声だ。
今日は宮崎旅行最終日でもう少しで此処を発つ。
まるで休む事が出来ない慰安旅行だった。
あまりに多くの事があり過ぎた旅行だった。
アクアも何かあったようだが問題はルビーだ。
何かを強く訴える視線の正体を俺は知っている。
あの視線の先にある破滅を俺は知っている。
アクアと異なる道をルビーは選択してしまった。
かつての俺と同じ狂気を宿してしまった。
生者としての生き方を捨ててしまった。
亡霊としての生き方を選んでしまった。
「私はちゃんと忠告したはずだ。君は選択を誤ると」
「失せろ。さっさと帰れ。俺は今機嫌が悪い」
「彼女は何年もずっとずっと心から再会を望んでいた。仕方ない事といえば仕方ない事であるけどね」
「いい加減黙らねぇと喉笛搔っ切るぞ」
「自分以外のことになると君も怒るんだね」
クソガキは気が付くと隣に立っていた。
駐車場にはついさっきまで誰も居なかった。
カラスだって一匹も止まってなかった。
それにも関わらず音も無く現れがった。
俺の前で正体を隠す気はないらしい。
カラス避けスプレーの意味はなかった。
「何故あんな物を見せた?一体何が目的だ?」
「イレギュラーは排除するって言ったはずだよ」
「排除したいなら俺だけを狙えばいいはずだ」
「君は理解しなくていい。全ては正しい運命の為だ」
「何が正しい運命だ。下らないにも程がある」
俺は正面からクソガキに怒りをぶつけた。
そんな俺をクソガキは静かに笑った。
恐怖も何も感じず嘲笑ってくるだけだ
こいつ何を言おうと無駄だと理解した。
見た目が子供でも中身は全くの別物だ。
「そんな事よりもそれ………中々にいい出来だね」
「てめぇみたいな
「彼女の事なら分るさ。それこそ前世からね」
「彼奴の何も見えてない奴が語ってんじゃねぇ」
クソガキは俺のスマホをジロジロ見てきた。
普通の子供みたな仕草とてつもなく腹立つ。
殴ろうにも見た目のせいで殴れない。
「君はルシファーが純粋たる悪だと思うかい?」
「てめぇの下らない無駄話に付き合う趣味はない」
「ルシファーは神に近しい力を持っていた。そんな彼がどうして神に戦いを挑む必要があった?更なる力を求める必要があった?その力で何をしようとした?」
俺は殴るのを諦めその場を去ろうとしていた。
そんな折にクソガキは一人で勝手に話を始めた。
コミュニケーション能力が激しく不足している。
ふと顔を上げて周囲を見渡すとカラスが居た。
クソガキと同じで音も無く木々に止まっていた。
追い払おうにもカラス避けスプレーは車の中だ。
「私が思うに彼が反乱を起こした理由はそこに力があったから。それだけだ。いくら成長したところで神も人も力を求めるのを止められない生物だからね」
俺は話が終わるまで逃げられないと察した。
下手に動けばカラス共に襲われるに決まっている。
どれだけ構って欲しいのだと邪神関係なく引いた。
いくらコミュ症でも普通はここまでしない。
「だが、力を求める行為そのものは悪ではない。魚が蜥蜴になったように、猿が人間になったように、力を得る行為自体は純粋だ。君が忌み嫌う嘘と同じだ」
「………話を短く要約しろ。お前は何が言いたい」
「彼女は愛する人達の為、愛した人達の為、嘘に塗れる道を選んだだけだ。正義も悪もそこにはない。君が干渉しようと、私が干渉しなかろうと、これは確定された運命だった。気に病み悩むような事じゃない」
クソガキは諭すようにつらつらと語った。
神気取りの理解者のように振る舞った。
俺はその言葉を聞き肩を揺らした。
込み上げる笑いを抑えられなかった。
甲高い笑い声を上げ瞳の奥の光を消す。
「お前って
ふうと溜息を吐くと共に声が凍てついた。
邪神に対する怒りや憎しみも風と共に消えた。
純然たる嫌悪と軽蔑だけが俺の中に残った。
「この私が………人について何も分かってないと?」
「ああ、そうだ。今の言葉で確信した。ルビーの前世を知っていようといまいと関係ない。雨宮五郎を知っていようと関係ない。憐みで俺に寄り添おうが関係ない。お前のただの傍観者だ。理解者なんかじゃない」
「それは君も同じだ。誰の理解者にもなれない」
「俺は初めからただのエゴイストだ。誰かの理解者になったつもりもなるつもりもない。傍観者として見ているだけのお前とは違う。俺は最後まで自らのエゴを貫くだけの人間だ。
俺は薄ら笑みを浮かべるクソガキを睨んだ。
自分が何をするべきはとっくに知っている。
正しいか正しくないかなんて関係ない。
誰かの許しも慰めも俺には必要ない。
悪魔になる覚悟も諦めも既にしている。
「それが君の選択という訳か。現実を知り、
周囲を取り囲むカラス達が一斉飛び立った。
神社とは反対方向にクソガキは歩き始めた。
勝手に始めておいて勝手に話を終えやがった。
有馬と張り合うレベルの自己中っぷりだ。
「君にとっては要らぬお節介だろうけど一つ教えてあげる。運命において人間達にはそれぞれ『役目』がある。誰かの『役目』を変えたいなら誰かに『役目』を渡さなきゃいけない。それを曲げれば全てが消える」
クソガキは足を止め話をまた始めた。
あの時と同じで言葉が氷のように冷たい。
顔こそ見えないが無表情に決まってる。
「仮に一人が全ての『役目』を引き受けたとしたら一体どうなる?何を背負い込んでどんな風に死ぬ?」
「全ての『役目』を引き受けるという事は全ての業を一人で背負う事を意味する。狂いに狂って孤独の中で死ぬのがオチだね。自己満足としか言いようがない」
俺は珍しくクソガキの言葉に反応した。
その答えをクソガキはあっさりと提示した。
互いに何も喋らず静寂が辺りに広がる。
「君の転生は私にとっても予想外だった。良くも悪くも愛には大きな力が秘められているが………ここまでの歪みを生むとは思っていなかった。あまりに多くのイレギュラーをこの世に生み出す結果となった」
クソガキが何を考えているかは分からない。
その言葉には一切の感情が宿っていない。
敵意も害意も感じる事はなかった。
「これでも多少の期待はしているんだ。私のような傍観者とも異なる『役目』を持ち得ない存在にね。君が君のままで居られるのかどうか本当に楽しみだよ」
────ルシファーのようにならないといいね。
不思議な感覚に陥っていると声が突然消えた。
此処にはもう居ないと振り返らずとも分かった。
神社の方を見てみるとアクア達の姿が見えた。
参拝を終え帰りの車に乗ろうとしている。
「邪神って奴は………これだから嫌いなんだ」
俺は彼奴等に合流しようと車に向かった。
カラスの鳴き声を遠くで聞いた気がした。
それから半年の長い月日が流れた。
アクアとルビー、あかねと有馬が進級。
それぞれ2年生と3年生になった。
俺は陽東高校の普通科を無事卒業。
大学への進学を理由にマネージャー業を休業した。
苺プロダクションと距離を置きしばらくが経つ。
『B小町』のブレイクは寸前まで迫っている。
多くの人間を巻き込んで運命は加速していく。
その流れを止めることは誰にも出来ない。