斎藤家の愚息   作:熊田ラナムカ27

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36 捻じ曲げられた運命

 

 

 

 周囲は暗くなりすっかり真夜中。

 

 俺とルビーは共にテレビ局の外に出た。

 

 此処なら思う存分話す事が出来る。

 

「………なんで邪魔したの?どういうつもり?」

 

 ルビーは俺のことを()として認識していた。

 

 その瞳は黒く輝き何処までも歪んでいた。

 

 かつての優しい白き輝きは欠片もない。

 

「俺がこの業界で成り上がる為だ。芸能界のトップを取る為だ。利用してたアクアがその気概を無くしちまったからな。自らの手で勝ち取る事にしただけだ」

 

「その結果が手柄の横取り?ふざけないでよ。アンタみたいなクズに構ってられるほど私は暇じゃない」

 

「クズ以下の外道に成り下がったクソガキにしては口が回る。間違えちゃいけない線引きを堂々と超えやがって。火種を招いたにしては随分とご立派な様子だ」

 

 俺はそんなルビーを強く睨み返した。

 

 消えた光の代わりに俺の瞳は激情で満ちていた。

 

 どうしようもない感情が体中を巡っている。

 

「何時から仕込んでた?何処まで計算尽く?」

 

 俺の腹を探ろうとルビーは挑発した。

 

 本人はおそらく隠してるつもりなのだろう。

 

 あまりに見え見えで欠伸が出そうになる。

 

「グラサンのところで下っ端やってた頃からだ。何もかもが計算尽くだ。今回の結果は偶然ではなく必然によるものだ。お前と俺では嘘の重みが何もかも違う」

 

 俺は挑発に乗ってその答えを示した。

 

 わざわざ隠しておく程の事でもない。

 

 俺は前世で社畜として死ぬまで働いた。

 

 グラサンの下でマネージャーを学んだ。

 

 アクアと有馬と共に芸能界を見てきた。

 

 騙し騙されながら此処まで生きてきた。

 

 俺にとって嘘とは歩んできた人生そのものだ。

 

 振り払おうとしても払えない一種の呪いだ。

 

 行き当たりばったりで行うほど軽くはない。

 

 純粋な騙し合いで負ける訳にはいかない。

 

「お前こそ何処でこんなやり方を思い付いた?お前が何のヒントも無く炎上を利用した人心掌握を思い付いたとは考えにくい。お前の背後には一体誰が居る?」

 

 今度は逆にルビーのことを挑発した。

 

 番組内でのルビーの動きは異様だった。

 

 性格的に考えられないほど戦略的だった。

 

 早々に先手を打ってなければ危なかった。

 

 何もかも一人の力でやったとは思えない。

 

「わざわざ教える訳ないじゃん。誰と仲良くしようが私の勝手。プライバシーの侵害だから交友関係にまで口出ししないで。自分の事ぐらい自分で判断できる」

 

 やはりというべきか話そうとしなかった。

 

 存在を匂わせるだけでそれ以上は明かさない。

 

 下手に全て覆い隠すよりよっぽど効果的だ。

 

「未成年のクセに何言ってやがる。ミヤコの言う事を聞いてお利口にしてろ。そっちの方が可愛げがある」

 

「そのミヤコさんに黙って家出紛いの事をした奴に言われたくない。その軽い頭を擦り付けて謝ってこい」

 

「グラサンにも事務所にも筋は通した。必要最低限の説明もした。土下座しろと言われる筋合いはない」

 

 俺達は関係ないところで互いを牽制した。

 

 ミヤコ関連については共に罪悪感があるらしい。

 

 自分がやった行いを迷わず棚に上げた。

 

「どちらにしろ茶番劇は終わりだ。漆原Dには降格及び減給処分。メイヤさんには情報漏洩についての注意及び警告。やらかした奴等には相応のケジメをつけさせる。このままハッピーエンドなんて俺が許さない」

 

 これについては初めから決めていた。

 

 一方的な優しさは偶像を作り出すだけだ。

 

 自分の意志で考え選ぶ事にこそ意味がある。

 

 偶像に頼り思考を放棄するなんて以ての外だ。

  

「真って本当に捻くれてるよね。誰も損してないのにまだ不満があるんだ。どっちも改心したんだからそれで良いじゃん。奇麗に真っ直ぐなんて無理な話だし」

 

 ルビーはその姿勢を真っ向から否定した。

 

 偶像として誰かを利用する事を良しとした。

 

 きっかけを使ったのは自分だと暗に示した。

 

 その先にあるのは破滅だけだというのに。

 

「アイはお前達の存在を隠してアイドルをやっていた。そういう意味ではアイドルとして完璧な存在とは言えない。それでも一人の人間として足掻いていた。自分の言葉が嘘だと理解しながら真実を求めていた」

 

 俺は何時しかそんな言葉を口走っていた。

 

 自らが見て感じたアイの姿を語っていた。

 

 何故か感じた憤りを晴らそうとしていた。

  

「ママはもうこの世には居ない。ママはもう何も言ってくれない。アンタの勝手な妄想を押し付けるな」

 

 ルビーの言葉と怒りはご尤もだ。

 

 生者が死者の思いを語る事は出来ない。

 

 相手を思いやった言葉なら尚更だ。

 

 どんな言葉も生者のエゴに過ぎない。

 

 どうこう言える立場でもない。

 

「だが、これだけはハッキリ言える。今のお前はアイドルとしても詐欺師としても3流だ。同じ噓吐きでもアイとお前は何もかもが違う。足元にも及ばない」

 

「ママのことは関係ないって言ってるでしょ。どうこう言うなら私だけにしろ。ファンですらないアンタがママについて語るな。お願いだからそろそろ黙って」

 

「俺は初めからお前についてしか言ってない。アイに勝手な期待を抱いて勝手に落胆してるお前を見て腹が立っただけだ。お前の言い訳作りにアイを使うな」

 

 それを理解した上で俺はエゴを貫いた。

 

 自らのエゴを無理矢理ルビーに押し付けた。

 

 自らが持つ退路の全てを完全に絶ち切った。

 

「どんな理由でこんな真似したかは全く興味ない。それはそうとアイを理由に下らない真似をまたするなら何度でも叩き潰す。目障りだし気に食わないからな」  

 

「そういやアンタが救いようがないぐらい自分勝手な奴だって事を忘れてた。アンタは何時だってそうだ。相手の気持ちも考えずに一方的に自分のエゴを押し付ける。アンタのエゴなんか誰一人だって求めてない」

 

「そんな事は初めからわかってる。自分と他者のエゴは絶対に相容れない。片方を屈服させるしかない。お前が選んだのはそういう道だ。そしてお前は俺に勝てない。アイの虚像を見るだけのお前に勝ち目は無い」 

 

 どうして憤りを感じたかようやく分かった。

 

 記憶の底にしまっていたものを思い出した。

 

 尚更のこと先に行かせる訳にはいかない。

 

 同じ過ちを繰り返す訳にはいかない。

 

「私のことを何一つ知らないクセに……知ったような口を叩くな。ママを騙ってあれこれ言ったアンタを私は許さない。私はもう……真を家族とは思わない」 

 

 俺とルビーの道は交わる事なく別れた。

 

 こうなる事は初めから分かっていた。

 

 復讐を止めるとはそういう事だ。

 

 後戻りする事はもう出来ない。

 

 この道を進むしか選択はない。

 

「ルビーの説得は失敗だ。彼奴はアクア以上に諦めが悪い。今後も何か仕掛けてくるに違いない。不穏な動向があれば直ぐ伝えろ。最短かつ最速で先手を打つ」

 

 俺はスマホ越しに共犯者と話した。

 

 例外なく全てを叩き潰すにはこれしかない。

 

 ルビーの人気を早々に高める訳にはいかない。

 

 僅かでもミスをすれば全てが終わる。

 

「ああ、そうだ。上畑志貴が動いていると見て間違いない。引き離しも現状は不可能だ。状況は刻一刻と最悪に近づいている。そっちの事は引き続き任せた」

 

 もう二度と選択を誤る訳にはいかない。

 

 どれだけ恨まれようと憎まれようと関係ない。

 

 今も昔も俺の掌は罪で汚れ切っている。

 

 地獄行きの特等席の予約はもう済ませた。

 

 だが、せめて交わした約束だけは必ず果たす。

 

 それが俺にとって唯一の存在理由なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

♦♦♦

 

 

 

 

 

 

 

 各業界のその年最も注目を集めたインターン生を決める『JPCインターンMVP』が今年も開催された。

 

 その中の芸能界部門でMVP賞を獲得したのはインターネットテレビ局『ドットTV!』所属の斎藤真さん。

 

 大学生となる前の高校以前は『苺プロ』で芸能マネージャーをしていたという異色の経歴の持ち主だ。

 

 恋愛リアリティショー『今日からガチ恋始めます』に出演経験がある事から名前を知る人も多いだろう。

 

 半年前に話題となった『深堀れ☆ワンチャン!!』のコスプレイヤー炎上騒動では事態の鎮静化に尽力。

  

 不知火フリルがMCを務めるゲームバラエティ番組『VSソニック!!』では企画立案及び天の声を担当。 

 

 キレのあるトークスキルとタレント顔負けのルックスで裏方でありながら表舞台でも活躍をしている。

 

 また俳優の星野アクアと『B小町』の星野ルビーとは義兄妹の関係で他番組にゲスト出演する事も多い。

 

 表舞台と舞台裏で会心の活躍を続ける彼は幼少期に旧『B小町』のアイと直接面識もあったという。

 

「芸能事務所の御曹司として産まれた私にとって芸能界は常に傍にありました。多くの人間達が放つ輝きを間近で見てきました。アイもその輝きの一つです」

 

「残念な事にアイはその輝きを奪われた。しかし、彼女の希望(ひかり)は消えず生き続けその日を待っています」

 

「だからこそ、自分なりのやり方で芸能界をより多くの人間が輝ける場所にしたいと考えています。何時かアイをも超える輝きが見れるようなより良き場所に」

 

 彼は取材インタビューでこう語った。

 

 現在の芸能界は正しく群雄割拠の時代。

 

 この言葉が事実になる日も近いのかもしれない。

 

 斎藤真の今後の活躍に注目していきたい。

 

 

 

 

 

 

 

♦♦♦

 

 

 

 

 

 

 

「なんだかマコたん凄い事になっちゃったねぇ」

 

「その記事お願いだからこっちに見せないで。彼奴の被害者が国家規模で広がってる現実を見たくない」

 

「身内がテロリストになったみたいな言い方してる」

  

 私はネット記事を見るや否や寒気に襲われた。

 

 こんなものが出回るだなんて世も末だ。

 

 この半年で斎藤真の名前は一気に広がった。

 

 裏方で無所属なのを驚かれるレベルだ。

 

 下手なタレントの知名度を凌駕している。

 

「彼奴には元から才能があった。他者の強みと弱みを正確に把握して自分の勝ち筋を作り出す才能がね。とんでもなく腹立つから今まで認めたくなかったけど」

 

 私の役者としての復権は彼奴が居てこそだ。

 

 あの才能抜きでは更に時間が掛かってた。

 

 軽口を叩ける程の余裕も無かったはずだ。

 

 それを自分に向けて使えばこうもなる。

 

「マネージャー時代のパイプもコネも大量に持ってるし予定調和ってやつじゃない?スター性があるのかは個人的に疑問だけど鏑木Pの後ろ盾だってあるし」

 

「何の躊躇いもなく権力者に擦り寄るところはマコたんらしいよね。尊敬したいようなしたくないような」

 

「あんなもの尊敬し出したらこの世界はもう手遅れよ。必要とあれば靴だって舐めかねない奴だもの」

 

「いくら何でも流石にそれは言い過ぎじゃない?」

 

 いいや、絶対やる。その姿が容易に想像出来た。

  

 靴を舐めて金を稼げるなら間違いなくやる。

 

 世間が見ている彼奴の姿は何かも間違ってる。

 

 彼奴は顔が良くて媚売りが上手いだけのクズだ。

 

 才能があるとか以前に人間として終わってる。

 

 妬みや嫉妬を抱くどころか反面教師でしかない。

 

「そんなのどうでもいいから早く撮影やるわよ。ここのところ登録者数の伸びが若干横ばいになってるし」

 

「これまで伸びが凄かっただけで全然伸びてる方ではあるんだけどね。うちのチャンネルもそういう時期を迎えちゃったか。どうにか踏ん張って頑張らないと」

 

 その一方で『B小町』の人気は落ち込んでる。

 

 落ち込んでるというか前みたいな勢いがない。

 

 爆発的な伸びから緩やかな伸びに変わりつつある。

 

 まぁ正直上手く行き過ぎていたから驚きはない。

 

 それどころか地に足がついたような気もする。

 

 結成から1年半のグループなんてそんなものだ。

 

「今日の撮影具体的にどうしよっか。ルビーは番組の収録で遅いらしくて参加無理っぽいみたいだけど」

 

「えっ、また?スケジュール詰め込み過ぎでしょ。これ以上仕事を増やすなって社長に言ったはずよね?」

 

「ビックリするぐらい仕事が流れてくるから対処しきれないみたい。吉住さんも頑張ってるらしいけど」

 

 吉住さんは最近うちに入ったマネージャーだ。

 

 前の職場が地獄過ぎて転職を決めたらしい。

 

 人気が出て仕事が増えたルビーを専属で見てる。

 

 これは余談だが転職先を紹介したのは真らしい。

 

 本人が笑顔で話す裏で苦笑いしたのを覚えてる。

 

「何より本人が自分で仕事を増やしてるっぽいんだよね。自分から営業掛けてアピールしてるみたい」

 

「クズがやりそうな事を自分から?何やってんのよ。自分勝手にやられたんじゃ止めようがないはずね」

 

「ここ最近オーバーワーク気味だよね。イエローシグナル出す一歩手前かも。突然どうしちゃったんだろ」

 

 そんな事を話しながらとりあえず撮影を始めた。

 

 あの子が居ない事にファンは残念がっていた。

 

 それどころか心配の声もちらほら上がっていた。

 

 ファンというのは推しの変化には敏感らしい。

 

 MEMちょ曰くヤバい説得力が増したとのこと。

 

 いつも思いつめた顔してたから気持ちは分かる。

 

 あの子を心配する気持ちは私だって同じだ。

 

「だからって仕事終わった直後に押し掛けるのは色々とどうなのよ。明日仕事があるから帰っちゃ駄目?」

 

「そこはもうちょっと頑張ろうよ。此処まで流れで来た訳だし。センターとしての威厳も必要だろうから」

 

「その威厳で口の利き方が治った試しある?」 

 

「あっ、出てきた。吉住さんへの連絡はしたからそこら辺は大丈夫。置いてかれないよう早く行かないと」

  

「おいコラ無視すんな。露骨に話を逸らすな」

 

 私の言葉を聞かないフリしてMEMちょは行った。

 

 あの子が私の言葉を聞くとはとても思えない 

 

 こういうのはアクアやMEMちょの分野だ。

 

 あのクズに関しては論外中の論外だ。

 

 肝心な時しか彼奴は役に立たない。

 

「こういうのは柄じゃないんだけど………」

 

 私は仕方なく物陰から遅れて出た。

 

『B小町』のセンターである以上は仕方ない。

 

 本当に帰りたいけどこれも仕事だ。

 

 断り切れなかった自分にも問題がある。

 

「ルビー。お仕事お疲れさま」

 

「MEMちょ………それに先輩まで」

 

「朝から晩までぶっ通し?よくやるわね」

 

「話があるならまた今度。疲れてるから」

 

 私達に構ってる余裕はないようだった。

 

 脇目も振らずルビーは一人で帰ろうとした。

 

 なんだか昔の自分を見ているようだ。

 

「どうせ明日も明後日も仕事でしょ。また今度って具体的に何時になるのよ。こっちだって暇じゃないし」

 

「それはそうだけど………早くソファーに座りたい」

 

「んーじゃあ………まずはルビーの家に行こうよ。アクたんロケで帰るの遅いらしいから調度いいよ。お菓子とかジュースとか買ってプチ女子会でもしよ」

 

 それはちょっと色々と図々しい気がする。

 

 何というかアシストしたのを少し後悔した。

 

 こんな遅くに流れで人の家に行くのはアレだ。

 

 よりにもよってアクアの家でもある場所だ。

 

 これで鉢合わせになったら全力で気まずい。

 

「それならまぁ………別にいいけど」

 

 私は心の中で断れよと大きな声で叫んだ。

 

 やっぱり流れなんかで来るんじゃなかった。

 

 そんなこんなでアクアとルビーの家に来た。

 

 クズの家でもあるけどそこはどうでもいい。

 

 他人の家特有の居心地の悪さを入って直ぐ感じた。

 

 これを提案したMEMちょは肝が据わってる。

 

 勢いに任せてジュースをガンガン飲む。

 

「じゃあ早速文句言うけど最近一人で仕事抱え過ぎ。こっちにも少しは仕事を振れ。動画投稿サボんな」

 

「先輩ついさっきまでと性格変わってない?」

 

「これが噂に聞く………かなちゃんの場酔い」

 

「週刊誌に撮られたら一発アウトなヤツじゃん」

 

 しばらくすると意識が朦朧としていった。

 

 これまでの居心地の悪さを感じなくなった。

 

 いつもよりテンションも高い気がする。

 

「今は旬な時期だからそうもいかないよ。何ヶ月かしたら今みたいに仕事を貰えなくなるかもだし………」

 

「一発屋ならまだしもアンタはそうじゃないでしょ。キャラもちゃんと立てるしルックスも良い方だし」

 

「それでも世間に顔を覚えてもらわないと。ブームが過ぎる訳にはいかないの。早くビッグにならないと」

 

「それでその後は?ビッグになった後はどうするの?ドームに立つ以外で大きい夢がアンタにあるの?」

 

 ルビーの話を聞くうち不意に疑問に思った。

 

 焦ってるのは勿論だけど妙に中身がない。

 

 借り物の言葉を使い誰かの真似をしてるみたいだ。

 

 少し前の子供の頃の方がよっぽど中身があった。

 

 目の前を見ているばかりで先が見れてない。

 

「これってアクたんの参考書?医大目指してるの?」

 

「そろそろ頑張らないと………キツイって言ってた」

 

「お仕事だって大変なのに将来考えてて偉いなぁ」

 

 机に置かれていた参考書をMEMちょは手にした。

 

 そんな話は一度だって本人から聞いた事がない。

 

 それと同時にアクアの夢が何となく分かった。

 

 幅広い仕事に力を入れているのも納得だ。

 

 いくら人脈と経験があっても足りるか怪しい。

 

「先輩はさ……悔しくないの?アイドルとしても役者としても……他の誰かに一番を取られちゃったのに」

 

 ルビーは顔に手を当てそんな事を言った。

 

『B小町』は今年の新人賞を取る事が出来なかった。

 

 売れる兆しはあるものの決め手に欠けるからだ。

 

 私個人としての役者としての仕事も同じだ。

 

 ドラマはまだしも映画に出る事は出来なかった。

 

 近々発表される賞にはあかねが選ばれるだろう。

 

 両方とも悪い結果ではないけど負けは負けだ。

 

「悔しくない訳じゃないけど割り切ってはいる。子供の頃とは違って負ける事に随分と慣れちゃったしね」

 

 あの日からずっと私は負け続けている。

 

 どれもこれも種類は違うけど敗北を刻んだ。

 

 勝ちの数より負けの数の方がよっぽど多い。

 

 本心では割り切れていないかもしれない。

 

「それでも何時か………勝てれば全部笑い話よ」

 

 ならば意地でも張って戦い続けるしかない。

 

 勝ちの目を拾える日まで賽を振るしかない。

 

 元々芸能なんて歌舞伎者の丁半博打だ。

 

 それくらいで演っていくのが調度良い。

 

「そんな気持ち………私には一つもわからないよ」

 

「アンタは私じゃないんだから当たり前でしょ」

 

「また奪われたら………私はきっと────」

 

 その言葉が最後まで語られる事はなかった。

 

 ソファーに寄りかかってルビーは寝た。

 

 肉体的にも精神的にも疲れていたらしい。

 

 ちょっとばかり無理をさせてしまった。

 

 せめてもとタオルケットを掛け楽な姿勢にする。

 

 荷物とゴミをまとめ家を出る準備をする。

 

「有馬にMEMちょ?こんな所で何やってる?」

 

「げっ、しまった!!お邪魔しました!!」

 

「やましい事してないし逃げる事ないでしょ」

 

「一歩間違えれば余裕で都条例違反だけどな」

 

「大変申し訳ありません。悪いのは全部私です」

 

「やましい事してる自覚あるじゃねぇか」

 

 私達が家を出るとアクアにバッタリ会った。

 

 後ろを向き逃げようとするも普通に掴まった。

 

 MEMちょは早々に頭を下げて降伏した。

 

 潔い良いというより諦めが滅茶苦茶早い。

 

「ルビーの件で家に来たことは何となく察しが付く。そっちに色々と任せて悪いとは一応思ってる」

 

「ならもうちょっと話しなさいよ。実の兄でしょ」

 

「ルビーのパフォーマンスが実際落ちてるんだよぉ。お願いだからアクたん早くなんとかしてよぉ」

  

「わかってるけど……どうしたらいいか分からない。俺はもう………彼奴が求めてる()じゃないから」

 

 アクアは暗く複雑そうな顔でそう言った。

 

 ここの兄妹は全員共通して面倒な奴ばかりだ。

 

 どいつもこいつも何かしらを拗らせている。

 

 自分の気持ちを極端に話そうとしない。

 

「もう少し何か言ってあげなくてよかったの?」

 

「あれ以上兄妹の問題に踏み込める訳ないでしょ」

 

「それもそっか。見てるだけってのは難儀だねぇ」

 

 私達はアクアと別れて帰路に着いた。

 

 時刻は深夜一歩手前で補導されかねない。

 

 明日の仕事にもそれなりに影響するだろう。

 

 つくづく柄じゃない事をしたと思う。

 

「そういやMEMちょって何か夢あるの?」

 

「えっ、私?アイドルになるって夢は叶えてる最中だし………贅沢を言っていいなら大学に行きたいかも」

 

「それなら受験勉強でもして行けばいいじゃない」

 

「ふふふ。かなちゃんは若いなぁ。そんなマトモな事が出来る人は初めから芸能界に来ない!………と言っても過言ではないからね。目の前の事で手一杯だし」

 

「理由はともかく過言が過ぎるでしょ」

 

 MEMちょはいつものように笑ってみせた。

 

 けれど、私には少し寂しげな笑みに見えた。

 

 それをわざわざ追及する趣味はないけど。

 

「そういうかなちゃんの夢は?役者関係?」

 

「まぁそんなところ。具体的には令和の大女優って呼ばれるくらいビッグになってハリウッド女優になる」

 

「圧倒的スケール差で完全敗北した………」

 

「人の夢にスケール差なんてないわよ。それぐらいの大法螺でも吹いてなきゃ見向きもしないってだけ」

 

「念の為に言っておくと………略奪愛は大変だよ」

 

「違うわ!!未だに複雑だけど違うから!!」

 

 私は青ざめたMEMちょの隣で大きく叫んだ。

  

 あながち間違ってないけどそうじゃない。

 

 それぐらいの倫理観は流石の私にもある。

 

 手強い相手ばかりなのは事実だけど。

 

(あれっ?あの言葉って誰に言われたんだっけ?)

 

 そんな感じで騒いでいるとふと疑問に思った。

 

 何時か勝てば良いと言った相手が思い出せない。

 

 かなり昔に言われた言葉だったからだろう。

 

 多分だけどニュアンスとか諸々変わってる。

 

 あの言葉のお陰で大分救われてたとは思う。

 

 それなのに顔も名前も全く思い出せない。

 

(この業界に居続ければ………会えるはずよね)

 

 私とアクアが再会した事だってあるのだ。

 

 気長にやっていれば思い出せるはずだ。

 

 直接顔を合わせれば嫌でも思い出すだろう。

 

 お礼でもサインでもその時にすればいい。

 

「このまま美化した方が………良い気もするけど」

 

「かなちゃん急にどうしたの?何の話してるの?」

 

「叶えたいけど叶えたくない………夢の話?」

 

「えっと、それは………謎々でいいのかな?」

 

 人は必ずしも合理的じゃないし嘘を吐く。

 

 自分のことすら騙して自分を偽ろうとする。

 

 本当に大切なことを時には忘れてしまう。

 

 偽りの仮面に気付ける誰かが現れるまで。

 

 

 

 

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