斎藤家の愚息   作:熊田ラナムカ27

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35 茶番劇も時には必要

 

 

 

「そうですか………わかりました。お忙しいのにお手数を掛けてすいません。またの機会にお願いします」

 

 何度目かわからない台詞が口から零れた。

 

 僕は思わずスマホを手放し深く落胆する。

 

 斎藤君の懸念は残酷なまでに的中した。

 

 取材を引き受ける人間は一向に見つからない。

 

 寝れない日々が久しぶりに数日間続いている。

 

(あの時は咄嗟に止めたけど……改めて考えると無茶振りが過ぎる。縛りを満たすコスプレイヤーを探し出した上で選定作業と交渉を短期間で済ませるだなんて現実的じゃない。もっと後先を考えるべきだった)

 

 自分で自分のことを殴ってやりたい。

 

 よくよく考えればわかった事のはずだ。

 

 彼のように上司相手でも発言するべきだった。

  

 怒られるのを恐れてる場合じゃなかった。

 

「此処での仕事………僕には向いてないのかも」

 

 僕はそんな独り言を人知れず呟いた。

 

 彼の言葉がまたしても静かに蘇った。

 

 いくら目を背けても真実からは逃れられない。

 

「どうしたの?大変な仕事でも押し付けられた?」

 

「まぁちょっと………色々と苦労はしてるかな」

 

「私が力になれる事はある?手伝える事はある?」

 

 そんな僕にルビーちゃんは誘うように囁いた。

 

 彼女の言葉は何処か甘く蠱惑的だった。

 

 元々頼りがなかっただけに縋るしかなかった。

 

 こうするしかないと自分に嘘をついた。

 

「ルビーちゃんってコスプレやってたりしない?」

 

 この嘘が僕にとって最大の過ちだった。

 

 抑え込んでた自制心に歯止めが利かなくなった。

  

 自分が犯す間違いに理由をつけ正当化した。

 

 被害者から加害者へと気づけば変貌した。

 

 守るべき妹を犠牲にする選択を選んだ。

 

「ええっ!?むっ………むりむりテレビはむり!ミッ………ミミ宅コス勢だし……加工凄いし………」

 

「頼むって………!お前コスアカも結構フォロワー多いし………Dも納得すると思うんだよ!」

 

「ええ~~~!そっ、そもそも!ミミの仕事なんだと思ってるの!?絶対声でバレちゃうから!」

 

 妹のミミは最前線で活躍してる個人Vチューバー。

 

 そんでもって中学時代の頃からの引きこもりだ。

 

 顔とルックスが良い代わりにミミは極めて臆病。

 

 小さい頃は僕が居ないとまともに話せなかった。

 

 体が大きくなった今も根っこは一切変わってない。

 

 近所のコンビニに行くのでさえ苦痛だというのに、テレビ出演だなんて堪ったものじゃないだろう。

 

 しかし、そんなミミの心情を僕は無視した。

 

 諦めるどころか必要以上に強く頼み込んだ。

 

 脅しのようなやり方さえも使う事を決める。

 

「兄として………マネージャーとしてお前のサブアカは把握してる。宅コスの画像時々アップしてるだろ」

 

「い、いつからそれ知ってたの!?覗き見なんて趣味悪いよ!もしかして………悪口の件も知ってる?」

 

「散々俺の悪口書いてくれたみたいだけど番組に出てくれるなら不問にする。こっちも余裕がないんだ」

 

「そ、そんな………ひ、ひきょうだよ………」

 

 僕は涙ぐむミミに謝罪するしかなかった。

 

 目的を達成した事への喜びはなかった。

 

 罪悪感に飲まれて壊れてしまいそうだった。

 

 嘘に嘘を重ねる度に罪が増えていく。

 

「取材を引き受けてくれた子のリストです」

 

「おう。わかった。そこに置いといてくれ」

 

「会場関係者との段取り調整終わりました」

 

「そうか。そっちも後で確認しておく」

 

 撮影当日まで残こす時間は数時間程度。

 

 何はともあれ必要な人員はどうにか揃った。

 

 ルビーちゃんが独自で交渉してくれたお陰だ。

 

 寿みなみさんとメイヤさんからOKを貰えた。

 

 このまま問題なければ番組を形に出来る。

 

(それでも………確認は取った方がいいよな)

 

 番組制作において版権の問題は切って離せない。

 

 原作者の許可がない限り番組の制作は不可能だ。

 

 ここまでやったからには念を入れた方が良い。

 

「最終確認なんですけど………少しいいですか?」

 

「別にいいが早くしろ。こっちも暇じゃないんだ」

 

「許可の方は……大丈夫ですよね?明日は『東京ブレイド』のコスプレで……本当に良いんですよね?」

 

 部屋の空気が冷え切って誰も喋らなくなった。

 

 斎藤君は鋭い目つきでこっちを見ている。

 

 漆原Dは自分の懐からスマホを取り出す。

 

「正直なところ……分からん。こっちは連絡待ちだ」

 

「えっ……それってどういう………?」

 

「手の空いてる奴に交渉を任せたんだが……難航してるらしい。確認を今取るから……ちょっと待ってろ」

 

 漆原Dは交渉の結果を電話越しに聞きに行った。

 

 体中が粟立って血の気が引くのを感じた。

 

 自身の足元が崩れるような錯覚に襲われる。

 

 嫌な予感が当たらない事を祈るしか出来ない。

 

「任せた奴が出版社の担当と揉めたそうだ。役員達が出張る事態になって許可取りどころじゃないらしい。当然だが『東京ブレイド』のコスプレはナシだ」

 

 けれど、そんな祈りが届く事はなかった。

 

 嫌な予感は何時だって最悪な形で当たる。

 

 ついさっきの錯覚が現実となって襲い掛かる。

 

「どうするんですか!?話が違いますよ!!レイヤーの子達には『東ブレ』のコスでお願いしてるんですよ!?コスを変えるにしても今更過ぎます!!」

 

「俺にとっても想定外だ!そんな事はわかってる!とにかく今はオリジナルか許諾フリー……ちょっと『東ブレ』じゃない感じの衣装を急いで準備させろ。企画が目前まで進攻してしまった以上そうするしかない」

 

 自身の口から罵詈雑言が漏れ出そうになった。

 

 いつもみたいに割り切る事も出来ない。

 

 頭では理解できても心が理解を拒んだ。

 

 ストレス値が加速度的に上昇していく。

 

「まずは今回の事態についての説明を準備をして……準備が出来次第リストの上から順に謝罪を………」

 

「吉住さん。一人でやるには流石に仕事量が多過ぎます。分担してやった方が負担も減りますし───」

 

「理不尽だろうと何だろうとこれは僕の仕事だ。取材の申し込みを担当した以上……責任は果たさないと」

 

「今のあなたは責任を果たす以前に罪悪感で押し潰されそうになってる。妹さんを無理矢理にでも出演させたにも関わらず……番組そのものが無くなる可能性が出たせいで……おかしくなる一歩手前まで来ている」

 

 斎藤君の言葉で思わず手が止まった。

 

 彼の言葉は何時だって的を射ている。

 

 けれど、僕の震える手はそれでも動いた。

 

 何を言われようと動かざる得なかった。

 

 こんな方法でしか自分を保てない。

 

「僕の気持ちは………君にはわからないよ。妹を犠牲にしてしまった………僕の気持ちなんて。悔しいし今直ぐ逃げ出したいけど………それすら出来ないんだ」

 

 自然に涙が目から零れ落ちていった。

 

 隠していた本音が僅かでも露わになった。

 

 嘘と罪悪感で雁字搦めになったのを自覚する。

 

「この世界に………自由なんか何処にもない」 

 

 もしかすると漆原Dも同じなのかもしれない。

 

 あの人は間違いなく最低な人間だけど歴は長い。

 

 この世界の嫌な部分をそれだけ見てきた。

 

 自分に嘘をついて自分を何度でも殺してきた。

 

 あの人に対する同情はないし事情も知らない。

 

 それでも同じように苦しんでる事はわかった。

 

 加害者になった被害者なのだと理解した。

 

「僕達は一体………何になりたかったのかな」

 

 それが今更わかってもどうしようもない。

 

 過去も罪も消せないし変える事は出来ない。

 

 どれだけ苦しくても今を生きていくしかない。

  

 この世界に神様はきっと初めから存在しない。

 

 いくら手を伸ばしてもその手が届く事もない。

 

『やっぱりテレビって最悪。露出系だからって完全に下にみられてる。東ブレコスの取材っていうから受けたのに前日になってオリジナルで~とか言われてレイヤーへのリスペクト一切感じられない。準備どんだけ大変かわかってんの?正直ショック………しばらくコス活動も控えようと思ってます………』

 

 その後は当然のように炎上の事態が起きた。

 

 取材を終え自宅で作業をしていた時の事だった。

 

 問題のツイートを上げたのはメイヤさん。

 

 投稿の理由についてはコスチューム変更についての連絡の遅れ、今回の取材における配慮のない質問などに対し我慢する事が出来なかったからとのこと。

 

 謝罪の連絡を急いで行ってみるも効果はなし。

 

 事態は局全体を揺るがす問題にまで発展した。

 

 ここまでやってきた事は例外なく水の泡だ。

 

「上からの伝達だ。コスプレ回の放送は一旦見送り。局としての謝罪も検討してるそうだ。加えて言うと次の放送回をもってうちの班は解体。斎藤と吉住の次の配属先については追って伝えられるが俺の退職勧告はについては………確定的らしい。晴れてお払い箱だ」

 

 漆原Dは僕達を集め力なくそう言った。

 

 昨日までの覇気は一切見当たらない。

 

 今回の事で上層部に念入りと絞られたようだ。

 

 顔色の悪さなら僕も大概負けてないけど。

 

「そうなると次の放送回までのうちの方針はどうします?メイヤさんへの謝罪は当然として、火消しの方法についても早急に検討するべきです。班の解体が既に決まってる以上、行動を起こすなら早い方が良い」

 

 その一方で斎藤君はいつも通りだった。

 

 僕達と違って鬱屈とした雰囲気は全くない。

 

 何やら人数分の資料を印刷している。

 

 自分のやるべき事しか彼は考えていない。

 

「俺達はもう終わったんだよ。何をしようと全て徒労で終わる。印刷機を今直ぐ止めろ。紙の無駄遣いだ」

 

「それを決めるのはあなたじゃない。あなたにその権限はない。企画の必要有無を決めるのは鏑木さん(プロデューサー)だ」

 

「だったら何だってんだ?お前みたいな天才に負け犬の気持ちはわからねぇ。これで失敗したら責任取れんのか?面白れぇもん作れる保証は何処にある?目の前の現実も見れないガキが偉そうな口を叩くな!!」

 

 漆原Dは斎藤君に対し勢い強く怒鳴った。

 

 これまで溜めてきた憤りを全て放った。

 

 しかし、彼はそれでも引かなかった。

 

 それどこか漆原Dの言葉を鼻で笑った。

 

 虎の尾を踏んだのだと即座に理解する。

 

「舐めた口を叩いてんじゃねぇぞ。てめぇの御託は聞き飽きたんだよ。この期に及んで言い訳をする気か」

 

 彼の光無き瞳が無言の圧を周囲に振り撒いた。

 

 あまりの迫力に部屋の空気が凍りついた。

 

 漆原Dは憤りも怒りを忘れて青ざめた。

 

 僕は圧に負けその場に座り込んでしまった。

 

 遥かに年上の上司の相手をしてる気分だ。

 

 どっちが本当の大人なのか最早分からない。

 

「今のアンタは負け犬じゃない。凝り固まったプライドにしがみつくそれ以下の存在だ。現実を見ずに逃げているのはそっちだ。どうせ終わるなら醜く最後まで足掻け。才能がどうこうなんて知ったこっちゃない。抗うのを止めた奴に未来なんて初めから存在しない」

 

 彼の言葉は僕に刺さるものでもあった。

 

 自らに噓をついた自分が恥ずかしくなった。

 

 彼にはカッコ悪い姿を見せてばかりだ。

 

「僕達の班はどのみち終わりです。それでも果たすべき責任は必ずあります。何もかも手遅れかもしれないけど………せめて自分達のやるべき事をしましょう」

 

 きっと初めからこうするべきだった。

 

 こうすればミミを犠牲にする事もなかった。

 

 いくら後悔しても過去は変えられない。

 

 自分の犯した罪が消える事は永遠にない。

 

 それでも償う事は幾らだって出来る。

 

 自分を変えて前に進む事は出来る。

  

「今度こそ………俺の話を聞いてもらえますよね?」

 

 斎藤君は印刷した資料を手渡した。

 

 漆原Dは数ページほど捲った後に無言で頷いた。

 

 あの2人が正面から言葉を交えたのは初めてだ。

 

 僕達はその後方針ついて全員で話し合った。

 

 鬱屈した雰囲気の消失については言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

♦♦♦

 

 

 

 

 

 

 

「君がこのタイミングで動く事は分かっていた。この短期間でここまで多くの人間を動かした事に関しては少し驚いたけどね。どんな手品を使ったんだい?」

 

「手品と呼ぶには単純な仕掛けです。鏑木さんには遠く及びませんが………日頃の行いの積み重ねです」

 

「ああ、なるほど。そういう事か。確かに分かりやすく単純明快な仕掛けだ。それ故に極めて効果的だ」

 

 スタジオの空気は張り詰め何処か緊張している。

 

 俺と鏑木さんはその様子を別室で見物していた。

 

 堂々と仕事をサボれる身分は中々に気分が良い。

 

 権力というのはどの世界でも実に偉大だ。

 

 是非ともそのおこぼれに与っていきたい。

 

『『深掘れ☆ワンチャン!!』当番組はこれまで地上波では出来ない様々な深堀り………ギリギリな取材を多数行ってきましたが………今回は特別編!スペシャルな内容をお送りします!!』

 

 司会のルビーの声がモニター越しに聞こえた。

 

 何時もながら馬鹿みたいに大きな声だ。

 

 席の方にはアクアとメイヤさんが居る。

 

 アクアの目付きは気のせいか僅かに鋭い。

 

 今回の台本から俺の存在に気付いたのだろう。

 

 これで気付かないようなら逆に呆れてしまう。

 

『というわけで!今回の取材対象は『当番組!』やらかしたテレビ番組サイド!そして問題提起者であるコスプレイヤーの「メイヤ」さんをお招きし………!ナゼこのような問題が起こったのか!徹底的に深堀りしちゃいます!BOW!』

 

「ああいう輩は敵にすると実に面倒だ。自らが被害者である事を主張するだけならまだしも、炎上を利用して個人的な感情から私刑(リンチ)を引き起こす。主張自体が間違ってる訳でもないから握り潰せない点も厄介だ。そんな相手に対話の席を用意するとはやるじゃないか」

 

 俺がそんな事を考えていると鏑木さんは言った。

  

 場面は切り替わり番組は着々と進んでいる。

 

 モニターにはメイヤさんがアップで映っている。

 

「メイヤさんの主張は何も間違っていません。漆原Dの時代錯誤なやり方には私も常々疑問を抱いていました。自分もADとしての立ち場があるので大声では言えませんが………心からお礼を言いたいくらいです」

 

「それはどうも……ありがとうございます。ADさんの中にも理解のある方が居ると聞いていましたが……そんな風に言って貰えるとは正直思ってませんでした」

 

 数日前に俺はメイヤさんと直接面談した。

 

 初めは当然の事ながら警戒され難色を示されたものの、あくまで個人的な話という事で了承してくれた。

 

 漆原Dに対する反発的な態度を撮影が決まってから貫き、一定の好感度を稼いでいた事が功を奏した。

 

 やはりリスクヘッジは最低限でも取るべきだ。

 

「だからこそ、私としては残念に他ならない。あなたの勇気ある行動も風化してく事実が何とも耐え難い」

 

「それはどういう事ですか?私は正しい事をしたんだって……ついさっきは言ってくれたじゃないですか」

 

「ええ、確かにそう言いました。ですが、その正しさが皆平等に伝わる訳じゃありません。SNSでの炎上はあくまで一時的なもの。何時かは必ず鎮火する。それどころかメイヤさんにとっても望まない形で新たな火種を生む可能性だってある。もしかするとコスプレに関わろうとする人自体が居なくなるかもしれない」

 

 俺の言葉にメイヤさんは黙りこくった。

 

 予想通り先々の事まで考えていなかった。

 

 行動における責任を把握してなかった。

 

「メイヤさんが本当の意味で自分の正しさを示したいのならば順序が必用です。表舞台に堂々と自ら立って自分の言葉で思いを示す必要があります。その方法について良ければ私と考えてみませんか?」

 

 そこから先については簡単の一言に尽きる。

 

 俺の言葉を鵜呑みにしてまんまと口車に乗った。

 

 口の軽い人間ほど騙しやすい相手は他に居ない。

 

 炎上の百倍は真っ当だから一応嘘は言ってない。

 

『私は謝罪を求めてる訳ではありません。この様な事がもう二度と起こらない様に………原因の究明と体制の改革を求める次第です』

 

「だが、いくら対話の席に座らせても相手を納得させなければ意味がない。君は彼女に色んな綺麗事を言ったみたいだけど……それと謝罪だけで本当に納得させられると思うかい?許しの心を持てると思うかい?」

 

「そんな訳ないでしょう。それで相手を許せたら世界はとっくに平和です。メイヤさんがセクハラで傷ついたのは確かですし、それについての落ち度は我々にある。いくら取り繕ってもこの企画は茶番でしかない」

 

 そうハッキリと俺は切り捨てるように断言した。

 

 この企画の根幹は確かに謝罪そのもの。

 

 業界全体の信用を取り戻すと俺はプレゼンしたし、吉住さんと漆原Dはそれが第一だと考えている。

 

 しかし、それで片付くほど現実は甘くない。

 

 罪を憎んで人を憎まずなんて不可能だ。

 

 復讐は心の整理をつける手段でしかない。

 

 人は綺麗事のみでは生きてはいけない。

 

「けれど、その茶番(うそ)を誰しもが求めている。何処か歪な世界で綺麗で真っ直ぐなものがあると信じたい。それが詰まるところの真実です。メイヤさんは謝罪を必ず受け入れる。自身が綺麗であり続ける為に茶番(うそ)を必ず受け入れる。謝罪の気持ちも、責任を果たす気持ちも本物なら尚更です。この2つさえ伝われば十分だ」

 

 モニターには鮫島先生が映っている。

 

 ある意味であの人もその実例だ。

 

 この世界は正しく貸し借りそのもの。

 

 自分にとって好ましい相手なら助けたいと思うし、その逆なら相手がどうなろうと知ったことではない。

 

 俺の企画がすんなり通ったのもそれが理由だ。

 

 きちんと誠意を常日頃から伝えていたからだ。

 

 手伝いを頼めば喜んで引き受けてくれた。

 

 媚売りというのはこういう時の為にある。

 

「まぁ偶にこっちの気持ちを素直に受け取らない人間が居ると少し……いや、かなり面倒ですけどね。そういう人間は良い意味でも悪い意味でも我が強すぎる」

  

「スター性のある子は大抵そんなものだよ。そういう人間は嘘を信じさせる個としての説得力を持つ代わりに集団に合わせるのが苦手だ。経験を積むに連れそれを誤魔化そうとはするけど根っこは結局変わらない」

 

『現場からは以上でーす。スタジオにお返しします。深堀リポーターは有馬かなでお送りしましたー』

 

 俺は表情に出さず全力の苦笑いをした。

 

 アクア経由で俺の情報が流れると思うと気が重い。

 

 長文のラインを一々返すのは面倒だし本当に嫌だ。

 

 遅かれ早かれな気もしないでもないが。

 

「何はともあれ今回の問題を短期間かつ穏便なやり方で君は解決した。異例の大出世に対する不満も今回の件で解消されるだろう。例の話だけど考えてもいい」

 

 漆原Dのコスプレにスタジオは騒然となった。

 

 番組のオチとしては申し分ないだろう。

 

 大々的な和解も相まって話題にもなる。

 

 CAD昇進の実績作りとしては完璧だ。

 

 何もかもが計画通りに動いている。

 

「この業界に深く入り込めば入り込むほど後戻りはできない。先に進めば進むほど多くの闇を見る事になるだろう。それ等全てを受け入れる覚悟はあるかい?」

 

 鏑木さんはこちらを試すように覗き見た。

 

 面接官として会った時と同じ目だ。

 

 投資価値があるかどうかを探っている。

 

「覚悟なんて必要ありません。俺はその闇を見定める為この業界に入り込んだ。後戻り出来るかなんて最初から興味ありません。先に続く道しか見ていません」

 

 それに応えてお望みの輝きを提示した。

 

 利用価値があると分かりやすく示した。

 

 それを無視する程この人は馬鹿じゃない。

 

「そうだったね。そういう契約だったね。ならば僕も相応に応えよう。君が僕にとっての利である限り」

 

「最高の結果を提供するので安心してください。契約と約束は必ず果たします。決して損はさせません」

 

 モニター上でスタッフロールが流れた。

 

 長く短い茶番劇もこれで幕引きだ。

 

 鏑木さんは満足そうに部屋を出た。

 

 それからしばらくして部屋の扉が開いた。

 

 扉を開けた主はこちらを睨んでいる。

 

「生憎だが手遅れだ。全て横取りさせてもらった」

 

 俺はルビーに向かって歪んだ笑みを向けた。

 

 大人を気取ってるガキの鼻を明かしてやった。

 

 どうしようもない愚か者に現実を見せた。

 

 卑怯で卑劣な存在こそが本当の大人だ。

 

 

 

 

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