斎藤家の愚息   作:熊田ラナムカ27

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 ※注意
 
 この小説を読んでくれている皆々様、どうもお久しぶりです。
 
 約1ヶ月ぶりに投稿が出来ました。
 
 しかし、今回の話には賛否両論要素と独自要素が多々あります。
 
 作者なりに今後のストーリーを考えた上での結果なので………それでも良い方は、本編をどうぞ。
 
 それとまた暫く作者の諸事情で投稿が遅れます。
 
 次の投稿は………一体何時になるやら(汗)。
 
 


39 別れのその先で

 

 

 

『B小町』としての活動は正しく順調そのもの。

 

 私個人としての仕事も着実に増えつつある。

 

 けれど、アクアや先輩達と並ぶにはまだ足りない。

 

 スターと呼ばれる程の知名度には遠く及ばない。

 

 犯人を見つけ出そうだなんて夢のまた夢だ。

  

 こんな所で足踏みをしている暇はないのに。

 

「今回は随分と頑張ってみたいだな。根回しの腕も媚売りの腕もかなり良くなった。お陰で俺の評価は鰻登り。搾取する立場は実に良い。無駄な努力ご苦労様」

 

 これも全てあのクズが一方的に邪魔をするせいだ。

 

 どれだけ仕込みをしても手柄を奪われるばかり。 

 

 いくら関係者を取り込もうとしても先回りされる。

 

 私を差し置いて彼奴はスター街道を登り続けた。

 

 あの宣言通り私の選択の全て叩き潰し続けた。

 

 自分のエゴを通す為に私のエゴを否定し続けた。

 

 こっちがどんな思いでいるかも知らないで。

 

「はい、ストップ。また動き悪くなってる。これで何度目?本番まで時間ないんだからしっかりしなさい」

 

「先輩ごめん。考え事してた。最初からお願い」

 

「別にいいけど次がラスト。これ以上は明日に響く。ミスった時点で即終わらせるだから真剣にやって」

 

 先輩は私の顔を真剣な表情で見つめた。

 

 その言葉は紛れもなく事実であるらしい。

 

 時刻はすっかり過ぎて真夜中一歩手前。

 

 明日のライブまでの時間は24時間を切った。

 

 居残り練習もここら辺が流石に限界だ。

 

 あんな奴の事を考えている余裕はない。

  

 これまであった雑念を捨て何とか集中する。

 

「ルビー、アンタちゃんと寝てる?休めてるの?」

  

「うん。ある程度は。最近ちょっと寝つき悪いけど」

 

 どうにか曲の最後まで踊り切って私は床に座った。

 

 いつも以上に疲れて息が軽く上がっている。

 

 ここまでミスを重ねていたせいだろう。

 

 得意なはずのダンスでこんな事は初めだ。

 

「ようやく仕事を減らした矢先にこれ?体調管理もプロの仕事。職務放棄すんな。ちょっとこっちに来て」

 

「けど、先輩も早く帰って休まないとだし………」

 

「元・天才子役。現・復権途中の役者舐めんな。アンタより体力はずっとある。この程度の疲れなんて無理に入らないわよ。御託はいいからさっさ横になって」

 

 私は仕方なく近くのマットの上で横になった。

 

 先輩は私の背中の上に乗ると指を押し当てた。

 

 ほんの一瞬痛みを感じた後に体が少し軽くなる。

 

「暗黒時代の謎番組の講座でやったツボ押しがこんな所で役立つとは。人生何があるかわからないものね」

 

 先輩は私の足に手を当てながらそう呟いた。

 

 いつもながら変なところで無駄に器用だ。

 

 そんでもって謎スキルを沢山持ってる。

 

 真に無茶振りされ続けた結果に違いない。

 

 うつ伏せで顔は見えないけど何となく察した。

 

 どうせ変な顔をしているに決まってる。

 

 それでどうにかしてしまう先輩も先輩だけど。

 

(やっぱり……先輩は凄いな。自分の実力不足を思い知っちゃう。タレントとしてならともかく……アイドルとしてのスタートラインは同じだったはずなのに)

 

 けれど、だからこそ心の中で本音が溢れ落ちた。

 

 此処には居ないMEMちょにも似た感情を覚えた。

 

 彼奴に何度も叩きのめされ続けたからだろう。

 

 私は周囲の皆と比べ主役を張れる実力はない。

 

 嘘や虚構で着飾らない限り勝つ事が出来ない。

 

 ママみたいなスターにはまだ遠く及ばない。

 

 そんな現実と否が応でも向き合うしかなった。

 

(現に『B小町』で最も実績や経験が無いのは私自身。先輩のような高い演技力がある訳でも、MEMちょみたいに上手い立ち回りが出来る訳でもない。このままじゃ埋もれるだけ埋もれて何時か終わる事になる)

 

 何より今のままじゃ真相手では話にならない。

 

 彼奴に勝つには小手先の技術だけでは足りない。

 

 もっと圧倒的で文句のつけようない何が必要だ。

 

 それを見つけない限りママの仇は討てない。

 

 せんせが誰に殺されたのかも分からないまま。

 

 私達の父親を見つけ出す事は一生出来ない。

 

(こんな所で躓いでる訳には………いかないのに)

 

 ここ最近何をやっても上手くいかない。

 

 どうにか誤魔化せてるけどスランプ気味だ。

 

 あの頃みたいに転んだ後の事ばっかり考える。

 

 アイドルとしての仕事が全然楽しくない。

 

 何時からこの調子なのか思い出せない。

 

 気付いた頃には大切な何かが欠けていた。

 

 どうしようもなく胸の奥がずっと苦しい。

 

 泥に足を取られたみたいに体が重い。

 

 ちょっと前の自分さえも遠くに感じる。

 

「ルビーちゃんお疲れ様。ついでにかなちゃんも」

 

「さらっとついで扱いすんな。張り倒すぞ」

 

「あかねちゃんこそお疲れ。練習はもういいの?」

 

「次の舞台まで期間あるし明日はデートだから」

 

 そんな事を考えているとあかねちゃんが来た。

 

 ここ最近は結構な頻度で顔を会わせている。

 

 本人は偶然だと言ってたけど真相は謎だ。

 

 お兄ちゃんが気を回した結果かもしれない。

 

 愛情表現が昔から下手で結構回りくどいし。

 

 そして先輩は凄い形相でハーブティーを飲んだ。

 

 これも最近だとよく見るようになった光景だ。

 

 吐血しそうになるのを我慢しているらしい。

 

「じゃあ先に帰るけど無理はしないようにね」

 

 あかねちゃんはそう言うと事務所を出てった。

 

 私は何も言い返せずただ曖昧に笑うしかなかった。

 

 もうとっくに無理ばかりしてる事は自覚している。

 

 それでも立ち止れないし倒れていられない。

 

(ママはこれくらい……何でもない顔でこなしてた。仕事量も私の方が全然少ない。大丈夫……まだやれる。ママに出来たなら……私にも出来るはずなんだ)

 

 そんな言葉を自分に言い聞かせてどうにか立った。

 

 苦しい気持ちに蓋をして歯を食い縛って我慢する。

 

 けれど、彼奴の声が何故か脳裏に大きく響いた。

 

 いくら耳を背けようとしても頭の中で反響した。

 

 まるで消えない呪いようにあの日の言葉が蘇る。

 

『だが、これだけはハッキリ言える。今のお前はアイドルとしても詐欺師としても3流だ。同じ噓吐きでもアイとお前は何もかもが違う。足元にも及ばない』

 

『お前の言い訳作りにアイを使うな。お前は俺に勝てない。アイの虚像を見るだけのお前に勝ち目は無い』

  

 その言葉はジワジワと胸の奥の痛みを強くした。

 

 自分に言い聞かせた言葉が今にも消えそうになる。

 

 こうなる事を見越した言葉なら本当に性格が悪い。

 

(それなのになんで……彼奴を本当の意味で嫌いになれないんだろう。彼奴はもう……家族じゃないのに)

 

 彼奴を心の底で信じてる自分に嫌気が差した。

 

 どうしてそう思ったのか自分でも理解出来ない。

 

 目の前の言葉と本心が何故か真逆だった。

 

 手を伸ばして答えを求めても何故かすり抜けた。

 

 幽霊のように掴み所がない彼奴みたいに。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

『馴染み経由で真の動向を探ったが……案の定収穫はゼロだ。タレントが突然行方不明になるやら、偽名を使う変質者が局に潜り込んでるやら、突拍子もない噂ばかりで話にならない。相変わらず隠し事が上手い』

 

 俺はスマホ越しに社長と情報を共有した。

 

 けれど、社長の声は何処か溜息交じりだ。

 

 姫川に父親の事を話してから数週間が経った。

 

 父親の顔も名前も彼奴の真意もまだ分からない。

 

 唯一分かった事といえば真の影響力の広さだ。

 

 この約1年で彼奴は想像以上に力を蓄えていた。

 

 今の彼奴の発言力はプロデューサーの次に強い。

 

 人一人の人生をそれこそ思うが儘に出来る程に。

 

「ルビーがどう立ち回っても勝ち目がない訳だ。俺も含めて全員が彼奴の人心掌握力を甘く見てた。()()()()()()。こんな事態になった時の為に爪を隠していたに違いない。何処まで隠し事をすれば気が済むんだ」

 

 俺の口からそんな言葉が思わず零れ落ちた。

 

 彼奴の事を俺はつくづく知らなかったらしい。

 

 最初から理解できるとも思ってなかったが。

 

『ここまでの勢いで出世してるってのに……週刊誌へのリークは一度も無し。かといって他所と揉めるような事をした様子もない。立ち回りが単純に上手いってのもあるだろうが……悪どい方法もそれなりに使ったっぽいな。叩けば埃が出る業界で経歴が綺麗過ぎる』

 

「彼奴はそういうやり方に一切の躊躇が無いからな。今更驚く事じゃない。大方邪魔な連中を言外に挑発して、自分に敵意を向けたのを大義名分に片っ端から引きずり落としたってのが真相だろう。有馬のマネージャー時代にも似たようなやり方で記者を脅してたし」

 

 社長は俺の言葉にスマホ越しでドン引きした。

 

 俺も初めて聞いた当時は思わず距離を取った。

 

 有馬に関しては死んだ魚の目をしていたと思う。

 

『元・天才子役の哀れな今とかいう記事を書こうとした記者が悪いんだよ。人様の金蔓に手を出した以上どうなろうと自己責任だ。名誉棄損やらプライバシー侵害やらで脅すのは正当防衛だ。つまり俺は悪くない』

 

 彼奴の言葉は謎の金のせいで説得力ゼロだった。

 

 その金を見て有馬は自己嫌悪に陥っていた。

 

 明らかにあの金はそういう類いの物だった。

 

 あのゲス顔に晒された記者には今尚同情する。

 

 どっからどう見ても彼奴の方が悪人だった。

 

『その件に関してはまた今度詳しく聞くが……俺達には真の動向を調べる手段も、真犯人が誰か調べる手段も残ってない。こう言いたくはないが八方塞がりだ』

 

 電話越しに社長が深々と椅子に座る音が聞こえた。

 

 その声色は無力感と遣る瀬無さに満ちている。

 

 眉間に皺を寄せしかめっ面になってるに違いない。

 

 数日前の電話での姫川もそんな様子だった。

 

 社長と同様何処か落胆した声だったのを覚えてる。

 

『うちのアーカイブを探ってはみたが……どういう訳かそれらしき動画が丸ごと消えてた。何時消されたかは分からないが……誰かがデータを削除したらしい』

 

 件の動画は14年以上前に撮られたのもので、当時活躍していた役者の多くが引退した事もあり、ララライの代表である金田一以外その存在を知らなかった。

 

 だからこそデータが人知れずバックアップごと削除され、復旧するのも難しくなってしまった事に、今まで誰も気づかなかったのだろうと姫川は語っていた。

 

 こうなる事を仕向けのはかつてララライに所属し、姫川愛梨と関係があった父親の仕業だろうとも。

  

(この話に社長は忌々しげに頷いていたが……俺にはそうと思えない。真と犯人を調べる手段はまだある。俺の考えが正しければ全てが点と点で繋がってる)

 

 俺は社長との電話を終え近くのベンチに座った。

 

 これまでの情報から現実身を帯びつつある答えに、気持ちを落ち着かせて整理を付けようとした。

 

 こうなってしまった原因の一端は自分にもある。

  

(これがもし正しいなら……俺達の父親がようやく分かる。アイを殺した犯人の正体を……ようやく知れる。あれからもう14年………時間が過ぎるのは早い)

 

 しばらく虚空を見つめると思考の海に飲まれた。

 

 ずっと眠っていた怒りや憎しみが騒ぎ出した。

 

 瞳の奥の光が消え黒い光が徐々に漏れ出した。

 

 この感情ばかりは消すことが出来ない。

 

(ここまで来るのに……随分と掛かった。彼奴に騙されて見守られて……あかねに会って大切な事を思い出した。途中何回か……無駄な事もした気がするけど)

 

 けれど、昔のように取り乱す事は無かった。

 

 俺の思考は極めて静かなままだった。

 

 何時からこんな風に思えたかは分からない。

 

 気付いた頃には胸の奥が満たされていた。

 

 アイが生きていた頃の()自身のように。

 

『……そうか。お前にはもう……()という存在は必要ないんだな。お前はそっちの道を……選んだんだな』

 

 俺の視界の先に一人の男が目の前に現れた。

 

 男は白衣を纏い手にはナイフを持ってる。

 

 その目付きは何処か優しく何処か悲しい。

 

『時間は掛かったけど……これが俺の選択だ。それが俺達にとって苦しい選択だったとしても……こっちの道を行くよ。会わせてやれなくて……本当にごめん』

 

『そう謝るなよ。僕は十分に報われた。全部失くしたと思ってたけど……そうじゃなかった。僕にとっては十分過ぎる救いだ。これ以上を望んだら罰が当たる』

 

 雨宮五郎はそう言いつつ虚空を見つめた。

 

 そして握っていたナイフを自ら手放した。

 

 落ちたナイフは光となって虚空に消える。

 

『僕はあの子みたいに……純粋になれなかった。自分一人で立ち直って進めるほど……強くなれなかった。自分の選択(いのち)を怒りで……自ら手放してしまうぐらい』

 

『俺だって……純粋じゃないし強い人間じゃない。ただ運が良かっただけだ。自分の間違いに気付かせてくれる奴が傍に居ただけで……お前と何も変わらない』

 

『けれど、それが僕と君の大きな違いだ。たった一つの選択が『星野アクア』と『雨宮吾郎』を明確に分けた。星野アクアという命を確固たるものとした。ぶっちゃけ告白のシーンとしては殆ど赤点だったけど』

 

『やかましい。お前だって最初はあんな感じだったろ。遊び人のクセに偉そうな顔すんな。そんな風に振る舞うから女たらしだって怒られる羽目になるんだ』

 

『わざわざそこには触れんな。ヘタレだったのは事実だろ。お前だって前科無いだけで女たらしのクセに』

 

 俺達はどうでもいい事で少し口論をした。

 

 そして互いに何とも言えない空気になった。

 

 自分同士の言い争いほど不毛なものはない。

 

 しばらくすると雨宮五郎の姿が薄れ出した。

 

 落ちたナイフのように光になっていく。

 

 遠き日の記憶が忘れ去られるかのように。

 

『僕はもう行くよ。このままだと未練が増える』

 

『………ああ、そうだな。お前はゆっくりと休め』

 

『あの子にはもう………隠し事はしてやるなよ』

 

『………ああ、わかってる。ちゃんと伝えるよ』

 

『あっ、そうだ。あの子には絶対手を出すなよ!お前みたいな遊び人が汚して良い子じゃねぇ!手を出そうもんなら直ぐにでも戻って来るから忘れんなよ!』

 

『いきなり雰囲気ぶち壊しにすんな。過保護が過ぎる。大切な妹に手を出す訳ないだろ。さっさと行け』

 

 雨宮吾郎の瞳から徐々に悲しみが消える。

 

 その代わりに瞳には笑みが映し出された。

 

 かつて燃やした黒い炎はそこにはない。

 

『星野アクア。僕の分まで生きようなんて思うなよ。僕は自分の人生を十分に生きた。あの子と出会ったお陰で僕の人生は輝いてた。お前はお前の人生を最後まで生きろ。お前が愛する人を決して手放すな。その代わりに僕が愛したあの子を……さりなちゃんを頼む』

 

 その言葉を最後に雨宮五郎の姿は消えた。

 

 まるで眠りにつくように光の海へと還った。

 

 その魂が何処に行ったかはもう分からない。

 

 遥か遠く手の届かない場所に行ってしまった。

 

 この先の未来で会う事はもう二度と無い。

 

 そんな予感が胸の奥を過ぎって消える。

 

「アクア、起きて。そろそろ起きないと悪戯しちゃうよ。せっかくのデートでぐっすりはどうなんです?」

 

 俺は肩を揺らされてゆっくりと目を開けた。

 

 自分の意識が現実のものへと引き戻された。

 

 顔を上げるとあかねが軽くむくれている。

 

「すまん。そんなつもりはなかったんだか……考え事をしてるうちに寝てた。体のあちこちがお陰で痛い」

 

 俺はあかねの手を借りてベンチから立った。

 

 そんな俺をあかねは優しい目で見ていた。

 

 あの日と変わらず白い星のような光を宿して。

  

(こうしているとこんな日々が続けば良い。その優しさにずっと甘えていたい……依存したいと思ってしまう。そんなものお前は望まないって分かってるのに)

 

 俺は人知れずあかねの瞳から目を逸らした。

 

 かつて自分が発した言葉が改めて蘇った。

 

 そんな俺の様子に気付いたのかもしれない。

 

 あかねの瞳から光が消えいつもの瞳に戻った。

 

 白い光が消えたあかねの表情は少し寂しい。

 

 これまで通りでは居られないと互いに理解する。

  

「今日は何処に行く?アクアの行きたい所でいいよ」

 

「なら映画観に行くのに付き合ってくれ。新作の感想を監督に頼まれてる。あかねの意見も聞きたいし」

 

 俺とあかねは何時ものようにデートをした。

 

 何処にでも居る普通のカップルのように一緒に映画を観て、カフェで昼食を摂りながら本当に下らない話をして、頭を少し悩ませながらショッピングをする。

 

 あくまで何時まで通りの自分を俺達は演じた。

 

 こんな時間が続く事を心の何処かで願った。

  

 けれど、永遠に続く夢なんてものはない。

 

 どれほど思い焦がれようと終わりは来る。

 

 どれだけ美しい花も何時かは枯れるように。

 

「君が此処で告白してくれたのも……随分と昔になっちゃったね。何時かはこんな日が来るんじゃないかった覚悟はしてたけど……その日が遂に来ちゃったか」

 

 俺達の足は自然と海沿いのベンチに向かった。

 

 あの場所で二度目の選択をしようとしていた。

 

 あの日のように心の臓が激しく鼓動する。

 

「あれからずっと考えてた。真がルビーの邪魔をした日から……どうやってルビーの思惑を知ったかを考えてた。苺プロに居ない彼奴がルビーの詳細な動向を知る手段はないからな。彼奴の共犯者でもいない限り」

 

 俺の言葉にあかねは少し目を逸らした。

 

 ついさっきの俺とまるで同じだった。

 

 見たくない真実から目を逸らしている。

 

「あかねはずっと真に協力してんだな。俺やルビーに復讐をさせない為に………俺達を見張ってたんだな」

 

 そしてそんな真実は明らかになった。

 

 舞い降りた沈黙が何よりの答えだった。

 

 あかねの表情から一切の感情が消える。

 

「うん、そうだよ。真さんに頼まれてずっと見張ってた。アクアやルビーちゃんだけじゃない。かなちゃんやMEMちょ、ミヤコさんに社長、姫川さん。手の届く距離に居る人間は……全員出来る限り見張ってた」

 

「やっぱりそうか。彼奴の動きが的確過ぎるから……もしやとは思ってた。お前が協力してたなら納得だ」

 

「確信したのは最近っぽいけど……結構前から気付いてたみたいだね。お互い隠し事をしてたし当然かな」

 

 あかねの言葉はいつもより他人事だった。

 

 まるで『役』を演じているようにも見えた。

 

 その姿は何時かの真の姿にも似ている。

 

「アーカイブからデータを削除したのは真犯人じゃない。あかねの仕業だったんだな。俺があかねに頼らずアーカイブに辿り着いても問題ないように……姫川に頼る事も見越した上で事前に手を打っていたのか」

 

「正確には削除というより移植だけどね。出来る事なら直ぐにでも削除したかったけど……犯人を追い詰めるのに使えるかもしれないから、仕方なくメモリに移したの。そしてこれが……アクアが求めてるメモリ」

 

 あかねは静かに懐からUSBメモリを取り出した。

 

 あの中に真犯人に繋がる情報があるに違いない。

 

 けれど、あかねがあれを渡す気が無いのは明白だ。

 

 それどころか今にも海に捨てようとしている。

 

 いざとなれば自分ごと沈めるまでの勢いで。

 

「このメモリは絶対に渡さない。これを渡したら……アクアはまた復讐の道に行く。そんな事はさせない」

 

「今の俺はもう違う。もうそんな事はしない」

 

「そんな嘘には騙されない。そんな甘い言葉には騙されない。大切な人が遠くに行くのは……もう嫌なの」

 

 俺の言葉にあかねが頷く事はなかった。

 

 そんな事をするほどの余裕はない。

 

 俺の言葉の全てを徹底的に拒絶した。

 

 もう何もかもがとっくに限界だった。

 

 こうなった原因は俺自身にもある。

 

「どうして今更……私の前に現れたの?自分から追いていって……自分勝手だよ。ずっと傍に居るって言ってくれたのに……どうして約束を破ったの?私は君となら何処へでも行く覚悟はしてたのに………ッ!!」

 

 あの約束を先に破ったのは俺だ。

 

 どうしようもない嘘つきは俺自身だ。

 

 俺にはそれだけの覚悟が足りなかった。

 

 自分自身で選択する覚悟が足りなかった。

 

 雨宮吾郎だった頃と何ら変わらない。

 

「それでも俺は今度こそ………あの約束を守りたいんだ。あかねを一人には………もうさせたくないんだ」

 

 俺とあかねの視線がようやく交わった。

 

 あの日出来た溝に目を向けられた。

 

 俺の二度目の選択は………まだ言えてない。

 

 

 

 

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