斎藤家の愚息   作:熊田ラナムカ27

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41 仮面の裏側

 

 

 

 私達がルビーちゃんを尾行してから数日が経った。

 

 あれから徹底的に私達は上畑志貴について。

 

 神木輝という人物について調べ続けた。

 

 ルビーちゃんとあの男を引き離す術を探した。

 

 まるで嫌な現実から目を背け逃げるかのように。 

 

「……どうだ。何か有益な情報は分かったか?」

 

 あの出来事から真さんはほんの少し窶れた。

 

 他の皆には隠してるけど白髪が僅かに増えてる。

 

 元々大人っぽいけど急に年を経ったように見えた。

 

 どうやら上手く眠る事が出来ていないらしい。

 

「大体の経歴とか家の住所は分かったけど、14年前の事件に関わった証拠はやっぱり無い。もし仮に証拠を見つけて自白を引き出せても、カミキは当時未成年」

 

「実刑にはならず、精々数年間刑務所に入るのが関の山。それどころか刑務所に入れる事すら証拠不十分でほぼ不可能。そんでもってルビーは上畑志貴という男を利用してるつもりで居る。本当はその逆だって事に少しも気づいてない。このままだと確実に殺される」

 

 アイが妊娠した当時、神木輝は15歳の中学生。

 

 姫川さんが生まれた当時に至っては11歳だった。

 

『美』が集まる芸能界には深い暗い闇の部分がある。

 

 けれど、その中でもこの闇は底が知れなかった。

 

 とてもじゃないけど容易に近付く事は出来ない。

 

「ルビーちゃんにこの事を……早く伝えるべきなんじゃない?何も知らないままだなんて……惨すぎるよ」

 

「……いいや、彼奴にはこのまま何も知らないままで居てもらう。両方クソだがそっちの方がまだ安全だ」

  

「何も知らず殺されるのを待つ状況の何処が安全?」

 

「だったらどうして、お前はこれまで動かなかった?俺の目を盗んで話すチャンスは幾らでもあっただろ」

 

 私達は互いを強く睨んで自分の思いをぶつけた。

 

 お互いに八つ当たりしてる事は重々承知だった。

 

 どうしようもない現実を両方とも理解していた。

 

 こうでもしないと感情の整理が出来なかった。

 

「彼奴は人を騙すのに何の罪悪感も持たない奴の目をしていた。彼奴は利己的で自分本位の嘘を吐き慣れてる。俺達が上畑志貴を神木輝だと見破れたのは……情報を集めて警戒していたからだ。これまで何も知らなかったルビーが今更こんな話を信じるとは思えない」

 

 神木輝は似た手口で多くの人物と接触していた。

  

 その人物達のうち約5分の1が行方不明になってる。

  

 私達視点から見て犯人は神木輝でほぼ間違いない。

 

 けれど、それを立証する為の証拠はゼロに近い。

 

 それどころか接触していたという情報も所詮噂。

 

 この世界の何処にでも転がっている与太話だ。

 

 こんな話を素直に信じる人間もまたゼロに近い。

 

「何より人間ってのはつくづく面倒な生き物だ。その大半が一度信じた人間を心から疑う事が出来ない。もし仮に裏切られたとしても心から憎む事が出来ない。何かに期待する事を死ぬまで止める事が出来ない」 

 

 私自身この言葉を他人事と割り切れなかった。

 

 アクアがもし仮に私を残酷な嘘で騙したとしても、私はきっとアクアを最後まで見捨てる事が出来ない。

 

 これまで過ごしてきた時間がそれを邪魔する。

 

 誰かを疑う事は相手を自分の中で一度殺す事だ。

 

 これまで積み上げてきた全てを否定する事だ。

 

 それが出来る人間はごく僅かで限られてる。

 

「だから、ルビーが神木輝と接触するよりも先に先手を打つ必要があった。だが、それはもう叶わない。ルビーは犯人を探す為に個人で売れる準備を進めようとしたんだろう。だが、目的が目的だけに誰にも相談出来ない。彼奴はそこに付け込んだ。俺がアクアにやった事と全く同じだ。因果応報とはよく言ったもんだ」

 

 真さんはまるで吐き捨てるようにそう語った。

 

 何もかもが自分のせいだと言いたげだった。

 

 これとは別の可能性を知っているかのように。

 

「お前の言う通りこの状況を安全とは呼ぶ事は出来ない。だが、下手に動けば藪蛇も同然。今の俺達はルビーを事実上の人質に取られてる。神木輝を消す手段はあっても、大切な人を守る手段は数える程しかない。これが覆しようのない現実だ。……尤も、その手段が何も無い訳じゃない。その覚悟はとっくに出来てる」 

 

 そう告げると真さんは自ら去っていった。

 

 何かを決意し何かを諦めた顔をしていた。

 

 その背中が遠く彼方に行ってしまう気がした。

  

 これがきっと真さんを止める最後の機会だった。

 

「苺プロを辞めるって……真さん本気なの?」 

 

「ああ、本気だ。俺は苺プロを離れて芸能界の頂きを取る。ルビーの復讐が達成されるよりも先に、神木輝が全てを奪うよりも先に、何もかもを奪い掻っ攫う」

 

「とてもじゃないけど………正気とは思えない」

 

「こんな馬鹿げたこと正気のままやってられるか」

 

 私はその機会を逃して選択させてしまった。

 

 その事に気付いた時には何もかもが遅かった。

 

 真さんは苺プロを辞め芸能界に入る道を選んだ。

 

 いくら手を伸ばしてもその背中にはもう届かない。

 

「お前だって気付いてない訳じゃないだろ。神木輝が殺したであろう人物達には共通点がある。芸能界の頂きを取る可能性。アイを越える可能性を全員が持ってた。奴の殺意をルビーから逸らすにはこれしかない」 

 

 これまで行方不明になってきた数々の人物。

 

 一見共通点はないようだけどそうじゃない。

 

 驚いた事に全員が瞳の奥に白い光を宿していた。

 

 アイさんが持っていた輝きを手にしていた。

 

 私は気付いた上でその事を黙っていた。

 

 けれど、真さんは自力で気付いたらしい。

 

「でも、それはあくまで私達の憶測。何の確証も無いし、考察の域を全く出ない。何よりそれだけで、あの男の殺意をルビーちゃんから逸らせるとも思えない」

 

「だからこそ、打てる手は全て打つ。奴の嫌がりそうな事は見当が付く。一つはアイと同様の才能を持ち得るはずのルビーの躍進が、何者かに妨害される事。もう一つは14年前の事件を穿り返され、彼奴以外で事件を立証出来る証人。引っ越した直後のアイの住所を実行犯に話した共犯者の正体を探られる事。この2つをやった上で頂きを目指せば、奴は必ず尻尾を出す」

 

「その過程であの男を逮捕出来るならそれで良し。共犯者を確保してあの男を脅せるならそれも良し。最悪の場合、手にした権力を使ってアイドルを無理矢理辞めさせて、ルビーちゃんを安全圏に逃せるって訳?」 

 

 真さんはその言葉を沈黙を持って肯定した。

 

 私は無力にも強く手の平を握るしかなかった。

 

 これは確かに今取れる最善の選択の一つだ。

  

 ルビーちゃんの安全を最低限確保出来る。

 

「それでも駄目だよ。こんな馬鹿げたやり方。もっと別の手段が必ずある。だから、今直ぐにでも───」

 

「そのやり方は何時見つかる?俺達に残された時間はごく僅か。俺が苺プロを離れるのは動きを察知されない為だ。その優位性は時間が経てば経つほど無くなる。違和感なく距離を取るタイミングは今しかない」

 

「違う。そうじゃない。私が言いたいのは……そんな事じゃない。確かにこれは……今やれる最善のやり方だと思う。けど、成功する確率は……ゼロに等しい。何より、全部が全部上手く行ったとしても───」

 

 ───真さんの帰る場所は、きっと何処にも無い。

  

「そんな事は初めから分かってる。覚悟していた事だ。俺は生まれながらのクズ。嫌われ者は慣れてる」

 

 私はその言葉に声を失くし思わず震えた。

 

 真さんに私の言葉が届く事はなかった。

 

 この選択はまるで死そのものだ。

 

 何も選ばずに居れば大切な人が殺される。

 

 誤った選択をすれば自分諸共殺される。

 

 正しい選択を選んでも残るのは修羅の道。

 

 例え誰にも信じてもらえなくなっても。

 

 誰もに憎まれ恨まれる事になっても。

 

 本当の意味で孤独になってしまっても。

 

 神木輝を止める為には残酷な嘘を繰り返し、自分が守るべき大切な人を幾度も傷つけなければならない。

 

 まるで血を吐きながら続ける悲しいマラソンだ。

 

 永遠にも思える終わりが見えない戦いだ。

 

 全てを守る為に全てを捨てようとしている。

 

「俺って奴はどうしようもない人間だ。どれだけの選択を間違えたか、どれだけの平穏(しあわせ)を掴み損ねてきたか分からない。何かを奪う術は知っていても、誰かに何かを分け与える術を知らない。俺は約束を守れるならこの世界が……自分の命がどうなっても構わない

 

 真さんは何処か虚ろな声でそう言った。

 

 その瞳には一切の光が宿っていない。

 

 あの日と同じ全てを拒絶したような。

 

 何もかもを諦めたような目をしている。

 

「誰かの平穏(しあわせ)が理不尽に奪われる世界に……生きる価値は無い。いっその事こんな世界……何もかも壊れて無くなればいいと、どれだけ呪ったか分からない。俺にとってこの世界で生きる事は……あくまで約束を守るついでだ。そんなどうしようもない奴にもしも役割があるとしたら……これぐらいの役割が丁度いい」

 

「そんな悲しい事……言わないでよ。私が見てきた真さんは……生きる事を楽しんでた。生きる事に希望を持ってた。あの姿が全部嘘だったなんて言わせない」

 

「ああ、そうだよ。あれは嘘じゃない。お前等と過ごしてきた時間は幸せだった。当たり前に夢を見て生きる事に希望を持てた。だがな。それでも消せないんだ。ようやく掴んだ平穏(しあわせ)を、奪っていく奴等の姿が。脳裏に焼き付けてきた、人が持つ負の側面をどうしても消せない。俺は人ってやつを信じる事が出来ない」

 

 その瞳の奥で蠢いていたのは計り知れない憎悪。

 

 別の誰かの感情さえも飲み込んだ怒りだった。

 

 その瞳には一切の希望(ひかり)が宿っていない。

 

 そこにあるのは何処までも虚ろな絶望(やみ)だけだ。

 

 まるで人の成れの果てのような目をしている。

 

「お前には俺が離れた後の苺プロを任せたい。ルビーが良からぬ事をしないか、他の奴等が神木輝と接触しないかを見張り、彼奴等を見守ってやって欲しい」

 

 そんな目をしながら真さんは優しい声で言った。

 

 いつもの同じ声なのに違う誰かの声に聞こえた。

 

 まるでそこに別の誰かも居るかのようだった。

 

「本来なら巻き込むべきじゃなかった。お前にも何も知らずに居て貰いたかった。だが、状況は最悪一歩手前。残る時間はごく僅か。奴の目が何処にあるか分からない以上、事を知る人間を増やす訳にもいかない。どれだけ辛い役目を、自分を偽る役目を、お前一人に押し付けてるかは分かってる。恨みたければ恨め」

 

「自分の幸せを真っ先に切り捨てようとしてるクセに、そんな事を言うなんてズルいよ。あの日私を助けてくれたのはアクアだけど、その一歩を踏み留まらせてくれたのは真さんだった。エゴで良いから止めたかった。私は真さんにも、踏み留まって欲しかった」

 

「初めから知っていたよ。お前がアクアの復讐だけじゃなく、俺を止めようとしていた事ぐらい。その優しさがあったからこそ、アクアは救われた。だから、お前はこっち側に来るな。その優しさを無くすな。人を信じられない、愛する事が出来ない人間にはなるな」

 

 ───馬鹿な俺の義弟と義妹を、よろしく頼む。

 

 そう言った翌日に真さんは苺プロを去った。

 

 鏑木さんの下に付いてその頂きを目指し出した。

 

 自分の思いを仮面(うそ)で覆い隠し悪役を演じ続けた。

 

 孤独の中で、絶望(やみ)の中で、今も一人で戦ってる。

 

 かつて交わしたという約束を守る為だけに。

 

「これが私の知ってる事の全て。それ以降の事はアクアが知ってる事と同じだと思う。私がもし選択を止める事が出来ていたら、少しはマシになったのかな」

 

 私はそう言って遠く彼方向こうを見つめた。

 

 あの瞳の奥にあった感情は最早分析出来ない。

 

 何もかもを拒絶し憎み続ける鬼としての一面。

 

 何かを一度は肯定し夢見た人間としての一面。

 

 その2つが幾層にも混ざり合って底が見えない。

 

 真さんを縛り付ける物が何か私には分からない。

 

「いいや、きっと何も変わらなかった。彼奴は昔から自分勝手な奴だ。下らない口約束だなんて言ってるクセに、その約束を守る為に自分の夢を捨てる馬鹿な奴だ。彼奴の考えなんて俺にも分からない。けど、一つ分かった。彼奴は一つ嘘を言ってた。何が誰も信じないだよ。もしかしたら、彼奴は俺達以上に………」

 

 アクアは目元を押さえながらそう言った。

 

 その手の向こうで白い光が静かに揺れていた。

 

 まるで夜道を照らす月明かりのように。

 

 そしてアクアはベンチから立ち上がった。

 

 頭上で鳴き続ける鴉の鳴き声を無視して。

 

「今から監督の所に行く。預けてた物を返して貰う。だから、付いて来てくれ。例えそこが……地獄でも」

 

 彼女に向かって言う言葉じゃないと思う。

 

 地獄まで付いて来いなんて酷い彼氏だ。

 

 それでもその言葉に悪い気はしなかった。

 

「君と一緒なら………私は何処へだって行くよ」

 

 私はその言葉をずっとずっと待ってた。

 

 その言葉を私は君達に言いたかった。

  

 だって私の夢は一人じゃ叶えられない。

 

 私は何時か君達と幸せになりたいんだから。

 

 

 

 

 

 

♦♦♦

 

 

 

 

 

 

 その日は珍しく私は歩いて帰っていた。

 

 特段深い理由はなく本当に何となくだ。

 

 先輩扱いされない事に触れられたからじゃない。

 

 一人で帰りたい気分になったからだ。

 

「その矢先に雨って……嘘でしょ?今日の天気予報そんなこと言ってなかったわよ。私何か悪い事した?」

 

 いくら文句を言っても当然ながら雨は止まない。

 

 しかも距離的にタクシーよりも歩いた方が早い。

 

 こんなの選択肢なんてあってないようなもの。

 

「お気に入りの傘………持って来て良かった」

 

 そんな愚痴を呟きつつ折り畳み傘を開いた。

 

 降りしきる雨に嫌気を指しながら帰路に着く。

 

 けれど、そんな私を阻むように雨を強くなる。

 

 どうにか前に進んで行くも足取りは重い。

 

 これなら短距離でもタクシーを呼ぶべきだった。

 

「クズの銭ゲバ思考が感染った訳じゃないわよね?」

 

 そう考えると酷くゾッとして体が冷えた。

 

 彼奴の影響を受けてるとか考えたくない。

 

 下手なホラーなんかよりよっぽど怖い。

 

 このままだと本当に風邪を引きそうだ。

 

 私の足取りは気持ち少し早くなった。

 

 さっさと帰って風呂に入りたい気分だった。

 

 そんな折に公園のベンチに目がいった。

 

 そこはJIFの練習でよく使った公園だった。

 

 一人の男がベンチに座って項垂れている。

 

「あれって……真よね?傘もささず何やってるのよ」

 

 噂をすれば何とやら。そこに居たのは真だった。

 

 傘もささず豪雨の中に居たせいで全身ずぶ濡れ。

 

 特徴的な長い金髪からは雨水が滴り落ちている。

 

 まるで行き場を無くして彷徨う野良犬だ。

 

「ちょっと、人のこと無視する気?」

 

 真は不意に立ち上がったと思うと歩き出した。

 

 私の事を無視して出口に向かおうとしている。

 

 そんな彼奴の姿を見て何となく腹が立った。

 

 何時ものように文句を言うつもりだった。

 

 けど、そんな気は一瞬で失せてしまった。

 

「ごめんなさい。俺のせいで。分かってます。罪は消えない。許される訳ない。それでも俺はまだ───」

 

 真の目の焦点は虚空に向けられていた。

 

 その口からは謝罪の言葉が零れ落ちていた。

 

 よく見ると真の着ている服は喪服だった。

 

 明らかに何時もの精神状態じゃない。

 

「───ちょっと!!しっかりしなさい!!」

 

 真は遂には倒れ込むように意識を失った。

 

 どうにか受け止めるも目覚める事はない。

 

 救急車を呼ぼうと大急ぎで手が動く。

 

 けれど、番号を押す直前で手が止まった。

 

 ついさっきの姿が脳裏に浮かび上がった。

 

 事情は全く分からないけど嫌な予感がする。

 

 もし間違えたら取り返しのつかない気がした。

 

「あぁ、もうっ!!今日はつくづく厄日よ!!」

 

 自分でも何をしたいのか分からない。

 

 何が出来るのかも皆目見当が付かない。

 

 それでも考えるよりも先に体が動いた。

 

 しばらくして私は再び帰路に着いた。

 

 碌でもない拾い物に何故か肩を貸して。

 

 

 

 

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