俺にとって嘘とは歩んできた人生そのものだ。
振り払おうとしても払えない一種の呪いだ。
嘘に塗れた自分をどれだけ憎んだか分からない。
ならば、彼奴にとって嘘とは一体何だった?
誰かを傷つける訳でもなく奪う訳でもなく。
その言葉が偽りと知りながら
最後まで絶望せず嘘と共に生き彼奴は死んだ。
そこに夢見た未来をその目で見ることなく。
「何時も面白いネタを貰ってるから感謝してるけど、そんな生き方じゃ長生き出来ないよ。君の周りには味方も多いけど、それと同じくらい敵も多いからね」
こじんまりとした繁華街のとあるバー。
俺はそこでライターの板野さんと会っていた。
この人との付き合いは何だかんだで長い。
有馬に手を出そうとした頃からの付き合いだ。
俺の活躍や汚職などのゴシップネタと引き換えに、業界での噂話や裏側の情報を仕入れて貰ってる。
断じて過去の遺恨で脅している訳じゃない。
それについてのケジメはもうつけた。
臨時収入としては悪くない額だった。
「俺は表舞台で長生きするつもりは初めからありません。長くても5年で大人しく裏方に戻る予定です。今表舞台に立っているのはコネクションを作る為です」
「それは何とも夢の無い話だね。若者の発想とは思えない。僕の手助けが多少なりあるとはいえ、その活躍は君自身の手腕によるところが大きいというのに」
「一時のテンションに身を任せた人間が馬鹿を見る事は、記者である貴女が一番知ってるでしょう。自分は結構臆病な人間ですから何時でも勝ち逃げ狙いです」
俺がそう告げると板野さんは激しく苦笑いした。
こっちは表舞台に立ちたくて立ってる訳じゃない。
そもそも俺は飛び抜けた才能を持ってない。
前世での経験と今世での経験と念入りな下準備。
嘘とハッタリで毎回どうにか乗り切ってるだけだ。
咄嗟の事態において俺は余りにも無力だ。
本当に才能があったならこうはなってない。
「それはそうと旧B小町のメンバーと仲が良かった人物、もし良ければ紹介してもらえませんか?今度の特番で呼びたいんですけどほぼ全員が引退してるので」
「別に紹介出来ない事はないけど、そういうのは君の父親に頼む方が早いんじゃないのかい?それとも何か事情があるとか?……まぁいいよ。今回は貸しだ」
「何も聞かず何時もありがとうございます。お陰様で助かりました。お礼といってはアレですが……この席は自分が奢ります。今後ともよろしくお願いします」
俺は頭を下げると代金を置き一人店を去った。
まだやらなければならない事は山程ある。
彼処で何時までも長居はしていられない。
何より俺はこれまであの男を挑発し続けてる。
何時命を狙われたとしてもおかしくない。
そうなるようこれまで立ち回って来た。
気を抜いている暇は一瞬たりともない。
(黒川の話じゃアクアが妙な動きをしてる。姫川に自分から会いに行ったって事は……自分の父親が犯人だと知った可能性が高い。今後の動き次第でルビーと結託する可能性だってある。面倒事は増えるばかりだ)
ルビーの邪魔をすると言っても限度がある。
いくら後ろから手を回しても彼奴は止まらない。
彼奴の諦めの悪さは度を越してる所がある。
アクアの悪知恵がそこに加われば本当に終わりだ。
現状でも手を焼いてるのに手が付けられなくなる。
犯人目掛けての特攻を実行するかもしれない。
(今は最善を選べずとも最良を選ぶしかない。あの男を表に出てくるまで耐えるしかない。だが、俺は最良の選択を選べているのか?その時が来るまでに間に合うのか?俺のやってる事は全て無駄じゃないのか?)
こうして一人で居ると余計な事を考える。
自分の足元が崩れる感覚に襲われそうになる。
最悪の可能性を考える事を止められない。
忘れる訳がない。忘れられる訳がない
あの日の光景が今にも蘇りそうになる。
『こんな遅くに悪いけど、先に伝えておこうと思ってね。君が明日担当していた撮影予定の番組なんだけど、色々あって予定が一先ず白紙になった。君には明日からしばらくの間、別の仕事をして貰う事になる』
そんな折に鏑木さんから連絡が入った。
俺は仮面を被り自分を取り繕った。
こんな姿を誰かに見せる事は出来ない。
「別に構いませんが本当にいきなりですね。何かトラブルでも?必要ならこっちでも連絡を回しますけど」
『いいや、大丈夫だ。内容が少しばかりセンシティブだからね。詳しい話は明日僕の口から直接話すよ』
「その様子だと並々ならない事情みたいですね」
『実は出演予定の……片瀬ゆらさんだけど───』
けれど、その一言は俺の仮面を容易く壊した。
俺はその場に立ち尽くして震えるしかなかった。
それからしばらくの日数が経過した。
ここ数日冷え込んでどうも空気が重い。
その日の空は曇っていて太陽は隠れていた。
まるで泣き出す前のように雨雲が迫っている。
「ご愁傷様です。この度はお悔やみ申し上げます」
「こちらこそ……大変ご迷惑をお掛けしました」
「お気になさらず。どうか謝らないでください」
俺は喪服を身に着け鏑木さんとそこに向かった。
彼女との直接的な面識はないが関係ない。
俺には彼女の命を背負う責任がある。
『次のニュースです。SA芸能所属の片瀬ゆらさんが、山登り中の事故で先日死亡が確認されました』
ニュースはこぞってそう言うが真相は違う。
俺は彼女とあの男が接触しているのを知ってる。
そしてこんな事件をこれまで沢山聞いてきた。
あの男が関与してる可能性は限りなく高い。
「彼女の芸能人生を順風満帆とは呼べない。どちらかと言えば遅咲きの部類で、飛び抜けた才能は正直なかった。それでも彼女は努力を重ね、自分の強みを生かし、その名を世間に知らしめた。僕等はそんな彼女に誇れる生き方を、僕等なりにしなきゃいけない」
鏑木さんは葬儀の前に俺に向かってそう言った。
朝からずっと顔色が悪い俺を気遣ったのだろう。
この人は紛れもない拝金主義者だが人情がある。
俺が苺プロでこの人に付いた理由はそれだ。
この人の言ってる事は毎度的を射ている。
(だが、俺にはもう遅過ぎる。彼女に誇れる生き方なんて、俺には今更出来ない。間接的とはいえ彼女を殺したのは……この俺だ。もう後戻りなんて出来ない)
俺は彼女の死の可能性を知っていた。
あの男が彼女を狙っている事に勘づいていた。
それなのに俺はこれまで何もしなかった。
神木輝を殺す手もあったのに使わなかった。
下手に動けばルビーに危険が及ぶと考えたからだ。
俺は自ら選択を下して彼女を殺した。
自らの大切な物の為に彼女を見殺しにした。
何処まで行っても、自分の為にしか生きれない。
何かを分け与える術なんて知らない。
誰かから何かを奪う術しか知らない。
『俺なんかのせいで………ごめんなさい………っ』
その後の事はあまりよく覚えていない。
眠る彼女の前で手を合わせた所までは覚えてる。
俺はフラフラと彷徨うように家に帰ろうとした。
けれど、途中で体に力が入らなくなった。
ベンチから立とうとしても体がそれを拒む。
それからしばらく経って雨が降り始めた。
降りしきる大粒の雨に俺はただ打たれた。
何時しか雨音は聞こえなくなっていった。
どうしようもなく胸の奥が痛み続ける。
『だから言ったろ。お前は誰かから奪う事しか出来ない。罪からは逃れられない。どれだけ抗おうとお前は地獄に行く。お前のせいで……片瀬ゆらは死んだ』
俺の目の前に無く黒く歪んだ何かが現れた。
その何かは一歩一歩俺の方に近づいてくる。
『ああ、そうだよ。彼女は俺のせいで死んだ。罪が消える事はない。……けどな。俺はまだ止まれない。彼奴との約束を果たすまで……俺はまだ死ねないんだ』
『何が死ねないだ。笑わせるな。お前は俺と同じだ。心の奥底で常に死を望んでる。あの日死ぬべきだったのは星野アイではなく……死を望むお前自身だった』
その何かは俺の事を強く睨みつける。
黒く歪んだ霧は次第に消えていった。
そこに居たのはスーツを纏った黒髪の男。
あっちの世界で死んだ俺そのものだった。
その瞳は俺と同じく一切の光が宿っていない。
『お前は転生を望んでいなかった。この世界に生きる価値が無いと知っていたからだ。そしてその感情は今も変わらない。こっちの世界もあっちと変わらない』
『だが、俺はこの世界に生まれた。この世界で奪われながら俺は生きてきた。死を望みながら生きる理由ばかり増えて死ねなかった。死ぬ訳にはいかなかった』
『何時か星野アイと会えるとでも?そんな事は有り得ない。お前が一番分かっているだろ。完璧な転生などこの世に存在しない。二度目の人生など存在しない』
前世の俺はそう冷たく吐き捨てるように言った。
アイが転生する事を、俺は確かに一度は考えた。
けれど、所詮夢想に過ぎないと直ぐ切り捨てた。
俺には本来持ち得ない前世での記憶がある。
だが、俺と前世の俺の本質は明確に違う。
同じ思想を持っていても目指すものが違う。
俺は彼奴の記憶と人格を持っているだけの人間。
彼奴と俺は似ているだけのただの別人。
アイの記憶を持つ人間がこの世界の何処かに居たとしても、それは記憶を持っているだけの別の誰かだ。
二度目の人生など存在せず死は死でしかない。
『俺はお前が言うところの亡霊だ。未練がましく過去に囚われ、死にたくても死ねない実に哀れな存在だ』
───ならば、お前はなんだ?
『もう会う事もない死人の言葉に囚われ、死にたくても生きるしかないお前は生者ではない。亡霊と同等かそれ以下の生ける屍だ。お前に出来ないなら俺が終わらせてやる。その体を俺に寄越せ。
───さっさと楽になっちまえよ。
前世の俺は手を伸ばして俺を誘った。
その手を取ってしまえばきっと戻れない。
しかし、俺の手は微かに動いていた。
無意識的な願望に従おうとしていた。
心も体も限界に達しようとしていた。
もう何もかもを投げ出して楽に───
『この子は一体どんな大人になるのかな?どんな夢を見て、大きくなっていくのかな?今から楽しみだね』
そんな時に遠き日の記憶が蘇った。
彼奴の言葉がほんの一瞬脳裏を過ぎった。
その言葉が俺を踏み留まらせる。
俺の体に生きる力を微かに与えた。
『お前の誘いに乗れば確かに楽だ。こんな痛みや苦しみを味わずに済む。だが、俺は斎藤真だ。お前であってお前じゃない。俺自身が何者であろうと関係ない』
前世の俺が差し出す手を俺は振り払った。
此奴が何を言おうと初めから関係ない。
これは俺の人生であって彼奴のものじゃない。
『何より俺は知ってるんだよ。この目で見ているんだよ。たった16歳の子供が、俺達同じように、何もかもを憎んでいてもおかしくない子供が、それでも逃げず戦っていた姿を。このどうしようもない世界で、神も救いも存在しない世界で、彼奴はそれでも生きてた』
『俺が此処で逃げたら、彼奴のやってきた事の全てが無駄になる。例え全てを敵に回しても、俺は彼奴を裏切れない。だから、俺はまだ、死ぬ訳にはいかない』
───死人は大人しく黙って寝てろ。
俺がそう言い放つと前世の俺の姿が揺らいだ。
黒く歪んだ霧のように跡形もなく消えていく。
前世の俺は俺の言葉に対し何故か不敵に笑った。
そして遂には目の前から誰も居なくなった。
さっきまで聞こえなかった雨音も戻ってくる。
「立て。立つんだ。足を止めるな」
俺はフラフラとベンチから立ち上がった。
ほんの少し眩暈はするがまだ動ける。
こんな所で時間を潰す訳にはいかない。
「ごめんなさい。俺のせいで。分かってます。罪は消えない。許される訳ない。それでも俺はまだ、死ねない。どんな姿に成り果てても、俺は必ず辿り着かなきゃいけない。彼奴が目指し夢見た、何時かの未来に」
どれだけ嘆き悔やもうと罪は消えない。
俺が彼奴と会う事はもう二度とない。
例えそうだとしても止まる訳にはいかない。
その為に何もかもを諦め此処まで来た。
なのに何故か世界は大きく傾いた。
まるで体が燃えているかのように熱い。
俺は何かにもたれかかって意識を失った。
それからどれだけの時間が経ったのだろう。
目を開けるとそこは見た事のある天井だった。
どうにか周囲を見渡すと彼奴が居る。
「人様の家で眠っておいて随分遅いお目覚めね。アンタにはそれ以上に言ってやりたい事が山程あるけど」
俺は有馬の顔を見るや否や直ぐ舌打ちをした。
何時ものように俺達は互いに互いを睨み合った。
今一番会いたくない奴の顔が直ぐ傍にあった。
どうしてこんな拾い物をしたのだろう。
そう何度思ったか最早分からない。
こうなるであろう事は内心分かってた。
それなのにどうしてわざわざ家に運んだのか。
この理由は一生掛かっても分からないと思う。
「てめぇに貸し作る趣味は無い。手に持った俺のスマホと財布をいい加減返しやがれ。さっさと帰らせろ」
「わざわざ雨に濡れてまで運んでやった恩人に対して何様のつもり?病人は大人しくソファーで寝てろ」
「そこは普通ベットか布団だろ。家に連れ込むならそれぐらい黙って貸せよ。そもそも俺は病人じゃねぇ」
「あんな豪雨の中野晒しで居た挙げ句、熱出して私に倒れかって気絶した奴が何言ってんの。元から思ってたけどアンタ馬鹿ね。救いようがないクズ馬鹿よ」
「現役アイドルのクセに男を自分の家に連れ込んだ挙げ句、勝手に助けておいて感謝を求める脳天気自己中女には言われたくない。拉致監禁で訴えてやろうか」
家に運んだ直後の真は雨に打たれ熱があった。
普段の姿は何処へやら随分と弱々しかった。
それなのに目を覚まして直ぐにこれだ。
スマホと財布を取り上げなかったら出て行ってた。
可愛げというものがこれっぽちも無い。
「お前に助けて貰うほど俺は落ちぶれてない。自分の面倒は自分で見れる。お前の助けなんて必要ない」
真は私が持ってたスマホと財布を奪った。
さっきまで熱があったのに無駄に頑丈だ。
それほど私に貸しを作りたくないらしい。
「それなら勝手に無茶して勝手に死ね。自分の顔もまともに見れない奴がいくら無茶しようと時間の無駄。自己満足して無駄死にするのが関の山ってところね」
こんな奴に気を遣うのも馬鹿らしくなった。
真が更に鋭い目付きで睨んでくるか関係ない。
こんな酷い顔をしている奴に睨まれても怖くない。
それ以上に私は此奴に対して腹が立ってる。
「俺のやろうとしてる事はお前と無関係だ。てめぇにどうこう言われる云われも無駄死にする趣味もない」
「アンタが何するかなんて私には興味ない。何を考えてるかなんて理解したくもない。アンタは私以上に性格が悪い上にクズで、馬鹿で、自分勝手で、何時も私の事を子供扱いする。気付いてないとでも思った?」
だって、私は真にとって頼られる存在じゃない。
真が何時も無自覚的に頼ってる大人じゃない。
此奴にとって私は未だ守られる側の子供なのだ。
だから、真は何も話さないし、一人で抱え込む。
その重荷を背負わせる事も分ける事もしない。
あまりに傲慢かつ独善的で不器用にも程がある。
「……それとこれとは話が別だろ。どちらにしろお前に話す事はない。何があろうと話す訳にはいかない」
真は少し視線を逸らしつつもそう言った。
私の言葉で多少揺らいだものの考えは変わらない。
これだけ言っても何一つ話そうとしない。
(もしかしたら……本当に話せない内容なのかも)
そう考えると胸の奥でストンと腑に落ちた。
芸能界には深くて暗い闇の部分がある。
知らない方が幸せな真実が山程ある。
これまでこんな表情の人間を何度か見てきた。
真が抱えてるのはそういう事情なのだろう。
きっとそのせいで誰にも話せず倒れるに至った。
つくづく面倒な奴だと思わず溜息が出る。
「それならせめて、雨が上がるまで私の家に居なさい。一応助けてやったんだから借りを返せ。明日になって雨が止んだ後なら止めやしない。何処へ行くなり好きにすればいいわ。悪くはない取り引きでしょ」
私は仕方なくそう言って譲歩してやった。
こう言ってやれば真はそう簡単に動けない。
貸し借りやら契約やらに昔から五月蝿い奴だ。
そんな奴が取り引きから逃げるとは思えない。
「……一晩の宿ってだけじゃ、これまでお前に貸したものと釣り合わない。泊めるついでに……飯を寄越せ。それでこれまでの貸しを……チャラにしてやる」
真は苦虫を噛み潰した顔でソファーに戻った。
その足取りは不安定で案の定痩せ我慢だった。
彼奴が幾ら頑丈でも弱った体が直ぐ治る訳無い。
それにしたって人への頼り方が不器用過ぎる。
それからの真は普段考えられないほど静かだった。
何もせずボーっとしているだけかと思えばこっちを見つめ、私が逆に見つめ返すと直ぐにそっぽを向く。
そんな動作を考える訳でもなく繰り返していた。
まるで迷い込んだ捨て犬の世話をしている気分だ。
何時とは違う姿や表情に何故か妙な気分になる。
「味は大丈夫?不味くない?それとも美味しい?」
「どれ選んでも実質同じだろ。それならわざわざ聞くな。美味いは美味いが……俺が作った方が美味い」
「そっちこそ考え込んでまで第四の選択肢作んな」
ただし、その口の悪さについては尚も健在。
私がわざわざ作った粥に関しては辛口評価。
どんな状態でも真は結局真のままだった。
ほんの一瞬でも愛しく思った自分が憎い。
顔が良いだけの人間はこれだから困る。
「明日だって仕事があるし、アンタに付きっ切りなんて御免だし、私はそろそろ寝るわ。念には念を入れて一応言っておくけど……私の部屋には絶対入るなよ」
「おっ、すげぇな。殺意Maxの殺し屋の演技としては百点だ。言われずとも入らねぇし端から興味ねぇよ」
「アンタ仮にも男かよ。少しぐらい興味持て」
「もし興味あるって言ったら殴る気だったろ」
それから更にしばらく経って夜も更けた。
私達は互いを鼻で笑いつつ寝る事に決めた。
外の雨音は少しずつだけど遠退いている。
「そういやどうしてあんな所に居たのよ。アンタが今住んでる社寮って、此処から少し離れてるはずじゃない。それぐらい教えてくれてもいいんじゃない?」
私は寝転ぶ真に向かって最後に聞いてみた。
どうせ彼奴は目が覚めた頃にはもう居ない。
それならせめて思っての駄目元だった。
しばらく経ってもその問に対する返答はない。
「……さぁな。俺にだって理由なんか分からねぇよ。勝手に足が動いて、気付いたらあそこに居ただけだ。何もかもを諦めたはずなのに……どうしてだろうな」
私が諦めて去ろうとすると真は言った。
こっちに顔を向ける事なく窓の先を見ている。
その背中は何時もより少し小さい。
「そっちこそどうして、俺なんかを助けた?助けるにしたって救急車を呼べば一発なのに、どうして家まで運んだ?こんな面倒事……抱え込む必要なかったろ」
しばらくすると今度は真の方が逆に聞いてきた。
どうしてか少し考えてみるも答えは出ない。
「私だって、理由なんか分からないわよ。勝手に体が動いて、気付いたらアンタを運んでた。それだけよ。強いて言うなら……私がそうしたかっただけかもね」
なのでとりあえずそう答えてやった。
それ以上の答えもそれ以下の答えも出てこない。
私の返答に対し真はただ無言を貫いた。
彼奴にとっての理由も案外それだけかもしれない。
「柄にもない事は……互いにするもんじゃねぇな」
「珍しく意見が合ったわね。全くもってその通りよ」
それ以上の会話は私達に必要なかった。
真はソファーの上で寝返りを打ちそのまま寝た。
私は自分の部屋に置かれたベットで眠りに着いた。
翌朝起きて外を見ると天気は快晴そのもの。
昨晩の雨が嘘のように青々とした空だった。
彼奴のとっての雨宿りがもう必要ないぐらい。
「よぉ。久しぶりだな。まさかお前に呼び出される日が来るとは思わなかった。早速俺を海に沈めるか?」
「あかねに手を出した分のケジメがそれだけで済む訳ないだろ。お前には俺と一緒に地獄に来てもらう」
俺はアクアに呼び出されて釣り堀に来ていた。
アクアの顔つきは以前と大きく違う。
その瞳には白い光とともに覚悟がある。
「お前のやろうとする事は大方分かってる。だが、お前にとっての選択は本当にそれで良いのか?これは俺ですら使わなかった最悪の手だ。後戻りは出来ない」
「子供の頃から復讐の事ばかり考えてた。あの男にどう復讐すればいいのか。どうすれば最も苦しむのか。けど、今はもう、そんな事はどうでもいい。俺は俺の大切な物の為に奇跡を起こす。その為なら幾らでも走ってやる。だから、俺に力を貸せ。俺を利用しろ」
アクアはそれを真っ直ぐな目で俺に示した。
どいつもこいつも俺の想定を上回る。
俺が考えてた以上に此奴等は大人になっていた。
有馬の言う通り俺は此奴等を子供扱いをしていた。
此奴等はもう俺の後ろに居るだけの奴等じゃない。
俺の事をすっかり追い抜かそうとしている。
「なら、お望む通り利用してやる。俺が理想のカードをお前に用意してやる。役者が舞台を降りるなよ」
「そんな事は言われるまでもない。最後まで全てを騙し切ってやるさ。アイの本当の願いを叶える為に」
俺とアクアはこうして再び共犯関係となった。
アイが願い続けた本当の願いを叶える為に。
これまでの因縁の全てに決着を付ける為に。
嘘の裏側の真実を見る為に地獄に堕ちた。
ほんの少しの月日は巡りその時はやって来る。
『本日発売された『週間芸能実話』によりますと、12年前に殺害された『アイ』には当時4歳の双子の子供がおり、それを知ったファンの手によってアイさんは殺害されたと、週間芸能実話は報じています。報道を受け苺プロダクションは、緊急記者会見を───』
何もかもを巻き込んだ、最終章の幕が上がった。