斎藤家の愚息   作:熊田ラナムカ27

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 今回も恐ろしく長いです。
 
 話の区切り具合を見失いました。
 
 それとまた暫く作者の諸事情で投稿が遅れます。
 
 年明けまでには上げれるといいな(遠い目)。
 
 


45 名もなき子供

 

 

 

(なんともまぁ………随分なお話だこと)

 

 映画の出演が決まり台本を貰ったその日。

 

 事務所の一室で台本を見てそんな感想を抱いた。

 

 何処までが(フィクション)真実(ノンフィクション)かは私にも分からない。

 

 けれど、この映画は演技次第で、星野アイという人間の捉え方も、作品の意味合いも大きく変わる。

 

 ある種の二面性を抱いた映画だと感じた。

 

『つまりお母さんは、いつまでも女だったんだよね。母親になれなかったんだよね』

 

 私の傍らでルビーは一人練習をしていた。

 

 初の映画出演でありながらルビーは主演。

 

 演じる役はよりによって自分の母親。

 

 その重責は今までにないものに違いない。

 

『男好きで、女嫌いで、だからかな。お母さんが私を迎えに来てくれないのは。私を愛してくれないのは』

 

 そんな重荷に負けないようルビーは必死だった。

 

 その表情は文字通り死に物狂いと言っていい。

 

 全身の震えや汗を無視して台本に噛り付いている。

 

 自分を限界ギリギリまで追い込もうとしている。

 

「………先輩。ここの部分って、どんな風にやればいいと思う?ママは一体どんな気持ちだったのかな?」

 

 そんなルビーにどんな言葉を掛けるか少し迷っていると、ルビーは私に向かって逆に声を掛けてきた。 

 

 どうにか詰まってないけど演技に粗が見える。

 

 星野アイの心情を落とし込めてないのだろう。

 

 本人もそれを自覚した上で聞いてきたに違いない。

 

「ここの感情はね?子供から逃げた母親の気持ちを理解するシーンなの。()()()()()だと認め、()()()()()()()()()()()()()()()()()。自分の母親に愛されてないって自覚するのは………凄く辛かったでしょうね」

 

 星野アイの半生は台本越しから見ても壮絶だ。

  

 一個人が受け止められる範疇を大きく超えてる。

 

 映画にする為削った負の部分はもっとあるだろう。

 

 今言った言葉も所詮表面上のものだ。

 

 理解出来るなんて口が裂けても言えない。

 

「自分の母親に愛されてないって………そんな事あり得るのかな?何処かですれ違っただけじゃないの?」

 

「すれ違いの部分は……確かにあったかもね。けど、愛されてないって、受け取り側が、子供側が、そう思ってたら、感じてしまったら、それまでなのよ」

 

「心の奥底で………母親が自分を愛していても?」

 

「伝わってないなら、どんな気持ちも、結局は意味ないじゃない。いくら期待しても、届かないんだから」

 

 でも、その心情自体は何となく分かる。

 

 私も母親との間で似たような気持ちになった。

 

 ここのシーンを一言で表すなら自身と母の解放。

 

 自身の淡い期待に諦めを付け、母と自分自身がそれぞれの道を歩く為、自らの決意を固めるシーン。

 

 人間の弱さと強さを一重に表す一場面だ。

 

 理解出来ずとも心情に寄り添う事は出来る。

  

 その痛みの一部を感じ取る事は出来る。

 

 私個人の解釈も、だいぶ入ってると思うけど。

 

「親に愛されない………愛が届かない子供か。……うん、そうだよね。そういう子も……居るんだよね」

 

 ルビーは私の言葉に静かに何度か頷いた。

 

 けれど、瞳の奥で複雑な感情が見え隠れしている。

 

 今の私の言葉が酷くショックだったようだ。

 

 そのせいかついさっきより呼吸も荒い。

 

「……昔さ。真の奴が、言ってたんだ。この世界には名前を持てない、繋がりを持てない子供も居るって。自分の名前を呼んで貰えるのは、幸せな事だって」

 

 私が一先ずタオルを差し出すとルビーは言った。

 

 その目は誰にも向けられておらず少し虚ろだ。

 

 動揺のせいか独り言を言ってるらしい。

 

「初めて聞いた時はよく分からなかったけど、今なら何となく分かる。そのせいか先輩の言葉も、全部は納得は出来てないけど、多少は分かった。名前を呼ばれないって事はさ。興味を持たれてない証拠だもんね」

 

 私はそれを何も言わず黙って聞いた。

 

 この子の抱える闇の一端に僅かながら触れた。

 

 どの言葉もとても重く悲しみに満ちていた。

 

 まるで自分がそうであったかのように。

 

「今回の映画………私はアクアと真に反抗する気持ちで、あの2人の思い通りになりたくないって思って、映画に出る事を決めた。けど、台本を見る度に、演技の練習をする度に、2人の掌で踊ってる気分になる。籠の中で騒いでる鳥の気分だよ。本当に皮肉だよね」

 

 ルビーはようやく落ち着いてそんな事を言った。

 

 その言葉は溜息交じりでほんの少し怒気も見える。

 

 アクアはともかくクズの思い通りになるだなんて、私だって嫌だし、何が何でも全力で御免被るだろう。

 

 それなのにクズの存在に何故か落ち着いた。

 

 ルビーもまたある程度冷静さを取り戻している。

 

「あの2人の思い通りになんて、絶対にならない。私は私のやり方でママを演じる。絶対一人で乗り越えてみせる。これは私とママが主役の映画なんだから」

 

 そう言うや否やルビーは練習を再開した。

 

 あの2人への反骨心で持ち直したらしい。

 

 らしいと言えばらしいが何というか単純だ。

 

 クズがゲス顔を浮かべる姿が不意に思い浮かんだ。

 

 こうなる事も読んでいたのかもしれない。

 

 もしそうなら今更ながら本当に性格が悪い。

 

 アクアはともかくクズは嫌われて当然だ。

 

 寧ろ少し前まで嫌われてなかった事が奇跡だ。

 

 身内に対してもマッチポンプをやる正に悪魔だ。

  

 これに引っ掛かるルビーもルビーだけど。

 

(それにしても……彼奴があんな事を言ったなんて)

 

 そんなルビーの傍らで私は一人そう思った。

 

 彼奴が何だかんだで家族思いなのはよく知ってる。

 

 結構前に苺プロを乗っ取るだとか法螺話を言ってたけど、私に言わせれば不器用な親孝行のつもりだ。

 

 あの2人に楽をさせたいが為に決まってる。

 

 そんな彼奴がずっと前から少し羨ましかった。

 

 だからこそ、彼奴のその言葉が酷く意外だった。

 

 ほんの僅かに私と似た何かを真に感じた。

 

(私が彼奴にほんの少しでも共感するだなんてね)

 

 私もまたルビーと同じように溜息を溢した。

 

 

 

 

 

 

 

♦♦♦

 

 

 

 

 

 

 日本の映画市場は中国、米国に次いで世界三位の規模を誇り、およそ2000億の市場を抱えている。

 

 けれど、年間500本近くの映画が生まれる昨今においても、ヒット作と呼ばれる作品はごく僅かで、収益率の低さからスポンサーは限られている。

 

 また今回のように内容がセンシティブな内容なら、より一層スポンサー集めは厳しく、リスクを好まない大手なんかは全滅するケースが多い。

 

 映画製作に必要な資金は一本辺り2~3億円。

 

 加えて映画製作に当たって発生する人件費や経費、広告費の事も考えると、必要額は更に膨れ上がる。

 

 そんな金集めに必要となってくるのは交渉力。

 

 相手の懐に飛び込んで相手を誑し込めるか。

 

 オブラートに包まない言い方をするならば媚び力。

 

「ヒロインさー。最近推してる不知火フリルが良いと思うんだよ。演技力あるし、ルックスも抜群だし」

 

「そうですよね。分かります。実は自分も不知火フリルが最推しで、幾らでも語れる自信があります」

 

 そして交渉事は真君が最も得意とする分野。

 

 持ち前の人たらしの才能で相手の懐に飛び込み、あっという間に誑し込んで契約成立に持ち込む。

 

 マネージャー時代と変わらずその手腕は健在。

 

「あれ観た?コスドガ監督のリリック。日本でももっと、ああいう映画やらなきゃ駄目だよー」

 

「いや、もう、おっしゃる通りで」

 

「コスドガ監督と言えば次回作の話。田村社長はお聞きになりました?次はドキュメタリー映画に挑戦したいとの事で色々と頑張っているそうですよ」

 

「ほう、そうなのかい?次回作をやるとはある程度聞いてたけど、ドキュメタリー映画とは意外だ。その話、もっと詳しく聞かせて貰ってもいいかな?」

 

「ええ、勿論。私の分かる範囲で良ければ」

 

 それどころか以前よりも磨きが掛かってる。

 

 そんな情報僕ですら知り得なかった。

 

 仕事の合間に話の引き出し方や情報収集。

 

 その他交渉術についてそれなりに教えていたけど、その効果は僕の想像を疾うに超えていたらしい。

 

 まるで同年代の人間と仕事をやってる気分だ。

 

 交渉(こび)力だけで言えば僕を超えているかもしれない。

 

 良い意味でも悪い意味でも彼は若者離れしてる。

 

「こんな企画で本当に動員が確保できるとお考えですか?製作委員会取得分に関してのリクープも見通しが不十分です。とても出資を考える事は───」

 

「でしたらこちらのプランBはいかかでしょう?A案と比べ広告費が増え、現場にも多少負荷が掛かってしまいますが、確実なリクープが十分に狙えます」

 

「まぁ………確かに、このプランならリクープの面では問題ありません。ですが、我が社のイメージに傷がつく可能性がある以上、話を受ける事は───」

 

「御社が売り出している家族向けのマンション。高い建設費を掛けて作ったはいいものの、その価格設定から入居者は少ないと聞きます。お話をお受けして頂けるならその広告を映画に合わせ打ち出す事をお約束しましょう。その宣伝効果は通常のものと比較して倍。この広告で入居者が増え、御社の評判もより良くなったとなれば一石二鳥。貴女の評価も鰻登りなのでは?

 

「……なるほど。リスクがある分相応のリターンがある事は理解しました。実際どのようにするかは別として、企画の方は一度会社に持ち帰らせてもらいます」

 

「前向きに考えて頂き大変ありがとうございます」

 

 まぁそれとして彼はやっぱり性格が悪い。

 

 僕も大概だけど根っこの部分がかなり黒い。

 

 今の交渉に至ってはハッタリも良い所。

 

 宣伝効果の部分なんて一歩間違えれば詐欺。

 

 確証も保証もないのに良く堂々と言えるものだ。

 

(これぐらいやって貰わないと逆に困るけど)

 

 何はともあれ金集めの交渉の大半は終わった。

 

 予定してた額より多くの資金を集められた事から、余裕を持ってスケージュールや人員を確保できる。 

 

 裏方の仕事としてこれ以上のものは無いだろう。

 

 後どうなるかは五反田監督と役者達次第だ。

 

「今アサインを済ませているメインキャスト達のリスト一覧、まとめ終わりました。確認お願いします」

 

 僕は社長室を訪れた真君にリストを受け取った。

 

 幾つかページを捲っていくとある一文が目に入る。

 

 今回の主演でアイ君の娘、星野ルビーの名だ。

 

「不知火フリルと黒川あかねは結局主演を辞退。初の映画出演かつ主演という事で不安はあるけど、事務所との日程調整で練習時間を確保する事で、その問題もある程度クリア。全部君の筋書き通りって訳かい?」

 

 僕は少し嫌味な言い方でわざとそう言った。

 

 事前に立てたプランを崩したせめてもの礼だ。

 

 確実性が無いプランなんて僕の好みじゃない。

 

「そんな訳ないでしょ。俺は寧ろアクアに振り回されてる側の被害者です。博打のようなやり方は自分も好みじゃありませんが、ちょっとした借しが彼奴にありますからね。仕方なく筋書きに従っただけですよ」

 

 真君は溜息を付きつつ肩を軽く竦めた。

 

 何か怪しいと思ってたけど案の定彼の仕業だった。

 

 けれど、彼は彼で苦労してるのは確からしい。

 

 そんな彼の姿に僕は思わず小さく笑った。

 

 やっぱり彼は振り回されてる方が様になってる。

 

「言いたい事はまだたっぷりあるけど、最低限客寄せパンダに使えるようだから一先ず良しとしよう。他のキャストについては目を通した限り問題ないよ。強いて言うなら候補すら上がってない子役の席が少し気になるけど、これは仕方ないか。何処も人手不足だし」

 

 優秀な子役というのは本当に希少だ。

 

 況してシリアスな作品で使える子役ならば尚更だ。

 

 五反田監督も苦労しているに違いない。

 

「それはそうと君の後任探しの方は順調かい?大見得を切って辞めるのはいいけど後任が居なくちゃ話にならない。もし困っているような紹介するけど」

 

「いいえ、結構です。それについては当てがあります。というか貸しを今更作りたくありません。部下で無くなる以上面倒事に関わるのはもう懲り懲りなので」

 

「そういう割には随分と()()を頑張っていたようだけどね。お陰でこっちも仕事がかなりやりやすくなった。契約通りと言えば契約通りなんだろうだけど」

 

 僕が真君を雇うにあたって彼に提示した契約。

  

 それは業界内の()()を一通りやって貰う事だった。

 

 芸能界は古い因習が数多く残る業界の一つ。

 

 幾ら時代が過ぎてもそれに従う人間はかなり居る。

 

 因習というのは生むのは簡単でも消すのは難しい。

 

 けど、先を見るなら何時か無くさなきゃいけない。

 

 どれだけの痛みを伴おうとやらなきゃいけない。

 

 そうでもしないと組織も人間も全部腐っていく。

 

「利用させて貰った以上契約を守るのは当然です。()()のお陰で自分も地位も上がってやりたい事もやれましたから一石二鳥でしたしね。何より綺麗な場所で仕事をやりたいって思うのは誰だって同じです。どんな悪巧みをするにしても………清潔さは大事ですから」 

 

 そういう意味で真君はよくやってくれた。

 

 表舞台の華々しい活躍を餌に、そんな彼を妬み、引きずり落とそうとした古い人間達を閑職送りにした。

  

 これでしばらく平和に仕事が出来るだろう。

 

 僕等裏方の人間は言ってしまえば寄生虫。

 

 表舞台の人間無しには生きる事が出来ない。

 

 宿主を危険から遠ざけるのも仕事の一環だ。

 

 今の時代コンプラ関係は本当に怖いし。

 

「尤もその貸しも今回の映画の件で全部チャラですけどね。蜥蜴の尻尾切り対策で最低でも一つ貸しを持っておきたかったのに、彼奴のせいでとんだ大損だ」

 

「その件で脅しを掛けた張本人が何言ってんの。一連の流れを暴露するだなんて言外に言っちゃって……流石の僕でも肝が冷えたよ。獅子身中の虫極まれりだ」

 

「お褒めに預かりとても光栄です」

 

「少したりとも褒めてないから」 

 

 僕は思わず溜息交じりに煙草に火を点けた。

 

 そんな事をすれば、自分諸共どうなるか見当が全く付かないというのに、全くもって恐ろしい限りだ。

 

 彼の行動原理には自棄が込められている。

 

 根本的に自分本位なのは間違いないけど、いざという時に自分の尊厳や命を簡単に軽視する傾向がある。

 

 まるでそんな資格自分に無いと言うみたいに。

 

(けど、最近はそういう行動も多少減った。彼なりではあるけど誰かに頼る事を覚えた。きっとこれは良い傾向だ。………こんな風に、君の事をもう少し気に掛ける事が出来たのなら、少しは変わったのかもね)

 

 実のところ直接会う前から僕は彼を知っていた。

 

 名前も顔も知らなかったけど覚えはあった。

 

 アイ君が一度だけ彼の事を話していたからだ。

 

 あんな顔初めてだったからよく覚えてる。

 

(この映画に思うところが無いと言えば嘘になる。けど、どんな終わり方にするかは彼等の決めること。子供のあれこれに大人が首を出す余地はない。真君とアクア君がどうしたいかは察するけど………やっぱり歯痒いな。何を思おうと僕には何も出来ないんだけど)

 

 僕は結局傍観者の立場に甘んじるしかない。

 

 人の考えなんて分からないしどうしようない。

 

 何時だって自分の人生を決めれるのは自分だけだ。

 

 僕に出来る事と言えば精々手を貸すぐらいのもの。

 

 かつて彼女にやってあげれなかった分だけ。

 

「あっ、そうだ。今日の夜会食があるんだけど空いてるかな?相手方に是非とも君に会いたいって言われて頼まれてたんだ。未成年だし無理は言わないけど」

 

「いえ、大丈夫です。お気になさらず。折角の接待の席ですし楽しませて貰います。良いか悪いかは別として、そういう飲みの席も人脈作りには大事ですし」

 

「そういや君、そういうの大して嫌がらないタイプだったね。話が早くて助かるよ。ちなみに君を読んだ相手は広告代理店の天童寺さんって名前の人で───」

 

 僕は何気なく会食相手の名前を言った刹那。

 

 部屋の温度がほんの一瞬冷えつく錯覚を覚えた。

 

 当然ながらこの感覚は僕によるものじゃない。

 

 目の前に居る真君が引き起こしたものだ。

 

 どうしてそんな反応を示したかは分からない。

 

 彼と彼女が会った事は一度もないはずだ。

 

「天……童寺………?」

 

 なのにその瞳は光を無くし大きく揺れていた。

 

 その手と声はほんの微かに震えていた。

 

 そして彼はその名前を小さく呟いた。

 

 まるで親を探す小さな子供のような表情で。

  

 

 

 

 

 

 

♦♦♦

 

 

 

 

 

 

『俺の前世の名前は雨宮五郎。宮崎のあの病院で医者をやってた。そしてルビーの前世の名前は……おそらく、天童寺さりな。俺が研修医時代に見てた患者だ』

 

 アクアはあの日、自分の前世を軽く明かした。

 

 それと同時にルビーの前世についても少し話した。

 

 全部が全部聞けた訳では無いが察する所はある。

 

 あの2人が前世に未練や執着を持つのも無理ない。

 

 それどころか俺はそれを羨ましいとすら思った。

 

 未練や執着を持てるのも時に幸せな事だから。

 

「ここのカレーがめちゃくちゃ良いんですよっ!見てくださいコレ!骨髄の骨ストローになるんです!このままラッシー吸えちゃいますよ!」

 

「えー凄い!」「ホントだ!美味しい!」

 

(いや、待て待て。アンタいい年した大人だろ。食べ物で遊ぶな。周りも周りでさっさと謎行動止めろよ。お茶目で済まねぇよこんなの。ただの馬鹿行動だろ)

 

 そう言ってやりたいのを俺は全力で我慢した。

 

 わざとかもしれないがツッコミどころが多い。

 

 こういう時に接待の席は突っ込めないから不便だ。

 

 言いたくても言えないから頭が痛くなってくる。

 

(というかこの人、絶対ルビーの前世の親だ。苗字は勿論だが、この馬鹿行動から恐ろしく血縁を感じる。彼奴がこの店に来たらこういう事絶対やるだろうし)

 

 俺はカレーを食いつつ天童寺さんをもう一度見た。

 

 この親にしてこの子ありと考えると凄く納得した。

 

 容姿はともかくふざけ具合がまるでそっくりだ。

 

 彼奴の行動原理はこれを真似したに違いない。

 

「せっかくの接待の席だってのに浮かない顔だな。お前にしては珍しい。飯でも口に合わなかったか?」

 

 俺が思わず唸っていると五反田監督がそう言った。

  

 あまりの事態に表情を作れていなかった。

 

 五反田監督の言う通り俺らしくもない。

 

「すいません。少し考え事をしてました。大した内容じゃありませんが、色々思う所が個人的にあって」

 

「それなら良いがせめてシャキッとしろ。これも一応仕事だ。そんな妙な顔じゃまともに会話も出来ねぇ」

 

 悔しい事に反論する箇所が見当たらない。

 

 見事なまでに全て正論で的を射ている。

 

 今日の俺は本当にらしくないらしい。

 

「プロってのは何時だって冷静でなんぼ。例えそれが酒の席だとしてもだ。お前はあの映画の副責任者なんだろ?だったら、そんな顔してないでいつも通り媚びでも売ってみせろ。俺が認めるプロの一人としてな」

 

 今日の五反田監督は驚く事にちゃんとした大人だ。

 

 何時もの子供っぽさは欠片も感じない。

 

 長く忘れていたがこの人は一応凄腕のプロ。

 

 普段はともかくこういう所での礼儀は弁えてる。

 

 俺は数十年ぶりに五反田監督を見直した。

 

 こうも言われては俺も下手な仕事は出来ない。

 

「わかってますよ。それぐらい。色々あって少し取り乱しただけです。心配せずとも俺はいつも通りです」

 

「はんっ、そうかよ。あんなに小さかったガキがよく言うようになったもんだ。俺もいい加減年かもな」

 

「そんなカッコつけて吞まれないで下さいよ」

 

「誰に向かって言ってやがる。俺は業界歴数十年のベテランだぞ?それぐらい上手いことやって───」

 

 それからしばらく経って店は変わりとあるバー。

 

「それでよ~!こないだ大奮発してキャンプセット一式買ったせいで貯金がすっからかん~!母親に金借りる事になってそりゃもう散々目にあっちゃって~!」

 

 五反田監督は入店数十分で酒に呑まれた。

 

 良いとこ見せようと一気飲みなんてするからだ。

 

 ほんの僅かでも見直した俺が馬鹿だった。

 

 やっぱりこの人はデカいだけの子供だ。

 

 プラスに持ち直した尊敬度がマイナスになる。

 

「あんな楽しそうにお飲みになるだなんて監督はお可愛い方ですね。私も若い頃はあんな感じだったっけ」

 

(あのアホに関しては全く可愛くないし、若くもないけどな。こんなんだから婚期が永遠に遅れるんだ)

 

「このままアレを放置するのは色々と不味いし、アクア君に連絡して引き取って貰えるよう頼んで来るよ。しばらくの間、天童寺さんの相手をよろしくね」

 

 鏑木さんはそう言ってそそくさと席を外した。

 

 アレを野放しにするのは危険だし妥当な判断だ。

 

 どんな醜態を振り撒くか分かったもんじゃない。

 

 もうとっくに全力で手遅れな気もするが。

 

「まだ若いのに裏方も表方もやるだなんて凄いわね。あと少しで辞めちゃうのが勿体ないくらいだもの」

 

 俺は天童寺さんの話に耳を傾け続けた。

 

 前世とはいえ身内の親と飲むなんて変な気分だ。

 

 尤も俺が飲んでいるのはノンアルカクテルだが。

 

「色々あって辞める頃合いだと思いましてね。この仕事が終わったらしばらく間のんびりするつもりです。喧騒だらけの場所に居たせいで少し疲れましたし」

 

「なら、その時は速攻飲みに行きましょ!その頃には真君もお酒を飲める年になってるでしょ?って言ってもこんなオバさんと飲むのはイヤか!」

 

「随分とお酒がお好きなんですね」

 

「まぁ飲むのも仕事みたいな所あるから」

 

 天童寺さんは笑いながらもグラスを空にした。

 

 飲みの席とはいえかなり早いペースだ。

 

 この様子だと本当に飲み慣れているらしい。

 

「けどやっぱり、真君を見てると子供のこと思い出しちゃうな。私これでも一応既婚者で子供が2()()居るの。ちょうど真君と同じか少し上くらいの年かな」

 

 何気ないように天童寺さんはそう言った。

 

 ただの雑談であり本来軽く流すだけの内容。

 

 けれど、その言葉が妙に引っ掛かった。

 

 胸の奥底でうっすらと感情が渦巻く。

 

「あれっ?2人?人数間違ってません?さっき小林さんから聞いた話だと3()()()()()気がするんですけど」

 

 俺はそんな言葉を気づけば口にしていた。

 

 小林さんはそんな事など一言も言ってない。

 

 これは俺の吐いたハッタリであり嘘だ。

 

 何の得も無いのに何をやっているのだろう。

 

「………ああ、3人。うん、そうね。私は3人の母親。まぁ色々あって……今は2人の母親なんだけど」

 

 そしてその話題は案の定地雷だった。

 

 天童寺さんは途端に複雑そうな顔をした。

 

 明かな藪蛇だというのに本当に馬鹿だ。

 

「ご家族の話をとても楽しそうにしていたので、気になってしまって。気分を悪くしたのならすいません」

 

「別にいいのよ。随分昔の事だし、整理は付いてる。それにあの頃は不安定で、何もしてあげられなかったのも確かだから。もしかすると恨まれてるかもだし」

 

 天童寺さんはグラスの酒を少し啜った。

 

 明らかにペースがさっきより落ちてる。

 

 その言葉には色んな感情が込められている。

 

 こうなる事ぐらい分かっていたはずだ。

 

 今日の俺はつくづくらしくない。

 

「なら、今からでも、やれる事を、やればいいじゃないですか。それだけ後悔をしているのなら、やるべき事ぐらい、分かっているでしょ。その子の母親なら」

 

 けれど、それを理解しながら俺は言った。

 

 奥底に眠っていた感情に従った。

 

 自分でも何を言っているのだろうと思う。

 

「……何をやったって、もう手遅れよ。何をやったって、もう無駄。あの子は、あの子達のように、健康でいられなかった。私があの子に出来る事なんて、何もなかった。もう全部、終わってしまった事なのよ」

 

 天童寺さんは言葉を詰まらせそう言った。

 

 初対面の部外者にこんな事を言われたのだ。

 

 ほぼ間違いなく内心穏やかではないだろう。

 

 計り知れない不興を買ったに違いない。

 

「……少し昔、親の顔も知らない子供に会った事があったんです。腹を空かせてたんで自分の弁当を上げたんですけど、そんなの要らないって言われちゃって」

 

 それでも俺は、やはり言わざるを得なかった。

 

「けど、そいつ、やっぱり腹空かせてるんです」

 

 だって俺は、その苦しみを知っている。

 

「食べる物も無いから自分の指の爪を齧って、それで誤魔化して、ずっとずっと腹を空かせているんです」

 

 届く事のない愛を、俺もかつて待ち続けた。

 

「それなのに要らないって意地張り続けて、一口も食おうとしないんです。どうせ満たされないからって」

 

 これはきっとかつての俺の願望そのものだ。

 

 かつて叶わう事がなかった夢の残骸だ。

 

 俺は前世の両親の顔も名前も知らない。

 

 唯一の繋がりである苗字も持っていなかった。

 

 俺の前世の名前は施設の人間が名付けたものだ。

 

 そのせいか両親への興味は何時しか失せた。

 

「そいつの餓えは、心の飢えだった。そいつはただ、名前が欲しかった。誰のものでもない、自分だけの名前。自分と家族を繋ぐもの。自分が存在するという証明。自分がこの世界に居る意味。それを求めてた」

 

 けれど、俺はやっぱり欲しかった。

 

 誰もが当たり前に持つものが欲しかった。

 

 ただ一言だけ、その言葉が欲しかった。

 

「そいつは名前を呼んで貰う事だけを、欲していた。自分が、愛されて産まれたのだと、信じたかった」

 

 俺が俺で居られたのはこの名前があるからだ。

 

 父さんが、母さん、アイが、そう呼んだからだ。

 

 俺が俺で居ていいと言ってくれたからだ。

 

「こんな話を……長々としてすいません。ご家族の事情に……軽々しく踏み込んで、改めてすいません」 

 

 俺は天童寺さんに深く頭を下げた。

 

 自分自身のエゴを勝手に押し付けた。

 

 無礼で失礼な事をした事は理解してる。

 

「それでも、あんな言い方は、止めて欲しかった。あんな無かった事にするみたいな言い方、止めて欲しかった。その子は、確かにこの世界で生きてた。それを母親である貴女に、否定しないで欲しかったんです」

 

 俺にとって前世はあくまで過去でしかない。

 

 多少思い返す事はあれど未練も執着も何もない。

 

 かつての自分の名前さえも最早朧気だ。

 

 けれど、ルビーは、そうじゃない。

 

 苦しい事も辛い事もあったに違いない。

 

 それでも彼奴は前世に未練や執着があった。

 

 それだけ微かでも幸せを感じていた。

 

 それこそ思わず羨んでしまうぐらい。

  

「何やってんだ監督………吞まれるなって言ったろ。というか真………お前その顔は一体どうして───」

 

 鏑木さんに呼ばれアクアは店にやって来た。

 

 何か言いたげな様子だが聞く余裕はない。

 

 これ以上は耐えられそうにない。

 

「あの人はルビーの前世の親だ。彼奴と正面切って向き合うって言うなら………ある程度話しておけ。………俺は一足先に帰る」

 

 俺はそう言うや否や大急ぎで店を出た。

 

 天童寺さんは酒も飲まず静かに座っていた。

 

 その目は虚空を見つめ微かに震えていた。

 

 俺が店で見た光景はそれが最後だ。

 

 とにかく今は一人きりになりたかった。

 

「やぁ久しぶり。随分と浮かない顔してるね」

 

 なのにあのクソガキは何処からかやって来た。

 

 わざわざタクシーを使って人目の少ない海沿いの公園に来たというのに、これで何もかもが台無しだ。

 

 飛び交う鴉の鳴き声が本当に五月蠅い。

 

 駆除業者を早急に呼んでやりたい。

 

「消えろクソガキ。5秒以内に帰らないなら簀巻きにして海に叩き落とすぞ。それともそれがお望みか」

 

「なんでそんなに嫌うかな?私なんか悪い事した?」

 

「今現在発生してる不快罪。プライパシーの侵害。鴉の管理不行き届き。その他諸々の罪を犯してるだろ」

 

「いいや、それ、君がたった今考えたやつじゃん」

  

 俺は舌打ちをしてクソガキを睨んだ。

 

 なのにクソガキは去ろうとしない。

 

 やっぱり此奴の事は生理的に無理だ。

 

 鴉を一丁前に静かにさせてるのが腹立つ。

 

「君は全ての『役目』を背負うのを止め、自らの『役目』を見つけたようだね。実に感心だ。その『役目』が彼の『役目』に代わるものかは分からないけど」

 

 クソガキは一人で何かを語り出した。

 

 相変わらず中二病を拗らせている。

 

 どうせ友達も鴉以外出来てないに違いない。

 

「『役目』なんぞは死ぬ程どうでもいい。俺は俺のやる事をやるだけだ。それ以上でもそれ以下でもない」

 

「君が君のままのようで何よりだよ。何せ運命は私の手から離れ始め混沌に向かった。それは最早正しいかそうでないか私ですら判断が出来ない矛盾した運命(さだめ)。そうなってしまった以上責任は取って貰わないと」

 

 クソガキは楽しそうに小さく笑った。

 

 あんな長い台詞よく噛まず言えたものだ。

 

 そんな折一つの思考が俺の頭を過ぎる。

 

「そういやお前、戸籍はあるのか?親は居るのか?」

 

 俺はその思考を全力で遠ざけた。

 

 そんなものはマジで嫌だし全力で拒否する。

 

 だが、一応の為試しでとりあえず聞いてみた。

 

 頼むから全部無いと言って欲しい。

 

「あるに決まってるだろ。私の器も君達と同じように母から産み落とされたものだよ。まぁ普通の親とは言えないけどね。疑うのなら試しに触ってみる?」

 

 だが、相手は何せ邪神そのもの。

 

 俺の願いなど聞くはずもなかった。

 

 しかも呑気に自身の頬を触ってやがる。

 

 その頬を今直ぐ引きちぎりたい。

 

「なら、あれだ。その親の戸籍が無いとか、住所不定とかのあれは無いのか?もしくはあれだ。お前自身忙しい事情があるとか、そういうあれは無いのか?」

 

 それでも俺は決して諦めなかった。

 

 蜘蛛の糸のような細い希望を求め続けた。

 

 最悪の光景を振り切る為に思考を回した。

 

 こんな未来は変えなければならない。

 

「だから変わってるけど普通の人間の親だって言ってるだろ。ちゃんと一つの所に住んでるよ。これでも私は忙しい身なんだ。君達を結末を見届けなければならないからね。質問するなら有意義なものにしなよ」

 

 要するに時間持て余した暇人だろクソが。

 

 元社畜の前でよくもそんな事を言えたな。

 

 忙しいという言葉は労働に従事してから言え。

 

 エナドリ30本無理矢理飲ませてやろうか。

 

「へー、そうか。なら有意義な質問だ。覚悟しろ」

 

「良いから早く言い給え。私が驚くとでも───」

 

「お前この映画で、子役を、やらないか?アクアとルビーと、俺の役だ……ッ。畜生……血が止まらない」

  

「君遂に頭おかしくなったのかい?病院行く?」

 

「うるせぇ!黙れ!私情より仕事優先だクソがぁ!」

 

 俺は口元の血と血涙をヤケクソで拭った。

 

 クソガキの憐みの目のせいで殺意が湧く。

 

 けれど、俺は仮にもあの映画の副責任者。

 

 何が何でも使える人材を連れて来る義務がある。

 

 それが心底嫌いで生理的に無理な相手でもだ。

 

 況してその枠が空いているのなら尚更だ。

 

 やっぱりこんな立場引き受けるんじゃなかった。

  

「何か勘違いしてるようだけど私は軽々しく交渉して良い存在じゃない。私が関わるのは理に反す───」

 

「御託は良いから契約しろ。契約書はこれだ」

 

「可哀想に。君は魂関係なく壊れているんだね。根っこの部分が。物事の判断すら出来ないなんて実に哀れだ。同情するよ。でも、立場と礼節は弁えた方が良い。私がやろうと思えば君の魂なんて指先で───」

 

「何でも良いから判を押せ。朱肉はこれだ」

 

「だから、やらないって言ってるだろ。私、本気で怒るよ。指に朱肉押し付けようとしないで貰える?」

  

「人様に迷惑かけた以上迷惑料を体で払え」

 

「それ色々とアウトでしょ。警察呼ぶよ」

 

「仮にも神名乗ってる奴が国家権力に頼るな」

 

 俺とクソガキは契約書を押し付け合った。

 

 此奴見た目の割に無駄に力が強い。

 

 一般人なら簡単に押し負けていただろう。

 

 だが、俺はぴえヨンを最推しにする者。

 

 動画を見ながら日々鍛えている。

 

 神如きに力負けする訳がない。

 

「お前さっき言っただろ。俺達の結末を見届けなければならないとか何とか。なら、特等席で見た方がお前にとっても有意義だろ。観賞料としてこき使うがな」

 

 結局勝負は付かず俺は素直に交渉した。

 

 クソガキはその言葉に反論しようとしなかった。

 

 相応に理があると理解してるからだろう。

 

 何より俺にとってもそっちの方が都合が良い。

 

 宮崎の二の舞だけは全力で御免被る。

 

 怪しい奴は手元に置いとく方が良い。

 

「だが、私は芸能を司る者ではなく、あくまで人を導き運命を司る者。君が前に言った通りただの傍観者だ。肩入れこそ許されているが干渉は許されない」

 

「なら、お前は今日からただの人間。中二病気取ってるだけのただのクソガキだ。それで良いだろ。名前が無いなら良いものをくれてやる。名無しの権兵衛だ」

 

「君話聞いてる?僕はあくまで見守るだけ───」

 

「泣いてる子供も救えない無能の癖に何が見守るだ。笑わせんな。てめぇは自己満足に浸ってるだけだろ」

 

 俺の言葉にクソガキは目を見開いた。

 

 理由は不明だが本気でショックを受けたらしい。

 

 よく分からんがざまぁみろと言いたい。

 

 ようやく一矢報いる事が出来た。

 

「俺は(おまえ)が嫌いだ。(おまえ)みたいな手も貸さない、間違った奴を止めようともしない、高みの見物を決め込むクズ以下の奴は心底軽蔑する。目障りで仕方ない」

 

「だが、今はそんな私情どうでもいい。俺は彼奴の願いを叶えなきゃいけない。死ぬほど憎い(おまえ)の手を借りてでもやらなきゃならない。お前彼奴等を見守ってたんだろ?なら、知っているはずだ。お前の下らん理と彼奴が届けようとした想い。どっちが重いかぐらい」

 

 俺は続けざまにそう言い放った。

 

 此奴の事を俺が好きになる日は永遠にない。

 

 今更姿を現した此奴(かみ)を俺は許さない。

 

 それでも今は、此奴の力がどうしても居る。

  

 例えそれが自分を曲げる事だとしてもだ。

 

 彼奴の願いにはそれだけの価値があった。

 

 ならば最も憎む相手(かみ)でさえも利用するだけだ。

 

「数多の人間を扇動しただけに飽き足らず、私さえも誑かそうとするだなんて、なんて奴だ。まるで悪魔そのものだ。君はきっと今世でも碌な死に方しないよ」

 

「死に方なんぞに興味はない。俺が興味あるのは今この瞬間だけだ。地獄行きはとっくに決まってるしな」

 

 クソガキは半ば呆れたように息を吐いた。

 

 静かにしていた鴉達が一気に飛び立つ。

 

 クソガキの内面を表すかのように。

 

「そこまで言うのなら仕方ない。君に利用されるのは癪だが……こうなる事も運命(さだめ)。素直に従うとしよう」

 

「なら、さっさと判を押せよ。名無しの権兵衛」

 

「それ本気で私の芸名にする気?いい加減にしろよ」

 

 クソガキは苛つきを隠さず契約書を奪った。

 

 俺はそんなクソガキを鼻で笑った。

 

 此奴が付けるだろう中二臭い芸名よりマシだ。

 

「なら、本名で良いだろ。一番分かりやすくて手っ取り早い。………だからって、神関係の名前出そうものなら、手足縛って海に蹴り落とすからな。覚悟しろ」

 

「やり口が悪魔どころかヤクザそのものじゃないか。君もしかして………本当はそういう仕事やってる?」

 

「やってるかもしれないのはグラサンだけだ」

 

「君じゃあるまいし絶対ないだろ。………そんなに僕の名付けに不満があるなら、君が私の名前を付ければいいじゃないか。ただし、名無しの権兵衛以外で」

 

「まさかお前………自分の名前を持ってないのか?」

 

「普通の親とは言えないと………言っただろ」

 

 俺は何とも言えない目でクソガキを見た。

 

 そういや此奴、一度も名前を名乗ってなかった。

 

 どんな家かは知らないが面倒な家もあったものだ。

 

「だったら、お前は黒羽飛鳥。俺が今決めた。人間を知り、人間として振る舞うつもりなら、そう名乗れ」

 

「ちなみに聞くけど………名前の由来は?」

 

「黒い羽の飛ぶ鳥。つまり鴉だ。分かりやすいだろ」

 

「期待してなかったけど………本当に不遜な奴だな」

 

 俺はそのせいか此奴に名前を付けた。

 

 前世の自分を重ねるなんて焼きが回ったものだ。

 

 此奴の名付け親になるだなんてどうかしてる。

 

「人間ってのは複雑で面倒な生き物なんだよ」

 

 尤もそれは嫌気が差すほど今更の話。

 

 俺はあの日からずっとどうかしてる。

 

 かつて諦め一度は忘れた願望。

 

 かつて叶う事がなかった夢の残骸。

 

 それを繰り返し掘り返し続けているのだから。

 

 彼奴の残した足跡を追い駆けるように。

 

 

 

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