斎藤家の愚息   作:熊田ラナムカ27

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 ※注意
 
 この小説がここまで多くの方々に読んでもらえるとは、正直思っていませんでした。
 
 沢山の応援を頂き、まずは本当にありがとうございます。
 
 しかし、ここら先はおそらく賛否両論です。
 
 元よりこの小説を書く中でこういったストーリにする事は当初から決めており、この小説がこの小説である為にこの流れは変えられませんでした。
 
 どうかそこをご考慮出来る方のみ、この先を読んでもらえるととても幸いです。 
 
 それでは、本編をどうぞ。
 
 


4 終わりと始まりの約束

 

 

 

 

 俺がこの世界に転生してから5年が経過した。

 

 2年前の五反田監督が撮った映画は界隈でノミネートされ、世間一般的にもそこそこ評価された。

 

 あの日の有馬かなの演技や、アクアのそれなりの演技もなかなかのものだったが、それ等全ての評価を掻っ攫うようにアイが観客全員を魅了したのが何よりの決め手だったのだろう。

 

 それをきっかけに苺プロダクションは事業を拡大。

 

 アイを中心に事務所全体の仕事は瞬く間に増え、忙しさのあまり嬉しい悲鳴を上げる事になった。

 

 今採用している事務員だけでは仕事の処理に追いつかないという事で、まさかの俺が新たな事務員が見つかるまでの穴埋めを一時的に任される程だ。

 

 この異例な決定に事務所の社員全員は当然驚いていたが、俺が問題なく円滑に業務を回していった事で、あまり時間も掛からずにそんな声も無くなっていく。

 

 家でグラサンの終わっていない仕事をちょくちょく拝借し、仕事処理能力のアピールがてら手伝っていたのが功を奏した。

 

 これで俺の苺プロダクション内での評価は鰻登り。

 

 給料代わりの小遣いもたんまりと貰い一石二鳥だ。

 

 そこで給料を貰うのはどうなのかと、例の如く双子にツッコまれたが、俺から言わせれば労働に見合った給料を貰って何が悪い。

 

 前世で散々薄給の苦しみを味わった俺にとって、金にがめつかろうがなんだろうが、金を大量に持っている奴こそ勝者。

 

 世の中の半分以上は金だ。

 

 そんな俺にいつも通り引いている双子は今何をしているかというと、現在俺がいる同じ幼稚園に通っており、ルビーは先生を困らせるほどとにかく遊具ではしゃぎまくる幼児に、アクアは外だろうが中だろうがとにかく小説を読み続ける陰キャへと成長(?)した。

 

 互いに前世は詮索しない方針なので一体何をやっていたのか知らないが、仮にも俺の弟と妹という設定なのだからもう少し普通にしていてほしい。

 

 そんでもって俺がそのストレス発散がてら、はしゃぎ続けるルビーを先生のところに無理矢理引っぱていき、アクアの小説を取り上げ、悔しそうな顔を見ながら逃げるという遊びを発明した結果、周囲が俺達を仲良し3人兄弟と認知したのは一体何故なのか。

 

 何処からどう見ても喧嘩を繰り返している、仲の悪い兄妹にしか見えなかったはずだというのに。

 

 これには全員がしかめっ面になった。

 

 そしてアイは間もなく20歳になる。

 

「全く酒がうめぇな!ほれ新居祝いの酒だ!飲め飲め!」

 

「わー森伊蔵だ!」 

 

「こんな酔っ払いの酒なんて飲むんじゃねーぞアイ。そもそもまだ19歳なんだ。我慢しろ」

 

「壱護。飲み過ぎよ」

 

「悪い悪い!ついな!」

 

 ミヤコに窘められたものの、グラサンはそんな事お構いなしに新たな酒をグラスに注いだ。

 

 普段なら不摂生やら酒乱やらでいびり倒しているところだが、今夜ばっかりは無理もない。

 

「アイが主演のドラマも視聴率上々!B小町全体の仕事もびっちり埋まって……いよいよ来週はドームだ!がははっ!!」

 

 何と言ったって、アイのドーム公演が遂に決まった日なのだから。

 

「社長、上機嫌だねー」

 

「壱護はね。自分のアイドルをドームに連れて行くのが夢だったの。壱語だけじゃなくて社員皆の夢でもあるけど」

 

 勿論俺の夢でもある。

 

 このドーム公演が成功すれば苺プロダクションは一気に大手に駆け上がり、俺の将来的な社会的地位は確約されたも同然。

 

 つまりは圧倒的勝ち組人生!!

 

 勝ちまくり!!

 

 モテ……は興味ないから一旦置いておくとして。

  

 とにかく全ては順風満帆!!

 

 悠々自適な生活まであと少しだ!!

 

「はぁー、飲んだ飲んだ。けどまだ飲み足りない。確か貰い物の酒が幾つかあったよな?こうなったら家でも飲むぞ!」

 

「明日も早いんだからそれくらいにしておきなさい。まぁ、ちょっとだけなら付き合って上げてもいいけど」

 

「流石ミヤコ!話が分かるな!!よしっ、今日は朝まで────」

 

「飲まないから。飲んでもあと2杯程度だから」

 

 顔を真っ赤にして千鳥足のグラサンは、ミヤコに肩を貸してもらい引っ越したばかりのアイの新居を出た。

 

 いくら酒好きでもああはなりたくないと思いつつ、俺は自分の靴を履く。

 

「真君、いつもありがとね。アクアとルビーと仲良くしてくれて」

 

 扉を開けてエレベーターに向かおうとすると、アイが俺の事を呼び止めた。

 

「別に仲良くなんてしてねーよ。あいつ等が面倒起こすと俺にまで被害がくるから、それを止めさせつつ嫌がらせをしているだけであって仲良くは────」

 

「けど、あの2人、いつも真君といると楽しそうだよ?恥ずかしいから口に出さないだけで、真君のこと大好きだと思うんだけどなー」

 

「それだけは絶対にない」

 

 何度でも言うが、何をどう見たら、俺達が仲良く見えるのか全く分からない。

 

 この前だってミヤコが見に来たお遊戯会でルビーがはっちゃけ、巻き添えで学年が違う俺まで注目を集める事になったのだ。

 

 原因のルビーは当然として、それを止められなかったアクアにも、俺は今現在恨み節を言いたくてたまらないのだ。

 

 そんな奴等と仲が良い訳がない。

 

「……私ね。真君がずっと羨ましいの。沢山嘘をついてるのに幸せそうで……人の愛し方も分かっていなさそうなのに……自分に嘘をついていない君が。だいぶ大人気ないよね」

 

 そう話しながらアイは突然、俺の事を抱きしめた

 

 ………アイは、何を言っている?

 

 何故……寂しそうな顔をしている?

 

 何の為に……こんな事を?

 

「よかったら、私と約束してくれないかな。これから先もずーっと、ずーっと、アクアとルビーのお兄ちゃんでいてくれるって。駄目かな?」

 

 アイは俺に顔を向けると、瞳の奥の白い星を優しく輝かせた。

 

 いつもの俺ならば、きっと迷わずそんな事など断っていただろう。

 

 自分の為になんて一切ならず、誰かの為だけの約束だなんて、何の意味がある。

 

 けれど、何故か断れなかった。

 

 まるで、その輝きに魅せられたかのようで。

 

 まるで、自分の心の中を見透かされたかのようで。

 

 まるで、もう一人の自分に言われたかのようで、断る事が出来なかった。

 

「わかったよ。約束してやる。指切りげんまん。これでいいか?」

 

 俺がそう言ってやるとアイは満足そうな顔をして、俺を抱きしめるのを止めた。

 

「うん!ありがとう!それじゃあまたね!」

 

 この時、俺は気づくべきだった。

 

 思い出すべきだったんだった。

 

 この世界で果たさなければならなかった使命を。

 

 変えなければならなかった運命を。

 

 あの光景をいつからか夢だと思い込んでいた。

 

 ずっと、こんな当たり前(しあわせ)が続くと思っていたから、いつの間にか忘れてしまっていた。

 

 彼女がどんな運命を背負っていたのか。

 

『次のニュースです。B小町所属の星野アイさんが、ストーカー被害により死亡しました。警察は現在調べを進めており────』

 

 

 

 

 

  

 

♦♦♦

 

 

 

 

 

 

 

 雪が覆い隠すように、冷たい風が全てを吹き飛ばすように、彼女の死が忘れ去られて消えていく。

 

 世間の興味が薄れても、俺達の向き合わなければならない現実は何も変わらない。

 

 アイが死ぬと知りながら何も出来なかった俺の罪は、永遠に変わる事はない。

 

「何が……またねだよ。クソッたれ。あんな小さくなっちまって……またねもないだろ。馬鹿アイドル……ッ」

  

 アイの葬式が終わり、俺は自分の部屋でただ座り込んでいた。

 

 何をしようにも力が入らず、何をしようにもどうしようもなく胸が痛む。

 

 こんなもの、前世では感じた事がなかった。

 

「……そうか。前世では……何も持ってなかったから。親も大切な人も……何もなかったから……感じなかった。これが大切な人を失った時の……痛みか」

 

 こんなにも苦しいのなら、知りたくなかった。

 

 いつか知る事になったとしても……今だけは知りたくなかった。

 

 こんなにも大切な誰かを失った時は……こんなにも胸が痛むなんて。

 

「俺がこの程度の痛みなら……アクアとルビーはどれだけ苦しいんだ………?あいつ等一体どれだけ……この痛みに耐えればいい………?」

 

 何処までも虚ろな思考に一つの疑問が生じた。

 

 少し考えただけでも、途方もなく恐ろしくなった。

 

「もし……あの漫画の主人公が……あいつ等だったとして。あいつ等は一体どんな……結末を迎える?」

 

 俺が前世で一瞬だけ見た『推しの子』という漫画。

 

 少しでも最善の結末を考えようとしたが、少なくとも俺の頭の中にはこれっぽっちも、より良き未来は思い浮かばなかった。

 

「ああ、そっか。あの漫画は……そういう物語か。母親を殺された子供の復讐劇。はっ、なるほど。確かに興味が湧く内容だ。そりゃあ面白いんだろうな」

 

 あの2人がそれぞれどんな選択をするのか。

 

 あの2人がどんな復讐を果たすのか。

 

 あの2人を巡って()()()がどんな動きをするのか。

 

 そんなもの見ていて面白いに決まってる。

 

 俺達とって、ノンフィクションの世界の人間達にとって、それは他人事なのだから。

 

 所詮はフィクションの中の物語なのだから。

 

「………ふざけるなッ!!!」

 

 俺の怒声で外の鴉が喧しく一斉に飛び立った。

 

 かつてはあの世界にいた人間として。

 

 今はこの世界にいる人間として。

 

 今はこの世界で生きている人間として。

 

 どうしようもなく、許せなくなった。

 

 まるで神が作り出したかのようなこの世界で、神の気まぐれで大切な何かが失われた事実が。

 

 神の気まぐれで大切な誰かが狂い、その果てに迎える結末を楽しみに待っている存在がいる事が。

 

「この世界に神はいない。いたとしても……紛う事なき邪神だ。俺にとっての……敵だ」

 

 願っても叶えず、願っても救わず、願っても傍観を続ける神なんて………この世界にはいらない。

 

 自分の選択を決めるのは、自分だけでいい。

 

 人の選択を決めるのは、人だけでいい。

 

 罪を背負っていくのは、俺だけでいい。

 

 俺をこの世界に転生させた挙句、俺の求める平穏な人生を阻む………神の存在は邪魔だ。

 

 窓の外で鳴き続ける鴉の鳴き声を無視して、俺はようやく立ち上がった。

 

 部屋から出てリビングに行くと、そこではルビーが軽く震えていた。

 

 付き添っていたはずのミヤコの姿は何処にもない。

 

「どうした、ルビー。震えてるみたいだが、具合でも悪いのか?ミヤコは何処行った?」

 

「ミヤコさんなら用事があるって……ちょっと前に家を出てったばっかり。それを言ったら真こそ………本当に大丈夫なの?部屋から凄い大きな声が聞こえたから………心配で」

 

 ………しまった。ルビーの震えの原因は俺だった。

 

 普段ならドアをしっかり閉めるやらしているというのに、今回ばっかりは頭が全く回っていなかった。

 

 今回ばっかりは素直に申し訳ない。

 

「あー、気にすんな。それはあれだ。気分転換がてらラクダの鳴き声を大音量で流してたのが、ダイナミックに音漏れしただけだ。深く考えるな」

 

「………なんでラクダの鳴き声?明らかに騒音でしょ。せっかく私が心配してあげたのも馬鹿みたいじゃない!私の気持ち返してよ!」

 

「知らねーよ、そんなもん。勝手に渡された物の行方なんて知るか。返して欲しけりゃ自分で探せ」

 

「何よそれ!?本当に自分勝手な奴ね!」

 

「お前にだけは言われたくない」 

 

 とりあえず様子を見るがてら軽くおちょくってみたところ、ルビーはいつもよりテンションが低いながらも、空元気を出せる程度には立ち直りつつあった。

 

 ………アイの死の瞬間を、直接見ていなかった事が幸いだったのかもしれない。

 

 それを直接見たアクアは………。

 

「俺への誤解も解けたところで聞くが、アクアの奴は今何処にいる?なんとなく予想はつくが……部屋にでも閉じこもっているのか?」

 

 俺がそう聞くとルビーは途端に顔を曇らせた。

 

「……うん。ついさっきまでの真と同じで、帰ってきてからずっと部屋にいるみたい。あと、ママのスマホをずっと開けようとしてるみたいで」

 

 ………予想よりもずっと面倒な事になっている。

 

 このまま放っておけば、全ては邪神(やつ)の思うがまま。

 

 何処までも気に入らない。

 

 何処までも……俺の平穏な人生の邪魔をする気か。

 

 ……ならば、俺は邪神(おまえ)の存在そのものを否定する。

 

「わかった。じゃあ俺は今からアクアの様子を見てくる。ルビーはミヤコが帰ってくるまでリビングにいろ。少し話をしてくる」 

 

「話って………何をする気よ?今のお兄ちゃんは………」

 

「わかってる。本当ならそっとしておくべきだって。だが、今はやらなきゃならないんだ」 

 

 あの日の約束を守る為にも。

 

 

 

 

 

 

 

 

♦♦♦

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうせ俺は一度死んだ身だ。

 

 一度も二度もそうは変わらない。

 

 アイが居ないこんな世界なんて────

 

 いいや、まだだ。

 

 まだ、死んでられない。

 

 あのストーカーと俺を殺した人物は同一人物だ。

 

 何故、アイの入院していた病院を突き止める事が出来た?

 

 何故、引越したばかりの新居に来る事が出来た?

 

 犯人の男は何のスキルも無い大学生だった。

 

 そんな探偵みたいな事が出来たとは到底思えない。

 

 それもアイに相当近い情報を調べるなんて。

 

 ────情報提供者が居る。

 

 病院の事を知っていたのは俺の知る限り社長とミヤコ、そして真の3人だけ。

 

 社長とミヤコがあれだけ大事にしていた、自社の看板アイドルにそんな事をするとは思えない。

 

 真に至ってはその時赤ん坊で、そもそもそんな事に興味を示すとはあまりに思えない。

 

 ならば同僚?

 

 いや、B小町の仲はそこまで良くない。

 

 アイの友人らしき人物も見た事はない。

  

 ならば親族?

 

 いや、アイに親族はいない。

 

 連絡先も知らない様子だった。

 

 ────だとしたら残るは、僕等の父親。

 

 社長達にも頑なに秘密にしていたが、アイの交友関係を考えて相手は『芸能人』の可能性が高い。

 

 ────俺達の父親は芸能界に居る。

 

 ────アイをあんな目に遭わせた奴が、芸能界に居る。

 

「アクア、居るんだろ?中に入るぞ。何言われようと無理矢理入るが」

 

 暗い思考の海に沈んでいると部屋の外から声がした。

 

 俺と同じで部屋に閉じこもっていたはずの真の声だ。

 

 ………あいつもルビーと同じか。

 

「アイのスマホを全部持ち出して、何やってんだよ?人のプライバシーは最低限厳守するべきだと思うが」 

 

「悪用しないのなら問題ない。そもそもパスワードも解けてないし」 

 

「それじゃあお前はあれか?銀行強盗犯が金庫に鍵開けしようとして警察に見つかった時、まだ開けてないから無罪ですが通用するとでも思ってるのか?通用する訳ねーだろ」 

 

「それとこれとは状況が違うから………」 

 

 こいつは一体何の為に部屋に来たのだろう?

 

 俺を励ましに来た………は絶対あり得ないから、大方俺を揶揄って気を紛らわす為か。

 

 そんな暇は俺にないというのに。

 

「………アイの写真。アイが生きてた頃に撮ってた写真を………見たいんだ。もしかしたら俺とルビーの写真もあるかもしれないし………ルビーもそれを見たら喜ぶと思って」

 

 だから、俺は真に嘘をつく事にした。

 

 真はクズで媚売りで、守銭奴で、自分の事しか考えていない、どうしようもない奴だけど………最低限の良心はある。

 

 何かと俺とルビーのフォローを日常的にしている事がそれを裏付けている

 

 アイの事ともなれば、きっと引き下がるだろう。

 

「………そうかよ。揶揄って悪かったな。それなら仕方ない。そっとしておいてやる」

 

 ────とでも言うかと思ったのか?大馬鹿の大噓つきめ。

  

「……………ッ!?!?」

 

 今、何を言われたのか、一瞬分からなくなった。

 

 普段のおちゃらけた声とは全く違う、全てを拒絶したような冷たい声を同じ人物が発してるとは思えなかった。

 

 嘘だと気付かれた事も忘れてしまう程に。

 

「………俺はな。前世で文字通り死ぬほど嘘をついてきた。そのせいかは知らんが、いつの間にか俺は相手の嘘に気づけるようになった。………アイの嘘だけは、俺も最後まで気づく事は出来なかったが」

 

 真の前世は俺もルビーも知らない。

 

 いい思い出なんて一つも無いと言っていたから詮索もしなかった。

 

 何があったら………あんな声を出せるんだ。

 

「俺の前世の話はどうだっていい。それよりお前がやろうとしてる事を当ててやる。………アイを殺した真犯人を、殺そうとしてるんだろ」

 

 いつもの声。いつもより少し低い声に戻ったかと思うと、真は俺に問いかけた。

 

 やっぱり………こいつも気づいていたか。

 

「…………ああ、そうだよ。必ず見つけ出して、俺の手で殺してやるんだよ。この世で可能な限界まで、苦しみを与えてやるんだよ」

 

「それはただの現実逃避だ。アイは死んだ。アイは蘇らない。お前は、自分が生きる為の理由作りに、アイを殺した犯人への復讐を使おうとしているだけ。逃げようとしているだけだ」

 

「いいや……違う!!これは罰だ!!報いなんだ!!俺は………アイを見殺しにした。あの時……何も出来なかった。だから、俺は……全て捨てでもやらなきゃいけないんだ!!」

 

「また失うのが怖いだけだろ?本当にお前があの日何か出来たって、本当に思っているのか?3歳の子供が凶器を持った大人を本気で止められたとでも?冗談にしては随分とつまらない冗談じゃないか」

 

「黙れよ………ッ!!お前に俺の……何がわかるんだよ………ッ!!」

 

 気付けば俺は真の顔を殴っていた。

 

 殴られた真の頬は赤く染まった。

 

 そんなつもりはなかった。

 

 殴るつもりなんてこれっぽちもなかった。

 

 何を言えばいいか分からず混乱していると、真は俺の頬を思いっきり引っ叩いた。

 

 自分の頬が赤く染まる。

 

 引っ叩いたかれた頬はとても痛かった。

 

「俺は別に聖人でも何でもない。言われたらその分言い返すし、殴られたらその分殴り返す。拳じゃなかっただけ感謝するんだな」

 

「じゃあ……どうしろって言うんだよ。このまま……殺した奴がのうのうと生きているのを見過ごすのか?それを知りながら……俺にこの先の人生を生きろと?……どうすりゃいいんだよ!!答えろよ!!

 

 俺は感情のままに真に掴み掛っていた。

 

 簡単に振り払えるはずなのに、真は抵抗しなかった。

 

「勘違いすんな。言ったろ?俺は別に聖人でも何でもないって。だから俺に………お前を止める義務はない。復讐を止めるつもりもない

 

「………!??!」

 

 何を言われたのか、俺はまた分からなくなった。

  

 真は………復讐を止めに来たんじゃないのか?

 

 じゃあ本当に………こいつは一体何の為に来たのだろう?

 

「アイを殺した犯人が憎いのも俺も同じだ。だが、そんな奴の為に貴重な時間を使うのは無駄だ。だからこそ、これは俺からの提案だ。お前は芸能界のトップを取れ」

 

「………それが何になる?」

 

「犯人を探し出す為にも、生きる為の金を稼ぐにも、とにかく一定以上の地位がいる。そして俺はマネージャー志望だ。芸能界の世界の事なら、お前の事をサポート出来る」

 

「………犯人への復讐に、俺を使うって訳か」

 

「いいや、違う。俺が苺プロダクションの社長になる為だ。前々から言ってるだろ?俺は勝ち組人生を送りたいって。犯人をもし殺せたとしても、社長になれなきゃ俺は勝ち組になれない。だが、もしお前を芸能界のトップに昇らせた暁には、俺はその功績を持って社長になる事が出来る。そして俺が社長になって権力を持てば犯人を探し出す事も………犯人に相応の苦しみを与える事だって簡単だ

 

「…………!!」

 

 筋の通った魅力的な提案に思えた。

 

 ………確かに、俺一人では犯人に辿り着けるとは思えない。

 

 だが、もし、協力者がいれば。

 

 本当に、犯人に辿り着けるかもしれない。

 

 犯人を殺せるかもしれない。

 

 俺がもし、芸能界のトップに立ったならば。

 

 真がもし、社長の座に着いたならば。

 

「………わかった。その提案に乗ってやる。俺が、芸能界のトップを取ればいんだな?」

 

「ああ、そうだ。きっと提案に乗ると思った。じゃあこれから仲良くやろうぜ、共犯者」

 

 俺はこの日、復讐以外の生きる理由を見つけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

♦♦♦

 

 

 

 

 

 

 

 

(………今はこれでいい。アクアは一先ず復讐以外の生きる理由の一つを見つけた。邪神(やつ)への意趣返しとしては上々だ)

 

 あの提案にアクアが乗った事に俺は安堵した。

 

 人の感情、それも復讐心なんて薄暗い感情を変える事は非常に難しく、一手間違えれば全てがご破算になる。

 

 だからこそ、俺は今回アクアの復讐心を取り除くのを諦め、その思考を復讐から()()()事にした

 

 正直俺は犯人がどうなろうがどうでもいいし、社長の座には興味はあっても、犯人に苦しみを与えるなんて面倒だからやるつもりはない。 

 

 だが、アクアは今後本気で芸能界のトップを取ろうとし、俺を社長の座に着かせようとするだろう。

 

 ………この程度で復讐を止めさせることは出来ないだろうが、これで少なくとも早死にしようなんて思わないはずだ。

 

 元々の物語の内容を俺は知らないし、俺のこの行動によってより悪い結果になるかもしれない。

 

 例えそうだとしても、俺は邪神の存在そのものを否定すると決めた。

 

『精々高みの見物でもしてろ。俺は俺のやりたいようにやる。何があろうと邪神(おまえ)の思い通りにはさせない』

 

 今も何処かで見ているかもしれない邪神(やつ)に、俺は心の中で言ってやった。

 

「………そういえばだけど。俺達の頬………どうやって説明する?お互いかなり腫れてるぞ」

 

「………あっ、考えてなかった。足を滑らせたで………説明は無理だよな」

 

「どう頑張っても……足を滑らせて腫れる場所じゃないからな」

 

 俺の煽りを受けてアクアが殴ってきたので、反射的に引っ叩たいのだが後先を考えていなかった。

 

 胴体なら隠そうにも顔では無理だろう。

 

「………兄弟喧嘩って事で、言うしかなくね?他に案も思い浮かばねーし」

 

「………そうだな。けど、なんで兄弟?」

 

「お前………忘れたのか?昨日の夜にミヤコがお前とルビーを引き取るって言ってだろ。………覚えていないのか?」

 

「………覚えてはいるが、それどころじゃなかったからな。頭から抜け落ちてた」

 

 あっ、これは駄目なやつだ。

 

 典型的な精神病患者が発する言葉だ。

 

 だって、俺が前世でよく言っていたもの。

 

「しばらくスマホのパスワードの解除は俺が試しておく。その間、お前は医者のOKが出るまでカウセリングに行け」 

 

「俺は大丈夫だよ。この通り元気だし────」

 

「馬鹿野郎!!精神病様を舐めんな!!そんな簡単に治ったら全世界の社畜は心を病んでねーんだよ!!謝れ!!精神科医の皆々様に謝れ!!もう一度そんな事言ったら本気でぶっ飛ばすぞ!!」

 

「わ、悪かったよ。………けど、それやったらお前が余計怒られるんじゃ」 

 

 やかましい。

 

 精神病様を侮ったお前が悪いんだ。

 

 俺はアクアの頭を軽く叩いた。

 

「真にお兄ちゃ────2人共その頬どうしたの!?まさか喧嘩!?」

 

「まぁ………そんなところだ」

 

「仲直りは………したから」

 

 喧嘩の理由についてルビーに詰められるのを2人して必死にやり過ごしているうちに、ミヤコがグラサンを連れて帰ってきた。

  

「何がすまなかったよ!?ここ数日、家と真を放ったらかしにして………アイの葬式の喪主を私にやらせたくせに!!しかも今まで酒を浴びるように飲んでいただなんて………信じられない!!」

 

「お、俺も考え事をしたかったんだ!!色々考えて………家に帰ることにしたんだ!!そしたら、まさか、帰り道でお前に会うとは思ってなくて………」 

 

「ずっと探し回ってたのよ!!この馬鹿!!」 

 

 どうもこのグラサン、アイの葬式にいないと思ったら今まで酒を飲んでいたらしい。

 

 ミヤコの用事とはこのグラサンを探して制裁を与える為のものだったらしく、現に今の壊れかけたグラサンを掛けている姿はマダオ(まるで駄目なオッサン)そのものだ。

 

 グラサンの家庭内の地位はどん底にまで落ちた。

 

 同情はしない。

 

 斯くして幼年期(プロローグ)は終わり、新たな幕は上がる。

 

「おい、まだかかるのかルビー」

 

「もーっ、ちょっと待っててばお兄ちゃん!」

 

 平穏な勝ち組人生を送る為に、俺は邪神の存在そのものを否定し続ける。

 

 その先にどんな結末が待っていようと、あの日の約束を守る為に。

 

「あの2人もようやく入学かー。長いようで意外と短かかったわね」

 

「こっから先がようやく本番だ。お前も気合い入れていけ」

 

「嫌よ。別に私はアイドルやりたい訳じゃないし」

 

「そこは嘘でも頑張るって言えよ」

 

 なお、前途はあまりに多難である。

 

 

 

 

 

 

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