斎藤家の愚息   作:熊田ラナムカ27

44 / 57
 
 今回は筆が乗ったのでやや長めです。
 
 某キャラを出すとキャラが勝手に動くのは何故か。
 
 これが分からない。(なお序盤はやや暗めです)
  
 


44 頂きに立つ者の条件

 

 

 

「どうして皆、同じ場所に居られないんだろう?」

 

 私は少し荒れた自分の部屋で一人座っていた。

 

 そんな言葉をどれだけ口にしたのか分からない。

 

 胸の痛みは昔以上に激しさを増している。

 

 瞳の奥で激しい感情が静かに渦巻いている。

 

「これどういう事?ママの名誉を傷つけるなんて」

 

 あの報道があった直ぐ私はアクアを問い詰めた。

 

 何の説明も無しにやられて憤りを隠せなかった。

 

 アクア自らやった事だと信じたくなかった。

 

「これは俺達にとって、必要な事だった。どれだけ激しい痛みを伴おうと、自分の母親を裏切る事になっても、どんな手段を使ってでも、やるべき事だった」

 

 けれど、そんな期待は呆気なく散った。

 

 ある種最も信じてた人に私は裏切られた。

 

 この感覚は前にも感じた事がある。

 

 彼奴との道が致命的なまでに別れた時だ。

 

 そして私はそれを理解してしまった。

 

「アクアもしかして……真に何か言われた?」

 

 その問いにアクアは沈黙をもって答えた。

 

 アクアは真の側に着いたのだと直ぐ分かった。

 

 その答えを聞きドス黒い感情が胸を過ぎる。

 

 乾いた笑いが虚しく響くまで時間は掛からない。

 

「ああ、そっか。アクアも真もママの事より……自分の事の方が大事なんだ。家族として、絆みたいなものを感じてたのは、私だけで……結局皆、赤の他人か」

 

 僅かでも信じてた自分が馬鹿らしくなった。

 

 結局私達に繋がりなんてものはない。

 

 目指す先は皆バラバラで同じ場所には居れない。

 

 どれだけ信じようと最後には裏切られる。

 

 何もかもが嘘塗れで信じられるものはない。

 

「いいや、違う。俺も真も、アイの事を忘れた事は一度もない。家族としての絆を感じてたのは、お前だけじゃない。今は分かってもらえなくとも、行く道がバラバラになっても、俺達の目指す先は繋がってる」

 

 そんな私に向かってアクアは口を開いた。

 

 その瞳はママのものと同様白く輝いている。

 

 私が放つ黒い輝きとはまるで正反対だ。

 

 自分の行い全てを否定された気がした。

 

 自分にとっての正しさを大きく揺さぶられた。

 

 かつて憧れた輝きが今は何故か怖い。

 

「そんな事これっぽちも思ってないクセに、ママの事なんて、本当はどうでもいいクセに嘘吐かないでよ。アクアの言葉も、真の言葉も、私はもう信じない」

 

「復讐なんて誰も望んでない。何もかもを捨てて諦める必要なんてない。俺達は、幸せになる為に生まれてきたんだ。このDVDを見ればお前だって───」

 

「幸せなんて私には必要ない。私の欲しかった幸せは、この世界に残ってない。誰一人望んでなくても、私はそれを望んでる。ママ達の仇を取るって決めて、此処まで一人で来た。今更指図しないで……ッ!!」

 

「ルビー、待てっ。話はまだ終わって───」

 

 私は逃げ出すようにその場を立ち去った。

 

 アクアの言葉なんてもう聞きたくなかった。

 

 自分が自分でなくなってしまいそうで嫌だった。

 

 どうしようもなく情けなくって悔しかった。

 

 そんな感情は今も薄れず心の中で渦巻いている。 

  

「なんかもう………色々疲れちゃったな」

 

 その後ママの名誉は社長の嘘でどうにか守られた。

 

 ママが自身の秘密を明かすなんて有り得ないのに、大衆の殆どが社長の作り上げた美談(フィクション)を盲目的に信じ、見たいものしか見ようとしなかったからだ。

 

 この出来事は多少の混乱と議論を業界にもたらしつつ、皮肉にも母の意思を継ぐ子供という形で、私とアクアの知名度格段に上がり事務所全体の仕事も増え、結果だけを見れば全員にとってプラスに働いた。

 

 また私の手柄を今まで横取りし、アクアを唆した諸悪の元凶である真はというと、何を考えたのか記者会見の数日後に、自身の番組で半年以内の退陣を宣言。

 

『星野アイは私の義姉であると同時に、今も尚、尊敬する人物。彼女の意思を従い、その思いを未来に繋げること。それこそが、私に出来るせめてもの恩返しであると考えています。これまで応援下さった方々の為にも、私は私に出来ることをやるつもりです』

 

 これまで築き上げた地位を全て捨て、最後に関わる映画関係の仕事に専念する為、今行ってる職務や責務を後任が見つかり次第任せるという姿勢を取った。

 

 こっちの手柄を散々奪って、私の邪魔をして頂きを目指したかと思えば、アクアを狡猾にも口車に乗せ、ママの秘密を暴露したり、これまで拘ってきた地位や立場を突然捨て、大見得切って映画を作る事に専念しようとしたり、あのクズのやりたい事は理解不能。

 

 結局一度も勝てる事なく勝ち逃げされた。

 

 何はともあれ、私にとっての目の上のたんこぶは完全に消え、トップタレントへの道がようやく見えた。

 

 このまま行けばママのようなアイドルになれる。

 

 犯人の探し出してママ達の仇を取る事が出来る。

 

 全ては私が願った通りに物事が動いている。

 

「それなのに、どうして嬉しくないんだろう?」

 

 今の私には喜びも悲しみも怒りも何もない。

 

 何もかもを利用し、自分を心を偽り、自ら望んで頂きを目指したはずなのに、今感じるのは空虚感だけ。

 

 頂きに近づき、辺りを見渡しようやく気付いた。

 

 満たされていたはずの心は空っぽになっていた。

 

「私は一体どうして、アイドルに憧れたんだっけ?」

 

 昔なら答えられた問いも今では答えられない。

 

 あの頃のような楽しさはもう殆ど感じない。

 

「どうしてかなんて、考えるまでもないか」

 

 私は復讐の為に自分の夢を捨ててしまった。

 

 かつて抱いた憧れを復讐の道具に変えた。

 

 犯人への復讐に囚われて選択を放棄した。

 

 本当の地獄は死ぬ事でも罪を背負う事でもない。

 

 誰一人傍に居ないこと、孤独に見舞われる事だ。

 

 真が言う私の選んだ道とはそういう事だった。

 

 地獄に行く本当の意味を理解してなかった。

 

 悪になる覚悟なんて私には出来てなかった。

 

 取り返しのつかない事をしてしまった。

 

「一人きりは………やっぱり寂しいなぁ」

 

 そんな言葉が自分の部屋に虚しく響いた。

 

 自分の意志で選択しなかった結果がこの有様だ。

 

 私は引き止める手を振り払って此処まで来た。

 

 自分の過ちに気付くにはあまりに遅過ぎた。

 

 どれだけ後悔をしようと時は巻き戻らない。

 

 それからしばらく経ち季節は春へと移り変わった。

 

 桜が咲き誰もに変化を与えるそんな季節。

 

 先輩とあかねちゃんはそれぞれ高校を卒業。

  

 私とアクアは進級して3年生になった。

 

 あかねちゃんは順当に大学に行く予定みたいだけど、先輩は大学には行かずその道を突き進むそうだ。

 

 何というか唯我独尊でらしいと言えばらしい。

 

「私の人生に学歴は要らない。アイドルとしてやれる所までやって、女優として芸能界に骨を埋める。そんな生き方をするって決めたから私はそれで良いのよ」

 

 先輩はそうハッキリ私の前で断言してみせた。

 

 B小町のセンターとして相応しい格がある。

 

 今の私が失くしてしたものを先輩は持ってる。

 

 それが酷く羨ましくて妬ましかった。

 

 こんな感情誰にも言えないし見せられない。

 

 複雑な思いを隠すため今日も私は嘘を吐く。

 

「ねぇ、今日クレープ食べて帰らない?」

 

「あっ、良いね。そしたらみなみちゃんも───」

 

「残念だけど2人だけの秘密。今日は内緒のお話」

 

 何時ものように学校に行ったある日。

 

 フリルちゃんがそんな事を耳元で囁いた。

 

 その様子から察するに仕事の話らしい。

 

「五反田監督の所ほ新作、台本読んらけほほ」

 

「フリルちゃん、食べ終わってから話しなよ」

 

 まぁそれはそれとしてクレープは普通に食べた。

 

 カロリーは高いだけど美味しいから仕方ない。

 

 後で運動すれば大丈夫なはずだ。

 

「ちょうどスケジュールが空いたから、私を主演にスライドしようって話が出たらしくてさ。元々別役でオファー来てたから、それに合わせて調整してたのに」

 

「あー、こないだ呼び出されたのそれ関係か。私の所にも台本はまだだけどオファー来ててさ。こっちもこっちで配役をどうするか揉めてるみたい。いっそこと全部オーディションにしちゃえば楽なのにね」

 

「大人の事情ってやつだからしょうがないよ」

 

 クレープにを口にしつつ私達は話した。

 

 フリルちゃんみたいな主演級の役者と、私みたいな脇役級の役者じゃ比較になんてならないけど、抱えてる悩みは大抵似たようなものだ。

 

 大人の事情に振り回せれて面倒は増えるばかり。

 

 もっと単純になれば良いのにと思う。

 

「というか、ルビーちゃん。そこら辺の事情ある程度知ってるんだ。絶対知らないと思ってたから意外」

 

「そこら辺詳しい知り合いにこの前教えてもらった」 

 

 上畑さんとは此処しばらく直接会ってない。

 

 ラインでのやり取りは続いてるけどその程度だ。

 

 あっちの仕事が忙しくて会う暇がないらしい。

 

 こっちもこっちで最近社長が縛りを見直すとかで、こっちのプライパシーにやたら目を光らせてるせいで、前みたいに動けないからお互い様だけど。

 

「何時も何時もそんなのばっかで悩んでる。病む。私達は良い作品を作るのが役目なのに、私達のせいで作品の質が落ちる事だってある。役者はコネとか知名度抜きで実力で選ばれるべき。そう思わない?」

   

 私の頭の奥で先輩の姿が思い浮かんだ。

 

 先輩も似たような悩むを愚痴っていた。

 

 どうせ作るなら良い物の方が良いに決まってる。

 

「………そうだね。その通りだと思う」

 

「だよね。じゃあそうしようよ。私達で決めよ」

 

「え?無理でしょ。フリルちゃんついさっき言ってたじゃん。大人の事情だから仕方ないって」

 

「けど、それだと皆納得出来ない。なら私達で勝手にやればいい。勝負しようよルビー。負けた方がオファーを()()()()()()()()。それなら皆納得するはずでしょ?言うならば『個人間オーディション』ってやつ」

 

 フリルちゃんは目を輝かせて楽しそうに言った。

  

 天下の大女優であり国民的マルチタレント。

 

 戦わずとも主演が取れる立場にあるにも関わらず、フリルちゃんは敢えて正面から戦いに挑もうとした。

 

 何時もながら直感的で行動が読めない。

 

「でも、そんな勝手やったら怒られるんじゃ………」

 

「好き勝手やる許可は取ったから大丈夫だよ。あの子にも了承は貰ってるし、どうにかなるよ……多分

 

「今多分って言わなかった?そもそも誰の許可?」

 

「細かいことは気にしないでガンガン行こ。面倒事の処理はあっちの仕事だから。気にせず。気にせず」

 

 結局上手いこと誤魔化されて流された。

 

 毎度の事ながらフリルちゃんの押しは強い。

 

 その週の日曜日に私達は公民館に集まった。

 

 使用料が冗談と思えるほど安く穴場とのこと。

 

「公民館は国民の血税が大量に使われた行政の箱モノの一つ。普段たっぷり払ってるんだから、こういう時にありがたーく使わないと。そうでないとこっちばっかり損してるみたいになって………色々嫌になるし」

 

 ちなみにこの場所を選んだのはフリルちゃんだ。

 

 高額納税者として行政には私怨があるようだ。

 

 トップタレントとは思えないほど目が座ってる。

 

 ビッグになって有名になった後も大変らしい。

 

「2人ともお待たせ。ちょっと遅れた」

 

 そうこうしているともう一人の主演候補。

 

 恋愛リアリティ番組を機に苺プロへ移籍。

 

 期待の女優として話題作に数多く出演。

 

 フリルちゃんと同様トップタレントの一人にして、星野アクアの彼女で一度は姉と呼んだ事がある相手。

 

「あかねちゃん昨日ぶり。よく眠れた?」

 

「うん、まぁまぁ。ルビーちゃんこそ元気してた?」

 

((どうしよう……何時もながら凄く気まずい))

 

 私達はお互い遠慮しがちに軽く挨拶した。

 

 仲悪くなった訳じゃないけどずっとこんな感じだ。

 

 私がアクアを嫌うようになった事は皆察してる。

 

 先輩は私達の極端な距離感の変化に呆れ、MEMちょは腹部を押さえながらフォローを入れ、なるべく何時も通り接してくれてるけど問題はあかねちゃん。

 

 喧嘩中の兄の彼女という微妙な立場だけに、お互いどう接するのが正解なのか分からず、この数ヶ月間何とも言えない空気で互いに過ごすしかなかった。

 

 結構な頻度で顔を会わるだけに余計きつかった。

 

 ある意味この子が一連の一番の被害者だ。

 

 とりあえずクズは次会ったらまず殴る。

 

「なんか2人とも気まずそうだし、ちゃっちゃと始めよ。前にも言った通り私がオーディションをしようと思ったのは、ただ単純に私が気持ちよく仕事をしたいからってのが9割。あとはちょっとした私情が一割」

 

「その一割の私情って?一体どんなの?」

 

「ないしょ。話す事のほどでもないし」

 

 フリルちゃんは意味ありげに誤魔化した。

 

 この3人の中で例の映画の台本を既に持ち、その全貌について把握しているのはフリルちゃんだけだ。

 

 よく分からないけど訳ありらしい。

 

「オーディションって言うけど誰が審査するの?具体的な審査内容は?」 

 

「個人間だし今から私達で決めれば良いじゃない?」

 

「久々のオフに呼び出した割には適当だなぁ」

 

「ごめんて。また今度何か奢るから許して」

 

「てっきり命懸けの試練を用意してるのかと……」

 

「そんな事やったら映画の主演どうこうする前に、諸々の容疑で捕まって豚箱コース確定だよ」

 

「ルビーちゃんって想像力豊かだよね」 

 

 オーディションは案外緩くぬるっと始まった。

 

 訳ありの割には本気で思い付きで動いたらしい。

 

 何時も冷静なあかねちゃんも振り回され気味だ。

 

 清楚売りするのが勿体ないとすら思えてしまう。

 

「じゃあなんとなく私がテーマを決めるから、それに応じて『即興演技(エチュード)』する感じでいい?」

 

「台本が見れない以上それでいいんじゃない?」

 

「うん。私も大丈夫。それで良いよ」

 

「じゃあテーマは『嘘つき』。まず私がやってみせるからどう演じるか考えて」

 

 それからしばらく経って内容が決まった。

 

 室内の雰囲気が張り詰め緊張感が増す。

 

 ついさっきまでの緩さは欠片もない。

 

「1番、不知火フリル。嘘つきやります」

 

 演技に対する熱意と異様とも呼べる集中力。

 

 何より雰囲気のみで注目を集めるその外連味。

 

 頂きに立つ者(トップタレント)と再認識するには十分だった。

 

 

 

 

 

♦♦♦

 

 

 

 

 

「そっか。私との仕事もう辞めちゃうんだ」

 

「悪いな。此処まで付き合って貰ったのに」

 

「私との関係は………所詮お遊びって事か」

 

「そんな訳ないだろ。俺は何時だってお前に本気だ」

 

「私だって何時も本気だよ。そういうとこ大好き」

 

 真君が退陣を番組で宣言したその夜。

 

 私達はちょっとお高いお店でご飯を食べた。

 

 普段ケチな癖にこういう時はやけに気が利く。

 

 あと毎度の事ながらリアクションが面白い。

 

「最後に関わるっていう映画関係の仕事。それってもしかしなくても五反田監督の映画の事だよね。大筋の脚本はアクア君が書いたって知り合いから聞いたし」

 

 運ばれてきた小籠包を息を掛けて軽く冷ましつつ、少し真剣な声色で気になってた事を尋ねてみた。

 

 真君は餃子を食べつつこっちの目を見た。

 

 案の定食事に誘ったのはそういう訳だったらしい。

 

「色々あって、その映画の副責任者をやる事になってな。責任者の仕事をやりつつ今まで通りやるのは流石にキツイし、潮時だと前々から思ってたから調度良かった。表舞台で俺がやれる事はほぼやり終えたし」

 

 私に負けず劣らず相変わらず自由気まま。

 

 芸能界に殴り込みに来たかと思えば突然方向転換。

 

 仕事が貰えない子達からすれば血涙ものの所業だ。

 

「ルビーを散々苛めてそれはないんじゃない?上手く隠してるけどあの子結構ギリギリだよ。変な方向に進まないようするには一番のやり方かもだけどさ」

 

「下手な成功体験は寧ろマイナス。一回でも成功体験を与えたらもう抜け出せない。ギャンブル中毒と同じだ。アクアが飴で俺が鞭。俺達はそれで良いんだよ」

 

 そんでもってシスコンを拗らせてる。

 

 ルビーちゃんは昔と比べて小賢しくなった。

 

 自分の強みを見失って何処か迷走しがちだ。

 

 もし仮にそれで成功しても長続きしない。

 

 後に大失敗するか心が壊れるかの二択。

  

 そうやって持ち崩して辞めてく人を何人も見た。

 

 真君はそれを防ぐ為に表舞台に立った。

 

 そしてそれを実行し易くする為、私を勧誘して番組を作り、それを利用しコネクションを大量に作った。

 

 本人は否定してるけど重度のシスコンだ。

 

 義妹の為に番組を作るだなんて聞いた事がない。

 

 本人は自分の為だって半分嘘を言ってたけど。

 

「これはあくまで予想だが、主演を誰にするかで鏑木さんと五反田監督はおそらく揉める。というか五反田監督が駄々を捏ね出す気がする」

 

「まぁあの人、面白い映画を撮れはするけど、それはそれはそうと根っこは子供だもんね。なんかすっごいムッとしてる五反田監督が今思い浮かんだ」

 

「何なら冷や汗かいて言い訳しまくってると思う」

 

 五反田監督への本音はともかく問題は主演。

 

 鏑木さんはほぼ間違いなく私を推すだろう。

 

 だってそれが採算が取れる可能性が高いからだ。

 

 けど、そんなので選ばれても私は嬉しくない。

 

 それに五反田監督のそういう直感はよく当たる。

 

 口ぶりから察するに適任者は別に居る。

 

「つまり、真君は私に主演を降りて欲しいんだ」

 

「まさか俺が最推しにそんな事を頼む訳ないだろ」

 

「そういう割には口元が随分にやけてるけど」

 

「お前みたいな勘のいい最推しは大好きだよ」

 

 私と真君は互いの顔を見て笑った。

 

 考えてる事は彼も私も同じという訳だ。

 

 その思いは貰った台本を見て確信に変わった。

 

 この映画の主演は私には相応しくない。

 

 真君とアクア君は同じものを見据えている。

 

 あの役を真の意味で演じられるのはあの子だけだ。

 

「───まぁざっと、私の演技はこんな感じ。コメディエンヌ適性がうっかり最後に滲み出たけど、皆は別にオチなんてつけなくて良いよ。自由にやって」

 

「えっと、あかねちゃん。即興演技(エチュード)ってあんな感じなの?」

 

「今のはちょっと特殊だから参考にしなくていいと思うよ。同じことやれって言われたら私も多分無理だし」

 

 私が演技を終えると2人は顔を見合わせた。

 

 おふざけ成分がちょっとばかり多かったらしい。

 

 でも、自由気ままにやる事こそ私の強みだ。

 

 これを殺したらタレントとしての私は死ぬ。

 

 だから止める気も直す気もこれっぽちも無い。

 

「じゃあ次はルビーの番。ルビーにとって嘘とはどういうもの?それを自分になりに表現してみて」

 

 私はそう言ってルビーに順番を回した。

 

 けれど、ルビーは頷く事も立ち上がる事もしない。

 

 どう演技すれば良いのか見当が付かない。

 

 自分のやろうとする演技(うそ)に自信が持てない。

 

 遠目から見ていてそんな風な感情が読み取れる。

 

「フリルちゃん、今のルビーちゃんに演技はちょっと………」

 

「スランプ気味の子に演技をやらせるのは確かに酷。自分の経験が物言う演技で、それに自信を持てないっていうのは致命的」

 

「それが分かってるならどうして………」

 

 あかねちゃんは心配そうな目でルビーを見た。

 

 アクア君と付き合ってシスコンがうつったらしい。

 

 今のはルビーは精神的に限界一歩手前。

 

 アイドルをやり始めた頃こそ順風満帆だったけど、真君が壁として立ち塞がった事で失敗を重ね、経験の少なさも相まって、自分に自信を持てなくなってる。

 

 倒すべき相手に勝ち逃げされたのなら尚更だ。

 

 一種の燃え尽き症候群とでも呼べるかもしれない。

  

「けど、大丈夫だよ。あの子はあかねちゃんが思ってるよりずっと強い。強い部分も弱い部分も両方持ってる。何度倒れたって立ち上がって、これぐらい自分の力で乗り越えて進んで行ける」

 

 あの子は紛れもなく真君とアクア君の妹だ。

 

 血が繋がっていようといまいと関係ない。

 

 考え方も目指す先も違うけど本質的には同じだ。

 

 あの兄妹は全員共通して諦めが悪い。

 

「苦しい、憎い、辛い、馬鹿馬鹿しい。どうして、ウザい、許せない、妬ましい、気持ち悪い、酷い」

 

 あの子は誰の手も借りず無く立ち上がった。

 

 自分の中の激情を演技として利用した。

 

「ママが死んだ日の事、まだ夢に見る。なんでせんせーまで、死んじゃってるの?どうして私が、こんな苦しい思いをしなきゃいけないの?私の好きになった人は皆死んじゃうのかなって思うと、人を好きになるのも怖い。裏切られるのだって怖い。皆と同じ所に、私も行きたい。私も死にたい。一人きりは、もう嫌だ」

 

 人には必ず表の部分と裏の部分が存在する。

 

 自分にとっての弱さを隠す為に人は嘘を吐く。

 

 普通の人ならそこで終るかそこで腐っていく。

 

「なーんちゃって、うそうそ。そんな事思ってない。全部ちゃんと整理付いてる。だって、私は強いから」

 

 けど、頂きに立つ者(トップタレント)の才がある人間は止まらない。

 

 自分の弱ささえも飲み込んで強さに変える。

 

 自分の心をも騙して強い自分を演じ希望(ひかり)を魅せる。

 

 それは私が持っていない才能の一つだ。

 

 この子には紛れもなくその才能がある。

 

「どう演技すれば良いのか少し分からなくなったけど、頑張りました。えーっと、私の演技は以上です」

 

 ルビーはそう言って軽く頭を下げた。

 

 自分の中で壁を一つ乗り越えたようだ。

 

 五反田監督の直感は正しかったらしい。

 

「なんていうか、うん、なるほどね。あかねちゃんはどう思う?」

 

「うん、良いと思うよ。細かい事いえば無限にあるけど、ちゃんと稽古すれば全然いけると思うな」

 

「そこは満点出す展開じゃない?演技に厳しいなぁ」

 

 あかねちゃんは溜息交じりにこっちを見た。

 

 私のやりたい事と真君の影を察したらしい。

 

 この子も大概私には無い才能を持っている。

 

 色んな意味で才能のベクトルが違うと思うけど。

 

「正直やらなくてもいいと思うけど、私も一応やらせてもらうね。即興演技(エチュード)と呼べるか分からないけど」

 

 あかねちゃんは立ち上がって集中した。

 

 周囲の空気と彼女自身の雰囲気が一変する。

 

 その瞳には白い輝きが宿っていた。

 

「いぇい☆じゃあ早速やってくよ☆」

 

 ルビーはそんなあかねちゃんをまじまじ見た。

 

 あの演技はやっぱりそういう事なのだろう。

 

 即興演技(エチュード)というより人格の再現に近い。

 

「ねー、フリルちゃん。嘘はこれぐらいにしよ。最初から主演になるつもりなんてないクセに、こんな大掛かりな事しちゃって手が込んでるね。私を候補から降ろしたいなら直接言ってくれればいいのに」

 

「えっ、どういう事?嘘って?」

 

「多分だけど、このオーディションって、星野アイ役を決める為のもの。五反田監督が撮ろうとしてる映画は『星野アイを題材にした映画』。違うかな?」

 

 此処までバレた以上隠し事は無意味だ。

 

 ネタバラシするつもりだったし遅いか早いかだ。

 

「うん、そうだよ。この映画は『星野アイ』の半生を書いたもの。この台本の大筋を書いたのはアクア君で、この映画の副責任者をやってるのは真君だよ」

 

 ルビーはその言葉に目を見開いた。

 

 そしてその直ぐ後に失望に満ちた目をする。

 

「アクアと真……今度はママでお金儲けしようとしてるの?あの言葉も……やっぱり嘘じゃんか」

 

 あの2人はつくづく嫌われてしまったらしい。

 

 やった事を考えれば当然だし無理もない。

 

 妹にこんな事を言わせるなんてよっぽどだ。

 

「あの2人が何を言ったのかは知らないけど、そういうんじゃないと思うよ。だって、この台本読んだ時思わずびっくりしたもん。こんなにも()()()()で満ちた台本なんて、今まで読んだ事が無かったから」

 

 けど、あの2人の思いは何も変わってない。

 

 あの2人は何時だって妹の幸せを願ってる。

 

 その伝え方がほんの少し不器用だけだ。

 

「私もそこまで馬鹿じゃないから気付いちゃったよ。アクア君はこの作品でお父さんを断罪しようとしている。けど、それはきっと復讐の為なんかじゃない。お母さんが本当はどういう人だったかを正しく伝えて、その意志を未来に繋げる為に映画を作ろうとしてる。この映画は『星野アイ』を生かす為のものなんだよ」

 

 人は忘れらた時本当の意味で死ぬ。

 

 そんな言葉を昔テレビか雑誌で見た。

 

 けど、それを聞いて私はこうとも思った。

 

 どんな高潔な願いも歪んだらそこで終わり。

 

 正しく覚えてもらわないと何も意味がない。

 

 この映画にはそのメッセージが込められてる。

 

「この作品は『星野アイ』を生かす為の作品。それと同時にアイさんを殺した奴を殺す為の作品。この映画が希望になるか絶望になるか、それはアイ役はどういう演技をするかどうかに掛かってる。アイが自分を殺した男を許すかどうかで、どちらにもなるし、全てが決まる。だから、私はルビーがやるべきだと思った」

 

 けど、これはあくまで私が抱え込んだエゴ。

 

 選択権はルビーにあるし口出しなんて出来ない。

 

「そういう事なら、やっぱり私が『星野アイ』演じるべきだと思う。私はアイさんの研究もしてるし、感情の癖みたいなのも理解してる。私なら、アイさんの伝えたかった事を十分に表現できると思う」

 

 この重荷を背負うかどうかはルビー次第。

 

 あかねちゃんに任せて選択しない事だって出来る。

 

 そっちの方が寧ろ楽な道かもしれない。

 

「……いいや、違う。私しか居ない。ママの気持ちを分かるのは、私以外いない。この役は私が演るべき」

 

 でも、ルビーが芸能界に居続けるつもりなら。

 

 頂きを目指し続けるなら選ぶしかない。

 

 どれだけ苦しかろうと前に進むしかない。

 

 そうする事でしか未来は見えない。

 

「私以外の人に、ママの苦しみは分からない。アイドル『アイ』じゃない、『星野アイ』って人間を、私達の母親を誰よりも知っているのは私自身。アクアと真の考えに乗るのは正直癪だし、納得だってまだ出来てない。それでも、この復讐(えいが)をどうするか決めるのは、私じゃなきゃ駄目だ!こればっかりは譲れない」

 

 ルビーは自分の意志で選択をした。

 

 ほんの僅か怖がりながらも前に進んだ。

 

 あかねちゃんのルビーを見る目が優しい。

 

 こうなる事を彼女も望んでいたようだ。

 

 もしかするとアクアも頼んでたのかもしれない。

 

「フリルちゃん、早く次のお題ちょうだい」

 

 話は纏まったしオーディションを終えようかと考えていると、ルビーは何故か次のお題を求め出した。

 

 その言葉にあかねちゃんは思わず目が点となった。

 

 オーディションが茶番だとルビーは気づいてない。

 

「あかねちゃんが演技上手なのは分かってる。でも、私が勝つまでやる。皆に納得してもらえるまで、何度でもやる。だから、フリルちゃん!早く次のお題!」

 

 あかねちゃんは震えながらこっちを見た。

 

 適当に断れるタイプじゃないから仕方ない。

 

 ルビーの諦めの悪さも考えものだ。

 

 これぞ正しく終わりがないのが終わり。

 

『ルビーの気が済むまで、とりあえず頑張れ』

 

 私は十字を切った後に無言で親指を立てた。

 

 こういう時はなるべく関わらないのが吉だ。

 

 それを見たをあかねちゃんは涙目になった。

 

 結局オーディションは夜遅くまで続いた。

 

 後半に至ってはオーディションと名ばかりの演技指導であり、終始ルビーの勢いが留まる事はなかった。

 

 あかねちゃんは疲弊し最後の方はぐったりしてた。

 

 ほんとマジでよくやってし超頑張ってた。

 

 アクア君はとことんまで甘やかしてあげて欲しい。

 

「よぉ、お疲れ。家まで送っていこうか?」

 

 公民館からしばらく歩くと真君が居た。

 

 バイクに乗り手には私用のヘルメットがある。

 

 断る理由なんてこれっぽちもない。

 

 私が後ろに乗り込むとバイクは走り出す。

 

「ルビーちゃん、久しぶりに良い顔してたよ。凄く生き生きしてた。やっぱりあの子はああじゃないと」

 

「彼奴は何も考えてない時が一番調子良いからな。これで多少なり客寄せパンダに使えるってもんだ」

 

「本当は義妹が元気取り戻して嬉しい癖に。真君は素直じゃないね。そんな子はくすっぐちゃうよ」

 

「今は運転中だから止めろ。事故りたくない」

 

 私が揶揄うと真君は真顔でそれを止めた。

 

 これは流石に度というものを越してたらしい。

 

 くすぐるのはまたの機会にしておく。

 

「頼んだ俺も十分大概だが、それに付き合うお前もお前だよな。俺の事を疑おうとは思わなかったのか?」

 

 しばらく走って信号を待っていると真君は言った。

 

 何を今更と思うけど答えるのが筋だ。

 

 これぐらいしないと最推しを名乗る事は出来ない。

 

「だって、真君のやる事って最終的には皆の為になるもん。君はどうせ自分の為だって言うだろうけどさ」

 

「ああ、そうだよ。俺のやる事は全部俺自身の為だ。その過程で周りがどうなろうと知った事じゃない」

 

「厄介事に首を突っ込んでばかりなのによく言うよ。自分の幸せの中に皆の幸せも入ってるだけじゃん」

 

「なら、俺が皆の幸せってやつを捨てたらどうする?どうしようもない外道に成り下がったらどうする?」

 

 真君は意地悪そうに私に聞いてきた。

 

 ヘルメットの奥の瞳は光を失っている。

 

 その奥にある小さな何かを隠している。

 

「その時は勇者にでもなって魔王(きみ)を止めるよ」

 

 私の推しは呆れるほど不器用で天邪鬼だ。

 

 人を試してばかりで本音を言おうとしない。

 

 本当は誰よりも人を信じていたいクセに。

 

「お前には人生二回分あっても勝てる気しねぇな」

 

「だって私、真君の最推しで、悪友(しんゆう)だもの」

 

 信号が青になると同時にバイクは走り出した。

 

 その思いを覆い隠すように風を切って。

 

 少しでもマシな未来に進む為に音を鳴らして。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。