斎藤家の愚息   作:熊田ラナムカ27

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映画編
43 困った時は笑え


 

 

 

「いきなり呼び出して何事かと思えば、アイの秘密を俺の口から公表しろだと?お前……本当に正気か?」

 

「正気ならとっくの昔に捨ててる。独断で進めても良かったが、息子として義理立てはしようと思ってな」

 

「お前程の親不孝者の息子もそういないけどな」

 

「息子に向かってガン飛ばす親もそうはいねぇよ」

 

 何時も通りの真の態度に俺は不機嫌さを隠せない。

 

 此奴のやる事なす事、常軌を逸したものが殆どだが、こればっかりは俺も看過する事は出来ない。

 

 この件に関しては味方だけは居てやれない。

 

「お前は彼奴等の母親を、自分の義姉の、墓を暴こうとしているんだぞ。彼奴の名誉を傷つけていい訳がないだろ。それが例え真犯人を探る為だとしてもだ」

 

 俺はそう強く言い放って真を睨んだ。

 

 本来親がするはずのない表情をしてるに違いない。

 

 けれど、そんな俺に真は何故か小さく笑った。

 

 ほんの僅かに安堵したようにも見えた。

 

 その一瞬の表情に俺は少しだけ冷静になる。

 

「アイのDVDが、彼奴が生前に残したメッセージが見つかった。五反田監督が14年間預かっていたらしい。これを発案したのは……それを見たアクアだ」

 

 俺は冷静になって直ぐに言葉を失った。

 

 その言葉の意味がどれだけ重いかを理解した。

 

 アクアは自らが愛した母親を名誉を傷つけてでも、自分にとってのやるべき何かをやろうとしている。

 

 その覚悟が生半可なものでないのは明らかだ。

 

 真は飄々とした態度を崩して頭を下げる。

 

「俺の事を信じろとは言わない。今更手を貸せだなんて虫がいい話だってのは理解してる。父さんと母さんに誇れる生き方を、してきた訳でもない。それでもアクアとルビーの事だけは、アンタの義娘が嘘に込めた思いだけは……信じてやって欲しい。それがアンタ達に育てられた親不孝な馬鹿息子の、数少ない頼みだ」

 

 その表情は必死という言葉を体現したかのよう。

 

 恥も外聞も彼方に捨てて真は頭を擦り付けた。

 

 こんな姿も表情も今まで見た事がない。

 

 真が俺を本気で頼るなんて初めての事だ。

 

 そんな彼奴に俺は何も言わず耳を傾け、彼奴が語る最悪の可能性と、真犯人がルビーと接触したこと。

 

 自分にとってやるべき事を知り決心を固めた。

 

 これは俺が出来る唯一の贖罪なのかもしれない。

 

「会見の準備整ったわよ。壱護、準備は良い?」

 

 控室で待機してた俺にミヤコはそう言った。

 

 その表情からは少しばかりの疲労が見える。

 

 ここ数日対応に追われて労わってやれてなかった。

 

 あの日語った景色から随分と遠のいてしまった。

 

「何も言わずこんな事に付き合わせてすまん。現場肌のお前に本来ならやらせる事じゃない。俺が大昔言った法螺話に……10年以上も付き合ってくれてるよな」

 

 そんな言葉が俺の口から気づけば零れ落ちた。

 

 俺は真達の件も真犯人の件もミヤコに言ってない。

 

 何も知らずに居て欲しくてずっと黙っていた。

 

 その罪悪感がつい表に出てしまったのだろう。

 

 何となく気まずくなって自然が遠くに逸れる。

 

「アンタのやらかしなんか、真達のやらかしと比べたらどうって事ないわよ。何時も何時も後始末役をやらされてるお陰で……こんなのはもうとっくの昔に慣れっこ。今更改まってまで謝る事じゃないわ」

 

 そんな思いを見透かしたようにミヤコは言った。

 

 その言葉の通り本気で気にしていない様子だ。

 

 その背中はあの頃よりもずっと逞しい。

 

「あの子達が何を考えてるかなんて、私には分からない。片方の息子はいつも仏頂面で、娘はいつも人前でニコニコしてて、もう片方の血の繋がった息子に至っては、いつも何かを背負ってる。それでも私は……あの子達の母親。そしてアンタは父親なんだからシャキッとしなさい。そんなじゃあの子達に笑われるわよ」

 

 もしかすると母親の勘で察してたのかもしれない。

 

 どうして真が自分達の元をわざわざ去ったのか。

 

 ルビーが自分を追い詰めているのは何故か。

 

 アクアがアイの秘密をリークした真意は一体何か。

 

 そこにある事情全てが分からずとも、ミヤコはそこにある感情を自分になりに受け止め、彼奴等の事を信じようと、信じたいと思っているのかもしれない。

 

 俺自身がそうでありたいと思っているように。

 

「こんなんだから世界中の父親って奴は……何時まで経っても母親の尻に敷かれるんだろうな。後ろばかりに目が行って……情けないったらありゃしない」

 

「もしアンタが責任を取って社長の席を降りる事になっても、その時は私が次期社長としてアンタをバイト扱いでこき使ってあげる。前みたいに全部をほっぽり出して、無事に逃げられるとは思わない事ね」

 

「あんな事は言われずとも二度としない。顔が腫れるぐらい殴られるのも、蹴り飛ばされて釣り堀に落ちかけるのも懲り懲りだ。全部終わったら彼奴等全員に説教して、アイに顔を見せてやらないとだし、やる事が積み上がってる。逃げたくても逃げらんれねぇよ」

 

 俺とミヤコは冗談を交えつつ共に小さく笑った。

 

 そのお陰で暗い自分の姿を馬鹿らしいと思えた。

 

 いつも通りの自分自身に戻る事が出来た。

 

 俺は控室を出て直ぐ記者会見の場に立った。

 

 マスコミの集まる中、毅然とした態度で口を開く。

 

「本日はお忙しい中、お集まりいただきまして、誠にありがとうございます。今回このような場を設けさせて頂きましたのは、皆様に真相をお話しするためです。既に報道されている内容について……その大部分が事実である事を、まず初めにお伝えします」

 

 俺の発した言葉に会場中は騒然となった。

 

 芸能界そのものを揺るがす重大監督不行き届け。

 

 未成年アイドルの出産というビッグスキャンダル。

 

 そんな爆弾に自ら火を点けたのだから当然だ。

 

 この光景を昔の俺が見たらとっくに気絶してる。

 

「何故このようなタイミングで発表を?隠そうと思えば隠し続ける事も出来たのでは?」

 

「アイの息子である星野アクアさんは取材において、この件を直ぐに発表するべきだと考えたと語っていましたが、その真意は如何なものでしょう?」

 

「公表せざるを得ない事情があったという事で?」

 

 ざわめく報道陣のうち数人が手を上げ質問をした。

 

 真が事前に仕込んでおいたという記者(サクラ)達だ。

 

 どの質問もとても鋭く、視聴者受けも悪くない。

 

 下手な批判意見で説明を遮る暇など無かった。

 

 相変わらずやること成すこと全てがエゲツない。

 

 サクラによる発言の抑制なんて善人はやらない。

 

 人を騙し嘲け笑う詐欺師かペテン師のやる事だ。

 

 お陰で話しやすくなったが同時に呆れてしまう。

 

「先日行われた週刊誌での報道。本日の記者会見に付きましては、数日前に発見された星野アイのメッセージ。亡き故人の意思を尊重し行動した結果です。自分の子供達が十分な成長を遂げた時、自らが隠してきた秘密を自身の口でファンの皆様に説明する。彼女は生前そのような事を……望んでいたようなのです」

 

 尤も俺も今回は人の事をとやかく言えない。

 

 前半はともかく後半部分に関しては殆どデタラメ。

 

 捏造し、誇張し、都合の悪い部分は()()()に隠す。

 

 アイが吐き続けた嘘を大勢の前で俺は吐いた。

 

 これでもう俺自分も、後戻り出来ない。

 

「事が起きてしまった以上、社長である私は勿論、彼女に責任が無いと言う訳ではありません。しかしながら、彼女なりの誠意と、応援して頂いたファンの皆さんに対する想い。その言葉に嘘偽りが無かったという事だけは、分かって頂きたいのです」

 

 俺は作り上げた美談(フィクション)を最後まで語り頭を下げた。

 

 彼奴等の目論見と俺に課せられた名誉を守る役目。

 

 その2つは誰にも知られる事なく完遂された。

 

 その後苺プロには少なくない悪評と圧倒的な同情の声が募る事となり、最終的にこの騒動は『伝説的アイドルの裏切り』から『母親の想いに応える子供達』に世間の興味が移った事で、事務所はそれ以上の傷を負うことなく、()()()()()騒動を無事やり過ごした。

  

 この騒動を受け注目を集めたアクアとルビーの仕事は格段に増え、結果としてトップタレントとしての階段を着実に登る事なり、また有馬やMEMちょ、黒川といった他のタレント達もそのおこぼれにあやかり、各々の仕事を確実に増やす事となる。

 

『アイを超える新星(ニュースター)が生まれる日は近い』

 

 とあるニュース番組で専門家が発した言葉。

 

 かつてなら法螺話と誰もが本気にしなかった言葉。

 

 しかし、その言葉は多くの者に新時代の到来を予感させ、大きなうねりを業界全体に生み出す事となる。

 

 嘘は着実に真実へと姿を変えつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

♦♦♦

 

 

 

 

 

 

「此処までは大方筋書き通り。グラサンは十分よくやった。成り行きとはいえトップスター間近の気分はどうか聞こうと思ったが……案外気楽じゃないらしい」

 

 アクアは俺の言葉に大きく視線を逸らした。

 

 どうせルビーとひと悶着あったに違いない。

 

 アクアは昔から何かあると直ぐ無口になる。

 

 ルビー関連の事に関しては特にそうだ。

 

 シスコンを堂々と名乗るだけはある。

 

「汚れ役は俺に全部任せておけばいいってのに、全くもって難儀な奴だ。お前まで嫌われる事なかったろ」

 

 俺は溜息交じりに思わず大きな息を吐いた。

 

 アクアがこっち側に居る必要なんて一つもない。

 

 汚れ仕事は俺に任せて表舞台に居れば良い。

 

 なのに此奴は自分の足でこっち側に踏み入った。

 

 自分の手をわざわざ汚してアイの秘密を暴露した。

 

 元々馬鹿な奴だったが更に馬鹿になった。

 

「これは俺達にとって、どうしても必要な事だった。これ以上ルビーにあの男を近づけない為にも、状況を全てリセットする為にも、ルビーがアイと向き合う為にも必要だった。それでも俺達のやった事は、絶対許されない。お前にだけ手を汚させる訳にはいかない」

 

 そんなアクアも俺と同様大きく息を吐いた。

 

 あれはアクアの言う通り必要な事だった。

 

 神木輝は俺の見立てだと非常に臆病な人物。

 

 この約1年いくら挑発してもそれに乗らず、共犯者を使った動きも無かった事がそれを証明してる。

 

 臆病な人間は勇猛な人間より遥かに厄介だ。

 

 勝ちか負けを確信しない限り表に出ない。

 

 だからこそ、アイの秘密を自ら公表し、世間の注目を集め、あの男と共犯者が動かざる得ない状況を作り、その隙にルビーのガードを固める必要があった。

 

 実際グラサンはタレントの管理について徹底的に見直しているし、黒川はルビーの様子を直ぐ傍で引き続き見張り、いざとなれば遠ざけれるよう動いてる。

 

 これだけ大胆な動きをすれば手など出せない。

 

「何よりお前に全部任せたら……絶対碌な事にならない。アイの願いを叶える為にも、彼奴が芸能界で今後もやっていく為にも、彼奴自身を成長させる必要があるが……お前のやり方は毎度毎度スパルタが過ぎる。容赦って言葉を……全くもって知らないからな」

 

 アクアは突然打って変わって苦虫を噛み潰した。

 

 これに関しては此奴個人の完全な私情だ。

 

 罪悪感とか諸々の感情抜きに妹を甘やかしてる。

 

 容赦なんて言葉は必要ないしそんなものは幻想。

 

 相手を思いやるなら何千回でも谷に落とすべきだ。

 

「これだからシスコンってやつは妹に甘くて困る」

 

「人を説明なしに谷に蹴落として、崖上から高笑いを上げるシスコンサディストだけには言われたくない」

 

 俺とアクアは今度は共に溜息をついた。

 

 この調子だと教育方針が一致する事は多分ない。

 

 アクアは毎度毎度ルビーに対して甘過ぎる。

 

 何より俺はドSかもだがシスコンじゃない。

 

「ルビーの事は任せろと啖呵を切った以上、俺はお前に一切手を貸さないし、その件に関して一切の手出しもしない。だが、ルビーの背負ってるアイの虚像は相当なもんだ。アレを根っこから覆すのは一苦労だぞ」

 

 アクアはあの日、自分の前世を軽く明かした。

 

 その上でルビーの事を任せるよう俺に言ってきた。

 

 どうやら2人は前世での知り合いだったらしい。

 

 尤もその話が本当だったとしても、今のルビーがアクアの言葉を信じるかどうかについては別の問題だ。

 

 ルビーは元々過激思想を持った強火なドルオタ。

 

 処女受胎やら極楽やら言い出すヤバい奴だ。

 

 そんな彼奴にとってアイとは最早信仰の対象。

 

 完全無敵で決して揺るがない絶対的な存在。

 

 そして俺達はそんなアイの顔に泥を塗った異教徒。

 

 アイの秘密を公表しつつもその名誉を守り、騒動の火消しに動いたグラサンとは大きく異なり、アクアは俺に誑かされ、私利私欲で動いたと思われてる。

 

 彼奴にとって今の俺達は完全に敵だ。

 

 DVDの件を言っても突っぱねられたらしい。

 

「それでもこれは、俺のやるべき問題だ。星野アイを母親に持った、俺達兄妹の問題だ。それに俺はあの子を頼むって、彼奴に頼まれたんだ。あの子を本当の意味で笑顔にする為にも、彼奴の中にある巨大な虚像。完全無敵のアイドル『アイ』を、必ず殺してみせる

 

 アクアは僅かに震えながらそうハッキリ断言した。

 

 状況としては最悪だというのに尚も諦めない。

 

 母親の願いを叶える為に母親の虚像を殺す。

 

 何ともまぁエゴイスティックな傲慢で言葉だ。

 

 アイがこれを聞いたらさぞ笑った事だろう。

 

 それぐらい言って貰わないとこっちが困る。

 

「実際の事件をベースにした映画。どう見積もってもリスクが高過ぎる。下手打って色んな所から訴えるのが目に見えてるよ。真君の提案とはまるで思えない」

 

 何せ今日は鏑木さんにプレゼンを行う重要な日。

 

 今後の俺達の行く末を占う天王山の戦い。

 

 俺とアクア、鏑木さんと五反田監督が一堂に会し、アイのやり残した仕事をどうするか話し合っていた。

 

 されど鏑木さんの反応としては芳しくない。

 

「事件の裏取りは十分に出来てますし、今の世間は事件の真相を求めています。リスクの高い賭けには違いありませんが、その分のリターンも十分に大きい。アイの本当の姿を撮るという意味で意義はあるかと」

 

 五反田監督はこの状況に不器用ながら応戦した。

 

 アイやアクアの為ならばという頑張りなのだろう。

 

 けれど、鏑木さんの表情が変わる事はない。

 

 そもそも商売としての映画を何も理解してない。

 

「君が映像製作に熱心な事は十分に分かってる。この脚本を書いたのが君とアクア君である事から、内容がある程度憶測でない事も察せられる。けど、この企画じゃプロデュースは出来ない。リスクに対するリスクヘッジが十分に取れない。数億という金が僕の裁量で動く以上、OKなんて簡単には出せない」

 

 地獄の沙汰も金次第というように世界の半分は金。

 

 金は信用の通貨であると同時に身を守る盾。

 

 金が無くても幸せになれる奴は確かに居るが、現代社会で一定以上平穏(しあわせ)を得るにはある程度金が必要。

 

 そんな金を意義どうこうで託せる訳がない。

 

 商売性を管理するプロデューサーなら尚更だ。

 

 金勘定ガバガバの五反田監督じゃ話にならない。

 

(というかアンタもいい大人なんだから、打ち合わせ通りに動けよ。ボロが出るから話すなって、散々言っただろ。アンタは指示した時にだけ口を開け)

 

 俺が笑顔で睨むと五反田監督は縮こまった。

 

 隣のアクアは半目で生暖かい目をしてる。

 

 それどころか鏑木さんも心なしか半笑いしてる。

 

(アイはこんな惚けた人に、よくもまぁDVDを預けてたもんだ。だからこそ、預けたのかもしれないが)

 

 五反田監督とはアクア繋がりで付き合いは長い。

 

 残念な性格は知っているし親交もそこそこ深い。

 

 けれど、DVDを持ってたなんて知らなかった。

 

 これっぽちも予想してなかったし想定外だった。

 

 グラサンやミヤコでなかった所も意外中の意外だ。

 

 一見真面目なクセに妙に抜けてる所が、業界人にしては毒気がなくて、アイも懐いたのかもしれない。

 

(若しくは信頼とかそういうのは一切関係なくて、単に思い付きを試す勢いで預けたのかもしれないけど)

 

 俺は何度目かわからない溜息を心の中で吐いた。

 

 今目の前で起こった無かった事にしよう。

 

 これは俺とアクア、鏑木さんによる交渉だ。

 

 五反田監督は映像制作以外だと宛にならない。

 

「とはいえ、リスクヘッジさえ講じる事が出来るのなら、そのリスクに見合った十分なリターンが期待できるのも事実。苺プロが大きくが関与し、世間の注目度も高い事から、最低でも有馬かなクラスの実力派を数人揃え、一定以上の収益を確保する事は難しくない。借りた金を返すぐらいの事は十分出来るはず」

 

 俺は気を取り直して交渉を続行した。

 

 鏑木さんは表面上こそ反対意見を取っているが、おそらく内心では話に乗ってもいいと考えている。

 

 あくまで反対意見は社員達を宥める為のもの。

 

 トップである鏑木さんが簡単に頷けば、会社内での疑心暗鬼が生まれるだけでなく、対外からも信用に値するか疑問に思われ、最悪の場合席を降ろされる。

 

 グラサンのように美談(フィクション)で片が付く例は極稀だ。

 

 現実を見るならこんな話、さっさと断るべきだ。

 

 この世界は美談(フィクション)より汚い話(ノンフィクション)がの方が多い。

 

「けど、それはあくまでお金を預ける上での最低限の仁義。君も知っての通り借りた金を返すだけじゃ利益は生まれない。採算が取れない映画なんてやる趣味はない。この映画を撮る意義は本当にあるのかい?」

 

 つまり、鏑木さんは情に頼らない実利を求めてる。

 

 頷いても問題ない程の理由を欲している。

 

 普段の俺なら直ぐ諦めると分かった上でだ。

 

 この人もまた容赦って言葉を全く知らない。

 

「この映画は俺にとって、インターン生としての()()の仕事です。この1年間、本当にお世話になりましたが、身の振り方を考えようかと。その後どうするかはまだ決めません。ですがもし、またこちらで働く事になったとしたら、今以上の成果と実績を上げるつもりです。とはいえ、この仕事をまず終わらせない事には、今後どうするか決められませんですが」

  

 だからこそ、俺は鏑木さんに向かってそう言った。

 

 自分が会社を去る事を仄めかし、その後どうするかを悩んでると伝え、この映画を必ず作り上げる事。

 

 その為ならどんな手でも使うし何処にでも行く事。

 

 この会社を敵にしても構わないと言外に言った。

 

 俺が敵にならない実利があると脅してやった。

 

 我ながら蛮族と言っても過言ではない発言だ。

 

 余裕があった鏑木さんもこれには固まる。

 

「えーっと、その、つまり、どういう事だ?」

 

「クズがクズしてるって事だよ。ある意味いつも通りだ」

 

「お前基準のいつも通りって………一体何なの?」

 

「クズが誰かを騙すか脅して高笑いしてる光景」

 

 アクアと五反田監督はその一方で距離を取った。

 

 そんでもって鏑木さんに憐みの視線を向けた。

 

 一応味方のはずなのに何とも恥知らずな連中だ。

 

 俺は出来る範囲の事を頑張っているだけなのに。

 

「真がこれまで積み上げてきた実績については、鏑木さんも知っての通りです。資金繰りなどの交渉事は此奴の得意分野ですし、星野アイという『人間』を真はよく知ってます。此奴が映画製作に絡む以上悪い結果にはならないはずです。あとついでに人柱(ふくせきにんしゃ)にするにはうってつけの人材とも言っておきます」

 

 俺はかつて実績の無さ故鏑木さんに従った。

 

 けれど、今の俺には積み上げてきた数々の実績。

 

 此処まで練り上げてきたコネクションがある。

 

 実績は金と並ぶ信用の通貨であると同時に矛。

 

 金を自らの平穏(しあわせ)を保証し確約するものであるなら、実績とは人を従わせ自らの平穏(しあわせ)を掴む為の権威。

 

 これを目の前にすれば大抵の人間は従う。

 

 これを持つ人間は理不尽をある程度通せる。

 

 これを敵に回すには相応の覚悟がいる。

 

 それが分らないほど鏑木さんは馬鹿じゃない。

 

(何より肝心のリスクヘッジとして、アクアが俺を売りやがったからな。よりにもよって特に面倒な役目をやらせやがって。とりあえず一発は拳骨を入れる)

 

 ちなみに副責任者とは文字通りの人柱。

 

 表向きは責任者をフォローする立派な仕事である一方で、批判や非難に罵倒、責任追及など、責任者のスケープゴートとなる事も少なくない仕事だ。

 

 鏑木さんが難色を示した理由の一つに違いない。

 

 ある意味一番効果的なリスクヘッジではあるが、俺を含めてこんな仕事をやりたがる人材は中々居ない。

 

 副責任者探しは交渉より時に難航する。

 

 そんな役目をアクアは俺に押し付けた。

 

 彼奴の方がよっぽどサディスティッストだ。

 

 何はともあれ鏑木さんは一連の流れに笑った。

 

 断る為の理由が悉く潰れたからだろう。

 

 そうなるよう望んでいたようにも見える。

 

「まぁ確かに、そう聞くと悪い話じゃないかもね。それどころか面白い事になるかもしれない。意地悪はやめて素直に降参だ。この映画は僕が担当しよう」

 

 斯くして映画製作の話はどうにか無事纏った。

 

 虚像のアイを殺し本当のアイと向き合う為の大仕事

 

 真犯人と共犯者を炙り出す為の一世一代の博打。

 

 ルビーにとっての『アイ』を覆す為の茶番劇。

 

 理想のカードは着々と揃いつつあった。

 

「結局俺……あれ以降居ないのと同じだったな」

 

「監督は居てこそ意味があったからアレでいい」

 

「良く言うのなら招き猫。悪く言うのなら親の仕事に着いてきたはいいが、黙るしかない子供って所だな」

 

「悪い方まで言う必要なかったろ。アクアも笑うな」

 

 何でこの人にDVDが渡したかはやはり分からん。

 

 どう考えてもアイの思考回路は意味不明だった。

 

 やっぱり俺も本当のアイなんて知らないと思う。

 

 

 

  

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